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シナリオ詳細

名前の無い怪物

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●路地裏の都市伝説
 混沌世界で活動する一賞金稼ぎ、シルヴィアは今回の依頼に一抹の不安を抱いていた。
 それはひとえに今回の討伐対象について『友達の友達から聞いた話』というあやふやな筋からしか情報が手に入らなかった事が原因だろう。
 曰く、その怪物を目を合わせるとたちまち体が動かなくなってしまう。
 曰く、それは不死身の怪物で何回切っても死なない。
 曰く、怪物はどんな重たい物でも軽々と持ち上げてしまう。
 曰く……。
 そんな不確かな話ばかりなのは、きっと此処が情報伝達手段が発達した練達――探求都市国家アデプトだからなのだろう。過剰に行き交う情報は大なり小なり齟齬が生じる。今回のように「都市の路地裏に巣くう正体不明の怪物」とならば尚更だ。自分が一番槍とばかりに確証を得ぬまま伝達したり、訳知り顔で面白オカシク付け加えたりする。
 
 ――友達の友達から聞いた話だけど……。
 ――とある筋の専門家の知人から聞き及んだんですけどね……。

 賞金稼ぎたるシルヴィアは情報こそが勝利の鍵だと信じて疑わなかったが、練達で仕事を遂行する時に限っては他人の言う事がどうにも信用しきれなかった。
 無論、人々の不安を煽る情報を流して飯の種にしようとする情報屋が他の国に全く居ないわけではない。しかし、そういう情報筋は得てして傭兵や賞金稼ぎからの信用を失う。命がけの仕事をするにおいて宛にされるものではない。
 だが情報が数多く飛び交う練達において、賞金稼ぎのシルヴィアは情報の真偽を見分ける知識と術が不足していた。
(もっとも、警戒しておくに越した事はないだろう……)
 ヒトという生き物は事件事象において、情報不確かなら最悪の事態を念頭に入れて対処に当たる事が多い。その方が最悪の事態が起こった際に対処し易いからだ。シルヴィアもそういうヒトであったに違いない。
 件の路地裏をいざ目の前にして、自分の想像力が及ぶ限り今までの経験から導き出せる最悪の相手を想定する。
 火を噴き空を飛ぶ竜。二十メートルを超える巨体を持つ海洋生物。狂気を伝搬させる魔種。エトセトラ。エトセトラ。
(……まぁ、そういう怪物ならばこんな貧相な路地裏に収まっているわけもないだろうが)
 自嘲気味なそんな考えと共に、何かが頭を掠めた。路地裏から何か飛び出てきたという事までは理解したが、それから先に彼女の考えが及ぶ事はなかった。
 シルヴィアの頭部は既に消し飛んでいたのだから。
 
●ノーバディ
「曰く、人々の噂が由来する妖怪や幽霊の類は人々の想像によって形作られる」
 『若き情報屋』柳田 龍之介(p3n000020)。彼はいつも以上に得意げな顔をしながらイレギュラーズに状況を説明していた。もちろん、他人が死んだ手前で楽しげに歓談とまではいかないが、「この手の解説はボクの領分だ」と言わんばかりに他の情報屋よりも多弁に語っている。
「一部の都市伝説。簡潔に言えば、今回の路地裏の……『名前の無い怪物』は人々の認識によって強さが変動致します。極端な事をザンバラリと申してしまえば、大多数が弱い怪物と認識しているならか弱い化け物。大多数が強大な怪物だと認識しているなら、強い化け物」
 デタラメな怪物も居たものだ、と情報提供に同席した傭兵の一人が口惜しげに言った。憤懣やるせないその様子からして、犠牲になったシルヴィアという者に同行した傭兵なのだろう。龍之介は深く同情を示すように大きく頷いてから、訳知り顔で小さく口を開いた。
「問題はそこです。経験ある賞金稼ぎが倒され、挙げ句にその仲間が撤退した。玉石混交だった情報も『強大な化け物』という認識に固定されつつあります」
 技術大国である練達において、そういった事件性のある情報は余程上手くやらねばすぐ広まってしまう。傭兵同士でどうにか情報封鎖を敷いていても何処からともなく漏れ出ていた。
 どうすればよいものかと、その場に集まった者はお互いの顔を窺う。一呼吸置いてから龍之介がまた話し始めた。
「吸血鬼には十字架とニンニク。口裂け女にはべっこう飴。……怪物というものには、得てして『弱点』というものが付き纏います」
 ひとしきり得意げな顔をしてから、イレギュラーズの面々を見回した。
「要は我々がこれから情報の海に打って出て、名前の無い怪物の弱点……あるいは根本からその強弱の認識を仕立て上げればいいのです。三流文屋に劣らぬ情報伝達の手腕、期待していますよ。イレギュラーズ様」

GMコメント

●成功条件
・『名前の無い怪物』の討伐。

●環境情報
 エネミー討伐の現場は都市部の路地裏。情報を広めるという意味合いでは練達広域。
 舞台上の性質から情報の伝達手段は人々の口伝だけでなく、インターネットあるいはテレビや雑誌など様々なルートから情報伝達が出来るでしょう。無論、そういったルートを活用するなら相応のスキルや手段が必要になります。

 数日の一定期間を経て、噂の定着成否に関係無くイレギュラーズが路地裏へ討伐に出る形になります。
 路地裏は遮蔽物が少なく、また複数から構成される狭い通路で構成されています。
 建物に囲まれているという立地の関係で夜でも昼でも視野に困るほど暗く、普通の人は光源を用意せねば歩く事に不便します。
 怪物が現れたという噂もあって、一般人の立ち寄りは限りなく少ないでしょう。同時に、自らの目で確認してきた情報筋が少ない事も意味します。

●エネミー
名前の無い怪物:
 現状の兆候として以下の特徴が見受けられます。

「単一の強大なモンスター。その触腕は経験豊富な傭兵を一発で倒せる異常な攻撃力を持つ」(ダメージ)
「とても俊敏で、そいつを攻撃で捉える事は容易ではない」(【回避・反応】)
「その異形は見ているだけで心を乱し、歴戦の者であっても恐慌状態に陥る」(精神BS)

 エネミーの強弱を操作するには、龍之介の言通り「練達においての認識を変える事」こそが重要になるでしょう。
 イレギュラーズの非戦スキルや情報伝達の内容と手段から、その効力や成否は変わってきます。例えば公の場で「戦闘経験のある傭兵からの有意義な意見」として発信するには練達の名声が必要でしょうし、それらしい機会で大勢に向けて論じるならば話術関連のスキルが必要でしょう。何かの知識を絡めて説明するならば、『●●知識』といった非戦スキルも有効です。
 イレギュラーズ同士である程度方向性を統一しておくと、情報操作や作戦の構築がしやすいかもしれません。戦闘が前提である以上は、各々が得意な行動やバッドステータスを中心に情報操作の作戦を立てていくのがよいでしょう。

 一番大事なのは、人々は面白いもしくは真実味のある話をもっとも信じます。幼児でも倒せる脆弱一辺倒な存在。全く弱点が無い強大な存在……といった面白くない噂は数多ある噂の中に埋没してしまいます。逆にいえば、異常に強大な今の状態も非常に不安定といえます。
 他に気をつける事といえば、複数の手段を一人で行おうとすると作業量の問題から情報操作の有効性は必然的に薄まります。
 イレギュラーズが情報操作を終えるとエネミー討伐の段階へと移行します。

  • 名前の無い怪物完了
  • GM名稗田 ケロ子
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年06月27日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談10日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

リュグナー(p3p000614)
虚言の境界
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥
ロク(p3p005176)
クソ犬
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
スカル=ガイスト(p3p008248)
フォークロア
楊枝 茄子子(p3p008356)
虚飾
マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形

リプレイ


『なぁ、この間の事件知ってるか? 路地裏の魔物退治に派遣された傭兵さんがやられたんだと』
 サイバースペースの掲示板で、そんな情報を垂れ流され始めた。
 化け物の性質を鑑みてギルドは情報規制を敷いたはずであるが、それでも情報を仕入れてくる輩はいるものである。むしろそれだけなら可愛げもあろう
『それもやられたのは新米ペーペーの輩じゃない。経験豊富な傭兵だ。聞くところによると路地裏に潜んでいるのはとんでもない怪物で――』
 匿名の情報提供者というのは時として悪辣だ。メディアや情報屋達と違って風説の流布を目的としている輩もいるのだ。それが間違っていようが、大概の場合は責任を取る事はない。
 とはいえ勝手の分からぬ部外者の目に止まれば信じてしまう者が散発的に現れる。

『練達の都市に化け物が現れたというのは本当なのですか?』

 と、このように。
 普通に考えればあんな狭い路地裏にとんでもない怪物がいるなどと信じがたいが、それを承知の上で返答は様々だった。
 その中で一際バッサリとした論調の書き込みが掲示板に訪れていた者達の注目を引いた。
『路地裏に現れたのはそのような怪物ではない』
 書き込んだ者のハンドルネームは《skull》。続けられる文章は傭兵の関係者であると匂わせた。
『ある筋から耳寄りな情報を手に入れた。例の“名前のない怪物”についての詳細を知っている。是非、各所に広めてほしい』

 《skull》――『フォークロア』スカル=ガイスト(p3p008248)は議論に沸き立つ掲示板を眺め、的確な回答を返していく。
 中には《skull》を嘘つきだと糾弾する者もいたが、真実をより多く知り弁が立つスカルが優位に立つ事は容易かった。
 問題は“名前の無い怪物”の存在をここからどう知らしめるかであった。掴む事もままならぬ不定の情報から不特定多数を信じ込ませるのは容易い事ではない。
 これは他のイレギュラーズの得意分野か。事前に打ち合わせていた事を思い返したスカルは、こう書き残した。
『今までのあやふやな情報とは違って、今回の情報は具体的で筋も通っている。情報の出所は――』


 此度の依頼における地域にて『虚言の境界』リュグナー(p3p000614)は現地の憲兵組織と情報交換を行う事にした。
「お会い出来て光栄ですリュグナー。貴方のご活躍はかねがね」
 テーブルの対面に座る憲兵がリュグナーをまっすぐ見つめ、社交辞令じみた挨拶を向ける。葵の印籠とまではいかないが、積み重ねた世間的な信用はこういう時に便利だ。
 当たり障りの無い情報共有をいくらか交わしたリュグナーはおもむろに今回の事件について切り出した。
「そういえば、最近巷を騒がせている化け物は知っているか?」
「えぇ、中堅の傭兵がやられたと。所轄であるウチの奴らも怯えていまして」
 漏れ出たのはその辺りだろうな。リュグナーはそう考えつつ、憲兵に対して数ページの冊子を投げ渡す。
『噂の怪物、"青追い(アオイ)"に迫る!』
「……青追い?」
 憲兵は若者好みしそうなオカルトチックの冊子を見て、何か言いたげに顔を顰める。
「こういう話が信頼のおける情報屋、ローレットの中で広まっている」
 憲兵は知る由もないが、この雑誌を作ったのは『レコード・レコーダー』リンディス=クァドラータ(p3p007979)というイレギュラーズである。噂を流布する手段の一つとして、ローレットや練達の街中にこれ見よがしに落としていたり、あるいは手渡している。幸い、一部の趣味嗜好に合致したのもあってリュグナーの言に嘘はなかった。
「しかしゴシップだという可能性も」
 憲兵は喰いかかるようにテーブルから身を乗り出す。リュグナーはそのままの姿勢で相手に言った。
「そも、怪物の情報がなぜ巷で有名になっているか――それは、その怪物、青追いを見ても尚、生き延びた者がいると考えるのが自然。ならば、なぜその者は生き延びたか」
 憲兵は口を歪めながらも、半信半疑のままリュグナーに渡された冊子を開いて読み始める事にした。

 彼女の名は、アオイ。青を追うから、アオイと呼ばれる。本当の名は、最早誰も覚えていない。
 彼女は目につく青だけを頼りに、自分を捨てた恋人を求めて追いかけてくる。……ヒトならざるモノになり果てた今でも、いつまででも、何処まででも。
 だから、助かりたかったら、身に付けている青色のものを捨てて、明かりを消して逃げろ。そうすれば、彼女の目を欺ける。

 場所は変わって学園地域。『双色クリムゾン』赤羽・大地(p3p004151)は冊子片手に何人かの学生に怪物の事を語っている。
 元々オカルトが好きそうな集団を見つける手筈だったが、どういうわけだか学園のオカルト同好会に取り囲まれるハメになった。
 知的好奇心旺盛な彼らに質問攻めを喰らっている。噂を流布する基点となるのだから大地にとっても好都合なのだが。
「羽切……学生とかの相手はそっちに任せたはずなんだが……」
 大地は協力者が向かったはずの学園へ視線をやった。

「ねぇねぇ! 青追いって知ってる?」
 当の大地の協力者羽切 響。彼女は学園に意気揚々と入り込むと、生徒を見つけ次第声を掛ける。
 相手は羽切を同年代と見てあまり警戒は抱く事はなかったが、彼女が裏表のない明るい笑顔でオカルト話をするものだから苦笑を浮かべている。
「あ~、その顔は信じてないっしょ?! むぅ」
 羽切はピン、と思いついたような顔をした。学園の外へ向けて力強く指をさす。
「みっひ……じゃなかった。マジパない死霊術師が来てて、事件についてハナシてんの!」
 そう語られると、ノリの軽い生徒やオカルトに興味のある生徒は話題の種にと拝見してみようかという気持ちになる。
 何人か大地の元に向かわせた羽切は「アタシもやれるじゃん!」と、加減も知らず次々に生徒へ声を掛けていく。
 この後、大地は死霊術を使ったパフォーマンスや青追いの説明を延々求められるハメになった。


「子供が例の事件について嗅ぎ回ってたが、大丈夫かよアレ」
 仕事帰りの大人達が苦い顔をしながら話を交わしている。傭兵が倒されたという話は周知の事実だが、怪物の実態については憶測が飛び交っている状態だ。子供達が怪物を倒そうと路地裏に踏み入ろうとしているのを偶然見かけた時は肝が冷えた。
「あのガキ、なんて言ってた? 『青いもの身につけてないから大丈夫だってば』とさ」
「何処からの情報だよ。まったく、オカルトってヤツは」
 握り拳をさすりながら、彼らの一人がふと思い出したように口を開く。
「オカルトっていや、そういや他にも最近あったな」
「なんだ、余所でも傭兵がやられたのか」
「いや、そうじゃなくて」
 今回の事件と別件だと前置きしてから、彼は語り始めた。
 幻想の方には老婆の声で鳴く人面ロバがたくさんいるらしい。
 噂には聞いた事がある。なんでも『ロリババァ』とかいうロバで、練達でもそれを模した騎乗ロボットが開発されたとか。
 聞き役は「混沌じゃ今更な話だろ」と一蹴しかけたが、彼は続きがあると話を止めなかった。
「最近、そのロバの食肉が出回り始めたらしくて、その肉は屠殺されたにも関わらず老婆の声で鳴き続けてるんだとか」
 彼らの後ろからしわがれた老婆の大声が響いた。思わず、皆がそちらへ振り返る。
「路地裏でメカ子の青いライトをつけながら散歩してたら女の怪物に襲われた!」
 『クソ犬』ロク(p3p005176)が件のロボット、『メカ子ロリババァ』を乗り回しながらそのような事を路地裏周辺で触れ回っていた。
「子供達に変な入れ知恵したのはアンタか!」
「うん。消灯したら怪物は見失ったから、逃げてきた!」
 ロクはへけっとした顔で、彼らに言葉を返す。市民からしたらそれが傭兵からの助言か単なる悪ふざけかいまいち判断がつかない。
 ロクは「青追いの都市伝説、本当かも。嘘だと思うなら酒場にいるイレギュラーズに聞いてみて!」と言って、彼らに背を向けメカ子ロリババァを急発進させた。
「あぁあの犬っ……」
「まぁ、酒飲もうとしてたしついでに聞いてみるか」

 ロクがそんな風に誘き寄せた以外にも、その酒場の前には人だかりが出来ていた。
「あそこの酒場で今話題の『青追い』について歌ってる人が居るって!?」
 そのように喧伝している『羽衣教会会長』楊枝 茄子子(p3p008356)。
「青追い? 一体何の事だいお姉さん」
「え、『青追い』って何って? ほらこれ、これのこと!」
 茄子子はオカルト冊子を老人へ手渡す。老人は「こういう流行りはよくわからんのう」と疑るように目を細めて茄子子は焦る。
 とはいえ老人のようにあまり興味が無い市民も「楽しそうな音楽が聞こえる」やら「綺麗な踊り子がいる」やらの茄子子の宣伝を聞きつけて店に並んでいる次第である。
「ほう、これはこれは。新しい踊り子を雇ったんじゃな」
「まぁ、ステキ。あの浅黒い肌色の殿方……一体どなたかしら」
 大勢の客は『Ende-r-Kindheit』ミルヴィ=カーソン(p3p005047)、『泥人形』マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)の踊りや演奏を見聞きしている。
「これより語るは、世を騒がせる怪物の話。諸君らもよく知るであろう、あの噂の怪物にまつわる、儚くも切ない悲劇の物語……」
 特にマッダラーの青追いに関する詩は、不幸な女性の悲恋という内容と相俟って女性客に大受けした。
「都市伝説、噂……そんなものが形を持つなんて……ならアタシの大切な人達にもこうして逢えればいいのに、ナ」
 ミルヴィは休憩している合間、マッダラーの演奏を物思いに聞いている。その思い詰めた表情を、協力者のアニエスがとても心配そうに見つめていた。
「アニー? ふふっ、やだー♪ 冗談だって!」
「ミリー……」
 その人達がそんな形で呼び出されたってその人達じゃない。二人の胸中にそんな事が思い浮かんでいた。
「ちくしょう。今日はあのボロっきれの独占だな……」
 観客に珍しくマッダラーへ毒づいてる者が居た。身なりを窺うに、吟遊詩人だろう。急に現れたマッダラーが大人気で、ステージからあぶれたわけか。
 ミルヴィは何か思いついたようにニヤリとして、その吟遊詩人に言い寄った。
「ねぇ、他のお店で私達と同じ詩を弾いてくれる人を探してたんだけど……」
 吟遊詩人は恨めしそうにミルヴィとアニエスを睨み付ける。二人は愛想の良い笑顔でそれに応え、「うぐ」と息を呑む吟遊詩人。
 ミルヴィは「お願い、ネ♪」といたずらっぽい笑みを浮かべて青追いに関する冊子を吟遊詩人に押しつけた。

 その夜、マッダラーは高い建物の屋上に登って都市を見下ろしている。
「夜更けまで演奏ですか」
 冊子の作業を完了したリンディスは弾き語りを続けるマッダラーを迎えに来た。リンディスの表情は疲弊しきっている。無理もない。ギフトによる冊子の写本から地域全体へ配布、設置をずっと続けていたのだ。
「睡眠不要、食事不要、呼吸不要の特殊生命体の泥人形だ、何日間だろうが歌い続けられる」
 遠回しにリンディスへ休む事を促すマッダラー。とはいえ、リンディスも仲間を一人っきりにして働かせ続けるのもどうかと思い悩んだ。
「コウモリであるとは一体どのような事か考えていても仕方無い事だろう」
 哲学的な言葉で誤魔化された気がする。しかし造詣が深いリンディスに意図は伝わったのだろう。彼女は苦笑を浮かべてから、マッダラーの歌声を子守唄に少し休憩する事にした。
 

 数日後、練達の大手情報メディアが大々的に特集を組んだ。
『路地裏に潜むモンスター。その正体は練達の女性が怪物化したもので』
 イレギュラーズはその結果を喜んだ。少し誤差もあるが、ほぼ作戦通りの望んだ結果だった。
 メディアの報じたものを簡潔に記すと以下の通りだ。
 
・怪物の格闘術は俊足かつ岩をも砕く。しかし視力が乏しい
・だが青い物だけは暗闇の中でも見える。光源と一緒に捨てろ。
・怪物の体はボロボロで激しい動きを繰り返すと崩壊しそうであった
・その姿を見ると慣れた傭兵でも恐怖する

「目潰しを喰らわないように気をつけないとな」
 青い目をしたスカルはいざ件の路地裏を前に苦笑いをする。
「メカ子ロリババァ達に任せておけば何ともないさー」と、ビカビカ青いライトを試運転させるロク。
「そうだ私も髪が青い!? やばい!? 帽子被らなきゃ!」
「青いものは身に着けないように……」
 ロク以外の者も完全に狙われないというわけではない。茄子子やリンディスは、特別青い物がないか気を払った。
「アニー、青いから気を付けてっ。アタシがアオイの相手するからアンタは一般人達守って」
 ミルヴィはアニエスに近辺の一般人を避難させる事を頼み込む。彼女が巻き込まれるのも望む所ではない。
「う、うん。ミリーは?」
 アニエスはとても不安そうな顔をした。ミルヴィは青い衣装を着て、それにわざわざ青く髪を染めている。囮役のロクが危機に瀕すれば即座に囮を継ぐつもりなのだろう。
「クハハハ! なに、青追いは豪腕だが盲だ。身軽な彼女なら早々やられないだろう」
「リュグナーもこう言ってるんだし、心配ないって! ほら、行ってアニー」
 そう促されて渋々従うアニエス。準備が整い、ロクが意気揚々とライトを路地裏に向けて照らしながら少し進んだ辺りだろうか。暗闇の中からロクの頭上に突然風切り声が唸った。
「うわっ、と!!」
 ロリババァの上から転げ落ちるロク。イレギュラーズ達の傍を追従していたメカ子ロリババァは青いライトを周囲に回した。
 ――うう、うう。
 襲い掛かって来たのは赤の混じった白い体毛を纏った――いや、全身からエナメル質の白い歯がびっしり生え揃った女性のヒトガタである。無理に動く度にその一つ一つが血を噴き出しながらボキリと抜けていく。その姿を見てロクやいくらかのイレギュラーズは一瞬すくみ上がった。
「樹木男症、それと過剰歯の複合か? 大衆の想像というのは恐るるに足らん!」
「無辜の民によって形作られる怪物。自ら自分には干渉できない憐れな存在か」
 こういった恐怖に耐性のあるリュグナー、スカルはそれに何ら動揺する事なく見定める。
 青いライトを浴びながら「お、おぉい!! お前を振った男はこっちだよ!」と、足が竦みかけながらも青追いを挑発するロク。
 青追いは挑発に乗ったのか、ロクに拳をねじ込もうと飛びかかる。
「怪物退治こそ英雄の誉れ。ならば語らせてもらおう」
 勇壮のマーチ、英雄叙事詩を詠唱するマッダラー。その詠唱はロクの回避にいくらかの助けとなり青追いは真芯を捉えられる事はなかった。しかし放たれた数発の一つの尖端を引っ掻けたのか、ロクの毛皮に血がにじむ。
「万が一マトモに当たれば二発というところかしら」
「あ、あんなの受け止めたくないから倒れないでね!」
 治癒の魔法をロクに向けながら、ヒヤリとするリンディスと茄子子。スカルもたまらず青追いの腕を押さえ込もうとするが、青追いは異常な動きでそれを振り払った。その無茶苦茶な動作にいくらかの崩壊も伴いはするが、捉え切るには遠い。
「崩壊を待つしかないのか……!?」
「くク、やりようはあるサ」
 赤羽はそのように薄ら笑いを浮かべながら、死者の怨念を束ねて繰り返し撃った。これもまた、青追いは地面を蹴り上げるようにして避け続ける。
 赤羽の動きに何か勘付いて、即座に曲刀を振るうミルヴィ。
「青追い! アンタの相手はアタシだよ!」
 ちょうど青追いの注意がロクから外れた一瞬、ミルヴィは防御の薄い味方が狙われないように前へ歩み出る。蜂の巣じみた風貌になりかけている青追いを目の前に気味の悪さを覚えたが、後退るわけにはいかない。
 青追いは曲刀の返し刃を腕の肉で防ぎ、苦痛に悶えるように呻いた。
「アンタの噂が形作った存在。アンタの苦しみを作ってしまったのはアタシ達よ」
 ミルヴィの言葉を受けて相手が全力で攻撃して来ようとする。ミルヴィは退避する事なく、ドテっ腹に棘付きのメイスじみた殴打をマトモに喰らう事になる。
「――――っぅっ……!」
「ミルヴィ!」
 いかなるものも砕く、と定められた青追いの攻撃をマトモに喰らう。内蔵が出血を起こし、骨がひしゃげる激痛が腹部の芯を捉えてねじ込まれる。
 ミルヴィの意識が飛びかけ、ロクは急ぎ入れ替わろうとした。
 青追いが続けザマにミルヴィへ追撃をしようとする。刹那、その腕を何かが引き留めた。
「いくら素早くとも立て続けに攻撃が来れば避け難いかろう!」
 アガレスの閉鎖が青追いの四肢を絡め取る。足回りの崩壊が進んでいた事も併せて、化け物の素早さは見る影もなく緩慢極める。
「今だ!」
 スカルはボロボロになった青追いの腕を掴み上げ、防御の取れない姿勢で光源の方に曝す。力一杯悶えて闇雲に青い光を掴みかかろうとする青追い。
 ミルヴィは下から飛び駆ける様に両腕の曲刀を当てる。
「ごめん……だから、せめて貴女の苦しみを断つっ!!」
 青追いの蜂の巣状になった穴だらけの腹の関節から、その胴体を真っ二つに切り裂き、スカルがそのまま青追いを取り込んでいった。


『なぁ、路地裏の事件についてなんだけど』
 時事ネタを扱うサイトにて、そんなやり取りが行われていた。
『青追いの事だろ? もう続報待ち』
『その続報があった。ニュース見てみろ』
 ニュースに映し出されているのは、怪我を負った二人のイレギュラーズ。貪欲なインタビュアーが無遠慮に迫ろうとするが、包帯や帽子で顔を隠した二人がマイクを奪い取って「自分が取材を受けた」という体で二人を帰還させている。
『イレギュラーズが解決してくれたか』
 ニュースを見た一般大衆は「路地裏の怪物がもはや倒された」と信じ込む。次第に「路地裏の怪物は生きている」なんて怪物を怖がる者は居なくなる。
 こうやって認識によって形作られる種類の怪異は規模を問わずその都度に消えていく。大衆は内心で化け物が殺されてホッとしているし、傭兵に感謝しているのは事実だ。

 だけど、一部の人は恐怖という刺激を得る為にまた小さな作り話を始める。
『あーあ、度胸試しに俺も一回くらいそういう化け物を見てみたいね』
『だったら、こういう話はどうだ。友達の友達から聞いた話なんだけど――』 

成否

成功

MVP

ロク(p3p005176)
クソ犬

状態異常

なし

あとがき

 依頼お疲れ様でした。
 流された噂の方向性が統一されていたおかげか、練達においてそれがほとんどブレる事なく伝わったようです。
 ある意味で不確定要素の多い依頼でありましたが、この名前も無い都市伝説が潰えたのもイレギュラーズの活躍あっての事だったのは確かな事でありました。

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