シナリオ詳細
<バーティング・サインポスト>魔種よりの強要、あるいは捻ねくれた激励を受けて
オープニング
●未知の島にて
南東の水平線上に浮かんだ島影は、遠目からでも黒々と大きく横たわっていた。数多の命を呑み込んで育った『絶望の青』――嫉妬の冠位魔種アルバニアによる廃滅結界に覆われた海域。あたかもその中でただ一点、安寧の地がここにあると示すかのように。
けれども22年ぶりの海洋王国大号令によりこの海へとやって来た船団の中に、突如として姿を現した島が楽園だなどと楽観的に信じる者が、はたしてどれほど含まれていただろうか?
確かに、この大型の島を寄る辺なき海にて橋頭堡とすることは、次第に補給のための転進時間すら惜しくなりかけはじめていた海洋軍にとって、半ば願望に近い希望だと言えた。一方でこの海を支配するのは、そんな一縷の希望を手にできる者がいることさえもを許してはおけぬ、嫉妬に狂う魔種どもなのだ。彼らの羨望の眼差しが、この島を見過ごすはずもない。この新天地を『アクエリア』と名付けて上陸を試みる者らを妨げて、引きずり下ろし、踏みにじるためならば、如何なる労苦も惜しみはしない。
今、島を回り込み、南東に位置するひとつの入江に向かった上陸部隊は、そんな魔種らによる奇襲攻撃を受け潰滅の危機に頻しているところだった。
辺りには妬みの歌声が憎々しげに満ち、慌てて外洋へと逃げ帰らんとしたならば、魚類の狂王種(ブルー・タイラント)どもが行く手を阻む。
「撤退だ! 狂王種どもにぶちかましてやれ!」
「無理だ! 俺たちだけじゃどうにもならない……!」
怒号と悲鳴の入り混じる彼らの命の綱は、同乗していた特異運命座標たちばかりだったろう。魔種により操られた狂王種を撃破して、一隻でも多くの船を入江の外に帰す……そんな望みを託した水兵たちが外洋方面に見たものは。
「海賊船だ……!」
あたかも入江の出口を塞ぐかのようにゆっくりと前身を続ける船のマストには、どことなくひょうきんながらもおどろおどろしい蛸髑髏印の帆!
「クカカカカカカッ! 誰が敗走なんて許してやるかよ!」
自ら見張り台の上に立つ白銀の鎧の船長は、腕の動きひとつで骸骨船員たちに合図した。次々に放たれる大型の砲弾が、上陸船団の目の前の海を目がけて落下する!
「もうダメだぁ! 狂王種を倒してもあの船にやられちまうんだぁ!」
「死ぬなら廃滅病でとばかり思ってたのに、その前にこんなところで終わるのか!」
悲鳴を上げる水兵たち……けれども特異運命座標たちの中に辺りの様子を冷静に見定めている者がいたならば、海賊船長がゆっくりと掲げた手旗信号に気付いたことだろう。
『シ・エ・ン・ス・ル ブ・チ・ノ・メ・セ』
次の瞬間……海面に突き刺さった砲弾は、入江の出口を封じる狂王種たちを次々に肉塊へと変えた。それを海賊船から伸びてきた触手が貪り尽くし、海はあっという間に血の色に染まる。
さらに……第二弾! 今度は砲弾は森へと向かい、部隊の上陸をを阻んでいた鳥類の狂王種たちが悲鳴を上げる!
「クカカカカッ! ほうれ、奴らの拠点は左の崖上に隠された小屋だ! あそこに潜む姑息な嫉妬狂いの息の根を止めてやれ!」
かつての特異運命座標――そして今や魔種と化した『蛸髭』オクト・クラケーン(p3p000658)は、自らの船上でにたりと嗤う。
全ては自身と、自らの船の下の触手の主たる義兄弟スクイッドの悲願、『絶望の青の向こう側』を獲るために。
そのために、たとえ不倶戴天の敵たるローレットと手を結ぶことになろうとも。
- <バーティング・サインポスト>魔種よりの強要、あるいは捻ねくれた激励を受けてLv:15以上完了
- GM名るう
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年03月20日 23時15分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●契られた共闘
砲弾の嵐が水面を掻き混ぜたなら、『黒翼の裁定者』レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)の背の両翼は濡れ、本来の黒みをますます増した。
急かすよう、次々に天へと打ち上げられるオクトの意志。その対価が此度の勝利のみで十分なのか、はたまた別の代償を求められるのかまではレイヴンには読めぬ……が、たったひとつの今目指すべきものだけは、瞳に捉えて離さずにいる。
あの小屋だ。小屋は左手の崖上にひっそりと佇みながら、悲鳴を上げて狂王魚らに悪戦苦闘している上陸部隊を悪趣味に見下ろしている。その内より狂気に彩られた歌声を響かせて、狂王種たちを憎悪に駆り立てながら。
『ソ・ウ・ダ ヤ・レ』
水平線上の魔種船長からの手旗信号がけしかける。息子は――『蛸髭 Jr.』プラック・クラケーン(p3p006804)は悪態を吐く。
「……へっ、似合わねぇったらありゃしねぇ! すっかり指揮官気分なんぞに浸りやがってあのクソ親父!」
ここはオクトの予想を遥かに超える鮮やかな解決法で、彼をあっと驚かせてやらなくちゃならないに違いなかった。
「一丁、頑張りましょう! 皆さん!!」
プラックが皆へと呼びかけたなら、シニカルな笑みを浮かべて『濁りの蒼海』十夜 縁(p3p000099)が崖上を指す。
「早いとこアルバニアを引っ張り出してぇのはお互い同じってわけだ。向こうがこっちを利用するつもりなら、俺らも有難く向こうを利用させて貰わねぇとな」
いつまでも雨あられと降り注ぐ強欲の砲弾。けれどもそれらが真に目指しているものは、冠位嫉妬なんぞではないように縁には見えた。
所詮、アルバニアなんぞは道中の障害物のひとつ。そんな風に言ってるように思えるオクトの旦那の意志は、魔種と化した今だって、縁が羨ましくなるくらい豪快で真っ直ぐだ。そして、強引だ。
そうだ……遣り口は多少は悪どくなったかもしれないが、相変わらず強引なんだ――その“相変わらず”という形容がどれだけ稀有であることかと考えてみれば、『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)だって何かを感じずにはいられない。過去に彼女が出会った魔種どもが、ほとんどが力に溺れ先鋭化しただけの、つまらない輩になっていたことを思ったならば。
きっと好機なんだ、と『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は喜んで、あのタコめやりやがった、と『鳥種勇者』カイト・シャルラハ(p3p000684)は額に翼を当て天を仰いだ。それがどんな形であったとしても、魔種が自らこちらに要求した約束を違えずに、こうして戦いの節目に現れて、力を貸してくれていることだけは確かなのだから。
「俺だって海の男だ、海の男は約束を違えたりはしねえ」
たとえ強いられたものだったとしても、一度は了承したものを反故にしたいなどとはカイトは思わない。それはスティアも同じであったらしくて、普段より少しばかり真剣な顔つきで、ぎゅっと胸の前で拳を握る。
「うん、一度口にした約束を、違えるわけにはいかないよね……期待に応えられるように頑張らないと!」
「噂に聞きし蛸髭海賊団! 壮観なるかな!!」
あちらも文字通り決死なのであろう凄まじい攻勢を仕掛ける蛸海賊船を一度振り返り、『名乗りの』カンベエ(p3p007540)は心躍らせたかのように感動を言葉に出した。そして、更なる呼びかけへと繋げてゆく。
「……ウッハハハ! さあ行きましょうか! これほど頼もしい後ろ盾はありません!」
……が、最初の言葉と次の言葉の間にあった僅かばかりの躊躇いを、『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)の聡い耳は聞き逃しはしなかった。ああ――反転して袂を分かった元仲間との共闘なんて、そりゃあそう簡単に納得なんてできねえだろうさ。
それでも、今は納得“しなくちゃいけねえ”。カンベエの迷いをぶった切るかのように、グドルフもその大声を張り上げる!
「オクトが海に居る狂王種どもを引きつけているうちに、クソ魔種野郎をブチのめす! 行くぜ、ついて来な!」
●命がけの登攀
カイトの操る『紅鷹丸』改の上では、レイヴンが大きく翼を広げ、いち早く崖下の岩場に向けて飛び出してゆくところだった。
水面上すれすれを翔けてゆく彼を、狂王魚らが喰らわんと欲する。けれども海面上へと飛び出そうとする彼らの尾鰭を、巨大な蛇の頭が噛みついて引きずり戻す。
もしや、あれは。
『ガンスリンガー』七鳥・天十里(p3p001668)の両手の中に、“あの時”の感触が蘇ってきた。確かに当てたはずの『夕暮れ』と『チープ・ブック』の二丁拳銃の銃弾は、彼――オクトの義兄弟にして彼を“呼んだ”主、スクイッド・クラケーンに止めを刺し損ねていたのか。
まー、過ぎたことは考えなくていいや。
たとえそうだったのだとしても、今は気にする必要はなかった。かつては倒さねばならなかった敵も、今はこうして力になってくれている。もし、またいつか銃弾を撃ち込まねばならぬ日が来るのなら、その時に以前の続きをすればいい。
だから以前はスクイッドに生死の危機を彷徨わせた銃弾が、今は大空を覆う狂王海鳥たちへと向かい、次々と海へと叩き落としてレイヴンに群がらせなかった。さらに――天からは燃え盛る火球。『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)の聖なる祈りが、邪なる意思に囚われた鳥たちを業火にて包む!
その後、リゲルはただ一度だけ、長い、姿勢を正した敬礼をオクトへと向けた。
再びこうして彼と出会ったことで、一度は諦めたはずの彼との別れが、きっとまた名残惜しくなってしまう。
すると……魔種船長もリゲルに向き直り、同じようにたったひとつの敬礼を返す。なんてことをしてくれるんだ……だが、リゲルは振り切らねばならない。今、彼に許されているものは……前だけを見て進むことだけなのだから!
一方で狂王海鳥たちはいまだに諦める素振りなど見せず、辺りを旋回しながら『紅鷹丸』改と特異運命座標を狙おうとし続けていた。彼らは、その時眼下の海底に朧げに浮かんだ、大型の魔法陣の存在にはたして気付いただろうか?
水面に、激しい飛沫が上がる。そして鎌首をもたげた8つの蛇頭が、8本の高圧水流にて鳥たちを断つ。今度はスクイッドの触手ではなかった……レイヴンの召喚せし『ハイドロイド』だ。
狂王種の群れの中にぽっかりと生まれた頭上の穴を、レイヴンは口許を黒いボロスカーフで覆ったまま凝視していた。
小屋からは、嫌な臭いが随分と漂ってくる。魔種の呪いだという廃滅病が、実際のところ布切れ一枚で防げるものかは定かではない……が、それが『決して廃滅病に罹ることなく無事に戻る』という決意を強めるのに役立つことは、ヘイゼルだって同意するところだ。
(こんな処で躓いてはいられませんからね)
安心のためではなく決意のためならば、それは真に呪いに抗う術となるだろう。コートのフードを、顔を隠すかのように巻きつけた。それは回復役として皆を支えねばならないヘイゼルが、魔種に嫉妬されいち早く倒されることを防ぐための仕掛けでもある。
指輪に巻き取られた魔力糸と自らの魔力を調和させ、次に起こるだろうことに備えて準備しておく。すると山賊がその中から魔力を掠め取り、どこで学んだか天義流の術式にて我が身に宿すと……背負った謎の装置のスイッチをONにする。
ぎらり、とグドルフの双眸が苛烈に輝いたのと同時、特異運命座標たちからの猛攻が始まった。
「全力で敵を倒しにいくぞ!」
リゲルの掲げる剣の先、火球はますます激しく鳥たちを焼く。幾らかは直撃を受けて翼を炎に包まれ、けれども幾らかは辛うじて避け、憎々しげに岩場の上の人々を睨む。
が……彼らまで焼かれるのも時間の問題だったろう。『紅鷹丸』改からは別の炎が、まるで竜巻のように彼らへと立ち昇ってゆく。その中で燃えているのはカイトの鷹の羽根。堪らず海鳥たちが悲鳴を上げれば、彼らを、怒涛の三角波が丸ごと押し流す!
「水が欲しけりゃくれてやらぁ! どっからでもかかってこいやぁ!」
プラックの張り上げた声は魔種への挑戦で、三角波は彼の義憤が形を帯びたもの。解ってる……本当に魔種と狂王種ら相手に戦えば、無事で済ませる自信なんてないことを。狂王鳥どもにぶつけた波だって、使いこなせてたなんて言い難い。頭ン中はクソ親父と死兆を受けた仲間たちのことばかりでぐるぐるだ。
それでも――。
それらを全部背負い込んだ上で、絶対、絶対に勝利を手に入れてやる。ああそうさ、そんなの、いつも通りのプラック・クラケーンだ。見やがれクソ魔種、この燃える輝きを。俺はお前が持ってないモノを、何でも全て手に入れてやるんだ!!
そんなプラックに魔種が嫉妬したのか、いまだ辛うじて空に残ったままだった狂王海鳥たちは、揃って彼へと視線を集中させた。
今だ……グドルフは装置のダイヤルを最大に設定。直後……。
「う、お、お、お、お!?!?」
凄まじいGが老骨の全身を軋ませる。
それははたして登攀か? 否。
ならば、飛行だろうか? いいや。
人は、より相応しい動詞を知っている。それはすなわち……『射出』であろう!
「しゃらくせえ! こんなもん、気合いッだああああ!!!」
●憎しみの歌声
頭上で凄まじい衝突音が響いたのと同時、あれほど暴れていた周囲の狂王種たちが、我に返ったかのように大人しくなったのが特異運命座標たちには見て取れた。原因が――共に堕ちるところまで堕ちようと囁きかける、狂王種らを魅了する魔種の歌声が止まったことが判るのは、入江周辺にこだました破壊の物音が過ぎてからすぐのこと。
「随分と無茶な登り方をする」
呆れるレイヴンの口許には微かな笑みさえもが浮かんでいて、翼もないというのに一歩間違えれば崖よりもさらに高いところから真っ逆さまに墜ちる選択肢を選んだ男が、どうにかレイヴンの尻拭いを必要とせずに済んだらしいことに安堵していた。自分は漆黒の翼にて悠々と舞い上がり、辺りの様子を覗い見れば、どうにも面白くなさそうなグドルフの声。
「──随分なボロ家だぜ、奪うモンなんざロクにありゃしねえ!」
だから代わりにてめえの命を奪ってやると挑発する。応えるように、新たな憎しみの歌声が開始する。自らの死の宿命を嘆くのみならず、聞く者にも同じ宿命をくれてやりたいと望む歌声が。
それは、新たな戦いの到来を報せる狼煙でもあった。いかに魔種の歌声が、最期の息吹を搾り出すようなものであったからといって、グドルフをいつまでも独りで戦わせられはしない。
「俺たちも続きましょう!」
崖上を示すようにリゲルの掲げた剣に気付くと、グドルフを見送らざるを得なかった狂王海鳥たちのうち幾らかが、改めて彼へと狙いを定めんと欲した。
が……そんな彼らのうち一体が、次の瞬間、翼を真っ二つに断たれて落下を開始する。
「へん、小鳥が猛禽に勝てると思うなよ!」
獰猛なはずの狂王ウミネコよりもさらに力強く、さらに苛烈に。ウミネコの翼を断ち切った者――彼と飛跡を交錯させた後のカイトは、緋色の翼を羽ばたかせて落下する敵とは逆に舞い上がってゆく。そうして眼下を睥睨すれば……映るのは、壁の一角を斧で完膚なきまでに破壊されたみすぼらしい小屋とその破壊主だった。それから……小屋の奥にうずくまる、壊れかけの小屋よりさらにみすぼらしい女。
その女が……歌声とも呼べぬ死の“音圧”を放った。その時天十里は崖の僅かな凹凸を蹴り、さらに空中までを蹴り、華麗なる崖上への到着を果たしたところだったが、あと僅かでも着地が遅れていたら、弾き飛ばされて崖下まで逆戻りさせられていたとしてもおかしくはない。
……だというのに。
「おっと危ない」
全く危ないように聞こえぬのんびりとした口ぶりで囁いて、彼はその場で飛び込み前転を決めた。美女と見紛う長髪だけが、数本、巻き添えにされて千切れ飛ぶ……それから、嫌な感触が海の上へと過ぎ去っていってしまったのを確認すると、彼は一転、周囲の状況に冷静に思考を廻らせた。
当面は、登り口の安全は確保されていると考えていい。敵は仁王立ちするグドルフに注意を向けており、カイトや天十里の存在には気付いていないかそれどころじゃなさそうだ。
その上で魔種は小さな小屋の奥……これ以上は逃げ隠れされる心配もないように見える。
「ひぃ、ひぃ。こんな崖を登る羽目になるなんて、一体何年ぶりのことやらねぇ?」
間違いなく明日以降は筋肉痛に苛まれる予感に戦々恐々、ようやく縁も頂上まで辿り着いてきた。彼を憐れむスティアの祈りは、明日からの苦痛を癒してくれるだろうか……もっとも、自身がその“明日”すら知れぬ身であることを、縁は誰よりもよく知ってはいるのだが。
「そうさ、俺はなんせこの通り死に体――廃滅病を受けちまってる身なんでね。どの道死ぬって解ってりゃぁ、今更無茶を気にする必要もねぇ。せいぜい気の済むまで死合おうじゃねぇか」
まるで自身の全てを燃やし尽くすかのように、縁は魔性の音色の中で、自らの生命を闘気の炎へと変えた。
(ああ、こんな私よりもよほど儚い、みすぼらしい貴方――!)
嫉妬の魔種さえもが憐憫を縁に向ける。私なら貴方をもう少しだけ幸せにできると、魔性の囁きで耳を打つ。
が……その誘惑も、どこまで彼に届いていたものだろうか? とうの昔に炎にくべられた蝋燭は、今更永らえたいなどと思いはしない。遣り残したことはあったかもしれないが、どうしても運命に抗いきれぬなら、潔く思い残しなど切り捨ててやる……そんな縁の生き様あるいは死に様を支えてくれるのは、今はスティアから流れ込む、月虹の魔力ひとつ。
そんな悲しいこと言わないで……絶対に、誰も倒れさせないんだから!
そんなスティアの願いが届いたか、一度は崩れかけていたように見えた縁の肉体は安定を取り戻し、再び表情にシニカルさを取り戻し、魔種へと向けるようになっていた。ほっと胸を撫で下ろすスティア……いや違う、まだまだ安堵するには足りなさすぎる。歌声に苛まれているのは縁だけじゃないからだ――鳥たちには炎の形で現した決意を今度は氷に変えて、せめて眠るように逝ってくれと願うリゲルも。そしておそらくは、挑発と猛攻を続けるグドルフも。もっともグドルフに関しては、自身の弱った様子など決しておくびにも出さないが。
幸いなのは彼らのことは、ヘイゼルがひそかに支えていてくれたことだった。この魔種は、彼女の言葉を借りればまさしく“つまらない輩”だった――魔種自身がとうの昔に失ってしまった何もかもを妬み、そねんでいるあまり、盲目になっている愚か者。使命なり自信なりを抱いて直接立ちはだかる者たちのことには気が向いていても、華々しい場所から少しでも日陰に入った場所……すなわち、スティアやヘイゼルのように彼らをひそかに支える者らのことは、目には入れども見えてはいまい! ……だからヘイゼルは、そんな彼女がいつ真実に気付くのかと覗いながら、興味深そうに癒しの魔力を紡ぎ続ける。そして、いまだに彼女は気付きそうにない。
もはや悲鳴とも区別のつかぬようになっていた魔種の歌声は……ああ、世界の何もかもを呪いたかったものなのだろう。
しかし……もしやこの者も、かつては飛行種として海洋の海を自由に翔けていたのではあるまいか? カンベエは魔種を襲った境遇へと思いを馳せる。
「苦しいか、辛いか!」
いいや、今更答えを聞く必要などあろうはずもなかった。
次第に至るところが蝕まれ、自由を失ってゆく身体。死が足音を立てて忍び寄るさまを、否応なく見せつけられてゆく恐怖。
(それらを――わしらには、もう救ってやることすら出来ないじゃ御座いませんか……)
何故なら、彼女は“呼び声”に応えてしまったのだから。反転し、魔に堕ちてしまったのだから。そんな彼女を救う方法は、ただひとつ――。
「ならば、殺してやる……! せめて、もうこれ以上は苦しまぬように」
●魔種への救い
歌声の呪縛から解放された後、どこか彼方へと飛び去ってゆく狂王海鳥たちの羽ばたきの音。それらが次第に小さく遠ざかってゆくにつれ、魔種を惨めな気持ちで包む。
どうして、皆私を置いてゆくのか。
どうして、私ばかりが自由を失ったのか。
それは彼女が絶望に囚われるのに十分な理由だったに違いあるまいが、かといってそれが誰かを傷つける理由になることだけは、スティアは見過ごすにはゆかなかった。
打ちひしがれるあまり逆に冷静さを取り戻し、こちらに引き摺り下ろすのなら誰かと濁った目を左右に這わす。そんな彼女の底知れぬ嫉妬心が、自分たちの中で弱い者たちから順に食い散らかしてゆく――そんな未来をスティアは許したくはない。
だから、口許を歪ませられるだけ歪ませて、精一杯の悪意の表情を装ってみせる。
「あんまり効かないかなぁ、どんどん狙ってきてもいいよ?」
直後、つんざくような音波がスティアに喰らいついていった。
それは心の弱い者ならひと吹きで病ませてしまいそうなほどの害意の音色。喉が張り裂けてでも昏い世界に堕としてやろうという原罪の塊。
……だというのにスティアはそよ風に身を委ねてでもいるかのように、魔種の目の前で祈るように踊っていた。歓ぶように歌っていた。悲しみなんてものは胸の内だけに秘めたまま、未来以外のものに囚われず、思うがままに生きる彼女は、嫉妬の魔種ごときの闇に呑まれて瑕ついたりはしない。
だから、騙された、という恨みがましい色が、魔種の瞳を一層澱ませる。その中に混じる唯一の輝きは、未来持つ者全てへの嫉妬の炎であろう。
けれどもそれに囚われている暇が、はたして彼女にあるものだろうか? 彼女が苦痛の呻きを上げている暇があれば、その僅かな隙に天十里は跳び込んで、遅れて気付いて閉じようとするみすぼらしい翼を片脚で天高く蹴り上げてやれる。とうの昔に死者同然になってしまった魔種の身体に対し、純粋なる未来を切り拓く炎の弾丸をお見舞いしてやれる!
「どんなに妬んで憎んでも、それで笑顔を奪おうだなんて、僕にだって無駄だよー、ってね」
ふふん、と鼻歌交じりの天十里の自信に満ちた表情は、弾丸の反動で舞うように宙返りして、再び距離を取って魔種と対峙してみせた。
「そうとも! 何せ、俺たちは特異運命座標なんだからな!」
カイトも大空をゆっくりと旋回し続けたままで、軽口を叩くと明るく船乗り歌を口ずさんでみせる。沖合いからはまるで呼応してリズムを取るように、海賊船からの砲弾が弓なりに放たれていた……それらが残り少なくなってきた狂王魚めがけて着水し、歓声のような轟音を轟かせる中で、カイトのアンコールの空中ダンスは、希望という希望を捻じ伏せんとする魔種を苛んでゆく。空は自由だ。そんなところでうずくまってないでお前も飛んでみな。大空に舞う『鳥類勇者』の緋色の翼は、たとえその鮮やかな色を妬む悪意に墜とされたとしても、すぐにもう一度舞い上がるだろう。
そんな勇者を羨望の眼差しで見上げ、つられて自らの翼も広げようとして……それからすぐに畳んでしまった魔種の姿の中に、レイヴンは確かにかつては同胞だったに違いない過去を見て取っていた。
哀れみが浮かばぬわけもない。それでも、情けをかけるわけにはゆかない。いかな理由があろうとも、彼女の身は魔種に堕ちたのだから。飛行種としての彼女は死んだのだ……彼女にかけることのできる慈悲があるのだとしたら――カンベエが腹の底から搾り出した言葉のとおり、速やかな死を贈ることだけなのだ。
「あゝ、願うことならば、この目で貴女の翼を――貴女が晴れ渡った明るい空の下で、羽ばたく姿が見たかった」
きっと暖かい陽射しの中で翼を広げて、ご機嫌に鼻歌を歌っていただろうかつての彼女を、この目で見たかったともうひとつの未来に思いを馳せたカンベエ。
しかし――それを思い出させることすらも、未来をもがれた魔種にとっては、苦痛を与えることにしかならぬのだろう。
ますます悲痛さを帯びる歌。何故この世に希望なんてものがあるのかと呪い、絶望ばかりしかなければ裏切られることもないのにと嘆く彼女に対し、レイヴンも、カンベエも……そればかりかリゲルでさえも武器を向け、息の根を止めることしかしてはやれない。
無論、魔種は拒まんとする。世界全てが絶望に満ちた時、自分は命奪われずとも救われるのだから、と。
だがそんなもの、ただの錯覚に過ぎぬに決まっていた。それに、よしんば本当だったとしても……その道のりの中で奪われる命の数は、為すことにより救われる命の数とは比べ物になどなるまい。
まあ、そのこと自体はヘイゼルにとって、正直どうでもいいことではあるのだが。だというのに彼女が特異運命座標に味方して、絶望――皮肉にも魔種にとっては彼女自身の憎む“希望”――を封じ込めてやる理由はひとつ、そんな世界は全く面白おかしくないからだ。
スティアが絶えぬ希望で絶望を癒す戦い方を選ぶのなら、ヘイゼルは悪意さえをも嘲笑い、内包する矛盾を暴き立て、歌声に篭められている憎悪そのものを瓦解さす。それがヘイゼルが仲間たちにもたらす“治癒術”の正体だ――。
「さぁて。そろそろ覚悟は決まったか?」
ボキボキと指を鳴らして迫るグドルフに対し、魔種は「どうしてこんな目に遭わなくちゃいけないの」という疑問を口にした。
すると胸の前で拳を突き合わせ、逆に啖呵を切ってみせたプラック。
「んなモン、解るかよ! 俺はただ、皆をよ……縁さんやカイトさん、それからローレットや海洋の廃滅病に罹った仲間をよ、助けなくっちゃいけねぇだけなんだ!」
そのために必要なら誰だって殴る。その不器用さはあのクソ親父――そういや、親父の死兆はあとどれくらいなんだ――と同じなのかもしれないが、それ以外のことはできないんだから仕方ないだろ!?
理不尽のせいで魔に堕ちて、理不尽のせいで余命を奪われた女が、今度は理不尽のせいで命を絶たれようとしている。彼女にとってはとんでもない災難だっただろう――今更何を言ったところで、気休めにさえならないかもしれない。
だとしても、リゲルは彼女に誓いたい……彼女から全てを奪った元凶の廃滅病を、必ずや根絶してみせる、と。アルバニアを倒して廃滅の結界を打ち破り、彼女のように苦しむ人が、これ以上現れることのないように、と。それが彼女の命を奪う者として、騎士が負わねばならぬ責任だ。
レイヴンの弓は“無銘の執行者”の鎌へと変わり、断罪の軌跡を魔種へと伸ばす。
リゲルの銀剣は深々と魔種の胸へと刺さり、その心臓を違わず貫く。
そして――カンベエの『藤重ね』の一閃。
誰ひとりとして絶望のこちら側へと招けなかった魔種は、最期は呆気なく眠るように逝った。光を失った瞳を瞼で覆い隠してやりながら、縁の独り言が彼女の冥福を祈る。
「……今更こんな事を言ったって、何の救いにもなりゃしねぇかもしれんがね。……遣り方はどうあれ必死に生きたお前さんの姿を、俺は醜いとは思わねぇよ……」
●未来への橋頭堡
天義式の略式ではあったが冥福の祈りを捧げ、彼女を埋葬し終えた後。リゲルは小屋の外の明るい陽射しの下に顔を出し、辺りの海の様子を覗った。
海の先では幾つかの戦いがいまだ続いて、幾つかは既に終わっていたようだった。
そして、それらと比べれば幾分近くにオクトの船はあり、けれども砲撃は止んでいて、骸骨船員たちがあくせくと大砲の中の煤を掃除しはじめている。入江の中はしんと静まり返ったままで、狂王種たちの血で真っ赤に染まった水面の上で、海洋軍の水兵たちが負傷者の手当てやら船体の修繕やらに勤しんでいる。
(オクトさん……倒しましたよ)
向こうから見えているかどうかは判らぬが、崖上で再び長い敬礼を海へと向ける。いまだ、アルバニアに手を届かせるには至っていない……しかしそのための確かな前進を、自分たちが手に入れたことだけは確かだろうと信じつつ。
(父上は魔種となりつつも、最期まで高潔でありました……オクトさんもどうやらそうであるらしいことを、俺は嬉しく思います)
すると海賊船は錨を上げて、舳先を再び大海原へと向けた。とうの昔にローレットと袂を分かった彼の居場所は、きっとここではないどこかなのだろう。寂しいが、きっと引き留めることなどできやしない……のだが。
「おいオクト! また勝手にどこかに行っちまうつもりか!」
怒ったようなグドルフの声が、曳き波を作って去ってゆく艫へと投げかけられた。
「コン=モスカの儀式、てめえにまで届いたか? アレで延命できた奴らが、こっちにはボチボチいる。気が向いたらお前も使ったらどうだ! おれはお前を、クソ下らねえ呪いなんかでくたばらせやしねえぞ! まだまだ、おれらのために暴れてくれて貰わなきゃ困る。アルバニアの野郎……あいつを海上まで引きずり出すまでな!」
それに対して答えはなく、オクトの船は次第に小さくなって、いつしか見えなくなっていった。
はたしてアルバニアとの決戦は、いつのことになるのだろうか? その時、特異運命座標らは彼に勝ち、無事に廃滅の結界を解いて死兆を取り除けるのだろうか?
それらはまだ判らない……しかし、必ずやそれを成し遂げねばならぬ。
カンベエの手の中にはひとひらの羽根が握られており、艶と揃いを失った灰色の羽枝が海風に揺れていた。
「さらば」
彼女の生きた証を大切に懐に仕舞い込むことで、彼はとうの昔に失われてしまった彼女を想う――せめて自分の思い出の中でだけでも、廃滅病のない未来に連れていってやりたいと。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
私はHARDではHARDなりの判定をするGMなので、こういう『移動中の状態』が重要になる話では「崖が30mなら機動力5あれば敵の行動と行動の間に副行動+主行動で到達できるね余裕余裕」なんていう不自然な瞬間移動を前提に戦術を組んできたら、「便宜上手番で全ての移動を済ませるルールになってるだけで、実際には少しずつ移動するわけだから途中で攻撃されて墜ちる可能性は十分にあるよね? そもそも敵がブロックとか【飛】とか使ってこないとも限らないよね?」って裁定しようと思ってたんだ。距離とかもその辺計算しながら全部設定してたんだ。
なのにさ……。
機動力15でカッ飛んでくる筋肉達磨とか知らんがな(´・ω・`)
しかもちゃんと事前に道まで綺麗にされて。
もちろんそんな銀の弾丸だけで勝利が確約されるほどHARDは甘くないわけですが、それでも一瞬で狂王種たちが無力化されたことでその後がどれだけ楽になったかは皆様のお考えの通りです。
何故だ……どこで私の計算が狂ったと言うのだ……!
GMコメント
かつて『<Despair Blue>果てよりの手紙』にて、半ば強制的なローレットとの共闘を申し出た魔種オクト。彼はその際に自ら語ったとおり、この度、海洋軍に同行する特異運命座標らとともにアルバニア配下の魔種を一体でも多く滅ぼすために、船を駆り入江にやって来ました。
オクトがどこまで皆様に協力してくれるかは判りませんが、この機会を逃す手はないでしょう。
本シナリオの目的は、小屋に潜む魔種を斃すことです。ただし彼女まで辿り着くまでの間には、彼女の操る狂王種たちによる苛烈な妨害が見込まれます。
●地理
入江の中央は砂浜が広がっていますが、左右から挟む岬は高さ30mほどの高い崖になっています。頂上に到達する道のりは、おそらく次の2つのうちどちらかになるでしょう。
・遠回りルート:上陸用ボート―(浅瀬120m)→浜辺―(斜面200m)→頂上
・近道ルート:上陸用ボート―(深間40m)→岩場―(鉛直登攀30m)→頂上
もちろん、(あんまり意味はないでしょうが)中途半端なところまで向かって10mだけ登攀するとか、飛行して辿り着くとか、そういったルートも考えられます。ただし、幾つかの注意点はございます。
・飛行:飛行戦闘ルールに準じます
・媒体飛行&登攀:飛行戦闘ルールに準じますが、移動以外の行動はできません
・簡易飛行:簡単に落ちる的です
・上陸用ボート:1ターンに40m進みます(操船は水兵たちに任せて構いません)
●小屋の魔種
廃滅病に罹患し、斑点だらけの肌と羽の抜けも目立つみすぼらしい灰色の翼を持った、元飛行種の女性です。余命も残り僅かと見られます(といっても魔種なので、まだ数ヶ月は保つでしょうが……)。
HPも大部分を失っていますが、歌声による強烈な範囲神秘攻撃と、周囲の狂王種を操る能力は侮れません。自分より美しい相手や健康的な相手を妬み、優先的に攻撃をしてきます……まあ、優先されない相手のほうが圧倒的に珍しいんですが。
●狂王種たち
海には多種多様の魚が凶暴化した狂王種が、空には海鳥が凶暴化した狂王種が無数に棲息しています……が、海の狂王種は水兵たちやオクトが対処していますので、皆様が気にすべきは海鳥たちのみでかまいません。
毎ターン、多数の狂王海鳥たちが皆様に攻撃を行なってきます。強い者は小屋の魔種に妬まれるため、いずれも狂王種の割には弱めではありますが、数の暴力が極めて厄介でしょう。先手を取って攻撃して撃ち落とすことができれば、その分彼らに攻撃される機会は減ります。また、小屋の魔種が誰かと交戦を開始して、歌声が攻撃用に切り替わることでも、攻撃回数は激減します。
小屋の魔種が斃れれば、大半は大人しくなるか逃げ去ることでしょう。
●Danger!
本シナリオには、パンドラ残量に拠らない死亡判定があり得ます。
あらかじめご了承の上、ご参加くださるようお願いいたします。
また、魔種との交戦を行なった者は、『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。
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