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シナリオ詳細

<鎖海に刻むヒストリア>誰が先に引き金を引く

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●海洋と鉄帝
 波が甲板を洗い、固体じみた風が大重量の樽を吹き飛ばす。
 海の波は山と谷の連なりに等しく、狂王種も船も隊列など作れずばらばらだ。
 その中で1隻だけ動きが違う。
 船長以下全員が1つの意思で動いているかのようで、巨大な波を乗りこなして船を水平に保つ。
「撃てェ!!」
 4門の長砲身が砲弾を吐き出す。
 波に巻き込まれ海底から引き離されたイソギンチャク――全高10メートルに達する狂王種に全弾命中させ、衝撃で肉混じりの汁へ変える。
 だが狂王種の数は圧倒的だ。
 過半を流されても数は10を上回り、人間の腕ほどもある触手を伸ばして毒をしたたらせる。
 もう1隻の動きは酷いものだった。
 海洋の基準では素人同然であり、艦の強度が並程度ならとっくに海の藻屑と化していただろう。
「各砲塔射撃自ゆっ」
 鉄騎種の船長が転がり落ちそうになって甲板にしがみつく。
 3つの砲塔が別々の砲口を向く。
 鋼鉄製甲板に、鉄すら凹ませる触手が触れようとしていた。
 重低音が連続する。
 砲塔1基につき4つの機関銃による連射だ。
 揺れによる命中率低下を攻撃回数で補い、高速銃弾で触手を構成する筋肉を砕いて肉片を海中に散布する。
 前衛鉄帝船、後衛海洋船の連携が、いつの間にか成立してた。
「風が……」
 鉄帝船長が安堵の息を吐く。
 唐突に発生した嵐は消え去るのも唐突で、波の高さも波が撒き散らされる飛沫も急速に穏やかになり、20メートル前後しか見えなかった視界が200メートル程度まで見えるようになる。
 狂王種がいた。
 尋常のイソギンチャクとは異なり、泳ぎすら可能な触手状の足を持つ、最小個体でも5メートを超える化物達だ。
 それが、視界いっぱいに広がっていた。
「予備の弾を船倉から出せ! 出し惜しみ無しだ!!」
 脅威を認識しても思考も行動も鈍らない。
 ただ、故郷を遠く離れた地で死ぬのだなと、納得してしまっていた。
「海洋船から手旗信号!」
 銃声に負けない大声で鉄騎種水夫が報告する。
「所属不明の艦が……10隻、以上? 10隻以上近づいて来ると」
 鉄帝水夫も混乱しているが鉄帝船長も混乱している。
 海洋王国が全力を出しているとはいえ海は広大すぎる。
 この場に派遣出来るのは、鉄帝の援軍を含めても精々3隻程度のはずだった。
 イソギンチャク狂王種の背後に複数の船影が現れる。
 聞き慣れない砲撃音と共に、球形の砲弾がイソギンチャクの軍団を背後から襲う。
 命中率は海洋船に劣っても数と不意打ちの効果は絶大だ。
 狂王種4体が潰れ、その倍以上の数のイソギンチャクが混乱して鉄帝船に対する圧力が半減した。
「何者かは知らんが感謝する」
 海洋の船でも、船長以下大勢が同じ意味の言葉を口にしていた。

●幽霊船と……
 鉄帝船にとっては意識外である船底の下方40メートル。
 泳いで上に向かうイソギンチャクが、胴を食い破られて全身を痙攣させた。
「入れ食いだねぇ」
 刀1本だけを手にしたシャチの海種が、1つ下方の狂王種を縦に裂きながらつぶやいていた。
「おーい、まだ力は温存しておけよー」
 やたら芝居がかったゆるい言動ではあるが、絶命寸前の巨大生物を背景にしているので迫力満点だ。
 堅気には絶対に見えない海種達が、手際よく止めを刺して2体のイソギンチャクを鉄帝船に気付かれないまま海底に沈めた。
「おっちゃんはもう疲れたよ」
 『禍黒の将』アズマは部下を連れて自船に戻る。
 海洋の精鋭船とも鉄帝の新型船とも違う、特徴がなさ過ぎて逆に不自然なほど自然な船だ。
「一旦後退しますか。新手の船団が暴れてますし」
 アズマより頭1つ背が高く、分厚い筋肉で横幅が倍ほどにも見える海種が恭しく煙草を差し出す
「それが出来ればいいんだけどねー」
 口にくわえはしたが火は断る。
 海洋と鉄帝の船は、突如現れた船団と連携してイソギンチャク軍団を攻め立てている。
 実に絵になる光景であり、そこに参加したがっている部下もそれなりの数いる。
「あれは味方じゃないよ」
 船団が幽霊船で構成されているから、ではない。
「漁夫の利を積極的に狙うあれだよ」
「あぁ、確かに」
 今だけは海洋の旗を掲げているとは言え、アズマ以下全員がいわゆる反社会勢力だ。
 実例もそのやり口もよく知っている。
「そう言われてみれば、臭いが海賊だ」
「そうなんだよねー。軍も鉄帝からの援軍も味方と思い込まされてるみたいだし、誰が黒幕なんだか」
 アズマの勘が正しいなら、黒幕はこの場にいない。
 いない状況で場を支配している。
「渡世の義理とはいえ、そこまで関わりたくはないんだよねー」
 アズマ達がこの場にいるのは、正義感に目覚めたからでも愛国心故でもない。
 必要以上の危険を冒す気は皆無だ。
「そういえばイレギュラーズも来てるんだっけ?」
「はい、あの2隻に何名か。繋ぎはとれます」
「いいねぇ、頼むよ。おっちゃん達は表に出ず、若い子達に頑張ってもらおう。まあ……」
 企みを隠し援軍として振る舞う船団へ、緩んだ笑顔のまま冷たい目を向ける。
「運ぶくらいは、してあげてもいいかもね」
 幽霊船の何隻かが、2隻の退路を絶てる位置へ動き始めていた。

GMコメント

 複数勢力が混在する会戦です。
 迷ったときは幽霊船を攻撃すればだいたいなんとかなります。戦闘の途中で『幽霊船』が正体を現すので。
 幽霊船に先に攻撃させ、その上で友軍を守りきることが出来れば、とても多くの人から感謝されるでしょう。


●成功条件
 海洋船と鉄帝船の生存


●敵勢力
『幽霊船』×12
 船首に2門、船尾に1門の旧式砲【物遠単】を装備しています。
 船長も水夫もスケルトンであり、1度倒せば復活しません。
 船長を倒すか船体を一定以上破壊すると『幽霊船』は沈没します。
 スケルトンの武器はカットラス【物至単】のみで、一部の船長が剣技【神近範】【必殺】を使えます。
 『イソギンチャク狂王種』の数が10以下になると、人類種の船への攻撃を開始します。
 6隻以上を失うと撤退しようとします。

『イソギンチャク狂王種』×20以上
 全高5~10メートル
 多様な毒を持つ触手【物近単】【猛毒】【麻痺】【必殺】を繰り出す、白兵戦特化型巨大イソギンチャクです。
 機動力は低いものの、波にも風にも強く潜水も可能です。
 イソギンチャク同士ある程度連携して、『幽霊船』ではない船を狙います。


●友軍
『精鋭海洋船』×1
 左舷と右舷にそれぞれ4門の長砲身砲を装備した船です。
 機動力と火力に優れてはいますが白兵戦能力は平凡で、幽霊船2隻に移乗攻撃を仕掛けられた場合は確実に負けます。
 明確に敵対している『イソギンチャク狂王種』の討伐を最優先に行動します。

『重武装鉄帝船』×1
 3つの砲塔を装備した新鋭船です。
 乗組員は、戦士としては強いものの水夫としては海洋基準で新人程度。
 船の耐久力は高く、複数の幽霊船に移乗攻撃を仕掛けられても数分持ち堪えることが可能です。
 最も近くにいる『イソギンチャク狂王種』または『幽霊船』を攻撃します。

『アズマの船』×1
 『禍黒の将』アズマが用意した船です。
 船は隠し倉庫があるだけの頑丈な船ですが、船員は全員水中戦闘に熟練した海種達です。
 イレギュラーズが誘った場合、最大で合計10人部下がついて来ますしアズマは止めません。
 アズマは余程のことがない限り船から離れませんし、アズマ自身が目立つ行動は避けようとします。


●戦場
 1文字縦横40メートル。戦闘開始時点の状況。上が北。東から西へ吹く強風
 abcdefghij
1□□幽幽□□□□□□
2□□□□イ□□□□□
3□□イイ□□□□□□
4□□□□□□□□□□
5□□□イ□□幽□□□
6□□イ□□□□□□□
7□□鉄□□□□□ア□
8□□□海□□□□□□
9□□□□□□□□□□

 □=荒れた海です。イレギュラーズには移動等にペナルティ無し。
 幽=幽霊船が、1マスにつき4隻います。
 イ=イソギンチャク狂王種が、1マスつき4体以上います。

 海=『精鋭海洋船』が北上中です。
 鉄=『重武装鉄帝船』が砲戦中です。
 ア=『アズマの船』が待機中です。

  特に記述がない場合、海面の状況は□と同じ状態です。
  イレギュラーズの初期位置は、海または鉄です。
  伝令等により、オープニング本文の状況はイレギュラーズ全員に伝わっています。


●情報確度
 このシナリオの情報精度はBです。
 情報は全て信用できますが、不測の事態も起こる可能性があります。


●重要な備考
<鎖海に刻むヒストリア>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

  • <鎖海に刻むヒストリア>誰が先に引き金を引く完了
  • GM名馬車猪
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年05月22日 22時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
あたしの夢を連れて行ってね
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)
自称未来人
カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
イリス・アトラクトス(p3p000883)
光鱗の姫
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士

リプレイ

●外洋
 空は穏やかに晴れている。
 波は丘のように大きく風が帆が破れかねないほど強い。
 この海域では穏やかな気候であった。
「これが海かあ」
 『六枚羽の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)は、一瞬にも満たない間ではあるが重苦しいものを忘れた。
 あまりにも広大。
 あまりにも強烈。
 海洋王国を長年阻み続けていた自然は、その過酷さに匹敵する美しさを持っている。
「どうだい騎士さん、海は気に入ったかい?」
 船長の大声が砲声に掻き消された。
 甲板にずらりと並んだ大砲が砲弾を撃ち出す。
 青い海と白い波を衝撃で揺らし、高速の大重量が原色の肉塊へめり込む。
 どす黒い体液が透き通った海に広がり、秒もかからず目視出来ないほど薄くなった。
「どうかな」
 カイトの背中に3対6枚の翼が広がる。
 巧みに風を捉えて甲板に留まり、カイトが精妙な剣技を繰り出すための時間を稼ぐ。
「なんだか、陸の上の戦いよりも荒れ狂っているようにさえ見える」
 魔剣が空を断つ。
 斬撃は物理的な刃よりはるか遠くまで届き、負傷したイソギンチャク狂王種の下を泳いでいたもう1体へ直撃した。
「同感だな!」
 船長が楽しげに笑う。
 斬られたイソギンチャクは10メートルの後退を強いられている。機動力が低い狂王種にとって手番を1つ無駄にさせられたも同然だ。
「左舷っ」
 3体目の狂王種が来る。
 運良く潮の流れに乗って、海洋船目がけて一直線に近づいて来る。
 極太で力強い触手の群れに1度でも囚われてしまえば、火力と機動力のしわ寄せが耐久力に来ている船は短時間で沈む。
「しょっぱい!」
 朗らか笑い声と同時に、波の白とは別種の白が海面すれすれを奔った。
 まるで天から降り注ぐ雷だ。
 触手が10本近く焼け焦げ、不意を打つつもりで予想外の攻撃を浴びた狂王種の勢いが衰えた。
 水夫が歓声をあげる。
 しかし雷を放った『雷虎』ソア(p3p007025)は、虎っぽい手の平で自分の頭をこつんと叩いた。
「そうだ、やっつけ過ぎちゃいけないんだった!」
 味方は3隻。
 狂王種は20体以上。
 水夫達が味方と思い込んでいる幽霊船が実に12隻。
 複数の敵勢力を噛み合わせるのと自戦力の温存を両方成功させないと完勝に届かない。
「わっ」
 船が揺れる。
 吹き付ける海風は嵐のようで、けれど視界は広々していて空と海の青は鮮やかだ。
 1手間違うだけで竜骨がへし折れそうな場所なのに、海洋の船はそれなりに安定した足場をイレギュラーズ達に提供し続ける。
 砲撃を続けながらだ。
「すごい!」
 ソアの尻尾が機嫌良く立つ。
 海の上をまるで魔法でもかかってるように進むのが、楽しくてたまらない。
「あっあっ、遊びに来たんじゃないからね?」
 困惑した水夫の視線に気付いて慌てて言い訳をして、ソアは精一杯真剣な表情をつくって爪に力を込める。
 紫電が弾け、虎の精霊を迫力満点に照らし出した。
 船長が手で合図する。
 船がするりとイソギンチャクとの距離を詰める。
 稲光をまとった大きな爪が、横薙ぎに一閃し進路上の触手全てを斬り飛ばした。
「ここで決める」
 カイトが魔力を絞り出す。
 白い翼と肌が内側から発光しているようにも見え、神々しいとすらいえる。
 砲弾や雷で傷ついたイソギンチャクが、風と潮によって一直線に並んだ。
 魔剣を振り下ろす。
 貫通性能に優れた魔力の塊が真っすぐに飛ぶ。
 数が減った触手では受け止めることなど出来ず、魔力が触手を押し退け本体を撃ち抜き止まらない。
「いけっ」
 水夫が拳を握る。次のイソギンチャクが脇腹を抉られる。
「いけー!」
 ソアが応援する。水面下に逃げようとした狂王種が中心を射貫かれて即死する。
「行けぇ!」
 4つめのイソギンチャクに深い穴を開けてようやく、カイトの一撃が止まった。

●鉄帝船
 双方静止しての戦いであれば、海洋船が数隻相手でも互角以上に戦える。
 鉄帝が新造した鋼鉄船はそれほどの性能であり、けれど海での総合力は低い。
「敵はどこだーっ!?」
 水夫としての能力が、低いのだ。
「これほどとはな」
 『剣砕きの』ラダ・ジグリ(p3p000271)は、手際の悪い鉄帝軍人達を見て表情を厳しくする。
 揺れに全く対応出来ていない。
 甲板から吹き飛ばないのは腕力と体力で強引に張り付いているからで、水夫としては下の下だ。
 ラダは指示を出しても実行する能力がないと判断して、大口径ライフルに特殊弾を込めて引き金を引いた。
 手応えは完璧だ。
 波に紛れて迫る狂王種2つを巻き込み爆発が発生。
 爆発による衝撃が肉を痛めつけるだけでなく、イソギンチャクの神経を掻き乱して機動力を奪う。
 これほど激しい海で機動力を失うと、無尽蔵の体力を誇る狂王種でも波に攫われ明後日の方向へ流されてしまう。
「すまんが踏ん張ってくれよ。この船でなら勝ち目があると踏んで、命を預けるんだ」
「うむっ」
 船長が偉そうにうなずくが十分な指揮が出来ていない。
 高性能の砲塔が狂王種に追撃をかけようとするが、鉄帝船も流されているのでなかなか命中しなかった。
「こりゃ派手なドンチャン騒ぎだなァ」
 『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)の血が高ぶり犬歯が疼く。
 海洋船とは比較にならないほど揺れる甲板を平然と歩いて、舷側の手前で足を止めた。
 狂王種の大群の向こうに、小型船の船団が見える。
 圧倒的不利にあった鉄帝船と海洋船を救ったのは事実であり、その事実が2船の船乗り達の目を曇らせている。
 第一印象、初頭効果、確証バイアス的なあれである。
「しっかし、漁夫の利狙いとはいけ好かねぇ」
 小型幽霊船の甲板にいるのは骸骨だ。
 悪意の気配が鼻につき、レイチェルは冷たい怒りを顔に浮かべた。
 とはいえ鉄帝船の説得は後回しだ。
 狂王種を早期に仕留めなければ、戦場を大回りしている幽霊船団別働隊によって背後から襲われかねない。
 レイチェルは細い指の先に血中の毒素を濃縮させ、犬歯で鋭利な鋭い傷をつける。
 毒を克服した彼女でなければ微かに滲んだ血だけで即死しかねないほど強い毒だ。
「苦しめ」
 指を伸ばし手を振り下ろす。
 飛び散る血は風では散らず、曼珠沙華の如き赤を保ったまま巨大な肉塊まで届く。
 毒が薄い表皮を通って肉まで届き、体液の流れに乗って全高8メートルの全てに行き渡った。
「わーえぐい」
 レイチェルの2投目が2体目のイソギンチャクを毒状態にしたのに気付き、『自称未来人』ヨハナ・ゲールマン・ハラタ(p3p000638)は感嘆半分落胆半分の声をもらした。
 落胆の対象は鉄帝軍人達だ。
「味方の攻撃に気付かないなんてげんめつー。あっ、! まさかここが『ヌルリヌルヌルイソギンチャクプレイ ~首がポロリもあるよ~』の撮影会場だった!?」
 鉄帝船のマストにいる『鳥種勇者』カイト・シャルラハ(p3p000684)が肩をすくめる。
「このヨハナの眼をもってしてもニッチ×ニッチな超展開を見破れませんでしたっ!」
 船、水夫、男。
 絶望の海が齎す誘惑。
 熱っぽい早口で、鉄帝軍人が正確に聞き取っていれば憤死ものの発言を続ける。
「ねぇみなさん、そうですよねっ! でもあとでダビングするのでカメラだけ回しといてくださいっ!」
 カメラはないかもしれないが記憶から映像を際限出来るイレギュラーズは結構いるかもしれない。
 カイトは聞いていないふりをしたまま、鉄帝船からヨハナへ合図を送った。
「了解ですっ!」
 海に潜る。
 流れは強烈だがヨハナの泳法と体力はこの海でも通用する。
 鉄帝船をぐるりと回り込んで無傷のイソギンチャクの真横へ移動。
 無防備な横腹に向かってアインシュタイン=ローゼン鍵を掲げると、先端部に妖しい光がみゅんみゅん集まって臨界に達した。
 しゅびどぅばっ! とコメディ時空っぽい音響で光の束が海を貫いた。
 体を抉られた狂王種が驚いてヨハナに振り向き、しかしヨハナはすいすい泳いで距離を離そうとする。
 大きくてもしょせんはイソギンチャクだ。
 船底側から襲えば楽に倒せる鉄帝船から離れ、全力で泳いでも追いつけないヨハナを追おうとして引きずり回される。
「接近戦はきついですから!」
 あの巨体と重さに正面からぶつかる気はない。
 射程と機動力を活かして、味方前衛から引き離すのを第一に、ダメージを与えるのを第二に戦う。機動力の差も活かして徹底的に。
「ちょっと疲れましたねー」
 これだけ攻撃を繰り返してもちょっとだけだ。
 オーラキャノンの負担は比較的軽く、ヨハナの回復能力はそれほどに強力だった。

●イソギンチャク軍団
「出来ること以上をしようとするな。お前達の本領を思い出せ!」
 カイトは指揮に忙殺されていた。
 風読みの羽根は、数秒先の風のベクトルを正確に予想出来るようなギフトではない。
 海洋育ちの鷹人として身につけた操船技術や航海術も、陸育ちの鉄帝軍人に短時間で教え込めるほどの水準にはない。
 もっとも、後者については精鋭海洋船船長でも難しいかもしれないが。
「つまりどういうことだ!」
「おも~か~じ!!」
 だからカイトは気合いで乗り切ることにした。
 船長も負けじと気合いを入れて叫び、鋼鉄の船が珍しく風に邪魔されずに狂王種との距離を保つ。
 この水夫達を指揮した操船としては最上等というか精鋭船船長がスカウトに来る水準の水際立つ指揮だ。
 ただしカイトも船長も操船以外のことを考える余裕は全く無い。
「もど~せ!!!」
 船長も叫ぶ。
 毒に冒され全身こんがり焼けてもまだ元気なイソギンチャクが、鉄帝船に乗り上げることなく距離数センチで並走することになった。
 小さな三叉が伸びてきた触手を刺す。
 教科書に載せたくなるほど見事なカウンター攻撃であり、毒混じりの体液を流す触手が慌てて引っ込められた。
 本体が近づく。
 しかし三叉に牽制され、痛みが脳裏に蘇り、『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)にそれ以上近付けない。
「触手が」
 『朝を呼ぶ剱』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の瀟洒な細剣がぬめる触手の先端を斬り飛ばす。
「私に」
 そろりそろりと舷側を這い上ってきた触手を、ブーツに包まれていても形の良さが分かる足が蹴り飛ばす。
「通用すると」
 オーラキャノンで滅多打ちにされた狂王種が最期の力を振り絞り船に近寄り、イリスに遮られ、シフォリィを人質にしようとするかのように触手を伸ばした。
 以前より短くしても美しさは変わらぬ銀髪が風になびき、戦闘用ドレスが力強くしかも圧倒的に早い足捌きを隠す。
 鉄帝水夫達には細剣が複数同時に存在しているとしか見えない。
 宙に動きを縫い留めた触手の断片と、それらを一切寄せ付けないシフォリィの対比に魅入られた。
「思っているのですか!」
 連続攻撃の締めくくりは稲妻を思わせる刺突だ。
 雄々しく立つ触手を真正面から刺し貫いて、内側から弾けさせだけでなく真後ろへ吹き飛ばす。
 巻き込まれたもう1体と衝突。触手と触手が絡まり合って身動きがとれなくなる。
 シフォリィは血振るいをして、己の装備に唯一ついた触手の残滓を振り払った。
「凄い気合いだ」
 カイトの周囲を赤い羽根が舞っている。
 指揮に専念せざるを得なかったときも、己の生命力を犠牲に鋼鉄船に乗る全ての人間の能力を引き上げていた。
 効果対象が膨大なので効果も大きい。
 これを使っていなければ、1度や2度はイソギンチャクと鋼鉄船の交通事故が発生していた可能性大だ。
 紅い羽の数が増え速度が増す。
 味方強化の役割を持つ羽から別の役割の羽が離れて、絡まり合うイソギンチャクを目がけて飛び、そこに炎が加わった。
 沈みかけたイソギンチャクが、同属に助けられて触手を解いて海面から顔を出す。
 そこには、火災旋風が大きな渦をつくって待ち構えていた。
「これで止めだ」
 消耗と反動に耐えてカイトが叫ぶ。
 一応知性は持っている狂王種は海に潜ってやり過ごそうとして、羽根と炎が海中でも衰えないことに気付いて絶望する。
 大量の肉が焼け、黒い煙が天に向かい登っていった。

●演技の破れ
 古馴染みだから安心、などと考える者はこの場にはいない。
 ギャングはギャングでしかない。
 気まぐれや特殊な事情で温和や礼儀正しく見えることがあったとしても、根本的に弱者から血を吸い肥え太る人界の魔物なのだ。
「イレギュラーズに貸し一つってのも、悪い話じゃねぇだろ? どうだい、昔の“弟分”に力を貸しちゃくれねぇかい?」
 『濁りの蒼海』十夜 縁(p3p000099)は落ち着き払っている。
 ギャング達が緊張しきっているのとは対照的だ。
 その中で1人だけ、縁と同じように煙を楽しんでいる男がいた。
「大きな貸しになっちまうよ?」
 縁とローレットを気遣ってなどいない。
 大きな貸しにしてしまうつもりだ。
「冗談が下手になったな」
「虐めるなよ。おじさんもいい年なんだぜ」
 彼等の乗る船は、幽霊船団の別働隊につかず離れずの距離を保っている。
 最低限義理は通し、その上で高く恩を売りつける相手を探している状況だ。
 無論、条件があわなければこのまま牽制だけして海洋国まで戻るつもりだった。
「イレギュラーズがどこまで強くなるか分かるか?」
「実物を見る前ならとっくにお前を沈めてるよ」
 『禍黒の将』アズマは久々に素の感情を表に出した。
 複数の感情が入り交じって判別し辛いが、強いて言うなら困惑が近い。
「あんなのが本当に存在するとはねぇ」
 種族も、地位も、力の種類も、善悪の基準すら異なる人々が強大な力を得てしかも互いに補い合う。
「怖い怖い」
 頭から万力で押さえつけられるのにも似た圧力が、急に止まった。
 ギャング達が、安堵の息をつこうとして体をよろめかせる。
「どうせなら派手にやろうか。“弟分”が矢面にたってくれるようだしね」
 丁度、別働隊が鋼鉄船に向け加速を始めるタイミングだった。
「荒れるな」
 海洋船の船長が東の空を見上げた。
 黒々とした雲の群が、上空の風に運ばれこちらに向かってきている。
「船長さん、お話があります」
 これまで敢えて目立たず活動していた『蒼海守護』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が、可能な限り声を抑えて船長に語りかける。
「あのガイコツだらけの船に砲撃命令をお願いします」
 船長の権威と権利を冒せば船の秩序が成り立たず、戦闘も航海も困難になる(但し今回の鉄帝船ほど未熟な船長のような特殊例は別)。
 海に生きる海種としてココロはそのことをよく理解している。
「あの船団まで敵に回したら狂王種に押し切られるぞ」
 船長はココロの気遣いに気付いて、水夫の目の届かない位置に動いてから応えた。
「狂王種は半減しました。それに」
 儚い令嬢風の容姿のココロから、北の海を思わせる厳しい気配が噴き出す。
「あれを見て下さい」
 幽霊船を指差す。
 距離は50メートルを切り、スケルトンの眼窩の奥まで見える。
 船首の砲が、イソギンチャクにも海洋船にも砲撃出来る方向を向いていた。
「お嬢さん、あの船は」
 船長が苦悶する。
 幽霊船団が黒に近い灰色とは思っている。
 それでも、見覚えのある船を信じたい気持ちを抑えられない。
 大事な相手が乗っていた船なのだ。
 悪辣な策を使う幽霊船に、ココロは強い怒りを感じた。
「よく見てよ! あれが味方なはずないじゃない!」
 叫びに水夫からの注目が集まる。
 彼女は意識して分かり易く、殺しも友軍誤射もしない術を組み上げ、神々しい光を手元に呼ぶ。
「待……」
 大きな光がココロの手から離れ、明確に海洋船を狙った大砲に向かう。
 導火線に火を付けようとした骸骨が、味方には全く無害なはずの光に全身を焼かれて狙いを狂わせる。
 古びた砲弾が、海洋船の左右に落ちて大量の水しぶきを発生させた。
 砲撃に失敗した船の後ろで混乱が起きている。
 それまでの見事な操船とは打って変わって無様な、鋼鉄船並みの雑な操船になっている。
「縁の兄貴! 海洋船どうなってます?」
 アズマの部下達が海中から舷側を伝い幽霊船甲板に乗り込んだのだ。
 良くも悪くも生命力に溢れた彼等に亡者達が反応し、演技も忘れてただも魔物としてギャング達に襲いかかる。
「無事だ」
 ただ1人で別の幽霊船に乗り込んだ縁は、海龍の間に伝わる秘術で以て死者の魂を新たに呼ぶ。
 死者は燃え続ける炎の玉の形をとり、甲板にある骸骨ではなく骸骨を操るものを蝕み狂わせた。
「……俺の好きに呼べばいいがな」
 縁が合図を送り、ギャング達はスケルトンを放置し海に飛び込む。
 彼等の目的は海洋船と鉄帝船が幽霊船団の正体に気付くまでの時間稼ぎだ。イレギュラーズほど強くはないのでこの程度の使い方が妥当だ。
「3隻でかかれば、俺の首に手が届くかもな?」
 縁は混乱するスケルトンの間をすり抜け、船長服のスケルトンに名刀流刃を突き立てる。
 無手ですら強力であった縁の一撃は本来の得物を使うことで冴えと威力を増して、骸骨船長に致命的な打撃を与えるのだった。

●三つ巴開始
「隊長っ、船団を見失いましたぁ!」
「塹壕戦用意!!」
 鉄帝船は相変わらずの混乱っぷりだ。
「総員白兵戦用意」
 風の轟音に負けずカイトの号令が響く。
 船長も水夫も取り繕うの止め、無骨なショートソードを鞘から引き抜き次の命令を待った。
「巧い」
 カイトの視線の先で、幽霊船団主力が加速した。
 南西に向かい、低速のイソギンチャク狂王種の注意を惹きつけ鉄帝船になすりつけようとしている。
「誰が船団指揮をしている」
 個々の操船は鉄帝以上海洋未満なのに、全体としてみると精鋭海洋船を上回っている。
 幽霊船団主力と戦っていたはずの狂王種9体は、軽傷程度の傷しか負っていない。
 対するこちら側は疲労が深刻だ。
 斬り合いや殴り合いは可能だが、大きな技や術を使える回数は少ない。
 カイトは呼吸を繰り返して体力を回復させ、幽霊船と狂王種との戦いの準備をする。
「今のうちに遠眼鏡で見てみろ、甲板にいるのは生者か?」
 戦闘が行われていないわずかな時間を使い、ラダが強い口調で指示を出す。
 装備は良い鉄帝軍人達が装備や自前の望遠装置を使って幽霊船団を見つめ、唸った。
「我らを騙すとは、何という強敵だ」
 イレギュラーズから呆れ視線と気配を感じ、鉄帝人達は真面目な顔をしてごまかした。
「そもそも、情報外の戦力だな? 海上で知らない人型は警戒しとけってのが海の鉄則だ。陸もそうだろうが、特に外洋が何が出てくるか分からない」
「陸に戻った後に本国に伝えましょう。では」
「『ヌルリヌルヌルイソギンチャクプレイ ~首がポロリもあるよ~』後半戦はじまるよ~!」
 軍人が抗議する前に、ヨハナがオーラキャノンをぶっ放し、舵を1つとスケルトン1体をまとめて消し飛ばした。
 幽霊船団本隊8隻が船首砲で打ち返す。1隻につき船首砲2門で合計16門。
 移動しながらの攻撃なので半分は近くは外れ、しかし8つの球型砲弾が鋼鉄船に次々に命中した。
 鉄と鉄がぶつかり変形する耳障りな音と、装甲の上を鉄球が転がる音が連続して響いた。
「驚いたわ」
 イリスは表情にはあまり出さずに口に出した。
 この戦いで始めて鉄帝がいいところを見せたのだ。多少は驚く。
「船は守らなくても良さそうね」
 両方の手の平でそれぞれ受け止めた砲弾2つを、無造作に左右に放り海へと投げ捨てた。
「感謝します」
 若い軍人が敬礼をする。
 腕に巻かれた包帯に、じっとりと血が滲んでいる。
「戦場は紛れ当たりが怖いもの。お互い、ピンチのときには助け合うようにしましょう」
 冗談っぽく言い傷を癒やす。
 軍人は目は逸らさず深く感謝をして、ヨハナを見習い幽霊船の舵を狙う。
 4連装重機関銃が金切り声をあげ膨大な弾を吐き出す。
 巻き込まれたスケルトンが破裂するかのように砕けていき、舵の周辺が一時的に無人地帯になった。
「好きにさせるものかよ」
 骸骨船長が舵を庇い弾幕を切り払う。
 大量の銃弾が手品か魔法のように左右に散る。
 銃弾の欠片が船長の骨を傷つけるが、舵にとりついた骸骨水夫は無事だ。
 大型弾倉を空にした砲塔が止まる。船長は反撃に移ろうとして、絶望的な存在に気付いてしまった。
「な……に?」
 格の違う吸血鬼が船長を凝視している。
 艶めかしく白い首元と手首に、痣にも鮮血にも見える力の塊が脈動してる。
「現場指揮官か。募兵官も兼業か?」
 金と蒼の金銀妖瞳が、生前も死後も悪辣な海賊を射竦める。
「接舷して総員乗り込め! 数で押し包めで超人魔人の類いも討ち取れるっ」
 号令する船長自身が最も、己の言葉を信じられない。
 レイチェルが伸ばした手の前方に、血で描かれた陣が出現する。
 彼女の生命を吸って紅蓮の焔が成長。
 眼球もないのに、明らかに骸骨船長に視線を向けた。
「憤怒、そして復讐の焔こそ我が刃」
 舐めず、猛らず、宣言する。
 炎は鉄帝船から幽霊船へ飛んで、刃による防御を軽々飛び越え古い骨へ着弾した。
「復讐の果てに燃え尽きるのが我が生なり」
「やめっ」
 怨念による防御が一瞬で焼き尽くされ、累計で2桁の船を沈めてきた凶賊が魂ごと燃え尽きた。
「おぉ!」
 鉄帝人が歓声をあげる。
 船長を失った船が、重い旧式大砲も数だけは多い骸骨水夫もまとめて薄れて消える。
 押し退けられていた海水が元に戻り、大きな波を発生させた。
「船ちょ、ではなくカイト殿! イソギンチャクは今どこに!」
 鉄帝船長が指示を求め、カイトは別の幽霊船の上で高速飛行しながら身ぶりで応える。
 赤い羽根は混乱する戦場でも非常に目立ち、カイトの狙い通りに敵の攻撃が集中する。
 優れた回避能力と機動力を有効活用するための、勇気に溢れた戦術だ。
「北東40メートル、だっ」
 速度を威力に変えた斬撃で、骸骨の艦長に急襲をしかけて切り裂いた。
「こちらから接舷戦闘を仕掛ける。腐った船共を盾にしてやれ!!」
 船長の決断は遅く、水夫の報告が悲鳴じみて響く。
「もうぶつかりますっ」
 玉突き事故が、発生した。
 骨が砕けて海面にばらまかれる。
 強靱な鋼鉄装甲が歪み、鉄帝軍人が浸水への対処に忙殺される。
 そして、3つの砲塔が至近距離から大量銃弾で幽霊船団を穴だらけにした。
「おお女ぁ!」
 仲間が次々沈んでいるのに亡者達は気にしない。
 スケルトンが、別の骸骨船長が、可愛いく脱ぐとすごそうで高貴さが隠しきれないシフォリィを狙う。
 美貌の持ち主は複数いるけれども、賊として1度でいいから手に入れたいのは彼女であった。
「あの女は疲れてるっ、押せ、押し倒せぇっ」
 銃弾の豪雨をかいくぐりシフォリィへ迫る。
 このままありふれた悲劇が起こるのだと、賊達だけは考えていた。
「触手の次は海賊ですか」
 砂漠に揺らめく幻の如く、伸ばされた骨の指も錆びた刃も全て置き去りにする。
 シフォリィは骸骨船長の至近にまで駆け抜けて、愚直なほどにまっすぐな、心技体全てが練られていなければ自殺行為同然の突きを繰り出す。
「は、ははっ、女は俺のっ」
 船長服の骸骨は己が隙だらけでることにも気づかず、恍惚として根元しか残っていない右腕を伸ばそうとした。
 ライフルの銃声が連続する。
 1発目で腰骨の中心が砕け、2発目で頭蓋に大穴が開く。
 呆気なく倒れ、ただの骨に戻った残骸が斜めの甲板を転がっていく。
「賊はどこも同じか」
 ラダはジェットパックを噴かし、急速に薄れる幽霊船から離れて次の獲物に向かった。

●別働隊崩壊
 縁を道連れにしようとした幽霊船が力尽きた。
「敵船残り3隻です」
「敵船が散開、離脱……いえ我が船の半包囲を狙っています!」
 4隻の船が無数の帆を目まぐるしく開閉させる。
 海洋船の砲は8つ、幽霊船の砲は1隻に3つの合計9つ。
 個々の要素では海洋船が上だが、数の差はいかんともしがたい。
「何か乗りこんで来てもボクがやっつけるから安心してね!」
 ソアが元気に言う。
 その雷の強さと鮮やかさを思い出して水夫達の士気が回復するが、虎尻尾が落ち着き無く動いている。
 この船の人々は水夫としては一級かもしれないが戦士としていまいちで、護衛のための難度が非常に高そうだ。
「どうする?」
 6つの翼を畳み、カイトがソアの横に並ぶ。
 どう逃げるかではなく、どう攻めるかを聞いているのだ。
「守れば負けちゃいそうなんだから攻めちゃおうよ。あの船なんてよくない?」
 1度ギャングに襲われた船の動きが、他の船と比べて少し乱れていた。
 虎と騎士が同時にうなずく。
 マストの最も高い所にいるカイトによく似た男が、手旗信号で他の船に合図を送る。
 特に良く揺れるので凄まじく危険だ。
「だいじょうぶ?」
「大丈夫、式神だ」
 万一があっても人死には出ないし、海に落ちても後で回収出来る。かもしれない。
 砲戦が続く。
 船長以下の奮闘で海洋船がやや有利だが、被弾による被害は増えていく。
 魔導甲冑装備中とはいえ素手で砲弾を受け止め、ココロが時間を稼ぐ。
 ギャングの輸送船と縁達が幽霊船の背後から襲撃を仕掛け、幽霊船の連携が完全に破綻した。
 騎士が空を飛び虎が海を行く。
 固定式の砲では2人に狙いをつけるのが間に合わず、両者とも傷を負わずに幽霊船甲板にたどり着く。
「こんにちは! 今度は本気でやるよーっ!」
 ソアは残り少ない魔力を迷いなく使い、雷を呼び起こす。
 当たり所によっては幽霊船が一撃で沈みかねない威力があり、そのことに気付いた骸骨船長がスケルトンを率いてソアへ殺到する。
「君の相手は僕だ」
 カイトは船長に対して堂々と名乗りをあげて、剣を交えず空を飛んで待避した。
「おまっ、騎士じゃないのかよっ」
 舷側ぎりぎりで踏ん張った骸骨が大声でわめく。
 カイトは悪意無く戸惑い、誠意ある態度で応えた。
「例えこれが魔との戦争であったとしても、僕の目が見えるところでは一人でも死なせたくないんだ」
 カイトは天義の騎士家の長男であり、過酷な道を己の意思で歩く立派な騎士だ。
 だからこそ多少の融通は利かせる。
 悪辣非道な策を用いる死に損ないに、ほんの少しだけ性格の悪い策を使う程度なら問題ない。
 ソアが唸っている。
 スケルトンは弱く、数が多い。
 小さな傷がソアの体に蓄積されて血がじわりと滲む。
 虎の瞳が、ひび割れた甲板の奥をぴたりと見据えた。
 肉食獣の笑みが浮かぶ。
 野生の虎とは異なり、獲物は海に跋扈する船型の魔だ。
 幽霊船のロープが水夫の手を借りずに動き、東から吹く風を捕まえる。
 いきなりの加速に骸骨水夫がバランスを崩す。ソアだけを残して甲板を転がり舷側からこぼれ落ちる。
 残ったのは、甲板にしがみついた船長と2本の足で立つ雷虎だけだった。
「逃がさないよ」
 極太の稲妻が斜め下へと突き刺さる。
 固いはずの甲板が波打ち、在庫の骸骨が蒸発し、怨念で強化された竜骨が焼け焦げひび割れた。
 ソアが甲板を蹴って海へと飛び込む。
 その直後、マストが倒れて甲板にめり込み、呆然とした船長を巻き込んで壊れた船が沈んでいった。
「敵船が逃走を……いえ、こっちに来ますっ」
 水夫の報告は悲鳴に近い。
 砲撃戦で沈没寸前の船が、海洋船を道連れにしようと真っすぐに向かって来る。
 小型とはいえ船の重量は巨大だ。
 触れただけで、海洋船が沈む可能性があった。
 放置すれば死ぬか重度の後遺症を負うはずだった水夫の治療を終え、ココロが静かに立ち上がる。
 相変わらず戦場は混乱し、生と死が騒音に満ちている。
 しかしココロは迷わない。
 この日を悪い日にしない為に皆を援ける。そのためにここにいるのだ。
 長砲身砲が至近弾を叩き込んで幽霊船に大穴を開ける。
 もう放置されても沈没する。だから骸骨達は、道連れを増やすために一斉に助走をつけて跳躍した。
「やはりなぁ、この船は大砲と速さだけの張りぼてよぉっ」
 骸骨船長が不気味に笑った。
 ココロは舷側にある柵に足をかけ、むん、と気合いを入れる。
 知的な医学生という雰囲気のココロがそうしても滑稽にしか見えないはずなのに、構えも落ち着きも堂に入り過ぎていた。
「えい」
 まずはジャブを1発。
 ぎりぎりで海洋船に届いた骸骨船長の顎を撃ち抜き姿勢を崩す。
 ココロの攻撃は止まらない。
 鋭いストレートを連続して放ち、錆びた刃を握る骨指を砕き、胸骨に直撃打を浴びせて亀裂を入れる。
 健康的な足が黄ばんだ足骨を払う。
 幽霊船の核でもあるアンデッドが、海洋船の舷側から転がり落ちる。
「お」
 船長は最期に何かを言おうとしていたがココロは気にしない。
 ココロの慈悲は、死んでる骨には向いていないのだ。
 船長という頭脳を失った船ではまともな舵取りが出来ず、海洋船の進路変更に対応出来ずに何もない場所を通過しそのまま沈んでいった。
 幽霊船別働隊は残り1隻だ。
 大砲は全て失っても帆は無事な幽霊船が、同属を見捨てて逃げていく。
 だがイレギュラーズ側に追撃する余裕はない。
 三つ巴の戦いの中で、鉄帝船が窮地に陥っていたからだ。

●勝ち残る者
「一番砲塔大破」
「二番砲塔モーター停止。手動でも動きませんっ」
 スケルトンに滅多打ちにされた鉄鋼船が、戦闘能力を半減させた。
「儂の勝っ」
 真新しい弾痕だらけの骸骨船長を、イリスからの伸びる光柱が直撃する。
 すうっと消えて、鋼鉄船がめりこんで幽霊船も消滅した。
「馬鹿な」
 わずかな生き残りの船長が、イリスと鍔迫り合いを演じながら驚愕する。
「それほどの守りと攻撃を両立出来るはずがない。海種ならっ」
「勝手に海種の限界を決めないで」
 イリスは、船長だけでなく骸骨水夫の攻撃にも的確に反撃する。
 膨大な生命力を持つ彼女にとっては小さな威力の反撃でも、幽霊船団の雑兵にとっては手痛い反撃だ。
「お仲間は逃げたがっているみたいだけど」
 一定の被害を受ければ即撤退しろと命じられているかのように、幽霊船迷いなく撤退しようとして、失敗した。
 巨大イソギンチャクの群が、最も近くにいる……鋼鉄船と絡み合うようにして渋滞中の幽霊船団に突っ込んだのだ。
「無様だなァ」
 狂王種に気を取られた船長を、毒々しい炎が襲った。
 スケルトンに回復手段はない。
 退却はイソギンチャクに邪魔され、突破はイリスに阻まれたまま財宝より貴重な時間を浪費する。
「予想以上の長期戦になったが」
 ラダは、これまで我慢に我慢を重ねて温存してた特殊弾を取り出した。
 イソギンチャクの生き残り数体と、半壊状態の幽霊船団が触れあう距離まで近づくのを待ち、大口径ライフルで特殊弾を飛ばす。
 神経を苛む音に負け、狂王種の足が止まった。
 しかし上半分の触手は止まらず、最も近くにいる幽霊船を滅多打ちにして深刻なダメージを与える。
 この瞬間、戦場全てがラダの思い通りに動いていた。
「勝利まで後少しです」
 数が少なくなったスケルトンを鉄帝軍人に任せ、イリスは球形砲弾を迎撃し後ろの軍人達を守る。
 砲撃直後の砲が触手に巻き付かれ、耳障りな音をたてて変形した。
「後は通常弾か。ブルーノートディスペアーの記述に当てはまる個体ならいいが」
 僅かずつ近づいて来たイソギンチャクをライフルで狙う。
 直撃。効いてはいるがこれはライフルの威力が大きいからだ。
 もう1発。今度はやや浅かった。しかし秘伝書の記述がどんぴしゃりだったようで、まだまだ生命力に溢れて巨体から生気が抜けた。
「また触手」
 シフォリィの細剣が迎撃する。
 彼女も余力はない。
 残った力を最大効率で使って触手を斬りつけその動きを鈍らせ、シフォリィよりさらに疲れ果てた鉄帝人に後を任せる。
「ふぬー!」
 汗臭い体と触手の肉弾戦だ。
 ナイフを刺された狂王種が弱っていく。
 軍人の太い首に、ぬめる触手がぬるりと伸びた。
「そこまででーすっ!」
 しゅびどぅばっ! とオーラキャノンが触手の半ばを貫いた。
 重要な神経を断たれた触手から力が抜けて、しなだれかかるかのように軍人にぶつかった。
「グロはNGです」
「助かっ……た?」
 これまでのヨハナの言動を思い出してしまい、助けられのにヨハナに対する苦手意識を持ってしまっていた。
 もっとも肝心のヨハナはそんな事は気にしない。
 回復力を活かして回復力を活かして、遠距離攻撃も派手な必殺技も遠慮なく使う。
「申し訳……」
 最後の骸骨船長から力と声が消える。
 怨念に満ちた存在のはずで実際そうなのに、イリスはそこに別の理屈と存在を感じ取る。
「幽霊船と聞いてから嫌な顔が浮かぶんだけど。さて、会う事になるのかしらね……」
 逃走1隻、沈没11隻。
 残りは狂王種だけだ。
「いかん」
 鉄帝船長が顔色を変えた。
 浸水が激化した。部下全員を船の維持にまわさないと確実に沈む。
 板子一枚下は地獄という現実をようやく実感して、鉄帝水夫達の動きが明らかに鈍った。
「船だ」
 空か変わった。
「味方の船が来たくれたぞー!」
 海洋船のマストの上で、騎士の方のカイトに似た式神が全力で手を振っていた。
「狂王種を近づけるな。一人もしなせず陸まで戻るぞ」
 わずかに回復した力を絞り出して熱砂の精へ与え、レイチェルは遠方の海上に砂の嵐を巻き起こす。
 足止めされ密集していたイソギンチャクの多くを巻き込み、小さな触手を引きちぎり臭気漂う体液を海に撒き散らした。
 甲板に波がかかる。
 これまでとは別種の揺れが鋼鉄船を襲う。
「絶対に敵の攻撃を防ぐから作業に専念して」
 揺れる甲板の上でイリスが勇ましく立つ。
 これまで船と水夫を守ってきた背中は、どんな修辞より説得力に溢れてる。
「いざというときは人化を解いて救難活動だね」
 鉄帝人に聞こえないよう小声でつぶやく。
 レイチェルも鉄帝人にばれないよううなずき、万一の際は長時間泳ぐ覚悟を固めた。
「本当に……世話が焼ける」
 回避する前衛として鉄帝船を支えてきたカイトが、疲れを感じさせない不敵な笑みを浮かべる。
「触手の奥を狙え。あの2体はそこが急所だ」
 ラダはじっくり狙って見慣れたイソギンチャクを狙撃する。
 黒い雲が近付き、風が強まり、冷たい雨が体に当たって体力を奪う。
 銃声は風にかき消されて耳に届かい。
 被弾した巨体が、丘より大きな波に攫われどこかにいった。
 イリスが泳ぐ。
 海は荒れ、海面数メートルは海か空中か分からないほどだ。
「後……2つ」
 太い触手を数本まとめて尾で弾く。
 急旋回して最後の1体の本体を全身で押して鋼鉄船から退ける。
「退きなさい!」
 細剣が触手の根元を抉る。
 シフォリィの白い頬に触手の粘液が飛び散る。
「消えろ」
 純白の大弓がレイチェルの殺意をのせた矢を放つ。
 シフォリィが切り開いた場所を通過し、ラダが見いだした急所を貫き反対側からやじりが飛び出る。
「晴れ間が来るぞ。後少しだ!」
 ラダは軍人達を勇気づけるために限界まで大きな声を出して、射撃に向いていない環境で完璧な射撃を行った。
 最後のイソギンチャクが痙攣する。
 命を射貫かれ残ったのは原色の肉の塊のみ。
 けれどその重さは、ぎりぎりでもっている鉄帝船を沈めるのには十分な重さだ。それが、衝突コースで鋼鉄船に迫った。
 雲が通り過ぎ光が溢れる。
 風と雨が急速に弱くなり、けれど鉄帝水夫達の作業効率は上がらず鋼鉄船が沈みかけている。
 完全魚類型の海種が、水の流れを読みきり狂王種の一部を齧りとる。
 形が変わったイソギンチャクは冷たい水の流れに翻弄されて、底知れぬ海の底へと消えていくのだった。

●帰還
 清潔なバスタオルが最高の贅沢だった。
 海洋と鉄帝の軍人にぼったくり価格で売りつけられていく。
 シフォリィは、イレギュラーズに無料で提供されたバスタオルで髪を拭きながら、輸送船の長と話し込む縁を見ている。
「一体どんな関係なんでしょう?」
 只者ではないのは分かるが、それ以上のことはよく分からない。
 幻想貴族出身のシフォリィには馴染みのないタイプだ。
「ありがとよ」
 縁は一言で別れを済ます。
 アズマは礼を言われたことに心底驚いて、笑顔の仮面を被るのを忘れた。
「……そう、か」
 廃滅病が進行している。
 アズマは気づきはしたが何も言わず、鋼鉄船を曳航する作業にとりかかる。
 鉄帝軍人達は鋼鉄船に乗って陸まで戻れたものの、かなりふっかけられたらしい。

成否

成功

MVP

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
あたしの夢を連れて行ってね

状態異常

なし

あとがき

 激戦でした。

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