シナリオ詳細
アクアノートの兆し
オープニング
●
ハープ・ソーンの音色が一粒、風に乗って走り出す。
地中深くに封印されたアーカンシェルから漏れ出した小さな声。
「助けて、誰か。助けて」
夢の中で小さな声が必死に助けを求めていた。
手を伸ばしても。伸ばしても。小さな存在は光の粒になってかき消える。
「ごめんなさい。助けられなくて。ごめんなさい」
涙が止めどなく溢れて地面に落ちた。
地面など見えない真っ暗な空間なのに。ラピスラズリの夜空だけは浮かんでいる。
助けられなかった後悔だけが胸を突き刺して。
悲しくて、悲しくて泣いている――
カーテンの隙間から朝日がベッドの上に落ちていた。
少女はアクアノートの瞳を瞬かせる。
眦からコロリと転げた雫。
悲しみの涙。
「夢なのに。とても悲しかったです」
あれは本当に夢だったのだろうか。少女の胸がざわつく。
妙にリアルで、生々しい叫び声だった。
「寝る前に妖精門(アーカンシェル)のお話を聞いたからでしょうか」
少女――ライラ・エシェルが住まうノームの里には古くから妖精門を守護する一族が居た。
妖精門の守人は優しく慈愛に満ちていて、子供達にお伽話を聞かせてくれる。
昨日も彼女の話を皆で聞いていたのだ。
ふと、カーテンの隙間から見えた植木鉢に小鳥の気配を感じてベッドから降りた。
レースのカーテン越しに小さな来客を愛でようとそっと覗き込む。
「あ、れ?」
そこには小鳥の姿は無く。
代わりに居たのは夢の中に出てきた小さな存在。
「妖精さん?」
ぐったりと植木鉢の中に横たわり苦しそうに息を吐いていた。
よく見れば背中に大きな傷を負っているようだ。
「大変、手当しないといけません!」
「……っ、たすけ、て」
苦しげに小さな手を伸ばす妖精。
「はい。大丈夫ですよ。今、手当をします」
「違、ぅ。とも、だち、助けて。た、けて……っ」
自分の事はいいから友人を助けて欲しいのだと訴えかける瞳。
ライラは真剣な眼差しで妖精を見つめる。
ライラ自身、妖精は『おとぎ話』の存在だと考えていた。
しかし今ライラの前には、その通りの存在が居る。
湧き上がる好奇心と優しい気持ちは、抑えようもないものだった。
「分かりました。任せて下さい」
こんなにも小さな存在が自分を頼ってくれたという使命感。
大人しいライラの、内なる炎。
「そうと決まれば……」
●
「それで、俺達はまず何をすればいいんだ?」
依頼を受け、ノームの里を訪れたイレギュラーズが尋ねる。
元々の依頼は、村の聖域であるアーカンシェルを狙う魔物の駆逐であった。
だが村の少女ライラが、そちらに飛び出していってしまったらしいのだ。
ここアルティオ=エルムの迷宮森林には、ハーモニアの村が点在している。
そうした村のいくつかには古くから『妖精伝承』が伝わっていた。
妖精郷の門(アーカンシェル)から現れた妖精は、薬花を摘んだり、遊んでいたり、人に可愛らしい悪戯をしたりするらしい。
そうした中で、近頃アーカンシェルを魔物が狙うという事件が頻発し始めた。
深緑の迷宮森林警備隊から、そうした魔物を駆逐するように依頼が舞い込み始めたのである。
この依頼もそうした仕事の一つなのだ。
この村『ノームの里』も、妖精伝承が伝わる村の一つだ。
尤もノームの里に住まう住人の多くは単にこれを『古くから伝わる聖域』と考えていた。
近頃の妖精事件と結びつけて、ましてや伝承ではなく実物のアーカンシェルが本当に顕現する可能性までも考えている者は少なかったのだが――
「ライラはおそらく、何らかの理由でアーカンシェルへ向かったと思われます」
村長――ハーモニアの種族柄か、ひどく年若く見えるが――は憔悴した様子で語った。
イレギュラーズは村の聖域に位置するアーカンシェルに赴き、魔物を駆逐。また村の少女ライラを救出しなければならない。
ライラの一族は総出で探したのだが、未だ見つかっていない。
おそらく最悪の事態――アーカンシェルの付近で魔物と遭遇していると考えられる。
不幸中の幸いかライラは年若いが優秀な術士であり、ゴーレムを使役することが出来るらしい。
すぐに殺されてしまうといった事態は避けられると思いたいが――急がねばならないことに違いは無い。
「どうかよろしくお願いします」
深々と頭を下げる村人達を背に、イレギュラーズはアーカンシェルの元へと駆けだした。
- アクアノートの兆し完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年04月08日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
微かにマナグラスの蛍光が辺りを照らしている。
本来ならば静謐を讃える石の祭壇は、けたたましい衝突の音を響かせていた。
音の波が鼓膜を震わせる度に、少女の肩もビクリと震える。
小さな正義感と助けたいという思い。
何処か自分が物語の主人公になったような錯覚。
けれど、それは強大な敵の前では儚く崩れる。
今、正に岩を隔てた向こう側に『死』が存在する恐怖は幼い少女が背負うには荷が重すぎた。
――このまま死んでしまうかもしれない。
少女の身体を支配するのは、腹の底から震え上がる程の恐れだ。
夢に見た妖精と同じように呆気なく、無残に散ってしまうかもしれない。
「助けて。誰か」
地上へ向けて手を伸ばす。
見つけてと。私はここに居るのだと。
――――
――
全力とも言える足取りで聖域への道を走るのは『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)だ。
普段は温厚でゆったりとした雰囲気を纏わせている彼の表情は何時になく険しい。
「どうして」
自身の故郷に妖精門が在ったこと、それを狙う魔物が居ること。何より其処へ大人しいはずの妹が向かったこと。ジャック・ワンダーが居るとはいっても敵がそれ以上の戦力であるならば、幼き少女など容易く手折られる。疑問は止め処なく溢れた。
「でも――」
だからこそ、一刻も早くたどり着かねばならない。
自身を頼りないと称するウィリアムの背は、紛う事無く『兄』であった。
その背を懐かしい情動を思い返しながら見つめる紅紫の瞳。『真実穿つ銀弾』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)はウィリアムの気持ちが実感として理解出来るのだろう。
「兄貴は妹を助けるものだからな」
「クロバさん」
思いがけない優しい言葉に。ウィリアムの心が奮い立つ。
何て頼もしいのだろう。
アーカンシェルを守る依頼に来てみれば、ウィリアムの妹と妖精を助け出す事になった。
彼としては家族の事で巻き込んでしまう負い目もあったのかもしれない。
けれど、そんな感情を払拭するようにクロバは笑うのだ。
「任せろ。必ず助け出して依頼も大成功に収めてやる」
クロバもまた、妹を持つ兄だから。ウィリアムの心を一番理解しているのは彼なのかもしれない。
二人の後ろに続くのは『すやすやひつじの夢歩き』メーコ・メープル(p3p008206)だ。
「アーカンシェルを護って、ライラさんも護って、皆で無事に帰るめぇ」
ぐっと握った拳。メーコの声に肩をポンと叩いた『業壊掌』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は緊張気味の彼女を励ます様に応える。
「ウィリアムの妹さんも助けるし、アーカンシェルも守る! シンプルでヤリガイがある仕事だね!」
「そうですめぇ! メーコ頑張りますめぇ……っ!」
メーコの愛らしい声が回廊に響いた。
妖精の存在をお伽話の中だけだと思わないと『蒼海守護』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)はマリンブルーの瞳を伏せる。瞼を閉じれば広がる青の世界。
海の中には沢山の海の精が居て、ココロの前に何度も現れた。
気まぐれで優しくてほんの少しの安らぎを与えてくれる存在。
幼い頃から孤独に生きてきたココロにとって妖精は身近な友人の一人だったのだろう。
明確な意志の疎通は出来ない者も多いが、それでも心を豊かにしてくれる事には変わりない。
だから。
「あなたの声は届くよ。手を伸ばすから。救ってみせるから」
先導していたウィリアムが合図を送る。
祭壇はもう目の前だ――
●
聖域の出入り口に身を屈め『特異運命座標』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の視線が戦場に注がれていた。
今にも飛び出しそうなウィリアムの肩にそっと触れて大丈夫だと頷く。
襲撃して来た魔物の数は。水銀の様なスライム型1体とキマイラとエレメンタルが8体ずつ。
全てが攻撃に回っている訳ではないといえ、この数を一人で耐えきった強さは目を見張る物があるだろう。 しかし、いつまで持つかは分からない。
失う怖さはこの身に突き刺さっているから。
「大丈夫。俺の持てる力の全てで手助けしよう」
ベネディクトはウィリアムの背を優しく叩いた。
「行くぞ」
「はい!」
そして、一気に戦場へ舞い降りる。
先陣を切ったベネディクトは戦場に響き渡る声で叫んだ。
「よく耐えた! さあ、此処から反撃だ」
石の間に隠れたライラに届くように。助けが来たと知らせるために。
その声は少女の耳にも届いた。
死と隣り合わせの恐怖の中、誰かが助けに来てくれたという安堵感はどれ程だろう。
人は逆境の中では気丈に居られるが、優しさに触れた途端にそれが瓦解する。
ライラの眦に涙が溢れる。
戦端を開いたベネディクトの双槍がポイズン・キマイラを捉えた。
栄光の名を冠した槍は黒曜の爪と相成りて、複数の敵影を切り裂く。
ジャック・ワンダーから意識を逸らしてベネディクトに向き直ったキマイラ達は咆哮を上げた。
二体同時にベネディクトへと牙を向ける。
「っ……」
重傷を負った身で二体同時に相手取るのは不確定要素を増長するだろう。
しかし、彼は恐れない。自身が傷つく事よりも今は優先すべきものがある。
「今のうちに!」
未だ敵の攻撃の大半はジャック・ワンダーに向いていた。
幼い少女が背負うには重すぎる程の重圧だろう。
だから。早く。早く――
「わかりました!」
ベネディクトの声に応じるのは『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)だった。
「ウィリアムさん、道を切り開きます! ライラさんを必ず助け出しましょう!」
「はい! 行きます!」
リゲルとウィリアムの後に続く『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)の瞳は、前を行く愛しき人に向けられる。「行くぞ、ポテト!」とリゲルが放てば「あぁ、必ずライラと妖精門を守ろう!」とポテトが返した。
短い言葉に詰め込まれた信頼と相手への思い。相手が欠く未来なんて考えもしない絶対的な繋がり。
不変であるという象徴。
リゲルとポテトはそこに存在するだけで、周りの人々にとって心の寄る辺となる。
青いマントとミルクティーの髪が流れた。
リゲルは叫びながら戦場の奥まで侵入していく。
「これ以上ライラさんやゲートを傷つけさせてなるものか!」
剣を大きく広げ、注意を引きつけるリゲル。地中深く蛍光の灯りしか無いこの場で、リゲルの光輝は正に夜空に輝く一番星だった。
的確に敵の意識をジャック・ワンダーから引き剥がす事に成功する。
ゴリゴリと音をさせながらストーン・エレメンタルがリゲルに近づき、石の破片を頭上に落とした。
額を伝うアガットの赤は頬を伝い地面へ黒い染みを作る。
集中攻撃を受けて蓄積される傷。
リゲルは痛みに息を吐いた。
けれど、瞳は輝きを失ってなど居ない。
「ポテト! 先にライラさんを!」
「あぁ、任せろ!」
自身が傷つく事は承知の上。
小さく儚い命は容易く折れてしまうから。
だから。早く。早く――
ライラの元へ駆け出したポテトとウィリアムを見送ったイグナートは戦場を見渡す。
リゲルが一手に敵を引きつけているこの状況は、とても危ない橋だろう。
いつ崩れるかも分からない危険な駆け引き。ならば自分が取るべき行動は決まっている。
「オレにまかせて!」
飛び出したイグナートはこの依頼の大本の目的であるアーカンシェルを守る為に走った。
ベネディクトとココロと協力し、アーカンシェルを守ることで戦場を制する。
「全力を尽くすよ!」
門と敵の間に身体を滑り込ませ、何人たりとも通さない壁となるのだ。
それを可能とさせるのはイグナートの引き締まった身体であり、ココロの癒やしの力であり、ベネディクトの双槍であった。
イグナートの身体を赤い鮮血が走る。
けれど、彼の闘志は絶えてはいない。
「いま、回復します!」
ココロの指先がイグナートへ向けられた。海の嵐の如く激しく、暖かい潮はココロの調律。
戦場を見据えているココロだからこそ、傷を負った者への回復を的確に行える。
「これで大丈夫です!」
「ありがと!」
ココロは彼の声にこくりと頷いた。
ライラを助け出すまでは耐える戦闘だ。その一旦を自分が担っているという緊張感にココロの表情が真剣味を増す。一人で立ち向かうならば恐怖に立ちすくんだかもしれない。
けれど、今は仲間が居るのだ。寂しさなんて欠片も感じない。
ポテトとウィリアムはライラが隠れて居るであろう石の間へと走り出す。
琥珀の瞳でアーカンシェルを一瞥したポテト。
人里離れた場所にあると思っていた門が、こんな近くにあるなんて。
ノームの里は地下遺跡の上に形成された小さな集落だ。
その地下遺跡の部分に封印された妖精門が存在していたのだろう。それを守る一族も居ると聞く。
無事にこの場を切り抜けることが出来たならば、今後の為にも情報を集めておいて損は無いだろうとポテトは頷いた。
意識は石の間に隠れる少女へ。
戦場を迂回しながら走り込む。
ポテトが近づく気配を感じ取ってジャック・ワンダーが行く手を阻む様に動いた。
「誰……っ!」
「もう大丈夫だ。私たちは敵じゃない」
ジャック・ワンダー越しにポテトが言葉を掛ける。
「ライラ、安心して。……夜の幸い(ライラ・エシェル)。僕だよ。君の兄さん夜明けの虹(シャハル・ケシェット)だよ」
聞き慣れた声に少女の瞳が見開かれる。
「にい、さま?」
ジャック・ワンダーから力が抜け、ウィリアムを招き入れるように開いた。
「ライラ! 無事かい!?」
途端に訪れた温もり。ウィリアムはライラを優しく抱きしめる。
「あ、あ……」
恐怖に張り詰めた糸が切れたのだろう。
怯え震えた身体が、兄の温もりが在るというだけで感情が溢れる。
「にいさま……っ、兄様、うぁ、ええええっ!」
幼児のように泣き出したライラを撫でてウィリアムは安堵した。
「もう大丈夫だ。今まで良く頑張ったな」
ポテトが少女の傷を癒やしながら背中を優しく撫でる。
「これからは私たちも一緒に戦うぞ!」
ポテトの声に泣いていた少女は顔を上げた。
恐怖で忘れていた。此処に来た理由。
腕の中の妖精を助ける為にこの場所に来たのだ。
ならば、泣いている暇など無い。
「はい! 私も一緒に戦います!」
ウィリアムとポテト、それにライラは石の間から戦場へと舞い戻る。
「危ない――!」
ポテトの鼓膜にリゲルの声が響いた。
石の間から出てきた三人に襲いかかるメルクリウス・ウーズ。
咄嗟に自分の腕を盾にしたポテト。腕から出た赤い血が水銀に取り込まれる。
次手の攻撃の回避は間に合わない。
ライラにはメーコがついているが攻撃を受けない方が良いにきまっている。
「っ、だあ! 間に合った!」
四人の前に現れたのは赤いマフラー。
黒いコートを靡かせ。一瞬、口元に笑みを浮かべたクロバだった。
「クロバ!」
「行け! 回復さえあれば一人でやれる!」
敵を一体釘付けにする事くらいしか出来ないと謙遜するその言葉。
この戦場においてどれだけ頼もしいであろうか。
「見せてやる……死神の名が伊達じゃない事を!!」
水銀の胴目がけてクロバのガンブレードが放たれる。
兄が妹を救うのは世の常。道理。その為ならばこの身が傷つこうとも造作も無い。
「クロバ! あまり無理はするなよ!」
ポテトの声に口の端を上げるクロバ。
●
戦場は加速していく。幾度かの剣檄が交され、弾かれた。
一匹の戦力は並である魔物であっても、束になれば脅威は跳ね上がる。
それは。
一瞬だった。
怒りを暴発させたストーン・エレメンタルが消滅の刹那、真素を放出した。それだけの事だった。
本当に一秒にも満たない隙間。
ライラは気付いていない。ジャック・ワンダーは間に合わない。
衝撃と爆音。
か弱い少女がまともに受ければ死が見えるそれを。
「は、ぐっ」
メーコは全身で受けきった。
「あ、え……、メーコさん?」
背面を血で溶かしたメーコはライラに倒れ込む。
「メーコは、あまり攻撃力は、ないけど……」
痛みに力が入らない身体で。それでもライラを守ろうと抱きしめるメーコ。
「皆さんの、はぁ……っ、強さを信じて、自分に出来ることを……っ、精いっぱい頑張る、めぇ……っ」
ギリギリの体力で起き上がるメーコ。嫋やかで小さな身体の何処にこの不屈の精神は宿るのだろうか。
イグナートは自身の腕に噛みつくキマイラを羽交い締めにしていた。
「何度か戦ったから知ってるんだけれど……」
妖精門の周りに集まるスライムやキメラ達はイレギュラーズの身体の一部を、奪って逃げようとする習性があるらしい。
「だから、逃がさないよ!」
彼の腕がミシミシと敵の頸椎を歪ませていく。
ウィリアムが放った紫電はうねり、敵を穿つ。それに重ねてココロの蒼雷が迸った。
二人で力を合わせればキマイラの屈強な身体だって打ちのめす事ができるのだ。
「回復は任せたぞ、ポテト!」
リゲルの声が戦場に響く。彼の背を守ることがポテトの使命。
「俺は剣となり盾となる!」
彼女の道を守ることがリゲルの使命。
銀閃は満ちて――
「これ以上好き勝手させてなるものか!」
スライムが真中で割けた。
しかし。
粘度の高い水銀を二つに裂いても分裂して元に戻るだけ。
「まだだ、クロバ頼む!」
星は月の名を呼ぶ――
「ああ、任せろ!!」
クロバの赤い瞳が尾を引いて戦場を走る。
黒き死神は獰猛な刃で敵を捉えた。
死銃剣・マリスエタンゼルは咆哮を上げてスライムの身体を切り刻む。
「こっちには意地ってもんがあるんだよ!」
アガットの赤を散らし、クロバは猛攻を掛けた。
これ以上、分裂しないように。
細かく、念入りに、執拗に。死の円舞曲を踊り狂う。
クロバの紫赤の視線の先。ベネディクトが双槍を構えていた。
後悔と己の無力を思い出し、唇を引き締めるベネディクト。
大切な物を失うことしか出来なかった。それを選ぶことしか出来なかった過去の自分。
けれど、今は違う。
力と意思ならばこの手にある。
「お前達の思惑通りにはさせん──これで終わりだ!」
黒曜石の煌めきは閃光を放ち、水銀の獣は静かに霧散した。
●
ペールホワイトの優しい光が戦場を包み込む。
ポテトとココロの癒やしの彩りは戦闘が終わった事を告げていた。
「は、ぁ……」
緊張を解いて息を吐いたのはクロバだ。
一人で強敵と戦った彼の傷は深い。集中的に施される癒しも身体の深くに蓄積された傷までは癒やしきれない。普通の人間であれば致命傷になりえるだろう。
だが、クロバは笑ってみせる。何てこと無いと胸を張ってみせる。
それはきっと男の勲章という類いの物。
「大きな怪我が無くて良かった……」
ウィリアムはライラに駆け寄り小さな身体を抱きしめる。
妹を失うこと無くこの場で温もりを感じられること。
「これも全てリゲル達の、仲間のおかげだ。皆の助力に心より感謝を」
ぺこりと頭を下げた兄妹をリゲルやイグナートは微笑みを持って応える。
「ライラ、無茶はほどほどにね」
「はい。ごめんなさい。でも……」
しょんぼりと視線を落としたライラの腕の中には小さな妖精。
「ライラさんはこの子を助けたかったんですよね」
ココロは学校で教わった医療知識を持って妖精の様子を伺っていた。
小さな存在は自分たちと同じ『ヒト』だ。アーカンシェルを越えてきた妖精はグリムアザーズなのだ。
ならば、ココロが持ってきた止血剤や包帯は有効だろう。
「大丈夫ですよ。わたし達に任せてください!」
ココロが元気よく笑顔を向ける傍ら、ベネディクトはアーカンシェルの前に立っていた。
「アーカンシェルか……奴らは、これを狙ってどうする心算だ……?」
触れても何の変哲も無い石作りの門に過ぎない。
妖精が住まう常春のアルヴィオンの伝承。向こう側の存在しかこの門を行き来できない筈なのに。
この門を魔物が執拗に狙う理由。
「あちら側でなにか変わったことがなかったか?」
ポテトが問えば顔色の良くなった妖精が口を開く。
「私たちこっちに遊びに来たの。皆で……でも、こっちに来た途端。友達が誰かに連れてかれてしまった」
自身も命からがら逃げ出したと妖精は語った。
キマイラの遺体を回収するリゲル。
多発する一連の事件も魔種(ブルーベル)の差し金なのだろうかと目を伏せる。
何者かが後ろで糸を引いている事に間違いは無いだろう。
だが、目的は分からない。
「ライラさんは、妖精伝承について何かご存知でしょうか?」
少しでも情報が欲しい。
「妖精伝承……もしかしたら、守人のお母さんなら知ってるかも」
古くから伝承を伝える守人の一族。
「その人に話を聞ければ……」
何かが分かるかも知れないとイレギュラーズは地上への道を目指すのだった。
――――
――
静かになった戦場に白い人影が姿を現す。
人間の形をしているそれは、何処か魂の無い虚ろな瞳をしていた。
細い腕で水銀の玉を拾い上げる。
「これで……」
ハニーゴールドの温もりの欠片(けつえき)が入ったそれを大事そうに掌に包み。
白い人影は暗がりに、静かに、去って行った。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
皆様の物語に彩りを添えられていたら幸いです。
GMコメント
もみじです。メルヒェンなお話は大好物です。
●目的
元々は『アーカンシェルを襲撃した魔物』の駆逐でした。
ついでに村の少女ライラの救助も含まれました。
更にはライラと一緒にいる妖精の救助も含まれてしまいました。
●ロケーション
村の聖域です。
ライラと妖精は石の間に隠れています。
強力なゴーレムに守られていますが、魔物に見つかっています。
敵の数が多く、ゴーレムは防戦を強いられています。
あたりは石で出来た祭壇を中心とした広間です。
足場や灯りは問題ありません。
あちこちに石の構造物がありますが、フレーバーです。
戦闘への影響は特にありません。
●敵
妖精郷の門アーカンシェルを攻撃する魔物や、ライラやゴーレムと交戦している魔物がいます。
ライラとの交戦により幾らかの魔物は傷ついています。ライラはよく頑張っています。
○メルクリウス・ウーズ×1
水銀の様な身体をした不定形なスライム状の魔物です。
強烈な体当たりの他、ある程度の距離まで触手のように身体を伸ばして攻撃します。
毒や出血を伴います。
○ポイズン・キマイラ×8
豹と蝙蝠を合わせたような怪物です。
素早く、猛毒の爪で攻撃してきます。
○ストーン・エレメンタル×8
魔物の瘴気に当てられて怒り狂う精霊です。
倒すことで鎮める事が出来ます。
至近から遠距離に神秘攻撃を行います。
●友軍
○ジャック・ワンダー
ライラが作り上げたぬいぐるみのようなゴーレムです。
強力ですが敵の数が多く、防戦を強いられています。
〇『夜の幸い』ライラ・エシェル
ノームの里に住まう幻想種の少女。強力なゴーレム使いです。
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)さんの妹です。
まさか自分の村にもアーカンシェルがあったなんて!
急いでいたためジャック・ワンダー以外のゴーレムを連れていません。
状況状、得手である『多数のゴーレムを同時使役する』能力の大部分を封じられた、危険な状態と言えます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
Tweet