シナリオ詳細
一杯のミルク、一枚のクッキー
オープニング
●フェアリーテイルともてなし方
寝る前の習慣。
出窓を薄く開いておくこと。窓辺に飾った観葉植物の鉢を脇に除けて人形用のテーブルとイスを置くこと。
テーブルには人形遊びで使う白いお皿ときちんと磨いた小さなグラス。お皿には今朝焼いたクッキーを一枚。グラスにはミルクを慎重に注ぐ。スズランの形のランプは、テーブルの上をぼんやり照らすように配置。
全ての準備を整えて、少女は満足気に大きく頷く。
深緑のとある集落。ほんの数十名のハーモニアが身を寄せあって慎ましく生きるこの場所には、これといった名産品も刺激的な出来事もない。それでも少女にとって、ここは退屈ではなかった。
ここには『妖精伝承』があったから。
一度も姿を見たことはないが、妖精は確かに『存在する』。
大人たちはあまり信じていないらしい。数少ない同年代の子どもたちも、半信半疑らしい。
少女も何度か疑った。所詮は御伽噺だと、苦笑したこともあった。
認識が塗り替えられたのは、一週間前。
月を見ながら食べていたクッキーを、うっかり出窓に放ったまま眠ってしまった日。
――翌朝、目覚めて見ればクッキーは消えていて。
窓が開いたままだったから、小鳥がついばんで行ったのかもしれないと思いつつも、試しにその夜クッキーとミルクも置いてみて。
やっぱり、翌朝になくなっていて。
『妖精をもてなすときは、一杯のミルクと一枚のクッキーを窓辺に置いておくこと』
幼いころから何度も聞いた『作り話(フェアリーテイル)』が、『真実』だと知った瞬間だった。
●一粒の石、一片の花
妖精伝承はその古さ故か、深緑内でも各地で微妙にディテールが異なる。
どの地でどのような形をとり言い伝えられているか、カンパニュラは興味がなかった。そもそも深緑に住む者にもあまり関心がない。
ただ、妖精郷(アルヴィオン)とは異なる空気、異なる景色は面白くて、夜になるとこっそり門を開いてこちら側にやってくる。
ある夜、カンパニュラはふと空腹を覚えた。花の蜜でも吸おうかと周囲を見回す。甘い香りが鼻先をくすぐった。
「なにかしら?」
鼻をひくつかせ、匂いを頼りに高度を下げる。点在する家々の灯りはとうに消えていた。風が梢を揺らす音が心地よい。
薄く開いた窓の先に、それはあった。食べかけのクッキーだ。
どうしようかと少し悩む。食べても害はないだろう。知り合いの妖精たちの中には、こちらの食べ物を愛する者もいる。おいしいらしい。
「いえ……でも……うーん……」
きゅるる。
おなかが切なく鳴いた。
「食べましょう」
こほんとカンパニュラは咳払いをした。
屋根裏部屋らしきこの一室の、窓とは逆側の壁の際にベッドがある。誰かが眠っているようだが、起きる気配もなければ闇が濃くて姿も見えない。
「もらうわよ」
それでもいると分かっているのだから、カンパニュラは一声かけてから、できるだけ小さな欠片をとって口に入れた。
「……おいしいじゃない」
さくさくしていて、甘くて。乾燥させた果物の酸味も悪くない。
結局、一枚食べきってしまってから、カンパニュラは羽を広げた。
「ありがとう。おいしかったわ」
次の夜には、クッキーとミルクが用意されていた。
さらに次の夜には、テーブルとイスと、花の形のランプが。
毎晩通っていることに気づきながら、これを用意してくれる誰かの顔を知らないことにちょっとだけもどかしさを覚えながら、カンパニュラは思う。
私もお礼を用意したい。
門を出た直後に事件は起きた。
ばりんと硝子が砕けるような音。はっとして振り返ると、門が破壊されている。
「なに!?」
目があった。
ひゅっとカンパニュラは息をのむ。
門を破壊したのは黒い狼のような魔物だった。見えるだけでも六頭。牙をむき出しにして、よだれを垂らしながらカンパニュラを見ている。
じりじりと近づいてきた。
「だ、だめよ! これはあげないんだから!」
一杯のミルクと一枚のクッキーのお礼をカンパニュラは抱き締める。門が壊されてしまったことは間違いなく窮地だが、これを奪われるのはそれ以上に大問題だった。
空へ逃げよう。狼は飛べないはずだ。
透明感のある白い六枚羽を全力で動かして、天蓋のように重なった木の葉の隙間を目指した妖精の体が、半ばで吹き飛ばされた。
「きゃ……っ!」
木の幹に背中を叩きつけ、息が詰まる。
かすむ視界で鳥型の魔物がきらめく石をのみこむ姿を見た。
「やめ、て……」
それは、カンパニュラが願いをこめて作った一粒の小石だ。永く健やかであるようにと、一枚の花弁を封じこめた特別な品だ。
ずるりと木の根元に落ちた。体中が痛い。痛くて苦しくて悔しくて、泣いてしまいたくなる。
「かえして……っ」
「大丈夫か!?」
伸ばした手と魔物の間に、なにかが割りこんだ。
複数の足音。悪意は感じない。狼が咆哮する。
「とり……かえ、して……」
お願い。お願い。あれだけは。あの子のための、お礼だけは。
なにもできない自分に歯噛みしながら、カンパニュラは意識を失った。
- 一杯のミルク、一枚のクッキー完了
- GM名あいきとうか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年03月21日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
大樹の幹に背を叩きつけられ、気を失った妖精に一頭の黒狼が襲いかかる。
歓喜するように開かれた口には鋭い牙が並び、疾駆にあわせて涎の尾が引いた。小刀のような爪が妖精の体を、頭から引き裂――、
黒狼の動きがとまる。
否、とめられた。見世物を眺めていた魔物たちの間に動揺が広がる。当の黒狼も状況を把握できていない。
油断。勝ったと思いこんでいた。五感で彼らの接近に気づけなかった。
「まずこうして、小さき隣人の窮地に間にあえたコトを、感謝致しましょう」
風のように駆けてきた少女のスカートの裾が、ようやく落ち着く。
柄を握る手に力を籠め、青い光を帯びた剣を上に振った。黒狼が自ら後方に跳びダメージを緩和する。
妖精を背に庇い、『蒼剣の弟子』ドラマ・ゲツク(p3p000172)は小蒼剣を構え直す。
「助けてと叫んでいたのは、あなた?」
ぐったりしている妖精の傍らに膝を突き、『おやすみなさい』ラヴ イズ ……(p3p007812)はその頬に指先で触れる。
「ったく、こんなことさえなければただ歩くだけの楽な仕事だったてのに」
気だるい表情で『凡才』回言 世界(p3p007315)が頭を掻く。
迷宮森林の見回り中、ラヴの人助けセンサーになにかが引っ掛かり、きてみればこのありさまだったのだ。
「魔物とはいえ、むやみやたらと命を奪うのはためらわれますが、この状態は見過ごせませんね」
咆哮する黒狼の群れと三羽の巨鳥を見据え、『祈る者』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は柔和な顔立ちに厳しさを織り交ぜた。
「ギリギリ間にあったとはいえ、最悪の状況って奴ねこれは……ッ!」
とどめを刺されるまでもなく負傷により落命寸前の妖精に、『かつての隠者』アルメリア・イーグルトン(p3p006810)は大急ぎでメガ・ヒールをかける。
白く温かな光に包まれた妖精の呼吸が、頼りないものから寝息程度にまで回復した。
閉ざされていた妖精の目が開き、焦点をあわせる間を惜しんで声が絞り出される。
「……とり、かえして……いし……あのこ、の……」
「取り返せばいいのですね。ええ、分かりました」
妖精の震える手をそっと握り、『レコード・レコーダー』リンディス=クァドラータ(p3p007979)が力強く頷く。ラヴが双眸に涙を浮かべ、微笑みかけた。
安心したように妖精が再び意識を手放す。
「ひとまずこの子は無事。あとは、魔物にとられた石をとり戻すのよ!」
立ち上がったアルメリアがイレギュラーズに伝達する。各々が了承の声を上げた。
ぱちんと『不沈要塞』グレン・ロジャース(p3p005709)が指を鳴らす。
「さて。小さなレディを傷つけるとは、躾のなってないわんころに鳥どもだな」
お楽しみの邪魔をした乱入者たちに飛びかかろうとしていた魔物たちの注意が、グレンに向く。刃のような殺意を涼風のように受け流し、グレンは差し伸べた手で敵を挑発的に招いた。
「こいよ。躾けてやるぜ!」
「ギャアア!」
先陣を切ろうとした巨鳥の片翼で立て続けに爆炎が吹き上がる。
落下する巨鳥とともに『真実穿つ銀弾』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)が降ってきた。
「呑気に相手のこと観察してる場合か。ここは戦場で、お前らの前に現れたのは――死神(俺)たちだ。余所見している暇なんてないぞ、獣ども」
別の巨鳥がすさまじい速度で飛んできた。
ブラスティア・ロンドで斬った片翼を踏みつけて飛行を封じていたクロバは、舌を打って回避する。
負傷した巨鳥はほとんど片翼だけで飛翔した。高度を出せておらず、態勢も整えられていない。
「オオォン!」
黒狼が高らかに吼える。
グレンが魔物たちの気を引いてくれているとはいえ、それはすべてではなく、隙あらば妖精を殺そうという意思も感じとれる。
「妖精さんは夢半ば。とても悔しそうだったわ」
瞬くと涙の残滓が散った。ラヴは懐に手を入れる。
とり出したのは、キラキラ光るランプと美味しそうな燻製肉だった。グレンではなく妖精を見ていた魔物たちの気が逸れる。
「こっちよ。……あなたの敵はここにいるわ」
光物を奪おうと巨鳥が、燻製肉を喰らおうと黒狼が、それぞれラヴに殺到する。
「はっ!」
気合の声をひとつ。跳躍したドラマの一閃は昼中の地上に現れた蒼の三日月を想起させた。ラヴに気をとられていた巨鳥は一撃を受け、けたたましく鳴く。
「敵に背を向けていいのは策があるときだけです!」
舞い散る羽根ごと、蒼剣と謳われる男の弟子は再び巨鳥に剣を振るう。
眼前に迫る黒狼の爪をすんでのところでかわしたラヴは、ランプと燻製肉を片手に持ち、逆の手で銃をとった。
ほんの刹那、目を閉じて銃口を額に寄せる。
「オォォン!」
かわす。次の一撃が腕を浅く裂く。漆黒の狼には構わず、ラヴは巨鳥に引き金を引いた。
祈るように放たれた銃弾は巨鳥の胴に届いた。
「森よ。旧き森よ。今この地を争いと血で穢すことを許してくれ」
片手を胸にあてグレンは小声で願う。
その間にも自らの役目はしっかりと果たしていた。迫る牙を、爪を、くちばしを回避し、ときにはその身で受ける。
背にした大樹の表面がわずかに削れた。申しわけなさが腹の底から湧き上がった刹那、清い風が吹く。上下左右のどこからでもなく、グレンを囲むように。
瞬きの間に過ぎた現象ではあったが、それは間違いなくこの森の許可であり、応援だった。
グレンの口許に微かな笑みが浮かぶ。
「――感謝する。森も妖精も、できるだけ傷つけないからな!」
宣言したグレンの眼前で雷が蛇のようにうねりのたうち、踊り狂う。連なる雷蛇に襲われた黒狼が身を震わせ、鳥が仰け反った。
「どんどん行くわよ!」
魔導書を開くアルメリアの背後に、今妖精はいない。瀕死の状態からどうにか復帰させられたため、安全な場所に避難させたのだ。
おかげで遠慮なく暴れられる――などと楽観的な思考には行きつけない。鳥に狼、攻撃に回復。やるべきことは多い。
「妖精を探させない。そんな隙は与えない。アンタたちの相手は、私たち!」
イレギュラーズを倒さない限り妖精に近づけないのだと、魔物たちに思わせる。
忙しかろうと難易度が高かろうと、上等だとアルメリアは引きつるように笑って見せた。
「やってやろうじゃないの! 深緑の平和を脅かす奴は、ただじゃあ置かないわよ!」
これも故郷に飾る錦の一片だ。
容態が安定した妖精を安全地帯、といってもアルメリアが背にしている大樹の裏側の、葉陰が比較的濃い枝の上に隠す役を担ったのは、世界だった。
「ここなら視認できず、狼の爪も届かないだろう。鳥は……最優先で撃破すればいいか」
そのように動いているし、と世界は首を縦に振る。
「秘されし森の精霊よ。ここに何者かがきたら教えてくれ」
音やにおい、感触こそないが、ここに『いる』精霊が『命令を受け入れた』という感覚があった。
足場にしていた枝から飛び降り、世界は手のひらをグレンに向ける。意識を集中、魔力を活性化。ミリアドハーモニクスの光がグレンの傷を癒した。
黒狼が吠える。頭の中を掻き乱すようなその声音に顔をしかめる世界のすぐ近くで、クラリーチェも額に手を添えていた。
どうにか堪える。
「シャドウバードも厄介ですが、ブラックハウンドのこの声も困りものですね……」
とはいえ空に逃げられると面倒であり、さらにあの大翼が生じさせる風の刃も無視できない。
ままならない、と眉尻を下げつつ、クラリーチェは礼拝の際と同じように手を組みあわせる。
「迷宮森林の草木にお尋ね申し上げます。妖精さんの石がどこに隠れてしまったのか、ご存じありませんか?」
返ってくる言葉ならざる意思に、修道女はまだ存命の三羽を見た。
「食べてしまったようですね」
「ということは」
「倒して腹を裂くしかないわね」
世界が絶妙に嫌な顔をして、アルメリアがなにかに耐えるように奥歯を噛む。クラリーチェは浅く頷いた。
「仕方ありませんね」
――これはある男の物語。身を滅ぼしてでも空に憧れた、とある男の物語。
「行くよ、私の文字禄(レコード)たち」
文字禄保管者として、リンディスは羽ペンを握る。
体に痛みが走るが、気にかけない。仲間たちを遥か彼方へ。自らの命を犠牲にしてでも青空に近づこうとした彼の物語が、励起する。
「この翼でなら、あの空の彼方まで辿りつけよう」
一節を口ずさんだ。羽ばたく巨鳥が視界の端に映る。
暴風が戦場を荒らした。枝葉が激しく動き、葉擦れの音が騒がしく鳴る。華奢な枝が折れて吹き飛んでいった。
「く……っ」
刃のような風がやむ。意識する前に本能が体を動かした。
屈んだリンディスの頭上を鋭利な爪が走り抜ける。黒狼が一頭、グレンでもラヴでもなく、リンディスを狙っていた。
「妖精さんの場所は教えてあげません。退きませんし、倒れてもあげません!」
ここにあるのは数多の物語。そして小さな『妖精譚(フェアリーテイル)』。どれも渡すつもりはないし、『不幸な結末(バッドエンド)』で終わらせない。
「この身が尽きるとするならば、それは小さな妖精さんが抱えた小さな願いごと――宝物を取り返すことを、叶えたあとでしょう」
朗々と宣言したリンディスに黒狼が吠えた。
一度目の爪をかわす。背に幹が触れる。素早く振るわれた二度目の爪がリンディスの腕を裂く。鮮血が緑に散った。
苦鳴を噛み締めた歯の間からこぼしつつ、破邪を打ちこむ。浅い。
嘲るような黒狼の表情。
「ああ、まだ――油断は大敵であると、学んでおられないのですね」
「ギャン!」
光の束が、黒狼も巨鳥も呑みこんで森を奔る。
収束した魔法の発射地点には、両手で一丁ずつ銃を持つラヴの姿があった。
「……もう、おやすみなさい」
愛しむように、憐れむように、ラヴが囁く。
巨鳥の爪が迫る。肩を掴まれる痛み、遠ざかる地面。
地面に向けて叩き落とされる寸前にクロバは振り子のように身を揺らし、ガンブレードで鳥の翼を狙う。
弾丸に魔力をこめ、放つ。一度ではすまさない。斬り、裂き、刻む。
「ガァァァ!」
絶叫した巨鳥がたまらずクロバを落とす。ただ高所から落とされただけなので、空中で身をひねって危なげなく着地した。
一方で瀕死の巨鳥は抜けた羽根とともにべしゃりと落ちる。
「恨め」
妖精の石を飲みこんだらしい、というクラリーチェからの情報を思い出し、心臓ではなく首を狙った。切っ先に首以外の感触はない。
「戦闘終了後に死体の解体か」
頬についた血を手の甲で拭う。研ぎ澄ました聴覚が風の音を拾った。
振り向きざまに一閃。迫っていた黒狼が剣身を噛む。引き金にかけた指に力を入れる寸前で声が聞こえた。
「そのままで!」
横合いからドラマが駆けてくる。黒狼も気づき、ガンブレードを離そうとしたが遅い。クロバが片手で黒狼の頭を掴む方が先だ。
「ガゥ……ッ!」
華奢で非力なドラマでも、疾駆の勢いと体重を剣に乗せて刺突すれば厚い毛皮の内側、剣身の三分の一強が埋まる位置まで穿つことができた。
「とぉあぁぁ!」
あとは師から教わった技術と全力を以て、リトルブルーを走らせる。
脇腹から背にかけて深く大きく斬られた黒狼がたまらず絶叫した。クロバは素早くガンブレードを引き抜き、掌中で柄を回して敵の口腔に剣先を突き入れる。
爆炎。
どう、と一頭の黒狼が倒れた。
肩で息をしていたドラマがはっとする。
「あっ! 妖精さんの石って」
「鳥の腹の中だ」
「よかったです……。よくないですけど!」
呼吸を整えたドラマが走っていく。見渡せば、三羽の巨鳥は残らず地に伏していた。
黒狼はあと五体。
「ここからが正念場か」
血糊を払い、クロバも次の獲物に狙いを定める。
黒狼が突撃してくる。若木であれば半ばから折ることもできそうな一撃を、グレンは真正面から受けとめた。
相手は並の狼よりも大きな獣だ、全身が軋む。踵がわずかに地に埋もれた。
だが、それだけだ。
「その程度かよ!」
吼えた黒狼の爪が頬を掠める。擦り傷ですらないと内心で叫び、神々の加護を付与した槍で大きく弧を描く。斬り上げられた黒狼の足元がふらついた。
「隙だらけとでも思ったか!」
グレンを囲む三体の狼のうち、二体が同時に攻撃を仕掛けようとする。刹那早く、アルメリアのチェインライトニングが荒れ狂う。
疲れたなどと言っている場合ではない。
「あと少し!」
「はい。もう一息です」
ピューピルシールを発動するクラリーチェの額にも、薄く汗がにじんでいる。
「行け」
世界が虚空に白蛇の陣を描く。絡みつかれ牙を立てられた黒狼が身もだえた。ラヴの銃弾が黒狼の体を撃ち、クロバのガンブレードが文字通り火を上げる。
とどめはリンディスとドラマがさした。
「あとで本のお話でもしましょう」
「楽しみにしています!」
視線の交差も会話も一瞬。敵が残っている以上、ここは命のやりとりをする場であり、負けるつもりはない。
「物語はまだまだ続くのです」
読者をまとめて魅了する、輝かしき冒険譚の数々は。
「速さなら負けませんよ!」
素早く動く黒狼の速度をドラマは上回る。実践訓練で教わり、味わった師の踏みこみ。未だ至りはしないが、限りなく近い業はできると信じる。想い描く。疑わない。それが成功の秘訣だ。
ドラマの一閃を逃れた黒狼を待っていたのは、グレンの槍だった。黒狼は回避しようと動く、と見越したクロバが挟撃するように滑りこんだ。
黒狼の思考に瞬き一回にも満たない短い躊躇い。それだけの時間があれば、二人の攻撃は獣に届く。
●
「これか?」
慎重に捌いた巨鳥の腹から異物をつまみ上げ、クロバは目を細めた。
「間違いなさそうですね」
自然会話で確認をとったクラリーチェが肯定する。
「途中で川か泉を探して、洗った方がよさそうね」
「そうだな」
嘆息交じりのアルメリアに、透明感のあるピンク色の石から可能な限り巨鳥の体液を拭いとったクロバが同意する。
さすがにこのまま差し出すのは気が引けた。
「妖精さんはお目覚めですか?」
「まだよ」
枝から回収した妖精を両腕で優しく抱いているラヴが、リンディスの問いに首を振る。
それでは、とクラリーチェが片手を上げた。
「今のうちに魔物の死体を埋葬しませんか?」
「賛成だ。血のにおいで魔物が寄ってこないとも限らないし、近くの集落の住人もいい思いをしないだろう」
「面倒だが、放っておけばそれ以上に面倒か」
爽やかに笑んだグレンと、小さく息をついた世界が加勢する。
「じゃあ俺はその間に洗ってくる」
「おひとりでは危険です。私も行きましょう」
「お気をつけて」
埋葬班の六名に見送られ、クロバとドラマがその場を離れた。
妖精が目を覚ます。
「ここは……?」
見守っていたイレギュラーズが歓声を上げたり、安堵を表情に浮かべたりした。妖精は一同を見回し、ゆっくりと状況を把握していく。
「助けてくれたのね。ありがとう」
「無事でよかったわ」
「泣いてるの?」
優しい目に涙の膜を張らせるラヴの頬を、彼女の腕の中で背を伸ばした妖精が撫でる。いいえ、とラヴは静かに首を振った。
「ほら。もう失くすなよ」
「……っ、それ! 取り返してくれたの!? ありがとう、ありがとう!」
今にも泣き出しそうな顔になった妖精が、クロバから石を受けとる。ぎゅっと両腕で抱き締めた。肩が震えている。
「よかった。これであの子にお礼ができるわ」
「大切な子なのね」
「ええ。近くの集落に住んでる子なの」
アルメリアは顔を上げた妖精の涙を指の先でそっと拭った。くすぐったそうに妖精が笑う。
「妖精からの贈り物か。ロマンチックな代物だな。きっと喜ぶぜ」
「ええ!」
片目をつむったグレンに、妖精は誇らしそうに返す。
片膝を突いたドラマが妖精を見上げた。
「初めまして、妖精さん。私は幻想種のドラマと申します。お身体は大丈夫ですか?」
「ごめんなさい、名乗っていなかったわ。私はカンパニュラ。大丈夫よ、心配してくれてありがとう」
微笑んだドラマとカンパニュラが握手を交わす。
「そういえば」
魔物の死体が見えなくなった森を見回し、世界が疑問を投げた。
「門はどうした?」
「壊されたの」
「……どうすればいいんだ? 直せるなら手伝うし、新しく作れるのなら特に心配はないだろうが」
視線をさまよわせていた妖精が表情を輝かせる。
「他の妖精が開いた門を使わせてもらうわ」
「まぁ、それでどうにかなるならいいが」
「あとは集落に向かうだけだな。方角は分かるか?」
「分かるけど、ついてきてくれるの?」
クロバの言葉にカンパニュラが瞬いた。
「また魔物に襲われるかもしれませんから」
柔らかくクラリーチェが微笑する。
「ありがとう、とても嬉しいわ!」
「よろしければ道中、カンパニュラさんの御伽噺を聞かせていただけませんか?」
丁重にリンディスが申し出た。妖精は快く引き受ける。
「いいわよ。そうね、一杯のミルクと一枚のクッキーのお話からしましょうか」
集落はあっちよ、とカンパニュラが森の先を指さす。ラヴの腕の中が気に入ったのか、まだ疲れているのか、飛ぶつもりはなさそうだった。
妖精の語り、風の音。そこにドラマの囁くような澄んだ歌声が心地よく混じる。明るく賑やかな道中だ。
しばらくして視界が開け、集落が見えた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした。
カンパニュラは無事に少女と会えました。
他の妖精と合流して無事に帰ることもできたそうです。
ご参加ありがとうございました!
GMコメント
はじめまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
親愛なる隣人へ。
●目標
・魔物の討伐
・妖精の救助
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●シチュエーション
深緑内、迷宮森林の一角です。
それほど開けているわけではありませんが、視界や足元に大きな制限がかかるほどでもありません。
時刻は昼ごろ。木漏れ日がきらきらと降り注いでいます。
皆様は深緑の依頼で迷宮森林内の見回りをしている最中に魔物の気配を察知、駆けつけたところ瀕死の妖精と下記の魔物群を発見した、という状況にあります。
すぐ近くにハーモニアの集落(カンパニュラが通っている家がある集落)が存在します。
●敵
特に理由がない場合はカンパニュラを優先的に狙います。
大きな理由があるためではなく、純粋に「あの小さいのが一番弱そうだから食い殺そう」くらいの感覚のようです。
『ブラックハウンド』×6
大きめの黒い狼。
物理攻撃力と回避に優れます。
・咆哮(神特特):自分を中心に2レンジ以内の対象に怒り付与、同範囲内の魔物を活性化【怒り】【再生50(識)】
・噛みつく(物近単):【出血】
・引っ掻く:【連】【必中】
・突進:【飛】【体勢不利】
『シャドウバード』×3
真っ黒で大きな鳥。頭はあまりよくないようです。
神秘攻撃力と命中に優れます。
・暴風(神遠扇):強力な羽ばたきで範囲内に風の刃を発生させる【ブレイク】
・つつく(物至単):【連】
・弾丸飛行(物遠単):すさまじい速度で突撃する【移】【体勢不利】
・叩きつける(物近単):対象を掴んで上空から落とす【麻痺】
●NPC
『カンパニュラ』
体長30センチ程度の妖精。
いつもは夜に活動しているが、今日は少女に日ごろのお礼を伝えるため、この時間にこちら側に渡ってきた。
お礼の品は白い花弁を一枚封じた、透明感のあるピンク色の小石。カンパニュラが作ったもの。
現在、瀕死。
『少女』
ハーモニア。
名前はクリセ・ヴィード。とある集落の民家の屋根裏部屋が自室。15歳。
妖精が実在すると知ってからは、夜のもてなしのために毎朝クッキーを焼いている。
心優しく穏やかな性格。
現在、家業である雑貨屋(自宅の一階)でハーブティの調合中。
皆様のご参加、お待ちしています!
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