シナリオ詳細
<Despair Blue>楽園の実
オープニング
●絶望の青
近海の海賊を掃討し、ちょっかいを掛けてきた鉄帝の輩を追い返し、万全の準備を整えた海洋海軍。彼らはいよいよ『絶望の青』へと繰り出した。見果てぬ夢、新天地への到達を目指す旅である。
しかし、大陸のあらゆる海を乗りこなしてきた船乗りたちも、この海が他とはまるで異なる事をすぐに思い知った。一つは、空気が余りにも異様だ。息をするたびに胸がざわつき、酷い不安に襲われる。船医に様子を見るよう頼む者が相次いだが、身体に怪しいところは見受けられない。つまるところは心因性の不調が船全体に蔓延しつつあった。だが、かつて絶望の青の攻略を失敗に至らしめた原因の一つには、奇病の流行も存在していたことを誰もが知っていた。今は気の持ちように過ぎないとしても、いつかは本当に病へ侵されるのではないかと、気が気ではなかった。
そんな状況にあっては、些細な行動もミスにつながり、船の進みは滞る。口論や喧嘩も増えていく。先日は大潮に巻き込まれ、岩礁に乗り上げそうにもなった。この調子では有事の際に対応しきれない。そんなのっぴきならない現状に誰もが苛立ちを抱えていた頃、見張り番が水平線の彼方に小さな島を見つけた。砂浜があって、緑があって、山もある。いかにも風光明媚な南国の島だ。
「いざゆかん」
船員達は皆揃えて声を上げた。大海原を遍歴したという船長は難色を示したが、船は船員も船長も含めて一つの生き物だ。その声を無視する事は出来ない。船長は受け入れざるを得なかった。
かくして彼らは降り立った。絶望の青の只中に浮かぶ、夢のような島に。
●楽園の実
「確かに素晴らしい島だ」
君達と共に島を見渡し、船長は呟く。手頃な岸辺に錨を降ろして島に足を踏み入れると、君達を温かな風が出迎えた。毛布に包まっているような温かさだ。ふと気を抜くと眠ってしまいそうである。島の中央には常に清水が湧いて、海へと注ぎ出している。どれだけ水浴びをしようが穢れることは無く、どれだけ水を汲もうが枯れることはない。予想を上回る航海の遅滞で不足しつつあった水が、一気に一杯になった。命を狙う獣や、毒持つ虫の類はおらず、寝具を敷かずその辺りに寝ても、何者にも襲われない。君達は久しぶりに枕を高くして寝ることが出来た。
全てにおいて理想的な島。船乗り達はこの島を楽園と呼んだ。
「やはりこれも絶望の悪魔の仕掛けの一つなのだろうな」
しかし、パイプの火口に火を灯しながら船長は呟く。彼の視線の先には、砂浜に寝そべり、大きな木の実の中身に噛り付き続ける船員達の姿があった。『楽園の実』。彼らはその実をそう名付けた。話によれば、天にも昇るような甘さで、この世の物とも思えないほど美味らしい。この実を一生食べ続けていたい。この島からもう二度と出ていきたくない。そう彼らが主張するほどに。
そう、困った事に、船員達が航海のボイコットを始めてしまったのである。しかも、およそ半分ほどの人数だ。これは大きな人員的損失である。船長は君達に眼を向けた。
「君達に頼みがある。もう既に我々は十分休養した。これ以上第一艦隊に後れを取るわけにはいかない。だが知っての通り、船員達がこの様子ではいつまでも船を出すことが出来ない。すまないが、彼らを船へ収容する事に協力してくれないか。我々ももちろん協力するが、中々骨が折れそうだからな」
嫌だというなら置いていくのも手ではないか。船員の一人がそう尋ねると、彼は首を振った。
「最終的にはそれも一つの手だが、長年冒険ばかりにうつつを抜かしていた者の勘でな、こういう島こそ怪しいのだ。残したものに何かあっては寝覚めが悪かろう。少々探索してこの島のよからぬ秘密に行き当たったなら、それを示して目を覚ましてやるのも一つの手かもしれない」
「私達は力づくで彼らを引き戻せるよう、今は葉っぱで紐でも編んでおくことにする。よろしく頼む」
- <Despair Blue>楽園の実完了
- GM名影絵 企鵝
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年02月07日 22時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●悪魔の実
楽園の実は島のそこら中にある。食べてしまった船乗り達は、実の真ん中に溜まった蜜を啜ったり、肉を掬い取って食べたり、夢中になって食べ続けていた。アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)はバイオリンを取って目の前に立ったが、彼らは気付きもしない。
「とりあえず……目を覚まして!」
バイオリンで優雅なワルツを弾き奏で、魔力を込めて船員達を目覚めさせようとする。しかし船員達は知らんぷりだ。アクセルは羽毛をむっと膨らませると、一気にテンポを上げてマーチを弾き始めた。
「ねーちょっとー! せめてこっち見てよー!」
しかし反応は無しのつぶてだ。がっくりと肩を落とし、アクセルはとぼとぼと仲間達のところへ帰っていく。
「ダメだー……何も聴いてくれないよ」
「ウーン。かなりジュウショウみたいだね」
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は首を傾げる。その隣では、黎明院・ゼフィラ(p3p002101)が実を一つ抱えて丸太の上に座り込んでいた。絶望の青に降って湧いた未知を前に、彼女は眼を輝かせている。
「さて、とりあえずは調査の為にも試食と行こうか」
楽園の果実。何が船員達をこの島に執着させるのか。それを確かな記録へ残すためには、自ら体験してみるより他に無い。ゼフィラは義肢から小さな刃物を取り出すと、実の先端に突き立て、器用に断ち割る。ふわりと漂う甘い香りに、メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は鼻腔をくすぐられてしまう。
「ああ、何だか背徳的な雰囲気のある香りね……」
ちょっと気を抜くと、ゼフィラの置いた身の半分を掠め取りそうになってしまう。しかしそこは何とか耐え、ゼフィラが刃物で身を掬い取る様子を眺めていた。
「さて、いざ実食だ」
ゼフィラは果肉を口の中へと放り込む。一噛みした瞬間、弾力のある果肉がぷちぷちと弾け、甘露が口の中へ広がる。強気で得意げな笑みがトレードマークの彼女が、マタタビをキメた猫のようにその顔を蕩けさせる。
「なるほど……これは堪らんな。天に昇りそうな気分だ……はぁ」
彼女は溜め息を洩らす。もう夢中だ。ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は果実の香りを嗅ぎつつ、ゼフィラの様子を眺め、深々と頷く。
「わかりました……果実には多くの安息香酸ナトリウムが含まれており、これが右前頭前皮質に対するドーパミンの放出を抑え続けています。ニューラルパターンの鈍化は意欲、行動、そして情熱を失わせるのでこうなるのです!」
勢いに任せて言い放つココロ。イグナートは首を傾げた。
「……そうなの?」
「こういうのに大事なのはノリと雰囲気です! さあ、そろそろ目を覚ましてください!」
ココロはゼフィラにポーションを振りかける。しかし、それでもゼフィラの手は止まらない。治癒魔法を使ってみても、彼女はろくに反応しない。ココロはぷくりと頬を膨らませた。
「むむむ……こうなれば実力行使です!」
ココロは小さな拳を構えると、鋭いアッパーカットをゼフィラへ叩き込んだ。
十分後、ようやくゼフィラは身を起こした。どうやら正気に戻ったらしい。彼女は溜め息を吐いた。
「ふむ……中々ハードな成分が含まれてるらしいな。私達ですらこうなら、一筋縄ではいかないな」
「ふうん。すごく食べてみたいけど……やめとくわ」
メリーは肩を竦める。この実を食べたが最後、“向こう側”から帰って来られなくなるだろう。彼女は薄々実感していた。しかし、彼女が決意を固めた矢先に、ぼんやりした表情の男達がのそのそと歩み寄ってくる。
「集まって何してんだ。お前らも食えよ」
「遠慮しておくわ。いいの? 次から次に誘ったら、自分の食べる分が無くなっちゃうかもしれないわよ」
「むむ……」
少女がにべもなく言い返すと、実を抱えた男は眉を寄せる。取り分が減るの言葉は堪えたらしく、すごすごと群れの中へと引いていった。そんな腑抜けた背中を見送りながら、エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)は頭を掻く。
「さあて、こいつがやべえ実だとはっきりしたところで、どうしたもんか……ん?」
ふと隣からこれまたどぎつい匂いが漂ってきた。片方の鍋は酢の臭い、もう片方は蜜の匂いである。鼻面に皺を寄せ、彼はレーゲン・グリュック・フルフトバー(p3p001744)を見遣った。
「何してる?」
「見た通りっきゅ。スープとジャムを作ってるっきゅ」
グリュックは岩塩と胡椒を取り出すと、やすりで思い切り削り落とす。お湯に酢漬けを入れて塩胡椒を溶いただけのスープが完成だ。隣でレーゲンは果実ジャムを掻き混ぜる。
「そもそも、木の実一種類だけの楽園なんて楽園じゃないっきゅ。レストランバイキングの方が楽園っきゅ。というわけで、こいつを食べてみるっきゅ」
グリュックは黙々とスープを掬って一人の船乗りに差し出す。一口飲んだだけで、彼は顔を顰めた。
「やめろや、酢漬けはこういう食い方するもんじゃねえぞ」
「じゃあそれにこれを入れるっきゅ」
レーゲンは木の柄杓でジャムを掬い、たっぷりとマズいスープに放り込んだ。船乗りは思わず呻く。
「本気かお前」
しかし、そこへ木の実の魅力に取りつかれてしまった男達がやってきて、そのお椀をグリュックからひったくってしまった。それを彼らは寄って集って美味い美味いと飲み始める。正気の船乗りは思わず呆気に取られた。
「ホントかよ……」
「それだけこの実がヤバいってことっきゅ。わかったっきゅ?」
アザラシが首を傾げてみせると、青年はおずおずと頷いた。様子を見守っていたエイヴァンは、船長と目配せして近くの船乗り達を手招きする。
「よしお前ら。一旦船に上がれ」
エイヴァンの号令を受けて、半数の船乗り達は甲板の上に集まる。島に漂う甘い気が薄れ、潮の匂いが再びその身を満たした。
「聞け、お前ら」
白熊が語り始め、船員は粛々として耳を傾ける。
「先ず考えてみろ。この島には十分な食料があるのに、俺達以外の人影がないってのはおかしい話だ」
船員達は黙りこくっている。エイヴァンはさらに話を続ける。
「結論から言っちまえば、何かしらに食われたんだろう。植物ってのが甘い香りを漂わせる理由は二つだ。一つは花粉や種を遠くに運ばせるため、もう一つは養分として利用するためだ。木の実を食べたヤツに、島への執着心を抱かせる時点で前者は有り得ない。つまり、養分として俺達を吸収しようとしてる事になるな」
エイヴァンが一息に言い切ると、船乗り達にさっと緊張の色が走った。
「まあ、まだこれは憶測に過ぎない。明朝俺達の中から調査団を派遣して、島の中を検めさせる。それで状況がはっきりするだろ」
彼は船乗り達の後ろに控えるカンベエ(p3p007540)へと眼を向けた。彼は力強く一歩を踏み出すと、大音声で叫んだ。
「全く、ぬしらそれでも海の男か!」
彼の剣幕に、思わず船乗り達は引っくり返りそうになる。カンベエは溜め息を吐き、すごすごと後退る。
「すみません。貴方達に怒りをぶつけても詮方ねえ事でした。しかし、青の果てを目指すこともやめ、故郷に帰る事も忘れここにいたいなどと……全く持って嘆かわしい話じゃありませんか」
切々と訴えるカンベエ。船乗り達は互いに顔を見合わせた。
「わしらがきっとこの島に潜むものを探し当てて参ります。それまで、誰も実を食べたりしないように、互いに気を引き締めておいてくだせえよ!」
かくして明朝、ローレット探検隊は謎の無人島の探索を開始したのである。
●縄で引いても
カンベエを筆頭に、少ない水と食料を手にしたローレットのメンバーは島の奥へと分け入っていた。散々水を採取してきた泉の前に立ち、カンベエはその水面を覗き込む。
「うむ……この泉は飲み水として全く申し分無し。ここから川底が見える程によく澄んでごぜえますが……」
「これはこれで奇妙だね。これほど水が綺麗なのに、生き物の影が一つも見えないとは。むしろ生き物がいないからこそ綺麗なのかな?」
ゼフィラは小さな水筒で水を掬い上げる。辺りを見渡すと、いわゆる灌木の類はわんさと生えていた。動き回る生き物だけがこの島にはいないのである。二人が首を傾げていると、アクセルは羽ばたきながら島の奥を指差す。なだらかな山の中腹に、小さな洞窟が一つ空いていた。
「何だかあそこ、怪しくない?」
アクセルの肩に乗ったスライム探偵ものろのろと頷く。ゼフィラは小さな望遠鏡を手に取り、じっと洞窟を見つめた。まるで獣のような口の開き方だ。
「確かに。何かあるかもしれないね……」
「ならば、早速行ってみるといたしましょう」
真っ先に洞窟へ足を踏み入れると、カンベエは松明に火を灯した。温度視覚では何も見えなかった洞窟の中が火で照らされると、異様な光景が露わとなった。洞窟の床一面に広がる骨、骨、骨。アクセルは羽ばたきながら近寄り、はっと目を丸くした。
「うわぁ! これって全部人間の骨だよ!」
「骨……」
山のように積み上がった人間の骨。それを見たカンベエは首を傾げる。
「はて、これほど骨があるということは、巣かなにかになっているのかと思いますが」
「巣というには少しおかしいね。何故なら糞の類がどこにも見当たらないんだ。ただひたすら骨がここに集まっているみたいだよ」
ゼフィラはランプを片手に、物怖じせず骨の山へと近寄っていく。アクセルは洞窟の宙で唸る。
「うーん……だとしたら、よくて生存者が埋葬の為に遺体を集めていて、悪くて、この島に隠れてる何かが集めてるか……とか?」
「ありそうなのは後者だな。ほら、見たまえよ」
ふと、ゼフィラは肋骨を一つ拾い上げる。何かの液体に浸った骨の先が、僅かに溶けかかっていた。
「酸で骨が溶けているんだ。皮や肉は言わずもがなだろう。……おそらく、この島そのものが、依存性の高い木の実で我々を釣り、ここへ引き込んで食い殺そうとしているんだろうね」
「だとしたら本当に危ないよ! 早くみんなに伝えないと!」
アクセルは素っ頓狂な声を上げると、翼を力強く羽ばたかせた。洞窟を飛び出し、一気に海岸を目指す。
その頃、海岸ではイレギュラーズが船員達への説得を始めていた。
「いいかしら。この楽園の実がなる木はこの島以外にないの。だから、この島に残って実を食べ続けたら、いつか木が枯れた時に実を食べられなくなってしまうわ」
メリーがこんこんと話して聞かせるが、その間にも船員はひたすら実を断ち割って食べている。
「でも、実や種のサンプルを持ち帰る、科学者を島に連れてくるかして研究すれば、これを育てて別の土地で育てれば、一生その実を食べていられるようになるのよ。どう? 船出して、さっさと他の船に合流しちゃった方が得じゃない?」
「えー。本当に実を育てたところで、みんな偉い奴らが独り占めしちまうんだろ、どうせ。なら嫌だ!」
あくまで島を離れようとしない。メリーは肩を竦めた。
「うーん。こんな時だけ変に頭が回るんだから」
こんな実を量産など出来ないし、結局口から出まかせなのだが。メリーが口を尖らせていると、アクセル達が一直線に山を下ってきた。彼はエイヴァンや船員達の下へ飛び出し、早口で話し始める。
「ねえ、かくかくしかじかなんだ! 急いでここを出た方がいいよ!」
「そうか。こいつで結果は出たな」
エイヴァンは頷くと、船員達をぐるりと見渡す。
「ここに至って、お前達に与えられた選択肢は三つだ。実を貪ってる奴等みたいに島の虜となって食われて死ぬか、そいつらを見捨てて海へ戻るか、力づくでもあいつらを連れ戻して全員で脱出するかだ。……まあ聞くまでもねぇだろうが」
「アイアイ!」
船員は応えると、呆けている仲間を連れ戻しにかかる。ココロもその中に混じり、船員の一人を掴んで揺すぶった。
「船員は家族、船は我が家、そして広がる蒼い海は故郷。これはそんな海の男からすべてを喪失させようとするココロの病気です。この病は数年後にとてつもない後悔となってあなたを襲います。すなわち、やるべきことを捨てたあなたの心を破壊するのです。さあ、船に!」
彼女が切々と訴えても、船員たちは聞く耳を持たない。ココロは溜め息を吐くと、再びほたてぱんちを振るって水夫を宙へかち上げた。
イグナートは二人の水夫の腕を纏めて引っ張っていた。
「ミンナはどうして絶望の青とまで呼ばれた海に漕ぎ出したんだい? 命がけになるってことは分かっていたハズなのにさ」
男はあーとかうーとか言っている。
「それぞれに命を駆けるだけのリユウがあったハズだよ。家族、恋人、夢、財宝、冒険なんてリユウがさ!」
イグナートは辛抱強く問いかけた。船乗りの意地を信じて。
「キミ達はこのままここで生涯を終えることに後悔しないのかい? オレ達は絶望を超えるためにここまでやって来たんじゃないか! 心を強く持て! キミたちの力も必要なんだ!」
しかし船乗りは無気力に唸って彼の手を振り払おうとするだけだ。イグナートは溜め息を吐くと、不意に両の拳を突き合わせ、彼らの前で構えを取る。
「よし分かった! そこまで残りたいっていうのならシカタがない! オレはゼシュテルのイグナート・エゴロヴィチ・レスキン! 鉄帝流のイケンの通しかたを教えてやろうじゃないか!」
言うなり、イグナートは二人を捻り上げて船の方へ放り投げる。船乗りをちぎっては投げ、船の方へと押しやっていく。
「全員船に乗れ! 嫌ならオレを倒して意志を押し通して見せろ!」
勿論そんな気力もない。目の前に果実ジャムを突きつけられて。手をだらだらと伸ばすだけだ。レーゲンは瓶を括りつけた釣り糸を振り、甲板に放り出されていく船乗り達を甲板の真ん中へ引き寄せた。
「降りようとしたらだめっきゅ。乗ったら最後、行くしかないっきゅ」
「さあ、もうこんなところに用はない。さっさと出すぞ!」
エイヴァンは最後の一人を脇に担ぎ、ひとっとびで甲板へと舞い戻る。男を放り出し、彼は船長へ目配せした。
「了解」
船長はカトラスを引き抜く。その瞬間風が吹き荒れ、船は再び全員を載せて大洋へと飛び出したのであった。
●絶望の青の人食い島
無人島がみるみるうちに水平線の彼方へ小さくなる。そうすると、船乗り達は当たり前のように仕事へ戻った。
「海に出てみたら、随分あっさりとしたもんだな」
パイプで煙草を吸いながら、エイヴァンはぽつりと呟く。船長は頷いた。
「これなら十分航海を続けられそうです」
「善し。これにて一軒落着ですねえ!」
カンベエは扇子を広げ、銀鼠色の空へ向かって高々と掲げる。満天の暗雲が、行く手の厳しさを示していた。
「行きましょう! 喩えいかなる艱難辛苦が襲おうと、我らに恐れるものはありません!」
ゼフィラは小さな甕を開き、その中身をじっと見つめる。メリーは背後からすたすたと歩み寄り、彼女の手元をじっと覗き込んだ。
「それ何よ?」
「これか? あの島の洞窟に打ち捨てられていた犠牲者達だ」
言うと、ゼフィラは甕をメリーへと突き出した。そこに収められているのは、風化して砕け、殆ど骨粉になった人骨だ。メリーは眉を顰める。
「何でそんなもの持ち帰ってるのよ……」
「この者達もいわば青の果てを目指していた同士だ。島に打ち捨てておくのもどうかと思ったからね。一部を墓地に収めるか、青の果てに辿り着いたなら、その地に埋めてやるのも一つの手と思ってね」
「ふうん……わたしにはよくわかんないわね、そういうの……」
グリュックとレーゲンは、船員釣りに使ったジャムの瓶を目の前に掲げた。島から離れるや否や、ジャムはあっという間に腐りつつあった。
「こんなものはこうしてやるっきゅ」
レーゲンはジャム瓶を海へと放り捨てる。みっちりと中身の詰まった瓶は、あっという間に海の底へと沈んでいった。アクセルはぼんやりと瓶を眼で追っていた。
「島から離れただけであっという間に腐るなんて、本当に不思議な島だね……」
「昔、旅していた時に聞いたことがある。絶望の青の彼方に、甘い蜜で人を誘い喰らう、巨大な島があると」
そこへ船長がふらりとやってくる。彼はいつでも仏頂面だ。
「島が人を食うなど、流石に馬鹿げた話と思ったが。どうやらこの海は我々の常識では測れぬものが幾つもあるようだ」
「うん……まるで、あの手この手でオイラ達の船旅を邪魔しようとしてるみたいだ」
イグナートは船室前の壁にもたれかかり、いそいそと働く船員達の様子を眺めていた。何だかんだで島での休息は英気を養うきっかけになったらしい。船員達はきびきびと動き回っていた。イグナートに殴られた者達も痣の出来た腕や頬をさすりつつ、それでも休まず働き回っている。
「ぴんぴんしてるね……ケッコウ強めにやった気がするけど」
「わたしは見てきました。海の男というものは、海に出てしまえばほとんどの問題を解決してしまうものなのです。気難しいしろくに話も聞いてくれませんが……船に乗せてしまえば万事解決するのです」
ココロは確信めいた顔でこくりと頷く。幼い頃から孤独に生きてきた彼女が学んだことの一つである。
「だからこそ、そんな船乗りすら阻んできたこの海は恐ろしいのですが……」
絶望の青を越える船旅はまだまだ続く……
おわり
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お世話になっております。影絵企鵝です。
この度はシナリオにご参加ありがとうございました。
今回の島はよくある生き物の背中が島とか、そんなイメージです。餌で人間を釣って、最後には島に取り込んで食べようとしていました。
まだまだ絶望の青の旅は続きます。どうかよろしくお願いしますね。
GMコメント
●目標
秘境の島から脱出する
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●ロケーション
絶望の青に存在している小さな島です。
気候条件その他は非常に快適で、常にうたた寝しそうな楽園の空気が流れています。
中央の泉では水浴びも自由です。
山の中腹に開いた洞窟には大量の溶けかかった骸骨が転がっています。
●キーアイテム
☆楽園の実
島に多く植わっているヤシの木状の植物に生った木の実。風味絶佳、栄養満点、食べると天にも昇るような心地になる。ただしかなり強い依存性があり、この島に対する強い執着心を発揮するようになる。
●NPC
☆海洋の船員達×30
いかにもお誂え向きの島を見つけた海洋の船員達。しかし、島は余りにも美しく、明るく、あたたかく、ここで死ぬまで過ごしたいと思う者達が現れてしまった。
・食糧の節約など様々な理由から、半分ほどの船員が既に楽園の実を食べてしまった。
・残りは半分が楽園の実に興味を持ち、もう半分が懐疑的になっている。
☆船長
船を導く船長。腰に差したカトラスは嵐を味方につけ、絶望の青の中でも力強く船を導いてきた。
・島の様子を不安視し、様子を窺うように求めている。
・船長は木の実を食べていないし、食べることも無い。安心。
●TIPS(PL情報)
・特筆しない場合、PCはまだ実を食べていない事になる。食べたことにしてもよい。
・実を食べた場合は誰かに洗脳を解いてもらいましょう。
・どんな手段をもってしても楽園の実を安全に食する事は不可能。
・時間が経てば経つほど実のとりこになる人間は増えていきます。
・『よからぬ秘密』を知らしめても、実を食べた人々は島を出たがらないでしょう。
影絵企鵝です。今回の話はオデュッセイアのワンシーンから着想を借りてきました。大海原を渡り歩く物語の原点の一つですね。オデュッセイア達のように実力行使に及ぶことも一つの手でしょう。
ではよろしくお願いします。
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