PandoraPartyProject

シナリオ詳細

海洋の片隅で

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「うお、でっけー! マジこれで別荘なのか! 庭で野球できそうじゃん?」
 ぽかんと口をあけたのは清水 洸汰 (p3p000845)。木々の合間から見えている建物は海洋風の立派な三階建ての屋敷だ。贅を凝らした豪奢な作りでありつつも、落ち着いた白壁の醸し出す雰囲気は周りの自然とよく調和して、見るからに居心地がよさそうだった。胸がわくわくしてきた洸汰は白い小石で舗装された道を走り出した。ザクザク音がして小さいのを蹴っ飛ばして、小気味いい感触。広いだけと思っていた庭は、近づいてよく見ると薔薇園があり東屋がある。おもいっきり遊んで疲れたら、あそこへ寝転がって涼しい風を受けながら昼寝しようか。
 興奮で顔をほてらせ、なおもスピードをあげようとした洸汰を、日向 葵 (p3p000366)が後ろからタックルするように片腕を首元へ巻きつけた。
「はいはい、ストップ。既に遊ぶ気満々モードっスけど、まずはご挨拶っスよ」
「ごあいさつぅ?」
 見上げてきた洸汰へ葵はいつもの仏頂面でうなずき返した。あいた方の手で洸汰が前を向くよう促す。屋敷の入り口には一人の女性が立っていた。一足先にたどり着いていた二人は順番に声をかけた。
「ども、はじめましてっス」
「こんにちはー! えーと、誰!?」
 その羊のブルーブラッドは口元をおさえておっとりと笑った。黒みがかった肌にむくむくした毛皮。だが丁寧に櫛を通し整えているのか、ぼさぼさした印象はない。
「うふふ元気花丸で大歓迎ですわ。私はケリー・ヒル、ケリーとお呼びください」
 バイオリンの低音のようになめらかで心地よい声が一同の耳をくすぐる。
「日向 葵。葵っス。ヨタカのツレっスわ。迷惑かけるかもしれねっスけど、よろしく頼むっス」
「オレは洸汰! 名乗りの洸汰とでも元気チャージのコーちゃんとでも、好きに呼んでくれ!」
「ええ、葵様、洸汰様、本日はよく来てくださいましたね。この別荘も華やぐようですわ」
 ジャリ……。小石が鳴った。にこやかな笑みを浮かべていたケリーがまぶたをしばたかせ、眩しいものを眺めるようにその人を見つめた。
「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」
「……ただいま、ばあや…。」
 ヨタカ・アストラルノヴァ (p3p000155)は、彼にしては珍しく、最大級の親しみを込めて彼女をそう呼んだ。彼女が身にまとっているのは黒地のワンピースにシミひとつない清潔なロングエプロン、腰には鍵束、おそらくメイド、それも屋敷を束ねるメイド長であろう。女性の年をとかく言うのは野暮ではあるが、かなりの老齢だ。しかし老眼鏡の奥の優しげな目は、常に細やかに気を配っているのがわかるし、ピンと張った背筋やしゃっきりした礼儀正しい佇まいは、彼女がまだまだ現役だと教えてくれる。
「お坊ちゃま、もしや、周りの方々は」
「……うん…俺の…大事な人たち……。」
 少し照れくさげに、けれど誇らしげに胸を張ってヨタカは答えた。
 まあ、とケリーは息を呑んだ。瞳を大きく見開き、ふたつとない宝のように全員の顔を見つめる。彼女の視線を受け、津久見・弥恵 (p3p005208)が優雅にお辞儀をしてみせた。地に触れそうな長い髪がさらさらとかすかな音とともにこぼれ落ち、白いうなじからはほのかに甘い香りが漂った。
「旅一座【Leuchten】メンバーが一人、津久見・弥恵と申します。お客様に舞を堪能していただくことを生業としております。弥恵とお呼びくださいな」
「同じく、京司。ヨタカの……なんと言うべきか、ともがら、というものでせうか」
 斉賀・京司 (p3p004491)は形のよいほっそりとした顎を覆うように手をあて、顔をしかめて視線をそらした。それが本音を漏らす時の彼の癖であることを知る者は少ない。けれど、どんなに気むずかしげに振る舞った所で、どこかしらものやわらかな雰囲気を隠しきることはできないのだ、それがステージ上で人心すら操り一時の緊張と引き換えに最高の奇跡を提供してみせる奇術師、夜乃 幻 (p3p000824)ならば、なおのこと。
 わかっていると言いたげに京司の背を軽く叩いた幻は、ケリーへ親しみやすく気さくな微笑を向けた。
「幻で御座います。お見知り置きください。お近づきのしるしに、ご用意いただいた湯気の立つティーカップから、鳩をだしてご覧に入れましょうか?」
「そいつはさすがのケリーさんも驚くかもしれないな、幻」
 言葉とは裏腹にからりと快活に笑ったジェイク・太刀川 (p3p001103)。幻の肩を抱く姿は親密でありつつも、そうしているのが当たり前と感じられるほどに自然で穏やかな眺めだった。ケリーへ顔を向けたジェイクがにっと唇を釣りあげる。
「俺はジェイク・太刀川だ、ジェイクでいい。ご想像の通りヨタカの一座のモンだ。射撃の腕前には自信があるぜ? もちろん旅の護衛ってやつにもだ、ヨタカの無事は安心してくれ!」
「…ジェイクは…頼りに…なるよ…。」
 ヨタカもひかえめかつしっかり太鼓判を押す。
「……」
「……」
「……」
「……えっと、商人……。」
 沈黙が落ちた。ヨタカがちょっと困ったふうに振り向いたので、いちばん後ろに控えていたその影は、ん?、とこくびをかしげた。
「あァ、ひょっとして我(アタシ)のことが知りたいのかい? 困ったね、聞いて楽しい話はギルドショップへ置いてきてしまったよ。そうだねぇ、最近は商人だの武器商人だの呼ばれることが多い、そのくらいかね」
 そう武器商人 (p3p001107)は答えたのだった。仲間たちの声と言葉を聞いたケリーの瞳がゆっくりと濡れていき、大粒の涙になってあふれだした。
「ああ、ようございました。ようございました! お坊ちゃま、ご立派になられましたね。こんなにもすばらしい方々に恵まれて、お顔立ちも穏やかになられて。別荘をお守りしていた甲斐がありましたわ。お坊ちゃまが本家を飛び出したと聞いて、矢も盾もたまらずに年甲斐も考えず出しゃばってきましたが、ああ本当に、すべて報われた思いですとも!」
「……そんなに泣かなくとも……。」
 それにしても、とヨタカは辺りを見回す。
「…ばあや…レオリスが……見えないようだけれど……。」
 牧場犬を引退してこの別荘へやってきた番犬、それがレオリス。老いてはいたが勇敢で優秀だった。散歩が大好きで、リードを持った小さなヨタカを守るように歩いてくれた。何かと沈みがちなヨタカの傍へ、気がつくと居てくれた、あのふさふさした大きな賢いコリー。
 ケリーは悲しげに頭を振った。
「レオリスは寿命で天へ召されました。余生を穏やかに過ごし、皆に看取られながら眠るように。裏庭にお墓がありますわ」
 眼差しを伏せたヨタカは、顔をあげて別荘を眺めた。
「……そうか…あとで墓参りに行こう……。…少しずつ…ここも時は流れていたんだな…。……ばあや…ばあやには…これからも…俺の帰る家を…守ってほしい……。」
「もちろんでございますとも。いまだ至らぬ身でございますが、お坊ちゃまがそうまでおっしゃるのでしたら、私にどんとお任せを!」
「……ありがとう…。」
 弥恵がにんまりとヨタカへ視線をよこす。
「大事にされているのですね」
「……はは…ばあやは…頼られるとはりきりがち…だから…。」
 そう返すヨタカはほんのり照れくさそうで、少し自慢げだった。


「ゆっくりしてくださいね。その間に私は夕餉の支度をいたしますわ。皆様、リクエストがございましたらご遠慮無くどうぞ」
 ソファで白い鳩と戯れていた幻が口を挟む。
「噂によれば、こちらには団長おすすめのメニューがあるそうで御座いますね」
「あらあらお恥ずかしい。もしかしてあれのことでしょうか、お坊ちゃま」
「……ん……デザートに…アップルパイ……。」
 ケリーの顔に少しだけ影がさしたのを、武器商人は見逃さなかった。
「お任せあれ、尽力いたしますわ」
 彼女が立ち去ったあと、弥恵がヨタカに声をかける。
「そんなに美味しいのですか?」
「……ん…。…ばあやといえば…アップルパイ…。小さかった俺が…悲しいことや……悔しいことがあるたびに…作ってくれた……。食べると胸のつかえがゆっくり解けて……いつのまにか機嫌が直っていた……。」
 なつかしげに笑う横顔は、とてもきれいだった。

 でも出てきたのはタルトだった。
 季節のフルーツを盛り合わせた彩り豊かなタルト。つやつやと光って見るからにおいしそう、試しに味見してみればたしかに、美味でどこか懐かしい温かな家庭の味。でもアップルパイじゃなーい。もうみんな期待しすぎて口の中がアップルパイになっていた。タルトは美味しいけれど、美味しいけれど。いま食べたいのはこれじゃなーい……。
 そんな雰囲気を察したのだろう、ケリーは身を小さく縮こまらせた。
「申し訳ございません皆様。市の品でまかなおうとしたのですけれども、やっぱりあの森の林檎とは比べ物にならず、急遽メニューを変えました」
「森?」
「ここから少し行ったところにある、少し変わった林檎が成る森だね」
 武器商人がのんびりとそう言った。
「ツインフェイスアップル。別名イン&ヤン。地中の魔力と大地の気が相互に作用した特別な環境でしか育たない。昔エヴァー・グリーンの旦那へ、ひとつ土産に持って帰ってやったのだけれど、どうしても環境が再現できなくて悔しがっていたねぇ、ヒヒヒ」
 胡乱な眼差しで京司が口を出す。
「あの人が諦めざるをえないとは、ずいぶんだな」
「諦めちゃいないともさ。しつこく研究を重ねているよ。まだまだ会心の出来には程遠いようだけれどね」
「どんな林檎なのですか」
 不思議そうにしている弥恵に軽くうなずき、武器商人は続けた。
「そうだねぇ、簡単に言うと右側が赤くて左側が青い、そういう林檎さ。日の当たり加減だとか、そんな類ではないよ。きれいに赤と青、半分に分かれているのさ。まるで光と影のようだからイン&ヤン。赤い方は甘く芳醇な香りで蜜がたっぷり、例えるならドレスをまとった貴婦人。青い方は無垢で清らかな乙女のごとく、心落ち着く芳香、蜜は控えめだけれど、しっかりと芯まで果肉が詰まってカリリとした歯に心地よい食感」
「そのツインフェイスアップルが、ヨタカの思い出のパイに必要不可欠なわけっスね? 時期的に収穫ができないんスか?」
「そういうわけではないのですよ、葵様。じつは、森にクマが棲みついてしまったのです」
「クマ」
 なんか、やーな思い出が一部のメンバーの脳裏をよぎった。……非戦、とは。
 ジェイクが重苦しい吐息を落とす。
「『穴持たず』かもな。冬眠に失敗したクマかもしれねえ。腹が減ってたまらないものだから攻撃性も凶暴性も普段とは比べ物にならない。熟練の猟師であればあるほど恐ろしさを熟知している相手だ」
「ええ、それに、クマは雑食。飢えに苦しめば枯れ葉まで食べると聞きます。そのようなクマにとって、ツーサイドアップルはご馳走で御座いましょう。クマは知能が高いので、一度美味を知ると餌場を奪われまいとさらに凶暴になるとか」
 ジェイクの言葉を幻が受ける。
「お二人のおっしゃるとおりですのよ。それに、とても毛色の変わったクマで、肉にはさして興味を持たず、もっぱら林檎を食べてばかり。地元の猟師が毒餌を撒いても、つついただけで興味も示さなかったのですって。このままでは食べ尽くされるかもしれませんわ……」
「え、困る。アップルパイ食べたいのに!」
 洸汰が机をバンと叩いて立ち上がった。
「私も皆様へご馳走したいのですけれど、どうにも毛色の変わったクマでして、ローレットの依頼書をどう書くかですら、ああだこうだとまとまらない始末なのです。どこかから流れてきたらしく、この辺では見かけない変わった毛色の大柄なクマです。深追いこそしてこないものの、林檎の森へ立ち入るなり襲いかかってくるので近づくこともままならないのですわ」
 ヨタカが立ち上がった。片方だけ見えているその瞳には、強い光が宿っていた。
「…依頼など出さなくとも…俺達が…ここにいる…。…林檎の森から…クマを追い払えばいいんだな…。……やってみせるよ……。…俺も…ばあやのアップルパイが食べたいから……。」
「お坊ちゃま、皆様、どうかお気をつけて。とにかく毛色の変わったクマですので、お怪我だけはなさいませんよう」
 んー、と人差し指を頬へ当てていた葵がケリーへ向き直った。
「ひとついいっスか? さっきから毛色が毛色がと言っているけれど、もしかして見た目も特徴的なクマなんスか?」
 ええ、とケリーはうなずいた。

「白と黒なんです」
 

GMコメント

森のクマさんをなんとかしてみんなでアップルパイを食べよう。
おまたせしました。すきにかいてよいとのことでしたがすきにしすぎたかもしれない。少しでも楽しんでいただけると幸いです。

森のクマさん
 突進 物中貫 ダメージ大 万能 移 飛 必殺
 咆哮 神特レ 自分中心にR2の相手へ ダメージ中 識別 麻痺
 もぐもぐタイム HP回復大 BS回復高

ツインフェイスアップルの森に居座っている流れ者の白黒クマさん。
高FB、しかしそれをはるかに上回る高CT、機動力6、非常にタフと、まともに戦うとかなりの強敵です、が。じつは住処にあった大好物が一斉に枯れてしまい、別の住処を探しているうちにおなかぺっこぺこになっちゃって、ようやくたどりついたのがツインフェイスアップルの森でした。最初の3ターンは空腹で正気を失っていますが、皆さんがあるものを用意してあげると、おとなしくなり人に危害を食わえなくなります。ちなみに、あるものは皆さんが必要と判断した十分な量を用意できるものとします。

クマさんがおとなしくなれば、林檎もぎほうだい。ケリーさんにアップルパイを作ってもらいましょう。メインはこっちです。温かい紅茶と焼きたてアップルパイを食べながら楽しくおしゃべりしましょう。

もし余裕があったら、クマさんの今後のことも考えてあげてください。

余談
ツインフェイスアップルの元ネタは古い版の白雪姫です。
悪い王妃は美味しそうな赤い部分へ毒を仕込み、自分は害のない青い部分を食べてみせて、白雪姫を騙したという筋書きでした。子供心に、うまいことやりやがったな! そう感心したのを覚えています。このシナリオの林檎にはもちろん毒は入ってませんので安心してお召し上がりください。

  • 海洋の片隅で完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年03月15日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヨタカ・アストラルノヴァ(p3p000155)
楔断ちし者
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
清水 洸汰(p3p000845)
理想のにーちゃん
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
武器商人(p3p001107)
闇之雲
斉賀・京司(p3p004491)
雪花蝶
津久見・弥恵(p3p005208)
薔薇の舞踏

リプレイ

●誰も知らない
 清潔でくつろげるレストルームの一角、化粧直しの鏡の前で、幻は独り、籐の椅子に座り顔を覆っていた。心の動揺そのままに深く荒い呼吸。時折嗚咽をこらえるかのように震える肩。
(何故ですか。何故ですかジェイク様。何故捨てたはずの僕の肩を抱いたりなどしたのですか。もしかして、などと思ってしまったではありませんか。もしかしてあれは虚言で、まだ僕を求めてくださっているのではないかと愚かな僕は。僕は。僕はもはや路傍の石、いいえきっと、その下に潜むひねこびた虫ケラ。ジェイク様、それでも、僕は今でも、愛……)
 ノックの音がした。幻は飛び上がりそうになった。急いで鏡の前で笑顔を作る。大丈夫、まだ笑える。幻はレストルームの出入口へ向かった。扉越しにもわかる気配。
「どうした幻。遅いから具合でも悪いのかと思ったぜ」
「……ジェイク様。僕を、心配、してくだ」
「同行者として当然の義務だ」
 ギロチンが落ちた。そんな気がした。幻はゆっくりとレースのハンカチで目頭を押さえ、零れ落ちそうになっていた雫を吸わせた。とうに枯れたと思っていたはずが、まったくどこへ残っていたのやら。いっそ自嘲したかった。せめて奇術師らしく笑っていたかった。幻は深く息を吸い、いつもの声のトーンを保った。
「ここは乙女の楽屋で御座います。種も仕掛けも支度中で御座いますので野暮はなさらないでくださいますか」
「そうか」
 重い足音が遠ざかっていく。
(ジェイク様、僕はもう、泣けばいいのか笑えばいいのかわかりません……)
 愛しいは、かなしいとも読む。

●くまさんくまさんどこいるの?
「……笹…で…いいんだよな? ……あまり、美味しそうには見えないが……。…ばあやが「どんとお任せを!」と…すぐに取り寄せてくれたけれど…本当にこれで問題ないのだろうか…?」
 ヨタカはうーんと眼の前に山と積み上がった植物を見つめた。細長くて薄っぺらい葉っぱに、硬い上にあんまり食べごたえのなさそうな茎。量は荷馬車にして五台分はあるだろうか。(…はりきりすぎだよばあや…。)ヨタカは内心つぶやいた。ガサガサと笹をまとめていた京司が振り返る。
「三人寄れば文殊の知恵、ましてやこのメンツの予想が外れるとは思えない」
「ああ、京司の言うとおりだぜ。ここは胸張っていこうや」
 ジェイクは軽く自分の胸を叩いてみせ、そこでじくじくと疼く痛みを無視した。これはあの滅びの海が呼ぶ病なのか。それとも……。
(幻)
 気付かれないように、ジェイクは幻を視線で捉えた。超視力を持つ彼には訳もないことだ。別荘を出た頃から幻はとりすました微笑を浮かべてはいるが、同性の弥恵と会話するふりをしながら自分から隠れているのがわかる。
「……」
 そうさせたのは自分だから、ジェイクはあえて素知らぬフリ。
「ジェイク」
 いつのまにか葵が立っていた。葵は明日の天気でもするような口ぶりで言った。
「なんか無理してねっスか?」
「そう見えるか? 見てのとおり体調は万全だぜ」
「たしかに言うとおりっスよ、エースストライカーの勘ってやつっスかね」
 葵は正面から大柄なジェイクと視線を合わせた。
「ま、なぁんもねぇんならオケっスよ。ただケガされると心配にするっス。オレは自分を特別だなんて奢ったことは思いもしねぇっスけど、それでもちょっちくらい信用してくれていいっスよ、サッカーはチーム競技っスから」
 さらりとそう言うと、軽く手を振って葵は離れていく。
(あいつくらい度量が広けりゃ、俺はもっと違った道が選べたのかもな)
 度胸と器用さが売りのはずなのに、幻が相手になると調子が狂う。だけど、やったことは済んだこと、とかなんとかある世界から来た劇作家も言っていた。このさきの時間をどう過ごすべきか、それはジェイク自身が決めることだろう。
 それにしても……と、武器商人が腕を組む。
「ここまで香りが漂ってくるとは、さすがツインフェイスアップルだねぇ。これは手土産にせねばエヴァーグリーンの旦那に恨まれそうだ」
「やっぱ林檎の香りだったのか、すげー、森の中入ったらどうなるんだ。楽しみだな! くまもオレ達も美味しい楽しい気持ちになれるように、皆で頑張ろうな!」
 洸汰のセリフに弥恵はキリッと表情を引き締めた。
「ええ、森のくまさんというには些か危険ですけど、このまま放置しておけばそれこそ命を奪って駆除する事になりかねません。今のうちならまだ何とかできるかもしれません。やれることはやってみましょう」
 そして力強く一歩踏み出し。
「ひゃあ!」
 枯れ葉ですべってころんだ。

 森の奥へ奥へ、先頭を慎重に進んでいく洸汰、それに続く一行。不思議な森だった。葉っぱは枯れて茶色いのに、みずみずしいツインフェイスアップルが鈴なりになっている。やがて、くまがみえた。腹が減っているのか見るからに不機嫌だ。時折つまらなそうに両足で立ち上がり、林檎を採ってかじっては「これじゃないだよなあ」そんな顔をしている。放浪の結果だろうか、ずいぶんと薄汚れていた。
「白と黒って話だったっスけど、これじゃ黄色と灰色っスね」
 葵がつぶやく。ふんふんとあたりを見回していたくまがこちらに気づいた。
「グオオオオオオオ!!!」
 威嚇の声が響くなり、くまはこちらへ向けて突進してきた。
「手荒い歓迎だねぇ。もうすこし優雅にというのは畜生には酷であろうかね」
 地を蹴った武器商人がくまの正面へふらりと。「紫月!」思わずヨタカが声をあげる。だが武器商人は気にもとめず突進を体で受けた。その突撃の威力に押し負けたのか、ずるずると後退していく、が……。
「キャハハッ!」
 場違いにけたたましい子供の笑い声。くまがうなり、壁を前にするかのようにぐりぐりと頭を押し付けている。武器商人は人差し指一本でそのくまの頭を抑えていた。正確に言うならば、くまの頭と指先には10cmほどの距離があり、その中間では黒い蝶のような不定形な影が踊っていた。
「ルンシ?」
「……ルンシ」
「ルンシ!!!」
 誰が言ったか、ルンシつえーな! みんなの心がひとつになった瞬間だった(武器商人除く)。
「なんだいキミたちヒトをバケモノみたいに、あんな低級と一緒くたにしないでおくれ。ここでがんばって通せんぼしてる我(アタシ)の影にも失礼だと思わないのかい?」
「ふはっ、はっはっは、いやいやさすがは武器商人だぜ。さあ、くまさんくまさん、俺の銃弾くらってみねぇか? そのでかすぎる図体じゃ、目を閉じてようと余裕だぜ!」
 ジェイクが腹の底から口上を叩きつける。くまはあっさりひっかかり、血走った目がジェイクを向いた。そこを武器商人がすかさずかばう。ひきつけは完了、いいスタートだ。ひきつけ役の二人を除くイレギュラーズは散会した。
「トーキョーのウエノで見たやつそっくりだなー。腹ペコで辛くてイライラすんのはわかるけど、ちょいっと我慢してあいつらみてーにおとなしくなってくれよっ!」
 一歩くまへ近づいた洸汰は、万が一くまの標的が仲間へ向かないよう身を挺する腹だ。例えるならピンチヒッター、パンドラ収集機でもあるバットでバントの構え。守りの姿勢。
 その後ろで戦場を睥睨したのは弥恵、先ほどまでのほんのりゆるい雰囲気はどこへやら。ギラギラ光る刃物のような、それでいて触れなば落ちんと思わせる危うさ。鍛え抜かれた舞手の肢体だけが許される柔らかなライン。とんとステップ、洸汰達を巻き込まないよう気をつけながら広げる腕、広がる音色、風の精霊も魅了され歌声をあげる。それが最高潮に達した時、弥恵は踊りだした。
「月に叢雲、いりませぬ。華なら添えてさしあげましょう」
 生唾を飲みたくなる色香と、天真爛漫な笑顔、誘う仕草、無垢な瞳。相反する魅力が林檎の芳香とまじりあいくまを包みこむ。くまは前足で目を押さえ「目が目がー」みたいに体をくねらせた。
「やー、悪い悪い、ほんと悪いわーオケツへ失礼するっス」
 枯れ葉の絨毯をざっと蹴り上げ、葵は人を食った笑みを浮かべ、勝利と栄光の名を冠したサッカーボールを地面へしっかりと固定。尻なら脂肪が分厚くて、ダメージを与えることはできても致命的なことにはならないと踏んだのだ。狙いを定め、ホップ、ステップ、シュート。舞い散る枯れ葉、しろがね流星。オーラをまとったボールはごうとうねりを上げくまの尻へささった。ぼよん。ボールが跳ね返り、くまは痛そうに地面の上を転がってぎゃごぎゃお喚いている。だだっこみたいだ。
「回復はするから、ちょっとやられておいて」
 なんてステキなセリフをぽんと吐いたのは京司。有言実行。あまり傷つけるのもこの後のことを考えると……。横目でそう考え、視線を戻すと、まずは己を神子と為し略式の神事を執り行う。
「くっ」
 反動の痛みをこらえれば喉の奥からぬるりとした感触。指で舌先を確かめればそこには赤い液体。京司はそれを紅代わりに唇へ引いた。
「家告らせ名告らさねそらみつ此方の国はおしなべて吾こそ居れしきなべて吾こそいませ」
 メガ・ヒールの温かな光がくまを取り囲んだ。痛みが消えたせいだろうか、くまは落ち着いてきた様子だった。怒りも解けたのだろう、くまは不思議そうにイレギュラーズたちを見回した。
 幻が涼やかに微笑み、おいでおいでと手招く。
「ご足労願います、大切なお客様。お客様にお喜びいただくべく最高のものを用意しました」

 森を出たくまは笹の山に狂喜した。洸汰が用意してくれた清水をがぶ飲みし、笹をもっしゃもっしゃ食べている。
「おい、くまよ」
 ジェイクが話しかける。いまの彼なら動物とだって交渉できるだろう。
「この笹はとある場所から持ってきたものだ。笹はお前にとっての大好物だろ? 本当は林檎よりも笹が好きなんじゃないのか? もしよければ、大量に笹が生えている場所にお前を連れて行ってやるがどうだい? 毎日お腹いっぱい笹が食べられるぞ」
「がお」
 ジェイクはふむとうなずき、真面目な顔で仲間へ伝えた。
「「やったあ、いく」だそうだ」
「う、うん。すなおだ……」
 京司が若干ひきつっている。
 普通はここまでクリアな意思疎通はできないのだが、どうやら特に知能の高いくまさんであったようだ。もしかしたらウォーカーなのかもしれない。ただの熊が混沌肯定Lv1で力を得たはいいもののというやつか、いかんせんこのありさま、空中庭園の彼女の苦労が容易にしのばれる。
「好事家の貴族のところへ行くか? おめえならどこでも喜んでもらえるんじゃないかと思うぜ」
 くまの返事を翻訳するジェイク。
「「ささがあるならどこでもいいけれど、いくつかじょうけんがある」」
「…たとえば…?」
「「おりにとじこめられるのはいや」だそうだ」
「それは誰だっていやじゃね? もしかして流れてきたのはそれが理由? 脱走したとか?」
「「あたり」だとさ」
「イエイ! オレ天才! ジーニアスゲーム!」
 洸汰がばんざいしながらぴょんと飛び上がる。くまはまだ何か言っている、がおがおぎゃおりら。ジェイクが続けた。
「「できればひろいにわがあるようなところがいい、それからかんたんなおしごとがあるとなおいい。むかしのすみかはひますぎた」と言っている」
 京司が腕を組んだ。
「わがままだな」
「くまですしね」
「知能が高いのも問題で御座いますね」
 あきれた顔の弥恵の後ろで、幻もジェイクへ聞こえないようぼそりと言い添えた。
「「もしそんないいところがあったらちょっとくらいおなかがすいてもがまんする」ってことだ。義理堅くはあるようだぜ」
(…ん…?)
 ヨタカはふと思った。いつでも笹が用意できる裕福な貴族、別荘だから人里からは離れている、広い庭もあって、ある程度おしごとできる……そういえば番犬がいなかったな……。
「…うち…来る…?」

 交・渉・成・立

●アップルパイ
 別荘で泡もこもこになって洗われたくまさんは、きれいな白黒に変わった。
「…今日から…ここが……そうだな……林檎の森にいたから…アプフェルにするか…。…ここがアプフェルの家だ…。…ばあや…ケリーが…主人だ…。…もしも…ここが落ち着かなければ…好きに旅へ出ればいい…。…けれど…もうヒトは襲うな…それと…ここに居るうちは…しっかり…守ってくれ…。」
 くまさん改めアプフェルは大きな体全部を使ってうなずいた。

「皆様おまちどうさま! さあ、お坊ちゃま、皆様、ばあや自慢のアップルパイをご用意いたしました!」
 ケリーが大喜びで大ぶりのアップルパイを切り分け、一同の前へ並べていく。
 さく。
 最初になだれ込んできたのは芳香だった。華やかで目を見張るような圧倒的な甘美が息をすることすらとまどわせる。そこへとろとろの蜜になるまで火を通された林檎の赤い側の実が、爆発するかのように舌の上で熱をもって踊る。しゃくり。口中のものを、もう一度噛めば今度は、痛いくらいじゅわっとうまみが広がる。パイ生地の上に重ねられた青い側の実の快い歯ざわりが、ほろほろと崩れゆく生地を縫うように支えている。噛むたびに林檎の二つの顔は口内で調和していく。まるでお互いに手を取りあい踊りあうも、なかなかステップが合わずにいたふたりが、やっと呼吸をそろえることができたかのように。その頃には、ばあや手作りのパイ生地がじわじわと存在感を発揮し、パンチのある林檎へ素朴なまろみを加え、味の広がりを助けて魅力を最大限に引きだしていく。そこへあっさりとした紅茶。口内が浄められ至福だけが残る。
「……美味しい。初めて食べる味だけれど、美味しい……!」
 京司は思わず声を出した。一口食べた幻などあまりの美味に呆然としている。
「こ、これは……。たまに食うくらいであんま見向きはしなかったけど、コレはマジでうめぇな。あ、そうだ。このパイとよかったらあのタルト、陽への土産にしたいんスけど、持ち帰らせていいっスか? お礼に、そうスね、得意のリフティングとかどうっスかね?」
「もったいないお言葉! ええもちろんご用意いたしますわ。葵様のリフティング、ぜひ私も拝見したいですからね」
 茶目っ気たっぷりにウインクするケリー。
「それでしたら私の舞も御覧ください。ヨタカ様のサーカスのすばらしさを見ていただきたいのです」
「まあまあよろしいのですか、私も内心気になって気になってしかたありませんでしたの」
 ケリーは弥恵の提案にも食いつく。大事なお坊ちゃまのサーカスが見たくてたまらないようだ。それもそうだろう、彼の成長の証なのだから。向かいの席では洸汰が大きく切ってもらったアップルパイへかぶりついている。
「うれひー、はふはふ、シナモンたっぷり、んんん、うんめぇー! あちあち、はふ! おかわり!」
「どうぞどうぞ。小ぶりなのを追加で焼いてまいりましょうか?」
「いいの!?」
 紅茶もうめーとごくごく飲む洸汰。ジェイクはそんな彼からはじめてひとりひとりを穏やかに眺め、思った。
(……旅一座の面々と過ごすのは、これで最後かもしれねえ)
「美味いなこいつは、ははっ、泣けてくるほどだぜ」
 ジェイクは目元を覆い、パイの残りを口へ押し込んだ。そして顔を払うと、既に彼はいつもの自信あふれる瞳に変わっていた。
「ありがとう、美味しかったぜ。アルバニアとの決着がついたら、またアップルパイをご馳走してもらいたいぜ」


 皿は空っぽ。満足してヨタカが言う。
「……ああ…これだ…これが俺の食べたかった…アップルパイだ…。」
 それを耳に部屋を辞すと、ケリーはそっと目元を拭った。うれしくてたまらなかった。そんな彼女を呼び止めるモノがいた。
「ケリーの方」
「はい、武器商人様。御用でしょうか?」
「あァ、ふたつほどね。まずひとつは、帰るかもわからぬ者の為に捧げた君の献身はこの上なく美しい。ヨタカの安息の場所を守ってくれてありがとう、美しいお嬢さん。それからふたつめは……出ておいでおまえ」
 半開きだった扉の影からヨタカが姿を現した。
「…ばあや…その…。」
 ヨタカは武器商人の袖をつまんだ。
「……おれのだいじなひと……。」
 ケリーは顎が落ちんばかりに驚いた。まあ、まあ、とだけくりかえしている。その顔がゆるゆると喜色に染まっていく。
「おめでとうございますお坊ちゃま! ご本家はもちろん親戚全員へ写真いりハガキで知らせませんと!」
「……ごめん…そういうのはこっちでやる…。…というか…俺がどうしてここへ来たか忘れたの…ばあや…。」
「はっ、申し訳ございません。そうですわねえ、それではお坊ちゃまの光と幸せをお祈りくらいはさせてくださいね」
「…ん…。」

「なーんだそういうことだったのかー」
「隠し事はよくないですよ団長?」
「そうっスよ」
 ひょこっと仲間たちが顔を出す。
 幻は口元を押さえ、おめでとうございますとだけそっと言った。うつむいているので表情はわからない。穏やかな中へ苦いものが混じって見えるものの武器商人とヨタカのことは祝福しているのだろう。
「よかったな、おふたりさん」
 ぽんとふたりの肩をたたき、ジェイクはにやりと笑ってみせる。
「ん、幸せになれ。義務だぞ」
 京司も加勢した。これは逃げられない。ヨタカと武器商人は番の笑みを交わした。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

リクシナありがとうございましたー!
あとおめでとうございまーす!

みんな仲良しだといいな、そう思いながら書かせていただきました。
ケリーさんもいい人だなあ。すてきです。
アプフェルの今後はリプ内へあるとおりですので、お好みで設定してください。アプフェルは頭のいいくまさんなので言いつけはきちんと守るでしょう。
それから、ガンマンと奇術師のおふたりさんはがんばって、超がんばって、応援してます。

お楽しみいただけたなら幸いです。またよろしくお願いします。

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