PandoraPartyProject

シナリオ詳細

神託に烟る

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ごうん、ごうんと唸る声が聞こえた。ごうん、ごうんと。
 近づいては遠ざかる。それは獣の鼓動の様に規則正しく、そして、腹を空かせるかの様に只、苛立ちを感じさせて。
 街は飲まれていく。それがどの様な状況であるか、明確なヴィジョンは見られなかった。
 ごうん、ごうんと。
 その音に『彼』が飲まれていく。共に在りたいと願った彼が。
 まだ、口にして居ないのだ。好きです、と
 勇気が持てないのに。まだ、なのに。言えば、もう隣に居られないのでは、と、心がどうしても苛まれるから――意気地なし。
 私が意気地なしの内にあの人は死ぬんだわ。
 ごうん、ごうんと。その大口開けた何かに飲まれて。
 焔に巻かれるようにその身体を赤く染め上げて。
 死ぬんだわ。……私が、不幸を運ぶから。

 ――いやだわ。魔女と呼ばれてもよかったの。たくさんの事を諦めたの。

 ――だから、ねえ。

 ――かみさま、

 ――どうか、助けて。


 肺の奥深くまでに入り込む排煙に混ざり込んだ油の香りが脳を晦ませる。まるで雨でも降りだしそうなほどに煙る空より落ちてくるのは廃油だと言ったのは誰であったか。
 廃材を重ね合わせ、鉄くずの上に作り上げられた子供の下手な秘密基地は次から次へと『上』より降ってくる我楽多に埋もれ続ける。
 命ある物は取捨選択を繰り返すというが、この場所は間違えなく屑の寄せ集めだとでも云うのだろうか。豪奢なる衣服に身を包み闘技場観戦を楽しむ道楽がある一方で、廃材の街は泥を啜り、地を這う様に動く『屑』の群れで出来ていた。
 子供とは夢を抱いてこそだと口にした学者や思想家が居たそうだ。
 クソ喰らえ、そんな夢だか理想だか腹の足しにもならないものを抱いていたって生き残れる保証さえないのだ。
 それがここ、鉄帝の『掃きだめ』――スラムだ。今日も、命を繋ぐ為に白い手を汚しながら人々は歩いていた。

 オートマチックを手にしながら葡萄パンを齧った赤いキャスケットの少女は深くため息を吐く。この場所に『母』が居るとは到底考えられなかった。
 母を探し歩む彼女の名をイル・フューネラルという。
 一見すれば幻想種の様に尖った耳を持った彼女はれっきとした鉄騎種であり、首都スチールグラードにこうしたスラムがある事は幼い頃から耳にしていたが……まさか、訪れる事があるなど想像もしていなかった。
(……まあ、ローレット側からスラムで魔種の目撃情報があったかもって聞けたのはよかったの)
 イルは幻想国に拠点を置くローレットの情報屋に『とある魔種』の目撃情報がないかという確認に訪れると同時に、一つの期待をしていたのだ。
 それは、自身と同じ長耳の鉄騎種――父は違うが彼女の姉が特異運命座標として戦っていると云う情報だ。魔種の討伐には危険を伴う以上、手は大いに越したことはないと考えていたイルにとって『魔種殺しの英雄』と名高いローレットに姉が属していたのは好機だった、筈だったのだ。
 首を振る。この際、姉が魔種との戦闘経験がある無しはどうでも良いのだ。兎にも角にも探している目的の魔種がスラムに一度は姿を現した可能性さえ得られたならばそれでよかった。
 スラムで母が見つからなくとも、スラムの情報をローレットに齎すという協力体制での行動はある意味で自身の安全の保証とも考えられた。
 だからこそ、こうして泥に濡れた下層にまで足を運べたとも言うのだが……。
 
「……お母さん」
 彼女は、魔種を探していた。己の母である、アシュタルテ・フューネラルを。
 魔種を憎みながら、魔種となった母を。
 人を殺める事を空腹の様に感じる魔種が残した狂気に充てられた母を殺す事こそがイル・フューネラルに科された『母からの卒業試験』なのだ。
 ……殺さなくてはならない。
 手にした銃を確りと握り占めた少女の背に「貴方」と呼ぶ声があった。
 赤い瞳に銀の髪のどこか冷たささえも感じさせる一人の少女である。振り返ったイルの目には彼女はスラム近くに立つ『クラースナヤ・ズヴェズダー』の運営する孤児院の子供にも見えた。
「どうかしたの?」
「……いいえ。何もないの。知り合いかと思っただけだから」
 はっとしたような顔をして顔を逸らした少女にイルは首を傾ぐ。蒼褪めた彼女の周囲を取り囲む様にしてスラムの住民たちは囁くように「魔女だ」と噂した。

 ――ほら、教会の魔女だ。不幸の神託ばかり口にして、聖女様や司教様を困らせてるあいつだ。
 ――毎日毎日教会でお祈りだ何だって言って、塵に不幸を撒き散らすだけじゃないかね!

 ……彼女が魔女だとでもいうのだろうか。イルは彼女に歩み寄り、「不幸の神託って?」と問い掛けた。そうした文言は魔種に近いかもしれないからだ。
「私、未来が見えるわ。神託として聞こえるの。……不幸ばかりだけれど。
 私が不幸を運んできた事になるかもしれないけど、良いわ。教えてあげる。……貴女、死ぬわ。もうすぐ。短剣に胸を貫かれて」
 囁き声でそう言った『不幸の魔女』にイルは唇を震わせた。短剣、それは探し求める母・アシュタルテの戦闘スタイルと同じだ。
 詳しく聞かせて欲しい、と『不幸の魔女』の手首を掴んだ時、明後日より聞こえたのは爆発音であった。


 赤に染まる髪は只、美しい。黒いドレスに身を包んだ女は機械の体でありながら、特徴的な長い耳をしていた。
「ふふ―――」
 唇から漏れた微笑は狂気に他ならない。
 アシュタルテ・フューネラルは、魔種であった。命を無残に食い散らかす狂気に充てられながらも『魔種への強い殺意』で動くだけの女。
 不俱戴天の仇である魔種全てを滅するというなれば確かに彼女も倒すべき存在だ。
 だが、その彼女が向き合っていたのは、また別の魔種であった。
 スラムに住む人々を無残に殺し、その胸に湧き立つ欲求を鎮めんとする『下種』に向け、アシュタルテはゆっくりと言葉を重ねる。

「不法投棄物が来るにはお似合いの場所ですね。申し訳ないのですが……死んで頂いてもよろしいですか?」

 魔種はけらけらと、笑った。殺す事になんの罪悪も感じぬその男はラド・バウで戦い続けた慣れの果てであった。
 勝つこともできず、負けを受け入れる事も出来ぬ儘、憤怒に飲まれたその男は短剣を握り近くに居た住民の胸を抉った。
「俺が不法投棄物だァ? 此処にいる塵よかよっぽど上等じゃァねぇか!
 こいつらに生きてる価値があるかァ? ハッ、さっさとくたばれよクソ野郎ども!」

 魔種と魔種。その戦いに対面したキャスケットの少女と『不幸の魔女』は濃い血の匂いに目を瞠ったのだった。
 そして、その情報はローレットへも届く。魔種同士が戦っている。
 譬え、どんな命であれど救うべき命である事には違いないのだ、と。だからどうか、スラムの住民たちを救って欲しい。

 ――此の儘では、この一帯は赤く炎に濡れ、皆死んでしまう、と。孤児である少女が不安げに告げているという情報と共に。

GMコメント

 夏あかねです。

●成功条件
 ・『不幸の魔女』及びイル・フューネラルの生存
 ・魔種『ヴィアド・ヴィンド』の撃破

●スラム
 鉄帝国の首都スチールグラードの周囲に或るスラム街。その街中で魔種が二人戦っています。
 一方は『邪魔立てする魔種とスラムの住民を殺す』ことを目的に、もう一方は『魔種を殺す』ことを目的にしています。
 ローレットの協力者たるイル・フューネラルと一般人の少女ラウラがこの戦いに巻き込まれています。
 (現状ではイル・フューネラルがラウラを庇いながら戦場での安全の確保を図っています)

●敵:魔種『ヴィアド・ヴィンド』
 ラド・バウの元闘士。中々勝利を得られない事で苛立ちを感じており弱者を虐げていた為に闘士としての立場を追われました。
 嫌いなものは弱い者。生きてる価値もない。屑。
 憤怒に駆られ、ザコはしょせんザコなので殺してやるのが救いだと考えています。また、ストレス発散が人殺しであるようです。
 短剣を手にした戦闘スタイルでアタッカータイプ。前のめりです。
 苛立ちを感じているのかアシュタルテ及び周辺のスラム住民を狙います。

●敵?:魔種『アシュタルテ・フューネラル』
 元暗殺者であり、夫を魔種に殺された事でその狂気に充てられ引き摺られた魔種の女。
 短剣とオートマチックで戦う物理・神秘の両面アタッカーです。魔種に強い苛立ちと殺意を感じイレギュラーズには敬意を払います。
 自我はあるものの魔種である為に『魔種と戦っていると周囲が見えなくなります』。それが魔種としての狂気の形です。
 周囲を巻き込みスラムの住民を殺したとしても、相手が魔種である場合は止まることができません。

●協力者:暗殺者『イル・フューネラル』
 アシュタルテの娘であり、暗殺者。長耳が特徴的な鉄騎種です。アシュタルテを殺す事が暗殺者としての卒業試験であり、母を追っています。
 戦闘能力はそれほど高くなく、ヴィアドとアシュタルテの戦いに介入した場合、彼女は放っておけば死んでしまいます(ラウラの神託で見た未来のひとつです)
 ローレットの協力者として今回はスラムへと足を運びました。

●保護対象:不幸の魔女『ラウラ』
 クラースナヤ・ズヴェズダーの運営する孤児院の少女。ギフト『不幸の神託』により、不幸な未来を神託として聞いてしまう為孤独であり、同時に彼女自身が不幸を振りまいたと感じるところもあります。
 イルに対する不幸の神託を見た事で、イルの生存を願っています。同時に、彼女自身は今回の戦いに巻き込まれた一般人である為に救出対象です。
 普通の一般人に見える為、ヴィアドの攻撃対象にもなり得ます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。

  • 神託に烟るLv:10以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年12月22日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)
無敵鉄板暴牛
メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)
メイドロボ騎士
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
オリーブ・ローレル(p3p004352)
鋼鉄の冒険者
グレン・ロジャース(p3p005709)
理想の求心者
エル・ウッドランド(p3p006713)
閃きの料理人
レイリー=シュタイン(p3p007270)
ヴァイス☆ドラッヘ

リプレイ


 乱雑と積み上げられた人々の営みを崩すように男の拳が叩きつけられた。過去の栄光と経験は飲み干せぬほどの熱さで男の喉を焦がし続けている。勝利と呼ばれたそれを選れぬ自身に苛立つかのように腹いせのようにスラムに住まう男の髪を掴んだヴィアド・ヴィンドにアシュタルテ・フューネラルは明確な敵意を示していた。
「救いがたい屑ですね。ああ……世界に不法投棄されれば人命の尊さすら忘れますか」
 美しいドレスの女のその言葉にヴァイドが逆行したように声を荒げる。男の体を引き掴み其の侭、小屋へと投げ付ける。その身を滑り込ませて、『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)は渋い顔を見せた。
「ッ――大丈夫ですか!」
 戦場へと走り込んだ『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)はイル・フューネラルとラウラの姿を確認する。身を寄せ合い、アシュタルテとヴァイドの戦闘には巻き込まれない様にと息を潜めたラウラにイルは唇を噛み締める。
「有難う。無事に間に合ったよ」とポテトが囁いたのは精霊。精霊たちはそれを喜ぶように姿を消していく。
 スラム街の中だ。避難をしてくれとそのカリスマ性を発揮した『背を護りたい者』レイリ―=シュタイン(p3p007270)が住民たちへと声をかけ続ける。今はヴァイドもアシュタルテに夢中だ。彼女の性質がそうさせている事を生かしての周辺避難対応を行う特異運命座標に魔種の男は「ああ?」と小さく唸った。
「おい。クソ女ァ……何か来やがったぜ?」
「そうですか。イレギュラーズ様達の来訪を喜び死に向かうだなんて殊勝な心がけですね」
 アシュタルテにヴァイドが苛立つように距離を詰めた。その進行路に居た女を払いのけようとしたヴァイドの腕を受け止めたのは『不沈要塞』グレン・ロジャース(p3p005709)。助けての声が響けば、それを受け止めぬ訳には行かぬと言うようにしっかりとその拳を受け止める。
「テメェらも邪魔だてするってかァ!?」
「魔種である以上、不倶戴天の敵であることには代わりがありませんから」
 避難誘導を行う仲間たちから出来うる限り魔種の興味を逸らす為に『特異運命座標』オリーブ・ローレル(p3p004352)はヴァイドへとその拳を突き立てる。保護するべきイルとラウラに仲間の手が届くのを見届けられないうちは油断はしないとオリーブは魔種たちの間で息を潜めるように走る。
「救いを求める人々に刃を向けるなど、決して許せる行いではありませんわ! 絶対に助け出しましょう!」
 ひた走り、『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は目を見開いた。ローレットの協力者がいるとは聞いていたが――「ラウラ!?」
 ヴァレーリヤの声にラウラが顔を上げる。「司祭様」と震える声音は絶望の気配を醸す。
「ラウラ、大丈夫!? 怪我はありませんこと!? でもどうしてこんなところに……」
「『また』」
「……そう、また『視て』しまいましたのね」
 それ以上は聞かなかった。戦闘能力のないラウラを庇うように立っていたイルに礼を述べるヴァレーリヤ。ほっとしたような顔を見せたイルのその長耳は彼女の眼前に立ったアシュタルテと同じであった。
(私と同じ……特徴的な長い耳がある魔種と協力者……? 私の親戚か何かかも……)
『イカダ漂流チート第二の刺客』エル・ウッドランド(p3p006713)はその様子を確認した。特徴的な耳を持った『協力者』がアシュタルテを歯噛みしながら見つめている様子に聊か違和感を感じてならぬとでも言うようにエルは目を凝らす。しかし、そうしている場合でもないかとすぐさまに『メイドロボ騎士』メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)の元へと向かった。
「ファミリアーでの偵察の結果だけど、避難もそれなりに時間が掛かりそう。最近は地上げ屋だとか誘拐だとか不吉なことも多かったみたいだから信頼してもらうのも骨が折れるね」
 善性の行動であれど虐げられることに慣れてしまったスラムの人々にか声をかけて信頼を得るしかないのだとメートヒェンは避難誘導で掛かる時間を想定して声を張り上げる。
「君の事は知っているよ、ちょっと勝てなかったくらいで腐って……。
 しかも呼び声に負けた軟弱者の鉄帝人モドキの闘士だったね? 弱者に生きる価値がないなら、まず自分を殺すべきなんじゃないかな」
 煽ること、見下すこと、馬鹿にすること、口先ひとつで人の意識を雁字搦めにするはメイドの必須器用。メートヒェンのその声に直情的な男は何だとと低く唸った。


 空飛ぶ小鳥を視線で追いかけて、リュカシスは周囲一帯に声を響き渡させる。
「イレギュラーズです。ただいま魔種との戦闘が発生しています。
 最悪の場合死にますので、速やかに避難をしてください!」
 喧騒の中、自身らの立場を明確にせんとイレギュラーズであるという事をはっきりと宣言したリュカシスは子供や老人、けが人の体に気を使い馬車へと運ぶ。
 ラウラを庇うように物陰からの撤退を行うヴァレーリヤは『不幸の魔女』と呼ばれる彼女が救いの手を差し伸べれば、これから生きていくうちで悲観的にならなくて済むのではないかとも考えた。
「やっぱり『魔女』のせいでこんなーー!」
「いいえ、いいえ、ラウラは貴方方を救おうとしたのです。危険を顧みず、前線に近い位置から貴方方の心身を護るが為……!」
 クラースナヤ・ズヴェズダーの司祭はそう叫んだ。保護するためにと自らの体を張るイレギュラーズを見れば『ゴミ溜め』を本気で救わんとしている事を感じてくれるものもいるのだろうか。
 おずおずと馬車へと乗り込む住民たちを護るがためにグレンは守護の剣を握り締める。
「ラウラ! 魔女と蔑まれようと、信じられずとも、誰かの不幸を変えようとしたんだ。
 不幸を変える意志ある者に、変える力ある俺達が揃ったわけだ。俺が護る後ろには、破片一つ通さねえぜ!」
 流れ弾のように飛び交う攻撃より助けるがために、その体を張り続ける。カリスマ性を発揮するレイリーが一押しと住民たちへの被害を全て防ぐと手を伸ばすそれを、住民たちはしっかりととった。
(――ラウラ殿の悲しみが増えない様に。無力な犠牲者を誰も出さない様に)
 手の届く範囲を、見逃すことなんてしたくないのだと。特異運命座標たちが非難を続ける中、ヴィアドの視線を釘付けにするメートヒェンは流石は魔種かと耐え続ける。
 共闘相手となるアシュタルテは魔種である以上、宛にすることは出来なかった。戦線を維持するために支えるポテトも渋い表情を覗かせる。
「大丈夫だ、レイリー、みんな。避難は任せる……その間ここは持たせて見せる!
 ヴァレーリヤも、皆の避難とラウラの説得が出来たら急ぎ戻って来てくれ」
 ポテトのその言葉にヴァレーリヤは頷いた。この戦況を維持し、好転させるためにとポテトは耐え忍ぶ。それこそが彼女自身の頑張りであり――支える自信はないと言う不安であった。
(一人でみんなを癒して支えることが出来るかは分からない……けれど、ここで迷っていられないんだ!)
 戦況を眺めているイルの傍らに立って、エルはちら、と彼女を伺った。アシュタルテの同行を確認する彼女はローレットに魔種を探していると告げていた――それがヴィアドのことではなく、アシュタルテのことであると感じたのはエルにとっての何と無くの勘だ。
(女性の魔種と、それに、協力者のイルさんは私と同じ……特徴的な長耳をしている……!
 もしも……その協力者が私の……ううん、何でもないです。死力を尽くしてでも守らないと、私は何か……何かを失うかもしれないから!)
 イルを護らねばならないとエルは硬く決意を見せる。馬車を護るように立っていたグレンの視線がイルとエルへと向けられる。それが、自身らを庇うためである事を知っているからこそエルの心には申し訳なさと、心強さが存在した。
「テメェらイレギュラーズにゃ関係ねぇだろ! それにクソ女(アマ)ァ! 俺様を愚弄しやがって! 許さねぇ許さねぇ! テメェらここで死ね、さっさとくたばれ!」
 怒鳴りつけるヴィアドの怒りがメートヒェンの体をぐん、と焼いた。痛みに思わず息が詰まるが、そこでメイドは止まらない。くぐもる声を漏らしたオリーブは淡々と感情を封印しながら、自身とは対照的なほどに劣化の如き感情を燃やした男を見遣った。
(もしも、標的になったら生き残れないでしょう――しかし、アシュタルテは『魔種』を恨む『魔種』……それは利用できます)
 だからこそ、アシュタルテに自身らがイレギュラーズであることを大々的に告げたリュカシスのあの声はアシュタルテが自身らに見向きもせず信頼を見せた事に繋がったのだとオリーブはしっかりと悟っていた。


 小鳥を伴うリュカシスは避難誘導が完了したのだと声を上げた。レイリーが馬車を伴い戦線を離脱したそれに同行することを拒絶した『不幸の魔女』は安全圏より特異運命座標の戦いを見ていたいと言った。
 ヴァレーリヤは幸せになってほしいとラウラに願う。彼女は柔らかにヴァレーリヤに言ったのだ。

 ――司祭様、私がここに残って皆さんが勝てば私の『呪い』なんて結局はちっぽけな噂だって知らしめることが出来るでしょう――

 そんなことを言われれば、負けるわけには行かないのだとどっせいと声を発する。
「魔種ヴィアド。もしや、ご自身が弱いから苛立っていらっしゃる? それなら頭を落とせば治まりましょう」
 メートヒェンと立ち代るようにして、リュカシスが手招いた。その目で映したヴィアドはアシュタルテの魔弾でかなりのダメージを得ていることを察する。
「お待たせしました! 此処からは全員(フルコース)です」
 ポテトにそう告げるリュカシスに、ポテトはほっと安心したように頷いた。体を張ってヴィアドを受け止め続けたメートヒェンもほっと胸を撫で下ろす。
「ねえ、この戦いが終わったら……聞きたいことがある。いいかな?」
 エルの言葉にイルは瞬き、どこか悲しげな目をした。伏せたその視線の意味は分からない。明確な拒絶がそこには歩きがして、エルは息を呑む。
 絶対に負けやしないとその鋼の体を突き動かした。なまくらではないと証明するように少年の細い体はしっかりとヴィアドを受け止める。
 その拳の重みに僅かに唸り、顔を上げたそこへとエルとオリーブが攻撃放つ。以前として怨嗟を込めた攻撃を距離問わず繰り出し続けるアシュタルテとヴィアドは対等に渡り歩くか――それとも魔に染まりきらぬ彼女はまだヴィアドを一人で受け止め倒すには力不足であったか。
(アシュタルテ……この戦線に介入するのを少し遅らせ、彼女が弱っている所を討てば彼女だって倒せる。
 けど、今回はヴィアドを優先したいんだ。利用してすまない、それから――世界に傷を残すかもしれないけれど、護るために覚悟を決めなければいけない)
 それは存在するだけで破滅を与えるものだった。だからこそ、ポテトは世界に傷跡を残す可能性を知りながらもアシュタルテとの共闘を選ぶ。
 特異運命座標に、アシュタルテ、そして、イル。確かにアシュタルテとの共闘戦線があったからこそ戦線の維持はある程度できていた。メートヒェンの可能性を燃やし、リュカシスの体力を削るそれを見てポテトはアシュタルテが『狂う』時がもう少し先であれと幾度も願う。
「弱い連中を見てると、鏡を見てるようでイラつくってか? 力じゃなく心が弱ぇのさ、手前みたいのはな」
 少しでも負担を減らせればとグレンはそう考えた。メートヒェンを癒すポテトに続き、サポートに回ったヴァレーリヤは物陰よりこちらを伺うラウラにどうか誰も気づかぬようにと願った。
 ――不幸だなんて言葉を二度と使わせない。
 そう、祈ったのは間違いではないはずだとヴァレーリヤは目を伏せる。
 アシュタルテの様子を伺いながら、戦線へと復帰したレイリーは彼女が特異運命座標に向ける感情が敬意とはまた別のものに変貌しつつあるのを感じた。魔種である彼女を突き動かすのが同じ魔種への怨恨であり、正義のヒーローではないのだ。放置しておけば敵になることなど疑わずとも明らかである。
「貴女にも大事な想いがあったはず、それを、思い出してくれ!」
 叫び、留めるようにアシュタルテに乞う。レイリーはグレンとリュカシスがヴィアドの意識を絡めとっていることに気づきレイリーもまたヴィアドに宣戦布告した。
 ポテトの癒しとヴァレーリヤの支援を受けながら厚い壁を生かした戦線は攻撃力をアシュタルテへと振っていた。彼女の余裕が減りつつあることに気づき、短期決戦を攻めなくてはいつ彼女が『魔』に囚われるかとレイリーは唇を噛み締める。
 もう少し、あと少しなのだ。可能性を削りながらも特異運命座標は信頼できぬ『共闘相手』と共に魔種へと攻撃を重ねた。
 ポテトは理解している――癒しの手を止めれば誰かが倒れる。魔種に常識など通用せず、アシュタルテの攻撃がこちらを巻き込まないなどの保障もないのだ。現に、彼女の放った魔力の衝撃は前線を巻き込み、癒しを持って支え続けることが必須となっている。
 二人の魔種に板ばさみになりながらも、苦心した。あがくように手を伸ばしてリュカシスは言う。
 こんなところで終わるわけがない、と。
 足に力を込めて、ヴィアドを受け止めた。イルとエルの攻撃を受け止めたヴィアドの向こう側からアシュタルテの赤い瞳が見える。ぞ、と背筋に走った気配にイルが唇を噛んだ。
「……どうかしたの?」
「……あれが『魔種』。わかる?」
 その問い掛けにどういう意味であろうかとエルは瞬いた。イルは――彼女の姉妹は、いつかの日に落胆したその思いを拭うように、期待を込めていった。
「『私たち』はアレを倒さなくっちゃならない」
 どういう意味かとは聞かなかった。庇うようにたったグレンの力が抜け、そこにヴァレーリヤが滑り込む。自身の癒しでは足りぬなら身を盾にしてでもポテトの癒しを乞うと願う。
「ヴァレーリヤ!」
「ええ、ええ、任せましたわよ」
 誰も失わぬ。あと少し、あと少しと急かされる様な思いでリュカシスは飛び込んだ。巨体の作る影がのっぺりと横たわっている。
 ずん、と倒れていく魔種のその巨体を眺めて足から力が抜けたことにリュカシスは気づく。
 気づけば、アシュタルテは頭を抱え唸っており、グレンが警戒したように彼女を眺めていたのだ。


「待って」
 おかあさん、と唇から飛び出したその言葉にエルはぱちりと瞬いた。彼女らの関係性は分からない――けれど、自身と確かに繋がりがあるのは確かだった。だからこそ、あの魔種の女も自身と縁の糸が絡んでいることを確信する。
「イルさん。だめです」
 オリーブの凛としたその声にイルはどうしてと振り返る。特異運命座標の傍に立っていたラウラが青褪めた顔をしていたことに気づきイルは立ち止まる。
「……ラウラが何か『視た』の?」
「いいえ。しかし、私たちの目から見てはっきりと分かることがあります。
 暴走しかけたアシュタルテ。あの魔種に貴女一人では適わない」
 今行くことは悪手であると淡々と告げるオリーブの言葉にイルは唇を噛み締めた。『不幸の魔女』と呼ばれた少女は何かを見る。

 ごうん、ごうん、と音なる何か。幼い子供の泣き叫ぶ声。
 そして――そして、確かに聞いた『助けて』の四文字。
 嗚呼、けれど、それが何であるのかはラウラという少女には分からなかった。

成否

成功

MVP

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵

状態異常

リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)[重傷]
無敵鉄板暴牛
メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)[重傷]
メイドロボ騎士
オリーブ・ローレル(p3p004352)[重傷]
鋼鉄の冒険者
グレン・ロジャース(p3p005709)[重傷]
理想の求心者

あとがき

 お疲れ様でしたイレギュラーズ!
 とてもしっかりとした避難誘導を行って頂けたかと思います。
 MVPは癒し手の貴女へ。戦線維持と言う重大な仕事を見事に果たされました。

 これから、様々な事件が起こるかと思いますが……
 それは今後にご期待くださいませ!

PAGETOPPAGEBOTTOM