シナリオ詳細
<Despair Blue>Refrain Blue
オープニング
●Refrain
「……ク……」
薄ぼんやりと寝ぼけた頭に懐かしい声が響く。
「……イク」
鼓膜を優しく揺するのは澄み切った女性の声だ。
名を呼ばれる事が光栄で、何処までも嬉しかった――あの声だ。
遠く、遠く。擦り切れてしまいそうになる程の昔日。
『覚えているその声が本当のものかも分からない』位の胡乱の彼方。
果たして君は、本当に君の声で話しているのだろうか?
吾輩のこの思い出は、絶望の海に揺蕩う哀れな海賊が作り出した妄想ではないのだろうか?
「ドレイク!」
――三度目、これまでより強く発せられた呼び声と共に頭に衝撃が加わった。
痺れを切らした『彼女』は、これ以上の時の浪費を認めなかったという事だろう。
「……乱暴だねぇ、陛下は」
「妾を呼びつけておいて居眠りしておるとは、そなた随分な身分じゃな!?」
「いや、申し訳ない。此度『大号令』の準備に昼夜追われる身でしてね」
「えっと、それを言われると弱い……が、そーれーでーもーじゃ!」
「まぁ、唯の言い訳なんですけども」
「ドレイク!」
腰に手を当ててぷりぷりと怒るその姿が愛おしい。
白い顔(かんばせ)を血色に染める今日の彼女の体調が『悪くない』事に安堵した。
「出航は本当ですとも。此度こそ。吾輩は必ずや『絶望の青』を攻略し、海洋王国の、陛下の悲願を達成してみせましょう」
「うむ。そなたの実力には期待しておる。妾の――我等が『希望』を頼むぞ」
「海賊風情の背負えますものならば」
彼女の言葉に吾輩は――表に出す態度は兎も角――心身が引き締まる想いだった。
本来ならば自分のような――そう海賊風情が王国の一大事業たる『大号令』に提督として参画する事等無かっただろう。宮殿で海洋王国女王に謁見出来る道理が無い。しかし、彼女は――女王エリザベス・レニ・アイスは卑しい身を嘲る全ての人間を跳ね除けて海賊ドレイクに格別の恩寵を与えてくれた恩人だ。
「女王陛下には是非、海洋最強のガレオンに乗るが如し安堵を……
おお、かの海もきっと陛下の威光に屈しましょうや!」
「その安請け合い、流石ドレイクじゃ! 本当にそなたは面白……」
エリザベスはそこまで言った所で酷く顔を歪めていた。
胸の辺りを抑え、激しく咳き込む。青い顔をした侍医が慌てて駆けより、その身を支えて処置を取る。「お休みを!」と悲鳴に似た声を上げる彼を力無く制した彼女は言う。
「……すまんなぁ、ドレイク」
「何を謝られますか」
「そなたに期待をかけ、希望を口にしておいて――
――その癖、妾はそなたの帰りを待ってはおれぬかも知れぬ」
「馬鹿な事を」
本当に、馬鹿な事を――思わず吐き捨てるような声になってしまった事を反省した。
胸の内を焼き焦がすのは焦りであり、恐れである。
絶望の青に何が待とうと――荒れ狂う海の恐慌がそこにあろうと、暴君の如き『狂王種』が闊歩していようと、『魔種』なる御伽噺の化け物達が手ぐすねを引いていようと、謎の死病が蔓延していようとだ。そんな事はどうでも良かった。勇猛果敢たる海賊ドレイクを阻む、恐れさせる何者でもありはしない!
「本当にすまぬ……」
「怒りますよ、陛下。もう二度と言われなさるな」
罰が悪そうに苦笑したエリザベスに、そんな顔をさせてしまった事を後悔する。
吾輩が怖いのは目の前の女王の笑顔が自分の前から永遠に失われてしまう事、それだけだった。実際の所、海賊たる吾輩は『海洋王国の誇り』に興味はない。この国の未来を真剣に憂いている訳でもない。きっと最初から、ここに彼女が居る事が全てだった。
(……時間が無い。一刻も早く絶望の青を、いや、それより何より)
吾輩の『本当の目的』は絶望の青の攻略等ではない。
絶望の青は人智及ばぬ未踏領域である。吾輩が『財産の三分の二を吹き飛ばして』手に入れた秘密の海図にはとある記述が残されていた。
――絶望の青には希望がなる。
生命の果実は万病を癒し、永遠の命を与する秘薬である――
御伽噺の伝説だが目的が無いよりは、希望が無いよりは余程良かった。
吾輩は船団を率いて、何よりも優先して海図の秘密を解き明かす。
溺れながらに藁を掴む愚かと知っていても。
「……ああ、ドレイク。きっとまた、妾に素晴らしい航海の話をしてくりゃれ」
「全ては陛下の御為に」
力無く微笑んだエリザベスの手を両手で握り、それからキスを落とす。
是非も無い。それが億が一にでも愛しい彼女を救う術に繋がるならば!
●Despair
「……ク……」
薄ぼんやりと寝ぼけた頭に声が響く。
「……イク」
鼓膜を鬱陶しく揺するのは野太い男の声だ。
煩い。微睡をしつこく追い回す不遜にはフリントロックの一発もお見舞いしてやりたくなるというものだった。
「ドレイク!」
――三度目、これまでより強く発せられた呼び声を剣呑と睨みつける。
痺れを切らしたバルタザールは、自身こそ心外だという目で『ドレイク』を眺めていた。
「……折角、夢を見ていたのに。寝起きが君では後味が悪すぎる」
「失礼な奴だ。こっちはアンタの言う通り準備を済ませてきたのによ」
何時になく機嫌の悪いドレイクに幾分か気圧されながらも、海賊連合首領バルタザールは現状の報告を続けていた。
「アンタの指示通り、グレイス・ヌレで逃げ延びた連中を拠点まで誘導した。
『兵力が要る』なんて言うが、アンタの事だ。三流に用は無いんだろう?
あくまで俺の基準だが、使える連中のみに絞った心算だ。
……ま、使えない連中はそもそも『絶望の青』で即リタイアだ。
お眼鏡にはきっと叶うだろうさ」
「ま、テストが上手くいったいみたいで幸いだね。
バルタザール、吾輩とて君の事はそれなりに信頼してるから、ネ」
何処か嬉しそうな顔をしたバルタザールをドレイクは冷笑した。
言葉は半ば本当だが、もう半ばは皮肉である。自身の実力を正しく知る賢明さは評価すべきだが、何時から海賊は他人の風下を良しとするようになったと叱ってやりたい気持ちもある。まぁ、『その考え方自体が古い自分のエゴなのは理解してはいるのだが』。
「しかしアンタが噂の『幽霊船長』だとは知らなかったぜ」
「絶望の青には無数の無念が募っている。
吾輩はその全てをコントロール出来ないが、とあるアイテムでその方向性を決定づける事だけは出来るのさ。だが、完全なコントロールが出来ない船員ばかりじゃ、より緻密で精密な――本当の意味での戦いは難しい。
だからこそ、君達をスカウトしにいったという訳だよ」
遊撃を繰り返す幽霊船は不滅にして無限のジャマー。
海賊連合旗艦『ブラッド・オーシャン』はドレイクにとって御誂え向きの乗艦であり、バルタザールをはじめとする腕利きのクルーはまさに彼の欲しかった手足である。
「俺達はこれからどう動くんだ?」
「当然、君の思っている通りさ、バルタザール。
海洋の男に産まれて、海を行く者として生きて、絶望の青を越えようとしないなんてのは嘘だろう?」
「そうこなくちゃ! だが、アンタ程の男が何故これまではじっとしてた?」
「絶望の青はそんなに簡単じゃないのよねぇ。
この海には支配者が居る。それは狂王種でも吾輩でもない。
絶望を産んだ原初。呪いの根源、先へ進む事を絶対に許さない悪意」
「……そいつを倒す必要がある?」
「その通りだが、アレは人間の及ぶ相手じゃあない。
吾輩もここが長いからね。段々姿は見えてきてはいるのだが。
だが、御誂え向きだ。王国は『人智及ばぬ魔性を倒す手段(イレギュラーズ)』をこの海に送り込んだ。ネメシスの噂が本当なら、クリアのピースは整ったという訳さ」
「……………つまり、連中を利用する?」
「不満そうだね、バルタザール。敗けた君達ならば当然か。
だが、君の喜ぶ情報もあるぜ。吾輩は『絶望の青を攻略する心算ではあるが、あの海洋王国等にさせる心算は無い』。似ているようでこれは大いに違う。
この海を覆う絶望が晴れたとて、吾輩は残らず奴等を沈めてやる心算でいるのさ!」
にこやかな笑顔でそれを言ったドレイクにバルタザールは薄ら寒いものを感じていた。
これまでにも彼の危険性は幾らか見てきたが、今のが一番『強烈』だった。
掴み所の無い男だが、煮えたぎった感情が隠れなかったのは初めてだったからだ。
「――御頭!」
「どうした!?」
「十時の方向に船影! 局地嵐(サプライズ)を抜けて五隻程の船団がやってきます!」
「所属は――聞くまでもねぇな。海洋王国軍艦か!」
見張り台の部下から報告を受けたバルタザールはドレイクを見た。
ドレイクは「忠犬のような奴め」と思ったが、中々『使える』男でもある。
「任せるよ。君のやり方に吾輩も乗ろう」
ドレイクが頷くのを確認し、バルタザールは声を張る。
「聞いたか、テメエ等! 伝説のキャプテンに俺達の力を見せてやれ!
間違っても俺に恥をかかせるんじゃねぇぞ!
幽霊船で敵船団を寸断しろ。頭を見つけて斬り込んで、自慢の角(ラム)で沈めてやる!」
鬨の声が上がる。
最早ブラッド・オーシャンにドレイクを疑う者は無く。
不意に始まらんとするイレギュラーズの遭遇戦は序盤の海で至上の危険を帯びている!
- <Despair Blue>Refrain BlueLv:22以上、名声:海洋30以上完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別EX
- 難易度VERYHARD
- 冒険終了日時2020年02月23日 00時40分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●虎口を抜け、竜洞に到る
「ははあ。不思議な現象もあるものですねぇ」
頬に張り付く黒い髪を幾らか鬱陶しそうに指で払った『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は航海に人心地つく事を許さない天に小さな感嘆の声を漏らしていた。
局地嵐(サプライズ)。
それは『絶望の青』に頻発する『前触れが全く無く発生する瞬間的な暴風雨域』を指す。
並の船舶等吹き飛ばしてしまうかのような猛烈なその歓迎は、外海にとって何ら珍しいイベントではないが、気の無い軽い挨拶程度の気軽さで数多の船乗りを海中に沈めてきた曲者だ。
局地嵐の規模、影響範囲、継続時間は個体差が激しく――局地を名乗る割に執拗に船を沈めようと追いかけてくるような意地悪もいれば、一過性のスコールのようにすぐに過ぎ去るものもあった。
何れにせよ、絶望の青の洗礼を浴びるのは勇者達の義務のようなものである。
この海域特有の現象であるという悪意そのものはこのヘイゼルの知的好奇心を十分に満たすものになっていたのだが――
「――先の海戦で逃れた海賊を発見!
但し局地嵐を抜けた瞬間……はて、これは運が良いのか悪いのか……」
――続いた彼女の温い調子と細められた半眼は開けた視界の先に現れた『全く友好的ではない新たなる登場人物達』に注がれていた。
巨大な軍艦が一隻に朽ち果てた幽霊船が四隻。
軍艦の所属は誇らしげにはためく海賊旗より、この程海洋王国近海より絶望の青方面に逃走したとされていた海賊連合旗艦『ブラッド・オーシャン』である事は明らかだった。
「何時から海洋海賊達は幽霊船共と友誼を深めたのでありましょうか!
ブラッド・オーシャン一派が幽霊船を使うとは聞いていませんが……?
どう見ても友好的雰囲気ではありませんねぇ!」
飄々とした調子ながら食えない所もある。声色に恐れも緊張も薄いが、状況を指摘した『求婚実績(ヴェルス)』夢見 ルル家(p3p000016)の言葉は全く誰にも異論のないものだった。
絶望の青に幽霊船なる謎の勢力が揺蕩っているのは海洋王国にもローレットにも既知の情報であった。それ等はこの海で死した誰かの無念であるともされ、新たに海域を訪れる船舶を、船乗りを己が仲間に引きずり込まんと闊歩を続けていると聞いていた。その一方でルル家の言う所のブラッド・オーシャン一派――つまる所、海洋王国の猛攻に晒され四散逃走した旧海賊連合の出自の方は明らかだ。彼等はアウトローだが海洋王国の民であり、海洋王国の民でしかない。絶望の青にて幽霊船を従えられるという話は明らかに寝耳に水の話である。
「指名された時から何となく嫌な予感はしてたけれど……
まさか。まさか、幽霊船を引き連れる海賊と遭遇だなんて、ね」
苦笑い交じりの『少女提督』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)が無遠慮に吹き付けた強い潮風に目を細めて呟いた。
事態の理屈は彼女達イレギュラーズ側には知れないが、今回の事態は実際の所『ロジックの内容に関係無い』。現在の問題は『幽霊船が海賊船に従っているというロジックが存在している』という単純有無の問題なのだから。
「でも――弱音を吐いてる暇はない。生き残る為に、戦いましょう」
続いたアンナの言葉にイレギュラーズ達は言葉も無く同意した。
敵船がこちらに気付いたのはこちらが敵船に気付いたのとほぼ同時だったと見て良いだろう。
極度の視界不良をもたらす局地嵐を抜けた時、互いは互いを敵として認識したのだ。
四隻の幽霊船を先鋒、次峰に後方よりブラッド・オーシャンが向かってきている。
彼我の船が射程範囲に入るにはもう少しといった所だが、アンナ達イレギュラーズの乗艦、『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)の父であるエルネスト・アトラクトス、海洋王国軍人達の乗る僚艦達もこの不測の事態に驚きながらも即座の迎撃準備を整えているに違いなかった。
とは言え。
「ヒヒ、正直――何だか嫌な予感がするんだよねぇ」
言葉とは裏腹に――『闇之雲』武器商人(p3p001107)は大抵何時もあべこべだ――幾ばくか雰囲気を変えた武器商人の言う通りである。先程、望遠鏡で視認したブラッド・オーシャンには見知った海賊達の他に一人の男が居た。一人だけ明らかに雰囲気の違う、中年の海賊が。
「見かけ倒しならいいけど、期待するのはきっと酷だよねぇ」
「同感ね。今から言うのは全く――そう、全く反証の無い私の勘に過ぎないけれど。
『この距離でもわかるのよ』。あの男の匂い、手段を選ばない私達と同じ『ローグ』。
見た目なんて可愛いものだわ。アレは危険よ。間違いない。見てきたように言うけれど!」
「イーリンのこの反応かぁ。どうも、最悪の相手と会っちゃったかな」
危機にこそ興奮し、怯える割にそれを望み、根拠以上にそれを知り、時に雄弁になる――全く困った『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)(こいびと)に『虹を齧って歩こう』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は小さく嘆息して肩を竦めた。
「でも、海洋には拉致イレギュラーズを救ってくれた恩がある……泣き言言ってらんないね。
こんな負けイベントフラグ、ばっきばきにへし折ってやる!」
戦い、勝たねばならぬ。こんな場所で海の藻屑になる訳にはゆかぬ。
それは自身の為であり、イーリンの為でもある。綺麗な海に永遠に二人きりで沈むのは物語ならば素敵だが、この海はあんまりそういう感じじゃない!
「時間がありませんね」
水平線を睥睨する『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の眼鏡の奥の眼光が鋭さを増した。
彼我の間合いが近付いてきた。
此方側も最低限嵐より抜け出し砲撃の準備を整えたが、この戦いが単なる砲戦で済まないのは目に見えていた。此方は砲撃如きで沈んでやる程甘くは無いし、彼方は砲撃だけで沈まぬ相手を見逃してくれる程甘くは無いだろう。
故に寛治は不意に始まったこの遭遇戦を前にその頭脳を全開で回転させた。仲間達に確認を取り、意見を仰ぎ、『最低限この苦境を越える為の術』を探し始めていた。敵の姿を確認したその時から!
「急ごしらえで全く自信はありませんがね。
そんなプランニングでも無いよりはマシでしょう」
言葉を受けた『大号令の体現者』秋宮・史之(p3p002233)と『マリンエクスプローラー』マリナ(p3p003552)が頷いた。
「五隻全てで離脱といきたいが、敵の雰囲気を見れば難しい事はすぐに分かる。
故に欲張っても全ては水泡。目標は二隻、あわよくば三隻までとしましょう。
返す返すもマリナさんがこの現場に居たのは最良だった。
マリナさんは僚艦へ、秋宮さんはエルネスト艦に移動。それぞれの防御を固めましょう」
「任せて下さいですよ」
寛治にそこまで言われれば――謂われなくてもこの現場だ。マリナとて意気は感じる。
「ここまでに培った操船技術の全てをかけて操舵します」
マリナは自身がまずもって優秀な船乗りのスキルを有している。また彼女の『クラバウター』(ギフト)は『彼女が乗っている間、船と名の付くものに不沈の加護を与える』という海戦において絶対的なアドバンテージを与える力がある。唯の残骸やら板切れにまで攻撃されれば加護も及ぶまいが、不意の撃沈等無いようなものなのであれば航行戦力としての確保は相当に容易であるのは間違いない。
「こちらもやれるだけはやらせて頂きますよ。
何せ俺は『大号令の体現者』! ……いや、…この称号は正直こっ恥ずかしいが。
女王陛下の御為ならば! 女王陛下の! 御為! ならば!」
史之が――些か薹がお立ちの――海洋王国女王イザベラに一途な想いを捧げているのは知られた話である。そんな彼の勢いめいた言葉に幾らか場が和み、戦いの前の最後の猶予を彩った。
(あー、柄じゃない。緊張する……)
史之の仕事も重要だ。元々優秀なエルネストと共に艦の防御を固め、此方側の鏑矢となる。単縦陣は砲戦には強いが衝角には弱い。先頭に立つエルネスト艦の役目が極めて重大なのは言うまでもないだろう。
「速力勝負か。回頭反転。
ホント……狂王種に廃滅病ときて今度は海賊。
家庭の事情で不安な時に余計な心配したくないんですけど!?」
思わず呟いたイリスの脳裏に鉄面皮のように表情を動かさず、何時も寡黙で厳格で。ぶっちゃけ昔から何を考えているかさっぱり全く分からなかった父の顔が過ぎっていた。
箱入り娘が外の世界を見たいと思ったのは自然な事。その手段が些か強硬な家出になったのも大して不思議な話ではない。不自然なのはその先の二点だ。自分のそんな小さな叛逆が『黙認され続けていた事』とそれより何より! 何故商人である父が『絶望の青』等に進んで出向したかの方だ!
(ぶっちゃけ、めちゃくちゃ、こわい)
「さあ、始まりますよ!」
イリスの内心を知ってか知らずか――いや、多分知らないな。
ルル家が状況にも自身の身の上にも関わらず何処か楽しそうにそう言った。
向こうのキャプテンをまだ見ぬ金持ちか何かと認識している可能性はあるが最早捨て置く!
「無事に生きて帰れる保証はないわ。
それでもこの難局を乗り切るため、どうか皆の力を貸して欲しい!」
アンナの統率力はこんな時にこそ良く生きる。
黒光るカノン砲が敵影を指す。
十秒と経たぬ内に彼我の砲門が火を噴き、一斉に放たれた暴力的な轟音が誰もの耳を劈いていた。
●『プランニング』
海洋の海を数多の血に染めてきた。
多くの商船を、軍艦を、他国船を、従わない海賊を。
巨大な獣の衝角は貫き、破壊し、下してきた――
長らくの大暴れはそれに特別な意味を与えた。
海賊バルタザールの乗艦。海賊連合の権威。海洋の恐怖――ブラッド・オーシャン。
「な、んだとぉ……!?」
バルタザールの声に幾分かの驚きがある。
彼の自慢の衝角が深々と抉ったのはイレギュラーズ達八人が乗る海洋側の『旗艦』だった。
絶望の青を進む為に準備された新鋭の軍艦とはいえこの一撃にはたまらず衝撃と共に大きく揺らぎ喰いつかれた船体は危ういバランスで傾いていた。
しかし当然ながらバルタザールが困惑を見せたのは『自身の攻撃が成功したからではない』。
逆に言うなれば――そう『自身の攻撃が成功し過ぎたからと言える』。
(バカかこいつら!? 一切スピードを緩めず旗艦が吶喊してきやがった!?)
衝角という武装はその攻撃方法柄、攻撃をした側も相当のダメージを否めない。イーリンの指示による必死の砲撃――つまり、衝角を恐れての防御行為の偽装――を受け、回避行動を取ると予測し、逃がすものかと待ち構えていたバルタザールだったが、まさか狙った旗艦が直前で吶喊し、より激しい衝突を選ぶものとは思っていなかったのだ。『結果的にブラッド・オーシャンは激しく敵旗艦の横腹を抉るに到ったが、高性能を持つ旗艦は航行不能となっただけで沈んでいない』。単縦陣からの艦隊運動で砲撃を辛うじてやり過ごした艦隊はまだこの一隻と僚艦一隻以外の三隻が未だ活動可能の状態にあった。
緒戦での戦いから王国艦は幽霊船に敵うまいが、
「ふー、危ない。危ない。
でもまだまだですね。まだまだなのです。
この私が乗る船を沈められるものなら沈めてみてくだせー」
温い笑顔でひりつくプレッシャーを跳ね返すマリナ、
「大号令の体現者、秋宮史之です。
エルネストさん、この海戦の半分は貴方たちの勇気と連携次第、共に勝利を目指しましょう!」
「……」
「め、目指しましょう?」
「……………ああ」
先頭に立ったエルネスト艦は史之とエルネストの存在もあってか抜群の動きで敵をかわしている。
まぁ、史之の心の健康以外は今の所問題ないと言えるだろう。
つまり、現状は此方健在三、彼方健在『四』。
『旗艦に喰らいつく心算だったブラッド・オーシャンは逆に獲物を食わされた』。
「『プランニング』ですよ」
逆光を背に涼やかに告げたのは言わずと知れた寛治だった。
「暴食の獣も喰い過ぎれば鈍重となる。
『貴方は旗艦を狙ったが、それは旗艦が我々の命綱であるからこそ意味がある事』だ。
深く突き刺さり過ぎたその牙はそう簡単に抜けますまい。すぐさま航行できるのが三対四――動きを封じたのが貴艦であるならば、『良いトレード』ではありませんかね?」
衝撃に彼我が混乱していたが、混乱は不意を突かれたブラッド・オーシャン側の方が大きかったと言えよう。イレギュラーズ側は可能な限り衝撃を殺す為、予め簡易飛行等で足場と自身を切り離していたからだ。好機逃さず、素早く敵艦に乗り込んだ寛治は特製のステッキ傘より放った鋼の驟雨でバルタザールを中心にした敵陣を強かに打っていた。
「盗み聞きもしておくものですね! 拙者、すごく珍しく忍者のような事をした気がします!」
『耳聡い』彼女の拾った海賊の会話が一連の動きに寄与した程度は小さくない。
「では、次は――『宇宙』忍者らしい大立ち回りという事で!
そこな御仁。拙者には正体がばれていますよ! 冠位魔種アルバニア!?」
「誰が魔種だ!」
「えっ、違う? なら誰ですか!」
「――この野郎!」
「来なさい、海賊共。纏めて相手をしてあげるわ!」
バルタザールのペースを乱すルル家に続いて現れたアンナの気力が漲り身体能力が爆発する。
一連の『舐めた』動き、絶望の青の空気さえ切り裂いた鮮烈なその名乗り声を無視出来る程、海賊達は逃げ腰ではない!
「しゃらくせぇ! この上、そっちから乗り込んできやがるか、イレギュラーズ!
手間が省けたぜ。てめぇら、こいつらを片付けろ!」
バルタザールの指示もあり、態勢を取り戻した幾人かの海賊がアンナに斬りかかるが――『それは彼女自身が望んだ事である』。
圧倒的な技術を誇る防御の専門家である彼女は簡単に敵に捕まる事は無い。
文字通り斬りかかる海賊達を四、五人も翻弄してまだ余裕の顔を見せている。
ちらりとバルタザールに視線を投げ、挑発めいて微笑むのも忘れていない。
「くっ……」
「貴方はこっち、で。
実際の所、聞きたい事もある。
今のこの船、ただ単に海洋海軍に痛い目みせたいとか、そういうのより別の意図が見えるのよね」
アンナに攻めかからんとしたバルタザールを横合いよりイリスの打ち込みが阻んだ。
簡単に弾きあげられた一突きだが、目的は十分果たしている。
タンクの仕事はボスを食い止める事――最初からそういうものと決まっている!
「何だか危ない場所にばかり『当たっている』気もするのですが……
まあ、運がどうであれ生還を目指すのが、冒険の醍醐味と云う奴なのですよ」
ヘイゼルは極めて高い自衛能力と支援能力を併せ持つ敵からすれば厄介極まりない相手である。その彼女は更にクレバーささえ併せ持つ。武器商人――『商人ギルド・サヨナキドリ』の用意した『ペテロ・ヘイスト』、『レッドブルスコファー』、つまり簡易飛行能力を与えるこれらアイテムはパーティの複数人に用途別に採用され、今回の戦いにうってつけだったと言えるだろう。
「さて、じっくりといきませうか」
乗り込む場所を敵艦の高所に定めた彼女は位置取りで多数の敵をかわしていると同時に、少数の敵に触れられるような存在ではない。敵をあしらうも、射程を持つ支援能力と面制圧力を持つ攻勢支援を活かすもよし。ヘイゼルの『プランニング』もまた、この動きと高いシナジーを見せている。
衝角を『直撃以上』に喰らいながら、乗り込まれるより前に乗り込んできたイレギュラーズ達がめいめいに乱戦を続ける一方で。
「やるねぇ。お見事。本当に素晴らしい判断、身のこなし、戦術眼!
それに――なかなかどうして。全力全身からの反転突撃、吾輩の海を思い出す!
嗚呼、遥かセピアの彼方。この海は、そんな勇者の戦いを記憶している!」
寛治の精密極まる銃弾が掠めもしなかった、アンナの見事な挑発を一顧だにしなかった、ヘイゼルの見事な戦術をむしろ褒め称える一人の男が謳い上げるように朗々と言って笑っていた。
「バルタザール? 君はこんなものかね? 君はもっと出来るだろう?
もっとも、吾輩も別に説教をする為だけにここに居る訳じゃない。
元より敵艦には乗り込む心算だったし、必要程度は手伝うのは吝かではないのだが」
「さァ、おいでなさったかい!」
声を上げた武器商人は『危険なモノをかぎ分ける能力が余りにも優れていた』と言えるだろう。幽冥に生死の狭間を往くものだからか、はたまた何ともややこしい懸想(?)をして足繁く通う人斬りとの逢瀬がそうさせるのか、彼に『何百、何千回と斬殺された』からなのかは知れないが。ともあれその口角を嬉々と持ち上げた武器商人は周りに警戒を促し、自身の興味を強く彼に向けていた。
「そりゃそうよね」
「イーリンが言ってたからね」
「そうよ。そうに決まってる――
手段を選ばない者同士。時に歴史を簒奪し、埋葬(ねむり)さえ奪う者同士よ。
対立するローグが出逢えばこれも必然――始めましょう」
――神がそれを望まれる――
繰り返された決め台詞は芝居がかった男の方にも負けてはいない。
但しウィズィは肩を竦めたイーリンの首筋を冷や汗が伝った事を見逃していない。
(まったく……)
大切な彼女は冒険と聞けば簡単に飛び出していく鉄砲玉のようなタイプである。この現場――絶望の青への航海だって海洋王国から招待が来た時、イーリンは平然と言ったものだった。
――あら、いいじゃない。行きなさい。私も申請してみるから――
大変な危険が予測された航海に二の足を踏む気持ちが無かったと言えば嘘になる――ウィズィの背を最終的に強く押したのは彼女の言葉だったのだが、『一緒に行けたからいいようなものの』。ほら見た事かの大立ち回りが今ではないか!
(おっと――)
述懐は後にするべきだ。
「ウィズィ、前を、任せる!」
「任せてイーリン。貴女を守ると……誓う!」
二人の動きは息のあったツーマンセルであった。
即ち前衛のウィズィと後衛のイーリンは海賊旗艦を舞台に派手に動き出していた。
蓄積されたイーリンの全魔力を火種になれば、魔書内の全術式を平行励起されよう
その身は爛々と燃え盛り、瞳だけが煌々と輝いている。人の身も、過去も焼けろと焼け落ちよと。 彼女が征き――彼女は叫ぶ。その感情の名さえ、まだ知らぬまま!
――マギウス・シオン・アル・アジフ!
「やんちゃなお嬢さん達だ!」
「鬱陶しい、しつこいんだよ!」
バルタザールのシミターが変則的にブレて見えない斬撃が死角よりイリスに突き刺さる。
「いやいや、流石にこれ位じゃないよ。まだまだ。
わざわざ乗り込んできて、『大将』相手にして――ねぇ。
この位でどうにかされるなら、最初から名乗り何てあげないよね」
だが、常人なら致命にすら届き得る一撃を受けて尚、イリスには減らず口を叩くに十分な余裕があった。彼女は非常に堅牢で、粘り強く、『しつこい』。攻め手はまるで得意としないが強敵を押し止め、引きつけるにおいて相当な適性を持っている。それが盗賊王であろうと海賊提督であろうと、アクアヴィタエの輝きもオマケして何処までも邪魔してやろうという意地があった。
(……心配が必要な人だとは思っていないけれど……)
少しだけ気にかかるのは僚艦のこと、史之のこと……父の事。
イーリンの一撃、前を阻むウィズィの奮闘に舌を打ったバルタザールはそんなイリスに喰らいつかれ、邪魔されている状態だ。
「こいつらそこそこやりやがる! 笑い事じゃねぇぞ――」
イレギュラーズはやはり多勢に無勢、先制が成功したとて楽観出来るような状況では無い。
だが攻め込む気満々で守勢に回らされたバルタザールにとって男の呵呵大笑はそろそろ見過ごせるものではなかったのだろう。そして多少の怒気を含んだその呼び声は――
「――ドレイク!」
――イレギュラーズの喉元にとんでもない情報を突きつけていた。
●ドレイク
「……え?」
小さく零したのは誰だっただろうか。
頭を小さく掻いた男――ドレイクは「早いよ、つまらないよ。バルタザール」と幾分か退屈そうに溜息を吐く。
勢いをもって始まったイレギュラーズの戦いのその空気が名前と、男の纏った雰囲気だけで変わっていた。ふざけ半分だった男の温和で整った顔が眉一つ変えず別の姿を見せた――
「ヒヒッ……!」
――その瞬間、動き出したのは武器商人だった。
武器商人はこの場で一番危険な男がドレイクだと決め打ちをしていた。
その動きを観察し、動き出すや否や即座に阻みに反応出来たのはその為だ。
「『邪魔』だよ、君は」
「ああ、そう、かい!」
攻防は刹那、『恐らくは』繰り出されたのはドレイクの殺人術である。
彼の前に立ち塞がった武器商人の右手が飛び、左足が撃ち抜かれ、強烈な蹴りで顔面から甲板に踏みつけられたその背中にはフリントロック五発の追撃が畳み掛けられていた。
「……ふぅ」
この間、まさに数秒。
「おっと、ついやり過ぎて一張羅に傷が」
武器商人の跳ね返しで上着にダメージを負ったドレイクが天を仰ぎ嘆息する。
「だが、まずは一人か。次は何処に――」
「――そこは一回、と言って欲しいね。
ヒヒ、確かに旦那も凄いが、我(アタシ)は前に八度死んだ事もあるんでね」
「……成る程、成る程。特異運命座標にも愉快な手品師がいるものだ」
お返しとばかりに死角、足元から放たれたスティールライフはドレイクを直撃し、髭に触れた彼は珍しい苦笑いを浮かべていた。お家芸とも言える不死性はドレイクに看破出来ない手品では無いが、まず最大に危険だった一瞬を『凌げた』のは小さくない。
「どういう原理かは知らないが、面白い事をする」
「さァ、我(アタシ)にも良く分からないんでねぇ」
斬り飛ばされた筈の右手さえ、無かったかのように繋がってそこに居る。
のそりと起き上がった武器商人をドレイクは目を細めて睥睨していた。
「バルタザール! 遊び過ぎだ。いい加減、この場を何とかしたまえ!」
ドレイクの一喝に海賊達の動きが良くなった。
「あら、ここから本気?」
「そのようなのです。まぁ、やる事は大して変わらないのですが――」
アンナのあしらう海賊達の数は増え続けていた。
流石の彼女も幾らか手傷を負い始めている。一方で有利な位置をキープするヘイゼルの方は幾ばくかの海賊を翻弄しながら相変わらず上手に支援を投げていた。治癒の対象は最多を引きつけるアンナであり、バルタザールを抑え込むイリスであり、たった今殺された武器商人である。
(……この先は同じとは限らないでせうか)
これまでは武器商人は構う必要は無かったが相手が『あの』ドレイクならば話は別だ。
旅人たるヘイゼルは混沌の伝説やらにそう詳しい訳ではないが、冠位魔種やら盗賊王やら『知れた連中』が危険だというのは間違いなく信じてよい『相場』であろう。
とは言え、この場所が――絶望の青が死地だというのは今更確認するまでも無い事実である。
『ドレイクが実在していた以上、この場所が至上の危険を秘めるのは必然だが、最初からそんな事は分かっていたと言えない事もない』。
「はー! 邪魔なんですけどぉ!?
グラクロを前に死兆で体臭気にする羽目になった拙者の前に立ちはだかるんじゃないですよ!!
こっちは冠位殺しで忙しいんです! フィッツバルディ公に嫌われたらどうするんですか!!!
責任とってくれますか!? 具体的には!
同じ位のお金持ちの友達とか紹介してくれるんですか!!!1!?」
胡乱な台詞を放ったルル家の弾幕(ハニーコムガトリング)が広域に敵を狙った。傷付き倒される海賊達、防御姿勢を取るバルタザールに比して軽くそれを回避したドレイクは笑っている。
「面白い事を言うお嬢さんだ。化けるのが上手いというか、吾輩とお揃いかな?」
「拙者、お金のなさそうな中年はちょっと」
相変わらず胡乱な台詞の応酬だが、その一方である意味ドレイクの言う通り、ルル家は彼の動きをつぶさに確認していた。片手にはフリントロック、もう片手には斬撃用のフック。腰には刀を差している。
(尻尾が見えませんね――)
戦闘中にドレイクは何か新しい動作をした様子は無いが、もしこの場に幽霊船のキャプテンが居るのだとしたならば、ほぼ間違いなく彼である事は間違いない。近海の海賊であるバルタザールにその能力があろう筈も無いし、新たに身に着けたとするには時間的猶予が余りに乏しい。
ドレイクが操作しているのだとするなら、何かの鍵があるのだとするならそれは――
「そう言えば、ドレイクの尻尾ってありましたよね!」
ルル家の減らない口はこんな場所だからこそ尚輝く。
●船の戦い
「……っ、これは、なかなか……」
ブラッドオーシャンで死闘を繰り広げる仲間達の一方でマリナもまた激しい抗いを続けていた。
強力無比な幽霊船と撃ち合う事は現実ではなく、回頭後、王国艦隊側は彼等を牽制しながら距離を取り、逃げ回る事となっていた。
まず幽霊船に艦隊が寸断されず、無事に作戦通り旗艦と旗艦をカチ合わせるという『プランニング』を達成出来たのはこのマリナと史之・エルネスト二艦の必死の支援が大きい。
包囲を許さぬ決死の突破を見せたマリナと史之、随伴一艦だったが、既にこの内友軍の一艦は砲撃を受け大破、航行不能状態と陥っている。
「……っ……!」
立て続けに海面に水柱を上げる壮絶な砲撃にマリナ艦が耐えているのは彼女の操舵技術と彼女の有するギフトの力に他ならない。動力さえ守れば『沈まない船は辛うじて航行出来る』。
(このまま、回頭して何とか――)
何とか、救援に。
旗艦がもう動けない以上、ブラッドオーシャンで戦うパーティが逃れる術は二つしか無い。
一つはパーティが海賊一派を制圧し、ブラッドオーシャンを拿捕する事。
もう一つはマリナか史之が彼等を『拾い』この海域から逃れる事である。背面に局地嵐がある以上はブラッドオーシャン健在のまま逃れる事は難しかっただろう。故にパーティは取捨選択をもって旗艦をブラッドオーシャンと食い合わせ釘付けにした。どうやら味方同士とはいえ連携が難しかろう幽霊船と海賊共の隙を突くにはマリナか史之、或いはその両方が幽霊船の圧力をかわし仲間達を『回収』する他はない。
「でも、言ったでしょう……これは腕の見せ所だって……!」
マリンエクスプローラーは冴えに冴える。
危険と危険の間を縫い、まるでゲームに興じるように……ゲームとしか思えない位にその操舵は見事で、やがて来る――来てくれる筈と信じている一瞬の好機を待ち続ける!
「……非常に厳しい状態だ」
「です、ね」
苦戦を続けるのはマリナだけではなく史之、エルネスト側も同じだった。
敵は疲労を知らず、破壊されても滅多な事では沈まない幽霊船だ。まともな打ち合いでは勝負にならぬと見た二人は機動力と細かい動きで単調な彼等を良く振り回し続けていたのだが……
「ブラッドオーシャンの状況は確実には分からないがそう長い時間があるとは思えない。
このままでは……余り愉快な結果にはなりそうもないな」
珍しくやや饒舌なエルネストの言葉に史之は唇を噛んだ。
柄ではない。柄ではない事は分かっているが――今日、この場所にいる史之は唯の秋宮史之ではなく『大号令の体現者』であった。
――無念は俺が背負うよ。この海を『希望の青』へ塗り替えてみせる――
ここで死んだ誰かに、動けなくなった仲間に。
これから死ぬかも知れない誰かに、それでも前を向いた誰かに恥じない戦いをせねばならない。
「勝負に出る――しかないですね」
「同感だ。流石、女王陛下の騎士だな」
「……エルネストさん?」
「冗談だが」
真顔の侭のエルネストに史之は何とも困った顔をした。
時間をかける事が最悪の結果を招きかねないのならば、もう腹をくくる他はない。
「敵旗艦へ一発いれられますか?」
「吶喊か。合図だな?」
「それと、援護です。マリナ艦と一緒に勝負をかけるなら――恐らくチャンスは一瞬だ」
史之の言葉にエルネストは「ふむ」と頷いた。
「娘を砲撃するのは生まれて初めてだ」
●リスクオフ
「――!?」
強烈な衝撃がブラッドオーシャンを揺らした。
「……来ましたか!」
寛治が彼方を見やればそこには残り二艦となりながらも全力の勢いでこちらに向かってくるマリナと史之等の姿があった。
「……は!? 幽霊船共は何やってやがる!?」
バルタザールのダミ声が怒りの色を帯びた。
幽霊船達は大回りにマリナと史之に引きずり回され、ブラッドオーシャン周辺にポッカリとしたエアポケットを作り出してしまっていた。
「これが最後のチャンスかもね……!」
片目を閉じたウィズィの体は血に染まっていた。
彼女が抑えに向かったのは他ならぬドレイクである。
「驚いた。君は素晴らしいレディだな」
「そうでしょ。自慢のウィズィだもの」
「これは失言だった」
ドレイクは皮肉に笑ったイーリンに先の言葉を訂正する。
「君『達』は素晴らしいレディだ。だが、吾輩は決して逃さんよ。
諸君等に恨みはないが、海洋王国には十分でね!」
ステップを踏んだドレイクのフックが上から振り下ろされ、ウィズィの肌を切り裂いた。
細い息を漏らし膝が揺らめく。だが彼女は悲鳴の代わりに炸裂する光彩を瞬かせた。
「私も、イーリンも、皆も……絶対に生きて帰る!
その邪魔をするのなら……っ……、遥か空まで、吹っ飛べ!!!」
命を削るように限界までこの場を持ち堪えたのはイリスも同じだった。
「……テメェ、しつこいぜ」
「まだまだ、しつこいから」
呆れたように呟くバルタザールにも疲労の色が濃い。
腕の差は明確だが、その実力差をもってしても攻め切らせなかったのはイリスの奮闘と呼ぶ他はあるまい。
「こんな時に話す事じゃあねえが、テメェ名前はなんていう?」
イリスはどう応じるか一瞬だけ悩んでから短く「イリス」とだけ答えた。
「気に入ったぜ、イリス。生きるか死ぬかは知らねぇが、一応覚えておいてやる!」
バルタザールがトドメとばかりに刃を振り上げたのと、ブラッドオーシャンが激しく揺れたのは同時だった。
「……お待たせ!」
頭から突っ込み衝突で船を揺らしたのは肩で息をするマリナだった。
「今ですよ!」
寛治の言葉に応え、仲間達はすぐさまに逃走に移る。
海賊達はこれに追いすがらんとするが、ヘイゼルの攻撃とアンナのひきつけがそれを簡単に許さない。
「何人倒したか覚えてないけど――何発食らったかはは覚えてるわよ。
血華舞踏にもう一曲付き合って貰いましょうか!」
ボロボロになったアンナが最後の気を吐き、優雅なる突きで敵を縫う。
「急ぎませう」
二人も徐々に後退し、残るはバルタザールに相対するイリスと、ドレイクと相見えるウィズィ、イーリン、ルル家、そして殿を気取る武器商人となる。
「拙者考えたのですよ」
「何を?」
「幽霊船長(ゴーストキャプテン)のこと。
もし拙者が船長ならきっと自分以外を信用せず、切り札は身につけている筈。
だから、『少なくともここにそれはあって、しかも不自然じゃないものなんじゃないかな』と」
「―――――」
目を見開いたドレイクをルル家の放った『今日イチ』が撃つ。
それは身を捻った彼を捉えなかったが、バランスを崩した彼は己の帽子を抑えていた。
「当たり、ですかね!」
初めて出来た隙にルル家とイーリンは傷んだウィズィを救援する。
「……ッチ、銃弾の忘れ物は如何かな!?」
ドレイクは態勢を崩したままフリントロックで数発撃つが、
「――ヒヒ、この距離なら『必殺』は無かったかい」
身を挺した武器商人の不敵な笑みがこれを阻んだ。
撤退は大詰め、しかし。
「皆、急いで――幽霊船が包囲を作る!」
史之の声がリミットの訪れを告げていた。
深手を負ったイリスは意識が半ば朦朧とし、バルタザールから逃れる事が出来ていない。
このままならば彼女がどうなるか等火を見るよりも明らかで――
「俺達以外を収容したら急ぎ離れろ」
「……え? ちょっ、エルネストさん!?」
――史之の言葉が自分の横を飛び出してブラッドオーシャンに乗り移った彼の背中を追いかけた。
「……新手か? いい度胸だ」
「まぁ、いい度胸には違いない。俺も、お前もな」
娘を庇うように武器を構えた彼は不敵に笑う。
迷っている暇は最早無く、動き始めた船にバルタザールは「見捨てられたな」と邪悪に笑う。
「いいや?」
だが、エルネストはジリジリと自身等を船縁に追い詰める海賊達に対してもまだ揺らがない。
「『予定通り』だ」
「は!?」
エルネストはイリスを抱き、絶望の青へと飛び込んだ。
「おい、馬鹿かあいつ――ここは『絶望の青』、廃滅と狂王種のプールだぞ!?」
水柱を立てたエルネストを追いかける者も追いかけられる者も居ない。
「馬鹿だが、酷く合理的だ。
この上なく判り易いじゃないか――不器用な父親の今日の家族愛ってやつはね!」
やれやれと天を仰いだドレイクは初手合わせのイレギュラーズに深く溜息を吐いた。
アルバニアは倒して貰わねば困るが、これは中々骨の折れる相手になりそうだと――
●瞼の裏
本当は、何故一人でこんな所まで来たのか聞きたかった。
一個人としては信頼しすぎてはいけないし、親子の情に頼ってもいけない人ではある。
お父様はいつも肝心な事を口にしない。
尋ねても教えてはくれないし、時に怒られる事もあるし。
史之さんには念の為にお父様への伝言を頼んでおいた方がいいかしら。
こんな事縁起でもないけれど、何が起きるか分からない航海なのだし――
――どんな選択をしたとしても、私はあなたを信じます――
私が生きてこの場にいる事、それが答えだと思うから。
でも、お父様? たまにはもう少し、優しく――……
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
YAMIDEITEIっす。
OPから地獄めいていたとは思うのですが非常に頑張ったと思います。
VHってたまにこういう事が起きて、たまにこんな風になってしまうのが最大の醍醐味ですよね。
イリスさんとエルネストがどうなったかはまだ分かりません。
マリナさんはギフトずるい。なんで通してしまったんだ、過去の私は!
シナリオ、お疲れ様でした。
GMコメント
YAMIDEITEIっす。
敵は幽霊船団Withブラッドオーシャン。
以下詳細。
●任務達成条件
・海洋王国軍艦が二隻以上航行能力を残す事
●海洋王国艦隊
計五隻。イレギュラーズの乗る旗艦の他、新鋭の軍艦が四隻随伴しています。
内一隻には民間より協力を願い出た武装商人のエルネスト・アトラクトスが乗艦しており、戦闘力及び生存性が格段に上がっています。(『使える』NPC船と考えて下さい)
モブ艦は余りあてになりませんが一応戦闘力を持っています。
●敵艦隊
幽霊船が四隻。旧海賊連合旗艦『ブラッド・オーシャン』が一隻。
『ブラッド・オーシャン』の艦船戦闘力が極めて高く『アセイテのアプサラス』でもなければ苦戦は必至でしょう。乗組員は生きている海賊達です。望遠鏡で一人、何だかとても嫌な予感のするキャプテンらしき髭の姿も確認できました。
●備考
非常に自由度が高く、また何が起きるか分からないシナリオです。
プレイングを掛けられる余地が非常に広く、広範をフォローする必要があります。
全滅を回避する為の手段も用意して下さい。
又、オープニングを良く読み取るべき手段、備えるべきを探して下さい。
●情報精度
このシナリオの情報精度はD-です。
基本的に多くの部分が不完全で信用出来ない情報と考えて下さい。
不測の事態は恐らく起きるでしょう。
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
以上、宜しくお願いいたします。
Tweet