＜サイバー陰陽京＞巨大企業の暗部

オープニング

●闇の胎動
　かの最終戦争、第三次世界大戦も今や昔。類稀なる霊力を御身に宿す『帝』の統治は、今や地球上の唯一国家となった『キョート』の隅々までゆき渡っていた。
　否。ゆき渡っているという“ことになって”いた。
　帝の御威光は地上に這う人々からは、空中都市『洛中』という御簾の内に隠れてしまう。今、世界は富と権力と欲望のままに、終わりなき混迷の道を進むばかり……それは電子と陰陽の力の満ち足りしはずの巨大都市、『洛外』においてさえ例外ではない――。

●仕事（ビズ）
　ひとひらの揚羽蝶が本の隙間よりはためき出でて、鮮やかな爪紅の傍で舞い踊った。境界案内人がそれを見つめ、何やら会話するように頷くと……蝶は、まるで役目は果たしたとでも言うように、黄緑色の電子の粒へと還ってゆく。
「ようこそ、おいで下さいましたどすえ」
　着崩した着物姿で微笑みを浮かべ、坂東イントネーション混じりのピジン京言葉で迎えた境界案内人、オハナが示すのは、サイバー陰陽小説『ネオホーゲン』シリーズの舞台世界、『八紘』だった。
「八紘は帝さんの統治の下、情報技術と陰陽術が発展した世界どすえ。けれども、近頃は一層住み心地が悪うなってあきまへん……というのも先日、とある企業が兵器転用もできる技術を奪われかける、いう事件がありましたのや」
　そして実行犯に繋がる情報を精査した結果、『徳大寺重工』という企業の名が挙がった。そればかりか徳大寺重工は……とある反政府武装勢力を支援するために事件を依頼したのだ、という疑惑までが浮かび上がったのだ。

　……そして今、とある徳大寺重工社員がその事実を知って、証拠となる社内情報を引き出したまま逃げ回っている。先日の事件の被害者である『モトモリ・コーポレーション』社はこの情報を入手して徳大寺重工を糾弾するため、保護要員の派遣を依頼したのだ。
　けれども花街・イースト祇園の遊女にしてフィクサーでもあるオハナの元には、退っ引きならない情報も届いていた。
「つまり……徳大寺重工さんも証拠の流出を恐れて、追っ手を差し向けてはりますのやな。証人さんはそれを恐れて、スラムに逃げ込んでしまいましたのや」
　彼を追っ手より早く発見し保護する。それが今回の依頼内容だった。無論、報酬は悪くなく、仲介したオハナにも良い金額の仲介料が入るはずだ……けれどもオハナの期待の眼差しは、はたしてそれだけに向けられたものなのだろうか？
　この仕事は人助けにもなって、そればかりか八紘世界に巣食う陰謀にメスを入れることにさえ繋がるかもしれない。同じ金額の仕事をするのなら、人のためになる方がいいに決まっているのだ。

参加者 : 4 人

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参加者一覧（4人）

リプレイ

●栄光と影
　林立する超高層建造物が空を切り取って、谷間の薄汚れた低層ビル群に影を落とす都市。漢字とひらがなで記された標識は、混沌肯定の力を借りずとも『疾風の先導者』霧島・トウゴ（p3p007102）に意味を理解させてくれる……が、そこい掲げられたどの地名も、彼の知るものとは似ているようで違う。
「なーんか見慣れてるようでちょいとずれてるんだよな」
　現代が、ＳＦの中に同居しているような光景の違和感。『水天』水瀬 冬佳（p3p006383）の言葉を借りれば、『一つ一つは馴染みのある概念が交じり合うことで、何処か似ているようであまりにも違うものへと仕上がっている』……だ。
　八紘。その空に浮かぶのは、科学と術法の粋を尽くしたのであろう空中都市、『洛中』。この世界はトウゴの知るものよりは寧ろ、夜闇に妖どもの跋扈していた冬佳の“日本”に近いのだろうが――そんな差はあくまで程度問題に過ぎず、この世界が両者のものとは全く異なる歴史を遂げていたことばかりは疑いようがあるまい。

　その歴史が、果たしてどのようなものであったのか？
　冬佳はそれらを紐解きたい衝動に駆られはしたが、首を振り低層ビル群の方へと目を遣ったのだった。
　スラム街――以前もこの街にて“仕事”をしたことのある『跳兎』リコシェット（p3p007871）でさえも、初めて足を踏み入れる場所だ。
「まさか、あの件がまだ終わってなかったとはな」
　不満げにバイクに唸りを上げさせると同時、口許を不敵に吊り上げてみせる。どうやらこの世界には巨悪が潜んでいるようではあるが……それに抗おうっていう“いいヤツ”もいるみたいだからだ！
「せっかく尻尾を掴んだとこなんだ！　必ず助け出してやろう！」

　スロットル全開でバイクを駆るリコシェットを追いかけて、トウゴも全身に風を纏って、スラム街へと飛び出していった。
　随分とアツい２人だ……ならこちらは、冷静にゆきましょう。冬佳が携帯端末をタップしたならば……“魔術師”が、肯定の意を画面に表示した。

●情報を制す
　世界を二気と五行に分類し、自然を管理し怪異さえ使役する陰陽術。機械を電気信号により接続し、動作命令を行なう情報技術。そして……企業が労使契約により人を束縛する社会。
「なるほど、この世界の至上となる価値とは“契約”と“顔”だね」
　『性別：美少年』セレマ オード クロウリー（p3p007790）は合点する。“顔”を守るために“契約”で力を得る必要があり、“契約”のためにはより美しい“顔”が必要となる――つまりは彼の魔術と同じであるのだと。
　ならば……案ずる必要はない。その仕組みを少しばかり紐解いてやれば、世界の隅々にまで横たわる電子ネットワークが、容易くセレマの庭になるのだ。粟田口とやらの居場所を突き止めるのも、さぞかし容易いことだろう――が。
『……しかし、醜悪な電脳空間だね。この程度じゃ傷つかないからいいとは言え、美しいボクの肌に悪そうじゃないか……キミだってそう思うだろう？』
　冬佳の端末から不満げな声が上がる。スラムに満ちる違法電波は、隙あらば接続した機器を乗っ取ろうという悪意で満ちていた。“顔（インターフェース）”は歪められ、迂闊にも“契約（プロトコル）”に則った入力以外を想定していなかった機器があったなら、たちどころに不正なプログラムを実行させようとする……セレマが幾らでも破棄と再構築の可能な“魔術による仮想電脳体”でなかったならば、今頃どうなっていたか知れたものじゃない。
「ですが……お蔭でお目当ての施設は見つかったようですね」
　そんなセレマに冬佳が返した。法の設置基準を満たさぬその通信基地は、無数のマルウェアの中継地点となっており……すなわち、雑多な怪しげな情報で満ちている。木を隠すなら森の中。粟田口がその中に件の社内情報を混ぜ込んで外部に放出するなり、そうでなくとも救援要請を行なうのには格好の施設であったろう。
『いやキミ、そんなことより美少年の問いには答えるものだよ――』
　慎重に通信基地の周囲の様子を覗う冬佳に、またもやセレマが不満を表明し――すぐに冬佳の様子に気付き、スピーカーから画面表示のみへと変えた。

『Ａはいたか？』
『ネガティヴ。だがこの施設は一帯で最大の通信設備のようだ。奴がここに来る可能性は低くないだろう』
　警戒するように内蔵銃を露に構え、軍用防弾ベストを身につけ秘匿通信を行なう２人の人物が辺りをうろついていた。“プロ”であることは明白だろう……冬佳の術式が清らかなる水の霊刀を生む。周囲に無気力にたむろする浮浪者（スクワッター）たちが巻き込まれねばいいが……だが、冬佳にはそのための力があって、その上セレマという頼もしいサポート役もついている！
『ＸＸＸ――』
　だからセレマが。その“歌”を唄ってみせた時――。

『何だ？　敵襲か！？』
　そんな左の傭兵の通信に、一つの示唆が応えてみせた。
『後ろだ。撃つといい』
　咄嗟に傭兵が示唆に応じるものの……次の瞬間には『止めろ！』という切羽詰まった同僚の悲鳴！
　左の傭兵が我に返った時には、目の前の哀れな同僚は、間近で彼の銃撃を受けて崩れ落ちんとしているところだった。
「お前……まさかサイバーアイとイヤーを……」

　セレマは可笑しげにせせら笑った――その通り。ボクはもうキミの電脳に居座ってしまった。見聞きするものも体の動きも、全てがボクの意のままだ。
　セレマは、魔性――恐らく傭兵風情では、決して解し得ぬ程の！
　そうして敵味方の判断さえもが怪しくなった傭兵に向けて、冬佳の霊刀が印字を切った。飛び散る飛沫は宙にて刃と変わり、あたかも白鷺の羽根が舞い散るかの如く。
　今の傭兵の内蔵銃も単分子剣も……妖退治と比べれば生易しいものだった。白鷺の結界に阻まれて、彼の者の武器は氷刀に逸らされるのみ。最早、察せぬ未来などはない……傭兵は退路を見出さんとするが、今更退いた程度では、氷の渦は止まりはしない。慌てて顔を腕で覆った傭兵に、氷の刃は次々と降り注ぎ――。

　違法通信基地から傭兵たちが一掃された後、もう一組の傭兵たちへと向けて、偽の増援要請が飛び立っていった。
　結果、やって来た傭兵たちがどんな目に遭ったのかは――敢えてこの場で語るまでもない。

●有象無象の末路
　一方その頃――。

　唐突に高階層の部屋窓枠をノックして中を覗き込むトウゴに、スラム住民たちは次々に面食らわせられた。
「なぁ、この辺をヤクザが通らなかったか？」
　窓から窓へと“駆けて”ゆく、育ちはロクでもなさそうな青年の瞳は、どこか青臭く真っすぐな正義感に満ちていた。それは４階や５階の窓に訪問者が現れた驚きと相まって、部屋の中を除き込まれた不快感よりも素直に答えてやろうという気分が先に来る。
「何やら、下階の奴らと揉めてたよ……場違いなサラリーマンを見なかったか、とか、隠し立てすると後が怖いぞだとか。お目当ての人間は見つからなかったらしく、そのまま先に行っちまったけどね」
「ありがとよ、助かった！」
　片手を上げて感謝の意を示した後に、再び窓の外へと跳躍するトウゴ。もしも住民たちがその後も彼の様子を追っていたなら、ますます奇妙な言動に気付いたことだろう。
「やっぱり、もっと先に行っちまったらしい――っと、３つ目の角の右にいる集団じゃないか？　準備ができたら合図してくれ……俺も合わせて奇襲する！」

　併走するスズメに呼び掛けたなら、彼は建物の屋根に身を躍らせた。こいつは何をやっているんだ――それを理解しているのはリコシェットだけだ。スズメ――ファミリア経由で聞いた情報を元に、彼女はバイクを爆走させる。辺りにはカラスに食い散らかされたゴミ袋やら浮浪者の集めたガラクタの山やら割られた商店のガラス片やらが散乱するが、道端に申し訳程度に設置された縁石にタイヤを跳ねさせたなら、遮るものなど何もない！
「どうせ依頼されただけの下っ端なんだろ？　だったら早いとこ手を引いときな！」
　ドリフトして角を曲がりながら銃弾をばら撒いたなら３人ほどの、ちょうどナイフを見せびらかして通行人を締め上げているところだったヤクザ連中は、慌てて裏路地へと隠れようとした。
　が――それをトウゴは許さない。
　ドシンとその目の前に“降って”きて、気さくに驚く相手に声をかける。
「粟田口だっけか？　そいつを保護してーんだが……見つけたら教えてくれないか？」
　それが事実上の“降伏勧告”であることは、誰の目からも明らかだった。やはり別の方向へ逃げようと思っても……既にリコシェットはスキール音を響かせて、そちらを阻むように銃口を向けている。
「ナイフと銃。どっちが有利かは……見れば分かるよな？」
「う、撃ってみろ！　この位置で撃ちゃ、テメェのお仲間さんも蜂の巣だ……」
　ヤクザたちの兄貴分らしい男が強がってみせるが、ナイフを持つ手が微かに震えているのは明らかだった。
「じゃあ、コイツで轢けばいいのか？」
　興味深そうに訊き返したリコシェット。決して、商売道具でそんなことしたい訳じゃない……けれどもこんな時にどんな態度を取らなくちゃいけないのかは、彼女はよく知っている。
　結果――。

●反政府組織の陰謀
「アンタが粟田口だな？　モトモリから依頼を受けて保護しにきたぞ」
　追跡者が軒並み撃破されたり降参したりしたとも知らずに身を縮こませていた丸眼鏡の男は、やつれた表情でリコシェットたちに縋りついたのだった。
「助かった。我が社は、『白峯』にほとんど乗っ取られてしまった……もう、あんな会社などこりごりだ」
　『白峯』。それは昨今世間を騒がせる、反政府武装組織の名であった。
　果たして、彼らの計画は――？
　粟田口からもたらされた情報を今後改めて精査したならば、必ずや、彼らの先手を取れるに違いなかった。

成否

成功

状態異常

なし