シナリオ詳細
銀月に咲く花
オープニング
●
ストロベリーミルクの香りに誘われて。
ひらり。シルキィヴェールのストールが風を孕む。
ダルトーンの茂みとは対照的に。
一際美しい花が咲く――
高く広がる夜空はラピスラズリを散りばめて。
一粒の流星が尾を引いて駆けていく。
それは哀愁を引き出すには、あまりにもお誂えすぎて。
降り注ぐ星屑の瞬きに涙を浮かべて酔いしれた。
ああ、どうして。
私は此処で待っている事しかできないのに。
悲しい。寂しい。助けて欲しい。
あの子達の慰めは心の隙間を埋めてはくれない。
でも、逃げられるのはもっと嫌。
傍に居て。誰でもいいから。あなたでいいから。
逃げないで――
私が狂っていることなんて分かってる。
でも、寂しい。
涙が溢れて止まらない。
ひとりにしないで――
黒い慟哭と涙は誰に聞かれる事も無く、宵闇の向こう側に消えて行く。
――――
――
深き森。静謐讃えるアクアマリンの泉。
傍には老木と、それに寄り添うように咲いた大輪の花。
月夜に白く輝く花は月香花(ルーナ・パルファランジア)と呼ばれていた。
精霊にしか分からないその花の香りは夜になると強くなる。
美しい月の夜に芳しい花の香りを愛でるのは人間だけではないのだろう。
精霊達は月香花の香りに誘われるまま自ら蔓の檻に閉じ込められる。
真素を吸い取られ弱りながらも花の精霊を抱きしめるのだ。
泣かないでと言いながら。
●
「精霊を食べる花ねえ……」
ウィスタリアの髪をいじりながら『調香師』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は持ち込まれた依頼書を眺めていた。
ローレットに集まった面々はテーブルの上の地図と文字を追っている。
ジルーシャへと視線を向けた『行く雲に、流るる水に』鳶島 津々流(p3p000141)は少しだけ困った顔で眉を下げた。
「精霊が消滅すれば森の調和が崩れるんだよね?」
「そうだね。精霊が居る森は豊かで瑞々しいんだ。少しなら居なくなっても大丈夫だと思うんだけど……」
津々流の疑問に答える『賦活』エストレーリャ=セルバ(p3p007114)は自身が過ごした森の精霊達を思い出す。自然現象と同じ彼らは突然居なくなったり、現れたりするのだという。穏やかに循環し均衡が保たれている森は豊かな実りを育むのだ。
「でも、今回は少しじゃ無いってことだろ?」
依頼書の活字を追いながら『ホンノムシ』赤羽・大地(p3p004151)は声を上げる。
「オーホッホッホ! その通りですわ! とても聡明でいらっしゃいますのね、大地様!」
美しいドリルをさらりと指先で跳ね上げ『「姫騎士」を目指す者』ルリム・スカリー・キルナイト(p3p008142)は微笑んだ。
「これは わたしと おなじ」
小さな声で小首を傾げるのは『ゆるふわ薔薇乙女』ポムグラニット(p3p007218)だ。
月香花(ルーナ・パルファランジア)を指さす薔薇乙女。
「つまり花の精霊の仕業……なのですか?」
隣に居た『花に集う』シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)が問えば、こくりとポムグラニットは頷いた。
「でも これのいたみは わからない」
同じ花の精霊だとしても彼女が何を考えているかなんて、この場では分からないのだと。
人間同士がそうであるように。
「そうね。とりあえず作戦会議と行きましょうか」
優しい微笑みを讃えた『祈る者』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)が依頼書を手に取った。
- 銀月に咲く花完了
- GM名もみじ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年04月12日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
夜の帳が降りて、広がる空に瑠璃の軌跡が降り注ぐ。
涙に濡れた花は今宵も指先に悲しみを纏うのだろう。
どうか。どうか。傍に居て欲しいと嘆くのだろう。
「こんなに……」
美しい花が精霊を食べてしまうなんて。
静謐を讃える泉の向こう側。白く美しく咲く月香花(ルーナ・パルファランジア)を見上げた『行く雲に、流るる水に』鳶島 津々流(p3p000141)は、そのシトリンの瞳で憂う。
閉じ込めること。即ち相手を縛り付ける枷をかけるということ。
裏を返せば誰かに傍に居て欲しい。何処にも行かないで欲しいということなのだろう。
それによって誰かを犠牲にしている事を自覚している花の精霊は。
果たして悪なのだろうか。
「でも……」
森の調和のために止めなくてはならない。観測者のままでは居られない。
月香花を止めることは守ることに繋がるのだから。
「精霊を食べてしまう子は、困りものですね」
津々流の隣に立つ『賦活』エストレーリャ=セルバ(p3p007114)は月香花の周りに漂う風の精霊を視線で追っていた。全部で五体、水の精霊はまだ現れていない。
ルーナ・パルファランジアを守ってやれる道があるのなら、それに越したことは無い。
けれど、風や水の精霊を傷つけてしまうのならば――
「僕は君を」
排除することを考えなければならない。
なぜなら、それが山に、森に、生きる者の役目だから。
マリーゴールドの瞳は前を向く。
「そうならないように、一生懸命頑張りましょう!」
エストレーリャは拳を握りしめた。
彼の後ろで胸に手を当てたのは『花に集う』シルフォイデア・エリスタリス(p3p000886)だった。
静謐を讃える泉は月の明かりを反射して、水面に優しい円を描く。
老木と月香花を優しく包むようなこの場所。均衡が取れた美しい造形。それはひとたび天秤が片方に傾けば簡単に壊れてしまうということなのだろう。
自然を敬い、共に生きて行くシルフォイデアや森の住人達は理解していた。
他に被害を及ぼす不純物は取り除かねばならないと。そうでなければ、黒い染みは広がり森全体が枯れてしまう。
「それでも、悲しみは……」
感じるのだ。助けを求める声を排除してまで成すべきことなのか。どうすればいいのか。
胸に置いた指を折り、もう片方の手を重ね。
シルフォイデアは悩み続けていた。
力になることができるだろうか。誰もが幸せになれる結末を導き出せるだろうかと。
「生きているものには等しく、心というものがあるのでしょう」
喜び。笑い。悲しみ、怒り。喜怒哀楽。様々な感情。人生を彩る刹那の揺らぎ。
けれど。と『祈る者』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は視線を流した。
出来ることなら、悲しみや寂しさは感じないように生きていたい。
心を曇らせる程の。狂気に落ちる程の寂しさは、きっと誰にも理解されることはないのだから。
「あなたが月香花、さん……ですか?」
クラリーチェの澄んだ声に。静謐を讃えた泉が波紋を広げた。
水音を零しながら、水の精霊が警戒の眼差しを向ける。
周りに取り巻く精霊達の奥。
月檻の中に居る月香花の精霊体――ルーナが檻の隙間からイレギュラーズたちを見た。
悲しいと。寂しいと。呼ぶ瞳。
周りの精霊の命を奪わなければ、そっとしておけるような。
ああ。本当に儚い――
幾度の死戦を駆けてきたイレギュラーズにとって、ルーナは容易く折れてしまいそうな『敵』だった。
そう。これはローレットに舞い込んだ依頼で。彼女は敵なのだ。
クラリーチェは軽く首を振り雑念を払う。
成すべき事は哀れみでは無く、解放なのだと己に言い聞かせて。
紅い瞳は月に酔う花を見上げる。
「花の精ハ、こんなに大きい花の中二、たった一人で居るのカ」
うんと伸びをして『ホンノムシ』赤羽・大地(p3p004151)は懐から本を取り出した。
言葉は繰れど、戦いの幕は上がったのだから。
距離を詰め、様子を伺いながら。緊張感が『戦場』を走る。
静かな泉と、風が木々を揺らす音。
「そりゃア、客の一人も欲しくなろうモンダ。なあ、そう思うだロ?」
「ん さみしい かも」
赤羽の声に『ゆるふわ薔薇乙女』ポムグラニット(p3p007218)が応える。
しかし、と赤羽は首の後ろを掻いた。
この月香花は少々やりすぎたのだろう。
自分の寂しさで周りの命を喰らい、破綻させていいはずが無い。
ならば、せめて。
「この花が」
森の全てを吸い上げる前に。何もかもが失われる前に止めなくてはならないだろう。
大地はクリムゾンレッドの瞳を再度、月檻の中のルーナに向けた。
「そうね。アタシにとって精霊たちは大事な“お隣さん”だもの」
大地の言葉に頷く『調香師』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)は、精霊の竪琴を一つ。つま弾く。
とろりとした音が泉に響いた。
ジルーシャは耳を向けた風の精霊に微笑みを浮かべる。
「困った時に皆の力を借りるように、今度はアタシが皆の助けになる番だと思うのよ」
「そりゃ、そうだナ」
助けられてばかりでは。『均衡』が崩れてしまう。
こちらが力を貸して貰うならば、いつか借りを返さなくてはならないだろう。
等価交換は。世界の秩序であるのだから。
「もちろん……」
ジルーシャはアクバール・ブラウンの瞳を月檻の中に向けた。
――貴女だって助けてみせる。
だって、物語はハッピーエンドでないと、いけないのだから。
「オーホッホッホ!」
森に愛らしい高笑いが木霊する。縦ロールをブォンとさせながら『「姫騎士」を目指す者』ルリム・スカリー・キルナイト(p3p008142)は愛剣を構えた。
「騎士として助けを待つ者を救うのは当然の事!」
たとえそれが精霊であってもルリムが目指す騎士道はそれを救うのだと。
ルリムが15歳の誕生日に両親からプレゼントされた大剣(実は呪われた邪剣)を天に掲げ少女は叫ぶ。
「さあ、皆様! 精霊様達を助けましょう!」
ルリムは先陣を切って走って行く。
迷いなど彼女にはありはしない。ルリムの瞳に暗い未来など存在しない。
これは、ここに居る全てを救うための戦いなのだから――
●
「オーホッホッホ! 私はルリム・スカリー・キルナイト!」
最前線に立つルリムは風と水の精霊を引きつけるために声を張り上げる。
「精霊様方、私が居るからには何人たりとも仲間を傷つけられると思わない事ですわ!」
ざわざわと精霊たちが侵入者たるルリムの元へ意識を向けた。
様子を伺っている所から、臆病な性格の精霊たちだということが分かる。
風の攻撃がルリムの髪をブァンと巻き上げた。
ポムグラニットは月香花へ向けて封印の術を繰り出す。
腐食結界『ラヴィアンローズ』は茨の棘を月香花に纏わせ絡め取った。
「あなたの いたみは わからない」
「……」
同じ花の精霊でも、その考えなど分かりはしない。
「でも わたしは にげないわ」
自分の殻に閉じこもっているルーナに向き合う為に、ポムグラニットは此処に居る。
「独りになりたくない。寂しい……。それは誰しも抱く気持ちです。否定は致しません」
けれど、他の精霊たちを好きにしていい道理は無い。とクラリーチェは語りかける。
己自身、寂しいという感情を捨てることを選んだ修道女だというのに。
言葉の空虚さと感情の擦れを自覚するクラリーチェ。
それでも、救うべき相手が居るのならば。と津々流はクラリーチェに頷く。
感情を乱さない二人はどこか共感するものがあるのだろう。
近づいてきた水の精霊に津々流は威嚇の為の術を放つ。
殺傷能力の無い攻撃は、それでも精霊を驚かせるには成功した。殺す事が目的ではないのだから十分であろう。津々流は戦場を見渡すように視線を向けた。
ルリムの魅了はシルフォイデアの愛らしい声により、たちまちに解かれていく。
彼女が居ることによって戦場は安定していた。的確な戦略眼は目を見張るものがあるだろう。
「今、回復します!」
ルーナの攻撃に血を流した仲間の傷がペールイエローの光に包まれ和らいだ。
「どうして月香花は泣いているんですか? どうして、あなた達は一緒にいるんですか?」
エストレーリャは周りの精霊たちに語りかける。
精霊たちは困った様に戸惑うばかり。
原因を突き止めるには、ルーナが落ち着きを取り戻した後の方が良いのかも知れない。
それならば、と意識を取り戻した水の精霊に水まきをお願いをするエストレーリャ。
老木が元気になれば、何か情報を得られるかも知れないと踏んだのだ。
「ティタちゃん――いいえ、ティターニア。少しだけ、アンタの力を貸して頂戴ね」
ジルーシャは此処には居ない友人の名を呼んだ。
芳しく香る。妖精女王の名。
ゆっくりと近づいてくるジルーシャに月香花は怯え、震える。
「ハァイ、こんばんは。……ね、アタシたち、アンタを傷つけるつもりはないの」
だから、話を聞いてほしいとジルーシャは手を伸ばした。
彼の声に大地の言葉が重ねられる。
「寂しいんだろう、狂おしいんだろう、誰かが恋しくて、仕方なかったんだろう。だけどどうか、その抱擁を少しだけ緩めてはくれないか」
豊かな森には精霊が住まう。木々や大地は精霊を育み。精霊たちは真素を巡らせる。
共存しなければ生きて行けない儚い存在。
「飢えるままに全てを吸っちまったら何も残らなイ」
「だって……」
「あんたは優しい隣人モ、家も全部失っちまうんだゾ!」
赤羽の声にルーナは嫌だと首を振る。
徐々に力の抜けていく身体。
自分のしたことの咎を、噛みしめているのだろうか。
きっと、悲しみと寂しさと恐怖が混ざり合い、己の内側に迷いがあるのだろう。
しかし、聞く耳を持たないと言うわけでは無い。
あと、少し。
もう少しで――
●
戦場はイレギュラーズが制した。
状態異常に耐性を持つ者が多かったのも戦闘を有利に運ぶ要因となった。
大地は大人しくなった月香花に近づこうとする風と水の精霊に語りかけた。
自らの命と引き換えにルーナを回復させようとする彼女たちの存在はお互いにとって毒になる。
「水の精に風の精も、ここでルーナに全てを捧げてしまったら、二度と寄り添えなくなる」
自己犠牲の上に成り立つ奉仕はそのどちらもが滅びを迎えてしまう。
彼女たちが全て消えてしまえば、より一層月香花は咽び泣くだろう。
「安い同情じャ、こいつの孤独を真に埋められやしねェ!」
赤羽は精霊たちに叫ぶ。本当に、ルーナの事が大切ならば、取るべき行動は一時の同情ではない。
己に向き合い、自分自身の力で乗り越えなければならない事だってあるのだから。
だから。
「さァ、目を覚まセ――!!!!」
戦場に響いた赤羽の声に風と水の精霊の動きが止まった。
心配そうに辺りを漂う精霊たちに手を伸ばすのはシルフォイデア。
当事者であるルーナより周囲の精霊の方が、こうなってしまった原因を知っているかもしれないからだ。
一緒に枯れて行くことが優しさではない。
この世の全てには流れがあり、繁栄と衰退を繰り返していく。
自然は厳しく、移ろうもの。変わらないものなど無い。
それを割り切れるほど、シルフォイデア自身、成熟していないけれど。それでも。
「教えてください。どうして月香花は泣いているのですか」
「……大切な人が居なくなってしまった」
世界を駆ける旅人が拠り所にした場所。行方が分からなくなって、どれ程の時間が経っただろう。
津々流は月香花に寄り添う老木へと問いかける。
命の灯火が消えかかっている植物には断片的な記憶しか残されていないが、優しげに微笑む男性とルーナの笑顔が津々流の中に流れ込んできた。
そして、頭を撫でて再会を約束した男性が、いくら年月が過ぎても現れなかったこと。
雨の日も、晴れの日も、雪の日も。
ルーナは待ち続けていたのだ。
精霊たちも、彼女の悲しさを知っているからこそ、寄り添ったのだろう。
月香花が満たされぬことは分かっていても――
「それなら」
津々流は一歩、月檻に近づく。
檻の中でルーナはビクリと肩を振るわせた。
「もしも『特別な人』に会いたいのであれば、微力ながら探すお手伝いをいたします」
クラリーチェの声に、長い前髪から覗いた瞳が揺れる。
会えるのだろうか。また、あの人に会うことができるのだろうか。
「お話、聞かせて頂けませんか?」
「そう、隣で話を聞くことは出来る。ずっと一緒には居られないけど、また来るよ。どうかな?」
津々流とクラリーチェの言葉にルーナの心は震えた。
目の前の人達は、自分に向き合おうとしてくれている。
「でも……」
また、居なくなってしまうのではないか。
その恐怖がルーナの身を竦ませる。
ルリムは月香花の感情を感じ取った。
寂しさと恐怖と。僅かな希望、期待。
「花の妖精様、どうか落ち着いてくださいませ」
誰かを傷つけて。誰かが傷つく事で自分も傷ついてしまうその心。
そんな事をしてもルーナも精霊たちも救われない。
「どうか……」
ルリムは月檻を己の大剣で壊していく。
バリバリと音を立てて崩れていく『自分を守る盾』に、目を見開くルーナ。
「貴方様のその寂しさを少しでも埋めさせてくださいまし!」
強烈で鮮烈なルリムの行動にルーナの心は真っ白になった。
攻撃されると目を瞑る花の精霊。
けれど、痛みは一向に訪れず。
代わりに温かさに包み込まれた。
「オーホッホッホ! ルーナ様! 仲良くしましょう!」
ルリムの笑い声に目をまん丸にして驚愕する月香花。
「はじめまして わたしは ばらのせいれい」
ルリムの反対側からルーナを抱きしめるのはポムグラニットだ。
優しい薔薇の香りを纏わせた花の精霊にルーナの心は落ち着きを取り戻す。
ポムグラニットは自分と同じ存在なのだということが分かったのだ。
そんな彼女が危険を冒してまで、ここに居る理由を思考する。
取り乱した自分を冷静に。客観的に見る事が出来るのは、他人を意識するから。
同じ花の精霊が傍に存在するということは、ポムグラニットから見た己を想像することが可能になるということなのだろう。
「あ、私……。私は」
同時に。自分が犯してしまった罪の意識がルーナを苛む。
「ごめんなさい。ごめんなさい。私、いっぱい罪を犯してしまった」
手で顔を覆うルーナにポムグラニットは抱きしめる力を強めた。
「どうか あなたの かおを みせて」
大丈夫だから。泣かないでほしいと。
ルーナを抱きしめるポムグラニットは月檻の天井を見上げて理解する。
花の精霊だから分かる事がある。星空の様に広がった生命の揺り籠。
「だいじょうぶ」
だって、貴女は罪なんてを犯していやしない。これが罪だというならば――
「そうね。独りぼっちが寂しいのなら、“約束”しましょ」
ジルーシャは月檻の中に入って、ルーナの前に座った。
「月が綺麗に輝く夜、アンタが綺麗な花を咲かせる夜に、ここに来るわ」
夜が明けるまで、どんな些細な事だって語り合う。
月香花が動けないのならば自分たちが会いに来るから。
ジルーシャはルーナの長い前髪をそっと耳に掛けた。
「だから……約束して頂戴な、もうお友達を食べたりしないって」
長い睫毛が上がって、透き通るアメジストの瞳がジルーシャを見つめる。
「友達?」
「そうよ。風の精霊も、水の精霊も、アタシたちも皆アンタの友達なんだから」
口の中で友達という言葉を咀嚼するルーナ。
忘れていた、嬉しさや喜びといった感情があふれ出すのが分かった。
エストレーリャは月檻の『外』から手を伸ばす。
自分の意思でその場所から出てきて欲しいから。
閉じこもったままでは、外の世界を見る事はできないから。
「寂しいなら、外で遊ぼう? みんなも、きっと君を一人にしないから」
抱きしめてくれているポムグラニットやルリムもルーナの気持ちを尊重するように見守っていた。
「君を無理矢理外に出すことは出来るけれど、僕は君の意思で出てきて欲しいんです」
エストレーリャの優しい微笑みがルーナの背中を押す。
最後に残った怖がりな心を溶かしていく。
「少しだけ、外に出てみませんか?」
差し出された手にゆっくりと指先が添えられた。
その刹那。
眩い光が弾けて、月香花の本体が解けていく。
白く美しい花も。自分を守っていた月檻も光の粒子になって霧散した。
膨大な真素の奔流は、今まで彼女が喰らってきた精霊たちの命そのもの。
ポムグラニットが月檻の天井を見て理解した星空の正体。
月檻の揺り籠の中で小さくなって眠っていた彼女たちは、力を取り戻し元の場所へ帰っていく。
――ああ、そうなのね。
ジルーシャは涙を滲ませ、ルーナを抱きしめる。
この場所で奪われた命など無かったのだと。誰も殺めはしなかった。罪などありはしなかった。
花の精霊――ルーナ・パルファランジアは。
この時、初めて自分の足で土の感触を味わった。
それはひんやりと冷たくて。ジンジンと痛くて。
でも。沢山の優しい言葉をくれる人たちに囲まれていたから。
ゆっくりと、涙が溢れて。
それでも、はにかむように、目が細められ――
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
ルーナは皆さんが居たお陰で精霊種(グリムアザース)として、自分の足で自分の道を歩み始めました。
この結果は、皆さん一人一人が彼女に渡した言葉で手繰り寄せた可能性の一つです。
おめでとうございます。
GMコメント
もみじです。メルヒェンな精霊のお話です。少し寂しげ。
●目的
花の精霊の撃退
他の精霊に危害を加えない状態になれば撃退成功です。
自然界のバランスは、時に魔物などの出現で乱れることがあるようです。
崩れたバランスを鎮めて精霊力の調和を保つのもまた、森に生きる者の仕事なのです。
●敵
○月香花(ルーナ・パルファランジア)
月夜に白く輝く大輪の花の精霊です。
花自体はとても大きく樹木のようです。
精霊にしか分からない良い香りがします。
茎の中心に蔓の檻を内蔵しており、その中に他の精霊を閉じ込めます。
自身の精霊体もその檻の中に居ます。
・蔓打(A):物近列、毒
・花香(A):神遠域、魅了、麻痺
・月檻(A):物近単、近くの存在を檻の中に閉じ込めます。
・食霊(P):檻の中の存在の真素を吸い上げ自分の養分にします。HA回復。
○風の精霊×5
月香花を守ったり、風の力で攻撃をしてきます。
○水の精霊×5
月香花を守ったり、水の力で攻撃をしてきます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
OPには描かれていない、キャラクターが知っている情報があるかもしれません。
良い感じにプレイングに盛り込んでみましょう。
Tweet