PandoraPartyProject

シナリオ詳細

紅の花が咲く頃に

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ――必ず戻ってくるよ。

 梅の木の下。太陽の眼差しで此方を見つめるその人が紡いだ言葉。
 そういって何処かへ行ってしまったその人を待ち続けて。もう何年になるだろう。

 ――

 ――――

 窓の外。遠く視線の先にはブルーホワイトの雪山、その尾根が見える。
 人によっては美しいと感じるかもしれないが、ここで生まれ育った少女にはごく当たり前の景色だったりもする。
 幾星霜を見慣れた光景だ。
 だからこの日、なぜわざわざそんな光景を熱心に眺めようと思ったのか。

 村のはずれには一本の梅の木があり、この窓からなら、ちょうどどうにか確認出来る。
 例年であればそろそろ花を咲かせてもいい筈だが、今年はまだなのだろうか。
「どうしたのかしら?」
 少女は小首を傾げ、つい出てしまった独り言に口元を抑えた。
「よいしょっと」
 なぜだか無性に気になり、マフラーを巻き付け、コートを羽織って駆けてみる。

 風は冷たいが日差しは暖かく、春の訪れを感じる。そんな日に――

 木の根元に立ち、息を切らせたまま膝を抑える。
 どうしてこんなに頑張ってしまったのかは分からないが、不思議な満足感と共に少女は顔を上げた。

 あった。
 固いつぼみばかりの中で、たった一つだけ小さな花が咲いているではないか。
 彼女はにんまりと笑うと、その一つにそっと指をふれ――突如視界が白に染まる。

『……助けて、あの人を助けてあげて』
 何か聞こえたような気がして、少女は恐る恐る瞳を開くと。
「え?」
 眩い閃光は柔らかな光となり、人の形を形成していた。
「え。な、なに?」
『……助けて、あの人を助けてあげて』
 一体なにごとだろうか。これは梅の精であろうか。
 少女が戸惑っていると、突如脳裏に鮮明な風景が流れ込んでくる。
「ちょ、え!?」
 たぶん遠くない、その場所で。
 倒れている人影は――

「エリス!?」
 見覚えのある格好に少女は声を上げた。
 太陽の眼差しで自分を見つめてくれていた親友が脳裏に浮かんだ幻影の中で倒れている。
「ど、どうしよう」
『危ないわ。あの場所には毒の沼から這い出た魔物が住み着いているから』
 幻影はずるずると蠢く黒い影を映し出した。
 このままでは、やがて毒に晒され命を落としてしまうのだと梅の精霊は言う。
『これがきっと、あなたを守ってくれる』
 先ほどふれた小さな花がふわりと、少女の手の平に舞い降りた。

「うん、わかった。任せて!」
 少女は親友の為に直ぐ様走り出す。雪が残るアースブラウンの地を蹴って。
 その行き先は森の中。
 大好きな親友の元へ。

 ――――

 ――

 ごめんなさい。
 ただ、羨ましかった。
 見つめられたかった。
 好きだよと囁く声も、可愛いなぁという言葉も、全部聞いていたのに。
 太陽の様な眼差しは私を映してはくれなかった。

 だから。
 だから。
 だから。

 願ってしまったの。ほんの少しだけでいい、あの人の瞳に写りたいと。
 だって、私もう消えてしまうから。
 向こうの私に飲まれてしまうから。
 ほんの少しだけ。
 少しの時間でいいの。
 貴女の身体を――――

 アジュール・ブルーの空に溶けた声は誰にも届くこと無く悲しげな音色で霧散する。



 お気に入りの絵本を抱えながら『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)は依頼の詳細をおさらいしていた。
「それでね、アルエット。女の子が心配だなって思ったの」
 金色の髪が馬車のリズムに合わせて踊っている。

 夕方になっても帰ってこない娘を心配して父親がギルドへと走り込んできたのだ。
 村有志の捜索隊は既に現地に入っているそうだが、一箇所近寄れない場所があるという。
 狩りをする男共は知っていることなのだが、そこには毒性の沼が至る所にあり、魔物が住み着いているらしい。
 村娘である少女には森の深くに踏み入ってはならないと教えていたはずなのにと父親は頭を抱えた。

「お願いします……娘を、ミナを助けてください」
 懇願する男性にエメラルドの瞳でこくこくと頷くアルエット。
「大丈夫なの。アルエットも一緒に行くわ」

 男の話によれば、その沼に住む魔物は毒を持っている。そして地を這うようにして蠢いているらしい。
 近づかなければ襲っては来ないが、一度沼に足を踏み入れると捕食しようと牙を剥くのだ。
 先行した捜索隊によればおそらく少女はその場所にいるのだろうとの事。
 遠目から見た限りではそれらしき人影ともう一人誰か居るとの情報が齎されていた。
 本来であれば食い殺されていてもおかしくない時間が過ぎているはずなのだが、未だ生きている可能性が高いのだという。
 ならば、取るべきは救出一択になるのだろう。
「お願いします」
 頭を下げる父親と共にイレギュラーズ達は馬車を降りた。

GMコメント

 向かいのお家の庭に咲いた梅が綺麗です。もみじです。


●情報確度
 Aです。つまり想定外の事態(オープニングとこの補足情報に記されていない事)は絶対に起きません。

●目的
 ミナとエリスの救出

●ロケーション
 夜の森。沼地。
 至る所に浅い毒沼があります。
 沼毒は、戦闘中のダメージになる程ではありませんが、毒素の強い場所にあまり長く滞在すると危険です。
 沼を避けて通れば、3人以上横並びの隊列は難しいでしょう。
 逆に沼を無視して踏み込むのであれば、ぬかるみに足を取られることもあるかもしれません。

 明かりは同行のNPCが持っていますので心配いりません。
 沼地に着いた所から開始です。

●敵
○沼地の精霊×1体
 黒い瘴気を放つ精霊の成れの果て。怨嗟や怒り嫉妬など負の感情を溜め込んだ忌むべき存在。
 動きは遅いですがタフです。攻撃力は高めです。強いです。
 梅の精霊が先に消滅するとパワーアップします。
・毒染(神至単/ダメージ大/BS【毒】)
・怨嗟の声(神遠単/ダメージ大)
・毒無効(P)

〇クレイドール×4体
 動きは遅いですが、タフです。
 沼地に潜む怪物で、通常物理攻撃の他に、足を掴み引きずり込もうとします。
 攻撃は物至単のみ。

〇アシッドスライム×4体
 動きは遅いです。HPは低いですが、物理攻撃が通りにくい相手です。
 沼地に潜む怪物で、毒霧と、溶解液で攻撃してきます。
 攻撃は神至単(BS【毒】)のみ。

●梅の精霊
 沼地の精霊の唯一残った清らかな心の残滓。
 ミナの身体を乗っ取っています。
 ミナが持っている梅の花を潰せば消滅します。ついでに村にある梅の木も崩れます。
 いずれにせよ、遅かれ早かれではあるでしょうが。

●救出対象
 一番濃い沼の縁に二人とも居ます。イレギュラーズから見て敵の奥に位置します。
○ミナ
 耳のあたりに小さな梅の花がついており、梅の精に身体を預けている状態です。
 淡い光球の中でエリスを膝に抱えており、まるでそこだけが毒沼から遠ざけられたように幻想的です。

 残念なことに、梅の精の力は長くもちそうにありません。
 梅の精霊が消えれば意識は取り戻しますが、その場合は極めて無力なただの少女です

○エリス
 久々に故郷へ帰還した冒険者。沼地の精霊に捕まり倒れています。
 意識が混濁しているのかミナの膝に頭を預けています。所々服が溶けています。
 呼びかければ起きるかもしれません。
 体力を消耗していますがミナを抱えて逃げる事ぐらいなら出来るでしょう。

●同行NPC
・『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)
 PCが絡まない限り、特に描写はされません。
 明かりを持っています。初めてのお仕事なので緊張ぎみです。
 低空飛行をしています。
 遠術、ライトヒールが使えます。

  • 紅の花が咲く頃に完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年03月21日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

スウェン・アルバート(p3p000005)
最速願望
ラノール・メルカノワ(p3p000045)
夜のとなり
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
スリー・トライザード(p3p000987)
LV10:ピシャーチャ
セシリア・アーデット(p3p002242)
治癒士
天津ヶ原 空海(p3p004906)
空狐

サポートNPC一覧(1人)

アルエット(p3n000009)
籠の中の雲雀

リプレイ


 踏みしめた小枝が折れた。
 ホゥホゥと鳥の鳴き声が遠くで木霊する。
 木々の葉が重なり合ってクレッシェント・シルバーの月明かりを散らした。

 前方を見つめ『治癒士』セシリア・アーデット(p3p002242)が祈る。
 この身に在る全力を尽くし助けに行くから、無事に居て欲しいと。ヒアシンス・ブルーの眼差しが彼方を見つめ。
 セシリアの視線の先に現れたのは、沼の奥に浮かぶ淡い光を放つ球体だった。
「凄い……」
 月光の如く神秘的な光球に目を奪われるセシリアは首を振り、これからの戦場に意識を戻す。
 球体の中には依頼主の娘であるミナ。それに横たわるエリスが確認出来た。

 沼地の精霊の奥にある光球。危険である事は火を見るより明らかであろう。
 声を掛ければ気づくだろうかと思案するも、隣の『最速願望』スウェン・アルバート(p3p000005)を見遣り小さく頷いた。
「こっちは任せるッス!」
 適材適所。救出班に頼った方が事は上手く運ぶと判断したセシリアはペールホワイトの聖杖を握り、囮になるべく一歩の勇気を振り絞る。

「自分の身の守りを最優先でよろしく頼むよ」
「はい!」
『籠の中の雲雀』アルエット(p3n000009)に『銀閃の騎士』リゲル=アークライト(p3p000442)は優しく声を掛けた。一方で元気に返事をする少女の後ろに立つ『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は優しく目を細める。
「アルエットさんは素直で優しい人ですねえ」
 これから起こる『物語』の結果。無垢な少女なら嘸かし『良い』表情を見せてくれるだろうと微笑んだ。

 ――――
 ――

 カンテラが抱く橙色の明かりが揺れる。
「怨嗟や怒り嫉妬、負の感情大いに結構ッス!」
 最初に動き出すのは誰よりも速さを求める者。ギアを入れ先陣を切るスウェンに敵が気付き戦闘態勢へ。
 人間も精霊も何に焦がれ、感情を抱く。刹那の『速度』に身を投じる彼も然りであろう。
 それで面倒が起こるのであれば、解決するのがイレギュラーズの仕事。そこに可能性の種が在るのならば集める使命を帯びた者達を特異運命座標と呼ぶのだから。
 彼のヘルメットに反射したオレンジ色の光が沼地の奥へ尾を引いて行く。

 スウェンに集まった敵の視線だが。
 ドプリと湿り気のある水音が響き、続けて発せられる張りのある声が木々の葉に反響した。

「――『あの人を助けて』それが、君の本来の心の叫びなんだろう?」

 リゲルの声に反応してスウェンから意識を離すスライムと泥人形。現れたリゲルに注視し動き出す。
 抱えきれぬ嫉妬、怨嗟。それらを銀の青年は己が身に浴びせろと紡いだ。
「全て受け止めて、救い出してみせる!」
 リゲルの言葉は沼地の精霊を『説得』するには逆効果であったのかもしれない。突然現れた得体の知れない者に己の感情を表現させられるのは不快である。

「お前に、何が――!」

 そう、腹立たしいのだ。『説得』は否。されど『怒り』は是だ。それこそが狙い。作戦の通りである。
 怒気を漲らせた精霊は、その憎々しげな意識をリゲルに集中させた。
 背筋が凍えるような威圧感。けれど騎士は凛とした視線を決して外さない。

 おぞましい毒手が泥土を破裂させて無数に迫る。
 弾けるようにとびかかる粘液質の攻撃を盾で弾き、二度押し返す。
 踵で地を打ち、返す剣で三度目を切り裂き――足に衝撃。
「――ッ!」
 僅かな隙に叩き込まれるのは無数の魔指。
 猛撃を受けるリゲルの背後を包み込むように。セシリアの癒し、暖かな光が満ちる。
「回復は任せて! だから前の敵はお願いね、さぁ、頑張るよ!」
「ああ!」
 セシリアの激励にリゲルが大きく頷いた。

「アルエットさんも、前衛の御二方の、後ろへ。回復に、もし余裕あれば攻撃で」
「分かったの」
 緊張している少女に声を掛ける『LV5:グール』スリー・トライザード(p3p000987)は的確に指標を示す。
 戦闘経験の無い少女の手引きは有用だ。絵本が好きな幼子が分かる様に言葉を選ぶ。
「……大丈夫、気を楽に。力を合わせれば、きっと」
 ハッピーエンドが待っているという言葉に輝く瞳を向けるアルエット。
「そうだよ、リラックス、リラックス! 一緒に頑張ろう?」
 緊張を解すように、チームの皆を頼れば良いとセシリアが肩を叩く。
 それは眩しいばかりの正の煌き。二つの命が失われない為の優しさ、心遣い。
 この場に集った者たちが抱く光。
「これは……」
 光。その腕を強く掴めば容易く折れてしまう儚いもの。
「遮っては、いけないのでしょうね」
 スリーの刹那の問いに答える者は無かったが。救出に走る四音の微笑みが小さく聞こえた様な気がした。
 アルエットはリゲルに回復を行い、スリーは沼に入らぬ様位置取り死霊を番える。

 スウェンに続くのは『砂狼の傭兵』ラノール・メルカノワ(p3p000045)だ。粘度のある沼地を、それが恰も無かったものの様に平然と走り抜ける。戦闘を避ける様に沼の上を疾駆すれば、スウェンを追いかけて来た泥人形が見えた。
「今行くぞ!」
 光球の中に居る二人にエンバー・ラストの瞳を上げる。
 ラノールは思惟した。自身の力が果てようとするその瞬間にも梅の精霊が二人を守り続ける訳を。

 どんなに毒や闇に周りを埋め尽くされようとも、当人達が幸せである一瞬。それは美しく咲く花の様で。
 その刹那にこそ価値があるのだとスウェンが思考し振り向く。一足先に光球の前に着いた彼の後ろには沼から這い出た泥人形。
 永遠に咲く花なんて無い。だからこそ――

「そんなわけで! そろそろお目覚めの時間ッス!」

 泥人形に掴みかかるスウェン。最速だから出来る敵への先制マークは有用だ。彼の横を駆け抜け光球へと駆け寄るラノール。
「無事か!? 立って走ることはできるか!?」
「どうして此処に来たか知らないが、寝てる場合じゃないだろ!」
 続けてエリスを揺り起こすのは『空狐』天津ヶ原 空海(p3p004906)の声。
「ぅ……」
 エリスが呻いた瞬間。
 淡い光を放っていた光球が霧散していく。それ即ち、梅の精霊の力が弱まって来たという事だろう。
「もう少し。気合を入れろ!」
 ミナの体を操っている梅精に空海は疎通を試みた。
 少女の顔が上がり、紅い梅の花が見える。
「今はお前が、エリスを守っているんだろ。もう少しだけ。お前の力が必要なんだ」
 頼む、と腕を掴んだ空海に少女は小さく頷き、膝に抱いたエリスの頭を撫でた。
「うぅ……ここは……? ミナ?」
 頭を抱えながら目を覚ますエリスに、ラノールはマントを掛ける。破れた服の代わり、衆目や枝葉ぐらいからならその肌を守ってくれるであろう。紳士的な優しさにラノールへと感謝を述べるエリス。
「私達はミナさんのお父様の依頼で、あなた方を捜索に来ました。エリスさんは、可能でしたらミナさんを連れて逃げて頂けますか?」
 エリスはぐったりとして動かなくなったミナを支え起き上がる。

「必ず戻ってくると約束したんだろう? それは親友の傍に居て、護る為じゃないのか!」
 戦場の只中からリゲルの声が届いた。スライムを剣と盾で抑えながら言葉を続ける。
「約束を叶えるのは今だ! ミナを連れて後ろを振り返らずに、村へ走れ!」
 エリスが目覚めた事により、怒りに囚われていない泥人形が迫り来るが。
 その攻撃は四音の白い骨腕に阻まれた。
「魔物は私達で抑えますので」
「分かった」
 イレギュラーズが自分達を助けに来てくれた事。それが分かればこの状況で従うべき言葉は理解出来る。
「こっちは任せろ」
 もう一匹の敵をラノールが抑えている間に、空海はエリスの背にミナを乗せた。
「主をここで守っていたのは梅の精霊だったよ」
「え……?」
「さあ! 走れ!」
 背を押して、村へと急がせる――

「ふふ……」
 四音はカーマインの瞳で微笑みを浮かべる。此処に紡がれる想い劣情嫉妬。負の感情の由来。
「話してみませんか?」
 沼地の精霊に指先を向けて、輪郭を撫でるように視線を合わせた。


 ――――さあ、今回の物語を始めしょう。



「やれやれ」
 黒い羽根を織った赤いマフラーが風に靡いた。
 人助けは性に合わないが、そこに戦場があるならばと『紫電修羅・黒羽の死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は紫電を宿した二刀を抜く。
「やるぞリゲル」
 一言告げて。続く言葉は言わずとも両者は理解していた。これが初めての共同戦線。
 されど、研ぎ澄まされた感覚の中、言葉を介さずとも伝わる意図。
 黒檀の左目に蘇芳の虹彩が浮いていた。その瞳に映すのは勝利か狂気か。
 眼の前で枯れていく花を見るのは心憂い。ましてや、紅を赤で染める訳にはいかないのだ。
 初手必殺。集中は極限に。示現の修羅が戦場を往く。
「花は譬え命短くとも」
 凛と咲いてこそ意味の在る生だったと言えるのだろう。その刹那。一瞬の美しさ。
 壊して良いはずも無いのだ。たとえ、沼地の精霊が何処か己と似ていようとも。
 その自由を否定するのならば『死神』として斬り伏せよう。
 仲間が押し留めた敵に奔る冥王の呼び声。
「――蔓延る害虫どもを斬り払う!」
 飛んでくるであろう殺気にマントを翻すリゲル。目配せの必要すらなかろう。
 倒すべきは此処だと声を張り上げる。

「クロバ!!!」
 蒼銀に輝く聖鎧の騎士が放つ、鋭い声。
「応!!!」
 死神の咆哮。紫電纏う漆黒の雷刃。
 溜められた紫の剣閃。猛烈な強打。それは刃が埋もれ、本来到底切り裂くことなど出来ようはずもない怪物を、僅か一刀で撃滅させるに至った。
 そんなことはクロバでなければ成し得なかっただろう。否、銀の騎士と死神と、どちらが欠けても成立しなかった。
 この瞬間、クロバとリゲルはまさに攻防の決め手であったのだ。

 ――――
 ――

 数十秒か。一分か。二分か。激しい攻防が続いている。
 泥人形と精霊は未だイレギュラーズ達の前に立ちはだかり続けていた。
 先に少女達を逃していなければ、巻き添えを受けていたかもしれない。
 此処にさらにスライムまで居たのならば戦況は不利であったのかもしれない。
 だがそうした懸念事項は全て解決されているのだから僥倖だ。後は倒す事だけに集中すれば良いだろう。

「沼地で走りづらい? 重要なのは、右足が沈みきる前に左足を前に出す」
 ゴポリと軸足を沼につけて片足を跳ね上げるスウェン。
「後は逆。これだけッス!! あとは気合ッス!!」
 精霊を金属製の義足で蹴り上げた攻撃は胴を穿ち穴を開ける。ゆっくりと元に戻って行く様子を見るにタフさは場所由来なのかもしれないとスウェンは思惟した。
 さりとて、無尽蔵ではない事は攻撃を重ねる度に綻んで行く事から周知する。
 それは一瞬の事であった。
 体勢を立て直した直後スウェンに怒りを解いた精霊の毒手が伸びる。
「っく……!」
 体内に染み込んだ毒液にヘルメットから血を滴らせるスウェン。
「深淵より触れる。癒やしの抱擁」
 四音の短節詠唱は赤き海練を帯びてスウェンの傷を撫であげた。

 六尺を超える傷だらけのマトックを手にラノールは粘度の高い沼地を悠々と走る。
 彼のギフトはこの戦場において、とても有利に働いたと言えよう。
 相手の領域においてその不利を物ともしない存在は脅威となるのだ。
 自身の得物を大きい以外に特徴がない武器だと彼は言うが、よく手入れされ長く使われて来た事が見て取れる。幾度、このマトックと戦場を駆けただろう。何度、死戦を切り開いただろうか。
 柄を握り込み、振りかぶる。
 遠心力を逆手に体重を乗せて、持ちうる全ての力を使いの砂狼の戦槌を精霊へと叩きつけた。
「ァ、ガ……!」
 ――ザラリ。
 滑りを含んだ泥が落ちる。手応えは確かにあった。

「八百万の神に祈り申す」
 リゲルとスウェンの受けた毒を解こうと、空海が言霊を捧げながら前線に立つ。白雪の如き髪がふわりと舞い。先に行く程に金に染まる色合いがカンテラの光で輝いていた。
 ここで倒れるわけにはいかないのだ。この場は沼地の精霊の領域なのかもしれない。
 しかして、存在しない訳ではない。森の精霊。地の精霊。風の、木々の。それら全てに祈りを捧げる。
「祓い給え清め給え」
 この忌むべき毒を浄化せしめんと――

「畏み畏み申す!」

 刹那。光輝が溢れ奇跡が起きる。
 空海の頬を撫でていくのは風の精霊だ。森の精霊は純一無雑な浄化の雫を風と共に運び、リゲルとスウェンに巣食う毒を打ち消して行く。

 元々重傷でこの戦場に立っていたリゲルは肩で息をしていた。じわりと包帯を巻いた古傷から赤色が滲み出る。前回の戦闘で受けた傷が開いたのだろうか。
「ぐ、ぁ……!」
 泥人形達の攻撃はリゲルに集中する。泥を浴び、銀髪に血と汚れが散る。けれど、青年はオリオン・ブルーの瞳を伏せはしない。星を抱く眼差しは敵影を見据えていた。
 この間合ならば精霊と人形を射程に収められる。この好機逃すはずもなく。
 精霊に感情がある事は知っている。薄茶色の髪が揺れる大切な人の笑顔を幾度、側で見ただろう。
 今なら言葉は届くだろうか。精霊自身を縛る呪縛から解き放たれるようリゲルは願った。

「望まれぬ不幸は、ここで止めてみせる!!!」

 闇を照らす光あれ『ガラティーン』の騎士は仲間を護るため盾と剣を掲げる。
 眩いばかりの光と共にリゲルは雷の一撃となりて沼地の精霊と泥人形に剣を走らせた。

 銀閃が輝く様にスリーは漆黒の瞳を細める。己の周囲に薄らと漂う塵が霧散していく様な感覚に襲われたのだろうか。余りにも眩しく、正しい光。
 少女達の命が失われるかもしれない。それを良くない事だと実感できない自分と彼らとでは余りにも乖離が有りすぎて。
 知識に魅入られ蒐集の為に、不死の身である事を望んだスリーには些か清浄すぎる煌めきに息を飲む。
 しかして、眼の前の戦闘を忘れてはおらず。大鎌を振り上げ術式を練り上げる。
「知れ。識れ。シレ。探求の体現者。不死の怪物の名を」
 グレイヴ・ブラックの黒塵が魔法陣を描き、放たれる術は精霊へと吸い込まれるように着弾した。

「大丈夫! 今、回復するよ」
 リゲルにライト・ブルーの雫が降り注ぐ。セシリアの合図でアルエットも回復を重ね、リゲルは自身の傷が癒えて行くのが分かった。
 怒りによって一人に攻撃を集中させる作戦は諸刃の剣である。
 そもそも体力が無ければ成し得ず、それを回復する手立ても必要だろう。重ねて回復手の持久力と周りの攻撃力も無ければ破綻し、パーティを危険に晒す事になるのだ。
 リゲルが盾で居られるということは、セシリアや四音、空海の回復が適切に施されていたという事も大きいだろう。銀閃の騎士は暖かな癒しに感謝を紡ぐ。
 精霊と人間の物語。セシリアには思う所があるのかもしれない。
 この世界に召喚される前、何かの切欠で親友が怨嗟の塊になっていた可能性を否定できないから。
 沼地の精霊がこうなってしまった理由は分からない、でも――自壊による助けを求めていたとしたら。
 セシリアは白い聖杖に力を込める。
「助けるよ、絶対に……」
 小さく呟かれたセシリアの声に、空海は過去の自分を思い出した。
 この精霊の様に荒れ狂い、近づく者を拒絶した記憶。だからこそ、痛いほどによく分かる。
「溜め込んだもの、ここで吐き出してしまえ!」
 すべてを恨み憎んだ切欠を、受け止めてみせるから。
 だから――
「元の姿を思い出せ。渦巻くものは、ねじ伏せろ!」
 昔の自分を包み込む様に。慈しみと怒りを伴った空海の声が戦場に響いた。

「ァ、ア……あの人と、話したかった!」
 この沼地から動けない身。梅の木を通して見る景色に憧れたのは、どちらも同じ気持ち。
 嫉妬がより深かったのが沼地の精霊だっただけ。傲慢がより高かったが梅の精霊だっただけ。
 負の感情と正の感情。その匙加減をほんの少し間違ってしまっただけなのだ。
 しかして、此処まで膨れ上がった怨嗟を取り除く術は、既に失われ。
 梅の精霊を食い尽くさんとしても、愛しき人と話す事すらままならず。
 唯残る力を暴虐に費やすだけならば、いっそ――

 隙。そう、空海の言葉で出来た一瞬の困惑。クロバの赤黒い瞳はそれを見逃さない。
 紫電纏う二刀に付いた泥を払い。カンテラの明かりが刃先に走る。
 仲間が作った好機をこの手で繋ぐ為二刀を構えた。
 黒き羽を靡かせる死神は残しておいた余力をその一迅に込める。

「花への手向けだ。せめて散り際ぐらい美しく――」


 ――――裂き誇れ!!!


 ぼたり。
 鈍い音と共に怨嗟の塊が沼に沈んでいった。




 梅の木の下。
 エリスとミナが寄り添っていた。
「終わりましたよ」
 四音が二人に声を掛ける。振り向いたミナの耳には梅の花が咲いていた。
 悲劇か喜劇。どちらに転んでも趣味嗜好の差。今回はどちらかであるだけの話。ひとひらの一葉。
 どちらの結末を迎えるのかと『物語』の頁を捲る四音。
「……ええ、もう一人の私を殺してくれてありがとう」
「くふふ」
 沼地の精霊を倒した後、泥人形も全て殺し尽くしてイレギュラーズは村へ戻ってきた。
 ふわりと梅の香りが濃くなった。対になる存在が消えたならば、消滅は不可避。
「もう、逝くのですか」
 スリーの問いにゆっくり少女の身体から離れる梅の精霊。
 其処には嫉妬も怨嗟も無く、凛とした朗らかな微笑みで佇む精霊の姿があった。
 夜の闇に仄かに灯される淡い光。
「最後に夢を見られたのは、貴方達のお陰ね。……ありがとう」
 言葉を発する度に、梅の香りが濃くなって精霊の輪郭が霞んで行く。

「良い、来世を」
 ゆっくりと消えて逝く彼女へ向けた言葉。
 次は幸せな時を歩めるようリゲルは心から願った。


 インク・ブルーの夜空に星が煌めいている。くれない色の星が一筋、細くほそく流れていった。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。

 今回は全員がお互いの長所を生かし、仲間のフォローをしつつ
 それぞれ的確な判断で、戦線を支え合った素晴らしいプレイングでした。
 心からの拍手と大成功をお送りします。

 ご参加ありがとうございました。もみじでした。

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