シナリオ詳細
<虹の架け橋>逆襲の羊羹ゴーレム
オープニング
●ようかん!
微かな抵抗を突破すると、羊羹の甘さが出迎えてくれた。
材料は砂糖と小豆と寒天のみ。
どっしりとした甘さと口の中で解ける小豆の感触が、緊張感も責任感も溶かしていく。
「ふわー」
「あまー」
「ぼくはたべるためにいきてるんだー」
真面目3人組(ただし妖精基準)として知られる妖精達がとろけている。
虹の宝珠を求めて迷宮に入ったことも忘れ、木製のナイフで羊羹を切り取っては口に運ぶ。
「こらっ」
春色の羽を広げて、『幸運を呼ぶ春風』フォルトゥーナが3人組の目の前まで飛んできた。
「無理を言って連れてきてもらったのに何をしているの。ここは迷宮なんだよ」
妖精3人組はリスのように口を膨らませて、やべっという顔になる。
「もう」
屈んで妖精達と視線をあわせる。
フォルトゥーナと比べるとかなり小さな妖精達は、ごめんなさいと素直に頭を下げた。
ここは大迷宮ヘイムダリオンにある1階層である。
特別強いモンスターはおらず、謎解きで知性の限界に挑む必要もない。
宝探しの要領で虹の宝珠を見つければ終わりのボーナスステージだ。
「あっ」
「いたっ」
「ようかんー」
彼等の目当ては宝珠ではない。
小さな妖精より頭2つ分は小さな、羊羹ゴーレムだ。
「えへへ、イレギュラーズさん達がこっちに来る前に食べちゃおー」
「おー」
「これは……水羊羹っ」
不思議な力で新鮮さは保たれてはいてもしょせんは羊羹。
木製のナイフですぱすぱ斬られて血の代わりに餡子を流す。
細い手足が哀れっぽく命乞いをしているような気もするが、食欲一色に染まった妖精は気にもしない。
「いい加減にしなさい」
声は厳しく、手つきは優しい。
フォルトゥーナは柔らかなタオルで水羊羹まみれの髪と顔を綺麗にする。
命乞いの最中も殺意を隠せなかったゴーレムが、力尽きて固い床に転がった。
「春妖精さまっ」
「何かくるよ」
「ひぅっ」
3人組の顔色が変わった。
迷宮には変化がない。
ただ、本能が強烈に反応している。
「しっかり掴まって!!」
小さな妖精達を引っ張り、フォルトゥーナが音も無く迷宮を飛翔する。
その背中を、全高4メートル近い巨体が遠くから睨み付けていた。
●数時間前
「ぼくも行きたい!」
「わたしも行きたい!」
「私……あたちもいきたいのっ」
妖精達がだだをこねている。
皆、普段は聞き分けがいい妖精達だ。
危険な場所には近付かないし、地域住民のお手伝いを積極的にしたりしている。
大迷宮ヘイムダリオンを攻略するイレギュラーズに迷惑をかけるなんて、まずあり得ないはずだった。
「すみません、ローレットに呼ばれて……こら、あなた達!」
茶屋に現れた精霊種の女性が、だだをこねる妖精達に駆け寄った。
「あっ」
「お久しぶりです!」
「ご無沙汰しております」
一瞬で真面目な顔に切り替わる妖精達だが、『幸運を呼ぶ春風』フォルトゥーナは無かったことにしてくれない。
「理由」
笑顔が怖い。
妖精達は冷や汗を流しながら、一生懸命説明を試みた。
「弱くて美味しいモンスターしか出ない階層だからイレギュラーズに同行したい?」
フォルトゥーナが困惑する。
イレギュラーズに対する信頼の強さに驚くべきか、小さいとはいえ危険がある階層に向かう食い意地の強さに呆れるべきか、判断に悩む。
「目的は食べることだけ?」
彼女は、妖精仲間が危機に陥れば身を挺して守ろうとする。
そんな彼女だからこそ、無意味に危険を冒すような真似は許せない。
小さな妖精達は気圧され、けれど目は逸らさずに首を左右に振った。
「食べないとおかわり来るの」
「宝珠みつけるの面倒って話聞きました」
「フォルトゥーナ様に引率をお願いしたいのです……」
どうやらまともな理由もあるようだ。
フォルトゥーナはしばらく悩んでから、絶対にイレギュラーズの邪魔をしないことを条件に小さな妖精達の引率を引き受けるのだった。
- <虹の架け橋>逆襲の羊羹ゴーレム完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年05月27日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●めいきゅー
広々とした通路と妖精サイズの小通路が交差して、不思議な四つ辻や三叉路をつくっている。
モンスターがいなければ、散策にとても向いていたかもしれない。
「おいひい」
妖精達がパンをかじり。ほろりと涙をこぼす。
外はふあわふわ、中はもちもちで、砂糖の気配はしないのに噛めば噛むほど甘い。
「あたちにもー」
「ハイっ」
『もふもふバイト長』ミミ・エンクィスト(p3p000656)は清潔な手袋をした指でパンを千切る。
多くも少なくもない、妖精にとっての適量だ。
ミミが一口味見してみると、びっくりするくらいいつもと同じだった。
「ううん今日も店長さんのパンは最高なのです」
つまりとても美味しい。
だが食欲が中途半端に満たされた結果、妖精達の鼻と舌が鋭敏になり甘い香りに気付いてしまった。
「だめだよ」
『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)の手袋に包まれた手が、黒糖の香りに釣られた妖精を優しく抱き留める。
警戒を解かせるための微笑みを浮かべて、綺麗な色のこんぺいとうを妖精の目の前でゆっくりと動かす。
パンを食べていた妖精達も、黒糖とも羊羹とも違う香りに気付いてこんぺいとうを見た。
「甘い物を食べる前に甘い物だが我慢しておくれ。これ食べて元気になったら沢山動いて、美味しく羊羹を食べような?」
「はいっ」
「わかったの格好いいおにいさん」
「契約するからもう1個ちょうだいなの!」
無邪気というより素直だ。
ランドウェラのことをあっさり信じて、お菓子をためらいなく口に入れ契約すら持ちかける。
紅と白に近い灰色のオッドアイが奇妙な光をたたえている。
一人くらい持って帰っちゃだめかな、と思われているなんて妖精は想像もしていなかった。
光が戦場を覆う。
妖精は無傷で、羊羹がぱたぱたと倒れる。
いっそ殺せ、と短い手足が主張しているので、マルク・シリング(p3p001309)が手早く捌いて近くの妖精に手渡す。
「お腹が減って辛そうだから、取り急ぎ用意したよ。まずはこのノーマル羊羹ゴーレムを食べて、腹ごしらえをしていてね!」
幼い顔がぱあっと華やぎ、マルクに全力の感謝を捧げ、木製ナイフで人数分切り分ける。
「大きいのは僕達が倒すね」
だからノーマル羊羹ゴーレムを攻撃して、倒して、食べてもらいたいとマルクが伝えると、妖精達はうへへと品のない笑みを浮かべた。
「リゲル!」
『幸運を呼ぶ春風』フォルトゥーナが三叉路から飛び出してきた。
3人の妖精を引っ張っているので、『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が知る彼女の最高速の半分以下だ。
「大丈夫、そのまま」
「うんっ」
リゼルは通路の壁を透視して黒糖ゴーレム(全高1.7メートル)を確認。
両者息のあった進路変更で、リゼルを4人の妖精を守り春妖精は3人の通常妖精を守る。
濃厚な香りがリゼルを襲う。
しかし予め対策していた彼は完璧に耐え、万全の状態でゴーレムを待ち受けた。
「わ。改めて見ると……」
フォルトゥーナは安堵し、動揺した。
もともと甘く綺麗なお菓子は大好きなのだ。
艶めかしい表面も芳醇な香りも、魅力的過ぎた。
「炎を使うと怒られそうだね」
リゲルが冗談を言う。
三叉路から無防備に顔を出したゴーレムに対し、彼は堂々と名乗りをあげてその注意を惹きつけた。
●ビック3
「羊羹の……ゴーレム!」
『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)の言葉を聞いた妖精達が、口にたまった唾を飲み込んだ。
羊羹はその高い糖度により驚くほど日持ちする。
ゴーレムの原料にも最適だ。
「まあ、甘味の中ではですが」
作成者の意図は不明。
そして、不明でもこの階層攻略には全く影響はないとヘイゼルは判断した。
「さっさとバラして御茶会と参りましょうか」
まず、熱砂の精を呼び出して黒糖ゴーレムの足下のゴーレムを叩きのめす。
羊羹サイズの羊羹型ゴーレムは羊羹程度の耐久力しかなく、強くなった重力にあっさりと負けて潰れた。
妖精の瞳が食欲一色に染まる。
無数の羊羹サイズと1つの人間サイズの瞳っぽい凹みに濃厚な殺意が集まる。
『緑雷の魔女』アルメリア・イーグルトン(p3p006810)は興味深く観察し、コメントした。
「妖精たちは羊羹の恨みを買ってしまったわけね……自分で言っててなかなか意味が分からないわ」
現実を正しく理解し説明出来ているからこそ混乱する。
ただし、仕事に手は抜かない。
敵がまごついている間に術を念入りに構築して、敵が攻撃を決心した瞬間に詠唱を終える。
黒糖ゴーレムを包む形で雷が出現。
ゴーレムは小さな足を必死に動かして逃げようと試み、けれど絶大な威力を秘めた稲光はかすめただけで致命的だ。
黒糖はその体積と柔軟さで雷に抗い、ほとんどの生命力を失った上で感電に苛まれる。
「羊羹。小豆を砂糖で煮た「あんこ」を、寒天というもので固めたお菓子、か……たしかに保存が効きそうだし、携行食としての栄養価も高そうだね」
不思議な力で保護された羊羹は、床で潰れているものですら美味しくしかも腹持ちが良さそうだ。
「なんで羊羹をゴーレムにしようと思ったんだろう」
マルクはのんびりつぶやいているように見えるが、杖の先に集めた力は非常に禍々しい。
「……いい匂いではあるね」
甘さに含まれた呪いは完璧に抵抗した上で匂いを味わい、マルクは自身で集めた力を解き放つ。
人間サイズ羊羹の重厚な腹に、見えない悪意が直撃して芯から全身を震わせる。
「こわれちゃうっ」
妖精達が悲鳴をあげるがすぐに沈静化する。
マルクは高威力でありながら止めを刺さない術を選び、攻撃と食材保護を両立したのだ。
黒糖の香りが濃くなる。
せめて一太刀(一パンチ)と、決死の覚悟で短い足を動かしイレギュラーズに迫る。
「ぶはははっ、美味しく食ってやるから存分に抵抗するこったな!」
だが『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)を突破出来ない。
大きく、安定して、物理的にも精神的にも隙がない。
「皆様、まだ戦いは終わっていません」
神の依代を手にゆるゆると舞いながら、甘露寺 結衣(p3p008114)が注意を促す。
言葉使いと所作から教養と高貴さを感じ取った妖精達が、やばっお説教されるっ、という表情で数歩下がる。
ゴーレムからの殺意を無視して、ゴーレムに食欲塗れの視線を向けていた。
「これは……えっと……」
味方は無傷。守りは万全。
なかなかない機会が到来したのに気付いて、ミミは手投げ式小型破裂弾を両手で抱えた。
短い時間に連続で攻撃されたゴーレムは、最低限の回避も出来そうにない。
「いくのですっ」
ころりと、ゴーレムから少し離れた場所に落ちた。
ゴーレムは馬鹿にするように笑いのゼスチャーを行うが認識が甘い。
悪漢撃退ボムの爆発は、名称からは想像も出来ないほど強烈だ。爆風がかすめただけで大型ゴーレムは瀕死にり床へと倒れた。
なお、見た目は派手だが非殺傷である。
「かくほー!」
妖精にたかられ止めを刺される光景は、ちょっと、ホラーっぽかった。
塩羊羹ゴーレムに妖精が襲いかかる。
ノーマル羊羹と戦っているときとは速度も動きのキレも違う。
「どう。美味しい?」
ランドウェラが問うと、塩羊羹の切り身を抱えた妖精が満面の笑みで、頬をリスのように膨らませてうなずく。
塩羊羹ゴーレムは反撃に移れない。
ヘイゼルが魔力糸を連続で繰り出す様は舞踏のようで、ゴーレムは翻弄され次々に傷をつけられ、しかも彼から離れられない。
「それでは、少しの間ですが私と踊って頂くのですよ」
背後から塩羊羹を襲うなら、非力で技術もない妖精にだって可能だ。
塩羊羹の破滅は、既に確定していた。
「これは……」
糖化して白くなった表面が、さくりと綺麗に裂けた。
保存料の気配はない。
断面の小豆は適切かつ適度に柔らかく、それでいて崩れていない。
「まるでお爺様の」
結衣の生家は有名老舗和菓子店である。
羊羹も当然扱っており、結衣も多少の目利きは出来る。
この羊羹からは一級の材料と熟練菓子職人の技術を感じる。
要するに、間違いなく美味い。
「不思議な迷宮です」
無意識に原価と作成の手間を計算し、結衣の目つきが鋭くなる。
妖精込みで人数割りしても、今回の報酬より多いかもしれない。
足の関節、平衡を保つための要点である腰などに次々に矢を命中させて、結衣は周囲の妖精が怯えるほど容赦なくアーマード羊羹を追い詰める。
「切っていいかい?」
リゲルが問い、結衣がうなずき、妖精達が2人の後ろへ集まる。
羊羹パンチを意識して紙一重で回避して、リゲルは銀の剣を今日だけは包丁として扱い床と水平に斬る。
糖化した反対側の皮だけを残し、美しい切り口でアーマード羊羹が上下に分かれた。
「容れ物はこちらです」
「はーい!」
妖精達によって、羊羹の活け作りが次々箱の中に仕舞われた。
そして最後の水羊羹ゴーレムである。
全高は他の人間サイズゴーレムの倍、体積は10倍近い代物だ。
表面は艶めかしい小豆色で、砂糖の存在感が強すぎる。
「押しつぶされそうだし、接近戦はやらないほうがよさそうね」
アルメリアが悩む。
倒すだけなら一撃だ。
が、被害にあわないことと食材を確保の両立は難易度が高そうだ。
「ふむ」
うねる電撃を水羊羹の手前に奔らせる。
護衛を気取っていたノーマル羊羹が、良い感じで焼けてぱたりと倒れた。
「このままいけそうね」
妖精が唾を飲み込む。
巨大な水羊羹が怯え、逃げだそうとするが走ると自壊するので這うような速度でしか動けない。
結衣がほとんど樽サイズの容器を運んで来る。
解体作業についての相談を終えた妖精が、木製ナイフを手に包囲を完成させる。
逃げ場は、どこにも存在しなかった。
●甘味の宴
美しく切り取られ、美しく並べられ、その上で快適な場を整えられてようやく完成だ。
喫茶店の一室を思わせる空間に、妖精達が驚き、そして感動した。
「どうぞ」
この場を整えたリゲルが促す。
妖精達は少し緊張した顔でそれぞれの席につき、可愛らしいサイズの皿から妖精用にカットされた羊羹をひとくち頂いた。
「味違う」
「おしゃれだ」
木製フォークを持ったまま、小さな妖精達が少し大人な雰囲気を味わっている。
「引率お疲れ様」
リゲルがグラスを手渡す。
ほどよく冷えたドリンクの中に宝石のような羊羹が浮かんでいて、フォルトゥーナは両手で受け取る。
弟分と思っていたリゲルが格好良くて、頬が何故だか熱い。
「クラッカーも用意しているよ。楽しんでね」
春妖精の代わりに、リゼルが全力で妖精の面倒を見ていた。
水羊羹の在庫は他の7倍近い。
これでも凄まじい勢いで消費されているのだが元の量が多すぎた。
「私は本職ではないけど、素材がいいからね」
ヘイゼルは帽子、手袋、エプロンの厨房完全装備で、持参したカステラの間に丁度よい状態の水羊羹を挟む。
じーっ、と見てくる妖精には反応せず適度に馴染むのを待ち、その間に紅茶を準備し希望者へと提供する。
「どうぞ」
妖精がおっかなびっくり手を伸ばし、一口食べて幸せな表情になる。
「このお菓子はの名前は……ツンドラだったっけ?」
羊羹という炭水化物にカステラという炭水化物を重ねるという美味しい暴挙によって、水羊羹の消費速度が一気に加速した。
砂糖なしの紅茶を楽しむことで口の中の甘さをリセットして、アルメリアは悩むゴリョウを遠くから見ている。
ゴリョウはヘイゼルと同様の完全装備だ。
塩羊羹をひとさじだけ己の口に入れて、味、食感、鮮度をはじめとする膨大な情報を読み取り分析する。
無言のままうなずき、飲み込む。
既に用意していた液にいくつかの材料を足して、魔力コンロの上でからからと鳴く鍋へと向かう。
「ちっこいの、危ないからいいと言うまで近づくなよ」
特別褒章(銅)とエルフ鋼から出来た包丁で塩羊羹を切り取り、専用の溶液に浸してから鍋に投入。
新鮮な油、極上の甘味、そして適度な塩の香りがじわりと空気を侵食した。
アルメリアの額に汗が滲む。
魔女である彼女は化学にも薬学にも当然のように通じており、ゴリョウが何を作ろうとしているか誰よりも早く理解する。
「ゴリョウ……アンタ、なんて罪深いものを」
塩羊羹の天ぷら。
健康志向や美容志向の強い場所では思いつかれもしないであろう、ある意味では冒涜的なメニューである。
第1陣が油から引き上げられ、紙を敷かれた皿に上に並べられる。
ゴリョウは1つ手に取り半分に切って中の状態を確かめ、力強くうなずいた。
「火傷しねぇように気を付けろよ! ほら!」
あっつーい! と温度を確かめずに最初に食べようとした妖精が悲鳴をあげる。
ミミはよしよしとなだめながら妖精複数を治療している。
「では僕が」
マルクは菜箸を使って1つ小皿に乗せる。
3種の羊羹を少しずつ食べただけで甘味は正直腹一杯だ。
なのに、この天ぷらは強烈に食欲を刺激し胃腸を活性化させる。
「ん」
衣はさくりとして、中はもっちりトロッ。
行軍と警戒と戦闘で疲れた体に、砂糖と油と塩が染みこんでくる。
今なら美味しく食べられる。
否、今だからゴリョウはこの料理を作ったのだ。
「この衣は」
「気付いてくれたか」
料理人が楽しげに応じる。
「衣にはバターを含めてみた。乳製品と餡子は相性が良い。あんパンと牛乳とか分かりやすいわな」
マスクの下から説明している間も、凄まじい速度で妖精達へ渡していく。
「加えて熱で柔らかくもなるし、塩気もあって甘みも強くなる」
「ええ、後2つ頂けますか」
マルクは、珍しい味を学者的な態度で堪能していた。
「女性陣も食べるかい?」
ゴリョウが華やかに盛り付けながら誘う。
「うーんうーんどうしようかしら。いくら魔法を撃ちまくって疲れたって言ってもあんなカロリー爆弾食べたらまた太っちゃうかしら」
ぽっちゃりを自称すれば世の女性の大部分から殺意に近い視線を向けられるだろうアルメリアが悩む。
「いいわ、いただきます。ヘイムダール踏破にはカロリーも大事だものね」
決断するまで、彼女にしては時間がかかってしまっていた。
「火をお借りします」
「応、適当に使ってくれ」
結衣は忙しい。
温かい緑茶を入れた水筒を持って来たのだが、妖精達にせがまれると全く足りない。
しかも味覚が子供に近いので、結衣の技術があっても程よい味と温度にするのに手間がかかる。
小豆を葛粉と混ぜて作る蒸し羊羹や飲み物に近い水羊羹、メレンゲを寒天で固めた淡雪羹など多様な菓子知識を蓄えた結衣にとっても今回の料理は予想外だった。
「研究熱心なのですね」
思いつきを実行するのと新しい料理を美味しくつくるのでは難易度の次元が違う。
一通り妖精達に茶を提供してから、結衣も1つ受け取り賞味する。
味は素晴らしい。
しかし非常に、コメントし辛い。
「こいつの最大の弱点はカロリーがやべぇってことだな。砂糖、塩、油、衣の炭水化物とカロリーを抑える気が微塵もねぇからな」
ゴリョウが隠さず堂々と言う。
「まぁ妖精なら大丈夫だろ! 旨いもんは大体カロリー高いしな!」
天ぷらを量産する。
大皿の上に次々と並べる。
女性陣に対しては多少の手加減があったが、妖精に対しては皆無であった。
うんしょうんしょと羊羹を詰め込みむミミの尻尾が揺れている。
「足りないのです」
試しにバスケットを持ち上げてみると、びっくりするほど重い。
「しっぽのおねーちゃーん、こっちに普通の羊羹あるよー」
呼びかける妖精に対し、ミミは精一杯真面目な表情で応える。
「できれば、こう、固めな奴を……!」
「塩味のはオークさんに揚げてもらうのっ」
「表が砂糖な羊羹はぼくのっ」
固めの羊羹は取り合いになっている。
ミミが確保出来たのはバスケット1つ分だけだ。
なお、水羊羹入りの容器はバスケット換算で数個分がミミに押しつけられている。
「これ使ってあんパン作れないですかねー? ちょっと面白そーなのです」
ミミは店に戻って戻ってからする作業を楽しげに考える。
帰路の輸送の苦労から、今だけは目を逸らしたかった。
「えんせいたいがもどってきたぞー!」
元気な妖精達が小さな通路から出てくる。
仕留めた羊羹ゴーレムを誇らしげに掲げ、一番後ろの1人が無念そうな顔で宝珠を抱えている。
「くすん」
最後の1人が涙ぐむ。
他の妖精は慰めはするが羊羹は譲らない。
勝負の世界は厳しいのだ。
しばらくして。
「おつかれさま。もう寝ちゃった?」
泣き疲れた妖精が、ランドウェラの膝の上で寝息を立てている。
他の妖精は、春妖精を除いて腹を大きくしてうんうん唸っている。
過剰に食欲を満たした結果である。
「太らせて持って帰ろうなんて、食べようなんて思ってないけど」
丸っこくなった妖精をつつくと、ころりと転がり隣のお仲間にぶつかる。
「ふふっ」
ランドウェラが微笑み、左耳のイヤリングが揺れる。
きっと誘えば着いて来る。
誰を誘うか、あるいは誘わず別れも楽しむか。
食後のこんぺいとうを口に含み、彼は楽しげに微笑んでいた。
成否
大成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
妖精さんは、大量の羊羹を運ぶ過程で痩せ元の体型に戻ったそうです。
GMコメント
飲み物の持ち込み推奨依頼です。
不思議なパワーで清潔さが保たれていますので、羊羹を食べても健康に害はありません。
倒して数分でパワーは消えます。お早めにお召し上がり下さい。
●ろけーしょん
大小の通路が入り乱れる空間です。
●ひょうてき
『水羊羹ゴーレム』×1
全高4メートル近い大型ゴーレムです。
普通に歩くと体が崩れて崩壊するので機動力は1以下。
舌触りは滑らかで喉越しもよく、加工して他のお菓子の材料にすることも可能でしょう。
『塩羊羹ゴーレム』×1
甘味と塩味が絶妙のバランスで構成されたゴーレムです。人間サイズ。
他のゴーレムより体がかたい分攻撃力が高く、その分命中と回避が低いです。
かためなので妖精さんには不人気です。
『アーマード羊羹ゴーレム』×1
外側が薄い砂糖の層に覆われた羊羹ゴーレムです。人間サイズ。
砂糖は別に頑丈ではないので、防御技術は他の羊羹と同レベルです。
この羊羹のみ粒あん。
妖精さんの1番人気です。
『黒糖羊羹ゴーレム』×1
香りが特に豊かなゴーレムです。人間サイズ。
舌に触れなくても黒糖の甘さがはっきり感じられるほどで、気を抜くと【恍惚】や【混乱】になるかも。
離れていても位置が匂いで分かるので、不意打ちし放題です。
『ノーマル羊羹ゴーレム』×たくさん
このゴーレムのみ複数出現します。
妖精さん単独でも1対1で戦えるほど弱いです。サイズは最大で25センチ。
どのゴーレムも、直立した羊羹に雑に目の形をした凹みが刻まれ、やる気のない羊羹製の手足がついた外見ですs。
●ゆーぐん
・妖精さん
普段は真面目な3人組を筆頭に、羊羹目当てで大勢(最大20)イレギュラーズについてきています。
大型ゴーレムが全て撃破された後、勝手に通路を調べて宝珠を持って来ます。
羊羹をたくさん食べるためにわざと腹を減らしてきているので、イレギュラーズが何かを食べさせないと元気がありません。
3人組は勝手に食べたので元気です。
・『幸運を呼ぶ春風』フォルトゥーナ
上記の妖精さんとは別格の、春風と共に幸せを運ぶという伝承を持つ春の妖精です。
だだをこねる妖精さん達の面倒を見てもらうため、この場に呼ばれました。
面倒見は良いですが必要以上に戦おうとはしませんし、大勢の妖精さんの面倒を見るので既に精一杯です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はB-です。
戦闘では絶対に見落としはありませんが、食事中に目や口からビームが出たりすることもないとはいえません。
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