シナリオ詳細
リヤンダムーの恋薔薇
オープニング
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グラオ・クローネが近づけば美しい恋薔薇に茨の精霊は口付けの仕草を一つ。
冬の奇跡を追い掛ける様に静寂の森に羽搏く小鳥達が合図を送る。御伽噺に夢見るのは乙女だけでは無いのだと瞳煌めかせた幻想種は刻を感じさせるその柔和なかんばせにのんびりと笑みを浮かべた。
「美しい茨の精はいつもいつも『恋薔薇』を護ってくれているんだよ」
触れれば指先にチクリと痛く、心の臓にまで刺さるその棘はまるで乙女の苦しみを思わせる。茨の精はどれだけ恋焦がれても守護る薔薇には触れることはできない――その花弁を傷つけてしまわぬ様に。
唇が触れ合えないその距離のあわいには確かに精霊の恋心があったのだろう。
指先絡め、触れたいと願うのは間違いではないでしょう――?
そうして、大切にされた薔薇は甘い甘い恋の蜜を溢れさせるらしい。
グラオ・クローネの時期にだけ溢れる其れを葉に受け止めて茨の精霊は愛しいひとに触れることができるのだと幻想種は言った。
「どうして……精霊と薔薇の秘密の恋を知っているの?」とソア (p3p007025)は目を丸くして問い掛けた。猛き獣の姿を取る精霊種の傍らでエストレーリャ=セルバ (p3p007114)は椅子に深く腰掛けた幻想種を気遣う様に見遣る。
「私がね、まだ若い頃に迷い込んで恋薔薇に触れてしまったのさ。
その時に茨の精霊は怒ってね――ちょっとした事で、まあ、赦しは得れたんだけれど」
幻想種のその言葉にエストレーリャとソアは顔を見合わせて瞬く。恋薔薇に対してはとても気性が荒く嫉妬の気配をさせるという茨の精霊。それは、茨が薔薇を愛しているからなのだろう――
「赦されて、薔薇の蜜を分けてくれたのさ。
私とね、主人のグラオ・クローネを彩る為にって……けれど、今年は無理かねぇ……」
腰を痛め、満足に森の中を歩くことができないという幻想種は亡き夫との思い出のグラオ・クローネに使用した恋薔薇の蜜が欲しいと言った。今年も同じようにグラオ・クローネの日に甘い甘い愛のかたちをつくりたいのだと。
「無理ではございませんわ! こうして此処にイレギュラーズが一同介しました事はおばあ様にとっては好機でしてよ!」
にっこりと微笑んだ御天道・タント (p3p006204)に炎堂 焔 (p3p004727)も大きく頷いた。そうだ、こうしてイレギュラーズが森の調査に訪れたのならば薔薇の蜜を幻想種の代わりに取りに行けばいいのだ。
「ねえ、おばあさん。茨の精霊にとってもっともっと教えて?
そのグラオ・クローネは旦那さんにだけ送っていたものなの?」
「いいや、精霊にもね。おすそ分けしてたんだよ。お礼と、また一年恋薔薇と幸せに過ごせるようにと願いをかけてね」
幻想種が目を細めたそれに焔は素敵、と瞳を煌めかせた。
愛しい人に贈るだけではなく、大切な誰かにもその甘い甘い『灰の冠』を送る日なのだから。
「それでは茨の精霊さんとお話をして、甘い恋薔薇の蜜を持って帰ってきましょうか」
「あ……クラリーチェさん。けれど、倒せばいいのかしら……?
おばあさんと精霊は仲良くしていたのよね。けれど、私達が突然行くと驚かせてしまわない?」
クラリーチェ・カヴァッツァ (p3p000236)の袖をつい、と引いたエンヴィ=グレノール (p3p000051)が伺う様に――そして、確かめるような声音でそう言った。
「確かにそうやね。お婆様は何時もどうやって精霊と対話してはったの?」
うん、と首を傾げるような仕草を見せて蜻蛉 (p3p002599)の紅色の唇が言葉を紡ぐ。
幻想種は「彼は普通に話せるからね」と付け足したうえで、「薔薇に危害を加えない事と、大切な誰かへの恋心を伝えればいいんだよ」と言った。
「恋心?」
「そう。茨は薔薇が大切で、薔薇も答えているからこそ甘い蜜をくれるのさ。
だから。その愛情に負けない位のたっぷりの愛情を伝えなくちゃいけない――けれどね」
けれど、と幻想種の言葉を繰り返したポテト=アークライト (p3p000294)は首を傾げる。
「最初は気が立っているだろうから、ちょっとは話を聞かせる『実力行使』が必要かもしれないねえ」
「……対話には拳骨というのは中々にバイオレンスだな。うん、分かった。
一発殴ってから想いをしっかり伝えてくる。お婆さんは、ここで休養していてくれ」
にんまりと微笑んだポテトは後で『グラオ・クローネの秘蔵のレシピ』も皆に教えて呉れると嬉しいと付け足して。
甘い甘いかおりを漂わせる薄桃の花びらに寄り添う様にして茨の精霊は立って居た。
――嗚呼、君よ。
触れることが叶わぬならば、この愛に応えておくれ――
- リヤンダムーの恋薔薇完了
- GM名日下部あやめ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年02月06日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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「深緑にこのような場所があるとは……。今回のお仕事は色々と難しいですね」
雪解けに芽吹きを感じて揺れる草葉を眺めながら、『祈る者』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は迷宮森林の中を往く。惑いの森の中に咲き誇る大輪の薔薇、恋彩の美しいそれは甘やかな蜜を恋の季節になれば与えてくれるらしい。
「恋薔薇と茨の精霊。お互いを想う二人。とても、素敵だね」
心地よい精霊のささやきを聞きながら、緑の森を歩む『賦活』エストレーリャ=セルバ(p3p007114)が目を細めれば、大きく頷いた『雷精』ソア(p3p007025)の尾は靭やかに揺れる。
「なんとか恋薔薇の蜜を取ってきてあげたいなあ!
だってボク知ってる、グラオ・クローネはとっても特別な日だもん!」
瞳をきらりと輝かせる。出来る事ならば『とびっきりのチョコレート』のレシピを知りたいとソアは頬を紅色に染める。乙女たちが感謝を伝えて甘やかな想いを囁くグラオ・クローネ。いとしいとしといふ心をその胸に薔薇もまた感謝と恋心を精霊に伝えているのだろうか。
「うん。愛や恋。僕には、まだ少し難しいかもしれないけど、僕なりに伝えられたら、いいな」
――だから、きっと。
大切な愛と恋を抱いた人にしか薔薇の蜜は渡したくないと精霊は乞い願ったのだろう。
「オーッホッホッホッ! 幾つになっても誠実な愛を持ち続ける……素敵なおばあ様でしたわね!
大きな愛はその方を取り巻く世界に優しく広がり、周りの方々にも響き伝わるもの……。
その愛に感化された身として、このお仕事、見事に全うして参りましょう!」
溢れる愛を愛しいただ一人へ、そして、絶大なる感謝を精霊へ。そうして胸に抱いた大いなる思いがどれ程までに尊いものかを『きらめけ!ぼくらの』御天道・タント(p3p006204)は知っていた。美しき金糸を揺らした彼女の堂々たる言葉を聞いて『ふわふわな嫉妬心』エンヴィ=グレノール(p3p000051)は緩やかに頷いた。
「恋薔薇に思いを寄せる精霊から貰う、恋薔薇製の甘い蜜……
幸せを感じる程に甘い蜜で作るお菓子は、やっぱり食べると幸せになれるのでしょうね」
ああ、きっと。大輪の薔薇を咲き誇らせて愛を囁くように滴る甘い蜜を思えば、幸福が咥内に広がる感覚というのも想像に易い。
「……私は、そんな蜜を貰う事が出来るのかしら……」
小さな呟きは宙へと呑み込まれる。移ろう波の如き揺らいだ髪先を撫でた冬風は未だ冷たく頬を撫でた。
「恋薔薇、か。お婆さんの言葉を聞けばとても美味しいんだろうな。
お婆さんの為にも茨の精霊にはしっかりと伝えて理解ってもらわないと……私にも分けて貰えるだろうか?」
『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)の言葉にその炎色の瞳を煌めかせて『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は頷いた。
「ポテトさんは『旦那さん』へのプレゼントにしたいよね!
好きな人や大切な人に贈り物をして気持ちを伝えるなんて、グラオ・クローネって素敵な行事だよね」
昨年のグラオ・クローネでは仲良くなった友人やラド・バウ闘士で焔がファン活動を行っているアイドル『パルス・パッション』へと贈り物をした事が思いだされる。けれど、と口に含んだのは愛や恋――依頼人が夫に対して与える愛とはその形が違うのだろうとよくわかる。
「うーん……『そう言う風』に人を好きになるってどんな感じなのかな?」
「きっと、言葉にもできない、形にもできへんものなんよ。
愛や恋、こころにはいろんな物語があるけれど、ほんまもんの物語やないと精霊さんは納得できへんのやろうね」
目を細め、愛や恋の芽吹く場所でそのいのちを咲かせてきた『暁月夜』蜻蛉(p3p002599)は目を細める。
夜毎に咲いた恋のはなし。ああ、けれど、真の事ではないと知るが故――『ほんもの』の愛を真直ぐ貫く精霊は何処までも一途で、尊くて――そして、羨ましい。
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色付く緑は全てを覆い隠すように。静謐溢るる深緑に抱かれた場所で美しき恋彩は咲き誇る。
「――……ああ」
綺麗で、妬ましい。
言葉を呑み込んで、エンヴィはその花の守護者たる茨の精霊を見遣る。その姿は『茨』という触れる者を傷つける存在とは思えぬ美しさであった。
「何者だ」と、強い語調でイレギュラーズを警戒した茨の精霊の声音は固く、恋薔薇を苛む災いを退けんと前へと出る。
「敵ではありません……どうか、話を聞いてくださいませんか?」
淑女の声音は穏やかそのもの。クラリーチェはエンヴィよりも一歩前へと歩み出した。
「話を? そもそも、何所で薔薇(かのじょ)の事を識ったのか」
「幻想種のお婆さんのお願いを聞いてきたんだ。精霊さんと恋薔薇さんの所にも毎年来てた人だよ」
「アマンダの――」
じとり、と伺う視線を向ける精霊に焔は大きく頷いた。以前として警戒するその雰囲気にソアはどうしたものかと伺った。お婆さん、こと『アマンダ』から聞いた方法は体当たりで。
(どうしてもって言うならボクがんばるよ……!)
その愛らしいかんばせにもやる気を漲らせた。それに気付いてエストレーリャはくすり、と笑う。
「そう! アマンダ様のお願いですもの。わたくし共は腰を痛めたおばあ様のお使いで参りましたわ!
あの、毎年お菓子を作ってくださるおばあ様のですのよ! 精霊さんもご存知の『物理的な』ご夫人ですわ」
「勿論。薔薇(かのじょ)もよく知っている彼女だ。しかし、彼女を腰を……?」
俄かに信じられぬと眉を吊り上げて見せた精霊にポテトは「寄る瀬には抗えない、とのことだ」と囁いた。
「それで、お婆さんに頼まれて蜜を分けて貰いたいんだが……」
「うん、うちらだっていきなり訪ねて来たんに。無礼は承知なんよ。
だめなんは分けっとるけど……けど、アマンダさんのお願いも無碍にはできんの。分けて貰えんやろか」
蜻蛉が懇願するような声音で言った。ポテトは大きく頷き、精霊の様子を眺める。
幻想種の云う通り『一発殴って落ち着かせる』しかなければ、それも致し方があるまい。一先ず落ち着いたら癒すことができる面々が居る以上、精霊に危害が大きく及ぶことはないだろうが――
「ああ……それから、それからよ……? 私達も蜜を譲ってもらいたいと思っているの」
「それはアマンダと『同じ』理由か」
いとしいとしといふ心に甘く垂らした一滴。その意味を分からぬわけがないエンヴィはぎこちなく頷いた。
愛する人への甘いチョコレートの為に。精霊は薔薇を振井剥いてから
「ダメなら、おばあちゃんみたいに、拳でお噺、になるよ?」
エストレーリャの言葉に精霊は薔薇を振り返り、気遣う様な仕草を見せた。その花弁に触れる事は出来ずとも――あゝ、悲しいかな指先の棘は彼女の可憐な一片を傷つけてしまうのだ――なぞる様な仕草を見せてから精霊は頷く。
「ならば打倒してみるがいい。そうすれば話を聞こう。何、アマンダも言っていただろう」
精霊の言葉にエストレーリャはゆっくりと頷いた。あゝ、可憐なる幻想種でも彼女は『随分と』過激派だった。可憐な髪を纏めたご夫人はその拳に力を込めて笑っていたではないか。
「『それじゃあ殴(はな)しましょう』――かな」
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「……落ち着いたか?」
溜息を交らせたポテトに「ああ」と精霊は重く頷いた。
「それじゃあ、聞いてくれるかしら? ……と言っても、私はまだ恋をした事が無いから……」
エンヴィは若葉燃えるような双眸を細め、伝えられるのは親愛という意味での愛だと精霊へと告げた。
それさえも元の世界では縁遠く、妬み嫉みをその力とする海龍の乙女は召喚されて掌重ねる相手が出来たのだと傍らのクラリーチェへ視線を送る。
「そう、そうだわ。此方の世界では、お世話になっているクラリーチェ、それから、多くの人に助けて貰ったの。
……それって、親愛と呼ぶのでしょう? 返しきれない感謝があるの。だから、その思いを伝えたいの」
穏やかに、ふわふわと告げたエンヴィの言葉にクラリーチェは頷いた。自身もエンヴィと同じ『恋心』は抱いていない――否、修道女は『祈り』だけを胸に抱かねばならないのだ。
「ええ……生きている者同士で育まれる愛。恋愛、友愛、親愛に慈愛。愛には色々な形が存在します。
私は修道女、全ての生命に対して平等に、教えを説き、祈りと愛を捧げる者。
特別な相手を持たず、教えを護り、神にこの身を捧げる信仰の徒――神へ捧げる唯一無二が愛です」
澱む事なき言葉は教義を説くように滑り出した。薄らと色付く春霞の髪先を煽った風はクラリーチェの本心を覗く様にふわりと吹く。
「……信者さんの可愛らしい恋話や、切ない愛の話をお伺いして一緒に涙することもありました。
心を擽る愛しい物語。いのちの証と言えるでしょう? それらはとても素晴らしく尊いものと、思っております」
穏やかな笑みの裏、クラリーチェは掌に力を込めた。神へ捧げる唯一無二――『それは厭だ』と涙を流すもう一人の自分がそこには立って居る。修道女以外に一人の女性だろうと言い切った人の姿が頭に過って霞んでいく。
「えっと……ボクの番、だよね。ボクに可愛いとか、好きって言ってくれる子がいて。
そう言って貰える度に、ちょっとふわふわっていうはほわほわっていうか……なんだかそんな気持ちになったりするんだ」
そっと、胸に手を当てて。焔は唇に笑みを浮かべる。どうしてそんな気持ちになるのか、というのは分からなかった。愛も恋も、分からなくて。
「この気持ちはもしかして――って思うけど、その子は他の子にもそういう事を言うんだ。
そういう時に、逆にちょっとちくちくっていうかむかむかって気持ちになっちゃうんだけど……
そんな風になるってことは、やっぱりそういう好きとは違うのかな」
む、と唇を尖らせる焔に蜻蛉は「その気持ちの意味が分かるとええね」と目を細めた。懐から取り出したは鮮やかな紅の飾り紐の扇子。開けば一面に舞う薄桃が広がり、鼻先に夢見草の香りが広がった。
「これね、ちょうど1年前の……グラオクローネで、好いた人からもろたの。
薔薇の香りもええけど、この……桜の香りもええでしょ? ……ふふ、お気に入りやの」
心地よい桜の香りに恋薔薇が揺れるが如く喜んだ。精霊は「春の香りだ」と確かめる様に言う。
「そう、ふわりと逃げてまう春のような人やの。
恥ずかしがりで、臆病で、一緒におっても指一本触れてくれん。そやかて…こっちから触れたら、逃げてしまう可愛らし人」
寂し気な双眸で深海を覗いて、独りその胸の中に抱え込んだ感情は孤独と呼ばねばならないだろうか。
そうしているその人を放っては行けなくて――本心が何所にあるのか分からないと蜻蛉は淋し気に囁く。
「うちはね……それでもええから、傍におりたいって思うんよ。報われなくても、想うだけで『倖せ』やの。
──……惚れてしもたら、負けね」
「それは、そうだ。彼女に触れられないこの身を恨めども傍に入れるだけで、倖せだ」
精霊は蜻蛉を見詰める。その瞳に浮かんだのは確かに同じ淋しさだったのかもしれない。
「次はボクの番かな?」とぱあ、と笑みを浮かべたソア。エストレーリャの顔をちらりと見ては頬が緩む感覚に彼女の心は踊る。
「ボクはエストのことが好き。ずっと仲良しでいたけれど今はもうあの人のことばかり考えてしまうの。
また二人で不思議な景色を歩いてみたい、楽しさや驚きを一緒に感じたい。
ああ、それにまたカレー? あのお料理も作ってみたいな。……ふふ、ほとんど作ってもらうのだったけれど」
指折り数える。毎日、毎日の出来事一つ一つが色めいて、輝いて、心を春めかせる。花開く様に愛しさが唇から躍り出てソアは緩んだ頬に手を添える。
「エストと言えば短くて、一人なら長くて、そんな毎日で。また会いたいなって気持ちがやってきては、頭がいっぱいになるんだ。
こんなにこんなに沢山の事を考えた事なんてなかった。銀の森で過ごした時間と比べたら一年は瞬きみたい!」
嬉しくて、擽ったい。ソアはまるで昔のようになった思い出に新しい出来事が増える事が嬉しくて、堪らないと頬に朱の色を差した。華やぐ笑みは曇る事無く、「人間って素敵だね?」とソアは唇から愛しさを零れさせた。
「ソア」
「―――!」
エストレーリャの声に恥ずかしくなって「交代!」とソアは言う。きっと、彼といれば『ニンゲン』にだって、なれてしまう!
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ソアの話を聞いて居て、エストレーリャは「僕もソアの話をしたいんだ」と穏やかに微笑んだ。
「ソアが話してくれた事が嬉しいし、それに――一番大事な好きは、ソアだったんだ」
精霊がソアとエストレーリャを見比べた。「一番大事」と精霊の呟く言葉に込められた響きは不思議と優しくて。ソアは精霊が薔薇(かのじょ)に向ける思いとは自分の物は違うのかもしれない、と前置きした。
「恋、って、まだ良くわからないけどね。
僕はソアが笑ってくれてたら楽しいし、一緒にいる時間も嬉しい。甘えてくれる姿も可愛いし、すごく甘やかしたくなっちゃう」
「それは――」
口を噤んだ。人が恋をするという事は、きっと言葉にできないもので――形ないそれは誰かが定義づけて良い者でもないだろうから。
「それで、できれば、傷ついてほしくないから、守りたいって思う。
隣に立てるだけ強くなって、支えて、一緒に立ち向かいたい。一人より、一緒のほうが、強くなれる気がするから。……茨の精霊も、恋薔薇が大好きだから、守るんだよね」
「同じだ」
「うん。それが僕の一番大事な好き、だよ」
一番の好き、と口にしてからポテトは愛しい人の銀閃を想い、頬に朱を昇らせる。
「私は、その……大好きな、旦那様に……。
リゲルは、格好良くて、優しくて、時々お茶目で可愛くて、でもいつだって心が真っ直ぐ誰よりも素敵なんだ。私の、大好きで、最愛の旦那様」
前に立ち剣を振る。真直ぐに進む背中は、面白いと思った事にも走っていく。真面目な騎士だと思えばお茶目な少年の用で、そのギャップが楽しくて――愛おしい。
「それから、抱きしめてくれる温もりがあったかくて凄く幸せで安心出来るんだ。
リゲルの腕の中が私の帰る場所で、一番安心出来る場所。リゲルは私にいっぱい嬉しいと、楽しいと、幸せをくれるんだ……だから私もリゲルに喜んで貰いたいし、リゲルに幸せになって欲しい」
愛しい愛しいあの人の笑みを見れば胸がきゅうと締め付けられる。愛してるの言葉が唇から響くだけでポテトは幸福だと目を細めた。
「私はリゲルを幸せにしたいし、これからも一緒に幸せになりたい。リゲルが、大好きなんだ。
だから、恋薔薇の蜜を分けて貰えないだろうか……?」
「蜜を――ああ、ああ、そうだな。君達になら薔薇(かのじょ)だって」
頷く精霊が薔薇を振り返る。心踊る気がしていつも通りの『コール』をぱちりと音鳴らしてからタントは「素敵ですわー!」とその額を煌めかせ、幸福そうに手を叩いた。
「ええ、ええ、わたくし達は! おばあ様の大きな愛に惹かれましたの! 精霊様もご存知でしょう?
年月を重ね育んだ愛、そして精霊様や薔薇様への感謝を忘れない愛、その想いを我々を信じ託して下さった愛!」
素敵でしょう、とタントは瞳を煌めかす。誰かに託されたその思い、人は一人では生きていけないから――愛を口にすることが大切だとタントは「おばあ様の素敵な思いを今年も精霊様と薔薇様に届けに馳せ参じた次第ですわ!」と堂々と言った。
「君は?」
「はえ?」
ぱちり、とその大きな瞳が瞬かれる。大輪の花のような美しい瞳の煌めきはきょとりとした色を含ませる。
「君は他の皆の様に薔薇の蜜はいらない?」
「―――あ、あのぅ……わたくしも、少し、頂きたく思いますわ。
ええ、ええ、白状いたしますとわたくしもお菓子を送りたい大切な方がおりまして……」
先輩、と響く言葉。精霊はその様子が微笑ましくなって「アマンダも、そして君達の分も分けよう」と慈しむ様に薔薇を見た。
「アマンダに習うのだろう? どうぞ、彼女によろしく」
甘い蜜を使って、愛しい思いを伝えてくれと精霊は穏やかにそう言った。
これにて依頼は解決だと胸を撫で下ろすと同時にエンヴィはワンピースの裾をぎゅ、と握る。
「……皆を見てるとふと思うの。いつか私も、恋を知って、愛を語れる日が来るのかしら……?」
幸福そうな顔が妬ましい、と囁いたエンヴィの傍らでクラリーチェは「きっと」と微笑む。
愛だとか、恋だとか。無縁でありたいと願ったシスターは穏やかな笑みの裏側で涙を流す。
(――お願い。私を揺さぶらないで)
両手には祈りだけ。誰の手も握ってはいけないのに。『有り得ない未来』がどうしても、眩くて。
「蜜を分けてくれておおきに……これからも、二人仲良おにね」
蜻蛉の言葉に花が揺れる。甘い蜜の香りがふわりと広がってから、それは言った。
―――ええ、ありがとう。あなたも、倖せでありますように――
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
この度は有難うございました。
皆様のグラオ・クローネが素敵な思い出でいっぱいになりますように。
素敵な恋のおはなしをありがとうございました!
GMコメント
リクエストをありがとうございます。
●成功条件
『恋薔薇の蜜』をゲットしましょう
●恋薔薇
深緑の迷宮森林の中に咲き誇る大ぶりの一輪の薔薇です。薄桃の花びらと甘い香をさせています。
曰く、女性。枯れる事無くずっと咲いているそれは魔的な存在だとも言われています。
愛に反応し、グラオ・クローネの季節になれば蜜を流します。その蜜は甘く、そして幸せを思わせるそうです。
薔薇とは植物関連の意思疎通スキルがあれば話す事は可能ですが基本は無口、そして恥ずかしがり屋です。
●茨の精霊
男性。恋薔薇を愛する茨。意思疎通はスキルなくとも可能です。
恋薔薇を守護する為に存在し、彼女を深く愛しています。彼女の蜜を狙う不届き者が多いために基本は捻くれ、そして攻撃的な性質を持ちます。
彼を落ち着かせる(ちょっぴり戦闘)ことで、彼は薔薇の蜜を譲るに適するかを判断してきます。
・愛しい人への想いを告げる
・『恋心』『愛』について語る
――つまりは、愛や恋というかたちなきそのこころを伝えることで蜜を持って帰ってもよいと判断するそうです。
当シナリオは心情シナリオですので心情方面をガッツリと書いて頂けると嬉しいです。
●幻想種
お婆さん。穏やかな性格ですが実力は御墨付。
若い頃に迷い込んで茨の精霊と殴り合い、盛大に好きな人(亡き旦那さん)を惚気て、蜜をget。旦那さんと精霊にグラオ・クローネの贈り物をしていたそうです。
旦那さんへは溢れる愛を。
精霊には来年も愛しい薔薇を護っておくれ、と願いを込めて。
腰を痛めて皆さんに仕事を依頼しました。グラオ・クローネの贈り物のレシピは教えて呉れるそうです。
素敵な恋をおしえてくださいませね。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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