PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Despair Blue>貪食の渦

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ロートパゴスの島を抜け
 絶望の青へと繰り出した海洋の船乗り達。ありとあらゆる災難や魔獣が、次々に船乗りや、それに帯同するイレギュラーズへと襲い掛かってきた。その中のある船は、楽園のような島に辿り着いた。海は穏やか、陽射しもうららか、そこら中に生えた樹についた実は風味絶佳。非の打ちどころのないような楽園だったが、それさえも絶望の青に掛かれば油断ならぬ罠へと早変わりするのだ。島に囚われ喰われかけた船乗り達だったが、イレギュラーズ達の活躍によって何とか難を逃れ、再び海へと飛び出した。
 船団へと合流したその船は、欠員の出た船と合わせて船員や積み荷の乗せ換えを行った。少しでも多くの船を新天地へと送り届けるための策である。
 こうして人員や物資をやり繰りしながら、必死に水平線の彼方を目指して進む船。疫病や魔獣への恐れはまだまだ多く残っている。しかし、絶望の青の試練を一つ乗り越えたという事が、ほんのわずかな自信となり、船乗り達に探索を続ける活力を与えていた。

 これは、そんな頃の出来事である。

●カリュブディスの海域
「君達、見ての通りの大時化だ」
 船のロープを引きながら、船長は鋭く叫んだ。嵐の中でも、船長は帆を一杯に張らせ、抜き放ったカトラスを空の彼方へ突き出す。荒れ狂う風が船の周囲で一つに纏まり、凄まじい速さで波を断ち割り進んでいた。彼は側の船乗りに己の手帳を開かせ、その中を覗き込む。
「この海の伝説の中に、『貪食の渦』と呼ばれるものがある。海の底に巨大な『船喰い』が住み、近くを通りかかる船を海水ごと一気に飲み込んでしまう、という話だ」
 船が一際大きく揺れる。しかし、その波は常に一定方向から流れてくる。まるで奴隷を縄へ繋いで引くように、船をひとところへと引きずり込もうとしている。
「そして……おそらく、ここがその渦だ。船喰いの長……クラーケンが来るぞ」
 彼が言うや否や、船の背後の海が割れ、真っ黄色のぬめぬめした粘液に包まれた巨大な軟体が姿を現す。二つの眼をぎらつかせ、その口を開いて一気に海水を飲み込み始めた。凄まじい速さで進む船を、無理矢理クラーケンへと引き戻そうとする。
「来たぞ! 構えろ!」
 船長は船の上で叫ぶ。クラーケンは巨大な腕を振り回し、船へ叩きつけようとする。君達は飛び出し、あの手この手でそれを防いだ。ならばとばかり、クラーケンは墨の塊を弾丸のように飛ばす。船員が一人直撃を喰らい、真っ黒になって気絶した。船長は舌打ちしつつ、君達に向かって叫んだ。
「私が船を走らせる! 君達の手であの後ろのタコを妨害してくれたまえ!」

GMコメント

●目標
 戦闘区域から離脱するまで船が沈没しないようにする。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 大洋の中で戦闘を行います。
 操船は船長が行っている。彼が倒れると船を動かす風を喪うため非常に危険。
 海は大時化、万一海に落ちればあっという間に体力を削られてしまうでしょう。

●敵
☆クラーケン
 船喰いと呼ばれるイカともタコともつかない魔獣がさらに成長した姿。知性は相変わらず単純だが、力も生命力も非常に強い。食欲旺盛で、迫る船を全て飲み込んでしまおうとします。

・特徴
→蛸足
 大量の足が生えている。一本切っても次々に足を伸ばしてきます。
→ぬるぬる
 分厚い粘液の層で覆われた身体は、攻撃を簡単には通しません。

・攻撃方法
→メルストロム
 巨大な口を開いて大量の海水を吸い込むことで、船を自らの下へ引き寄せてしまいます。
→叩き付け
 蛸足を大きく伸ばして叩きつけます。吸盤が吸いついてしまうため、早めに叩き落とさないと危険です。
→蛸墨
 墨を飛ばして攻撃します。毒は入っていませんが、その強烈な質量が直撃すると吹っ飛ばされてしまいます。
 

●TIPS
☆クラーケンを討伐する必要はありません
 →ある程度ダメージを与えると逃走します。
 →ある程度距離を離せば諦めて帰ります。


影絵企鵝です。今度はクラーケンです。よろしくお願いします。

  • <Despair Blue>貪食の渦完了
  • GM名影絵 企鵝
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月26日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
奥州 一悟(p3p000194)
彷徨う駿馬
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
桐神 きり(p3p007718)
リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)
黒狼の従者

リプレイ

●貪食の大蛸
 海に大穴を空けて飛び出した大蛸。それは大口を開けて。いきなり海を吸い込み始めた。波が大きくうねり、風を捉えて奔るガレオン船すら無理矢理飲み込もうとする。船縁を掴んで踏ん張りながら、秋宮・史之(p3p002233)は巨大な蛸の姿を見遣る。
「これ系の敵見るといっつも思うんだけど、獲物を待ってないで食いに来た方が話速くない?」
 隣に立つ船長をちらりと見遣る。彼はカトラスを構え、じっと風を操作し続けていた。
「あの手の連中は巨大化し過ぎて動くに動けないのだろう。そうでなくては我らもいよいよ腹をくくらねばならんところであったが」
「ふうん……」
 長く伸びた蛸足が振り下ろされる。史之は咄嗟に脇へと飛んだが、彼は息が詰まってその場でふらつく。絶望の青に撒き散らされた奇病、廃滅病が彼を徐々に蝕みつつあった。治療法は未だ不明。死へのカウントダウンが続いている。しかし彼は強気な笑みを崩さなかった。
「へん、残り一カ月もあるんだろ? よゆーじゃん! 来いよタコ、俺は秋宮史之、この海を『希望の青』へ塗り替えて、新天地へゴールしてやるよ!」
 強気に叫ぶ史之。蛸の足がピクリピクリと動き、それぞれが独立した生き物のように次々と史之へ襲い掛かった。彼は身を翻すと、紅色のプラズマを発生させて弾き返した。足は仰け反ったが、まだまだその戦意は高い。その身に水天一碧の闘気を纏わせ、十夜 縁(p3p000099)は身構える。
「『貪食の渦』なんて呼び名からして、浪漫溢れる類の伝説じゃねぇのは想像が付いたがね。それにしても、相変わらずここいらに住んでるやつらはスケールがでかいことで」
 鞭のように唸り、振り下ろされる蛸の足。縁は素早く割り込むと、身を翻して蛸足に掌底を繰り出す。流し込まれたオーラによって黒い粘膜が破裂し、内側の白い身が剥き出しになった。会心の一撃であったが、縁もまたその場でよろめいた。首筋に焼き付けられた痣が、一層その色を濃くする。
「ま、いつ死んでもおかしくねぇ身ではあるが……イカだかタコだかの餌になるのは勘弁願いたいし、死にかけなりに足掻かせて貰うとするぜ」
 再び蛸が、縁と史之を纏めて薙ぎ払おうとする。縁はその場で大きく仰け反ってその一撃を躱し、擦れ違いざまに再び手刀を浴びせる。
「さーて、根競べといこうや、『船喰い』の旦那。これでも気の長さには自信があってなぁ、試してみるかい?」

 一通り海水を吸い込み終えたタコは、今度はその漏斗からどす黒い墨をぶっ放してきた。墨の塊は船乗りの一人に直撃し、彼らは吹っ飛ばされて甲板に投げ出される。振り返ってその姿を見遣り、ヒィロ=エヒト(p3p002503)は目を丸くする。
「船を襲うタコは前にも見たけど……大きさは桁違いだね、美咲さん」
「そうね。一回り、二回り……どころの話じゃないかしら」
 美咲・マクスウェル(p3p005192)も頷いた。深く息を吸い込んで、呪いを唱えながらその身に魔力を満たしていく。嵐から分かれた風の束が、彼女の身を取り巻き始めた。
「蛸足に捉えられても、強烈な奔流に引きずまれれば一巻の終わりだ。少なくともそれだけは防がなければならない……なんて、そんな消極的な態度で臨むのはらしくないかしらね」
「うん! 一度は倒した相手だもんね。恐るるに足らずだよ!」
 ヒィロも頷くと、尻尾を振るって大きく空気を含ませ、その足に狐火を纏う。美咲はその腕に茨の幻影を纏わせ、力強く甲板を踏み込んだ。
「さあ行くわよ。別に倒しちゃっても構わないんでしょ?」
 ヒィロと美咲は一斉に空へと飛び出す。ヒィロは荒天の中も構わず蛸の正面に身を晒し、蛸に向かって大音声で叫んだ。
「さぁ来なよ! 楽しい楽しい殴り合い、始めようよ!」
 彼女の叫びに応じて、蛸の足が次々に飛び出し、本体ものろのろと間合いを詰めてくる。ヒィロが軽やかに跳び回って蛸足の隙間を掻い潜っている隙に、美咲は蛸の眉間へ目掛けてその手を翳す。
「下がりなさい!」
 放たれた蒼い衝撃波が、蛸を僅かに怯ませた。

 船の外まで飛び出した二人に蛸の眼が集中し、船への攻撃が僅かに緩む。その隙に錫蘭 ルフナ(p3p004350)は船縁へ慌てて寄りかかった。しかし何も出てこない。既に吐くものは吐ききってしまった。
「よくわかった。僕、船酔いする」
 ルフナはぽつりと呟く。大時化の海に突っ込まされた今となっては、もう船の揺れがあまりに激しく、一周回って思考が明瞭になってきた。要するにはっきりと気持ちの悪さを自覚する他ないのだ。しかしもう戦いは始まってしまった。出来るのはマストと己を命綱で括りつけておくことくらいである。
「……何だよ?」
 リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)の視線に気づき、ルフナは軽く噛みつく。彼女は小さく首を振った。
「いえ、何もありませんが……」
「じゃいいけど」
 ルフナは気を取り直すと、船尾で蛸足を迎え撃つ史之達へと駆け寄っていく。彼らは良く捌いているが、それでも一撃一撃は重い。彼は森の霊力を周囲に漂わせると、手足に痣を作った史之へ向けて解き放った。
「船酔いは治せないけど、怪我なら任せてよ」
「ありがとう、助かったよ」
 史之は息を整えると、再び障壁を張って身構える。蛸は再び海の水を吸い上げ、船を自らの下へと引き寄せ始めた。全速力で海を掻き分けていた船が、急に速度を鈍らせる。奥州 一悟(p3p000194)は思わずその場につんのめった。再び蛸の足がぬるぬると突き出し、一悟を狙って襲い掛かってくる。彼は咄嗟に脇へと飛び退き、その場でトンファーを振るう。
「めんどうなヤツだな。おまえの餌になんかなってやるもんか。オレたちは先を急がせてもらうからな!」
 吸盤を甲板に張り付かせ、更に船を蛸の方へと引き寄せようとする。一悟はトンファーの先に炎を纏わせると、目の前の足に向かって力任せに叩きつけた。
「おらっ! タコ焼きの具にしてやる!」
 蛸足は火に包まれ、纏わりつく粘液が僅かに沸き立ち煙を濛々と立ち込めさせる。分厚い粘液を払う熱攻撃に怯み、足は素早く仰け反った。
「追撃します」
 リュティスはマストの陰から素早く身を乗り出すと、漆黒の弓を目の前に突き出した。光で紡がれた弦を一気に引くと、漆黒の矢を燃える足に向かって放った。突き刺さった魔力の塊は筋を断ち、蛸足は先がぐらりと崩れる。
「よーし、隙ありですよ!」
 そこへ桐神 きり(p3p007718)がひょこりと飛び出す。大ぶりのナイフを抜き放った彼女は、その身を大きく躍らせ勢いをつける。
「海で巨大生物と遭遇するなんて、中々の恐怖感がありますが……だからといってへこたれたりしませんよ!」
 きりは高らかに言い放つと、全身の力を載せてナイフを振り抜き、青く輝く衝撃波を放った。直撃。輪切りになった蛸足が、海へ落ちて沈んでいく。それを見送ったリュティスは溜め息交じりにぽつりと呟く。
「これが絶望の青……穏やかだった海がこのように荒れてしまうなんて」
「えらいことですよー。ちょっと晴れたと思ったら次の瞬間には大荒れになるし……何者かの意志が働いてるような気がしてならないですよお」
 きりも深々と溜め息を吐く。リュティスは再び黒い矢を放ち、蛸足を一本牽制した。
「ええ、興味深い現象ではあります。……が、そんな悠長な事は言っていられなさそうですね。窮地を切り抜けるためにも、頑張らなければいけません」
「はーい! こんなところで海の藻屑は御免ですから、軽く料理してあげますよ! 蛸なんですから!」
 きりは揚々と言い放つと、再び短剣を構えた。

●蛸野郎を追い払え
 海を呑み込み、無数の触腕を伸ばし、クラーケンがガレオン船を呑み込もうとする。イレギュラーズは足を切り落としたり、直接本体に一撃入れようとしたりと奮戦していたが、大蛸もいたくしぶとかった。足を切り落とす度に新たな足を次々に伸ばして、その巨大な吸盤を船の甲板に貼り付けてくるのである。
「またまたー、本当にしつこいですよ!」
 船首付近に立っていたきりは、甲板を踏み越え船尾へ一直線に駆けていく。蛸が船を引っ張り始め、船がいきなりがくんと揺れた。一瞬躓いた彼女だったが、何とか立て直して飛び込む。
「ぬるぬるでもかちこちでも、この一撃を止める事は出来ませんよ!」
 きりがナイフを構えると、その左目が眩い赤色に輝いた。嵐の中で大きく身を躍らせた彼女は、獣のように蛸の足へと飛び掛かった。蛸足に纏わりつくぬめりを断ち切り、分厚い表皮に刃を突き立てる。そのまま刃の先に魔力を流し込むと、放たれた禍々しいオーラが蛸の肉へと染み込み、強引に引きちぎった。切り離された蛸足が跳ね上がり、甲板でぴちぴちと跳ね回る。飛び散ったぬめりが甲板を汚していく。史之は咄嗟に身を翻し、斥力を放って足の切れ端を追い払った。一旦甲板へと降り立とうとしたが、足下は既にぬめりだらけ。船員が何人も足を滑らせている。
「あーあ、甲板ぐちゃぐちゃ」
 史之は溜め息を吐くと、瓶詰めした重曹を船へとばら撒いていく。
「これでぬめぬめは解決。もう少しマトモに動けるんじゃないかなぁ……っと」
 その時、蛸が巨大な漏斗から再び墨の大砲を放つ。船尾に立っていた縁は、大きく一歩を踏み出し、袖を振るって目元を覆い、大きく身を躍らせて力任せに墨の塊を叩き割った。一気に墨が飛び散り、オーク材の黒い木肌が一層黒く染まる。痺れる腕を振るい、縁は溜め息を零した。
「あぁまったく、仕事が多いってのは幸せだねぇ……大丈夫かい、船長」
「今のところは」
 船長は舵を自ら取りながら風を吹かせている。周囲に目を配る余裕は無いらしい。そのそばに立って、一悟は代わりに蛸の様子に目を光らせた。
「墨を吐く時には、きっと海水の吸い込みが少なくなるはず……」
 頭に叩き込んだ魔獣の知識が、的確に蛸の行動を読み切る。蛸が海水の吸い上げを止め、不意に漏斗を引き絞った。
「来るぞ!」
 一悟は叫び、船長の側で身構える。墨の塊が彼に直撃した。あまりの勢いに、彼はそのまま海へ放り出される。
(やったな、くそっ)
 朦朧とした意識を混沌の力で引き戻し、彼は荒れ狂う海から再び飛び出す。懐から大きな爆弾を取り出すと、力任せに海へと放り投げる。
「仕返しだ! これでも喰らいやがれ!」
 その瞬間蛸が再び海水を吸い込み始める。爆弾を呑み込んだ瞬間、かすかな黒煙が蛸の口から溢れた。再び足を次々に海から突き出していた蛸だったが、その一撃で一瞬怯む。一悟はその隙に海へと舞い戻った。リュティスがそこへ駆け寄り、彼の胸元の痣を治癒魔法で消し去っていく。
「大丈夫ですか、奥州様」
「何とか。ここからはちょっと無理できねえけど……」
「承知しました。私が交代しましょう」
 リュティスはこくりと頷くと、船長の側へと駆け寄っていく。再び足が伸び、いよいよ船長や舵へと絡みつこうとしていた。
「させませんよ。……覚悟は良いでしょうか?」
 彼女は白い髪を振り乱し、素早く全身を躍らせる。ふわりと舞ったスカートの裾から次々に黒い蝶が飛び出したかと思うと、蛸足へ押し寄せ一気に取りついた。蝶が蛸のぬめりを喰らい尽くした瞬間、黒い矢を放って蛸の足を撃ち落とした。

 一方、船尾から更に飛び出したヒィロは、大時化の海で何本もの蛸足に取り囲まれ続けていた。頬についた粘液を何とか拭い、ヒィロは押し寄せる蛸足目掛けてその掌を翳した。
「もう! ぬるぬるぬるぬる! 気持ち悪いから近づくな!」
 ヒィロは叫ぶと、掌から闘気を放って蛸足を突き飛ばす。蛸足が揺れてもつれた瞬間、そばまで飛び込んだ美咲が茨の結界を放って蛸足の肉を抉る。
「大丈夫?」
「何とか。でも船も少しずつ攻撃されてるし、このまま戦っててもジリ貧かも」
「……そうね。ちょっと危険だけど、虎穴に入らずば虎児を得ず、かしら」
 二人は頷き合う。ヒィロは身を翻すと、蛸の眼前目掛けて一気に飛び込んでいった。その鎧に深紅の光を纏わせて、拳を構えて蛸を挑発する。
「かかってこい! ボクを呑み込めるもんなら呑み込んでみろ!」
 至近距離から挑発を受けた蛸は、全ての足を次々にヒィロへ伸ばしていく。次々に彼女を打ち据えたが、彼女は歯をくいしばって耐える。
「ボク達は絶望の青を希望に塗り替えに来たんだ。このくらいじゃへこたれないよ!」
 ヒィロが耐えている隙に、美咲も蛸の眉間を射程圏内に収める。
「強いだけなら、理解できる。理解できるレベルの敵に、絶望はしないよ」
 彼女は眉を寄せると、黒い瞳を輝かせる。
「ここは『絶望の青』なんでしょう? 名に値しないなら――失せろ」
 空間が捩れ、蛸の眉間から青い体液が溢れ出した。蛸は呻き、足をするする引っ込める。ふらつくヒィロを引っ掴むと、美咲は素早く船へ舞い戻った。それを迎え入れたルフナは、風を巨鳥へ変えて手を翳す。鳥が大きく帆を扇ぐと、船は一気に渦の外へと進み始めた。
「さあ、これであの蛸も近寄れないかな」
 ルフナの風も借りて、どんどん加速する船。蛸は必死に足を伸ばすが、最早船を捉える事は出来なかった。

●試練は続く
 空を埋め尽くしていた黒い雲が嘘のように消え去り、再び穏やかになった海を墨だらけのガレオン船が走る。海に沈んだ蛸は、恨めしげに足だけをゆらゆらと揺らしていた。史之はハンカチを抜いてひらひらさせる。
「恨めしそうにしてるね。食い損ねたんだから当然か」
 振り返ると、船長と縁が対面しているところだった。
「自慢の船を汚しちまってすまねぇな、船長。修理代諸々は後でローレットの方に請求を頼むぜ」
 冗談めかして縁が言うと、船長は首を振る。
「それには及ばん。そもそもこの船は海洋の軍船だからな。我々できっちりと掃除するのが筋というものだ。君達の活躍によって損傷も幸い僅少だ。気を失っている者はいるが……航海は問題なく続けられるだろう」
「やれやれ、真面目だねえあんたも……」
 堅物の船長に縁は溜め息を吐く。目の前では船員達と共にリュティスがモップで甲板を擦っていた。海水を汲み上げ擦ってやれば、墨はさらさらと流れ落ちていく。
「墨は墨でも、蛸の方の墨で良かったですね。イカの墨だとこうも簡単に掃除は出来なかったでしょう」
「ああ。つってもあいつらが撒き散らしたねばねばがまだ残ってるんだが……」
「ぬめりは塩を擦りつけることで落とせます。塩には困っていないのですから、辛抱強く取り除きましょう」
 メイドらしく細やかに働くリュティス。その姿を眺めながら、甲板に倒れ込んだ美咲とヒィロは溜め息を零した。空で嵐に揉まれ続け、起き上がる元気が残っていない。
「美咲さん、疲れちゃったよー……もう全身が筋肉痛で……起き上がれない」
 ヒィロは美咲の腰回りにしがみつき、深々と溜め息を吐く。尻尾だけがゆらゆらと揺れ続けていた。美咲も瓶から取り出したきゅうりのピクルスを丸かじりしている。
「疲労回復には酸味の利いた食べ物が良いっていうけど、ここまで同じものばっか食べてると飽きてくるわね」
「うんー……いつも酢漬けばかりだもんね」
 二人は揃って溜め息を吐く。ピクルスをぽりぽりと齧り、美咲は唸った。
「はー、いかそうめんかたこわさ、炊き立ての白米でがーっといきたい……」
「すまんな。海洋の食糧保存技術はまだまだ未熟でな、余り新鮮な食料を保存しておけないのだ」
 そこへやって来た船長。美咲は手をひらひらさせた。
「わかってる。でも、たまにはね……最近魚も釣れないし……」
 そんな彼女達を、ルフナはちらりと見遣る。彼は船縁に張り付いたまま、そこから動けずにいた。戦いが終わって船が穏やかになったと思ったら、また吐き気が戻ってきたのである。
「こんなところで、よく食べ物の話が出来るなぁ……もう、僕は気持ち悪いよ」
 またしても胃から何かがこみあげてくる。彼は慌てて船縁へ身を乗り出した。
「ああもう、最悪……」
 ボロボロのルフナ。船長は彼の側にやってくると、粉薬を彼へ手渡す。
「吐き気が収まったら飲むといい。ハーモニアに効くかはわからんが、一応酔い止めだ」
「ふうん……一応期待しとくよ」
 二人のやり取りを側で見ていた一悟は、船長に向かってふと首を傾げる。
「なあ、あんたが起こしてる風って、何かの魔術なのか?」
「そうそう! 凄かったね! ずっと嵐だったけど、ずっと追い風だったから最後まで追い付かれなかったし!」
 ヒィロも身を乗り出して来る。船長はカトラスを抜き放った。
「いや。この剣の力だ。ある島の奥地に秘められていた、大昔の海賊の宝だ。扱いには癖があるが……習熟すればいかに大きな船でも自由自在に操れる」
「へえ……そいつは頼もしいや」
「だが、この剣の力を十分に発揮するためには、安定した援護が必要だ。その意味でも、君達には期待している」
「おう、戦いはオレ達がやるから、任せてくれよな」

 船尾に立っていたきりの目の前で、蛸の足がするすると沈んでいく。今度こそ諦めたらしい。それを見届けた彼女はほっと胸を撫で下ろした。
「ふう、これにて一軒落着ですねー……」
 しかし、船首の方を振り返れば、またしても水平線の向こう側が暗くなっている。新たな災厄の予兆だ。
「まだまだ先は長そうです……」



 おわり

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

この度はご参加いただきありがとうございました。今回は蛸の狙いが船の外に引っ張られたりもしたので全体的に被害が少なくなりました。
船旅はまだまだ続きます。またご参加いただければ幸いです。よろしくお願いします。

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