シナリオ詳細
追放者のリング
オープニング
●
排煙に曇る大気は、僅かばかりの陽光(めぐみ)さえ遮るように――
くず鉄や廃材にまみれた瓦礫の山が、そこにある。
何が溶け出しているとも知れぬ汚れた空気。まるで傷口から滴るように地へ染みる廃油は、時折ギラついた虹色をゆっくりと広げる。
辺りは不慣れで繊細な者ならば、吸い込むだけで気分が悪くなりそうな臭いに満ちていた。
――鉄帝国の帝都スチールグラードは、乱雑な発展を遂げている。
大闘技場では今日も新たなスターが生まれ、掛け金が飛び交う。
闘士達は大金をはたき、豪勢に飲み食いして贅沢な家を買う。
金を使う者が居れば働く者が居る、経済が回る。街が潤う。国が潤う。
機工師達は力と技術の粋を尽くして、無骨ながらも便利な街を創り出している。
時に彼等は戦をしかけて土地や富を得る。
痩せた北の大地に食料をもたらす為に。
力こそ全てという、ある種の絶対的公平は『敗者という存在』と無縁では居られない。
強者が豊かなればこそ、多くの者は豊かでなく弱者は貧しいもの。
そんな敗北者の中の敗北者達が集う一角が、このスラムという訳だ――
そんな煙り山の上にぽつり、ぽつりとした影がある。
よく見ればうごめいている気がしてくる。
しっかりと目を凝らしたのならば、それがようやく人であると理解出来るだろう。
これが鉄帝国が帝都スチールグラードのスラム、その一角の有り様なのであった。
「見ろや! ウジ共がクソにたかってやがる!」
屈強な体躯をひけらかすように、これ見よがしに指を指し哄笑する男が居た。
男が浴びる視線には突き刺すような憎悪と、ほんの微かな羨望とが入り交じっている。
「闘士様……大丈夫なんですかい」
「エーキュウ! 闘士だ、言葉使いにゃ気ィつけろ」
「ハイィッ!」
背後に控える幾人かの兵士を一喝した男は、A級闘士を名乗っている。
詳しくは、その『闘士』に『元』と付く。
ついでに述べるのであれば、ラド・バウのAクラスに――ついでにBクラスにも――在籍していた記録はない。
だから自称に過ぎない訳であるが、異を唱える者は居なかった。
男はこのスラムにおける、地下闘技場のファイターなのである。
宣伝文句には『Aクラスの実力を持つが、他の闘士による卑劣な攻撃を受けラド・バウを追われた』という物語が付いている。
誰もがほらの類いだとは思っているのだが、男は確かに『ここでは』強い。だから何も言わないという訳だ。
さておき――
「ウラァッ!!」
金属がぶつかり合う、けたたましい音が耳を劈く。
蹴り上げた瓦礫、錆びて歪んだ鉄のドアが跳ね飛び、ぽっかりと奥への入り口を見せた。
「オウオウオウ! バァさんよ! そろそろ腹ぁ決めたんか!!」
奥で震えるみすぼらしい老婆に、男は怒声を放った。
「おおおゆるし下さい、闘士様、わたくしめには行く先がないのでございます……」
男は廃屋のような住居にずかずかと踏み込み、老婆の襟首を掴んだ。
「じゃあよう、試合う――か?」
「おおおお許しください、どうか、どうか」
「見ろよ! このババァのツラ! 鉄帝人の風上にもおけねえよなあ!」
兵士達が一斉に笑う。
「おいババァ、期限は明日の晩だ。第三リングに来いや。来ねえなら俺の拳がこのぼろ屋をマッ平らにしてやるまでよ!」
男は腕を組み――
「こんなババァ相手じゃつまんねぇからよ。代理でも仲間でも連れてきやがれ。何十人でもかかってこいや! ガハハハハ!!!」
――勝ち誇るように笑った。
●
「絶対に許せないわ!」
一人の少女が怒りに燃えていた。
頭に大きな軽騎兵軍帽を乗せ、小さな肩を目一杯に怒らせて振り返る。
「はやく、はやく行くのよ!」
イレギュラーズをせかすのはラド・バウD級の花形闘士にして鉄帝国軽騎兵『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナ・エルセヴナ・エフシュコヴァ(p3n000124)である。
髪が膨れるほどの激情を湛えた瞳は――けれどイレギュラーズと目線を合わせた一瞬だけ憧憬に煌めき震えることがある。ままある。とてもよくある。
若干の面映ゆさを感じないでもないが、輝かしい実績を積み上げるイレギュラーズへ憧れる者が多いというのも、これもまたよくある話ではあるのだった。
スチールグラードでは『土地開発』の計画が立ち上がっている。
首都に広がるスラム住民を立ち退かせ、新闘技場をはじめとする様々な施設を建設することで正常化をはかる――軍主導の都市開発計画である。
だが悪徳業者による強引な立ち退きが問題となりはじめていた。
そうした中、この日イレギュラーズは鉄帝国からの依頼を受けたのだ。
依頼主は目の前でぴょこぴょこと行進している軽騎兵エヴァンジェリーナである。
だが国や軍からの仕事であるかと言えば、そうでもない。
要するに『義憤からの私闘』という訳だ。理由は知れぬが少なくとも『そういうことになっている』。
依頼内容は、スラムで地上げを繰り返す地下闘士一党の撃退であった。
敵には鉄帝国の兵士が混じっているらしく、やはり背景が少々複雑であるのだろう、
イレギュラーズは『悪党から試合を申し込まれた老婆の代理人』という立場らしい。
ついでに云えば、エヴァンジェリーナとイレギュラーズはラド・バウの有志として、闘士を語るスラムの悪党をぶん殴るという構図だ。
雑多なスラムでは、月も星も見えやしない。
一行はこの小さな軽騎兵に、さながら袖を引かれるように道を急いだ。
「私達が絶対にこらしめてやるんだから!」
- 追放者のリングLv:10以上完了
- GM名pipi
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年12月23日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
サポートNPC一覧(1人)
リプレイ
●
暗い通路を一行は歩んでいる。
「よろしくね」
「一緒に戦えて光栄だわっ、コゼット!」
小首を傾げた『跳兎』コゼット(p3p002755)に、『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナ・エルセヴナ・エフシュコヴァ(p3n000124)こと、リーヌシュカは満面の笑みで振り返る。
向こう側から漏れ出る青白い光は冷たく、九名のこつこつとした足音が響いている。
「へっ、自称A級闘士サマの抑えか、大役だな」
一つ格好を付けさせてもらうと、軽薄を決め込む『不沈要塞』グレン・ロジャース(p3p005709)が笑った。
一行は帝都スラムの地下闘技場へ参じていた。
目的は決闘の代理であり、相手方とは九対九の勝負らしい。
「うーん、鍛えた力をどう使うかはその人次第ではありますが」
述べた『ラド・バウD級闘士』日車・迅(p3p007500)は不敵に笑う。
「あーあ、都市開発計画とやらが始まってから何か鉄帝でも色々面倒事が出てきたな」
天井を見上げた『付与の魔術師』回言 世界(p3p007315)が知る通り、強引な地上げが問題らしい。
「一連の事件は単なる地上げっていうには何だか裏がありそうだよね」
同意した『リーヌシュカの憧れ』サクラ(p3p005004)は「それが何かまではわからないけど」と続けた。
世界としてはこの案件が国や軍から直接の仕事ではないというのがひっかかる所だが、折角『リーヌシュカ』と共闘できるのだから、楽しませてもらうことにする。
彼女がイレギュラーズでない以上、無理をさせるつもりもないのだが――
ともあれ――迅は腕を鳴らす。元にも仮にも、ハイクラス闘士を名乗りながら、やることがか弱い夫人を脅かすとは情けない話だ。
そんな相手であれば遠慮も容赦も不要。殴りがいがあって良いだろう。そういうことにしておこうと。
「おばあちゃんから力づくで家を奪おうなんて許せない!」
「ええ、弱き者に力を振りかざして威張り散らすなど言語道断。元闘士でありながら嘆かわしい限りです」
サクラに同意した『百錬成鋼之華』雪村 沙月(p3p007273)が続ける。
「因果応報という言葉をその身をもって教えて差し上げましょう」
コゼットも、鉄帝国のスラムにあって、『強い者が偉い』のは仕方ないとも思えた。
だが負けて全て失うのも、また覚悟すべきであると。
「良きように――貴殿の戦い、隣でとくと拝見するであります」
「わたしだって、楽しみにしてるわ!」
作戦上、相棒となる二人。『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)にリーヌシュカは嬉しそうに応じた。
分かりやすいことこの上ない。
通路から一歩踏み出し、歓声はラド・バウと同じか。
違いは電流流れる鉄線、重く歪ませたギター、派手な照明、粗野な客層、それから地下の文字通りに『空』がないこと。
中央に歩み出た一行の前には、マイクを握ったサングラスの男が立っている。
その向こうに立つ九名。とりわけガタイの大きな男が『エーキュウ追放者』ゾドン・ゾバフか。
ゾドンはツバをはき、取り巻きはニタニタと笑っている。分かりやすい手合いだ。
地下闘技場とは云え、それを穢す行為に『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)の視線は凍えるように冷たい。
ぴりぴりとした緊張の中で、サングラスの男はマイクを握り観客を睨む。
音響と照明が静まり――
「ラド・バウを駆け抜けたでぇんせつの元エーキュウ闘士! ゾッドーン・ゾバーーフ!!」
マイクの男が叫ぶとスポットライトが前方を照らし、辺りを怒号が包んだ。
「数々の奇跡をつかみ取る、真の英雄とはこの事だ――イレギュラァーズ! ウィーズ、エヴァンジェリィーナ!」
今度は不意にリュカシス達がまばゆい光に包まれる。
歓声なのか罵声なのかは知れないが。ともかく再び、怒号の微震が伝わってきた。
「ボクはいずれラド・バウのチャンプになる闘士っ!」
だから言ってやった。
「無敵鉄板暴牛のリュカシス。全力で参ります!」
微かに皮肉げに。
闘技場での名は、残念ながら『エーキュウ』には及ばない。
果たして――フロールリジの鉄拳嬢(フロイライン・ファウスト)という名も知る者がいるやら。
「私はただのエッダだ。それで十分だ」
「『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナよ、覚悟しなさい!」
「雪村沙月と申します。
しがない旅人ですが、よろしくお願いいたします」
優雅な一礼。
「未だ駆け出しのD級闘士の身ではありますが……
その厚い面が変形するまで力いっぱいぶん殴りますので覚悟しておいてくださいね!」
迅の声にゾドンの顔がみるみるどす黒く染まる。
さて――派手なものはしっくりこないと。
「……『D級の凡人』」
と世界は名乗る。
「ひ弱な攻撃しか繰り出せない雑魚だが、そんな奴でも自称A級と愉快な仲間達くらいならそれなりに相手できるぜ? お手柔らかにな」
ヤジが飛び、ついに顔を真っ赤にしたゾドンが数歩歩み出るが、レフェリーが制する。
そして――
「『リーヌシュカの憧れ』、サクラ!」
そう名乗った以上、恥ずかしい姿は見せられない。彼女にとってこれは言わば覚悟の証である。
「推して参る!」
そんなサクラへリーヌシュカは髪が膨れるほど興奮した顔で、目をまんまるにして振り返った。
瞳を伏せ、帽子を押え。
頬を染めたリーヌシュカはひどく恥ずかしそうに、けれどそれを多い尽くすほどのきらきらとした憧憬に満ちあふれ――
「……サクラ、おぼえていなさい……っ」
――小さく小さく呟いた。
●
―― READY ――
―――― FIGHT ――――
男の一人がアサルトライフルを腰だめに構えようとした、その時。
鋭い笑みを浮かべた迅と視線が交差した、その刹那――炸裂。
轟音と爆炎が三人の兵士を吹き飛ばす。
さながら雷光の如き一撃に、観客が息を呑む。
がなりたてるような音楽と怒号のただ中で、最早レフェリーの声など聞こえやしない。
「ねえ、エーキュウ闘士って、おもしろいね」
拳を振り上げたゾドンの視線、その下からコゼットが顔を覗かせる。
ゾドンは反射的に拳を振り下ろし、おそらく「なんだと」と言いかけたに違いない。
だがそこにコゼットはおらず。
「ほんとはA級じゃなくて、永久追放になっただけなのに
永久追放の永久で、エーキュウ闘士なんだね」
今度は背後から声がする。
悲しいかな、イレギュラーズが口を開く度。観客の激しいヤジはぴたりと止まる。
決して大きくはない彼女の言葉は、驚くほど良く通る。
注目度が高いのであろう。これが『スター性』というものだろう。
「じぶんで考えたの? エーキュウツイホ―の元闘士さん」
ゾドンは顔色を赤と黒に激しく入れ替えながら、怒号を上げて振り返る。
小さな少女に、渾身の怒りを込めた一撃をたたき込み――しかしそこにコゼットの姿はない。
「ラド・バウD級のあたしに、勝てないくらいだもん、本当はE級くらいだったのかな?」
「てんめぇ、ぶっこ――」
半ばから奇声と化した罵声を発しながら、ゾドンは右へ左へ首を振る。
その体格に似合わずゾドンの動きは俊敏だが、それでも跳ね回るコゼットをまるで捕らえることが出来ないでいた。
コゼットの『ノイズ』がちりちりと、その愛らしい耳中を灼く程に。
ゾドンの発するあまりに強烈な悪意が、挑発の効果を否が応でも実感させられる。
「さあ、ちょっと一緒に踊ってようか?」
あなたが、倒れるまで――
「上等じゃねえかオラァ!!」
リングでは激突が始まっている。
「さて……俺もはじめようか」
一方の後方。飄々とした様子で術式を展開した世界は、自身の生命力を仲間達に分け与え。立ち回りのステージを上げてやる。
「ありがと……!」
「どういたしまして」
凛とした鯉口の音。鞘走り。
駆け抜けるサクラが敵陣のまっただ中で勝ち気に微笑む。
「さぁ、かかって来なさい!」
高く掲げた聖刀【禍斬・華】、放たれた聖光が敵陣の目を灼き。
「『リーヌシュカの憧れ』の力、見せてあげる!」
「あの女を殺れ!」
敵闘士達が食いついた。
突き込まれる短剣を打ち払い、追撃をいなし。
足元を追うように走るけたたましい銃弾のただ中を走る。
紙一重の攻防、折り重なる鋼の軌跡はサクラの身を赤い線が彩り。
全部――全部捌き切って見せる!
舞い散る深紅の花弁ひとひらは、されどその決意を揺るがせることなど出来はしない。
「ヘル・エヴァンジェリーナ、帯同、直掩は自分に任せるであります」
「わかったわ、エッダ!」
リーヌシュカがスカートの裾をつまみ、甲高い音を立てて幾本ものサーベルがリングに突きたった。
「突撃よ!」
無数の剣刃が引き抜かれて舞い上がる。
火花を散らしながら咆哮するアサルトライフルへ、銃弾を切り裂きながらエッダとサーベルは突き進み――
「今であります」
――突如、鮮やかに身を翻したエッダの後背から、二刀を交差させたリーヌシュカが踏み込み、一閃。
迅の一撃で深手を負っていた兵は、二つに分かたれたライフルと共に仰向けに倒れた。
歓声が沸き上がる。
乱ぐい歯を剥き出しにして怒鳴る男達へ、沙月は流麗な足取りで一気に距離を詰める。
兵士の男が振り返るが、余りに遅い。
「狩らせて頂きましょう」
冷然たる宣言と共に、男の視界から沙月が姿を消し。
――衝撃。
神速の踏み込みから放たれた『夢幻』のあまりに鋭い一撃に、男は身体をくの字に折り曲げて吹き飛んだ。
再度、喝采。
小さな身体を翻し、しかしその性は暴れ牛が如く。
身の丈にも迫る果焔――火砲殲滅兵装を改造した火炎の戦槌を振りかざし。
「……あなた方はどこかの悪徳業者の下っ端ですか?」
「んだと、オラ!」
体格差を感じて調子にのったのであろう。数名の男達が憎らしげに表情を歪めた。
「恐らく、いくらでも代替え可能な――トカゲのしっぽの先、なのでしょうけど。
自分より弱いものを選んで虐げるなんて、ラド・バウ闘士としても鉄帝兵士としても、とっても見下げたお話ですね」
リュカシスの戦槌が火を噴いた。
強烈な炎撃の嵐が敵陣を踊り狂い、更に一人が倒れた。
「卑劣行為と弱いもの苛めに走るような方に、ボク達は負けません、絶対に」
ラド・バウに憧れる一人の闘士として。
敵の在り方は、断じて許してなどおけないのだから。
●
試合開始から幾ばくかの時間が経過していた。
レフェリーの声など聞こえやしないのは相変わらずだ。
重低音が鳴り響く中で、観客の熱狂は今や最高潮に達していた。
次々に敵が倒れる中で、イレギュラーズとて無傷ではいられない。
いくらか危険な場面もありパンドラを燃え上がらせる事もあったが、戦況の流れ上やむを得ないものであったろう。
「どうかな」
そうしていくらか傷を負う中で、しかし世界による癒やしの存在は極めて重要であった。倒れている者は居ない。
状況上、最も危険だったのは最初に多数に狙われる事となったサクラと、真っ先にゾドンと対峙したコゼットであった。
運命を引き寄せるようにサクラの負担が徐々に軽減して行く中。コゼットはゾドンの重く鋭い一撃の、その多くを無傷で避けきっていたが、稀に強烈な一撃を見舞われる事もあった。
だがすぐに抑えに入るグレンとのツートップ戦術が功を奏し、そして世界の回復により未だ可能性の箱を開くには至っていない。
「弱い奴に力を振るうのが楽しいか?」
「その舐めた口、二度と聞けなくしてやんぜ!」
グレンが口角を上げ、ゾドンが吠える。
「そいつは、自分より強い奴には逆らえねえって手前自身の弱さを知ってるから――さッ!」
挑発に激昂したゾドンの巨腕が騎士盾に突き立つ。
けたたましい轟音が響き、グレンの踵がリングを抉る。砕く。足場が沈む。
鉄塊をねじ切るほどの圧力が炸裂し、ヒビがグレンの踵から蜘蛛の巣状に広がった。
だが――それだけだった。
「『勝ち』を求めるだけの卑劣漢に、『強さ』を求める俺は倒せねえぜ!」
弾けるように盾で押し返したグレンに、よろめいたゾドンははじめて焦りの表情を浮かべた。
「ラァァッ!」
ゾドンが吠え、がむしゃらに巨腕を振り回す。
激しい衝撃がグレンを襲い、後方――高圧電流の流れるフェンスに背をぶつけ、激しい火花が散った。
「十秒でウェルダンが焼き上がる電流だぜ。そのままくたばりやがれ!」
「はっ、いかにも三下雑魚の使いそうな小賢しい手口だな?」
即座に電流を逃がし、リングを駆けるグレンに観客が沸き返る。
「んなっ!?」
グレンはグレンで、いくら傷を負ってもたちどころに自己回復してしまうのだから、手に負える筈もない。
「ねえ、エーキュウ闘士さん。まだ踊れるよね?」
コゼットが舞う度に、ゾドンの身体に傷が増える。
流れる赤は着実にその無尽蔵な体力をそぎ落としている。
ゾドンが思うように動けない中で、強力な二人の敵闘士は世界を落としにかかりたい。
そのチャンスがいくらかなかったわけでもないのだが、世界を一度や二度程狙う機会があったとして、当人持ち前の戦闘力とリュカシスの存在によって打ち倒すには至らなかった。
こうして一行はついに闘士達を打ち破り――
「エーキュウ闘士……」
凍える声音で、燃え上がるような瞳で――リュカシスがゆっくりと歩み出る。
「お、おい、テメェ等」
左右に首を振るゾドンの共は、もう誰も居ない。
「A級と永久追放を掛けているのでしょうか? 面白いなあ。韻を踏むのがお上手なんですね」
「クソガァアア!!」
炎を吹き上げるリュカシスの戦槌が唸りを上げてゾドンの巨体に突き立つ。
「終わりに近づけよう」
厳然と告げる世界が描くのは白蛇の陣。
瞳の輝きと共に芽生えた仮初の命が、ゾドンの巨体に潜り込み――突如ゾドンの身体が燃え上がる。
それは叫びながら暴れ狂う男を蝕む蛇の毒。
「惜しいね……。それだけの力」
凍気に大気が煌めき、刃の軌跡は輝く帯を宙に残して。
ゾドンの所業をここで止める決意。そしてラド・バウの闘士として、その誇りを穢す真似は決して許さないと。
「真面目にやっていれば本当にA級闘士になれたかも知れないのに!」
構え、一閃。
サクラの鋭い踏み込みから放たれた雪花の太刀が、ゾドンの分厚い胸板を真一文字に駆け抜ける。
たちまちに凍り付き舞い踊る薄紅は、さながら狂い咲く桜ように。
「アーだのデーだのボケナスだの、どうでも良いでありますな。
こちとら美少女メイドエッダちゃんでありますコラボケェ誰がメイドだぶっころがすぞ」
尚も罵声を浴びせようとするゾドンを、エッダは痛烈に皮肉ってやった。
「どうしても肩書が入り用なら屁こき虫プー太郎とでも名乗ったらどうでありますかプークスクス。
屁の臭いが臭くてたまらんのでこれ以上近寄るなであります」
エッダの、沙月の、リーヌシュカの一撃が次々にたたき込まれる。
「殺す、殺す殺す殺す! ブッコロス!」
血を吐きながら両腕を振り上げたゾドンの眼前に。今、迅は立っている。
「やるしか、ないでしょ!」
ゾドンの唸りを上げた拳は、細身の青年など容易く肉塊に変えてしまうだろう。
轟音と共に風を切る腕の下で、迅は腰を落とし、腕を引き絞る。
間近に迫る拳、その風圧が髪を撫で――ああ、けれど。
それは祖国で幾度もくぐり抜けた銃弾の嵐よりも遅かった。
神速の拳がゾドンの腹部にめり込み、頬を膨らませたゾドンが飛びださんばかりに目を剥いた。
正拳はそのまま真っ直ぐにゾドンを撃ち、迅へ頭をぶつけんばかりに身体を曲げたゾドンがそのまま崩れ落ちる。
「もう舞もおしまいだね。ばいばい、エーキュウツイホ―闘士」
僅かな静寂――
「勝者!! イレギュラァーーーズ!!」
激しいゴングの音と共に、試合は終わりを告げた。
大喝采と共に、客席では酒の飛沫が飛び交っているようだ。
呆然とした顔で、ゾドンがゆっくりと顔を上げる。
大勢の客の前で、これだけ恥をかいたのだ。
悔い改めるには良い機会だと沙月。
反省がないようなら、さて腕の一本でもへし折ってさしあげようか。
「ば、ばかな……この俺が……」
「いつでもリベンジに来なさい。ラドバウの闘士として、いつでも挑戦は受けるからね!」
「勝ったの! わたし、元A級闘士に!?」
飛び跳ねるリーヌシュカは残念な喜び方をしているが。
「フロイライン。貴女は実に好ましい。『私闘』は感心せんでありますが――何、誰もが通る道であります。仲良くやって行きましょう」
手を差し伸べるエッダに、リーヌシュカは頬を桜色に染めて応じた。
「とりあえずこのタコの髪を一緒に剃毛するでありますか? 罰とは恥を与えて屈服させるものであります」
「やっちゃいましょ!」
二人の宣言にすぐさま断頭台らしき恐ろしいものが用意され、ゾドンは頭がつるつるにされてゆく。
へらへらと笑ったグレンは一行に背を向けて――
自分より強い奴なんかゴロゴロいるさ。
最強なんて望むべくもねえ。
何度負けても倒れても挑み続ける『挑戦者』であることを諦めちまったら、もう『強く』在れないんだよ。
下を見て安心するよりも、上を見て苦心しながらも太々しく笑う。
カッコつけるってのはそういうことさ――
ただ一人にだけ聞かせるように。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
依頼お疲れ様でした。
MVPは最もリスクを負ったであろう方へ。
それではまた皆さんのご参加を願って。pipiでした。
GMコメント
pipiです。
クソ闘士モドキに『本物』をおしえてやりましょう。
試合開始だ!
●ロケーション
スチールグラードスラムにある、地下闘技場のリングです。
とても広いです。
リングのフェンスには電流がびりびりしており、ぶつかるとBS『感電』が付与される場合があります。
敵も同条件ですけれども!
既に「九対九でやろう」と話がついているようです。
大勢の観客がおり、九名の敵が待ち構えています。
後は戦って勝つだけだ!
●敵
『エーキュウ追放者』ゾドン・ゾバフ
鉄騎種。
ラド・バウでの卑劣な行いによって、永久追放された元闘士です。
元Aクラスとか完全なうそっぱちですが、かなり強いです。
推定されるのは、元Cクラス闘士。
至近~中距離を中心に、単体相手のAスキルをバランス良く保有しています。
保有BSは飛、あといくつか。
『鉄帝国兵士(強)』×2
鉄騎種。レベル高め。強いです。
一人ずつ以下のような傾向です。
A:ナイフ二刀流:自身への瞬付与を駆使するトータルファイター。
B:鉄棍棒と盾:タフでBS回復能力を持つタンクファイター。
『鉄帝国兵士(中)』×2
鉄騎種。(強)ほどではありませんが、侮れない実力があります。
C:曲刀二刀流:APを犠牲にしたタフなトータルファイター。
D:ミニガン:FBを犠牲としたオールレンジ高火力ファイター。
『鉄帝国兵士(弱)』×4
鉄騎種。レベル低め。
EFGH:距離がある場合はアサルトライフルを撃ち、近ければ格闘戦を仕掛けてきます。
●同行NPC
『セイバーマギエル』エヴァンジェリーナ・エルセヴナ・エフシュコヴァ(p3n000124)
一応、依頼主。イレギュラーズと共に積極的に戦います。
ステータスは満遍なく高め。若干のファンブルが玉に瑕。
格闘、ヴァルキリーレイヴ、フェアウェルレター、リーガルブレイドを活性化しています。
強いと云えば強いのですが、イレギュラーズではありません。
つまり『パンドラ使用』が出来ないということだ。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●オマケ
ラドバウの称号を保有していれば、名乗ったりも出来ます。
たとえば「ラド・バウD級闘士!」とか「俺は『アルドーのお墨付き』だ!」とかですね。
称号としてセットしてなくても構いません。
あと「〇級の『〇〇』!」とか自作してもOKです。
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