銀河鉄道旅行

オープニング

●夜空を走る汽車

　ガタンガタン……シューー

　深夜、ふと目が覚めた。徐に窓の外を覗くと、そこには真っ黒い汽車が灰色の大きな煙をもくもくと吹かせて停車していた

『ボクのジョヴァンニ。怖がることはないよ。さぁ、汽車に乗っておいで』

　幼い少年の様な可愛らし鈴の音の様な声が隙間風に乗って部屋に漂った

　誰かが呼んでいるのか……？

　不思議に思いながらコートを羽織り外に出てみると、月の光に照らされた飴色のキラキラと輝く美しい髪を撫でながら、白い肌の少年が手を振って微笑みかけていた

『早くおし、汽車が出発してしまうよ』

　少年に言われるがまま汽車に乗り込むと、ガタンという重たい音を立てながら汽車はゆっくりと進み始めた。そして段々上へ登っていくのだ。まるで、夜空の上を走っていくように

『ジョヴァンニ。こっちへおいで。ずっと立っていたらくたびれてしまうだろう？』

　少年は満天の星空をそのまま閉じ込めたような藍色の瞳でこちらをじっと見つめて、それからスタスタと明るい光が漏れているドアをガラガラと開けて入っていった
　ドアの向こうは少年以外誰もいなかった。朱色のクロスシートが奥まで続いており、横の大きな硝子戸からはミルクが流れた跡のような白くぼやぼやとした天の川がくっきりと見えた

『ジョヴァンニ、ここにしよう。ボクの隣に座って』

　少年がストンと席に座ると、それに引き寄せられるように足が動いた。そして彼のようにストンと座席に腰を下ろした

『はい、これが君の切符だよ。気を付けて、失くしたら帰れなくなってしまうからね』

　渡された切符は銀色に光っていた。切符には【銀河旅行】と書いてある

『これから君は君自身の旅に出るんだ。君の過去を知っている場所にね。そうして君は自分を見つめ直すんだ。初心に帰るってやつかな？　まぁちょっと違う気もするけどね……でもあまり長く入れないから気を付けて。日が昇る前に帰らないと、君は一生旅を続けることになってしまうからね』

　そう言って少年は汽車の硝子戸を少し開けた。そよそよと頬を撫でる風がなんとも心地良い


『それじゃあまずはジョヴァンニ、君の過去を知る場所を教えて？』

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第3章

第3章 第1節

●帰りの汽車に揺られる

　汽車は旅の終わりを名残惜しそうにゆっくりと動き出した

　ガタンゴトン、ガタンゴトン

　硝子戸の外には相変わらず天の川が流れる星空が広がってる

『切符を拝見します』

　紺色の制服に深く包まれた車掌が低い声で話しかけてきた。「切符を切りに来るのは少しばかり遅すぎるんじゃないか？」そう首を傾げながら銀色に輝く切符を差し出した

　パチンッ

『ありがとうございました』

　車掌は切符を渡した後に軽く会釈すると、前の車両へと消えていった


『あとはもう帰るだけだね。ジョヴァンニ……ボク達の旅はこれで終わりさ』
　座席に背を預けながらカムパネルラはくたびれた声で呟いた

『銀河旅行はどうだったかい？　楽しかったかい？』

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第3章 第2節

　楽しかった……のかな

　セリアは金色の髪を垂らしながら硝子戸の外を眺めた

　分からないね。懐かしかったけど。……でも、今キミと二人でこの列車に乗ってあそこに行ったのは、きっとなにか意味があったんだろうね

　もう二度と訪れることはないであろう思い出の場所を振り返りながらセリアはカムパネルラの方に視線をやった

「キミは楽しかった」

　少し間が空いてカムパネルラは柔らかい表情で「うん」と小さく頷いた

「わたしの思い出の場所だけじゃなくて、キミの行きたかった場所にも行ければ……ごめん、つまらないこと言ったね
　……こんな性格だから、いろいろ抱えきれないで取りこぼして、嫌なことたくさんキミに押し付けちゃったよね」

　「そんなことないさ」と、首を横に振りながらカムパネルラは沈んだセリアの顔を覗き込んだ。星空を閉じ込めた瞳は、硝子玉のように透き通っていたがどこか寂しそうであった

「終点に着いたら、今日のこともキミのことも全部忘れちゃうのかな」
「……どうだろうね」
「この堅い椅子にもやっと慣れたのにね」
「そうだね」
「それでも、またいつか二人でこの列車に乗ろうよ。また同じ席がいいな」
「ボクもだよ、ジョヴァンニ」

　もうそろそろ時間みたいだけど……

　セリアは止まった汽車から飛び降りた。それから、重い硝子戸を持ち上げ、手を振っているカムパネルラに手を振り返した。汽車が夜空にすっかり消えてしまうまで

――またね、カムパネルラ

成否

成功

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第3章 第3節

「楽しかったかい？」
　カムパネルラは飴色の髪をくるくると人差し指で巻きながらノースに微笑みかけた
「楽しくもあり、寂しくもある旅でした」
　ノースはふぅっと息を吐きクロスシートの背もたれにコトンと頭を乗せた
「しかしこの列車でなくば行けぬ旅でした
　……もう一度、あの場所に行けるとは思っていませんでしたから」
　硝子戸の外に視線をやりながらノースはぽつりぽつりと言葉を続ける

「ありがとうございます、カムパネルラ」

　夜空に流れる天の川は相変わらずキラキラと輝いていて綺麗だった

「あの日、私は愛する人々と永遠に分かたれたと思ったのです
　……二度と幸福は戻らぬと
　けれど実際は違いましたね
　先の見えない日々の先、新たな幸福は確かにやってきたのですから
　私は、もうそれを知っているのです」

　ゆっくりと瞬きをした後に、ノースはカムパネルラをじっと見て

「ですからカムパネルラ、もうすぐお別れする貴方
　少し寂しいですが、けれど笑ってさよならを言いましょう

　互いの次の出会いに、また新しい幸福があるように」

　と、言って目を細めた

「……そして最後にひとつ我侭を
　どうか、私のことはE3とお呼びください。それが私の喜びです」
「E……３。うん、わかったよ。E3」

　ガタンガタンと揺れる汽車がゆっくりと速度を落とし始める。カムパネルラはE3の嬉しそうな顔を見つめながらなんだか段々寂しくなってきてしまった。……のはE3には内緒である

成否

成功

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第3章 第4節

「楽しかったかい？」

　硝子戸から差し込む星々の光が車内を金色に照らし出す

「そうだね。カムパネルラ。君のおかげで思い出せた。あの頃を。君のおかげで思い出せた。失った物を。君のおかげで思い出せた。……必ず取り戻すと誓った物を」

　星の光を反射して愛無のアメジスト色の瞳がキラキラと輝いている

「……だから僕は征くよ。カムパネルラ。サヨナラは悲しいけれど。大切な事は覚えておけばいいのだから」

　君の事は。君と旅したこの銀河鉄道の夜の事は。けして忘れない

　キーっと高い音を上げて汽車はゆっくり停車する。見慣れた街並み。見慣れた街灯の光

「そう。……じゃあボクもこの旅を一生忘れないよ」
　カムパネルラはにっこり微笑んで、汽車から降りた愛無に小さく手を振った。カムパネルラの飴色の髪がさらさらと冷たい冬の風に吹かれて靡いた
　愛無も手を振り返す。再び走り出した汽車が、夜空にすっかり消えてしまうまで。ずっと

　――さようなら。カムパネルラ。ありがとう。カムパネルラ。願わくば、君と君の旅路に本当の幸せが訪れることを

　白い息をほうっと夜空に溶かしながら愛無はぽつりと呟いた

成否

成功

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第3章 第5節

　――たまにある
『夢の中だと知覚する夢』
　僕は……

　夜空に広がる星空は相変わらずキラキラと輝いてた。まるで、暗いくらい闇の中で「わたしをみつけて」と叫ぶように

　いや、私は夢を見て居るんだ
　カムパネルラに兄上を重ね、幼き日に過ごした日々の思い出の……

　ベルフラウは若干の気恥ずかしさを覚えつつ、ほんのり紅色に染まった頬を隠すように窓の外を見やる

「この車窓からの景色は、見飽きる事はなかろうな」
　窓のこてりと頭を傾け「だが降りねばならんのだろう」と、ベルフラウは続けた

　目が覚めればいつも通りの朝、いつも通りの景色
　きっとこの夢の事も、忘れてしまっているだろう

「次にまた乗車した時は、君の話を聞かせてくれ」
　ベルフラウはカムパネルラに右手を差し出して笑った。「うん」とカムパネルラは小さく頷いてベルフラウの右手をぎゅっと握り返した。それからベルフラウは短い旅に幕を下ろすべく汽車を降りる
　ポーっと灰色の煙をもくもくと立てながら汽車は再び動き出す。窓を持ち上げ、カムパネルラが大きく腕を振っていた

――――

　冬の寒さに身を震わせながらベルフラウはゆっくりと瞼を開いた

「なんだ……まだ夜明け前ではないか」

　随分と可笑しな時間に目が覚めてしまったものだ
　乱れた髪を撫でながらベルフラウは閉ざされていたカーテンを開いた

　だがまあ、たまには星空を見ながら朝を待つのも悪くはなかろう
　……取り分け今日は、そんな気分だ

成否

成功

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第3章 第6節

「嗚呼、楽しかったよカムパネルラ」

　ガタンガタンと揺れる帰りの汽車。武器商人はカムパネルラに微笑み言った

　生きていると色んな経験をするから、時の先へ行く者達は同じ姿で思い出の中へ立つ事は難しい
　銀河を往く列車は数あれど、この列車とキミという案内人(とも)はその中のどれよりも残酷だし、誰よりも優しいね

　ゆっくりとヨタカの美しい月白の髪を撫でる武器商人の柔らかい顔をじっと見つめながらカムパネルラは「よかった」と、満足そうににっこり笑った

　カムパネルラ、我(アタシ)の愛しい、優しい隣人
　どうかキミの旅路に本当の幸いがありますように……

　運が悪ければ、また遭おう

　ヨタカが眠り眼を擦りながら、こてんと武器商人の肩に頭を乗せた

「さて……疲れたろう？　おまえの感覚はまだ人間に近いからね
　眠たければ眠っていいよ、我(アタシ)の小鳥」

　手を繋いでキミの眠りを守ろう
　武器商人はヨタカの白く細い指に自分の指を絡め、耳元に囁いた

「だからゆっくりおやすみ、可愛い番」

――――

『思い出の場所』
　それは人々によって様変わりするだろう

　綺麗なもの
　楽しいもの
　嬉しいもの
　美しいもの

　四角いパレットに写し出すものが、すべてそんな思い出ならどれだけ良かったか

　長い睫毛をゆっくり瞳にかぶせながら、ヨタカはふぅっと小さく息を吐いた

　時空を旅する不思議な少年
　君が見てきた思い出の旅は
　幸せだったかい？
　それとも……

　あぁ、何だか急に眠くなってきた

　揺れる汽車は妙に心地よく、ヨタカは頭をぼうっとさせ武器商人の肩に頭を乗せる

　……それはもう、旅の終わりを意味しているのかな

「紫月……紫月…………俺の番
　暫く……いいや、ずっと……もっと……俺にこの隣を与えて欲しい」

　武器商人の絡めた指をぎゅっと握る。囁かれた言葉に甘えるように、ヨタカは深く息を吸い、眠りにつく


　きっと目を開ければいつもの見慣れた天井を仰いでいるのだろう。ふかふかのベッドの上で大きな欠伸をする。今日もきっと代り映えのない一日なのだろう。ベッドから起きて、身支度を整えて、テーブルに向かう。……でも、それでも、きっと退屈だとは思わない。きっと幸せだと感じるだろう

　――だって、隣にはいつも

　小鳥、紫月がいるから


　銀河鉄道は走り続ける。夜空を流れる天の川を沿ってどこまでも、どこまでも。二人の大切な思い出が続く限り。永遠に…………

成否

成功

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第3章 第7節

「そうだね、カムパネルラ。俺は良い経験になったよ」

　ガタンガタンと揺れる汽車に身を任せながら真はぽつりぽつりと続けた

「混沌に召喚されてからずっと、ずっと、もう一度と願っていたあいつの顔が見れて、懐かしの故郷と想い出の場所に行くことができた。……俺は幸せさ」

　柔らかな笑顔をカムパネルラに向けながら真はゆっくり瞼を閉じた

「俺の身勝手に君を付き合わせる形になっちまって申し訳なかったが、俺は君と銀河鉄道の旅ができて良かったよ。カムパネルラ」
「ボクもジョヴァンニと一緒に旅ができて良かったよ」

　カムパネルラの瞳に閉じ込められた星たちが鈍くちかちかと光った

「宮沢賢治の銀河鉄道の夜は、姉と読んだ母の蔵書の中でもいっとう好きなお話だったから、憧れの君と一緒に銀河鉄道に乗れただけで俺は嬉しくって楽しかったよ」
「……そうなのかい？　でも、今のボクはジョヴァンニだけのカムパネルラだよ」
　キョトンと首を傾げて、カムパネルラは小さな鈴を転がしたようにコロコロ笑った
　そんなカムパネルラを見て、真も自然と笑みがこぼれる

　またどこかで君と出会えたなら、今度は君の願いを叶える旅に付き合いたいな。また縁が繋がるその日までサヨナラだ、カンパネルラ

　真は白く夜空を伸びていく天の川に視線をやった。そうして揺れる汽車の中、深い眠りについた

　おやすみ、
　俺はまた旅を続けるよ

成否

成功