PandoraPartyProject

シナリオ詳細

luna plena……

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●
 ――喉が渇く。
 喉、が。乾く。
 もう何日も水を飲んでいないかの様な『渇き』を感じる。
 いやむしろそれは『飢え』とも感じ――
 舌の奥が常に何かを求めている。
 何日も舌を出しているかのようだ。
 欲しい。
 水が、欲しい。
 だが満たされない。
 水を飲んでも油を飲んでも、果物でも泥水でも調味料の類でもソレは満たされない。
 水が、欲しい。
 なんでもいいからこの渇きを潤したい。
 水が、欲しい。
 水、水が水が水が水水水水水水水水水――が。

「――ぁ」

 途端、自らの鼻先に何かが当たる。
 それは冷たき一滴。己が渇望していた――
 雨。
 雨、雨。雨が降る。冷たき冷たき雨が降る。
 自らの身体を瞬時に濡らし尽くす程に。天の恵みがここにある。

「ぁ、は――は」

 これだ。
 『これ』が欲しかったのだ。『これ』ならば己の喉を潤せると。
 天を見据えて口を開ける。
 降り注ぐソレを、歓喜の表情で受け止めんとすれば――気付いた。
 己を満たすその雨は。

 紅黒い。

 汚濁極まりし――血の雨だった。

●
「――ぁ、か、はッ!」
 飛び起きる。Erstine・Winstein (p3p007325)の額には汗が尋常ではなくて。
 ここは砂漠地帯、ラサ。その比較的北側に位置する都市の宿である。
 都市カリバニアム。ラサの首都ネフェルストには及ばないが――それなりの規模のオアシスが存在し、人の行き来も多い街の一つである。ここに居るのは依頼の一環で……そもそもの始まりは約一週間前。
 ラサの頭目。ディルク・レイス・エッフェンベルグからの使いがローレットへとやってきたのだ。
 一言でいうならばそれはカリバニアムで発生している事態の『調査依頼』を彼らに託したく。
「……エルスティーネ様」
「あ、っ……と。大丈夫。ええ――私は、大丈夫、よ」
 と。起きたエルスティーネに対し声をかけたのはアリシア・アンジェ・ネイリヴォーム (p3p000669)だ。汗……いや、冷や汗で体が満ちている彼女に手ぬぐいを手渡して。
 思うは先の依頼の事。なんとも、摩訶不思議な内容であるのだが。
「――カリバニアムに『血の雨』が降る事があるという」
「ただしそれは夢の中で。本来なら『ただの夢』或いは『幻覚』などと切り捨てられる所だが」
 窓の外の様子を眺めるクリム・T・マスクヴェール (p3p001831)の言に回言 世界 (p3p007315)が続ける。そう。かような事が発生しているが故にこそ――事の真偽と、場合によっては事態の解決をイレギュラーズに依頼したいという依頼だったのだ。
 世界の言う様に『ただの夢』だと切り捨てられてもおかしくない内容だが……そういう『夢』を見たのが一人や二人ではなく。
「住人の多くが『視た』と証言をしているのなら……話は別ッスね」
「……そして実際。この者も視たし、君も視たね」
 何がしかの事態が発生している事は確かだと鹿ノ子 (p3p007279)は言い。
 ロゼット=テイ (p3p004150)もまた己が『視た』光景があるのなら否定は出来ぬ。

 ――血の雨は確かに降るのだ。この街で。この街でだけ見る、夢の中で。

「だけど……どうなんスかね? 血の雨が降る夢を見る――けど、実害はないって話ッス。それにちょっと……どうやればこの事態を解決出来るのか全然皆目見当がつかないっスね」
 されど、と。日向 葵 (p3p000366)が言うは現在の事態。
 カリバニアムに血の雨は降る。それで住人は何の事態かと不安がっている――
 何か不吉の予兆なのではないかと。これは多くの死者が出る事態なのではないかと。
 ただし、今現在そのような兆候や雰囲気は一切ない。
 夢は見る。だがそれだけなのだ――本当に――

「……恐らく、明日だな」

 瞬間。口を開いたのはウィリアム・M・アステリズム (p3p001243)だ。
 彼が眺めているのは外――ではなく、天。
「気付いていたか? 夢の中でふと、少しだけ見える月があるが……あれは全て『満月』だった」
 この一週間、時期に寄らず日に寄らず。
 全てが統一されしまぁるい月。
 一週間も満ち欠けがないなど通常あり得ず、ならばあれは。
「現実と夢の時期がリンクする満月の日に――つまり明日に何か動くと?」
「成程。一理ある話だね」
 そういう事なのかと、アリシアとロゼットもまた結論に至る。
 これが何かの魔術か魔物の仕業か天変地異か知らないが。
 明日は、3月10日。
 その日は確かに――満月の日であった。
 夢と同じく満月。何か起こるかもしれないと考えるには十分で。
「……ふむ。一応名目は『調査』だったからな、事態が動かない場合いつまでを区切るとするかも重要だったが……そういう事なら明日までを区切りとしてみるか」
 ただ――と世界が視線を寄こすのは、エルスティーネへと。
 彼女の様子が、おかしい。
 血の夢を見たから――だけではない。呼吸がやけに荒く、汗も未だに退かず。
「……大丈夫」
 だが、彼女は言う。大丈夫だと。
 ローレットを通し、正式な依頼の一人として受諾したのだ。
 それに――これもラサの頭目のあの方からの依頼なれば。
 個人の事情で退く事など自身の魂が許さない。
 ……そうだ。『満月』だからなんだというのだ。
 例えこの身が、この髪が――『真紅』に染まろうと。

「明日が重要なら……ええ。明日を、乗り越えましょう」

 全てを乗り越える意思と共に、挑むのだ。
 満月へ。
 あるいは――己自身の何かと。

GMコメント

 リクエスト、ありがとうございました。
 些か特殊な依頼となっております。戦闘があるかもしれませんし、ないかもしれません。
 それではよろしくお願いします。

■依頼達成条件
 夢の中の年カリバニアムからの脱出。

 PC視点では具体的な脱出方法は当初、不明です。

 最終的には調査の上で後述の『満月』を破壊してください。

■戦場?
 ラサの街カリバニアム。街の中央をそれなりに大きな川が通っています。
 砂漠地帯に存在する街ですが、道路は整備されている為移動に問題はありません。

 本シナリオでは『夢の中』のカリバニアムが舞台です。
 夢の中では血の雨が降り続けており、川がネバついた血で溢れています。
 血の雨が降っているのですが、なぜか満月だけはハッキリと視認できます。

 また、イレギュラーズ以外にも幾人か住人が引き込まれている様です。
 彼らはシナリオ開始当初、自宅で眠っています。
 しかしやがては異変に気付き起きるでしょう。

■???
 1:貴方達はカリバニアムの街の宿からスタートします。
 2: 貴方達はこの空間では酷く喉が渇きます。水はありません。
 3:貴方達はここが特異な魔術空間である事に気付きます。
 4: 貴方達はこの空間では酷く喉が渇きます。川の水が美味しそうです。
 5:貴方達は魔術空間の源を探索し、破壊して脱出してください。
 6: 貴方達はこの空間では酷く喉が渇きます。ハヤクノメ

■『満月』
 とてもよく見える満月です。おかげで夜に関わらず視界には困りません。

 しかし満月はそう見えるだけで、正体は魔術空間を発生させているアーティファクトです。満月の魔力を利用し、範囲内(街)に特異な魔術空間を発生させ、人を引き込んだ上で血の雨を降らせる能力があります。この水(血)を一定以上呑むと人を魔物へと変貌させるようです。特にそれはいわゆる『吸血鬼』と呼ばれる存在に酷似するでしょう……
 また飲まなくても雨に濡れると渇きが急速に進みます。
 イレギュラーズが呑んでしまうと魔物には変じませんがHPが減ります。
 場合によってはパンドラの消費もあるでしょう。

 地上からだと遠距離攻撃を放てば『当たる箇所』があります。
 空の果てに在る様に見えますが、実際はかなり近いのでしょう。
 建物の屋根に上り跳躍するなどすれば至近攻撃も届く場合があるかもしれません。

 このアーティファクトを誰が作り、この街に仕掛けたかは不明です。
 ひとまず反撃能力などはありませんので、攻撃すればやがては壊せます。

■『血の川』
 都市カリバニアムを横断する川……が血へと変じています。
 底は全く見えません、が。底には何か巨大な魔力の塊の様な反応が見えます……
 それがなんなのかは近寄らなければ分からないでしょう。

 *これはフェイクです*
 満月の魔力反応を隠す為の偽造であり、近寄っても特になにもありません。
 貴方達を川の底に引きずり込む為だけのモノです。
 すぐに気付けるかはプレイングやスキル次第でしょう。

  • luna plena……完了
  • GM名茶零四
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年04月08日 23時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
アリシア・アンジェ・ネイリヴォーム(p3p000669)
双世ヲ駆ケル紅蓮ノ戦乙女
ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
クリム・T・マスクヴェール(p3p001831)
血吸い蜥蜴
ロゼット=テイ(p3p004150)
砂漠に燈る智恵
天香・鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり
回言 世界(p3p007315)
狂言回し
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)

リプレイ

●
 時計の針が、進んだ。
 日付はまだ変わらない。

 暗黒の世界。今宵の悪夢がこの街に顕現す。
 満月の輝きがありながら、血の雨と川の夢が誰しもに瞬いて。
「赤い雨……真っ赤な川……ラサで生まれ育ったッスけど、こんなのは初めてッス……
 やっぱり”夢”なんスかねぇ?」
 それでもこの砂の世界の再現はまるで夢には見えないと――『黒犬短刃』鹿ノ子(p3p007279)は呟く。正しく己が生まれ育ったラサの光景であるに間違いはないのだ。この、うだるような『赤』は除いて。
「随分と――世界の終わり感あるっスよね。実際にゃ終わりはしねぇんだろうけど……」
「厄介な事になったのは、事実ね。急ぎ行動し、終わらせましょう」
 同時。『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)の言葉に次いで『黒焔纏いし朱煌剣』アリシア・アンジェ・ネイリヴォーム(p3p000669)もまた、この地獄の様な光景を目にしながら言葉を紡ぐ。
 特に二人は――いや、葵は『半』という言葉を前置きするが――『吸血鬼』の者達だ。
 元の世で血と親しき一族。だからだろうか、喉の渇きが一層に。
 一度その喉を通した事があれば――尚更に。知る味を求む欲求がどこからか。
「――は、ぁ。はぁ……」
「エルスティーネ……無事か? 体調が悪ければここに残るか?」
 されば元より忌むべき満月に照らされ、数多の意味で調子が出ぬ『熱砂への憧憬』Erstine・Winstein(p3p007325)が――息を切らして外を見据える。『血吸い蜥蜴』クリム・T・マスクヴェール(p3p001831)が声をかけるが、背より見ても明らかに様子がおかしいのが見て取れる。
「……ええ、だいじょう、ぶ……満月の日が鍵だなんて……酷い話だけれ、ども……」
 しかし振り切る。エルスティーネは、意図せず開いていた口元に力を込めて。
 思い起こすはここに来た『故』。ラサの為、そして『あの方』の為にも――退く訳にはいかぬと。
「そうか……そうであるのなら、リスクは承知の上で早々に解決を目指すべきだろう」
「ああ同意だな。っ、たく。アイツがいるってのによりによって満月の夜に発動する事件とはな……これも何か、運命の悪戯って奴かね」
 では、と紡いだクリムの声に『凡才』回言 世界(p3p007315)の声も重なって。
 世界はエルスティーネの事情を知っている。満月の夜に――その姿が変じる――と。
 紅い髪に金の瞳。普段のソレと一切が異なり苦悶に歪む彼女の様子は――見ていられない。
「……一刻も早く抜け出すぞ。こんな魔術的空間は、必ず源がどこかにある。それに届けば」
 故に。『希祈の星図』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)は踏み出す準備を整えて。
 既に覚悟は決めている。血の雨の汚濁の中に往く覚悟は。
 空を見据える――月が見えるのに、星は見えぬ。血の雨を降らす雲は不気味に月だけは避けていて。
「悪意を感じるね」
 されば『砂漠の冒険者』ロゼット=テイ(p3p004150)は紡ぐ。随分奇妙な事件だが、と。
「吸血鬼でない者も血に焦がれる衝動は……逆に赤い水がやばい代物である証明」
 魔法的にして恣意的。何者かが仕組んだ意思の果てにこんな渇きがあるのなら。

「口には誰もしない様に。巻き込まれた一般人達にも――警告しておきたい所だね」

 では往こう。暗黒の街の中へ。
 悪臭極まる、しかし喉の奥へと流し込みたい衝動に駆られる――街の中へと。

●
 時計の針が、進んだ。
 それでも日付はまだ変わらない。

●
「な、なんだぁ……こいつは……!?」
 その男は街で過ごす一人であった。彼の眼前に広がるは血溜まりの海……
 振る血の雨に気付けば、興味本位から手を伸ばして――
「――駄目よ。それに触れないで」
 その腕を掴んだのはアリシアだ。一般人達の対応を重点的に、この根源を仲間が見つけるまでは。
 街の者に異変を生じさせるわけにはいかない――飲むな、という鋭き視線を彼へと寄こし。
「家の中にいなさい。水は少しの間、何も飲まないように」
 ではないと不本意ながら暴力を振るう事もやむなしと。
 威嚇術の構えを見せる。殺すつもりはないが、ある程度気絶してもらうのが速いから。
「やれ、想像よりも些か一般人が結構いるようだね――この者も赤い水を飲まないように警告に回ろう」
「建物の中に戻るッスよ――!! 言う事聞かないならこんな感じにするッス!!」
 更にアリシアだけでなくロゼットと鹿ノ子も。叫ぶ鹿ノ子の先にいるのは、既に彼女によって鳩尾を貫かれた街人だ。あっそれは拳の話で、悶絶して気を失っただけなので死んでいる訳ではない。ちょっと荒っぽいが、魔へ変じるよりは……
 そして彼、か。彼女、か知らないが――何者かの傀儡にされるよりは遥かにマシだろう? とロゼットも呟いて。
「怪しいのは川の方からだな」
 一方で並行して『根源』を調べているのはウィリアムだ。
 あちらこちらから妙な魔力の流れは感じるのだが……特に強いのは満月と川の奥底。
 両方調べたい所だが天にありし満月を調べるは容易でない故。
「少しばかり危険は伴うだろうが、ここは体の張り所かもしれないな」
「あー、くっそ。全く……とっととこんな依頼終わらせて風呂入りてぇ」
 そしてウィリアムと共に向かうのはクリムだ。川となれば、己の出番でもあるかと。
 水中を行動する心得はある――ただ、入った時点で全身が酷い事になりそうで、それが一番面倒な事になりそうだ。この空間から抜け出たらどうなるのだろうか――血の濡れは無かった事になるだろうか。いずれにしても精神的な癒しを求めたい所で。
「うへぇ……川の方、スか。正直近寄りたくもないんスよねぇ……」
 そして、言うは葵だ。勢いを少しずつ増している雨の『温み』に嫌悪感を催しながら、この上更に大量の血がある川に向かわねばならぬとなれば――流石にげんなりとする。
 臭いが、肌を伝う血の感触が渇きを促進しているのだ。特に今回――彼のギフトである血を呑むことが出来るギフトで美味に呑めてしまいそうなのが懸念の一つであり――
「おっ、と」
 知らずして口の中に含んでいた甘味が如き液体を、唾の様に吐き出す。
「あぁ……思った通り口当たり悪いっスね……ドロっとしてるし……うぇ最悪……」
 危ない……本当に危ない代物だ。気を付けている筈なのに口が開き中に含もうとする。
 それは水を求める生物の業。
 『喉が渇いていれば水が欲しい』という、それだけにして誰もが共感出来る欲求で。

「――――」

 そしてそれが拷問と成っているのがエルスティーネであった。
 彼女は血が呑めぬ。吸血鬼にして、しかし『血液嫌悪症』に陥っている彼女は決して喉に通せない。
 だというのに今宵は『飲みたくないのに呑みたくて』仕方がないのだ。
 感覚が狂いそうだ。『飲みたくない』と『呑みたい』が共にある。飲もうとすれば静電気の様な症状が身体を襲い、しかも不味い事が分かっている。だというのになぜか喉が『呑め』という指令を出してくる。
 視界が揺らぐ。頭痛が酷い。身体が重く、骨が痛む様で、背筋が震える。
 視界がなぜか天を向いて、空を眺めて――
「おい、おい! 聞こえてるか……!? 大丈夫かよ本当に!」
 そこへ世界が傘を持って現れる。昼の内に用意していた甲斐があったか……一時的なれど血の雨を遮断できるのは効果があろう。エルスティーネが濡れぬ様に割り込ませる。同時。行うは周囲の解析と鑑定だ。何か今回の件に関しているモノがないか、視界を巡らせ。
「――ぁ、いえ……あ、ええ。大丈夫……大丈夫、よ」
 そうしていればエルスティーネが少しばかり落ち着いた様だ。
 最も、声とは裏腹に大丈夫な様には――
「とても見えないけどな……ウィリアム達が川の方にはもう向かったみたいだぞ。あの、血の川の方にだ」
「血の……カ、ワ……ソ、そう……
 ……ソウ、ね。血の味は……他の方にお願い出来ると……今の私には毒なの」
 ――毒。ああ、そう『毒』だ。
 耐えねばならぬ。この衝動にも、この渇望にも、この想いにも。
 でなくば。
 抑えているコレが爆発すれば――誰ぞであろうと襲ってしまうかもしれない。
 それは、嫌だ。
 ああ。だから無理をするなと世界は声を紡いで――
「…………」
 紡いで――しかし、それでも。
 まるで心は此処に在らず。どこか呆けるかのように天を見据えているエルスティーネ。
 血の雨の影響で体力も精神も消耗してしまっただろうかと、治癒の術を形成する。

 満月の輝きは――未だ其処にあった。

●
 時計の針が、進んだ。
 時を刻む音がゆっくりと響き。
 それでも日付はまだ変わらない。

●
 雨が激しくなってきた。雨が激しくなってきた。
 喉が苦しい。喉が渇く。喉が求める。喉が水を。
 口をあけてえ。
「――」
 その欲求の声を全て平常心を保つように――ウィリアムは抗い続ける。
 飛び込んだ川の中。汚濁に塗れた下水の中に居るかのようだ……
 口に入らぬ様に強く意思を持ちながら、探す。
 妖しき魔力が確かにここから感じるのだ。確かに此処に、何か手がかりが――

 ――違う。

 心の中で呟いたのは、共に連携して潜ったクリムとどちらが早かったか。
 違う。違う。どれだけ潜っても此処には何もない。此処にはただ――魔力が流れているだけ。
「こっちは……フェイクだ!!」
 水面へ上がるウィリアムとクリム。大きく息を吸うように上がれば――
 そこへ入る血の雨が数滴。呼吸と共に喉に幾らか。
 ――目の奥が焼ける様に熱い。熱い、が。それがどこか、心地良く。
「と、ぉ……いかんな、これは。跳ぶぞ、捕まれ……!!」
 されど数滴で意識を失う様な事はなく。ウィリアムを掴んだクリムが天へと飛翔する。
 運ぶ技能に加え空を舞う才知もあれば脱出は軽やかに。口に入った血海苔を吐き出し。
「――すまん、こっちはどうも手ごたえ無しだ。そっちの方はどうだった?」
 口端を拭って着地する。さればそこに居たのは一般人へと対処していた者達で。
「一般人に関して言うならば、順調よ――ま、何人かは『穏便』にとは言い難いけれど」
 詳しくは聞かないでね、とアリシアは言葉を紡ぐ。
 この空間、どうやら外とは完全に隔絶している様で、彼女の霊魂や精霊と意志を疎通させる一手は完全に阻害されていた。彼らがいてくれれば情報をある程度得る事は出来たかもしれなかったが……そこは止む無しか。血に濡れた髪を手指でとく様に、耳に掛けて息を整えれば。
「うぇぇ……もう随分びしょ濡れになっちゃったッス……喉も乾くし気持ち悪いッス……」
 同じくアリシアと共に一般人を対処していた鹿ノ子は嫌悪感と疲労に溢れていた。幸いと言うべきかなんというか彼女は吸血鬼ではなく、血に縁はない。故にか水分の渇望も比較的マシな気がするのだ。仲間が調べ終わるまで、血には極力触れるまいと。
「もう少しの辛抱だよ。さてしかし……川が空振りとなるとやはり……」
 されば一般人の収束に当たっていたロゼットもまた、顎に手を当てて。
 川は外れだったと、その情報が共有されれば。

「ああ、要はきっと……地上にある川ではなく――満月だ!」

 直に潜ったウィリアムが出した結論が『正』なのであろう。
 見据える。天を、天に座す満月を。
「他に怪しいモノも反応もない……何より、満月こそが、この夢の象徴だった……!」
「……数多の伝承において『川が戦争で流された血で赤く染まること』はよく割る事だけど、それが原因で空から降る雨が紅く染まった――という話は聞いた事がない。やはり源は『水よりも空』だった訳か」
 天の則に地は従う。それが摂理であるとウィリアムに続いてロゼットは紡ぎ。
「ご覧、あの月を。雨が降るなら雲があるはずなのに、あんなにはっきりと雲に隠れず見えている。まるで――『雲より手前にある』ようだ」
 周囲の異常空間と、川で濁流が如く沸き立つ魔力――それらが隠したもう一つの異常。
 月の魔力。それを突き全体ではなく、一点だけを集中して見据えれば。
 アレは。遥か宇宙の果てに浮かんでいるのではなく、アレは――
「成程。実際は『ソコ』にあるって訳っスか」
 葵もまた確信した。優れた跳躍の一歩で屋根へと達すれば、天にはなんぞやの『圧迫感』がある。この空は彼方まで続く無限の大地ではない。ここは―ドーム状の『球体空間』だ。
 ならば触れれる箇所があるのではないか? そう断じた葵は更に跳躍し。
「お、っとぉ!? ち、近ッ!! 嘘だろ、こんな近くで触れれるんスか!?」
 直後に空へと『ぶち当たる』
 思った以上の距離の無さだ。血の雨の異形たる空間がこの圧迫感を誤魔化していたのか――? ともあれそうと分かったのならばもはや容赦は要らぬと、金色の流星が描かれた銀のサッカボールが月へと往く。
 蹴りだされた一閃が、凄まじい衝撃音と共に。

 往く。皆が往く。地にではなく天へ。

 さすればまるで迎撃するかの如く激しくなる血の豪雨。
 一種の防衛機構か――? ただでさえ疲労している皆の身を渇きと共に削り取り。
「そうはさせねぇよ。今までソコで余裕ぶっていながら今更必死になるのはダサいだろ」
 しかしそこへ、世界の支援が皆を守護する。
 能力を上昇させる加護が身を包み。癒しの術が体力を昇華させて。
「大人しく、堕とされておきな……!」
「全く。こんな光景をよくも長々と見せてくれたものだわ」
 次いでアリシアが舞う。顕現した光の翼が、彼女に飛翔の力を与えて。
「エルスティーネ様の様子も心配なのよ。砕けて散りなさい」
 頬を伝う血から零れる呑む欲求。それを、奥歯を噛み締め堪えれば。
 紫電の魔法刃が闇夜に煌めき――斬撃が月の一角へと。
 数多の攻撃が月を襲う。数多の願いが今宵を終わらせんと渇望に抗う。
 喉の渇きは辛く、苦しいものだ。特に周りに液体が溢れていればついぞ飲んでしまいそうになる。
 それでも負けない屈さない。ウィリアムの剣舞が月を襲い、クリムの射撃が天を穿って。
「……これは。この満月は、血の渇きの呪いは、なんだ?」
 ウィリアムの思考は戦闘の一瞬。
 剣撃を止めず、月を見据えて。
「……これを作った奴は、彼女を狙った……?」
 脳裏に生じたソレがはたして正であったかどうか、確かめる術は今は無く。
 集中を戦闘に戻す。渇きを求めさせたは、一体誰なのかと――思考の片隅に。
「――エルスティーネ」
 その時だ。クリムが気付いたのは、朧気ながらも戦場へと至るエルスティーネ。
 無理はするなよと声を掛けそうになったが。
「……」
 彼女は、来たのだ。自分の意志で自分の足で。
 ならばもはやこれ以上の声は不要かと射撃を続けて。
「エルスティーネさん、苦しそうッス……これも満月のせい、なんスか……?」
 ちらりと。横目で見据えた鹿ノ子は。未だどこか苦しそうなエルスティーネを眺めて。
「もう! これもぜんぶお月様のせいッス! まんまるお月様のばかやろーッス!
 ――お月様なんて無くなったらいいッス!」
 あらゆる感情を込めて月へと向かう。
 それは刃の残光が如くの一撃。最高速で叩き込まれる一蹴の構え。
 彼女を苦しめるなと――怒り諸共叩き込めば。
「――」
 苦しむエルスティーネの意識が朦朧と。
 いつから飲めなくなったのか。それは、この世に訪れた時から。
 どうしても飲めなかった。何もかもに疲れ果て、断崖を飛び降りたあの日から。
「う、ぐぅ……!」
 満月を見る度に思い出す。紅き満月を、万象悉く滅ぼしたあの一時を。
 血を求めたあの日を。紅きに染まったあの髪の日を。
「で、も」
 それでも自分は生きてしまったのであれば。
 いつまでもあの日に――留まっている訳にはいかない。
 断崖の果てで出会った。光の先で見た、鮮血が如き赤き髪の主を見た時に。

 きっと彼女は、血よりも濃い何かを見つけたのだ。

「もう苦しむのは終わりよ……!」
 決意する。
 あの方の知る砂の世界で、共に生きたいのだから。
 いつまでもいつまでも――自らの時計の針を進められない訳にはいかない。
「満月なんて……ぶっ壊してやるわっ!」
 燃えるような想いを抱いた。
 血よりも濃い一夜を夢見た。
 人の血を求める一族でありながら、喉の奥が恋焦がれたのだ。
 たった一人の輝きに。太陽に愛を抱いてしまって。
 往く。血の雨に打たれながらも――しかし。
 血の渇望すらどこか遠い。
 一切の頓着なく、一切の迷い無く、一切の淀みなく。
 彼女は月を両断する。至高至天の一撃を、脳裏にこびり付いた拭えぬ『満月』を。
「――!!」
 吠える様に、断ち切った。
 紅き満月を――その手で。

●
 満月に勝ちたいと思っていた。
 ずっとずっと逃げていた。月が来る度、またダメだって。
 だけど……
「譲れない気持ちが、出来た」
 初めて逃げたくないと思ったのだ。超えようと思ったのだ。
 それはなぜだったのだろうか。なぜこの時に――ああ。
「そういえば」
 次の、満月。四月八日は――あの方の誕生日であっただろうか。
 おめでとうを言いに行けるだろうか。
 吸血鬼が、恋焦がれた。

 太陽の如き……貴方へと。

 空間が破裂する。満月の一夜が終わる。
 時計の針が、進めば。

 ――日付が変わった。

 帰ろう。
 今の今まで進まなかった。
 針の進んだ音が――聞こえたのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 満月の、その先の光景は……きっと幸福である事を願って。

 ありがとうございました。

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