海から人間へ

オープニング

●優しい人間

　人間の住んでいる町は、大層美しいと聞く。人間は、魚よりもまた獣物よりも人情があって優しいと聞いている
人間は、この世界の中うちで一番優しいものだと聞いている。そして可哀そうな者や頼りない者は決していじめたり、苦しめたりすることはないと聞いている。一旦いったん手附けたなら、決して、それを捨てないとも聞いている

……でも、本当にそうかしら。人間は飽きっぽいとも聞く。目新しいものを見つけるとすぐに古いものを捨ててしまうと聞いている
人間の心が本当に優しいのかこの目で確かめてみよう

　北風がぴゅぅっと吹き、海を凍えさせる。海の生き物は皆その寒さにびっくりして身を震わせた



　人間の住んでいる町は美しい。木造建ての家屋が礼儀正しく、石畳の道の端へ肩を寄せ合い並んでいる。港には何艘もの船が浮かんでおり、漁師達が毎日せわしなく働いていた。町の高台から見える昼間の海は美しく、太陽の明かりに照らされて水面がキラキラと光り輝く。ここは港町


　厚く、黒い雲が空に覆いかぶさっている夜。ざざーん、ざざーんと唸る波の音を聞きながら砂浜を歩いていた。……暫くふらふらと歩いていたが、藻がこびりついた岩の上に、何かが置いてあるのが見えた

　なんだろう

　と、ソレに近づき持ち上げてみる。真っ暗でよく見えなかったが、こんな真っ暗な夜に眼に留まるとは何かの縁だろう。もしかすると神様からのお授けものかもしれないと、不可思議なソレを家へ持ち帰ってみることにした


　ちゅんちゅんと鳴く小鳥の声が硝子戸の外から聞こえてくる
　朝、眠りから覚めてからソレを見てみると――であった
　ずっと昔に手放してしまい後悔したモノ。大切な人が持っていたモノ。長年探し求めていたモノ

これは大切にしなくてはならない

　昨夜砂浜で拾ったソレを手に取ると、静かに呟いのであった

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第2章

第2章 第1節

　ソレを拾って大分時が流れた……

　トントン
　誰かが扉を叩いている

「もしもし、少々お時間よろしでしょうか？」

　扉の外から若い男の声が聞こえる

「あなた様がお持ちになっているソレを是非ともお譲りいただきたいのですが？
　お金はいくらでもお支払いいたしましょう」

　どうして、何も知らない人がこれを求めるのだろうか。不思議に思いながら首を傾けドアノブに手をかけた

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第2章 第2節

　扉を叩く知らない人に、ハルアは一瞬身構えてしまう

　彼の問いに……答えなくても取られちゃうような気が。そんな風になりかけたことがあった気がして
　でもそんなことがあったとして、この人の筈はない

　ススキ持つ手をぎゅっと胸に引き寄せて、ハルアは首を横に振る。これは、このススキは私の大切なものだから……だから

「ごめんね
　お金にも、何にも代えられないんだ」

　そうだよ……お金になんてしちゃいけないよ
　いつ誰にそう言ったんだっけ

「どうしてあなたはこれが欲しいの？」

　欲しい理由がわかれば助けになれるかも知れないよ
　ハルアは今にも消えてしまいそうなか細い声を震わせた

　……あ

　あの時ボクはこう尋ねなかったな
　ただ駄目だよって言っただけで
　誰のことも嫌いでそう言うんじゃないよって
　大好きだけど駄目なんだよって
　伝えなかった

「あなたの大事なものだからですよ」
　どこか優しく、どこか意地悪なその声色にハルアはどことなく懐かしさを感じた

　知らない人の顔は不思議によくわからないけど、不意に抱きしめたくなる

　木製の扉をゆっくりと開き、ハルアは今にも泣きだしてしまいそうな瞳で男を見つめた

「……ごめんね」

　ハルアの潤んだ瞳に男は静かに頷いた。哀れみか、それとも怒りか、諦めか。ハルアの持つススキをじっと見つめた

「今日のところは引き返しましょう。でも、よく考えてみてくださいね」

　そう、一言いい残すと、男は去っていった

成否

成功

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第2章 第3節

　アトが扉を開ければ、その場にいたのは質素な女だった
　手には大金
　それでアトの拳銃が欲しいと言ってくる

「お願い、その拳銃を売ってくださらないかしら？」

　……なるほど、その額があれば新しい銃はすぐに買えるだろう
　むしろ今よりももっといいものを買えるかもしれない
　だが、そうだとしても

　アトはその女があまりにもあからさま過ぎることに苦笑いを浮かべた

「いやいや、ちょっと君にはこれは渡せそうにないな
　短銃は狩りに使うものではない
　君はこの銃を使って何をしたいのか、そいつが問題なんだ」

「憎い相手がいるのだろう？
　そいつを殺したいが為に僕の銃がほしい、と」

　「そんなことないわ」と女は乾いた唇を震わせた。女の黒い瞳はまるでカワハギのようにチラチラと泳いでいた

「うーん
　やだなあ、僕の銃を使わせたくないね」

　女をじっと見つめ、アトは溜息を零した

「君が誰が憎いのかなんてすぐに分かることだしさ
　その相手を知ってしまえた僕は銃をさし渡せないのさ」

　女の全てを見透かしたようにアトは低い声で呟いた。見透かされた女はただ乾いた唇を噛むことしかできなかった。背中を埋め、自分の願いはそう簡単に敵わぬのだと悟った

「また、尋ねるわ。あなたの考えが良い方向へと変わるのを信じて……」

　女の長く、乱れた髪が風に吹かれてふわふわと宙に舞う

「何度来たって僕の答えは変わらないさ」

　アトは女が背を向けたのを確認してゆっくりと扉を閉じた

成否

成功

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第2章 第4節

「……は？　コレを、売れって？」

　葵は眉をしかめ、木製の扉を乱暴に開けた

「じゃあ結論から言うけどよ、お断りっス
　どうしてもって言われてもダメだからな？」

　男の手に持つ大金には目もくれず、葵は鋭い言葉を放った

「何でこれが欲しいかも聞かねぇで、「はいそうですか」で通ると思ってんスか。理由を言った所で答えは変わらねぇけどな
　それに、コレに限っては金をいくら出せばいいとかの問題じゃねぇんだよ。今はいらなくて使わなくても、使ってた頃の記憶と思い出がコレには詰まってるんス」

　男は首を傾げた。そしておどけた顔をして
「あなたが大切にしているからですよ」
　と、不気味に笑う

　そんなふざけた態度をとる男に痺れを切らせた葵が拳を壁にぶつけた
「アンタには分からねぇだろうな　当たり前っス、オレのなんだからな
　金で何とかなるほど安っぽい物じゃねぇぞ」

　葵は歯を食いしばって男を睨んだ。男は動揺するそぶりもなく、ただ黙って葵を見つめていた

「とにかくだ、分かったらどっか行ってくれ！　アンタに売るもんはオレは持ってないっスよ
　……あんましつこいと流石にキレるからな？」

　葵は唇を震わせ、半ば強引に男を追い払う
　追い払われながら男は、最後にと言い残す

「もう一度、ゆっくり考えてみてください」

　大金を片手にぶら下げながら遠ざかる男の背中を横目に、葵は乱れた呼吸を整えながら扉を固く締める

「考える必要なんて……ないっスよ……」

成否

成功

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第2章 第5節

「これを売るのか？」

　突然現れた男の顔を睨むように見つめながら、ペッカート小さな溜息を零した
「はぁ…そうか。これをねぇ？　そもそもなんでこれなんだ？　栞なんて店に行けばいくらでも手に入るのにわざわざ俺から買う必要が感じられねぇな……」
　

「そんなに欲しいって言うならまぁ、条件次第だな」
「それは……あなたが大切にしているものだからでございます」
　ふんと素っ気なくペッカートは鼻を鳴らす
　男は慌てて手に持っていた旅行バックを開き、中に詰め込まれた沢山の輝く金貨を見せる
「あー。悪いが俺は金じゃ動かねぇよ。いや、動くときもあるけど、これはそういうものじゃないんだ。価値の単位が違うんだ。少なくとも俺にとっては……。思い入れ？　そんなもん……ないとは言い切れないな」
「金ならいくらでも用意いたします」
「あぁ、だから、いくら積まれようが貨幣でのやり取りはなしだ。キミだってどうでもよくない友人を金でやり取りなんてしないだろ？
　……はるばる遠くから来たみたいだが悪いな」
「そうですか……それではまた後日、日を改めて伺いましょう」
　眉をしかめながら、ペッカートは木製のドアをゆっくり閉じた。慣れない客人を相手に、すっかり疲れ切ってしまったペッカートはぐったりとソファーに腰を下ろした

「何度来たって、答えは変わらないさ……」

　遠のく意識の中、ペッカートはぽつりと呟いた

成否

成功

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第2章 第6節