シナリオ詳細
人力ソリが雪原を舞う
オープニング
●ヒャッハー!!
吹雪の合間の貴重な晴れ間。
陽光に煌めく雪原を、無骨なソリが騒々しく疾駆する。
「鉄帝のお坊ちゃん達がいやがるぜェ!」
「ヒャァ! 高そうなおべべを着てるなァ!!」
ソリは人力である。
長身を分厚い筋肉で覆ったモヒカン蛮族が、全身から湯気をあげながらソリを引っ張っている。
ソリに乗っているのは、さらに体格の良い大男だ。
両手だけでなく全身を使って手斧を振りかぶり、見事なフォームで投擲する。
逃亡も防御も許さない。
ゴ、と異様な音を響かせ分厚い鎧に手斧がめり込む。
先頭に立っていた鉄帝軍人が、衝撃で気絶し白目を剥いて前のめりに倒れた。
「囲め囲めェ!」
「1人も逃がすなッ」
「殺すなよ? 次もイイ物を持って来てもらうンだからよォ!!」
ヒャッハー共の実力は本物だ。
鉄帝部隊が雪上移動で苦労としているのとは逆に、ソリは滑らかに滑り退路を遮断する。
だがソリはソリでしかない。
優れた素質を厳しい訓練で磨かれた鉄帝軍人にかかれば、剣で両断出来る獲物でしかない、はずだった。
「背中ががら空きだァッ!」
ぐんっ、と今度は砲弾投げじみたフォームで手斧を飛ばす。
回転する斧が緩やかにカーブしながら飛んで、大型火器を構えた鉄騎種の肩を撫でた。
甲高い悲鳴があがる。
軍服ごと皮膚が引きちぎられ、高価な兵器が一度も使われないまま雪へ突き刺さり故障した。
「押し倒せェ!」
「ヒャッハー!!」
「やめっ」
ソリを引くモヒカンも、見事な投擲スタイルのモヒカンも、ソリを捨てて一斉に飛び掛かる。
鉄帝軍人達は雪の上に押し倒され、北方ヒャッハー族を1人を討ち取れずに部隊として壊滅した。
「ヒャッハー! あったかコートは頂きだぜェ!」
「おい見ろよ! この坊主凍傷だァ!」
白い肌の鉄騎種が、屈辱で頬を薄ら桃色に染める。
「しっかり暖めてやれよ? 俺達ァ文明人だからなァ!!」
「お頭ァ、こいつ女です」
「何だとッ」
軍人から血の気が退いた。
軍に入る前に覚悟を決めていても、それが現実になってしまうと恐怖も感じる。
「嬲るくらいなら殺せっ」
モヒカン達は、怒りもせず呆れたような視線を向けてきた。
「身代金引換券をよごす奴がいるかよォ」
「勝負がついてから殺すとかお前ェ蛮族かァ?」
北方ヒャッハー族は蛮族である。
鉄帝からそう扱われているのは勿論だが、周辺勢力にノリと勢いで襲撃をしかける連中は蛮族扱いされても当然だ。
「こ、のっ」
そんな蛮族から蛮族を見る視線を向けられ、女性軍人が怒りに体を震わせる。
「蛮族なら身代金無理かァ?」
「お頭ァ、兄貴ィ、遊んでないで手当手伝ってくだせェ。身代金引換券の値段が下がりやすよ?」
女性軍人部隊は戦闘と治療以外では指一本触れられなかった。
しかし心に負った傷は深く、鉄帝に戻った頃には北方ヒャッハー根絶を心に誓う者が多数いたらしい。
●復讐代行
「鉄帝が激おこなのです」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は真剣な顔だ。
北方ヒャッハー族が鉄帝部隊を撃破した。
ド辺境に派遣されるような場末の部隊でも鉄帝軍であるのは事実。
復讐のため、己の名声のため、あるいは手応えのある敵と戦うため、結構な数の強者が現地に向かおうとして……迷った。
「超ド田舎なのです!」
ヒャッハー族が現れたのは、大森林地帯ヴィーザル地方の隅っこ。
連合王国ノーザン・キングス勢力圏……というより、ノーザン・キングスすら実質見捨てた辺境中の辺境だ。
襲われた部隊も迷っている所を襲われた訳で、無傷ではなくても怪我は治療され凍死もせずに送り返されたことを感謝する必要が有る、かもしれない。
「これ以上迷子が増えても困るので、鉄帝に依頼されたイレギュラーズが倒して幕引きにする……つもりらしいです」
今回は鉄帝高官が依頼主だ。
敵を倒すか追い散らせば、負けた女性軍人は騒ぐかもしれないが依頼主は納得する。
「ヒャッハーさん達はすごく強い訳じゃないです」
だが雪に馴れてる。
現地は大量の雪が積もっているため、敵が全力を出せるのにイレギュラーズは本来の実力を出せないという展開だってあり得る。
「雪という敵もいるつもりで、気をつけてください!」
北国出身者には釈迦に説法ではあるが、雪にも注意が必要な依頼であった。
- 人力ソリが雪原を舞う完了
- GM名馬車猪
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年01月17日 22時45分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●ヒャッハァ!
陽気な奇声。
無意味に振り回される斧。
ソリを引くモヒカン6人が、速度を落とさず鮮やかなターンを披露しドヤ顔を決めた。
「ふむ? ヒトがヒトを引くのか? もう少し見場を考えてほしいものだ。美しくない」
『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)が肩をすくめた。
今だけは、己の記憶力の良さを恨んでしまいそうだ。
この寒空で湯気をあげるヒャッハー筋肉は、非常に目立っていた。
「んんっ」
『夢幻の迷い子』ユースティア・ノート・フィアス(p3p007794)が咳払いをする。
色白の肌が微かに熱を帯び、極太筋肉を猥褻物ではなく敵の力と認識しようと自身に言い聞かせる。
「ですが強そうです」
イレギュラーズ側も罠を仕掛けているとはいえ、6つのヒャッハーソリで半包囲されたのは事実である。
「被害者の命までは奪ってないから、こっちもできるだけ殺害はなしで……って思ってたんだけどなぁ」
鷹の飛行種である『猫さんと宝探し』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)も肩を落とす。
ヒャッハー達の士気が予想以上に高い。
しかも努力の方向音痴ではあるが力も強そうだ。
相手を圧倒するまでは、手加減は危ないかもしれない。
「オホッ、ありゃぁ鉄帝かァ?」
「前の坊主、じゃなくて娘っ子より強そうだァ! ヒャァ、頂きだァ!」
鉄帝国軽騎兵軍装を着こなすアクセルに熱い視線が集中。
殺意は薄く戦意は濃い、蛮族らしい視線が開戦の合図であった。
「ヒャァ!!」
逞しい肉体が洗練された姿勢で投擲する。
高速の指先から手斧がそっと離れ、風を切り裂く微かな音と共に弧を描きながらアクセルを狙う。
投げられた4本全てが複数のイレギュラーズを巻き込む、客観的に見て見事な投擲術だった。
「2つは任せて貰おう!」
『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)がわざと避けずに回転する斧を迎え撃つ。
強靱な義手で高速の刃に横から触れて、傷らしい傷も受けずに連続で防いでみせる。
衝撃までは防げず関節部を中心にダメージが入るが問題ないどころかむしろ成功だ。
「ヒョ!?」
「どこからの攻撃だァ?」
ゼフィラの傷の一部がヒャッハーの身体に再現され、何をされたのか分からぬ雪上蛮族達が軽く混乱した。
「まったく」
『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は微笑ましいものを見る目をしていた。
ヒャッハー達の戦い方には強い拘りを感じる。
拘りを貫くことで壁を越え1つ上の次元に達することがあるのも知っている。
「不利となる拘りを捨てられないのは致命的だぞ」
膨大な力を小柄で細い身体に効率よく流し、爆発的な加速で以て、6つのソリがつくる包囲を1人ですり抜けた。
「敵だァ」
「そうだァ!」
「走るだけかァ?」
ヒャッハー族にも強者と戦った経験はある。
しかし汰磨羈の戦い方は類似した物も見たことが無く、ただでさえ膨大な力がさらに溜め込まれたのを見逃してしまった。
汰磨羈は騒々しく動くソリと巨漢計12人を観察。
ソリ上の巨漢3人の上半身が1列に並んだ瞬間、力を解き放った。
陰陽二極の衝突から生じた力が巨大な斬撃の形でヒャッハーを襲う。
脳味噌までヒャッハーでも厳しい環境で生き抜いてきた男達が、寸前で気付いて防御姿勢をとるが毛皮をはぼろぼろにされ生命力も大きく削られる。
「強敵だァ!!」
オホホと甲高い声が一斉にあがる。
鼻の穴の大きくしてはしゃぐモヒカン共は、ちょっとどころでなく刺激が強い。
「はしゃいだまま地獄にまで行ってしまいそうな子達ね」
『黒曜魔弓の魔人』フィーゼ・クロイツ(p3p004320)の艶やかな唇からため息が漏れる。
身体と精神は若くても、混沌に来る前は転生を繰り返していた魔人だ。
ヒャッハーのような暴走人間も何度も見たことがあった。
「どうせ死んでも恨まないのでしょうけど」
矢をつがえず引いた弓に、赤紫の大槍が出現する。
矢とは思えぬ大きさなのに奇妙に調和がとれていて、疾走するヒャッハーの目が女性的な曲線ではなく力強い槍へ向く。
「まだ生きるつもりがあるなら頑張って耐えなさい」
魔性の槍が冷たい空気を貫通する。
ソリを引くヒャッハーが進路を横に変更。
ソリの上のヒャッハーが斧を盾として構えて心身に気合いを漲らせ、しかし大きな的でもある筋肉質な胸に槍が突き刺さる。
「野郎が逝ったぞォ!!」
「美人な戦士で逝くたァ果報もんだァ!!」
まだ逝ってないんだけどと内心ツッコミを入れながら、雪原に転がり落ちるヒャッハーと入れ替わりにフィーゼが跳ぶ。
緩く回転する手斧に恨みはなく、気合いは前回より一段上で躱すのもぎりぎりだ。
1対2でも勝てる相手ではある。が、速度と射程を兼ね備えたヒャッハーは狙ったイレギュラーズに攻撃を集中させる。
故に決して油断は出来ないはずなのに、フィーゼはイレギュラーズの戦死者0での勝利を確信していた。
「でも残念、あんた達の敗因は……地の利で優位に立った事よ。優位であればあるほど、慢心が生じるものだからね」
ヒャッハーの死角で、滑らかな雪原が静かに崩れ始めた。
●奇襲
「後2、3人死にそうだなァ」
「戦いに誉れ一杯だぜェ」
言動は蛮族でも五体の動作に知性を感じる。
広範囲の術で仕留められないよう、素早い進退が行えるよう、考え抜かれた陣形と速度でイレギュラーズに対抗している。
だがそれは、6人のイレギュラーズに対抗するためのものでしかない。
『人生のダイスロール』ライディス・クリムゼン(p3p007498)が雪中から立ち上がる。
冷えているはずなのに鍛え抜かれた心身は全く鈍らず、片手で構えた得物を雷じみた速度まで加速させる。
その音はヒャッハーの耳には届いた。
が、予想外の方向とタイミングでの音を脳が認識するのに失敗。
ヒャッハーは被弾の瞬間までライディスに無防備な背を向け、疾風のように猛々しく飛ぶ雷に背中を抉られる。
「よう、姉ちゃん。奴等手札を伏せてるみたいだぜ?」
ギフトとギャンブラーとしての勘が警告を発し、ライディスは目立つリスク覚悟で大声で出した。
ヒャッハー主力は武器を持たないソリ引きヒャッハーだ。
ゼファー(p3p007625)は予め決めていた優先順位を変更。
目立つのでどうしても被弾し易いソリ上の投擲モヒカンから、ソリを引くことしかしないヒャッハーに狙いを変えて穂先を突き出す。
少し古びた、特徴の薄い槍に見える。
けれどゼファーの手に良く馴染んだそれは、雪上を異様に機敏に動くヒャッハーの回避行動を上回る。
オーラじみた蒸気と薄い毛皮を貫き、暑苦しい肌に膨大な火焔を直撃させた。
「熱ゥ!」
ソリの速度は落ちなくても、気力と体力を支える肉体が傷を負ってしまえば勢いも衰える。
これなら、ソリ引きヒャッハーが戦闘に直接参加しても有利に戦えるはずだ。
「まあ、何ともやりにくい連中ねえ、テンション無駄に高いし」
北方ヒャッハーが賊であるのは事実だ。
場所によっては縛り首もあり得るし、今回鉄帝に喧嘩を売っているので無残に殺しても問題ない。
ゼファーの口元に苦笑が浮かぶ。
何度も遭遇し、幾度かは仕留めた賊にはない律儀さが、興味深いと同時に何故か癪に障る。
「きちっとシバいて行くわよ!」
「やれるもならなァ!?」
ソリ上のモヒカンが鮮やかにターンを決めゼファーと向かい合い槍を迎撃。
ソリ引きモヒカンを守りはしたが不安定な足場で安定を失い派手によろめく。
「勝負といこうか、モヒカンさんよぉ!」
甘い後味を感じながらライディスが跳躍する。
雪に深くまで嵌まりそうなものだが雪から数センチで止まり、文字通り宙を滑って人力ソリと速度を競う。
「その程度ォ!」
モヒカンは気合いを入れる場所を間違っている。
ライディスを引き離そうと回避を捨ててまで加速して、不意打ちを受けたときと同じくらいの隙をさらしてしまった。
「ははっ、世の中ってな速い奴じゃ無くて強い奴が正しいんだぜ?」
彼の狙いに気付いた投擲モヒカンが身体を張って庇おうとした。
ライディスが足かスキー板で走っているなら防御できたかもしれないが、上空と違って安定したまま自由に進路を選ぶ低空飛行ほどソリは自由に動けない。
危険な程踏み込んで放たれた斬撃が、ゼファーの炎でこんがり焦げたヒャッハーを深々切り裂いた。
「俺が残るのかよォッ!?」
ソリの速度が落ちきる前に投擲モヒカンが飛び降りる。
ソリ引きモヒカンはうぅんと一声呻いて俯せに雪に倒れたまま動かない。
ヒャッハーは飛んでいないはずゼファーからまず倒そうと手斧を振りかぶり、ゼファーもまた光翼の生えた靴で飛んでいるのに気付いて表情を引き攣らせる。
これでは追撃も出来ず、不利になっても逃げられない。
モヒカンズにとってのピンチがまだ始まったばかりであることに、彼等はまだ気付けていなかった。
重みと爽やかさを兼ね備えた警笛が響く。
各個とした現実に幻想が侵食し、雪を押し退け特急鉄道が戦場を横断する。
「ホ?」
気付いたヒャハーが、口をあんぐりと開く。
敵ということは本能が理解し回避と防御のための行動をとる。が、特急との速度差がありすぎ次々に跳ねられ宙に舞う。
元々頑丈で敏捷な男達だ。
衝突部は腫れた程度で、宙で器用に半壊してして雪原に着地する。
だがソリは別だ。
「犬ソリにも劣っているのに最速気取りか、言ってて悲しくならんかね?」
フハッ!! と笑うグリムペインが実に絵になる。
「違うというなら私の口でも黙らせるのだなあ」
男達の武器であり乗り物であり魂でもあった木製ソリが、ぺきりと音を立てて真っ二つに割れた。
「ホォゥ!?」
「き、貴様は魔種以下だァ!!」
イレギュラーズから刀槍や術を浴びせられているのにヒャッハーは応戦せずグリムペインだけを狙う。
グリムペイン自身も唸るほど見事な攻撃で、洒落たスーツにいくつも手斧が突き立ち大量の血が流れた、はずだった。
「フハ、フハハ! ただ痛いだけで温いんじゃあないか? 私を殺したいなら腹に石を詰めるくらいはしてくれたまえよ」
ただの攻撃では力ある幻想をこの世から追い出すのは不可能だ。
斧を巻き込み巨大な異形の影に変貌し、逆上したモヒカン達をさらなる混乱へ叩き落とすのだった。
●ヒャッハー必死の抵抗
「こう……ヒャッハーって荒野のイメージがあったけど」
アクセルが音も無く滑空して戦場から少し離れた場所に着地する。
斧が流れ弾で飛んでくるので一瞬も気を抜けない。
マントで寒さから翼を庇い、はるか遠くに見えるモヒカンな後頭部目がけて遠距離術式をぶっ放す。
「あ痛ッ」
急所に不意打ちを食らっても倒れない。
だが斧を振り下ろす途中で被弾すれば動きが乱れるのは避けられず、空飛ぶ汰磨羈を狙った斬撃が大きく逸れて雪を無意味に斬る。
「残念だったな。今の私は、翼を授かったねこだ」
「猛獣だろォ」
「ヒャァ、追い込めェ!!」
蓄積ダメージはヒャッハーの方が倍ほど大きい。
だから蛮族の心は燃え上がる。
生涯に一度戦えるかどうかの強敵達が目の前にいるからだ。
汰磨羈の手数は圧倒的だ。
攻撃、妨害、継続ダメージを組み合わせてモヒカン共を押し込んでいるが、実はその攻勢には絡繰りがあった。
アクセルが気配を消す。
そのまま極度の集中を行い、機動戦では至近距離でも術の距離では遠距離に近い位置にいる汰磨羈達前衛に治癒術を行使する。
1回で完治する訳ではない。
だがイレギュラーズの動きが激しいためモヒカン側も攻撃を集中しきれず、イレギュラーズ側に戦闘不能者が出ないまま戦闘が続く。
「満員御礼だね。メガ・ヒール、もう一つメガ・ヒール……」
凄い勢いで消耗していくが仕方が無い。
モヒカンはイレギュラーズに圧倒される寸前だが、イレギュラーズに対抗可能な程度には強いのだ。
「頑丈だね。降伏するなら止めは刺さないよ」
今のゼファーに嘘は無く容赦も無い。
守りが崩れたモヒカンを燃やし、けれど投擲モヒカンと違ってソリを失ったモヒカンは倒れず拳の反撃が来る。
槍と、拳と、手足で受け流す。
きちんと防御出来ているのに手足に痛みが残る程、モヒカンの拳は強くて重い。
「ごめん、そろそろ……」
「回復役から潰せェ!!」
投擲斧の勢いは開戦直後のままでも数は減っている。
アクセルは疲れた体にむち打ち距離をとり、少量のダメージと引き替えにモヒカンズの体力を消費させる。
「ここは通しません」
ソリを失った蛮族の前に、幻想種の少女が立ち塞がる。
戦闘で飛び散った雪が白い肌から熱を奪い、これまで戦ってきたユースティアは酷く疲れている。
そんな状態でもヒャッハーは手加減しない。
強者に対する礼儀は刃と信じる蛮族が、空間を埋め尽くす密度で拳を突き出し斧を振るう。
雪を思わせる魔力が散り、魔剣と聖剣が魔狼じみた獰猛さで刃を弾いて拳へ刃を埋め込んだ。
直撃でもないのに凄まじい威力だ。
「てめェ……」
「力隠してるンじゃねぇかァ?」
武器を持たぬヒャッハーが、不審げに眉根を寄せ力尽きて仰向けに倒れる。
自律機動ペンギン型機械が翼を激しく振るって主へ警告。
ユースティアの左右の腕が別々に跳ね上がり、魔剣と聖剣の軌跡が一度だけ重なり巨漢の顎を打ち砕く。
アクセルが援護してくれたが間に合わない。
追撃の拳が、ユースティアの胸部を打ち据え内部を揺らした。
「ふむ、安心したまえ。この程度なら私が回復しよう。少々荒っぽいがね」
ゼフィラが一瞬で息を整え声を張り上げる。
堂々と立つ姿勢からも、機械で補った手足から想像し辛い、透き通り過ぎて非人間的にも感じられる音が周囲に響いてユースティアだけでなく大部分のイレギュラーズを回復させる。
もちろんゼフィラ自身もだ。
「スゲェ!」
モヒカンが幸せそうに笑って突進。
ゼフィラが斜めに受け流すものの、凄まじい衝撃が突き抜け意識を保つのが精一杯だ。
「なに、大した負担でもないさ」
反射したダメージで至近のヒャッハーが限界に達する。
白目を剥き、仰向けに受け身もとれずに倒れ、不気味ないびきをかき始める。
ヒャッハーの攻勢はまだ止まらない。
この場で己の生を完結させるのが目的であるかのように、撤退の気配が皆無で斧や素手でゼフィラを狙う。
「私は……」
ユースティアの今の人生は、欠けた記憶と共に始まった。
記憶の断片と、悪夢を断つと言う誓いだけは取り戻し、己が己でいるために2剣を武器にその場を死守する。
「あなた達の行動は誰かにとっての悪夢です」
どんな理由があろうと賊は賊だ。
金や物資を奪うのは、それを得る為に費やされた時間即ち人生の一部を奪うのに等しい。
「悪夢で在り続ける限り、私は其の全てを断ち切ります」
「やって見ろォ!!」
魔力で加速された2剣がヒャッハーの胸から腹を抉る。
ヒャッハーは口から鮮血を吐きながら止まらず、高速で守りに回った聖剣を強く打って小柄なユースティアを揺らす。
彼女は倒れない。
が、もう限界が近い。
「褒めてあげる」
フィーゼはモヒカンに一声かけて魔弾を放つ。
ソリを失い白兵戦をするしかない蛮族にとり、はるか遠くからの貫通攻撃は絶望的に相性が悪い。
「さあ来たまえ。最後までつきあってあげるとも」
ユースティアを連れ後退しながら救いの音色を奏でるゼフィラ。
そして、呪い同然の挑発でモヒカンを引きつけるグリムペイン。
彼女が囮となって引きつけたモヒカンズに、術や刃が一方的に襲いかかってその数を削る。
「姉ちゃん後は任せな。詰んだ奴を相手に怪我するのも馬鹿馬鹿しいだろ?」
ライディスは静止して攻撃に集中。
機動力という強みを失ったヒャッハーへ旋回する得物をけしかけ体力を削る。
ユースティアが最後の力を振り絞り、蒼い剣閃がヒャッハーを貫通。
足を上げようとしても動かなくなって、雪焼けしたヒャッハー達が雪原に倒れる。
冷たい風に、雪から突き出たモヒカンが人数分揺れていた。
●モヒカンの行方
ユースティアの包帯に新たな血が滲んでいないのを確認し、アクセルはほっと胸を撫で下ろした。
「こっちも治しちゃったけど良かったかな?」
アクセルが、簀巻きにされたモヒカン達を見渡す。
数人は戦士としては再起不能になってもおかしくないほど傷が深かったが、今回の負傷が原因で死ぬことはない程度には癒やした。
「問題ないとも。鉄帝に連れて行った後はハムにされるかもしれないがね?」
本気か冗談か分からない態度でグリムペインがにやりとし、蛮族達は勝者の権利だと平然と受け入れる。
「御主等。そのソリテクを鉄帝に売り込めば、雪中戦部隊として安定した収入を得られるのでは?」
汰磨羈が屈んでモヒカンに語りかける。
「捕虜に対する対応を見るに、根は真面目なのだろう。これを機に、まともな職を得るというのはどうだ?」
「そりゃ、考えたことはあるよォ」
序列が決まったのでヒャッハーも素直だ。
「誉れのない戦いで使い捨てにされるのが皆怖ェんだ。姐さん達に直接雇われるならいいけどよォ」
結局、反省文作成と謝罪撮影の後、ヒャッハー達は開放された。
殊勲も誉れある死も得られず、蛮族達は別人のように落ち込んでいたらしい。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
北方ヒャッハー族は落ち込んでいる……。
GMコメント
テキトーに雪原を移動していると、モヒカンが引くソリに乗ったモヒカンが襲ってくるので倒せ!
という依頼です。
特に複雑な事情はないのでヒャッハーヒャッハーうるさいヒャッハーを倒してくださいヒャッハー!!
●敵
『投擲モヒカン』×6
文明人を自称する零細部族、北方ヒャッハー族の偵察隊に所属する手斧使いです。
力強い手斧投擲で分厚い鎧を貫いたり【物】【近】【単】【流血】、手斧をブーメランのように飛ばして広範囲にダメージを与えたり【物】【中】【列】する強者です。
ソリの速度を維持するために重い防具は装備していません。
毛皮もブーツも暖かで雪上行動に向いていますが、防御技術は戦闘力の割に低いです。
「ここは俺達の土地だァ!」
「迷子か? 侵入者か? ヒャァ、強そうだからとりあえず斧をプレゼントだァ!!」
『ソリ引きモヒカン』×6
偵察隊に所属する体力自慢です。
走っている間はズボンとブーツと毛皮マントしか身につけない、目に優しくない格好をしています。
武器を持っていないため攻撃力は低いですが、体術に優れ命中と回避がかなり高いです。
ソリを引っ張っている間は攻撃して来ません。
己が引くソリを破壊されるか、そのソリに乗せた『投擲モヒカン』が倒されると、高い機動力と独特な格闘術【物】【至】【単】【痺れ】【麻痺】で攻めて来ます。
「俺のソリが1番速ァい!」
「おのれ俺のソリをッ、許さんッ!!」
「これが俺のカウンターパンチ、だぁッ!!」
『ソリ』×6
ただの木製ソリ。
頑丈な作りではありますが、長年使っているため見た目より頑丈ではなく、そのことをヒャッハー達は知りません。
速度の上限は機動力4です。
ソリを使わない方が強いかもしれません。しかしヒャッハー達はソリに拘ります。
●戦場
1文字縦横10メートル。現地到着時点の状況。上が北。微風。
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1□□□□□□□□□□□
2□■□□□□□□■□□
3□□□□□□□□□□初
4□■□□□□□□■□□
5□□□□初初□□□□□
6□■□□□□□□■□□
7□□□□□□□□□□□
□:たくさんの雪。歩行移動は大変。
■:雪。『投擲モヒカン』×1、『ソリ引きモヒカン』×1、『ソリ』×1。
初:雪。イレギュラーズの初期位置。各人が好きな位置を選択可能。k3では確実に雪に隠れることが可能で、隠れた場合は確実にヒャッハーに対して奇襲攻撃可能。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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