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シナリオ詳細

『Despair Blue』電撃クラゲの包囲網

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●びりびりどかーん!
 海は鮮やかに青く、空には雲一つ無い。
 風も穏やかで最高の天気のはずなのに、落雷としか思えない轟音が海を揺らした。
 最後尾のマストが焦げている。
 一瞬で焼け焦げた帆は一部が燃えていて、『絶望の青』行きの船に志願した船員達が呆然と見上げていた。
「後ろの帆は切り離せ!」
 老船長が先程の雷鳴にも負けない大声を出す。
 船員達は精神的衝撃から回復しないまま、言われる通りに帆ごと火を切り離して海へと捨てる。
「もう2人、前の帆柱に上がれ! 何かを見つけたら即知らせろ。敵でなくても構わん!」
 若い頃のような体力も目の良さも既になく、しかし長年の航海で得た経験はまだ活かせる。
「船長、右斜め前にっ」
「とりかぁじ!!」
 喉が裂けても構わないつもりで声を張り上げる。
 無意識に身体が動く水準で訓練を積ませた船員達が、帆柱が1つ使えない状態で必死に帆を調節して船の向きを変える。
 みしりと船体がきしみ左舷に海水ががかる。
 ごろごろと、雷にしか聞こえない音を追い越し強い光が全てを白く染めた。
「『絶望の青』に入ってすぐこれか」
 背中に這い上がる絶望を感じながら、それでも船長は不敵に笑う。
 視界が元に戻っていく。
 ぶちんと太い縄が千切れる音がする。
 若い船員の悲鳴が響き、しかし血の臭いがしないのに気付いて安堵する。
「船長っ、救命ボートが」
 悲鳴じみた報告。
 非常用のボートが1つ、海面で激しく揺れながら離れていく。
「気にするな。ここではボートだけあっても陸まで届かぬ」
「船長ぉ! 見つけました、あれっ、あれです!!」
 興奮しきった声がマストの上から降ってくる。
 詳しい説明を聞くのは不可能と判断し、船長はとにかく指差せと強く命じた。
 見張り3人が必死に腕を伸ばす。
 あの辺りかと見当をつけて海面を凝視する。
 波に紛れて見つけ辛いが、それは確かに存在した。
「……クラゲ?」
 形はクラゲだ。
 白い傘の半ばを海面から出し、長く伸びた足は水面に広がり火花を散らしている。
 傘だけで全幅3メートル、曲がりくねった足は10メートルに達している可能性がある。
「げぇっ」
「2匹、3匹、嘘だろ何匹いるんだ!?」
「囲まれています。海面の下にも馬鹿でかいクラゲが……最低5匹!」
 海面で火花が散る。
 2度の稲妻ほどの威力は感じないが、戦闘員としては並以下の船員に耐えられるとは思えない。
「我々の力不足を詫びる。皆さんだけが頼りだ」
 老船長はイレギュラーズに頭を下げることも出来ない。
 船員を落ち着かせ、船の機能を維持するための指揮で精一杯だ。
 クラゲの形をした化物が、傘を上下させて合流を計る。
 近づけば近づくほど、火花の強さと大きさが加速度的に増していた。

●1週間前
「安全第一なのですっ」
 『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は冗談めかした口調だが目は真剣だ。
 現在説明中なのは、『絶望の青』に向かう輸送船の護衛依頼。
 船や目的地の情報を詳しく伝えた直後にこの台詞である。
「この船が途中で帰っても現地はなんとかなるです。でも、無理してこの船が沈んだら色々余裕がなくなるです」
 船も貴重だが熟練の船乗りはもっと貴重でイレギュラーズは言うまでもない。
「だから船と船員さんを守るのを最優先に、敵は無理せず倒せる範囲で倒して欲しいのです」
 極太ビームっぽい雷を撃ってくるクラゲが立ち塞がる、1週間前の出来事である。

GMコメント

 『絶望の青』だとか色々書いてありますが、要約するとモンスター退治です。

●目標
 『白クラゲ』の半数以上を撃破。


●敵
『白クラゲ』×6
 傘は全幅3メートル全高1.5メートル、大量に生えた足は4~8メートルの化物です。
 傘の部分は海面に半分出すのが限界ですが、帯電した触手【近】【範】【痺れ】【麻痺】は空中にも伸ばせます。
 足の威力は低いものの速度はなかなかで、命中がやや高めです。

 1ターン移動に専念しても10メートルしか動けず回避能力はないも同然。傘も足も柔らかく防御技術も低いです。
 ただし非常にしぶといためHPは高く、特殊抵抗も並程度にはあります。

 また、『白クラゲ』同士が接触すると帯電の度合いが強烈になり、接触から2ターン後に強烈な稲妻【超遠】【貫】【万能】【必殺】を放つ可能性があります。
 狙うのは、船が射程内にあるなら船、船が射程内にないなら『白クラゲ』が最も脅威に感じるイレギュラーズです。
 なお、稲妻を放てるのは1体のみで、放った『白クラゲ』は黒焦げになって絶命して沈みます。


●戦場
 1文字縦横10メートル。戦闘開始時点の状況。上が北。晴れ。南向きのやや強い風)
 abcdefghijklmn
1□×□□□□□□□□□□□□
2□□□□□□□□□□□□□□
3□□□□□□×□□□□□□□
4□□□■■■■□□□□□×□
5×□□□□□□□□□□ボ□□
6□□□□×□□□□□□□□□
7□□□□□□□□□□□□×□

 □=海。
 ■=海。木造輸送船。現在、1ターンに10メートルの速度で西進中。
 ×=海。白クラゲが海面を漂っています。
 ボ=海。救命用ボートが1隻、イレギュラーズが乗っていない場合は無人で漂っています。

 イレギュラーズの初期位置は、■かボであれば好きな位置を各人が自由に選択可能です。


●他
『船員』×30人
 イレギュラーズの邪魔にならないことと船を沈没させないことを最優先に行動します。
 拳銃と作業用ナイフを装備していますが、

『木造輸送船』×1隻
 この依頼では、最高で1ターンに20メートルの速度が出ます。
 強烈な稲妻が直撃すると2撃で沈みます。
 戦闘中に戦場外に出ると安全。

『救命ボート』×1隻
 強烈な稲妻が直撃すると1撃で沈みます。
 帯電した触手だと3撃で沈みます。
 イレギュラーズがオールを漕ぐと、人数と体力によりますが最大で1ターンに30メートル移動可能。


●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 『Despair Blue』電撃クラゲの包囲網完了
  • GM名馬車猪
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月17日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
シグ・ローデッド(p3p000483)
艦斬り
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
ロゼット=テイ(p3p004150)
砂漠に燈る智恵
ラクリマ・イース(p3p004247)
白き歌
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
橘花 芽衣(p3p007119)
鈍き鋼拳
桐神 きり(p3p007718)

リプレイ

●海から伸びる手
 青い海から白い触手が伸びてくる。
 殺意を持った数十本が、みっしりと詰まって蠢きながらだ。
 海洋生物を見慣れた水夫でも精神が削られる光景だった。
 軽装の鉄騎種少女、『鈍き鋼拳』橘花 芽衣(p3p007119)が船首で立ち止まる。鳥肌まみれの水夫を庇うために。
「嬢ちゃん、武器も無しで」
 水夫は強い違和感に気付いた。
 その違和感がどこから来ているのか必死に考えると、芽衣の小さな背中が非常に大きく感じられることにたどり着く。
 ぐっ、と小さな拳が突き出される。
 鍛えてはいるが脆そうな、普通の少女の拳だ。
 芽衣の斜め上で火花が散った。
 法則を書き換えられた世界が抵抗するような、小さいけれど非常に激しい光が連続し、その中から芽衣が5人は詰め込めそうな鉄機鋼外殻が現れる。
「行くよヘカトンケイル!」
 芽衣が前に跳躍する。
 古びた鉄機鋼外殻のパーツが分離しながら芽衣へと追いつき、激しい音を立てて芽衣を包み込み鋼の戦士として戦場へ到着した。
「ぷかぷか浮いてるし毒持ちでしかも電気……何この出力っ? イヤな奴だなぁ……」
 芽衣という奇跡を得た巨体は生き生きとしたセンサで敵の能力を見抜く。
 鉄騎種少女は鉄機鋼外殻をきちんと使いこなしている。
 重厚な拳は凄まじい威力を予感させ、揺れる甲板を痛めず立つ脚は錬磨された技術を示す。
「来い!」
 そして、芽衣の生命の輝きが、我が物顔で海を行く狂王種を惹きつけた。
 ぶつかり合う特大傘と分厚い胸板。
「毒なんて効かないよっ」
 高速で撃ち合わせる触手と鉄腕の周囲で電光が明滅した。
 船首を守られた輸送船が、速度をほぼ保ったまま包囲網を抜けようとしている。
 イレギュラーズが守りを固めているのは甲板だけではない。
 水中も、空中も、全ての場所が彼等にとっての戦場だ。
「でかい! そして多い!」
 海風にアホ毛を揺らされながら飛ぶ桐神 きり(p3p007718)が騒いでいる。
 武の心得がない者には無闇に騒ぐ10歳児にしか見えないかもしれない。
 だが、小さな体に渦巻く神秘の力も、脳内で高速で行われる各戦術使用時のシミュレーションも、凡人では手の届かないものだ。
「うえー、めっちゃ近づきたくないんで、今回はなるべく遠くからばしばししましょうかねー」
 この結論に至るまでどれほどの計算があったか気づける者は、水夫の中には1人もいない。
 黒銀の刃と拳銃を組み合わせた得物から、自身の魔力を込めた弾を放つ。
 海風を貫いて飛ぶうちに蒼い衝撃派に変化して、迎撃しようとした白触手もとろも巨大クラゲを押し飛ばす。
「弱点属性、ていうより回避を捨てたビルドだね」
 クリーンヒットが連続し、10メートル近く船から離れる方向へクラゲが押し戻される。
 極端に機動力が低い特大クラゲにとって、逃げ続ける船を追おうにも追えない絶望的な距離だ。
 海の中で炎の色が弾けた。
 冷たい海水を通しても灼熱を感じさせる光が直線上に伸び、船に追いつこうと触手を動かすクラゲに直撃する。
 傘を半分以上切り裂き、後部の触手を纏めて切断しながら貫通して遠くへ消えた。
「ふむ……中々の出力だ。……だが、まだ足りんな」
 輸送船の船底の下、深く暗い海に最も近い場所で、『艦斬り』シグ・ローデッド(p3p000483)が魔剣の姿に変じて船と並走している。
「平均で1体に3回か」
 きりがクラゲを船から遠ざけているので、シグは攻撃に集中すれば良い。
 船底の下という通常なら絶対にあり得ない場所からの攻撃なので、クラゲはシグに気づけないまま2発目も不意打ちを食らい今度は致命的な一撃となり体を両断され沈んでいく。
「低機動に防衛機構……それと特定の状況下での長距離高出力攻撃。――まるで砲台であるな」
 沈んでいく残骸から、敵の能力を底まで見抜く。
「ならばこちらも……普段は使わない方式で、だな」
 エネルギー補給の優先順位を下げ、攻撃に回すことの出来るエネルギーを一時的に使い尽くしてでも敵の数を減らす。
 シグは一方的に蹂躙している状況でも、絶対に敵を過小評価しなかった。

●ボート
 外洋の波をまともに受けるボートは、座っていても海に放り出されてしまうほどに揺れている。
 だが、そんな場所でも問題なく戦える力を持つのがイレギュラーズだ。
「倒せるぶんだけ……」
 老船長からの依頼を改めて口にして『協調の白薔薇』ラクリマ・イース(p3p004247)は静かに微笑んだ。
 美しい者も強い者もどちらも珍しく、彼のように兼ね備えた者は特別に希少だ。
 白い礼装の裾は揺れても、彼の腰から上はびくともしない。
 外洋のボートという極限の戦場でも、白い薔薇の眼帯はラクリマの素顔に釣り合う美しさを保っている。
「全部倒してしまっても構わないのでしょう?」
 感嘆ではなく納得してしまうような、実に絵になる一瞬であった。
「聞いたか野郎共! あのハーモニアの伊達男はやるぜ」
「参ったなキュンと来やがったぜ」
「あの兄ちゃんが陸に戻るまで船を沈ませるな!!」
 輸送船が盛り上がっている。
 帆布の上げ下げの速度が数割増しになっている。
「あの冷静さ、たまんねぇな!」
 この距離と忙しさで聞こえるとは思わなかったのですとか、言ってみたかっただけなのですとか思いながら、ラクリマは態度は変えずに素晴らしい速度で衝撃派を連発する。
 威力はあっても特殊な効果はなかなか出ない技なのに、この戦場ではとにかくよく効く。
 圧倒的な質量と触手の数を誇るクラゲが、1度攻撃するだけで破壊できそうなボートに近づけない。
 ボートの上に浮かべた魔方陣に乗って、『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)は念のため2発目を準備していた衝術を中断する。
 海面から伸びる触手は無数の火花で覆われている。
 ボート付近のクラゲ2体が今より近かったときは眼に害があるほど光が強かった。
「1度使わせたら敗北、2度使わせたら全滅……」
 おそらく、接触させなら異様な強さの雷が発生する。
 輸送船なら1度直撃した時点で大規模修理が必要だろう。
「この速度差であれば……いけますか」
 ラクリマが凄い勢いでクラゲを突き放しているので、ヘイゼルは他のことをする余裕がある。
 ロングコートの下からただの棒にしか見えない何かを取り出し、その先端に意識と神秘を集中させてとある液体を魔術的に精製した。
 たらりと、ただ毒と表現するには禍々し過ぎる液体が混沌の世界に現れ海へと落ちる。
 クラゲの速度と大きさでは躱すことなど不可能で、防御目的で複数伸ばされた触手に当たって弾かれずに吸収されてしまう。
 火花はそのままに炎の色が混じる。
 触手内部の体液の流れが狂い、触手の形から秩序が失われ不気味に曲がる。
「効きましたね」
 クラゲは防御など不可能とようやく気付き、せめて相打ちに持ち込もうと触手を伸ばす。
 独特の動きで防御を困難にさせその上で麻痺毒を打ち込み捕食する、このサイズのモンスターに相応しい凶悪な攻撃だ。
 が、そもそもヘイゼルに対して麻痺毒が効かない。
「この程度なら……すぐに治癒する必要はない」
 元々防御が巧いヘイゼルが、クラゲの毒は効かないと判断して打撃への防御にのみ集中して被害を徹底して小さくする。
 同属から遠く離れたクラゲでは雷を撃つこともできず、空中移動するヘイゼルを見送ることしか出来なかった。

●輸送船
「船長!」
「イレギュラーズを信じろ。私達が船を維持している限りイレギュラーズは勝つ」
 水夫と船長が人間ドラマをしている気がするが、『ディフェンダー・フォックス』ヒィロ=エヒト(p3p002503)には気にする余裕がない。
 今のメンバーなら狂王種クラゲを倒せる。撤退だけなら余裕だ。が、普通の船にとっては単独のクラゲも大きな脅威だ。
 だから今全滅させるために輸送船と共に戦場に留まり、船と仲間を必死に守っている。
「絶対このピンチを切り抜けて、皆で笑って帰ろうね! ボク達の力で『絶望の青』を『希望の青』に変えるんだ!」
 炎そのものを思わせる赤いサーコートに身を包み、研ぎ澄まされた刃を圧倒的反射神経と百戦錬磨の戦闘術で以て触手の森に挑む。
 数は1対100以上でも速度と動きの精度の次元が違う。
 刃を防御に回す機会もほとんどなく、ヒィロはクラゲを戦意で釣って船の速度を活かして敢えて一定の距離を保つ。
「……ちなみに今の、「帰る」と「変える」をかけた笑うとこだからね?」
 命を危険に晒してる間も、余裕を忘れず気遣いも忘れない。
 船長の口元が緩み、水夫から安堵の息が漏れ無料な緊張が抜ける。
「こんなにイケてる駄洒落、初めてっす!」
 お調子者の水夫に上司からの拳骨が落ちた。
 ヒィロは視線は向けずにくすりと笑い、予備動作無しで触手を突き放し、その動きを予備動作として魂を込めた咆哮を放つ。
「さぁ、強い奴からかかってきなよ!」
 狂王種としてはおそらく最底辺に近いクラゲ達は、この気合いに耐える執念も体力も持っていない。
 一時的に戦意が砕かれ、無防備な姿勢を戦場のイレギュラーズ全員に晒した。
「『八卦呼法:乾』――頭に大雷。左足に鳴雷。空・纏・流……翔」
 『見敵必殺』美咲・マクスウェル(p3p005192)の美貌に苦痛の色が混じる。
 周辺の気流と経を混ぜ合わせて錬り、魔力を収束させ自身の内側に溜める。
 神秘そのものでもある魔眼が、狂王種に相応しい色を求めて目まぐるしく変わり、やがて一つの色へ固定された。
「……とりあえず、的は大きいとポジティブに、ね」
 美咲を守るヒィロの背中を優しげに見つめ、視線をずらして馬鹿馬鹿しいほど大きなクラゲを直視した。
 言葉は不要だ。
 魔眼を使った上で、それに頼らぬ最上美咲の力を上乗せして敵の本質を見据える。
 純粋な殺意が巨大クラゲの魂に当たるものをかき消す。狂王種はそのまま復活できずに白触手からも力が抜け海の底へ沈んでいった。
 ヒィロが手傷を負わせているとはいえ、文字通りの一撃必殺であった。
「ありがと」
 ヒィロのサポートがあって初めて成立する超威力だ。
 自然と感謝の言葉が口から出ていた。
 鉄帝国軽騎兵隊軍帽を被った『へっぽこ砂サーファー』ロゼット=テイ(p3p004150)が、残り少ない巨大クラゲに青白い光刃を打ち込んだ。
 先程の美咲のような威力はないが、ヒィロと同じような敵防御に対する徹底的な妨害だ。
 白触手の動きが乱れに乱れ、無防備なクラゲ本体が船と船底に向け晒された。
「さて……電力を少し分けてもらうぞ?」
 液体金属で出来た鎖が船底から伸びてクラゲの傘に突き刺さる。
 重要な器官を潰すほどの威力が出たが、さらに力が搾り取られてシグへと流れた。
「ちょっと疲れてきたわ~」
 ロゼットはふわっとした言動と、冷徹と評して良いほどの判断力を兼ね備えている。
 万一攻撃が外れても挽回できる余力を残し、クラゲの巨体を削って姿勢を崩す。
 シグの炎が白触手を焼いて縮こまらる。
 虹の魔眼が一、紫ノ陰がクラゲの傘から生命力を奪い取り止めを刺した。
「これでぇっ」
 ヘカトンケイルのセンサが強く輝く。
 船と水夫を庇ったために傷ついた体を酷使し、ショットガンじみたパンチを触手とクラゲに叩き込む。
 芽衣は、鎧の関節部に深刻なダメージを感じた。
「もう少しだよ。この者と一緒に頑張ろう?」
 ロゼットが言うこの者はロゼッタ自身のことだ。
 体力の回復速度に優れた彼女は、術や技を使う余裕がまだ十分にある。
 ヘカトンケイルの体格と芽衣の身のこなしから射程を推測。
 クラゲに斜め横から至近距離まで接近し、まずは強烈な衝術を当てて船から距離をとらせた。
「タイミングをあわせて。行くわよ」
 青白い光がロゼットと船上の人間と、海のクラゲを照らし出す。
 コントラストの強い青と黒は生死の区分をしているかのようだ。
 まだ無事なはずの狂王種は、酷く濃い黒に染められていた。
 芽衣まばゆい青に照らされながら、腕を突き出し溜めに溜めた力を解き放つ。
 夜明けの色が青と黒を駆逐する。
 世界が元の色を取り戻したときには、クラゲはどこにも残っていなかった。

●西へ
「随分離れてしまいましたね」
 輸送船は遠くまで待避し、波の高さによっては見えなくなるほどだ。
 これまで足場に使っていたボートは嫌な音をたて始めている。
 ラクリマは一度も被弾させていない。
 狂王種とイレギュラーズの戦いについていけるほどの頑丈さが最初からないのだ。
「外洋を泳いで帰るのは億劫ですが」
 青色の魔導書を介して賛美の生け贄と祈りの歌を奏でる。
 紡がれた音は蒼き剣として狂王種の頭上に顕現し、ラクリマが頷くと柔らかな傘に突き刺さり巨体の内側を切り裂いた。
「……沈みましたか」
 何度目かに毒酒を注ごうと向かったヘイゼルの下で、ようやく力尽きたクラゲが沈んでいく。
 別の狂王種に食われるか普通の魚に食われるかは分からないが、2度と浮き上がることはないはずだ。
「この者の助けは必要ですか?」
 ロゼットがふよふよ飛んでくる。
 飛行の魔術がかかったカードが柔らかく輝いていて、戦闘の気配が非常に薄い。
「是非」
 ラクリマが即座に反応しヘイゼルもうなずく。
 このままでも確実に勝てる。船を守る必要がないなら百戦して百勝可能な相手だ。
 だが、ボートがそろそろ沈みそうで輸送船も遠くまで移動したという状況では事情が変わる。
 戦いが長引けばクラゲを倒した後力尽きて溺死するかもしれない。実際そうなる確率は1割未満だろうが危険過ぎた。
「では遠慮無く」
 熱砂の精を海上に呼ぶ。
 水が多過ぎはするが太陽からの光は十分で、精はそこに砂と風を加えて重い嵐を巻き起こす。
 戦うため海面まで上がっていたクラゲに防ぐ術など無い。
 強い力でぐるぐると回され、傷つくだけでなく全く移動出来なくなった。
「ラスト1、もらうよ!」
 きりが海面すれすれで黒銀魔剣を振り上げる。
 狂王種に近く触手が届き、しかし掠めた程度ではきりの抵抗力は貫けない。
「何を食べればここまで大きくなるんだか」
 赤く輝く左の瞳で、最後のクラゲの気配を精査する。
 そこを撃ち抜けば死ぬという、生命力が集中している部位は見つからない。
「ちょっと強引なやり方だけど」
 普段は長期戦可能な程度に抑えている力を解放する。
 小さな体が軋み、見た目よりずっと経験を積み強靱なはずの精神が目に見えて疲れていく。
「急所がなければ全部削ればいいですよね」
 振り下ろし、切り上げ、薙ぎ払い。
 一呼吸で数度の斬撃を延々と続けて止まらない。
 直撃していない場合でも触手や表面の皮が存在しないかのように、傷口は鋭く深い。
 傷口から流れた体液が青い海に落ち、海水を不気味に濁らせどこからか小魚を呼び寄せる。
「これで、終わり!」
 最後は傘に上から刃を入れる。
 消耗し尽くした狂王種は防御も抵抗も出来はしない。
 ただのクラゲ未満の脆さで両断されて、残骸が波に攫われ流されていった。
 海面が一瞬陽光を反射する。
 元に戻ったときには、クラゲのその残骸も、イレギュラーズの視界から消えていた。

●帰還
 ぎーこ、ぎーこと気が軋む音がする。
 ロゼットはにこにこしながら全身を使ってオールを動かし、すっかりぼろぼろになったボートを勢いよく西進させる。
「これはどうしましょう」
 活きの良さそうな切り身……としか言い様のない肉がボートの中央に積まれている。
 醤油を垂らしてそれを肴に1杯やりたくなるほど、食欲を誘う見た目と生々しさだ。
「大丈夫かね? 体力は戻らんが……動けるようにはなるはずである」
 甲板で触手攻撃に巻き込まれた水夫を治療したシグが、近くまで来たボートの荷を見て目を細めた。
「美味そうな切り身ぃ!」
 水夫が食欲に忠実に叫んで、恩人がすぐ側にいるのを思い出し頭を下げる。
 シグは、安全には注意するようにと伝えて、別の水夫の手当へ向かった。
「足は麻痺毒ありそうだけど」
 美咲は手袋をはめて、ピンセットと包丁を使う。
 触手から切り出した肉を皿に載せて水夫に渡すと、うひょーと奇声をあげて感謝の踊りをされた。
「傘は肉厚だしいけるかな」
「おつかれー!」
 船の修理を終えたヒィロと水夫が拳を軽く打ち付けあう。戦闘のストレスと沈没の可能性が消えたので、甲板の雰囲気は非常に明るい。
 楽しげにくるりと回ったヒィロが作業中の美咲の前にしゃがみ込む。
「せっかくだからクラゲ料理とかどうかなー? ねっ、美咲さん!」
 期待に輝く笑顔が眩しい。
 けれど、美咲はヒィロのためにも妥協はしない。
「この場で水抜きの材料が揃えばいいんだけど、いい感じにするにはしばらくかかるから、味は後日検証ね」
「そんなぁ」
 だめ? と少し甘えた視線で問われても、美咲はヒィロの健康を優先する。ここは、ヒィロがかつていたスラムではない。手段を選ぶ余裕は十分にある。
「大きさは力であり脅威の尺度になるけど」
 調査兼加工済みの肉を水夫に渡し、作業用エプロンを外して手袋も外す。
「それを維持できるリソースがあるってことだものね、進出したがるわけだ」
 広大で豊かな海は、まだ誰の物でもない。

成否

成功

MVP

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者

状態異常

なし

あとがき

 味はビミョーだったらしいです。

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