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シナリオ詳細

<Breaking Blue>タツノオトシゴの最期

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 朱色のビームが海を切り裂いた。
 ビームに触れた海水は蒸発しない。
 消滅したのだ。
 魔種が放ったビームが蒼い海を蹂躙し、海洋の船へ襲いかかった。
「ロープに掴まれぇ!!」
 船が激しく揺れる。
 猛烈な加速が続いているが逃げ切れない。
 外洋船の左舷中央が、綺麗な断面を残して消滅した。
「ボートを下ろして若いのを逃がす。急げ」
 船長は目だけで人を殺せそうな表情になり、声だけは冷静さを保って命令を下す。
「無理です船長!」
 言葉を交わしている間も手は止まらない。
 沈まぬよう最低限の補修を終え、ビームから逃れるための帆操作を見事という他ない速度で行い、それでも全く間に合わない。
 初回より一回り大きなビームが、海中から船首にへと一直線に迫った。
「おい止せっ」
 薄い朱色に染まった視界の中で、船首に向かう人影が見えた。
 逞しい水夫達と比べると折れそうなほどに細く、けれど目を離せない存在感がある。
 ちらりと見えた外套の裏が、澄み切った夜空のような、底の見えない闇と微かな光を湛えていた。
 ビームが人影と接触する。
 船長はせめて最期を目に焼き付けようと船首を凝視し、凝視したままあんぐりと口を開けた。
 ビームが闇の中へ吸い込まれている。
 膨大な髪を封じるように巻き付いていたリボンが解け、『海を漂う』ブリム・ナイトレイドが水母としての姿に切り替わる。
 闇は外套の裏から、大きな傘の裏へ。
 朱色のビームを無造作に飲み込みながら、船首から海の中へとふよふよしながら飛び込む。
 ビームが徐々に細くなり、空と海を冒していた朱色も消えた。
「オマエは……」
 海の中には魔種がいた。
 元はタツノオトシゴの海種。
 今は全長20メートルを超える大型魔種だ。
 瞳にだけ海種の特徴を残した魔種が、痙攣じみた動きで全身を震わせている。
 先程のビームは文字通り命を燃やして放った一撃だ。
 心身が弱まり『廃滅病』が進行し、水中でもはっきり分かるほど臭いが濃くなっている。
「オマエは、何ナンダ」
 何者か、ではない。
 非道の果てに成り果てた魔種の攻撃を完全に防ぐなど、真っ当な存在では絶対にない。
 かつて何者にもなれなかったこの魔種は、そう信じ込んでいた。
 大きな水母は何も答えない。
 目まぐるしく変化する潮の流れにのって、ただ静かにふよふよしながら傘の裏に闇を湛える。
「舐めルナァ!」
 タツノオトシゴの気配が増す。
 もはや何に対する嫉妬だったか分からなくなったものが魂を融かし、破壊のためのビームに変わる。
 威力は圧倒的だ。
 高位の魔種にすら届くかもしれない。
 しかし、貧弱な心では力を戦力に昇華しきれず、強いとはいえ普通の海種でしかない水母にビームの全てを食われてしまう。
「オマエは、オマエがァッ」
 理性が消えていく。
 自らの意思でアルバニアに従い滅びを受け入れ広げようとした魔種が、ただ暴れることしか出来ないモンスターへ墜ちていく。
「ナントカ言ったらドウダッ!!」
 もともと絶望の青は過酷だが、ここは特に流れが酷い。
 大重量の体が、絶えず向きを変える流れに翻弄され腐った肉を剥ぎ取られる。
 対する水母は傷ひとつついていない。
 老練を通り越して化生じみた技術で流れを乗りこなし、魔種と一定の距離を保ってビームだけを防いで船への被害を防ぐ。
「オレが、ボクが、会話スル価値モナイトっ」
 雑念が消え、魔種に成り果てる原因の想いを口にしていた。
 ブリム・ナイトレイドが人型の姿に変わる。
 大きく広がる髪が、巨大な魔獣の一部に見えた。
「なんとか」
 ブリムに悪意はない。
 魔種という世界の敵に対し、優しい態度とすらいえる。
「ア……」
 そして、興味も全く存在しない。
 個人的理由でこの場にいるだけで、魔種の人格には全く興味がない。言葉を返したのもただの気まぐれだ。
 そのことに気付いてしまった元タツノオトシゴの海種の、ひびだらけの心が完全に砕けた。
「あァもィャアアア!!」
 絶望の絶叫と共に、鮮血の如きビームが海中から伸びた。


「あの若造船長、いい乗組員雇ってるじゃないか」
 僚船との合流を目指す船の船長が、望遠鏡を片目に当てにやりと笑った。
 髪は白くまばらで、筋肉も全盛期の半分ほどになってしまっているのに揺れる甲板でびくともしない。
「お知り合いで?」
 副長がロープを引きつつ問う。
 潮の流れ以上に風の変化が激しく、熟練の船長と水夫でも普段の半分の速度しか出せない。
「救助が趣味のお嬢さんだ」
 少なくとも見た目はお嬢さんだ。
 強力な海種であるのに仕官にも起業にも興味を持たない彼女が何故戦っているか興味はあるが、追求する暇はない。
 なお、ブリムは雇われているのではなくふらりと現れた居座っただけだ。
「イレギュラーズに伝えろ。これ以上の速度は出ない。お嬢さんが倒れる前に空中か水中っ」
 裏帆を打ち船が不自然に揺れる。
 慌てて帆を下ろし転覆は回避出来たが、速度はさらに落ちた。
「空中はお勧めしないと伝えてくれ」
「了解です」
 副長はロープを船長に渡し甲板を走る。
 風があまりにも強すぎ、息がかかる距離でしか声が届かない。
「しかし……勝てるのか?」
 船長が己の耳にも届かない小声でつぶやく。
 水中からビームを連射する魔種と、海面をゆーらゆら漂いつつビームを防ぐ水母海種。
 船長にとっては雲の上の実力者の戦い過ぎて、どちらが有利なのか、どのタイミングで仕掛けるべきなのかも全く分からなかった。
 けぷっ、と水母が朱色のエネルギーを漏らす。
 吸収するのも限界が近い。
 だが1度距離をとるのも難しい。
 敵は魔種。心と技が弱くても、武力だけは次元が違う。
 狂乱したタツノオトシゴが滅茶苦茶に体をよじる。
 腐った肉片がいくつも飛んでくる。
 単に防ぐだけなら難しくはないが、呪いじみた臭いに耐えて防ぐとなると難易度が激増する。
 傘の裏から触手を伸ばし弾いて防ぐ。
 防御は成功したものの、魔種から距離をとる時間が失われた。
 海の魔種が、全く知性の感じられない叫びを上げて突進してくる。
 水母が弾き飛ばされ、激しい音と水しぶきと共に海の上へと打ち上げられた。

GMコメント

 激しい風と潮の流れの海域で、元海種の魔種と戦う依頼です。
 極太ビームを撃ったり、巨体を活かした大威力攻撃を繰り出す強敵タツノオトシゴです。
 その上、脅威は魔種だけではありません。
 風は荒れ狂い潮の流れも滅茶苦茶で、船がこれ以上傷つくと陸まで戻れない可能性があります。


●目的
 魔種の撃破。


●敵
『魔種タツノオトシゴ』×1
 アルバニアに従う魔種。
 狂った風と潮の流れの海域に潜んで周辺海域を通過する船を襲う予定でした。
 数奇な生涯の果てに魔種として……という背景があったかもしれませんが、ある海種に翻弄され不可逆に理性と人格が消し飛びました。
 風と流れを利用する知性も失われ、機動力は最大で1しかありません。
 『廃滅病』に罹患し、そろそろ限界です。
 以下の3つの攻撃が可能です。

 すごいビーム【神遠貫】【万能】とてもすごい攻撃力。
 腐りかけの肉片散布【神近範】【猛毒】【?】ひかえめ攻撃力。
 体当たり【物近範】【飛】【必殺】すごい攻撃力。

 どの攻撃も、使用には『魔種タツノオトシゴ』のHPが必要です。命中は低め。
 最も威力の大きなすごいビームの場合、HPの最大値の1割近くのHPを消費します。
 現在のHPは最大値の5~6割です。


●友軍
『ブリム・ナイトレイド』
 防御超特化型水母海種。
 独特な精神の持ち主であり、意思疎通の難易度は高めです。
 個人的な目的を果たすため絶望の青にやって来たらしい……です、多分。
 現在、HPが最大値の2割です。

『海洋船バナナ丸』
 これまでの戦いで激しく傷ついています。
 砲は失われ、乗組員は沈没を防ぐので精一杯で、風と潮の流れに翻弄されています。

『海洋船不沈号』
 イレギュラーズが乗って来た船です。
 砲を船首に2門、船尾に1門装備。
 砲や修理用資材等を捨てれば、イレギュラーズと『ブリム・ナイトレイド』と『海洋船バナナ丸』の乗組員を全員乗せて帰還することが可能です。
 損傷した場合は乗せることの出来る人数が減ります。
 速力は、この海域では10秒で10メートルが限界です。


●戦場
 1文字縦横10メートル。戦闘開始時点の状況。上が北。
 abcdefghijkl
1□□□□□□□□□□□□
2□□□□□□□□□111
3□□□□□□□□□□□□
4□□□□□□□母□□□□
5□□□□□□□□□□□□
6□□□□□□□□頭胴尾□
7□□□□□□□□□□□□
8□222□□□□□□□□
9□□□□□□□□□□□□

 □=風と潮の流れが狂った海。飛行時は機動力激減。泳ぐ場合も半減します。
 1=『海洋船バナナ丸』です。船首はl2。
 2=『海洋船不沈号』です。船首はd2。イレギュラーズの初期位置です。
 母=『ブリム・ナイトレイド』が、海面に向かって落下中。
 頭=『魔種タツノオトシゴ』の頭部があります。ビームはここからしか撃てません。
 胴=『魔種タツノオトシゴ』の胴があります。肉片は主にここから。
 尾=『魔種タツノオトシゴ』の尻尾部分があります。体当たりは、尻尾を使った攻撃が一番攻撃力と命中が高いです。
  『魔種タツノオトシゴ』は、水深20メートルにいます。


●情報確度
 このシナリオの情報精度はBです。
 情報は全て信用できますが、不測の事態も起こる可能性があります。


●重要な備考
<Breaking Blue>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

  • <Breaking Blue>タツノオトシゴの最期完了
  • GM名馬車猪
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年05月02日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)
泳げベーク君
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ハッピー・クラッカー(p3p006706)
爆音クイックシルバー
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐

リプレイ

●青の洗礼
「師匠!」
 複数の流れが混在する海を、たい焼きが一直線に貫いた。
 甘い香りは瞬時に潮に拭い取られ、眼球だけでなく鱗にも強い負荷を感じる。
 だがそれは覚悟の上だ。
 潮の流れを加速に利用し、闇を湛えた水母が海底に沈む前に下側へ潜り込みしっかりと支えた。
「大丈夫ですか!?」
 何故ここにとか、複数の感情が溢れるが浸っている余裕はない。
 遠く離れているのに近くに見える巨大魔種が、口元に朱色の光を蓄えているからだ。
「掴まってくだ……ええいっ」
 ふーらふらしている触手を自らに巻き付ける。
「根性ー!」
 『泳げベーク君』ベーク・シー・ドリーム(p3p000209)が尾、腹、頭まで全てを全力で酷使する。
 高速移動にはどう考えても向いていない水母を連れているのに、単独時の8割程度の加速を実現していた。
 そんな2人に向かい、とても凄すぎるビームが放たれようとしている。
 海が揺れた。
 無数の火の玉がタツノオトシゴ型魔種を下方から襲い、ビームを放つ寸前の器官を痛めつける。
 火の玉は消えない。
 それは炎であると同時に海で漂い続けていた死者の魂であり、狂気混じりの業火が物理的にも霊的にもタツノオトシゴの巨体を焼いていく。
 魔種が狂ったように体をよじり、独特な形の頭部を己の腹に打ちつけた。
「まさかこんな所でご同輩に会うとはなぁ」
 降り注ぐ肉片を高速泳法で躱しながら、『濁りの蒼海』十夜 縁(p3p000099)が静かな目を魔種へ向けている。
 敵は縁と同じ“海龍(シードラゴン)”。
 同情も手加減もするつもりはない。だが。
「何かが一歩違えば、今頃ああして狂っちまってたのは俺だったかもしれん」
 だから、声もかけずに無造作に殺す気にはなれない。
 そんな彼に、魔種が意図して肉片を飛ばしてきた。
「ああ、俺には効かねぇよ」
 肉片は回避しても肉片から吹き付ける腐臭は躱さない。
 縁自身、廃滅病が末期といっていいほど進行しているからだ。
「お前さんの最期の舞台だ。全力でやりな」
 魔種の目が届かない方向から泳いで近づき、強烈な臭いを浴びつつ強烈な一撃を至近距離から浴びせる。
 肉を大きく砕いた手応えと、巨体の一部にしかダメージを与えられなかった感触が両立していた。

●小型船
「荒波の船の上だろうが、いや、「嵐の中」こそ俺のホーム! サンディ様の到着だッ!」
 『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)が船首に立つ小型船が、透明な巨人に玩具にされているかのように揺れながら進んでる。
「大佐!」
 止めないでいいんですかいと操舵手が問い、心配無用と『二代野心』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)が頷きで返す。
「気にするな。進路そのまま」
 サンディなら風や波に負けることはないという、信用に基づいた言動だ。
「気にするなって……ああもう分かりましたよっ」
 海洋船から貸し出された水夫が、舵を繊細かつ大胆に操作する。
 まともに受ければ船を粉砕しかけない波を受け流し、暴れる巨大魔種には近付きすぎない。
 エイヴァンの見立て通りに、操船技術は一級品だった。
「風と海を鎧にしたつもりか?」
 サンディが大きな武装を構えた。
 ミサイルポッド、しかも多連装だ。
 斜め下に見えるタツノオトシゴの尻尾と比べると小さく見えるが、個人用装備としてはかなり大きい。
「ド素人め」
 魔種の周囲に漂う犠牲者の怨念に気付き、サンディは微かに眉を寄せ、引き金を引いた。
 ミサイルは魚雷に似た動きで着水して海へ潜り込み、巨大タツノオトシゴに斜め後ろから次々に突き刺さる。
 弾頭内にあるのは弾薬と、毒と呪いだ。
 弾薬の爆発には耐えられても、毒にわずかずつ確実に生命を奪われ、呪いによって元々遅い移動速度をほぼ0にまで落とされる。
「距離を保て」
「了解!」
 水夫に厳命しながら、エイヴァンは顔には出さず安堵していた。
 巨体は脅威だ。
 接触しただけで小型船だけでなく海洋船も沈没しかねない。
 万一があっても破滅しないよう小型船複数を用意してはいたが、熟練水夫の選抜と育成にかかるコストを考えると1人死ぬだけで大損害だ。
「時間はこちらの味方だ。緊張感を保て」
 小型船の船員に目配りし、その上で対魔種の戦士としての戦いも行う。
 氷塊の砲弾を作り上げて呪いを封入。
 決して少なくない魔力を使って長距離を飛ばして海中の巨体に当てる。
 肉を抉りはしたが敵の動きは変わらない。生命力が、見た目以上にあった。
 小型戦艦ともいえるエイヴァン船とは異なり、奇妙なほどに特徴のない小型船が波を砕いて海上を疾走する。
 その船の上で黒いマフラーがなびく。
 『始末剣』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は、海洋から水夫を借りることなく単独で小型船を操っていた。
「平時であれば釣りを楽しめそうでござるな」
 純粋な操船技術では負けていても、非イレギュラーズを乗せていない分無理が効く。
 巨大な尻尾が海面から突き出される。
 個体じみた海水が飛ん来るが、イレギュラーは全く被害を受けなかった。。
「……あそこまで堕ちると魔種とはいえ不憫なものでござる」
 魔種は元人間種だ。
 最低限の理性はあってしかるべきのはずなのに、眼下の巨体からはひとかけらの理性も誇りも感じられない。
「ひゅー! いー風!!」
 船首で、足のない幽霊が、生命力に満ちた笑みを浮かべている。
 4本のロケットと1本の予備ロケットに同時に点火し、『爆音クイックシルバー』ハッピー・クラッカー(p3p006706)は勢いよく飛び出した。
「Hey Guys!! どこに向けてんだGaze!」
 彼女の存在と言動が音楽だ。
 陽性の気配が魔の海の一角に満ちる。
 魔種の巨体が誘蛾灯に惹かれる羽虫にように近づき、しかし機動力が0に近いのでハッピーに近接攻撃を仕掛けられない。
「凄いビームとやらがどのくらい凄いのか知らないけど!!! 私ととどっちが凄いのかはっきりさせてやんよおらぁー!!!! かかってこいやあああああああー!!!!」
 傍から見れば可愛らしくもあるが、直接向けられると神経を逆撫でする猛烈な煽りだ。
 魔種は理性を失ったまま怒りだけを増しハッピーを追い回し、しかし朱色のビームを撃つ気配は皆無だった。
「ふっ……強すぎるのも問題ね!!」
 オッドアイを手袋で包まれた手の平で隠すハッピーは、遠くの船の船長までいらっとさせるほど煽りを極めていた。
 魔種が複数の呪いを振りほどく。
 位置は変えずに姿勢だけ変えて、大きく開いた口の中に巨大な朱色を急速充填する。
「さあ、行けっ! ボクたちの敵を刻んでやって!」
 魔種の機動力が死んだ結果、ある程度近付けるようになった海上船から、眩い雷がジグザグに宙を走って海面に斜めに突き刺さる。
 雷の形をした膨大なエネルギーに貫かれ大量の肉を焼かれても、タツノオトシゴのダメージは割合としては小さい。
 だが神経は無事ではいられず、体に染みついた防御も動きが酷く乱れた。
「ハッピーさん!!」
 雷を撃った直後の『雷虎』ソア(p3p007025)が呼びかける。
 ハッピーは手を振って応え、ノリッノリで挑発兼音楽を続けて3秒後、海流に押し出され滅茶苦茶に振るわれた尻尾に巻き込まれて砕け散った。
 落下するロケット5本が海面に触れた瞬間、ひょいひょいっと手袋に包まれた手が5本全てを回収する。
 再構成されたハッピーが、ますますテンションを上げて全身で歌う。
「やるじゃん!」
「おぉ、おぉ! 向こうさんは随分とお冠の様で!」
 咲耶が合いの手を入れる。
 本気で言ってるようにしか聞こえない、容赦のない煽りだ。
 巨体に染みついた嫉妬と憎悪が、ハッピーから受けた呪いを上回り巨大な口を咲耶へと向けた。
「溜が終わっておらぬでござるよ」
 海水の飛沫より多くの黒が小型船を包む。
 咲耶が気を練り上げて生み出した、怨嗟の毒に塗れ燃え盛る豪炎を纏った呪いの鴉羽。しかも大群だ。
「せめての情けとしてここで苦しみから解き放ってくれよう」
 羽が渦を巻き、船と咲耶とハッピーを傷つけずに海を貫通して巨大な口へと入り込む。
 ビームが溜まりきっていない口腔は無防備に近い。
 烏羽が次々に切り裂き、めり込み、猛毒と魔種の脳の至近に叩き込んだ。

●病
 意志力が変じた力場が肉を抉り脂肪を蒸発させる。
 その結果生じた臭いは壮絶で、一口吸い込んだだけでも深刻な病に冒されてしまいそうだ。
「これはまた強烈だ」
 『満月の緋狐』ヴォルペ(p3p007135)が軽い音をたてて甲板に着地する。
 彼が持ち込んだ小型船は、荒れた海に翻弄されて大量の海水を浴び湿っている。
「沈没する前に尻尾だけでも潰したいけど」
 魔種が体を起こす。
 下半身が沈み、チャージが完了した口が騒ぐ幽霊に向く。
 ヴォルペは、わざと、敵を引きつける技を使わなかった。
 ハッピーが消し飛ぶ。
 ヴォルペだけでなくイレギュラーズ全員がそれぞれのやり方でにやりとする。復活したハッピーもだ。
「進路上の全てを消し去る技が、軽い大小で済むわけがないよな」
 タツノオトシゴから感じられる生命力が半減している。
 あのビームは、文字通り体を引き替えにして使う必殺技なのだ。
「後は時間稼ぎだけで勝てるかもしれないけど」
 眉を寄せる。
「皆、体調は? ……なるほど」
 ヴォルペは軽く息を吐き、1度距離をとるよう全員に勧めた。
「臭いが濃くなってる。罠かもしれない」
 巨体が最も近くにいるヴォルペを狙う。
 相変わらず速度は0に近く、しかし1度攻撃を受ければヴォルペの高度な防御でも大きな傷を負う。
 臭いに象徴される病はヴォルペの凄まじい抵抗力ではね除けているが、長時間続けばどうなるか分からない。
「心が弱くて魔種に堕ちるなんて可哀相に。といっても憐みたい訳でも慰めたい訳でもないけどね」
 魔種の中には各種の毒と炎の呪いが健在だ。
 時間が経てば経つほど、魔種の命が目に見えて削られていく。ただし、ヴォルペの被害も深刻だ。
「はは、楽しくなってきた!」
 ヴォルペの反撃も生半可ではない。
 カウンターで深い傷をつけ、そこに意思力の力場を叩き込んで傷を押し広げる。
「廃滅病が進むとあまりに美しくないだろう? 自身に振りかかろうが興味ないけれど、せめてイレギュラーズは一人でも多く救いたいんだ」
 滅ぼす相手にだけ聞こえる声で宣言して、巨大な尻尾を動かすための筋肉を押し潰した。
 巨体が身を丸める。
 馬鹿馬鹿しいほど大きな口が小型船ごとヴォルペを食らおうとする。
 どれだけ技術と抵抗力があっても、サイズ差が違い過ぎると防ぎようがない。
「師匠みたいに一騎打ちは無理でも」
 全長50センチと少しのたい焼きが、真横からタツノオトシゴへ突っ込んだ。
「2人がかりならなら十分っ」
 傷だらけの体から自然に散らばる腐肉を避けて、魔種の鼻先を横から押して進路をずらす。
 ヴォルペにとってはそれで十分だ。
 帆で風を捉えて小型船を逃がし、強烈なカウンターで魔種の喉を2メートルほど凹ませた。

●最期
「マスクは外すな」
 エイヴァンは水夫に厳命する。
 イレギュラーズなら体力と根性である程度耐えられるかもしれないが、これだけ臭いが濃い場所だと数十メートル離れていても水夫が罹患しかねない。
 艦の中央に堂々と立ち、エイヴァンは固く鋭い氷の砲弾を頭上に作り上げる。
「強敵と頼もしい戦友がいる戦場というのは……血が滾るな」
 砲よりも遠くに、砲よりも正確に。
 氷の巨弾が海面と方向へ飛び、大口を開けた魔種の口蓋へ突き刺さった。
 鴉羽の群れが業火と致死毒を補充する。
 全身傷だらけの魔種は動かなくても命を削られ、文字通り風前の灯火だ。
「海に住まう龍といえど拙者等をそう易々とは捕まえられまい! ハッピー殿、まだまだゆけるか!」
 この海にも慣れて来た。
 咲耶はタツノオトシゴが動くたびに生じる海水の流れを見切って小型船を安定させる。
「もちろん!」
 幽霊なハッピーは元気だ。
 最初と同じように魔種を引きずり回して攻撃させない。
「うう、それにしても酷い匂い……!」
 ソアの瞳に涙が浮かんでいる。
 護衛対象であると同時に足場でもある海洋船が、ソアの雷の射程ぎりぎりまで距離をとってくれている。
 しかしソアの鋭敏な五感が臭いを捉えてしまうのだ。
 反射的な涙を我慢するのも難しい。
「でも一歩だって引いてやらないんだから!」
 舷側から身を乗り出し、稲光を纏う爪を振るう。
 風と飛沫が邪魔をしても、稲妻は轟音と共に爪から飛びだし宙を走って毎回違う方向から巨体を焼く。
 その度に涙の量が増え、ソアの視界が滲んでいった。
「もうこれで逃げ場はねぇぞ」
 酷使で熱くなったミサイルポッドから、サンディは小振りなナイフに持ち替える。
「おまけだ。こいつも食らっとけ」
 一息で二閃。
 初撃の赤は業炎、二撃目の黒は猛毒。
 巨体を苛む要素が増え、命が磨り減る速度が加速度的に増していく。
 息を止めた咲耶が魔種の首に斬りつける。
 妖刀は太い血管を切り裂いて、消え去る寸前の命を極限まで弱めた。
 ハッピーは遊んでいるようにも見えるし実際そういう面もあるかもしれないが油断は皆無だ。
 的確に敵を射抜く集中のオーラを展開して、言葉という弾丸と気合いという火薬で加速させ、元海種の魔種へと中てる。
「へいへーい!!」
 命という蝋燭が消え去る寸前。
 精神の残骸が偶然に元の形に戻り、過酷な環境でも冷静さを失わない――約1名は陽気を失わない――イレギュラー達に気付く。
「ア」
 羨み。
 嫉み。
 己と他者を憎む。
「ぁアッ」
 最早抵抗など無意味。それでも長年溜め込んで煮詰めてしまった嫉妬は止まらない。
 辛うじて無事な内臓も精神の残骸一欠片まで融かして力に換えて、濁った血の色をしたビームを吐き出した。
「下がれ!」
 エドウィンが水夫を背に庇う。
 ビームが数メートル伸びるより前に、タツノオトシゴの頭部が吹き飛び上半身が融け崩れる。
 下半身は動かない。
 サンディの足止めは効果的かつ徹底的で、魔種に勝機は最初からなかったのだ。
 だから魔種は、鬱陶しい幽霊ではなくミサイルポッド片手に余裕を崩さぬサンディを道連れにしようと企んだ。
 雷虎の唸りが極太の雷を生む。
 ベークが勇気と熟練の技術で以て助けに向かう。
 ビームに雷とたい焼きが命中。角度的にはわずかに、サンディにとっては十分なだけ進路をねじ曲げた。
「元気じゃねぇか。きっちり返してやるよ!」
 サンディは体を掠めたビームの一部を正反対にねじ曲げて、崩れた上半身の中にある心臓に命中させた。
「っ」
 サンディは寒気に襲われる。
 致命的な攻撃を見事に防いで反撃までしたのに、何故か悪寒は消えなかった。
 魔種が沈んでいく。
 精神は水母に砕かれ、今また命も失った。
 残っているのは肉体の残骸と恨み辛みだけだ。
 機能を失った尻尾と下半身が、モンスターにすら満たない何かに変わろうとして、壮絶な力が籠もった拳に粉砕される。
「ゆっくり休みな」
 縁が静かに見送る。
 廃滅病がこれほど進行している状況でも、縁は決して乱れない。
 タツノオトシゴと最大の違いが、心の強さだ。
「その内俺もそっちに行くかもしれねぇから……そん時はよろしく頼むぜ」
 身を翻して海面に向かう。
 海に漂う肉片と臭いが、潮に流され海の底へ消えていった。

●水母
「千切れたロープは海に捨てろ。その帆布もだ。小型船に乗せるのは最小限しろ。時間がない、手抜きをせずに急げ」
 エイヴァンの総指揮のもと、2隻の海洋船と多数の小型船の上で物資と人材がやりとりされる。
 なお、本来なら指揮官であるはずの船長達は、船の指揮と同レベルで必要なことに没頭中だ。
「これは年俸です」
 小型の金塊が積み上げられる。
 金の輝きに気付いた水夫がぎょっとする。
 しかし船長2人は真面目な表情をぴくりとも動かさない。
 現在、海洋は正念場にある。
 大型魔種を短時間とはいえ単独で対抗可能な海種を放置するなどあり得なかった。
「……」
 『海を漂う』ブリム・ナイトレイドは、これまで通りにぼんやりとしていた。
「あの、なんで僕を見るんですか?」
 甲斐甲斐しくブリムの面倒を見ていたベークが、結構高い地位にいる船長2人の視線に気づいて抗議の声をあげる。
「いや」
「なあ」
 将を射んと欲すればまず馬を射よともいう。
 スカウト対象の身内を巻き込もうとするのは当然だ。ブリムと比べれば話が通じそうだし。
「まぁ、僕も師匠の思考は上手く読めないので……」
 凄く世話になったし感謝も敬意もある。
「なんで喋んないんでしょうね」
 それでも分からないものは分からないのだ。
 船長2人は頭を抱え、しばらく苦悶の表情を浮かべたまま小声で話し合い結論を出した。
「せめて、今回の分の報酬を」
「ナイトレイドさん? 声出さなくても身振りだけでもいいですから、せめて反応して下さいよっ」
 相変わらず反応はない。
 海洋に対する義理を果たからもう関わらない気なのか、育てた弟子の戦いぶりを見て満足しきっているのか、本当に全く分からない。
 ただ、ぼんやりしているように見えても港に戻るまで警戒を解かないのは、ベーク達イレギュラーと同じだった。
 水母は今日も、海洋の海を漂ってる。

成否

成功

MVP

サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り

状態異常

なし

あとがき

 お見事でした。

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