シナリオ詳細
<Gear Basilica>パーシアン・レッドの声
オープニング
●
凍てつく風が頬を切る。
今、外気を肺の中に流し込めば、喉の奥に血の味が広がるだろう。
パーシアン・レッドの瞳を空へと向けた男は忌々しげに眉を寄せた。
「ふふ、寒いですねえ」
薄く開いた唇から漏れる声が白い息となって流れていく。
北の山脈から吹き付ける雪交じりの風に『裏切りの騎士』ルピエ・フェールの銀糸が揺れた。
振り向いた彼の視線の先にはイレギュラーズの姿。
「返事ぐらいしてくれても良いじゃないですか。『仲間』なのですから」
くつくつと笑うルピエは遠くに見える歯車大聖堂(ギアバジリカ)を見遣る。
鉄帝首都のスラム街モリブデンに埋まっていた古代兵器の全容。
周囲のものを取り込み自己増殖していく姿はまるで『生き物』のようだ。
モリブデンの地下に居たギアバジリカが何故、首都を離れたのか。
「憶測でしかありませんが……聖女アナスタシアの願いだったのかもしれませんね」
正気と狂気の狭間で願った、大切な人達を傷つけたくないという刹那の迷い。
それがギアバジリカの進路を狂わせ荒野を這うように移動している原因なのかもしれない。
「美しい煌めきのようですよね。そんな狂気に犯されながらも人々を救いたいと願う人間がいるのに、自分の子供を疎ましいと思う親もいる」
ルピエは心底楽しげに嗤う。
「そうそう。この前の子供達の親の話なんですが」
生きて帰った子供の親と、死んで帰った子供の親。
再会した彼らの表情は、殆ど大差なかったらしい。
「両方が……喜んだそうですよ」
自分の子供が帰ってきて嬉しい。自分の子供が帰ってこなくて嬉しい。
貧困というものは自分の子供の命さえ幸福の天秤に掛けてしまうのだ。
ルピエの親がそうであったように。
男の顔に浮かぶのは自虐を込めた渇いた笑い。
「自分の死を喜ぶ親の元に帰らなくて良かったじゃないですか。そう、思いませんか?」
生まれ落ちた場所が貧困街だった。
ただ、それだけなのに。
しなくていい努力と、味わいたくない辛酸を舐めた。
死ぬよりも辛い地獄がこの世には確かにあって、幾度、自分の出自を呪っただろう。
自分が捩れていることなんて分っている。
「綺麗事だけでは、生きて行けないんですよ」
聖女の願いすらも塗りつぶされ黒く染まっていくのに。
「だから、僕は――」
●
「地面揺れてるね」
足先から伝わる振動に『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)は地面を撫でた。
緑色の瞳が遠くの自律移動要塞型古代兵器『歯車大聖堂(ギアバジリカ)』に向けられる。
何かの意志に突き動かされるように荒野へと走り出した古代兵器は進路を再び鉄帝首都に向けた。
道中の村々で略奪を行いながら、増殖し、モンスターや兵隊を排出する。
「歯車兵団が来るんだよね? モンスターなの?」
「モンスターとは限りません。ギアバジリカに取り込まれ洗脳された者達もいます」
アルエットの問いに答えるのはルピエだ。
男の声に雲雀の肩がビクリと震える。半月ほど前の報告書にはローレットと敵対していたと書かれていたからだ。
「そんなに警戒しなくてもいいんですよ。僕は鉄帝軍人として命令を受けてここにいます。目的は首都の防衛です。あなたたちと今、敵対している場合ではない」
爽やかな笑顔で友好を示すルピエ。つられてアルエットも笑顔を返す。けれど、男の瞳は何処か毒念を孕み少女の心を掻き立てた。
「俺は情報伝達として後方に居る」
簡易テーブルに地図を広げるのは『黒鴉』ジナイーダ。
首都に入り込もうとする敵兵団を城壁の外で食い止めるため街道で迎撃する作戦だ。
この作戦には大量の人が必要で、ジナイーダは混線する指揮系統をサポートするために動いていた。
「お前達にはここの敵を任せる」
城壁の外。見晴らしの良い街道。戦闘には問題無い立地。
しかし、相手の力量は分らない。不明点も多い。
「あと、あいつには気をつけろ」
ジナイーダが小さな声でイレギュラーズに耳打ちする。
味方として戦場に立つルピエ・フェールを信用してはならない。
何故なら彼は『裏切りの騎士』なのだから。
――――
――
地平線に黒い外套が揺らぐ。
人の形をしたモノと。機械仕掛けのモンスター。
ハグルマが軋む音が迫り来る。
「ああ、こんな所に居たんですか。死んだと思っていたのに――なあ、ディンメル」
- <Gear Basilica>パーシアン・レッドの声Lv:15以上完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年03月01日 22時06分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
遠く。シャレイ・ブルーの空を遮る歯車の城。
周囲を取り込み前進してくるギアバジリカにエメラルドの瞳を向ける少女。
風が強く吹いて。『求婚実績(ヴェルス)』夢見 ルル家(p3p000016)の髪が舞う。
「自分の過去を悔い、人を救おうと努力してきた方がこうなるとは……」
アナスタシアが魔種へと堕ちた。黒く塗りつぶされ、倒すべき相手と成り果てた事が悲しいのだと。
一度会ったことがあるだけの相手。けれど、彼女が鉄帝を救いたいと願っていたことを知っているから。
「その彼女に愛する故郷を破壊させる訳にはいきません」
全ての人を救いたいと祈った聖女のために――
ルル家は胸で拳を握りしめた。
「歯車兵士に歯車兵器。ついでに裏切りの騎士か」
「本当に信頼していいんです? あの子中々の……って聞きましたよ」
小さく呟いた『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)の声に『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)が応える。
この戦場において、明確な敵対勢力以外の存在。敵ではない異物は時に脅威と成り得るのだと利香は眉を下げた。『黒鴉』ジナイーダも『裏切りの騎士』ルピエ・フェールには気を付けろと助言してくれている。
「……まあ、仕事ならやるだけですけどね」
利香とポテトはルピエに視線を向けた。
「おや、熱烈な視線ですね。お嬢さん方」
「まさかこんな状況下で付く方を間違えたりはしませんよね?」
上目遣いの利香の笑顔にルピエの唇が歪む。
「現状でいうと、僕と貴女たちは仲間ですから……ねえ?」
ルピエは『堅牢なる楯-Servitor of steel-』アルム・シュタール(p3p004375)に同意を求めた。
心底嫌そうな顔で頷くアルム。
「目的は違えど。利害は一致しているはずです。今回は私共の指示に従ってもらいますよルピエ」
「ふふ。懐かしいですねえ。また、貴女と肩を並べて同じ戦場に立つ日が来るとは」
ルピエは掌を向けて肩をすくめる。そんな彼をアルムは一瞥した。
この気に乗じてショッケン派を一掃し、空いた椅子に自分が座る――ルピエの考えはそんな所なのだろうとアルムは思案する。
野心の為に利用されるのは非常に不本意ではあるのだろう。だが、彼女には護るべき人達がいる。
その為には、自身を貶めた相手とさえ共闘してやるのだと気を引き締めるアルム。
「ルピエ殿もよろしくです! ヴェルス殿直々のご依頼ですからここで活躍すればローレットからの報告でもお耳に入るでしょうね!」
ルル家の言葉にルピエは腰に手を当て溜息をついた。
「まあ、命令ですからね。仕方がありません。……さあ、来ますよ」
第一陣。大砲からの閃光が戦場を割く――
「みんなの大事なものを……希望を」
略奪させるわけには行かないと『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は蒼い瞳で前を向いた。
敵がどれだけ強力だだろうとも。この手からこぼれ落ちるなんて許せない。
だったら、伸ばすだけだ。自分一人の力では届かない場所も。繋いでくれる仲間がいる。
「ここで止めるよ!」
「ああ!」
アレクシアの声に先陣を切る『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は荒野の地面を蹴る。目指すはメルカスの懐。
「ファイターが操り人形になっちゃうなんてね。ツマラナイ話だよ」
飛来するメルカスの銃弾の軌道を逸らし、距離を詰めるイグナート。摩擦で皮膚が裂け血が流れるのを気にも止めず戦場を駆ける。
イグナートは先ほどのルピエの話を思い出していた。
生きて帰った子供と死んで帰った子供の話。口減らしの為に捨てられた自分。悩んだ事が無いなんて嘘になる。でも、『どうして』を考えても答えは見つからない。考えないように拳を振るってきたから。
今だってそうだ。子供が死んだという事実は変わらない。それが目の前の者達によって行われた。それだけで拳を振るうには十分すぎる理由だ。
「むしゃくしゃして来たから全力でぶっ飛ばすよ!」
力の無い存在を、蹂躙した敵に容赦なんてしない。
イグナートの拳が冷たい空気を裂きメルカスを捉える。
敵はジナイーダの情報通りだが。
「倒したと思った敵が、歯車に取り込まれて再び出てくるとはな」
「てっきり、死んだと思っていたのですけれどね」
蒼い瞳を流し、愛槍を構えるゼファー(p3p007625)は敵を見据えた。『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)はゼファーの後に続く。
強大な威力を持つ大砲型の歯車兵器を先に片付ける心算なのだ。
走り出す足音。荒野の戦場を前へと踏み出す。
「あんな姿になっちゃって」
風がゼファーの頬を浚って。グレイシアの葉巻の煙が後方へと流れた。
「以前より強くなったとの事だが……前回同様、愚かな事に変わりはないな」
「まぁ……ざまぁないわね?」
嫌悪と憎悪を織り交ぜた冷徹な瞳が敵を射貫いた。
目の前で散った小さな命を思えば。この戦場で決着をつける他ないのだ。
「今度こそ、しっかりと止めを刺し直すとしよう」
ゼファーは大砲の元へ走り込み。グレイシアはルピエと共にマティスの抑えに入る。
「ルピエはグレイシアの近くで共に行動する事。兵器の残骸や亡骸には一切手を出さないでください」
「分かりましたよ。『エーファ団長』?」
わざとらしく薄笑いを浮かべながら元騎士団長の名を呼ぶルピエ。
「私はアルム・シュタールです」
「戻る気は無いと?」
男の問いにアルムは頷いた。彼女には既に仕える主が居る。
騎士団長エーファ・ブルーメはあの日、目の前の男の裏切りと仲間の無念を抱いて眠りについたのだ。
再会した日、自分の事をアルムと呼んだ男にはそれが分かっているだろうに。
何処までも他人の精神を逆撫でする事を好む相手にアルムは辟易する。
ポテトのミルクティー色の髪が寒風に流れた。
彼女の瞳は戦場を見据える。油断せず、一つずつ確実にこなせるように。
機械仕掛けのディンメル達に視線を向ける。軍人として戦場で散ったはずの命。
取り込まれ人形に成り果てたことを、本人たちはどう思っているのだろうとポテトは眉を寄せた。
無念であっただろうか。意志はあるのだろうか。
鉄帝の未来の為にも。彼らのためにも。
「ここで必ず!」
倒すのだ。もう、終わりにしてあげよう。眠るべき時に眠らせてあげよう。
●
ディンメルの抑えに入ったアレクシアの周りに花びらが舞う。フィエスタ・ローズを乗せた色彩は膨大な毒の乱舞だ。
「くっ!」
自身の身体に纏わり付く毒の花弁を剥がそうと掻きむしるディンメル。
弾みで男の瞳から歯車が地面に落ちる。そこから堰を切ったようにカラカラと『部品』が音を立てて転がった。アレクシアの瞳に動揺が浮かぶ。
「そんな姿になってまでどうして戦おうとするの!?」
「ウ、るさい。煩い!」
頭を振って心を落ち着けようとするディンメルだが、抜け落ちていく記憶と膨れ上がる怒りに飲み込まれていく。恐怖と衝動。失敗した己に逃げ場など無い。
何もかもが終わりで取り返しの付かない所まできてしまった。それだけは分かる。
それもこれも。目の前のイレギュラーズのせい。
「何をするつもりでも、ここは私が通さないよ! 倒せるものならやってみなさい!」
アレクシアの術は敵の意志を削いでいく。
前回敵だった者との共闘。
グレイシアはルピエの動向を探り続けていた。
目的を達成出来るのであれば問題は無い。だが、作戦中に裏切られでもしたら。
そう。彼は裏切りの騎士。アルムを貶めた張本人。
「そんなに、見つめなくても何もしませんよ」
「ああ、そうしてくれるとこっちとしても助かるな」
言いながらルピエはマティスの拳を剣で受け止める。グレイシアは男から注意を逸らさず大砲へと攻撃を放った。
「監視は請け負ったが、基本は好きにするが良い。行動妨害まで請け負ってはいないからな」
「そうですね。こちらもどうせ見つめられるなら美しい女性が良いですよ」
「違いないな」
まだ。裏切る素振りは見せないとグレイシアは思案する。
「こんな時ですもの」
協力をしてくれるのなら切実に有り難い。ゼファーは大砲兵器へと槍を突き入れルピエへと声を上げた。
「何なら、此処での活躍をローレットからも確りと鉄帝へ上申なり口添えなりしましょう」
「それは有り難いですね」
マティスの胴へ剣を走らせる男はゼファーに応える。
「喩え、嘗ての敵だろうと立場や状況が違えば利用出来る限り利用する。貴方の得手でしょう?」
「よく僕の事をご存じじゃあないですか。ローレットの情報屋は優秀なようだ」
言葉での牽制と監視。裏切る事の不利益を示したイレギュラーズの判断は功を奏したのだろう。
――――
――
戦場は苛烈を極める。
前回より少ない人数に加え、以前より強くなった敵。命を惜しまない兵器は己が壊れる事に躊躇せず向かってきた。兵器には仲間という概念が薄いのかもしれない。仲間諸共戦場に立つ敵性個体を排斥するように動くのだ。広範囲に高威力の閃光が放たれる。
この場に子供や一般人が居なくて良かったとゼファーは思った。
「先ずは邪魔者から軽く片付けるとしましょう!」
黒光りした大砲兵器に食らいつくゼファー。
内部で収束していく魔力を感じ取り、大砲の軌道から逸れて至近距離からの直撃を躱す。
「うっ!」
背後から聞こえる悲鳴はルル家のものだろうか。早く仕留めなければ被害が拡大する。
ゼファーは柄を握りしめた。
返した槍の一閃。月の弧を描き兵器を薙ぐ。
摩擦によって火の着いた大砲に追撃のカウンター。力強く地を蹴った威力のまま大砲へ突撃した。
重い金属音が戦場に響き渡る。
同時にカラカラと不自然な音を立てて、大砲兵器が沈黙した。
動かなくなった大砲にゼファーはアレクシアへと視線を送る。
「次へ!」
「ええ!」
息の合った連携。厳しい状況なれど仲間が居ることはそれだけで力になる。
目まぐるしく弾ける攻撃の応酬に『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)は肩で息をしていた。彼方此方に怪我を負っている。
「アルエット君はポテト君のサポートに回ってっ!」
「わかったわ!」
アレクシアの指示の元、攻撃に徹していた意識を回復へと移行する。
ポテトはアルエットに頷いた。
「一人で支え切れるなんて思っていない。だから、助け合っていこう。全員で無事に帰るんだ!」
「はい!」
二人の決意と、声が戦場に響く。
「メルカスはナイフがトクイらしいね」
「……」
二丁拳銃から繰り出される銃弾がイグナートの腕を掠める。隙の出来た反対側に紫電を纏わせた右腕がたたき込まれた。
大気を震わせる程の衝撃はイグナート自身にも負荷をかけるもの。
それでも、彼にはインファイトに持ち込みたい思惑があった。拳銃を捨てさせナイフを抜かせるため。
だが、メルカスの仕込みナイフは拳銃に内蔵されていた。
拳銃の底から突出した刃がイグナートの右腕を割く。空中にアガットの赤が散って地面に染みを作った。
「へえ。やるじゃん」
間違いなく強敵。戦い慣れた武士のそれ。
全力で挑まなければならない相手。イグナートの心に闘志の炎が燃え上がる。
血は戦いの証。散るほどに内なる獣が呼び覚まされるのだ。
加速する拳と全身の脈動。
「まだ、まだァ!」
「ぐ、っ!」
イグナートの拳は早さを増し、メルカスの急所を的確に狙っていく。
空気を裂き、唸る右腕。避け得ぬ軌道。
咄嗟にメルカスは受け止めるも。
メキリと腕の歯車が割れる音が響く――
利香はカスティール・ゴールドの瞳を上空へと向けた。
大鷲型の兵器は頭上から急降下して爪痕を残していく。
何とか地上に止めおければ仲間の範囲攻撃に巻き込むことも出来るが。
大砲に大鷲に。歯車兵器だろうと。視覚を有するならばこの魔眼の手中に収めることが出来るはず。
否、利香の魅力は視覚に及ぼすものだけではない。
香りや精神的な夢魔の能力で色香の檻を張り巡らせるのだ。
「心無い機械だろうと心を植え付ける魅了術……とくと堪能あれ!」
ふわりと戦場に甘い香りが漂う。
地上へ降りてきた大鷲は利香のチャームの虜になった。激しく怒りを露わにし利香の左腕に食らいつく。
だが、利香の肌に爪を立てる程に、色香は濃くなり大鷲の皮膚が傷を負っていった。
「わたしに傷を付けてただで済むと思わない方がいいですよ?」
黒曜石の刃が閃く――
夜魔剣グラムは忍耐力を純粋な殺意へと替える。
どす黒く粘度の高い意志は。
肉を断ち。骨を折って。刃は進む。
大鷲の羽根がブラッディ・レッドの飛沫と一緒に空中に舞った。
●
「体力と防御力が自慢だそうですね! その自慢、拙者の自慢で打ち砕いて差し上げます!」
ルル家がメルカスを照準に捉える。
銀河の煌めき。夜が広がり、一筋の光が収縮する。
夜明けの朝日が顔を出す瞬間の如く膨大な光の一閃。
マティスの心臓を貫いたルル家の超新星爆発。
「かはっ!」
血を吐きながら倒れ込む男に。女神の微笑みが舞い降りる。
「一回で倒れる男じゃあないですよね!」
「くそ、が!」
自身に回復を施し、立ち上がるマティスは見た。
夜空の中に浮かぶ二つ星。
膨れ上がる光の中から生み出されるもう一つの煌めき。
「運命の女神はいつだって諦めないものに微笑んでくれるものです!」
マティスの身体を三つの星光が穿ち。歯車の音が地面にまき散らされた。
――だから諦めてはいけませんよ、アナスタシア殿!
グレイシアの拳がメルカスの急所を捉える。
肉の奥に歯車の感触。きっと彼らは既に『人間』から逸脱しているのだろう。
下段から素早く懐に潜り込んだグレイシアが闘牙を纏わせた一打を繰り出した。
ガチリとメルカスの歯車が弾け、同時にグレイシアの肩口に銃弾が撃ち込まれる。
「大丈夫だ! 回復する」
傷口にポテトの癒光が降り注ぎ、身体が軽くなった。
まだ、動ける。
「ここは私が行きまス!」
グレイシアに代わって前にでたアルムは盾で敵を押し返す。メルカスのナイフがアルムの盾に弾かれた。
アルムの影から飛び出したのはゼファーだ。
炎を纏った槍はメルカスの右腹を穿ち、内側から内臓を焦がす。
「がァ……!」
痛みに間合いを取ろうとした敵の背後に立つのは、利香とイグナートだ。
利香のグラムがメルカスの右腕を切り落とし、イグナートの拳が胴を打つ。
命の灯火を散らし、メルカスが倒れた時。
戦況はイレギュラーズに傾いた。
●
ポテトは静かになった戦場を見渡しながらルピエを警戒していた。
狙いが分からない以上、何をするのかも分からない。グレイシアも傍で見ているが用心するに越したことは無いのだから。どうか。裏切らないでいてほしいとポテトは願う。
しかし、その願いとは裏腹に。
ルピエは機敏な動きで、力尽きているアルエットとルル家を掴み上げた。
「やめろ! 何をするんだ!」
ポテトの声にイレギュラーズが一斉に振り向く。
最初に動いたのはアルムと利香だ。
「ルピエ!」
「本当に残念ですよ、本当に!」
一足早く男の元へ到着した利香がグリムを突き出し牽制する。
じりじりと詰まる間合い。
「ここで私達を殺すメリットはあるのかな?」
ギアバジリカを何らかの形で利用しようとしている可能性。
手柄を独り占めしたいだとか、そういった類いのものかもしれない。
激戦を戦い抜いた今ならば、イレギュラーズを殺せると踏んだのか。
ルピエの腕の中ぐったりとしているルル家とアルエットが気がかりだ。
アレクシアはじりじりと間合いを詰めていく。
誰しもが男の行動を見逃さぬよう、ゆっくりとであるが歩を進めていた。
「ふっ、くふふ。いえいえ。殺したりはしませんよ。ちょっと、風よけに、ね。二人は邪魔なんて一人でいいですかね」
ルピエは一番近くに居た利香にアルエットを投げる。利香は雲雀を受け止めて睨み上げた。
ああもう少し。
もう少し、こちらへ来い。
早く。
カチリ。
戦場に小さな歯車の音。
そして。
閃光と衝撃波――
暴発した大砲兵器がコアごと吹き飛んだのだ。
――――
――
耳鳴りが治まる頃には砂埃も止み、地面には大きな穴が開いている。
ポテトは直ぐさま仲間に回復を施した。
イグナートがグレイシアを起こし、アレクシアがゼファーの肩を支える。二人とも咄嗟に近くの仲間を庇って負傷したのだ。
「ルピエ、何をしたのですか!」
アルムは怒りを込めた眼差しでルピエに掴みかかった。
「僕は何もしていませんよ。ただ、爆発の予兆みたいなものがあったので」
敵か味方か分からない者の言葉を素直に聞くほど、イレギュラーズは愚かでは無い。
仮にルピエが爆発が起きると言っても懐疑的であり、行動が後手に回る。
そういった間柄の人物を動かすには何が必要か。
悪い奴が悪い行動を取れば、疑いようのない行動原理が生まれる。
意識は自然とルピエに集まるのだ。
「では、これで任務は終了です」
砂を払い、ルピエは剣を鞘に戻す。
「ああ、そうだ。ディンメルの席、ありがとうございました。軍部への口添えよろしくお願いしますね。ローレットの皆さん」
形式的な礼をして踵を返すルピエ。
パーシアン・レッドの瞳で一瞥して。男は寒空の下、去っていった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れさまでした。如何だったでしょうか。
ルピエを上手く懐柔した方へMVPを。
またのご参加をお待ちしております。
GMコメント
もみじです。鉄帝防衛戦。頑張りましょう。
●目的
歯車兵団(元ショッケン派軍人)、歯車兵器の撃破。
●ロケーション
鉄帝首都外壁の街道。見晴らしが良いです。
灯りや足場は気にしなくて大丈夫です。
●敵
敵の数は多く三人のネームドは強力です。
○ディンメル
ピストルとサーベルで武装する若手将校でした。
近接中心の軍隊格闘術で戦います。
ギアバジリカに取り込まれ機械仕掛けになっており、以前より強いです。
○メルカス
二丁拳銃で武装するベテランの軍人でした。
戦闘力が非常に高いです。
必要とあらば遠距離から近距離までこなすトータルファイター。
一番得意なのはどこかに仕込んでいる短剣です。
ギアバジリカに取り込まれ機械仕掛けになっており、以前より強いです。
○マティス
大柄で筋肉隆々。体力と防御力が取り柄です。こんなナリで回復役。
前線で戦っても強いです。
ギアバジリカに取り込まれ機械仕掛けになっており、以前より強いです。
○歯車兵器×10
蒸気機関を搭載したや歯車兵器。そこそこ強いです。
・狼型5機:近距離攻撃
・大鷲型3機:中距離、空中戦闘
・大砲型2機:遠距離、威力大
●友軍
○『裏切りの騎士』ルピエ・フェール
アルム・シュタール(p3p004375)さんの関係者です。
かなり悪い人。強いです。
今回は味方としてこの場に来ています。
○『黒鴉』ジナイーダ
ゼファー(p3p007625)さんの関係者です。
今回は裏方に徹していて戦闘には参加しません。
○『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
神秘バランス型。回復をメインに神秘攻撃が使えます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はB-です。
依頼の情報としての精度は高いのですが、気になる存在はルピエです。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
Tweet