PandoraPartyProject

シナリオ詳細

リトルタチカワ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●11:42 am
 改札を通り抜け、雑踏の中を北へ向けて歩き出す。
 都会と田舎を織り交ぜた小さな都市、立川駅の北口である。
 吐く息は白い。スマートフォンの時刻は丁度頃合いを示していた。
 喫茶店と、電気屋と――街の灯りは冬の冷たい空気の中で瞬いている。
 広場の右手側、地上へ向かうエスカレーターと、エレベーターと。おっさんは階段を選んだ。運動不足だからである。

 バーに喫茶店、飲み屋、コンビニエンスストア。郵便局に焼き肉屋。
「あそこのショットバー、駅の方に移動しちゃったんだよな」
 おっさんは溜息一つ。店長は既に抜けているとか。時の流れに些かの寂寥を感じて。
 それからいくらか怪しい店の気配もする、路地裏のような通りに、緑色の看板が目に留まる。
 天ぷらわかもと。それがこの店の名だ。

 小さなエレベーターで上へ。重い戸を開けると――
「あっ、お待ちしておりました」
 静かなジャズの音色が耳をくすぐる。モダンな小料理屋といった風情だ。
 店構えはシックなダークトーンで、落ち着いた雰囲気だ。
 時折しゅわりと――丁度シャンパングラスでも傾けたような――小気味よい音が聞こえてくる。
「おっす」
 カウンター席には見知った顔があった。これまたおっさんである。
「うす。あれ、早。映画?」
「そー」
「なるほど」
 北口の映画館は、音響設備に定評があるのだ。興味があれば一度行ってみるといい。
 ともあれ。おっさんはおっさんの隣に座り、ドリンクのメニューを眺め始めた。
 ああ。実に良い。これで行こう。
「お飲み物はお決まりでしょうか?」
「ナンバーシックスで」
「俺も同じ」
 一杯目にはこれだろう。
「かしこまりました」
 店員は人なつこい笑顔で応じた。昔から変わらない。
「あっ、アレルギーや苦手なものなど――」
「大丈夫です」
「そうでしたね。へへっ」
 むしろ好きな物ばかりだ。
 レアなほたてのみずみずしさと歯ごたえ。
 お好みでは牛フィレが外せない。
「サラダのソースはトマトとマスタード、どちらになさいましょう?」
「マスタードで」
「かしこまりました」
 さて。酒が来る前にナフキンをそっとどける。
 天つゆ、大根おろし。何より大切な、こだわりの塩。
「ナンバーシックスです」
「おっ」
「んじゃかんぱい」
「あけおめー」
 ほのかな炭酸とマスカットのような香り。日本酒の新時代を感じさせる逸品だ。
 一言で表現するならばエレガント。ただし性根はじゃじゃ馬なのも堪らない。

 さて。そろそろ才巻きの頭揚げが来るだろうから。
 次の酒を決めようか。


「本日はお集まり頂き、誠にありがとうございます」
 ギルドローレットの中で。慇懃に腰を折る新田 寛治 (p3p005073)に、一行は胡乱げなものを見つめるような視線を向けた。
「てん、ぷら――ですか」
 小首を傾げるリースリット・エウリア・ファーレル (p3p001984)は、端正な眉根を微かに寄せた。
 言うなれば『この眼鏡、また何か企んでいるのか』と、そんな表情にも見える。
「ええ、天ぷらです」
 寛治は接続されたプロジェクターの調子を確かめると、早速プレゼンを開始した。
「はい……!」
 元気よく質問したのはスティア・エイル・ヴァークライト (p3p001034)である。
「どうぞ」
「これは仕事ですか?」
「ええ、お仕事です」
「ががーん」
「ですが身構える必要はございません。お仕事といっても、皆さんにして頂くのはただ『食べること』だけです」
 ころころと表情を変えるスティアに、寛治は淡々と応えた。
「私達はとにかく食べれば良いのですか?」
「もちろんです。それもとびきり美味しいものを」
 期待感に満ちたアイリス・アニェラ・クラリッサ (p3p002159)の問いに、寛治は間髪入れず応じた。
 彼女の権能はともあれ、どうせ食するならば美味しいもののほうが良いに決まっている。
「本当に食べるだけなの?」
 スティアに続いて、サクラ (p3p005004)も小首を傾げる。
 どうにも疑わしさは残る話だ。『ただし脱げ』とかいわれやしないだろうか。
「では、こちらをご覧下さい」
 壁にはイレギュラーズの面々と、ヘルメットをかぶったアホ面の猫が映し出された。
「つまり――」
 シズカ・ポルミーシャ・スヴェトリャカ (p3p000996)は自分自身に理解させるように内容をかいつまむ。
 練達にリトルタチカワというエリアがある。
 とある世界の出身者達が集い、元の世界の再現を試みたという場所だ。
 街並みをそのままに、表面上まるで故郷と同一の生活を営む。この国だからこその発想であろう。
 培った高度な文化は観光にも適するのではないかと、そう考えた者達が居た。
 土台のシステムが違う以上、再現は非効率である。ならば持続には多くの資金が必要。
 そこで今をときめくイレギュラーズが食べたという事が、地域の宣伝に――なんやかんや。だいたいそこの眼鏡がどうにかした訳である。
「まるで日本だな……」
 呟いた秋月 誠吾 (p3p007127)の言葉通り。プロジェクターに映し出された街並みは、寛治と誠吾には些か以上に縁深いものであった。
「誠吾さんの世界の――食べ物……!」
 ソフィリア・ラングレイ (p3p007527)はついこの間、リッツパークでカレーという食べ物を頂いたばかりだ。
「そうだな……」
「デザートは?」
「ございます」
 ソフィリアの顔がぱぁっと輝いた。

 要約すれば。一行はとにかく『わかもと』という天ぷら店に行って、好きなだけ飲み食いすれば良いらしい。
 まあ、悪い話ではなさそうだ。

GMコメント

 pipiです。
 プレイングと描写量が多いイベシナのような感じです。
 気軽に遊びましょう。

●成功条件
 天ぷらを食べる。

●ロケーション
 練達はリトルタチカワという地域になる、一軒の天ぷら店です。
 ちょっとお高いお店です。

 三階個室。半円状のカウンターをぐるっと全占拠。
 店内は禁煙です。

 予算は16万円です。
 これは『ふぐコース』全員分です。
 ワンドリンクサービス。
 あ、円てのはリトルタチカワの貨幣です。

 天ぷらは棒揚げと呼ばれるスタイルです。
 衣はごく薄く、素材の味を第一に生かしています。
 基本的には『塩』がおすすめ。
 天ぷらは蒸し物という、店のスタンスが垣間見えますね。

 油は綿実油と二種類のごま油を、独自の比率で混ぜたものです。
 ともすれば強すぎるゴマは決して主張しすぎず、あくまで上品な旨味を感じさせます。

 財布の中身は自己申告ですが、あふれた分は自腹です。
 フレーバーなので別にゴールドは減りませんが、財布が死んだら重傷です。仕事だから。

●おっさん達
 なんやかんや、これをイレギュラーズの仕事にした人。
 特に登場しない人物です。
 ほっときましょう。

●おしながき

『コース』
・あかつき(5,500円)
 前菜、才巻き海老二本、魚介類四品、お野菜四品、芝海老かき揚げ、ご飯、香物。
 かき揚げは小天丼、または天茶に出来ます。
 デザート、コーヒー。

・かえで(7,150円)
 前菜、お造り二品、才巻き海老二本、魚介類四品、お野菜四品、芝海老かき揚げ、ご飯、香物。
 かき揚げは小天丼、または天茶に出来ます。
 デザート、コーヒー。

・四季(9,350円)
 前菜、才巻き海老二本、魚介類六品、お野菜五品、小柱かき揚げ、ご飯、香物。
 かき揚げは小天丼、または天茶か天ばらに出来ます。
 デザート、コーヒー。

・特異運命座標(10,450)
 前菜、お造り三品、才巻き海老二本、魚介類五品、お野菜四品、小柱かき揚げ、ご飯、香物。
 かき揚げは小天丼、または天茶か天ばらに出来ます。
 デザート、コーヒー。

・わかもと(13,750円)
 旬の食材をたっぷり使った最上級の天ぷらコースです。
 ご飯は小天丼、または天茶か天ばらに出来ます。

・ふぐコース(19,800円)
 天ぷらのお任せコースに、トラフグの鉄刺、骨蒸し、天ぷらがついています。
 〆の天茶もフグ天茶。

『おこのみ』
 恐ろしいことに値段が書いてありません。
・才巻き海老
・めごち
・すみいか
・河豚白子
・まだち
・あまだい
・あなご
・はまぐり
・牡蛎
・ほたて
・しらうお
・わかさぎ
・うに磯辺巻
・あわび
・牛フィレ
・かぼちゃ
・ごぼう
・小なす
・れんこん
・ブロッコリー
・くわい
・ゆりね
・ぎんなん
・行者にんにく
・ふきのとう
・さつまいも
・さといも
・長芋
・やまといも磯辺巻
・しいたけ
・まいたけ
・海老しいたけ
・芝海老かきあげ
・ミックスかきあげ
・小柱かきあげ
・干し柿
・小天茶
・小天丼
・天ばら
・天まぜ
・他、季節のおすすめ等

『おのみもの』
 各種地酒、焼酎、ビール、ワイン、スパークリングワイン、ウィスキー、梅酒、果肉酒などあります。
 他、お茶やソフトドリンクも。
 ここのオレンジジュース、氷がオレンジジュース凍らせた奴なんだぜ。

 酒類一例:
   王賜、羽桜、闇虎、窪田、磯の春風、朱雀美田、十四歳
   締切鶴、高千穂59、黒竜火不要、新治瑠璃、新治六番、亜羅喜、鍋鶏、畑酒
   金八、としお、千年の孤独
   兎駆け、幸せな農村、赤斬島、邪王

●情報精度
 Bです。ここに書かれていないことも出来るかもしれません。
 たとえば、そう。
 グラスに満たない、残り僅かな日本酒を――

  • リトルタチカワ完了
  • GM名pipi
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年01月19日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シズカ・ポルミーシャ・スヴェトリャカ(p3p000996)
悪食の魔女
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
アイリス・アニェラ・クラリッサ(p3p002159)
傍らへ共に
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
秋月 誠吾(p3p007127)
虹を心にかけて
ソフィリア・ラングレイ(p3p007527)
地上に虹をかけて

リプレイ


 宵の口。
 立川駅北口の空は狭く、街の灯りは星よりも強かった。
 都心を離れ山側へ向かえば、一月の大気は徐々に肌を刺す。

 ビル風が過ぎるのを待ち、『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は厚い戸を引いた。
「どうも」
「あっ、どうも新田様、お席のご用意が出来ています」
 にこやかに応じる店員に、『年中腹ペコ少女』アイリス・アニェラ・クラリッサ(p3p002159)が目を丸くする。
 真剣な眼差しの店主が、俄に目元を崩す。
「お待ちしておりました」
 奥の個室へ向かう途中、既に飲んでいるおっさんが目で挨拶を送ってきた。
 交わす言葉はなく、寛治は微笑み片手を立てる。
(常連だぁ~……)
 秘密の隠れ家に地元のダチコーとは、こんな店のためにある言葉なのかもしれない。

 明るすぎず、また暗すぎない。『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)程よい照明の店内を奥へと歩く。
 リースリットは思案する。この店も、街もそうではあるのだが。幻想は言うに及ばず、練達の中でも多くの場所とは全く違った趣がある。
 一部とはいえ再現できるほどに、同じ原風景を共有している人が多い世界ということか。
 或いは――異世界の全く見知らぬ街で過ごす、というのは、なるほどこういう感覚なのでしょうか、と。

「誠吾さんの世界の料理……とても楽しみなのです!」
 瞳を輝かせた『空旅鳥』ソフィリア・ラングレイ(p3p007527)は、秋月 誠吾(p3p007127)の隣にちょこんと座る。
 小声の会話を他人に聞かせず、けれど仲間の内では遮らない。そんな音量のシックなジャズが聞こえる。
 時折聞こえるのは、しゅわりとした小さな音。
 油をふんだんにつかっているようだが、べとつきや油臭さはまるで感じない。
「おぉ……こう……凄いお高い感じなのです……」
 この世界に来ていろいろな料理を食べているが、これもまた初めての体験だ。特に『こんな感じのお店』には――
「ローレットってところには、本当に色々な仕事が舞い込むんだな」
 メニューに視線を落としたソフィリアに、誠吾が呟いた。
「ただ食えばいいなんて、願ったり叶ったりだが」
 本件を平たく述べれば『予算をやるから飯を食ってこい』という仕事だ。
 それも誠吾の世界(日本)を模している。いつ戻る事ができるのか。召喚当時の寂しさは薄れたが、懐かしさは募るものだから――
「値段が分からないって恐ろしくね?」
 目をキラキラさせたソフィリアの横顔を視界の隅に。呟いた誠吾の言葉通り、お好みには値段が書かれていない。財布にはありったけを詰めてきたが、果たして。
 隣のソフィリアもいくらもっていけばよいのかと心配していたが、その辺りはどうにかなるらしい。
「料理食べるだけの依頼って良いよね~」
 ほんわかと『年中腹ペコ少女』アイリス・アニェラ・クラリッサ(p3p002159)。今回もいっぱい食べるつもりだ。
 お金は――全部食べるとなると、どの程度であろうか。宝石10個で足りるのか、はてさて。

「お飲み物はお決まりですか?」
 一同がドリンクメニューから視線を離した頃、店員が声をかけてくる。
「黒竜の岩田屋の三左衛門。今日は、中身もあるんでしょう?」
 最初はきりりと冷で始めたい所だ。未成年の皆には悪いが――寛治も『後の覚悟』は決めている。大人の特権を行使させてもらおう。
 述べた寛治の言葉に店員は目をまるくする。
 まさか――
「今日はございますよ」
 すぐさまにっこりと。ちょっとしたいたずら心だ。

「飲み物は……私はお酒はまだ飲めないからオレンジジュースで!」
「私もオレンジジュースで!」
「えっと、うちもオレンジジュースでお願いするのです」
 サクラとスティアの言葉にソフィリアも続ける。
「私はお茶、で」
「私もお茶で」
 リースリットに続いて。お酒が飲めないのは少々残念だが、アイリスもお茶をオーダーする。

 それから食べ物は。
「若い皆さんは、折角の機会ですし遠慮は無用ですよ。会計は私の方で調整しますから」
 寛治はさらりと。
「ただし、早食いは駄目ですよ。味わって食べるように」
 軽い注文を加えて心を軽くする大人の技。それから先んじてふぐコースを注文する。
 レディファーストという言葉もあるが。レディはともかく相手を立てるにあたって、先にやらせるだけが能ではない。
 先んじたオーダーは、他の面々の頼みにくさを低減する。ファーストとは中々奥深いもの。こうやって遊楽伯のアトリエを増やしてきたのか、この眼鏡!
「私もふぐコースだね~」
 続けてアイリス。
「コース、色々あるんですね」
 リースリットが小首を傾げる。この『特異運命座標』は、宣伝も兼ねた観光向けのコースなのであろうか。
 そしてこの店の名は、たしか『わかもと』。ならば店名と同じものにしよう。
 お食事――慣れない使い方だが、コース最後の料理をそう呼ぶのか。小天丼に天茶、天ばら?
「崩してご飯に混ぜたものですね」
「えっと――なるほど。なら、天茶」
 まず自分の注文は決まった。旬の食材――見慣れた野菜の類いはともかく、海の物は幻想南部でもなければ余り縁もない。
 さて。他の皆は、どうするのであろうか。
「ふぐコースを」
「私もふぐコース!」
 サクラに続いてスティア。こういう時は一番高いものを食べるに限るよね。なんて。
「折角だし」と誠吾も続く。元の世界でもこんな高い料理に縁はなかったが、ローレットとは恐ろしい。
「なら、うちもふぐこーすを頼むのです」


 すぐにやってきたのはお酒と先付けだ。
「乾杯」
「かんぱーい」
 淡いグリーンに澄んだグラス。口に含めば奥深く控えめな華やぎ――窈窕。
「あ、これ氷に色がついてる?」
「オレンジジュースで氷を作りました」
 スティアの言葉にはにかんで応じる店主。
「凄い贅沢な感じがする! とても素敵だね!」
「なるほど――」
 リースリットにはお造りにぷるぷるのごま豆腐。それから大根のそぼろがけか。
 このブリとマグロのお刺身はカルパッチョのようなものか。南部でなければ遊楽伯ぐらいのものだろう。
 ほんの少しのわさびと醤油をそえて。口の中で甘くとろける冷たい一品。

「ちなみにふぐって何だろ……?」
 サクラの素朴な疑問。旬は今らしいのだが。これがふぐなのか。
 目の前に並んだ三品、河豚の煮凝り、湯引き、そして真子の塩漬けからは想像も出来ない。
「ふぐってアレですよね、全身に猛毒と毒針を持ち、つつけば爆散、食せば即死……」
 シズカの言葉にサクラが怪訝な視線を送る。
「え? フグって毒あるの? 食べれるの?」
「食べられますよ。爆散は、しませんが」
「……あれ、違いました? 『海洋』で見たのはそんな感じの……」
 寛治が言うには毒の部分を丁寧かつ安全に取り除く技術に、免許もあるらしい。
「……肝臓を始めとした一部内蔵にのみ毒を蓄積し、針もなく、膨れるが爆発はしない……」
「ふむふむ、これは今後の研究対象にしませんと……!」
 興味深そうにシズカ。
「そうと決まれば、第一歩は実食ですね! 実はさっきからもう楽しみで!」
 まずは茶色のものを一欠片。
「なるほど、これは確かにお酒に合いそうな……え? あ、いえ、あははは……」
 クセのある濃厚な味わいは『シズカの隠し事』を後悔させたり――お酒は今度こっそりにしよう。

「これは?」
「卵巣ですね」
「さっき毒があるって言いませんでした!?」
 どうやら粕漬けにすることで毒が消えるらしい。理由は不明だとか。
「なんで食べようと思ったの……?」
 ぽつりとサクラの言葉。ほんとにな!

 とは言えまずはおそるおそる一口。
「おいしい!」
 ついついサクラ。濁りのない美しいゼラチン質の煮こごりは、さながらオードブルのような味わいだ。
 アイリスは湯引きをその手にそっと頂いて。
 こちらの紐状のものは、果たしてどんな味わいなのか。
「おいしい~」
 こりこりとした食感が面白い。噛めば優しい旨味がじわりとひろがって。
「頼んでおいた例のもの……できますか?」
「すぐにお持ちしますよ」
「お願いします」
 寛治の手には一杯の湯飲みが現れる。
「それは?」
「白子酒ですね」
「酒かー」と誠吾。飲めるようになったら軽いものから慣れていきたい所。あと三年の辛抱だ。
 寛治が頼んだのはふぐの白子を裏ごしし、熱燗に混ぜた一杯。
 滋味深い味わいは酒でありながらも上等な吸い物のようで、先付けとの組み合わせは言うまでもない。

 お次は羽ばたく鳥を思わせる一皿。彫刻のように美しい鉄刺だ。
「綺麗なのです!」
「……すごいな」
 ソフィリアと誠吾が顔を見合わせた。
 舌を刺さぬ絶妙な温度管理。力強い歯ごたえと濃厚な旨味。ふぐと言えば定番中の定番であろう。

 それからこの煮物のような一皿は。
「天ぷら~♪ 天ぷら~♪」
 お高いお店のようだしと、淑女らしくお淑やかを志すスティア。
 圧倒的なカリスマと儚き花で、黙っていればどうみても可憐な令嬢――なのは、確かにその通りである。
「これは骨蒸しらしいよ、スティアちゃん」
「ががーん」
 ともあれ一口。あえて出汁は主張させず、きりりとした味付けだ。故に全面にふぐ、後面にもふぐ。
 けれど前菜からこんなに美味しいのであれば。
「どんなのが出てくるか楽しみ~」

「お次はてんぷらです」
 さて。本命の登場――の前に。


 最初に並んだのは――

「お好みでお塩をお使い下さい」
 なるほど。これが天ぷらというものか。
 旅人から聞いてはいたが、なかなかこれといった再現は出来なかったシズカ。
 お箸でつまんで。他で食べても今ひとつしっくりこなくて、果たして『本物』はどんな味なのか。

「これは海老の頭かな?」
 話には聞いたことがあったサクラであるが、食べるのは初めてだ。
「お、美味しいーーー!!」
 なにこれ、すっごい……食べたことのない味わいだ。
 これは今度お祖父様やお兄ちゃん達を連れてこないと……
 海老の頭はぱりっとスナック菓子にも似た食感で、海老とごま油の香ばしい味わいが口いっぱいに広がる。
 ああ、これは。最初からこんな所で食べたら天ぷらの敷居が高くなりそうではあるが。
 いいや! 今は楽しむ事だけ考えちゃお!

「才巻き海老です。お塩か、お好みでレモンがおすすめです」
「てんぷら、天ぷら……わぁ」
 幾ばくか緊張した声音でリースリットが感嘆した。
 どういうものかと思ったが、なるほどフリッターに似ている。
 衣はごくごく薄い。お塩をほんの少しだけつけて。
 小さく、まっすぐな海老の身を尻尾ごと一口で。
 レアだ。塩はふわふわと感じられ、おどろくほど丸い味わいである。
 中まで熱々だが舌を火傷しない程度の加減。ぷりっと瑞々しい身から甘みと旨味がじゅわっと溢れて。
「これは……なかなか……すごいです」
 綿実油の旨味と共に、飲み込むとこぼれるのは、ごまの香り。
 フレッシュな風味が先に、香ばしさは後からやってくる。あくまで主役は素材ということだ。
 ならば次はレモンを試そうか。

 お次の品はレンコン。
「おすすめの食べ方は?」
 折角なので誠吾は寛治に尋ねてみる。
「お塩ですが、大根おろしやおつゆもおいしいですよ」
「誠吾さん! 誠吾さん! おいしい!」
「これは……たしかにな」
 香ばしくあげられたレンコンは、さくりとした歯ごたえとの奥からやってくる香りと旨味がたまらない。

「こちらホタテ、中はレアに軽く揚げてあります」
 こちらもお塩で。まずはアイリスが一口。
 半分に切られたホタテは、中のほうがうっすら桃色がかっている。中心部に触れれば暖かだが、おそらく生に近い。
 熱を通した貝柱の繊維感と歯ごたえに、とろりとした中央の甘みが渾然一体となり、これはまさに『手がとまらない』。

「これは……」
 リースリットの前には、さながらファルカウを断ち割ったようなブロッコリーの姿。
「香ばしさを出すために強めに揚げてあります」
 なるほど。ほくりとフレッシュな香りと、お焦げが見える森の部分(?)の香ばしさが絶妙なハーモニーを奏でてくれる。
「それからこちらはゆりねと。こちらにはアナゴの骨ですね」
 リースリットの前にだけ並んだものに、彼女は首をかしげて一口。くるりとゆるく結んだ骨はぽりっと、香ばしい一口が箸休めにぴったりだ。
 しゃきしゃきとした歯ごたえに定評があるゆりねだが、スライスして広げることで、かき揚げのように見える。
「おいしい!」
 ソフィリアが口に運べば、さくっと香ばしい風味が広がった。

「こちら牡蠣です。レモンを少し付けて頂くとおいしいですよ」
 次々に提供される天ぷらは徐々に味の濃いものへと移ろっている。
 シズカはおおぶりの牡蠣を一口。
「こ、これは…何でしょう……素材が……活きて、いる……!」
 あつあつぷるぷるの牡から、濃厚な旨味と爽やかな海の香りが口いっぱに広がって。
 一言では言い表せない、だが敢えて言うならば。
「……美味しい……!」
 その愛らしい瞳をめいっぱい輝かせて。

 お次は――
「んー、美味しいね。あ、ところでサクラちゃん……」
「ん?」
 サクラが振り返った時には、もう遅かった。ほくほくのかぼちゃは既にスティアの手のうちに。
「スティアちゃん、二度目はないからね?」
 優しい声音。ああでも、たぶんめっちゃ怒ってらっしゃる。
「えへへ、ごめん、ごめん。ちょっと悪戯したくなったの!」
 可愛らしく微笑む『儚き花(スティア)』。
 ええもう。あくまで上品に強奪したのだけれど!


「白子の天ぷらです」
 ぽっと火をともしたヒレ酒と共に。
 寛治は一口。
 蒸すように火を通された一品は、中も蕩けて熱々だ。
 口いっぱいに広がる濃厚な旨味に、ついつい燗を進めて。ほっと溜息が出てしまう。

「なるほど……」
 リースリットが頂くイカには大葉がまかれて。鮮烈な香りとイカの旨味が、ごまの香りと調和している。
 お次のほろ苦いふきのとうは、春先の優しい味わいで。

 そろそろ最後の皿。リースリットにはアナゴ、他の面々には身の天ぷらとなった。
「……! 誠吾さん! サクサクでふわふわで、美味しいのです!」
 鉄刺とは表情を変えて。揚げているのに油っこさはまるで感じず、いくらでも食べられそうで――
「こ、怖いのです……!」
 些かばかり。

「この後お食事となりますが、おこのみのご注文はございますか?」
 これで用意された資金は尽きたと悟るソフィリアだが。
 もう少し楽しみたいシズカは、おすすめを尋ねる。
 ふふと微笑み、アイリスも同じ物を追加で頂く。
 仲間が残せば頂くつもりもあったが、大丈夫そうだ。

「牛フィレと、うに磯辺巻きと、やまといも磯辺巻きは食べたいな~」
 ここまで来たら食べられるだけ食べちゃおうとスティア。

 ここまで来れば後は――
「一合取れない残りがあったら、持ってきちゃってください。空けますので」
 寛治の裏技。常連のたしなみである。

「牛フィレです」
 レアに揚げられた牛フィレは、さながら上質なステーキのように。
 まずはスティアが塩で一口。和牛の旨味と味わいが口いっぱいに広がって、目がきらきらと輝く
 誠吾はお次にわさび醤油で。
 濃厚な旨味と共に、故郷の懐かしさも感じて――
 かき揚げは、小柱の香ばしい旨味がぎゅっと詰まって。
 しっかりとした歯ごたえはボリュームも感じさせてくれる。男の子にはおすすめの一品。

「うに」
 リースリットがつまむこちらも海苔につつまれた一品。磯の香りと甘みの中から、濃厚な旨味が口いっぱいにひろがって。
「うにってなんか響きがかわいいですね」
 うに。
「ふわふわだね、サクラちゃん!」
 サクラは白子にあまだい、はまぐり。しらうお。わかさぎ――
 さくさくとしたワカサギを一匹ずつまるごと頂く。やはり塩と、レモンもいい。
「おいしいね!」
 やまといもの磯辺巻きは、ふわふわの山芋が海苔につつまれた一品だ。味わいの層がたまらない。
 椎茸のえびしんじょは、じゅわっとしたどんこの旨味の中に、ぷりぷりの海老が詰まっていて。これは絶妙だ。
「鱗がついている?」
「お召し上がりいただけますよ」
 シズカがつまんだ甘鯛の皮には、逆立った鱗がぱりぱりと。肉厚の身と相まって歯ごたえと旨味の相性が最高だ。

 冬とくればフグの他には――カワハギだ。
 カワハギと言えば肝。寛治は白身に肝の天ぷらと合わせて頂く。
 右から三杯。十四歳、高千穂59、新治六番。
 それから皮付の里芋、土の香とねっとりとした風味。山菜の天ぷらの苦みも和酒に良く合う。

「コースの〆に、スティアはもう一度才巻きを頂いて」
「お食事になります」
 さらりとした天茶でそろそろおしまいだ。
「……天茶……折角サクサクなのに勿体なく無いのです?」
 そんな風に思っていたこともあったソフィリア。
 さくさくはそのままに、出汁をたっぷり吸ったふぐがご飯と良く合うこと。

 デザートはコーヒーシャーベットでほっとひと息。

 さて。おそろしいのはお会計。
「スティアちゃん、ちょっとゲームしない?」
「仕方ないなぁ。覚悟は完了してるんだよね。サクラちゃん?」
「そうそう。じゃんけんで勝負して負けた方がここの代金をおごるの! どう?」
「さあいくよ! じゃーんけーん!」

 乙女の戦いは――

「すみません、領収書下さい」
 寛治が経費につけたのでありました。

 代償は――果たして?

成否

成功

MVP

新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ

状態異常

なし

あとがき

依頼おつかれさまでした?

MVPは大人の貫禄へ。
代償は大きいかもしれませんが、重傷にはならずに済んだようです。

またのご参加をお待ちしております。
蕎麦でも寿司でも焼き肉でも焼き鳥でも浜焼きでもいいんだぜ。pipiでした。

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