アンジュ魔術学校へようこそ！

オープニング

「……い、さっさとローブを着て準備しないと遅刻するぞ？」

　耳に届いた声にあなたの意識は覚醒する。
　見ると目の前には魔法使いのローブを着た学生がいる。

「次の授業は魔法薬学か？　それとも呪文学？　古代魔法語学なら、一分の遅刻でもルートヴィヒ先生はカンカンだぜ！」

　学生の言葉にあなたは"思い出した"。
　自分はこの魔術学校の生徒だったと。何故そんなことを忘れていたのだろうと思えてくる。

　アンジュ魔術学校、特に天使に関する魔術の教育を重要視する由緒ある魔術学校。
　あなたはその魔術学校の四つある寮のうち一つにいる。

「■の寮、5点減点！　ってさ」

　同級生は厳しいことで有名な教師の口真似をしてみせる。
　部屋を見渡せば、そこはきっとある一つの色に合わせた調度品で満たされているだろう。壁紙も、床も、机も椅子もその一色で埋め尽くされている。
　あなたが『赤』の寮所属なら赤色に。
　あなたが『青』の寮所属なら青色に。
　あなたが『白』の寮所属なら白に。
　あなたが『黒』の寮所属なら黒に。

　『赤』の寮は正義と生誕の天使を象徴に掲げている。寮の庭で飼われている赤いとさかの鶏が毎朝けたたましく鳴いて寮生を叩き起こす。寮生は必然的に規則正しい生活を送ることになり、何処よりも勤勉に魔法を勉強することを求められる。
　『青』の寮は芸術と智慧の天使を崇めている。絵具の匂いが鼻をつくかもしれない。寮内では魔法の絵画や魔導書が一人でに動いたりお喋りしたりしている。自らも芸術活動に邁進する生徒も多い。談話室に行けば読書に没頭する生徒の姿が見られるだろう。
　『白』の寮は癒しと旅を司る天使を敬愛している。寮の談話室には常に枯らさず白百合が生けられている。花を変えているのではなく、萎れそうになっているのに気付いた寮生が毎回魔法で蘇らせている。四つの寮の中で一番規則の少ない、自由な気風の寮。
　『黒』の寮は公正と死の天使に信念を捧げている。格調高い黒の寮には「黒の円卓」と呼ばれる巨大なラウンドテーブルがあり、寮生はこの円卓で重要な話し合いを行ったり或いは暗黒円卓会議ごっこに興じている。才能ある生徒が多く見出されるこの寮では、魔眼を封じてあるのだと言って片目に眼帯を付けた生徒の姿は珍しくない。

「おっと、もう行かなきゃ！　じゃあな、■■■」

　同級生は慌てて窓から外へと飛び出していく。
　あなたが窓辺に駆け寄ると、空中で箒の上に乗ってスイ―っと飛んでいく同級生の姿が見えた。

　あなたも急いで朝の支度をしなければならない。

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第3章

第3章 第1節

　ふと、あなたは気づいた。
　ここが夢の中であることに。

　この世界は過去の記憶によって形作られた夢の世界だ。
　高機能記憶収集装置……あの七つ道具の一つである水晶玉に記憶された記録から生成されている。

　アンジュ魔術学校がある世界は何らかの要因により滅んでしまった。
　それを事前に察知していた彼らは「せめて自分たちの生きた証を遺せれば」と世界の全てを記録した水晶玉を世界の狭間へと放流した。
　現在では水晶玉は「魔術学校で生活を送る夢が見れる装置」として認識されている。
　あなたもまた境界案内人に勧められて水晶玉の中に潜り、かつて存在していた魔術学校の夢に微睡んでいたのだ。

　夢の中の友人も、同級生も、先輩も、教師らもすべて過去に実在し、そして今はどこにもいない。夢の中だけで会える存在だ。
　それでもあなたがこの夢を見たことで何かを得たのなら、彼らが生きていた意味もあったと言えるのかもしれない。

　あなたがここが夢だと気づいたのなら、それはそろそろ起きなければならない時だということだ。
　さあ、事前に決めておいた合図で夢の世界から目覚めよう。

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第3章 第2節

「こ、これは黒の教科書でしか見たことのない禁断の……エンッ！」

　『脳筋名医』ヨハン＝レーム（p3p001117）は薬品の匂いの衝撃で思い出した。
　これは夢の中で、自分はダークネスファントム・スペルロード家の後継の最強の魔術師ではないことを。

（しかしとんでもない事してましたね僕……）

　夢の中での自分の言動を思い出し、ヨハンは顔が熱くなる。もしかすればダークネスなんたら家の後継とやらも過去に実在していた生徒なのかもしれない。
　隙を窺う為だろうか、ヨハンは授業後にルートヴィヒ先生の手伝いをしていた。記憶を取り戻したヨハンは先生に向き直る。

「ルートヴィヒ先生、今日で僕お別れみたいです。……え？　ダークネス語じゃないですって」

　ヨハンが別れを告げると、ルートヴィヒは訝しげな顔をした。
　普段の言動のせいでまた変なことを言いだしたと思われているようだ。

「何となく先生たちも察してるんですよね、この世界が滅ぶ事を」
「っ！」

　先生は驚きに目を見開く。
　ダークネスファントム・スペルロード家とかいう最強の魔術師でも滅びの運命を覆すことはできないようだ。

「夢であろうと、先生から学んだ事は忘れません」

　魔術師の絆は知識の絆。アンジュ魔術学校の全てを受け継いで僕は卒業しましょう、とヨハンは誓った。
　そして夢から目覚める合図であると同時にこの魔術学校の皆と師に贈る魔法をヨハンは紡いだ。

　――――――――天使の歌。

成否

成功

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第3章 第3節

　そうだよな、と『剣砕きの』ラダ・ジグリ（p3p000271）は悟った。

（私が学生なわけないし、そも神秘の才能自体がお察しだし）

　先生たちや今朝食べた朝食も、箒で飛んだ空もすべて過去のものかとラダは寂寥感に包まれる。
　ここは夢だ。現実ではない。

　ただ楽しかったのは本当だ。
　本当は飛べない空を飛び、
　本当は使えない魔術を使って、
　行ったこともない立派な学校に通って、
　それを疑うこともない時間だった。

　だからもう一度空を飛ぼう。ラダは箒を握り締めた。
　この短い夢では、学校全てを見回る事はできなかったから。
　せめてぐるりと全景を見られるように。

　箒は揺れることもなくスッと浮かび上がる。
　ラダは苦もなく箒を飛ばし、風を頬で受けることができた。
　「飛ぼう」とラダの心が想っているからかもしれない。自分と同名の教師が口にしていた事を思い出す。
　歴史ある厳かな学び舎から高い尖塔が天を劈く黒の寮、庭で鶏が歩いているのが見える赤の寮、誰かの歌声が聞こえる青の寮……と学校を一周する。見下ろす全てが牧歌的で、瑞々しさに満ちていた。

　最後にラダは白の寮に戻った。
　談話室に足を踏み入れると、そこには一輪の白百合が飾られている。
　ある意味では"分かりやすい"、ラダは花弁と同じ色の髪を揺らして微笑む。
　白百合をそっと手に取ると、目を瞑り香りを吸い込み――――

　おはよう、さようなら。
　楽しい学園生活をありがとう。

成否

成功

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第3章 第4節

　イレギュラーズがこの世にいたら滅ばなかった結末もあったのかな……。
　この世界の真実を思い出した『カースド妖精鎌』サイズ（p3p000319）は心の内で呟く。

　倍加された宿題をすべてこなしたサイズはある物を手にラダ先生の元へと向かった。
「ラダ先生、もう一度サイコロ勝負をしよう。賭けの内容は秘密を一つ明かすでどうかな」
　サイズが持ってきた物とは鍛冶スキルで作った六ゾロしか出ないサイコロだった。先生にイカサマを仕掛けるのだ。
　ラダ先生は賭けに快く応じてくれた。
　後は先生の方がイカサマをしないか警戒するだけだ。サイズは注意深くダイスを投げた。
　サイズの出目は……六ゾロ。細工した通りの出目だ。
　そしてラダ先生の方は……五。
　サイズの勝ちだ。

「それで、何を聞きたいの？」
　ラダ先生はにこにこと尋ねる。いつもの感情の読めない微笑だ。
「えーと……そうだ、ラダ先生の性別を教えて」
　だが、サイズの問いを耳にするとラダ先生は目を丸くした。滅多に見せない驚きの感情が顔に表れていた。
「そんなことでいいの？」
　ラダ先生はもっと違う質問を予想していたようだ。例えばこの世界に迫りつつある滅びの運命についてだったりとか……。でもそんなことを尋ねる必要はないのだ。
　先生ははにかみながらもサイズに耳打ちしてくれた――――ラダは花も恥じらう乙女なの、と。

　最後はエンチャント解除魔法デスペルを唱え、サイズは目を閉じた。

成否

成功

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第3章 第5節

　魔法薬学の授業では上手く調合ができてクラスの皆から賞賛された。
　さて次の授業は何だったかなと思っていた時だった。
　チャロロの足がはたと止まる。

「……思い出したよ」
「チャロロ？」

　『魔動機仕掛けの好奇心』チャロロ・コレシピ・アシタ（p3p000188）は気付いた。
　自分がここの生徒ではなかったこと、過去の思い出にお邪魔させてもらっている異邦人だということを。
　そうだ、ここは夢の中の世界だ。

「どうしたんだ？」

　周囲の同級生が心配そうにチャロロに声をかける。
　夢の中のチャロロは友人にも恵まれていた。
　友人だけでなく上級生、先生もみんな暖かくて、楽しかった。
　久しぶりに学校にも通えて、不思議な授業を受けさせてもらえた。
　みんなの生きた証を忘れない、とチャロロは誓った。

「ほんとはもっとここで魔法の授業を受けたかったけど、もう戻らなきゃいけないみたいだから……」

　チャロロの友人たちは彼の言葉にぽかんとした顔をしている。
　あまりにも精巧に再現された過去の世界に長い間留まると、夢と現の境が分からなくなってしまう。
　だからチャロロは戻らなければならないのだ。

「さよなら、そしてありがとう！」

　杖を三回振って、頭をコツン。
　現実世界へと戻る合図と共に、チャロロの視界が白く薄れていく……

　ぼやけていく視界の中で、友人たちがチャロロに手を振っているように見えた。

成否

成功

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第3章 第6節

　泡沫のごとき水晶の中の世界。
　夢と現の区別が付かなくなってしまわないように、夢に潜れる時間は極めて短く設定されている。
　あなたは名残惜しみながらも楽しくも暖かい夢から覚める合図をした。

　あなたの意識が浮上していく。
　水晶玉の世界が意識の海に沈んでいくのが見える。
　魔術学校の学び舎も、一緒に学んだ学友たちもすべて静かな過去の中に埋もれていく。

　大事な思い出を胸に、あなたは現実世界で目を覚ました。