PandoraPartyProject

シナリオ詳細

死のアトリエ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 天窓からしらじらと曇りをおびた光がさしこんでいる。
 アトリエ内には木炭のこすれる音と、ときたま外で鳴く鳥の声が聞こえるだけで、あとは完全に静かたった。
 輪郭はなるべく省略して、木炭による数本のシンプルな描線で形やボリュームをかきだしていく。
「はい、そこまで。時間です」
 『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)はは大きく息を吐いた。無意識のうちに息をつめていたらしい。
 先を尖らせたスケッチ用の木炭をエプロンに置き、布で指の汚れをできる限りぬぐった。それから立ちあがってスケッチブックをイーゼルから外し、すっかりお茶の用意が整っているテーブルに持っていった。
 席に着く前に、参加者全員に自分が描いたものを見せる。
 気まずさを誤魔化す、控えめな笑みがテーブルの縁に広がった。
「なかなか……良く描けていますよ。余白を作らず、大胆に切りとった構図が独創的だ。だんだん上手くなっていますね」
「どうも」
 他に褒めようがなかったのだろう。
 幼稚園の年少さんであれば、心優しい保育士からお手製の花まるバッチがもらえるかもしれない絵であることは、描いた本人が一番よく分かっている。
 クルールは容疑者の一人と目しているジグムント・キッシュ――絵画教室の先生に黙礼し、席に着いた。
 他の参加者がスケッチを披露している間に、モデルの女性が服を着てやってきた。
 前のモデルが三人も逆さ刷りにされて首を掻き切られ死んでいるというのに、なかなか勇気のある女性だ。
 もっとも、彼女は殺人の事実を知らないのだから、モデルをすることに勇気もへったくれもないのだが。
 死体が破棄された場所はいずれもこの街から遠く離れている。今のところ、殺された三人の共通項、この絵画教室でモデルをしたことがあるという事実に気づいているのはクルールだけだった。
 クッキーをひと齧りし、ミルクの入った甘い珈琲を飲んだ。本当はミルクなしのほうが好きなのだが、ここではいつも珈琲に砂糖とミルクを入れて出す。
 それにしてもジグムントはどこでモデルを調達しているのだろう?
 もしかして、街の広場やカフェのテラスでナンパでもしているのだろうか。
 口説くなら、羽の生えた大きなクマのぬいぐるみを思わせるジグムントではなく、もう一人の容疑者のほうがずっと適任だ。
 ジグムント教室のスケッチ会にずっと通っているただ一人の男、オレグ・ニシンスキはふっくらした唇や長く濃いまつげ、と女性的に見えてもおかしくない目鼻立ちでありながら、全体的な雰囲気はとても男らしい男だ。首にスカーフを巻いているが。
 長くてきれいな指は、先ほどまで木炭を持っていたのにも関わらず、ほとんど汚れていない。
 そのオレグが描いたスケッチは正確で完璧だった。白黒写真といっても通じるぐらい精密で――。
 くらり。
 クルールの視界が揺れ、暗くなった。
 意識が飛ぶ。
 気がついた時にはスケッチブックを小脇に抱え、教会の脇の狭い坂道を、解けずに残った雪で足を滑らせないよう慎重に歩いていた。

 一日半後、街はずれを流れる川のほとりの朽ちたボート小屋の中で、喉をずたずたに切り開かれ逆さ吊りにされた全裸の女が見つかった。



「殺人者は被害者の喉元を何度も深く切り裂いている。最悪なのは、彼女が喉を切られている時、まだ生きていたということだ」
 椅子に座ったクルールの周りで、集まったイレギュラーズの何人かが「クソ」と毒づいた。
 現場は文字通り血の海だったが、足跡一つ見つからなかった。被害者のものも、加害者のものも。
「川から泳いでボート小屋に入ったか、飛んではいったかのどちらかだな。ちなみに、過去の事件の現場も血の海だったが、やはり足跡は見つかっていない」
 困るのは、クルールが容疑者とみなしている二人がどちらも飛べることだ。
 ジグムント・キッシュは飛行種、オレグ・ニシンスキは海種だが、クルールが教室の噂で聞いた話では飛行スキルを持っている。
「犯人が殺人を繰り返す理由は、まるで判っていない。そもそも理由があるのかすらも怪しいと思っている。ジグムントのスケッチ会でモデルを務めたことがある、という以外の共通点がないんだ」
 殺されたモデルは女もいれば男もいた。年齢も種族も様々だ。
「いや、他にもあるな。殺され方と、喉の器官がごっそり取られてなくなっているという点だ」
 今回は被害者が地元の娘だったこともあり、すみやかに身元が特定された。殺される前日にモデルをしていたことがわかり、ジグムントは憲兵所に連行され、厳しい取り調べをうけていた。
「憲兵たちは自白を取れなかった。そもそも証拠がない。いいかがりにするほどのものすら。アリバイも完璧ですぐに解放された。問題は、尋問に心身ともに傷ついたジグムントが教室を閉めて引っ越すといいだしていることだ」
 教室が閉鎖されれば、一時的に殺人は止まるかもしれない。だが、またどこかで……ジグムントが姿をくらましたあとで、また陰惨な殺人儀式が始まるだろう。
 こういったことは簡単にやめられないものだ。
 クルールは椅子から立ちあがった。
「四人が無残に殺された。もう犯人探しをしている段階じゃない。最後にもう一度、スケッチ会をやってくれとジグムントを説得した。こっちから仕掛けて殺人鬼をおびき出し、捕まえる。まずはエサとなるモデルをやってもいいという奴は手をあげてくれ。ほかのメンバーに裸を描かれてもいいというやつ……いるか? いなければオレが脱ぐぞ」

GMコメント

●依頼条件
 ・連続殺人鬼の撃破

●モデル
 モデルを希望する人はプレイングの冒頭に【モデル】とかいておいてください。
 残りの人たちはスケッチ会の参加者になります。
 志願者ゼロの場合、クルールがモデルになります。
 ちなみに、全裸ではありません。
 かなりギリギリの……きわどいものですが「水着」着用です。

●容疑者
・ジグムント・キッシュ/飛行種/男……40歳
 とある街で絵画教室を開いている。
 熊のように大きくて毛深い。
 元、傭兵。めぐまれた体格を生かし、敵の前に立つことが多かったようだ。
 噂によるとその戦い方は「オーガ」のようだったらしい。
 バディを組んでいた仲間(スナイパー職)が大けがをして、傭兵業を引退したとか。
 【飛行】【変化】のほか、直接攻撃系のスキルを使用。
 
・オレグ・ニシンスキ/海種/男……39歳。
 美形。寡黙。クルールは彼の声を一度も聞いたことがない。
 最初の殺人前からジグムントの絵画教室で開かれるスケッチ会に参加していた。
 【水中親和】【変化】のほか、【飛行】のスキルを持っているのは確実。
 その他は不明。

●被害者
 殺害場所、遺体遺棄場所はバラバラ。
 今回以外はすべて街から遠く離れた場所で起こっていました。
 殺されたモデルたちは性別、年齢、種族ばらばらですが、いずれも美形でした。
 逆さ吊にされて、生きているうちに首を切り裂かれて喉の器官を取りだされています。

●その他
 どちらが殺人犯なのか、クルールは突き止めていません。
 もしかしたら二人が共謀している可能性も……。
 絵画教室で出される飲み物はジグムントが用意し、クッキーなどの食べ物は参加者のもちよりです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 死のアトリエ完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年02月12日 22時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

奥州 一悟(p3p000194)
彷徨う駿馬
マグナ=レッドシザーズ(p3p000240)
緋色の鉄槌
ヒィロ=エヒト(p3p002503)
瑠璃の刃
Alice・iris・2ndcolor(p3p004337)
シュレーディンガーの男の娘
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
美咲・マクスウェル(p3p005192)
玻璃の瞳
岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年

リプレイ


 クルールとジグムント・キッシュが話をしている間、イレギュラーズたちはアトリエの中を好奇心も露わに、されど礼儀正しく眺めてまわった。
 高い天井から冬の柔らかな日差しが差し込み、モデルが立つ台を照らしている。アトリエの隅にはイーゼルや描きかけの絵、大きな机、小さなガラス窓の向こうに赤々と火を燃え立たせるダルマストーブなどが、絵具の匂いと一緒にそれぞれの位置を守っていた。
 心地よく整えられたこの場所にダルマストーブでは暖めきれない冷たさが潜んでいるような気がするのは、すぐそばに連続殺人鬼がいるからだろうか――。
 『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)はイーゼルを立てている青年へ視線を流した。
 オレグ・ニシンスキ、ジグムントとともに犯行を疑われている人物だ。
 『放課後のヴェルフェゴール』岩倉・鈴音(p3p006119)もまた、アトリエの隅にうずたかく積み上げられた絵を見るふりをしながら、オレグの横顔を盗み見ていた。
(「アタシの推理が正しければ――」)
 なんとか声をかけたいが、オレグの全身からあふれる、他人を拒絶するオーラに阻まれて近づけない。
 当のオレグは二人の視線に気づいていないのか、それとも気づいていながら無視しているのか。スケッチブックを立てかけたイーゼルの前で瞑想を始めた。
 そこへクルールたちがやって来た。
「彼がモデルをしてくれる人?」
「はい。クロウリーくんです」
 『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)は鷹揚に微笑むと、差し出されたジグムントの手を握った。
(「これは芸術家の手じゃないね」)
 剣を振るっているうちに、たこができ、できたたこは摩擦で皮が剥むける。再生した皮は自然と分厚くなる。
 セレマは、彼はいまだに現役の傭兵なのだと、笑顔の裏にしっかり書きとめた。
「控室に案内するよ。シモンさん、すみませんが準備をお願いします」
 ジグムントに連れられてセレマがアトリエを出ていった。
「よし、マグナ。イーゼルと椅子を持って来てくれ」
「え、オレ?」
 ダルマストーブの前にしゃがみ込んで手を温めていた『緋色の鉄槌』マグナ=レッドシザーズ(p3p000240)が、首を後ろにまわして抗議する。
「なんで? ルフナもいるだろ」
「オレとお前でみんなのイーゼルを立てて椅子を置く。OK?」
 マグナはクルールから壁際の二人へ目を転じた。
 ルフナは鈴音と一緒にか弱いふりをして、「おねが~い」なんていっている。
 オレグは手伝う素振りさえ見せない。
 これだけでオレグに対する心証が大きくマイナスに傾く。
 クルールに目を戻すと、情報屋は早く立てよと言わんばかりに顎をしゃくった。
「……しょうがねえな」


 『サイキックヴァンパイア』Alice・iris・2ndcolor(p3p004337)は最後の殺人現場に向かっていた。
 交霊で犯人を突き止めようという試みは、これまでのところ成果なしだ。
 Aliceは朽ちかけた小屋のドアをそっと押した。
 かびと挨の臭いが鼻を刺激し、クシャミが出た。
 ここには何もない。何も感じられない。小屋に入り込んだ動物の毛が、ドアから吹き込んだ風に舞いあがっただけだ。
「空振り、か」
 がっかりして肩を落とす。このまま手ぶらで仲間と合流するのは気が進まない。何か一つでいい、報告できることを見つけなくては。
 Aliceはドアを閉じると、屋根のスズメたちに話しかけた。
(「ねえ、この中で女の人が殺されたこと知ってる?」)
 スズメたちが屋根から一斉に飛び立った。
「あ、待って! おどろかすつもりは――」
 スズメたちはAliceの頭の上で輪を描いたあと、小屋から遠く離れた深い茂みの中へ降りていった。
 野良犬がつけたらしい獣道を歩いて深い茂みにたどり着くと、微かな腐臭が鼻をついた。早まる鼓動を深呼吸でしずめつつ、震える指で茂みをかき分ける。
 スズメたちの真ん中に、まだ肉をつけた細い指の骨があった。
「憲兵たちが来る前に、野良犬が食いちぎったのね」
 急に雲が動き、影が大地を覆う。風が草を激しく乱し、スズメが羽音を立ててあわただしく飛び立った。
 Aliceは冷たく強張るうなじに手をあてて、ゆっくり頭をあげた。
「……仇を討つわ。話を聞かせてちょうだい」

「じっくり見て選んで」
 ドアが閉じると、セレマは控室を見まわした。
 真ん中にソファーとカゴ、それと額縁に入った風景画が数点、四方の壁に飾られている。ジグムントの作品だろうか。
 額縁の下には小さな台が設えられており、様々なデザインや色の水着が置かれていた。
「ふうん。選べと言われれば選ぶけど……どんなものだろうと、余計なものであることに違いはない。ボクの美しいボティラインを損なうだけさ」
 セレマは奥の壁の真ん中に掛けられた橋の絵の前に立つと、ろくに他を見て選びもせず、四角くたたまれた白い布を手に取った。

「オレも中で暖まりたい! お茶したい!」
 ぐずる『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)をなんとか言いくるめて空へ送ると、『見敵必殺』美咲・マクスウェル(p3p005192)はカフェへ入り、アトリエのドアがよく見える窓際の席をとった。
 窓に写る『楽しく殴り合い』ヒィロ=エヒト(p3p002503)に向かって小さく手を振り、ここに座っているよ、と知らせる。
「お待ちどう。ホットショコラと焼きたてクッキーだよ」
「ありがとう。ジグムントのこと、何かわかった?」
 ヒィロはホットショコラのカップを美咲の前に置いた。
「まだ部屋の片づけ、終わってないみたい。裏口のドアがジグムントの荷物で塞がれちゃって不便だって、ここのママさんが愚痴ってた」
「……裏口があるのか」
 このカフェの二階の部屋にジグムントが住みこんでいることは、クルールから聞いて知っていた。ジグムントのアリバイを証明したのは、家主であるこのカフェのママだ。
 美咲はカウンターにいるママを見た。
 金茶のベストが似合うあの人は、どう見ても米寿を越えている。さっきヒィロが大声で何度も注文を繰り返していたし、かなり耳が遠そうだ。
 裏口に注意、と心に書きつける。それはそれとして、通りを歩く人の流れにも気を配らねば。
「容疑者2名の他に、協力者がいない確証もないからね」
「そうだね。じゃあ、とりあえず通りの監視は美咲さんにお任せ。ボクはアトリエを見る」
 ヒィロはカップを両手で包み込むようにして持ち上げると、ふぅと息を吹きかけてから、ホットショコラを飲んだ。透視能力を活性化させてアトリエを見る。

 ――ぶふぅ!

 盛大にショコラを吹きだした。
「ちょっと、ヒィロ大丈夫?」
 口をぬぐいながら、ちょいちょい、とヒィロがショコラまみれの窓を指すので、美咲も透視を活性化させてアトリエを見た。
「えっ、セレマ……なんでフンドシなの?」


 セレマは光の中で僅かに口角をあげて微笑み、背筋を伸ばした。腕を下げると華奢な体の上をシルクがすべる音が聞こえ、ガウンが流れるように足元に落ちた。
 台に立ったセレマの体はしなやかで、ひどくエロティックだ。美少年特有の憂愁や翳りを、秀でた眉や形のよい額、高貴な鼻筋のあたりにただよわせている。
 ただ一点、秘所を覆う白い布が雰囲気を損なっていた。
「ぶっ、わはははっ! なかなか男らしいじゃねえか。オレは気に入ったぜ」
 マグナとクルールが笑う。ルフナと鈴音は「えー、他になかったの?」と若干引き気味だ。ジグムントは斬新な布の使い方に興味津々で、逆にオレグはまったく関心がないのか早くも紙に木炭を走らせる。
 締め込みスタイル、いわゆる六尺褌の締め方をなぜセレマが知っているのかは謎だ。
 ジグムントは「ただ腰に巻いて使う以外……キミが初めてだよ」と言った。
「では、始め」
 初めはざわついていた雰囲気も、時間がたつにつれて真剣なものに変化していった。
 ルフナは、艶やかに光る左肩からラインを描く。
 反対側にいる鈴音は形のいいとんがり耳を際立たせている髪の流れを木炭で追い、マグナは腰のあたりを重点的に木炭で攻めている。
 クルールは……何を描いているのかすでに分からない。
 気配を殺したジグムントが、ゆっくりとアトリエの中を周る。
 ルフナの後ろではうんうんと頷き、クルールの後ろをさっと通り過ぎて、マグナの後ろで慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、鈴音の後ろでまたうんうんと頷いてからオレグのところで一瞬立ち止まった。
(「あ、いま?」)
 鈴音は対面にいるルフナと目を合わせた。微かに顎を引くと、向こうもまったく同じしぐさを返してくる。
 やたら楽しそうにスケッチブックの上で腕を動かしているマグナは判っただろうか? ほんの一瞬、二人が目で油断なく何らかの合図を送りあったことに。
 正面から二人を見下して、せっせとジグムントに質問を投げかけるセレマには判ったはずだ。
(「犯人は二人できまりだネ。この眼帯をかけてもいいヨ」)
 思わず指に力が入り、鈴音は木炭を折ってしまった。


 クルールが項垂れた瞬間、ヒィロと美咲は席を立った。
 演技をしながら仲間たちがアトリエから出てくる。二人のすぐ前を、目を虚ろにしたクルールが最初に通りすぎていった。
(「クルールさん、演技だとしたらスゴイね」)
(「あれ、演技じゃないよ。本当に食べてかかっているから」)
 一悟の指示だ。犯人を安心させるための偽装工作である。ルフナたちは、催眠術にかかったクルールを真似ることで上手くジグムントたちを騙せたようだ。
「あ、美咲さん。セレマさんが出てきたよ」
「そっちは私が、ヒィロはマグナ君たちを追って」
 空を仰ぐと一悟がオレグを追うところだった。一悟は高高度から超視力を使い、ハイテレパスでみんなと連絡を取ることになっている。
「さあ、行動開始よ。またあとでね」
 美咲はヒィロとカフェの前で別れると、急いでセレマを追った。なんだか様子が変だ。足取りに力がない。何か迷っているような感じがする。まさか、催眠にかかった?
「セレマ君、どうしたの? どこに行けって指定された?」
「わからない」
「かわらないって……、ジグムントもオレグも何もいわなかったの?」
 カフェから透視していた限りでは、ジグムントもオレグも、特に怪しい動きはしていなかった。だからてっきり、みんなが催眠にかかったら、セレマに犯行現場への行き方を囁くと思っていたのだ。
「出る時に一言、『控室の右順で』とだけ。なんのことだか、さっぱりだよ」
 美咲はセレマの腕を取って、立ち止まった。
 空に一悟の姿を探し、手を振って気を引く。
<「どうした?」>
<「一悟君、みんなに連絡を取って。すぐアトリエに戻ってもらって」>
 一悟は美咲から話を聞くと、すぐみんなに連絡した。どうやら犯行現場のヒントがアトリエの控室に出されていたらしい。
 ジグムントが鍵も閉めずに向かいのカフェに入ると、イレギュラーズたちはアトリエに忍び込んだ。
 いや、マグナだけ、すぐアトリエから出てきた。フードを目深にかぶり、カフェの裏道の物陰に潜む。ジグムント番か。
(「へえ……裏口の存在、良くわかったな」)
 ヒィロが飛んできた。
「カフェの裏口、見つけたのって……」
「ボクだよ。それより、控室の絵が犯行現場への行き方のヒントだったんだ。最初の絵は、赤いとんがり屋根の家だよ」
 先に赤いとんがり屋根を見つけたのは一悟だった。それからも超視力を生かし、つぎつぎとヒントの場所を発見。仲間たちに伝えた。
<「木の太鼓橋……あった! 街の南はずれだ。さっきの場所を左に曲がってまっすぐ行ってくれ。橋を渡った先の湿地になんか小屋がある」>
「ジグムントが裏からカフェを出たよ。マグナがあとをつけていく」とヒィロ。
「じゃあ、オレたちは空からオレグを追うか」
 その時、ヒィロは西の街道に土埃をあげて走ってくる黒塗りの馬車を見つけた。
「……んん~、遠すぎて透視してもよく分からないけど、あれに乗っているの、たぶんAliceだ。よかった、間にあって」


 残照が薄れ、夜が迫ってきていた。
 川の音が溶ける薄闇に微かな羽音を聞きつけて、美咲と鈴音、ルフナは枯れた草むらに身を潜めた。Aliceはヒィロが迎えにいった。セレマは小屋の中にいる。
 黒い影になった小屋の前に大きな鳥――ジグムントが降り立った。オレグの姿はまだないが、上空から一悟が接近を教えてくれるだろう。
 ジグムントが小屋に入る。
 マグナがやって来た。
「こんなところでなにやってんだ。セレマがあぶねえ、さっさとぶっ飛ばしに行こうぜ」
 カチカチとマグナが左腕のハサミ爪を鳴らす。
「まだだヨー。まだオレグが来ていない。言い逃れされないように現行犯逮捕しないとネ」
 しっ、と美咲がみんなを黙らせた。
「あそこ。オレグが川から上がって来た。一悟もすぐ降りてくる……ヒィロたちがまだだけど、行きましょう」
 オレクが中に入ったのをしっかりと見届けてから、イレギュラーズは小屋を強襲した。
 一悟が蹴破ったドアから両手をポケットに突っ込んだ鈴音が入る。その後ろをルフナとマグナ、美咲で固めた。
「話は聞かせてもらったヨ。主犯はオレグ、従犯はジグムントだネ。連続殺人の容疑で逮捕だ。動機を聞かせてもらおうカ」
「……なにを言って……意味が分からないな」
 ジグムントは大きく胸を反らせると、手を広げてイレギュラーズたちに歩み寄ってきた。オレグとそしてセレマがジグムントの後ろに隠れて見えなくなる。
「誤解があるようだね。落ち着いて話し合おう」
「そんなことを言いながら後ろからこっそりだまし討ち――って、甘いなぁ。あんまりボクたちを舐めないでくれない?」
 催眠状態だったはずのセレマが明瞭な声を発したで、ジグムントもオレグも虚を突かれた。
 一瞬の空白をつき、マグナがジグムントの前へ躍り出る。握った右手をジグムントの腹に食らわし、さらによろめいたところに左のハサミフックで頬を殴った。
「テメェらの動機なんざ興味ねえ! オレにとって大事なのはテメェらが胸糞悪い殺人鬼だってことだけだ」
 バランスを崩した体に蹴りを入れて倒し、肩を靴で踏みつけた。
「ふざけた真似しやがって。覚悟、できてんだろうな」
 まるで手加減はない。
 その間にルフナがセレマを守りに入り、一悟がマグナに加勢してたちあがろうとする ジグムントを押さえにかかる。
 ――銃声。
 美咲がよろめき、ドアフレームにもたれかかった。肩を手で押さえ、流れ出る血を止めている。
 続く銃声で鈴音が、腕を前に投げだした格好で真後ろに飛んだ。
 オレグだ。いつの間にかライフルを構えている。
「美咲、鈴音!」
 かっとなった一悟がオレグに襲い掛かろうとした瞬間、ジグムントが唸り声を発して体を跳ね上げた。
 マグナと一悟がふっとばされて、壁にぶつかり、崩れて外へ転がり出る。
 ジグムントは腰から大型ナイフを抜くと、めちゃくちゃに振り回してルフナの腕を切り、止めに入った美咲に襲い掛かかった。
 オレグがその隙をついて外へ逃げだす。
「――!!」
 Aliceとヒィロがオレグの前に立ちはだかった。
「どこへ行く気? 逃がさないわよ」
 Aliceは無残にも喉を切り裂かれた若い女の霊を呼び出し、その魂に語りかけた。
「あの卑劣な男からあなたの喉を取り戻すのよ」
 青白い霊炎がオレグを燃やす音とルフナの天使の歌声が、湿地の草の上で混じりあう。
 胸の銃創が癒えるとすぐに鈴音は立ちあがって、青白い炎の中に式の毒蛇を放った。
「気をつけて、ジグムントがオレグを助けに行ったよ!」
 セレマが叫ぶ。
 ヒィロは戦意を迸らせると、ジグムントに咆哮を浴びせた。
「血は絵の具じゃない……命はスケッチに収めることなんてできない、輝きなんだ!」
 ジグムントは怯んだように足を止め、顔を歪ませた。
「私の、私のせいなんだ。私がミスをしなければ、ジグムントは声を失わずに――」
「そんなこと知らないよ! どんな理由があっても、何の関係もない人を殺していいはずなんてない! 美咲さん、お願い!」
 怒りに震えるヒィロの声に応え、日暮れの闇に残照を受けた虹色の波がきらきらとゆらめいた。
「知っていそうな気もするけど……殺される側になる気分、味わうといい」
 冷ややかな口調、そしてそれ以上に冷ややかな言葉。振り返ったジグムントを、美咲の純然たる殺意の眼差しが貫いた。


 イレギュラーズたちは、あえてオレグにもジグムントにもトドメを刺さなかった。被害者遺族のためにも、法の場で真相を明らかにし、罪を償わせるべきだと思ったのだ。
「えっと……。なにかな、これ? パーツの欠けた合体ロボ?」
 クルールの通報で駆けつけた憲兵隊に犯人たちを引き渡したあと、一悟がみんなの描いた絵を見たいといいだしたので、みんなでジグムントのアトリエに戻ってきていた。
 並べられたスケッチを見て、セレマは口を尖らせて拗ねている。
「だって、しょうがないじゃないか。描けないよ、二時間じゃ」とルフナ。
「いや、二時間あれば全体を描けるでしょ、全体を。なんで一部だけ描き込んでんの?」
 ルフナはセレマをなだめつつ、『五つ』のスケッチの間に紙を置き、欠けている部分を描き足した。
「これで完成。みんなの力作、題して『空を仰ぎみるセレマ』だ」
「はいはい、みなさん。そろそろ引き上げてください。さあ、その証拠品をこちらへ」
 憲兵が回収した、首から胸の部分に置かれていたスケッチ画が、五枚のなかで一番うまく描けていた。
 特に喉――。

成否

成功

MVP

岩倉・鈴音(p3p006119)
バアルぺオルの魔人

状態異常

なし

あとがき

成功です。
犯行の現場を取り押さえ、連続殺人犯たちを叩きのめして憲兵に引き渡しました。
犠牲者家族にもすぐに連絡が行くでしょう。

戦いの最中、ジグムントの作戦ミスでオレグは喉を負傷し、声を失いました。
その怪我をたてにオレグがジグムントを脅していたようです。
二人がなぜ犯行に及んだか、ここではつまびらかにしませんが、詳細は裁判で明らかになることでしょう。
MVPを「オレグ主犯、ジグムント従犯」と見破った岩倉・鈴音さんに送ります。

ご参加ありがとうございました。

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