シナリオ詳細
<Gear Basilica>歯車メリーゴーランド
オープニング
●地方闘技場
木馬がぐるぐると回っている。
どれもこれも柔らかな色合いで、絵本の内容を見事な技術で再現したようにも見えた。
「おがあぢゃーんっ」
現実はその正反対だ。
優しげなデザインの馬は無事では降りられない速度で上下して、必死にしがみつく子供に悲鳴をあげさせている。
「このガラクタ共、ガキを離しやがれ!」
「俺達の闘技場を横切ろうするとはなぁ」
「ゴミの山に変えてやらぁっ!!」
機械部分が多い重量級ファイターも、見栄えと速度を両立させるため身体を絞ったファイターも、全員激怒し頭から湯気を立てている。
大闘技場ラド・バウと比べれば施設はとんでもなく貧相でファイターの質だって低い。
だが、ファイターは決して鍛錬を怠らず、何より観客を楽しませようと思いは負けていない。
すらりとしたファイターが奇声をあげて鞭を振るう。
試合場に乗り上げた巨大回転木馬に絡みつき、本体と木馬の動きを鈍らせる。
上半身裸の鉄騎種が特大斧を振り下ろす。
回転する床に巨大な亀裂を入れて、目を見開いた。
「刃物が仕込まれてるぞぉ!」
回転する舞台は無数の歯車で構成され、全ての歯が鋭く研ぎ上げられている。
巨大斧で砕かれた歯車が、無数の刃となって巨漢の全身に突き刺さった。
「ジャーック!」
「この程度で死ぬかっ」
鋼の瞼を閉じるのが半秒遅れたら眼球が潰れていたと内心おののきながら、上半身裸の鉄騎種は捕らわれた子供を不安がらせないよう不敵な笑みを浮かべた。
「舞台に飛び乗れぇっ」
次の試合で戦う予定だったファイター達が息をあわせて跳躍。
舞台に着地する際に足を傷つけられても止まらず、泣き叫ぶ子供を両手で抱え上げ奪還する。
おぉ、と闘技場が沸いた。
避難途中の観客も、観客を守っている兵士も、大闘技場ラド・バウでなら下位ファイターにすらなれない男達の奮闘に興奮している。
ただし、本人達は絶望の半歩手前だ。
「やべぇ目が霞んできた」
「俺の鞭が千切れたぁ……」
「おいそこの馬鹿2人、イレギュラーズが来るまで逃げ回るぞ」
歯車メリーゴーランドが悠然と回っている。
10秒に2~3メートルだけ前に出て、進路上の床を粉砕しいるのに全く速度が落ちない。
「下ろして、ください」
「おう坊主馬鹿言うな。腰が抜けてるガキが逃げ切れる状況じゃない」
「違う。縫いぐるみ……」
「あぁ!?」
ファイターの機嫌が急降下する。
木馬の背中のベルトに巻き付かれた、補修跡が目立つ兎の縫いぐるみを見て鼻を鳴らす。
「テメェのババァにでも買い直して貰えよ」
子供に表情の変化に表情に気付き、ファイターの顔にしくじったという表情が浮かんだ。
「お母ちゃん、形見……」
「ええいじっとしてろ。形見のために死んだらバ……母ちゃんだってあの世で泣くだろ」
「おいまさかあれ回収するつもりじゃないだろうな」
「万一死んでも悪い死に方じゃねぇと思うがな、今は避難を終わらせるのが先……やべぇ」
作っていた表情が乱れる。
ファイター4人が子供を抱えて必死に走る。
よく見ると歯車で出来ているのが分かる木馬が5つ、巨大歯車から離れて場末の闘技場へ飛び出した。
「いきなり追い付かれたぞっ」
「お前ガキを運べ、俺と馬鹿で足止め」
「私と馬鹿が足止めするから急げっ!」
このままでは彼等は十数秒で全滅する。
イレギュラーズが到着したのは、そのタイミングであった。
●数日前
ゼシュテル鉄帝国は非常に強力だ。
幻想や天義相手の国境維持部隊、海洋王国外洋遠征の護衛艦隊など、多数の部隊を動員しているのに国を維持出来ている。
ただ、それだけ動員すると余裕が少なくなるのも事実であり、地方の部隊が人が足りないから派遣してくれとローレットに泣きつくこともある。
「鉄帝の地方闘技場の警備なのです」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は、安っぽいデザインと紙質のパンフレットを参考資料として差し出した。
「危ない猛獣とか、気の荒い強者とかいないらしいです」
本当にただの警備だ。
警備で連勤20日目の兵士を休ませるのが主目的ともいえる。
「でも万一があるです。何があっても対応できるよう、本気の装備で行って下さいです」
依頼主である地方部隊は軽装推奨と言っていたが、ユリーカは全く逆の意見を口にする。
彼女の懸念は正しく、イレギュラーズと歯車大聖堂(ギアバジリカ)配下の歯車モンスターが地方闘技場で激突することになる。
- <Gear Basilica>歯車メリーゴーランド完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年02月28日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
「歯車の回転木馬か……遊具を模したにしては、些か物騒が過ぎるな」
『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)は少し眉を動かすことで不快感を露わにした。
設計者の悪意と馬としての悪意が入り交じった、グレイシアから見れば小物過ぎる悪意の露出だ。
木馬は大小の歯車で形作られて、多少の気味悪さはあるが色彩も形状も華やかだ。
だからこそ戦う術を持たない観客が怯えている訳だが、これに怯えるようなイレギュラーズは存在しない。
「これはちょっとかわいげがないから、今度普通の回転木馬乗りたい」
グレイシアおじさまの眉間にしわが寄ってるよ……そりゃそうだよねー、と内心頷きながら本音を口にする『守護の勇者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)。
魔法鎧と大剣を装備しているとはいえ、小さなルアナが平然としていることが観客に落ち着きを与えている。
「ふむ……何処にあるか、確認しておくとしよう」
眉間の皺を薄く、目元と口元を柔らかくした魔王を見上げてから、ルアナはいつも通りにおじさまの真実に気付かないまま元気に駆け出す。
「うん! じゃああっちの木馬相手にしてくるねー!」
木馬が苛立っている。
試合場に通じる石畳に陣取ったまま、全身の歯車をきりきり鳴らし威嚇する。
「おうまさん、私と遊んでよ!」
【勇者】としての己を眠りにつかせたルアナは普通の子供にしか見えない。
ただし存在感は【勇者】の頃とさして変わらず、獲物を求める歯車木馬の欲望を激しく刺激する。
かつっ、と蹄が石畳を打ち、残像すら残さぬ速度で木馬が小さな勇者に迫った。
「痛いっ」
防御にまわした大剣の位置がずれ、姿勢は変わらないままルアナが1歩分後ろに押される。
「なんて言うと思ったかな?」
ルアナへの攻撃を優先した木馬がルアナの意図通りに移動の範囲を制限させられる。
動きの乱れを予備動作に変えた大剣が、ルアナの柔軟かつ強固な意志そのものの強さを発揮し木馬の背を十数センチ押し潰す。
「絶対に他所には行かせないんだから!」
熱い瞳と無機質な瞳の中間に、小さな火花が散った。
グレイシアが満足げにうなずく。
蹄で音を立てても誰も怯えないのに苛立つ木馬を一瞥してから、わざを木馬に背中を見せて観客に呼びかける。
「見ての通り、此処は危険だ。兵士の誘導に従って、速やかに避難をするように」
声を張り上げている訳でもないのに遠くまで響く。
何よりその圧倒的な落ち着きが、観客とその護衛である兵士に平静を維持させる。
特に筋骨逞しい訳でもないの重鎧を軽々着こなし、堂に入った構えで指揮杖と盾を持つ『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)が、戦場の北東隅の木馬2体に静かな目を向ける。
そして、笑みにも見える表情を浮かべたまま近付かない。
それを侮辱と判断した歯車木馬達が、鉄製の歯を剥き出しにして暴れ馬じみた勢いでポテトを狙う。
「メリーゴーランドと言うのは遊園地の花形の一つだと聞いたが……」
ここに来るまでに聞こえていた声で事情は分かった。
歯車達は、神秘や霊の価値観で価値ある物を狙い燃料にでも変えるつもりなのだろう。
子供から奪われた大事な物の保護や観客の避難、木馬や特大歯車の破壊までやらなければ敵の意図は砕けない。
だが、この程度なら無理なく対処可能と判断した。
「2体とも抑える」
観客の視線の密度が減ったタイミングで本気を出す。
日常生活での汚れは綺麗に消えて、ただでさえ美しい髪は内側から神秘的に光る神秘的な何かに変わる。
ポテトは、突進してくる木馬を避けようともせず盾を構える。
盾と杖に計算尽くされた動きをさせ、木馬の頭と首を打って打点をずらす。
ポテトに響いた衝撃は小さく、見た目よりはるかに強靱なポテトの体にほとんどダメージはない。
足が止まった木馬は、良い的だった。
「中途半端な知恵が徒になったようだな」
グレイシアが戦衣を翻し、何も持たない手から不要な力を抜く。
木馬がポテトを攻撃しながら目だけをグレイシアに向ける。しかし片手間で見る程度では魔炎纏う熟練の拳に反応出来ない。
小さな歯車が欠け、顔や首の一部を覆っていた滑らかな板にひびが入り、歯車と歯車の間から油に似た体液がしたたった。
硬い建材が微塵に砕かれる音が戦場を塗りつぶす。
馬鹿馬鹿しいほどに大きな歯車が、元試合場の破片をばらまきながら観客がいる方向へじりじりと移動する。
回転木馬に誤解されるための偽装が、生き物じみてゆらゆら揺れていた。
「遊具が魔物に……トラウマになりそうだ」
『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)にとっては軽口だ。
嫌な見た目ではあるが剣先をぶれさせない自信はあるし、戦場から帰った後は妻と笑い合える確信がある。
だが、普通の人間はそこまで強くもないし柔軟でもない。
「俺達はローレットです! 必ず皆様をお守り致します! 落ち着いて避難してください!」
明るい態度で、はっきりとした声で、絵本に出てくる騎士様と評されても違和感のない見た目まで活かして後方に安心を与える。
「少しの間、付き合ってもらうぞ」
演技を止めても見た目は騎士様だが、精悍な印象が強くなる。
美術品を思わせる銀の剣が、隆々とした筋肉により加速させられ高速の斬撃を放つ。
いわゆる遠当てだ。
無数の歯車からなる巨大舞台に2メートルほどの切れ目が入り、そこにリゲルの殺意が染み込み無事な歯車を狂わせる。
「ついて来い」
正面から至近距離で戦う気など最初からない。
これは名誉ある決闘ではなく無辜の民を守るための怪物退治。
力と巨体だけが武器の歯車を主戦場から引き離すため、敢えて戦場の奥へと進んで歯車を誘導する。
指揮棒が振るわれる微かな気配を目も向けずに感じ取る。
リゲルは地表すれすれに飛行しながら体を捻って刃を振り下ろし、不意を打つつもりだった歯車木馬を迎撃した。
「計算通り――予測済みだ!」
主に妻がという言葉は言わなくても通じたはずだ。
巨大歯車が追いつく前に木馬を1つ真一文字に薙ぎ払い、座席が転がる戦場を透視しながら巨大歯車惹きつけ作戦を続行するのだった。
●
汗に塗れて鼻水まで出ている。
闘士失格確実な態度ではあっても、子供を絶対に守ると意思は4人揃って満点だった。
「皆様、これより敵の排除を行いますので安全な所に避難して頂ければと思います」
実用的であるのに可憐なメイド装束を身に纏い、リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)が挨拶をする。
「心配かもしれませんが、後のことは私達がなんとかしますのでご安心下さい」
厳しい兵士も、うるさ型のご婦人も納得してしまう、完璧な礼法であった。
「4人とも頑張ってるわね~。おばさんも頑張らなきゃだわ~」
女性客が聞いたら殺意を抱くのが5割、美容法を聞き出すために殺到しするのが10割なことを言いながら、若さ溢れる『楽しいお花見お餅ぱーちーを』レスト・リゾート(p3p003959)が賦活の力を遠方へと送り出す。
「お……おぉ!? 直ったぁっ」
上半身裸の巨漢闘士が歓声をあげ、歯車木馬に立ち向かおうと反転しようとしたタイミングでレストからの声がかかる。
「木馬はこちらで引きつけるから、その間に子供を連れて避難して~」
これまで子供を守っていたことを賞賛する響き。
子供の護衛が最優先だと指摘し、最優先しないならお前は馬鹿だという事実を膨大なオブラートに包むことまでやってみせる、まさしく亀の甲であった。
蹄の音の間隔が短くなる。
闘士が2人、子供の盾になる位置で覚悟を決めた。
「――貴様らの振る舞い、心から敬服する。故に私もまた、それに倣おう」
小柄な影が、子供と闘士の間をすりぬけた。
白黒縞々の木馬が前脚を振り下ろす。
重厚な腕部装甲が受け流して真下に流す。
どぎついピンクの木馬がワニめいた大口で噛みつこうとする。
『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)が、握りしめた拳を喉の奥まで突き込み多数の歯車を押し潰した。
「案外頑丈でありますな」
球体関節を活かした腕の向き変更で内部を抉りながら、エッダが子供と闘士をかばえる位置を維持する。
「自分は鉄帝の騎士エッダ・フロールリジ」
四つ足を存分に使える木馬は素早い。
エッダも無傷では済まず、しかし全く揺らいだ様子は内。
「騎士とは人民と皇帝に傅くものであり、即ちメイドなのであります」
これ以上好きにさせると国の面子に関わるというかここで死ね。
エッダは鋼の無表情のまま態度で主張している。
……メイド? と特に表情筋など搭載されていない木馬が困惑を露わにする。
エッダの構えが変わる。
メイドじゃねーってんだろという、木馬から見て理不尽な思いがこもった拳が木馬に深く突き刺さった。
「っ」
エッダは向けられる殺意が足りないのに気付く。
歯車木馬1つはエッダしか見ていないがもう1体が、一度後ろに跳びエッダを避けて子供を狙う。
「ここは私達が抑えるから、落ち着いて逃げろ!」
『死線の一閃』フローリカ(p3p007962)は観客にもかけた言葉をもう一度繰り返し、己の内側に燃えさかる情念から枷を外す。
その身を包むパワーアーマーが魔力混じりの蒸気が噴き出し、拳から肩にかけて焔色の放電が奔る。
「標的視認。保護対象の待避を確認」
拳を振り上げ。
「攻撃開始」
無表情のまま淡々と宣言。
愛想はないが強烈な気合いを込めて、拳を振り下ろして衝撃波を発生させた。
最早波というより津波だ。
子供を狙った木馬が斜め横に揺れてひび割れ、血の代わりに大量の微少歯車を吐き出す。
それでも木馬は止まらない。
崩れそうになりながらも持ち堪え、子供を狙うか一度仕切り直すか一瞬に満たない間思考した。
「よいしょ~」
メルヘンなデザインのリボンが木馬2体に絡みつく。
実体があるのかないのかよく分からず、けれど歯車木馬の深い所に絡みついてその思考を縛る。
「わる~いお馬さん捕まえたわよ~」
速度に優れ、思考も人間に迫るほどある機械の魔物が、レストを狙うことしかしない単純な暴走機械と化す。
「仕上げの段階ですね。お手伝いいたします」
リュティスの手の平から黒い蝶が飛び立つ。
形は美し手も中身は呪いそのものだ。
レストに何度防がれても非効率な攻撃を繰り返す木馬に、背中側からから静かに迫って鞍の上へ止まる。
蝶は止まっても呪いは止まらない。
そのままするりと内側に入り、防御を冒してぐずぐずに崩す。
「いくであります」
エッダが全身の力と勢いを一点に集中する。
敵はこの状態でも回避は巧みだ。
直撃とはならず、膝が木馬の背中を凹ませ背中と鞍を引き離すに留まる。
それで十分だった。
レストが慣れた手つきで、使い古された縫いぐるみを回収した。
「あぁっ」
鳴き声とも歓声ともつかぬ音が、子供から響いていた。
●
命が助かった安堵のあまり泣きそうな顔になった闘士を一瞥し、グレイシアは感嘆とそれ以外の感情が混じった息を吐く。
彼等は大した人間だが、彼等が特別とも思えない。
おそらく、彼等のような人間も出て来易い素地が、闘技場に存在するのだ。
「勇気には相応の報酬が相応しい。そろそろ終わってもらおうか」
悪意なしに、穏やかなままに、魔術による攻勢が木馬の逃げる空間を狭めていく。
ポテトの声援が疲労を癒やす。
グレイシアの連撃は止まらず、ぼこぼこの歯車木馬が10秒経たないうちに歯車の残骸へと変わった。
蹄とパワーアーマーがぶつかり大きな音が発生する。
フローリカは相変わらずの無表情で、しかし闘志に燃えた瞳で真後ろへ跳んだ。
「至近戦に付き合う理由はない」
魔力も神秘も関係無い。
魂を焦がす熱を外に出すだけで、強靱な歯車もものともしない刃に変わる。
「消えろ」
木馬の肩から腹にかけて炎と火花が散る。
歯車が歪み溶けて固まり、1歩前に進むたびに内側から異音が響く。
命ある全てを呪い食らうのを宣言しているとしか思えない、闘技場にいる生命全ての神経を逆撫でする音だ。
「ほうほう、壊すと囀るのでありますか」
エッダの手の平が半壊した頭部を掴む。
握りつぶせるほどの力はないが、足止めにするには十分だ。
「どれ、それじゃいっちょ我慢比べと参るであります」
エッダを前衛として、フローリカが気配を抑えて衝撃波を生み出す。
戦闘開始から時間が経っている。必殺技を常時使うような戦い方をしているのに彼女はまだやれる。
「メリーゴーランドというのは、もう少し牧歌的なものだったと思うが……。まあいい、危険な物なら全て壊してしまうだけだ」
エッダの横をすれすれで抜けた一撃が、半壊した木馬を残骸へと変えた。
「ようやく本気を出したでありますか」
振り向く動作と防御の動きが同時だ。
直径20メートル近い巨体と重量があっても、無理矢理な加速で動きが乱れていては直撃など不可能。
エッダの腕部装甲に多少の傷をつけるだけで終わる。
「は~い、痛いのないないしましょうね~」
レストから癒やしの力が届く。
非常に強力な分消耗も激しいはずなのにレストはいつも通りだ。
生命力に溢れ、当然のように回復速度も素晴らしいのである。
銀の剣が凍てつく舞いを飾り、リゲルが動く度に歯車製の床が割れて砂のように小さな歯車が飛び散る。
「っ」
リゲルの傷を妻が癒やす。
歯車は明らかに相討ちを狙っている。
リゲルは、傷口が開き毒に塗れたままの損傷箇所を蹴りつけ巨大歯車の上から飛び退いた。
ポテトの手が優しくリゲルの背に触れ、体の奥から表面まで丁寧に傷を癒やす。
「これが最後だ」
勢いをつけるための発言ではなく仲間への報告だ。
リゲルは力を振り絞って断罪の斬刃を歯車に届かせ、そろそろ途切れる可能性があった致死毒を足し傷口を広げ、特大歯車の敵意を己へ引きつける。
「行こう」
「あぁ!」
若夫婦がはしゃいでいるように見えても実質は容赦のない戦闘行動だ。
戦い方次第で闘技場と観客を単独で消滅させられたはずの歯車が、何も出来ないまま誘導され、奇跡的な幸運で回復してリゲルを傷つけたとしてもポテトに即座に癒やされてしまう。
詰み、であった。
「歯車に巻き込まれる訳にもいきませんので」
木馬の残骸の隣。リュティスは深呼吸をして、尽きる寸前の魔力を回復させる。
至近距離まで近づけば低負担高威力の術を連発可能だが、即死の可能性すらある近距離戦闘を挑む理由は存在しない。
「この距離から参ります」
魔弓宵闇が起動する。
弓柄から黒々とした魔力が広がり長大な弓を形作り、そこにリュティスが手ずから生み出した黒矢を番える。
的は特大の歯車だ。
運動エネルギーは凄まじく、しかし特大の重量に反比例して速度は遅い。
全身の全ての力を魔力へ換えて、矢に載せて放つ。
数メートル離れた時点で矢が形を保てなくなり渦巻く魔力の刃に変わり、気付いて逃げようとした歯車に瞬く間に追い付き、食いちぎる。
無数の歯車が壊れる音が、断末魔の如く響いた。
「これで」
強い踏み込に石畳を砕かれる音を残してルアナが飛ぶ。
ポニーテールに纏められた金髪が激しく揺れ、幼い顔立ちなのに目だけが熟練の勇者じみて冷静だ。
「おしまい」
中心に近くに着地し大剣を突き刺す。
歯車の速度は落ちても動きは止まらず、反撃の小歯車がルアナを傷つける。
だがそれだけだ。
歯車の奥まで毒が染みこみ、それ以上ルアナが手を出さなくても内側から崩れて歯車同士の噛み合わせも狂う。
堅く薄い物が砕ける音が響き、巨大歯車の回転が急に止まって上下に揺れる。
完全に止まるまで、1分近くの時間が必要だった。
●
ポテトは迷わずに人混みを突っ切った。
彼女に比べると幼児以下の精霊達が、声を枯らして子供を探す家族の真上でポテトを呼んでいる。
「今度から危ないことはしないようにな? でも、母親の形見を守ろうとしたのは偉いぞ」
子供は涙を浮かべ、家族の元に走ろうとして縫いぐるみのことを思い出す。
「もう二度と離すなよ」
パワーアーマーのヘルメットを外したフローリカが、言葉使いとは逆の丁寧な手つきで縫いぐるみを返した。
「え……」
子供の瞳が曇る。
歯車木馬に乱暴に扱われ、ぼろぼろだった。
「んふふ~、おばさんはぬいぐるみのお医者さんなのよ~」
レストが縫いぐるみに触れ、針とはさみを高速で操る。
頑丈な糸と布が目立たない形で縫いぐるみを補強して、素人の目には新品ではないが新しく見える状態まで回復させる。
レストのお気に入りの洋服から布が材料として切り取られていたことに、イレギュラーズしか気付いていない。
「よく頑張りました。……あなた方も」
リュティスは子供を見送ってから、真新しい包帯と消毒液を手に取る。
「痛ぁい!」
「お嬢さんもう少し優しくくっぅ!?」
リュティスは涙にも泣き言にも気付かないふりをして、勇敢な闘士に良い治療を行うことに集中する。
「……それにしても、命を張ってまで子供を助けるファイターですら、大闘技場の下位ファイターにすら及ばんとは。全く、侮れない国だ」
闘士に向けられる憧れの視線に気付き、グレイシアは鉄帝に対する評価を少し修正するのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
闘士達はイレギュラーズの背中に追い付くために頑張っているそうです。
GMコメント
●目標
歯車モンスターの撃破。
闘技場のファイターも兵士もいますが、全員練度が足りません。
イレギュラーズだけが頼りです。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●敵
『巨大歯車』×1
直径20メートル近い、大小無数の歯車の集合体です。
10秒間移動に専念しても4メートル動くことも出来ません。
色と形状は華やかです。『歯車馬』が上に載っているときは回転木馬にしか見えませんでした。
自転の速度は低速ですが、巨体が持つ大質量体当たり【物】【至】【範】は凄まじい威力はあります。
ただし命中は凄まじく低いです。辛うじて0より上程度。
1度上に乗ってしまえば振り落とされない限り体当たりの対象にはなりません。
『巨大歯車』の防御技術は低いですが、巨体であるため殺しきるのは大変で、しかもダメージを与える度に歯の破片をばらまいてきます【反】。
『歯車木馬』×5(2020/02/14修正)
木馬のふりをしていた、自律する機械型モンスターです。
形は馬ですが機動力は低めです。
命中と回避の技術には優れていますが、攻撃は体当たり【物】【近】【単】【移】や噛みつき【物】【至】【単】【出血】しか出来ません。
知性があるかどうか分からない『巨大歯車』とは異なり、白兵戦が苦手な者を優先して襲おうとしたり、『巨大歯車』を利用しようとする程度の知恵を持っています。
●戦場
1文字縦横10メートル。現地到着時点の状況。上が北。晴れ。無風)
abcdefghijk
1□□□□□□□□□馬□
2□馬□■■■■■□馬□
3□□□■メメ△■□□□
4馬□フ■メメ△■□□□
5□□□■△△△■□□□
6□□□■■馬■■□□□
7□□□□□□□□□兵□
8□客兵□□□□□□客客
9客□□□□初□□□□客□
△=野外闘技場の試合場。古びていますがよく手入れされています。
■=凹み。普段は立ち入り禁止。他と比べて1メートル低いです。
□=観客席。試合場から遠ざかるほど少しずつ高くなっています。椅子よりござが多いです。移動にペナルティなし。通路有り。
メ=『巨大歯車』が回転しています。下にある試合場は全壊。
馬=観客席。1マスにつき『歯車木馬』が1体います。
フ=観客席。負傷したファイター4人が、子供1人を守りながら混乱中です。
兵=観客席。警備に慣れた兵士が2人います。観客を守りながら南に向かい後退中。
客=観客席。1マスにつき観客が5~10います。かなり動揺しています。
初=観客席。イレギュラーズ初期位置。
●他
『縫いぐるみ』×1
亡き母親の思いと、残された家族の思いが詰まった、全高30センチのうさぎ縫いぐるみ。
b2の『歯車木馬』の背中に固定されています。
『子供の家族』
父と兄は混乱の中で子供を見失い、闘技場の外へ誘導された後必死に探しています。
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