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シナリオ詳細

ウスバカゲロウの帰郷

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ウスバカゲロウの魔物は、大きな木の幹に張りついて、背中に砂漠の太陽の光を浴びていた。ここは新緑とラサの国境、交易路の近くだ。
 巣立ちのときにつけられた傷を癒し、帰郷の為の体力をつけるため、ここで商人や旅人を襲って食べている。
 だが、まだいくつもの森を飛び越えていく力はない。いくら食べても、千切れてしまった羽根はそのままだ。二枚の羽根だけで故郷にたどり着けるだろうか。
 流れる雲を写す魔物の目にいくつもの影が浮かんでは消えていく。

 ――戻りたい。
 ――帰りたい。

 腹の傷は塞がった。食べたものはきちんと消化され、もう腹の外へこぼれ出ることはない。
 
 ――でも、あの女はいない。零れてしまった。
 ――そんなはずはない。我々と一緒にいるはずだ。
 ――声が聞こえないよ。一度も。
 ――きっとシャイなんだ。
 ――ははは、面白いのう。
 ――何が?
 ――あの■ー■■■ー■が■■■ってことさ。

 やはり食べるならハーモニアだ。魔種になっていても構わないが、他の種族はだめ。身にはなっても心にならない。
 きちんと消化したあとに、新たな仲間として自分会議に加わるのは決まってハーモニアなのだ。それは儂、私、僕、俺がハーモニアだから。
 中には自分会議に加わらないハーモニアもいる。食べる前に死んでしまった者たちだ。
 
 ――じゃあ、死んでたんだよ。食べる前に。
 ――いいえ。まだ生きていたわ。
 ――ああ、未練がましく腹の中で泣き喚いていたな。
 ――誰が?
 ――君じゃない。あの■ー■■■ー■がさ。
 ――ところでようこそ。新しい儂、私、僕、俺。
 
 ■ー■■■ー■探しはまた今度にして、ウスバカゲロウの魔物は自分会議を終えた。
 二枚しか残っていない羽根を使って、抜けるような青空へふあふあと飛びあがる。
 目指すは深緑の中心、大樹ファルカウ。
 
 ●
「新緑から魔物退治の依頼が来てな……ようやくヤツの居所が割れたよ。そこでお前たちに後始末を頼みたい。ウスバカゲロウのバケモノ退治だ」
 『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)はテーブルの上に地図を広げた。ラサ国境に近い、深緑のとある地方の地図だ。砂漠に近いせいなのか、木々の間に開けた場所がぽつり、ぽつり、と描かれている。
 クルールはそんなある一点に指を置いた。一本の道が通る、岩の多い草原の真ん中に。
「最終目的地は解らないが、ヤツは深緑のどこか……南を目指しているらしい。道中、旅人や商人を襲って食い殺しながらな。で、いまはここにいる」
 ウスバカゲロウの魔物は四枚ある羽根のうち二枚をイレギュラーズに落とされている。このため、長距離を飛ぶことができないようだ。ラサの『砂の都』を立って数日、いまだに国境付近をうろついているのはそのためらしい。
「深緑国内を進むにつれて木は太く高く、密集してくる。巨体を休める場所にも事欠きだすだろう。だからヤツはここで体力をつけて、あとは一気に目的地を目指す。そこがどこか分からないが、いまが倒す最後のチャンスだ」
 イレギュラーズは短い触覚と足の幾つか、腹や胸、背にも傷を負わせたが、目撃証言によれば、腹と背に関しては傷がふさがっているという。
「幼体のアリジゴクはハーモニアの死体をツギハギして作られていた。が、成体はツギハギじゃない。繭の中で一旦溶けて再構築された……お前たちにやられなければぴかぴかの新しい体になって飛べていたんだ。間違いなく怨まれているぞ。前の依頼に出ていたやつは気をつけろ」
 それと、と前置き、クルールは椅子に背を預けた。
「ウスバカゲロウのバケモノが落とす排泄物の影響で、こいつが体を休めている巨木の回りに植物系の魔物が発生している。歩く毒キノコだ。これが四体ほど確認されている」
 依頼主の話では、毒キノコの魔物は傘の裏に顔があって、普段はキノコらしく歩き回ったりしないらしい。
「だが、子供ぐらいの大きさがあるし、なにより傘の模様が派手でけばけばしい色をしているから、見ればすぐに解る……と言っていた」
 ちなみに、毒キノコの魔物は煮ても焼いても食えないぞ、と情報屋は至極真面目な顔で警告する。
「じゃあな、頼んだぜイレギュラーズ」

GMコメント

●依頼条件
・巨大ウスバカゲロウの撃破
・歩く毒キノコ4体の撃破

●日時
・深緑
 ラサの国境近く。街道沿いの草原。
 周りを高い木々に囲まれた、岩の多い草原です。
 ほぼ円形。かなりの広さがあります。
 真ん中にぽつんと大高木が一本の立っており、その脇を交易路が通っています。
 魔物は真ん中の大高木に止まって、商人や旅人が通るのを待っています。
・昼。晴れ。
 風はありません。

●真ん中の大高木。
セコイヤの木「ロストモナーク」のような大きくて高い木です。
魔物は街道から見て裏側、高所に張りついています。
馬車などの残骸は木の裏にある岩影に捨てられているため、街道からは見えません。

●魔物・巨大ウスバカゲロウ
ダークリザードが作ったツギハギの巨大アリジゴクが、成体になったものです。
体はツギハギではなくなりましたが、心は……。
『<YcarnationS>ダークリザード』で四枚の内、二枚の羽根と触覚、足を数本落とされています。
ほかにも傷を受けていましたが、胸の傷を除き、癒えました。
また、巣立ちの時よりも体が固く丈夫になっています。

【悪夢再来/域】…死霊を体から放出し、生者にとりつかせて身動きを封じます。
【噛みつき/近単・出血・麻痺】…足で獲物を捕獲、マヒさせてから食べます。
【ハバタキ/近列・ノックB】…羽ばたきで暴風を起こします。
【飛行】

怨みが強いようで、ハーモニアよりも体を傷つけたイレギュラーズを積極的に狙います。
霊魂疎通などを使えば、いつくかある人格のどれかと会話ができるかもしれません。

●魔物・毒キノコ……4体
 子供ぐらいの背丈があり、歩き回ることができます。
【恐人面舌/近単】…真っ赤で長い舌を出してペロリ。
【胞子乱舞/遠複・毒】…頭を振り回して毒の胞子を飛ばします。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ウスバカゲロウの帰郷完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年11月22日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
奥州 一悟(p3p000194)
彷徨う駿馬
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド
シエラ・バレスティ(p3p000604)
バレスティ流剣士
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
湖宝 卵丸(p3p006737)
蒼蘭海賊団団長
ソア(p3p007025)
無尽虎爪
メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女

リプレイ


 『湖賊』湖宝 卵丸(p3p006737)は額に手をかざし、草原に立つ巨木を見た。
「うわ、思ったより大きいね」
 高さは十数メートル。大きく広がる枝と葉がつくる濃い影の中に、赤い傘の毒キノコたちがいた。
「子供位有るし、なんか気持ちわ……」
 人の気配を感じた毒キノコが、真っ赤な舌でベロンと空気を舐めた。
 粟立つ腕をさすりながら、「らっ、卵丸平気なんだからなっ」と強がる。
「あれか、魔物化した毒キノコは。……ウスバカゲロウの姿がないな」
 『死神二振』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)は馬車を降りるなり、銃剣を抜いた。
 紅い焔のような闘気がクロバの体から立ち昇り、紅葉を霞ませる。
「私はタケノコ派なのに……」
 『白い稲妻』シエラ・バレスティ(p3p000604)が、別世界で戦争を引き起こしそうなことを口にする。
「こうなったらしかたがないよね。うん、タケノコ派として頑張ってキノコを倒すぞ!」
 シエラは気合を入れると、先をゆく卵丸とクロバを追いかけた。
 『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319)は馬車の屋根からふあり、と飛び立った。
(「……ウスバカゲロウと因縁がある者もいるし……頑張って倒そうか」)
 気味の悪い毒キノコたちを放置するわけにはいかない。人食い虫同様、ここで倒しておかないと被害が拡大する。
(「せっかくザントマン倒したのに、また幻想種が襲われたらたまったもんじゃないからね」)
 サイズは馬車を一度だけ振り返えると、キノコ狩りに向かった。
 つつましげな秋の花がそこここで顔をゆらす草むらを、風がふきぬけてゆく。
「よし、いくぞ」
 『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103)は、全身に狂おしいほどのエネルギーが満ちてくるのを感じていた。
 ダークリザードとの因縁に片をつけ、一つの物語を終らせるのだ。
 ジェイクに続いて『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)が馬車から飛び出した。
「今度こそきっちりダークリザードの『作品』を仕留めるぜ!」
 一悟は胸の前で拳を打ち鳴らすと、視線を巨木の上へ向けた。
 生い茂る葉がワサワサと音を立てて揺れる。ゆっくりと巨大な足の先が見え、次いで極太の幹の裏から胴が現れた。
 沙漠で対峙したときよりも、一回りほど大きくなっているようだ。
 ひゅーっとアニキ風を吹かせて、『雷精』ソア(p3p007025)が草原に降り立つ。
「うん。今度こそ仕留めてやらなくちゃ。狙った獲物を何度も逃がしたら虎失格だもんね」
 あと一歩のところでアイツに逃げられたときの悔しさたるや。あっという間に小さくなっていく影に、ソアは拳を突き上げ、「次は必ず倒す」と吼えた。
「あの日の約束、今日果たすよ!」
 最後に馬車を降りた『聖少女』メルトリリス(p3p007295)が、仲間たちの前へでながら高らかに宣言する。
「早く討伐して、また静かな深緑を取り戻さねばなりません!」
 凛とした声が草原を渡り、巨木の太い幹にあたってこだまする。
 ウスバカゲロウが頭を下に向けながら幹を回り込み、イレギュラーズたちの前に全身をさらした。
「さあ、おいで。あなたの相手は私たち」


 力強い羽音が響き、風が地面を叩く。青い膜のような半透明の影が、足を止めたキノコたちの上を、次いで自分たちの上をさっと通り過ぎた。ウスバカゲロウだ。
 風が止むと、毒キノコたちが粘液まみれの赤い舌をブラブラさせて走ってきた。
 卵丸は左端の毒キノコを相手どる。
「こい! 卵丸が相手だっ」
 近くから見ると赤い舌はイボイボだらけだ。気持ち悪いなんてもんじゃない。
(「うん、こんなのが森のあちらこちらで生み出されたら大変だ。ウスバカゲロウは何があってもここで倒さなくっちゃ」)
 毒キノコが傘を上げると、白い壁に浮いた水シミのような顔が露わになった。貧相な顔だ。
 一度舌を口の中に巻き戻してから、ピロピロ笛のように勢いよく伸ばす。
「伸びきった、今がチャンスなんだからなっ」
 卵丸は独楽が回るように身を返し、ひるがえるマントで赤い舌を叩き払った。そのまま毒キノコの背に回り込み、回転するドリルを深々とつき刺す。
 声にならない声を上げて身もだえる毒キノコの傘のヒダから、赤茶色の胞子が飛び散った。
「わ……っ、けほ、けほっ」
 卵丸は慌ててマントの端で口と鼻を覆った。
 毒胞子の霧の中で、赤いキノコの傘がひとつ、ふたつ、ゆらめいた。さらに多くの毒性胞子が散布され、辺りが赤茶色に染まる。
 クロバは息を止めた。目も閉じる。照準も何もあったものではないが、そのぶん、落ちた命中率を毒キノコへの肉薄で補う。
 伸びてきた舌を気配でとらえてかわし、そのまま魔物の懐深くに踏み込んだ。
 銃刀を白い繊維質の腹につき刺す。
(「――散れ!」)
 死神の白き指が引き金を絞る。とたん、魔物の腹を稲妻が裂いた。雷鳴の如き轟音が爆炎と共に敵を吹き飛ばす。
 内よりあふれでた炎が毒キノコの残滓を包み込み、朱く染まる気流が毒の胞子を巻きあげて糸杉のように立ちのぼる。
 たちまち毒の霧が晴れた。
 ふぉんと音をたてて、サイズが――正確にはサイズが繰る妖精が、体の前でサイズを一回転させた。
 胸いっぱい空気を吸い込む。
「クロバ、ありがとう。たすかったよ、俺は大丈夫だけど……ごほっ、ごほっ。意外と強い毒だったな」
 サイズ自身に影響はなかったが、毒胞子を吸い込んだ妖精は明らかに弱っていた。クロバが毒の霧を晴らしてくれなかったら、動けなくなっていたかもしれない。
「サイズさん!」
 サイズの後ろをシャランと音をたてて、銀の軌跡を引きながら月の刃糸が秋の空気を切り裂いて飛んだ。
 シエラの指輪を離れた魔の銀糸が、サイズに襲い掛かろうとしていた毒キノコの舌に絡み、縛る。
 妖精の大鎌が下から上へ振るわれた。
「ザコのくせに俺の背中をとろうだなんて生意気だよ」
 毒キノコの分厚い舌を切り飛ばしたのち、大鎌を振る勢いに引かれるようにしてわきへ飛び退く。着地とともに上段から勢いよく半月刃を振り下し、体を真っ二つに割り裂いた。
 仲間があっという間にやられて最後の一体になってしまった毒キノコは、傘を深くかぶると、イレギュラーズたちに背を向けて草むらにしゃがみ込んだ。
「それで誤魔化せると思った? これだからキノコは……」
 シエラは再び魔の銀糸を飛ばして、無害なキノコのフリをしている魔物を縛りあげた。
「さっさと片づけて合流しよう」
「同感っ」
 卵丸がマントの渦に呆け顔でアヘる毒キノコを巻き込み、空高く投げ飛ばす。
 落下して来たところを、クロバが破邪の光刃で切り捨てた。


 巨大ウスバカゲロウは真新しい体をずたずたにした者たちの顔を忘れていなかった。とくにまだツギハギのアリジゴクだったころ、頭に爆弾を落とした赤い髪には強い恨みがある。
 急降下し、聖女と並んで奇妙な形の棒を構えた赤毛を上から捕まえようとしたその時――。
「迎えに来たぜ、ダークリザード」
 複眼の端で、銀にきらめく体が流れるように草原を駆けた。
 魔物は耳ではなく額で銃声を聞いた。額を強打した一撃は重く、激烈なものだったが、それよりもあの女の名前が自分たちの魂を激しく揺さぶった。
「落ちろ!」
 ソアが羽のつけ根を狙って雷を落とす。
 だが、魔物の体はすでに一悟とメルトリリスの上を飛び越えていた。雷は羽根のつけ根ではなく尾を焼いた。
「くそ、入りが甘かったか」
 ジェイクが放った魔弾は、固い外骨格に阻まれて脳に達しなかった。それでもソアの攻撃と合わせて、ウスバカゲロウの肢体を痺れさせたようだ。
 仕切り直しに巨体が空へ飛び戻る。
 まさかの強襲に肝を冷した一悟は、顎の下に手をやって流れてもいない汗をぬぐう。
「ふう、ビビったぜ。真っ先に襲われるのはジェイクだと思ってたんだけどな」
「それにしても……こ、こわいよ、なんて悲しい生物。ひとつの個体にこんなに魂が宿って……どんな罪を犯したらこんな姿に」
 メルトリリスは空を仰ぎ、透明な羽根の遥か上に住まう神に祈った。
「神様、お力をお貸しください。そして彼等を寛大な御心でお迎えください」
 同じく空を仰ぎながらソアが声を張る。
「そんなことよりもアイツを下に降ろさないと!」
 あそこにいる限り、こちらの攻撃がとどかない。このままどこかに飛び去られでもしたら大変だ。
 それなら任せろ、と一悟が口に両手をあてて大声でどなった。
「おい、オレのこと忘れたのか。おまえのつぎはぎだらけの頭に爆弾を落としてやったろう? ――って来たぁ!!」
 四人の頭の上を旋回していたウスバカゲロウが急降下してきた。巨大な複眼に、焦る一悟の顔が写り込む。
 ――と、魔物はいきなり空中停止した。体を反らせ、羽根をはばたかせる。
 突風が地面を叩き、一悟と横にいたメルトリリスが吹き飛ばされる。
「気をつけて、悪霊たちが放たれるよ!」
 メルトリリスの警告とほぼ同時に、ウスバカゲロウの体中の節から黒い靄のようなものがにじみ出した。悪霊だ。次々とイレギュラーズ目がけて飛んでくる。
 起き上がったメルトリリスは、狂気を秘めたリングを振って、飛んできた悪霊を枯葉のごとく粉砕した。
 吹き飛ばされた勢いで飛びあがろうとしていた一悟を、ウスバカゲロウが狙う。
 ソアは悪霊に憑りつかれる前に、雷光を魔物に向けて放った。
「ほら、この前もお見舞いしてやったやつだ」
 眩い光にウスバカゲロウが目がくらませている隙に、一悟は逃げた。
「ボクのこと思い出したか? 思い出したなら来い!」
 ウスバカゲロウはギチギチと顎が噛み鳴らした。巨大な羽根を唸らせ、ソアを目がけて突き進む。
 一悟は上から魔物の上から爆弾をばら撒いた。
 爆発の風圧で、ウスバカゲロウの体がぐんと沈む。腹が草の上をかすめたがまだ落ない。
 動きを封じられたソアの前に立ち、銃を構えたジェイクに悪霊たちが群がった。
「くそ、引き金が絞れ……ない……」
 このままではふたりとも食われてしまう。
「やめろ! やめるんだ!」
 一悟は霊言で悪霊たちに命じた。
「二人から離れてくれ。魔物の手先になるな。悪霊化したまんまじゃ森に受け入れてもらえないぜ!」
 ジェイクたちにとりついていた悪霊たちが、戸惑いながらも離れていく。
 ウスバカゲロウはジェイクが自由になった途端、急旋回した。漂っていた悪霊たちを体内に戻し、低空飛行で巨木に向かう。
「逃がさないっ」
 ソアは走った。
 逃げるウスバカゲロウに追いつき、尻尾の先に飛びつく。
 メルトリリスもリングで悪霊を打ち落としつつ、飛んで魔物を追いかけた。
 一緒に追いついた一悟とともにソアを抱き起し、ウスバカゲロウの体に立たせる。
「行け、ソア!」
「羽根をもぎ取るのです!」
 落雷と爆発によって千切れかけた羽根を目指し、黄金のトラが魔物の背を駆ける。
 ジェイクも走って追いかけながら、二丁の銃を交互に撃って、ソアの行動をバックアップする。
「今度こそ落ちろっ」
 闘気の炎に覆われた虎の爪が巨大な羽根を、一枚、刈り取った。
 巨体が傾く。
 毒キノコを片づけた四人が巨木の前に並ぶ。
「一斉攻撃! ヤツを巨木の上に登らせるな」
 クロバの号令で、突っ込んでくるウスバカゲロウを迎え撃つ。
 ジェイクも鉛の雨で叩く。
 サイズの魔砲が最後の羽根に大穴を開けた。
 巨体が傾く。
「危ない! 散れ!」
 クロバと卵丸、シエラとサイズが左右に分かれて地面に体を投げ出す。
 巨木の根元に墜落する寸前、ソアは魔物の背にから飛び降りた。


 ジェイクは片目が潰れたウスバカゲロウの前に回った。
「さあ、目を覚ませダークリザード! 俺はお前の眼の前にいるぞ。誇り高き大悪党のおめえが、こんな下等生物一部として消えていくなんて俺が許さねえ!」
 ――下等生物?
 ――儂、私、僕、俺のことを、下等生物といったか?!
 ウスバカゲロウは怒り狂った。それにもまして混乱していた。
 ――それより、あの女いるの?
 ――いない。
 ――いや、いるよ。
 ――ああ、ヤツの邪悪な一部はな。
 ――儂、私、僕、俺たちが取り込んだ。
「俺とお前の決着がこんなものでいい筈がない。出てこいダークリザード!」
 ウスバカゲロウは返事の代わりに顎を開き、ジェイクに咬みついた。ギリギリと締めあげ、もがく銀狼の体内に麻痺性の毒を流しこむ。
「くらえ、音速の一撃だっ!」
 卵丸は潰れたウスバカゲロウの目に、回転するドリルをつき刺した。高速で繰り出された突きは、ウスバカゲロウの外骨格を粉砕し、脳の一部を傷つけた。
 魔物は激しい痛みに体を仰け反らせはしたが、咥えた得物を離そうとしない。
 クロバは魔物の顎の真下に入ると、跳んだ。ソールイーターを纏わせた剣を振るい、顎を根元から切り落とす。
「どんな歪な命であれ生まれたからには生きる権利くらいはある。だが、それで多くの命を奪うようなら見過ごすわけにはいかないな。死神の名に懸けて――お前らをゼロに還す」
 ジェイクとともに落ちながら腕を振り、まだ癒えぬ胸の傷を広げた。
 複数の悲鳴が重なり、捩れながらウスバカゲロウの口から飛び出す。
「幻想種を食べて縛りつけるなんて言語道断、魂の尊さを知るといいよ!」
 シエラは足を使って後退するウスバカゲロウの腹を切り裂いた。どっと黄色い胃液が溢れ出し、半ば溶けた人体のパーツが草の上に落ちる。
「ああ、なんてこと……ひどい、可哀想に」
 メルトリリスは胸の前で指を組み合わせ、死者の前にひざまずいた。純白の聖衣が魔物の胃液で汚れても構わず、鎮魂の祈りをささげる。
 静かに染みわたるような清らかな声は、死者の魂だけでなく仲間たちが受けた傷をも癒した。
 ジェイクはクロバに支えられて体を起こした。
「なぜだ? ダークリザード、なぜ出てこない?」
 一悟は上からウスバカゲロウの頭に近づくと、その内で混じりあう魂に語りかけた。
「……なあ、おまえたちの腹って、いつ、どこで塞がったんだよ」
 これだけジェイクが熱く語りかけているというのに、あれほどジェイクに執着していたダークリザードが、まったく反応しないのはどう考えてもおかしい。
 もしかしたら、ダークリザードはアリジゴクの殻の中で肉体を再構築し、ウスバカゲロウの腹の傷から外へ出てしまったのではないか。
 一悟が発した問いの真意に気づき、ジェイクははっとした。
 まさか。
 だが、ウスバカゲロウはまたも返事をしなかった。かわりに悪霊を解き放つ。
 シエラは不知火を鞘に納めると、悪霊たちに向かって胸を開いた。
「あなたたちがその化け物の中に入って故郷に帰っても、皆怖くて逃げ出しちゃうよ。憑依するのなら私の方がお得。代弁も出来るし。むしろその化け物の動きを止めるのを手伝って!」
 力を貸してくれるのなら今度こそあなたたちを解放する、と宣言する。
 果たして悪霊たちは、捨て身で挑んだシエラの願いを聞き入れた。反転し、ウスバカゲロウの体にとりつく。
 ――裏切り者!
 ――裏切り者っ!
 ウスバカゲロウの内なる声が顎を失った口から迸り、巨木の葉を激しく揺らす。
 ソアは固く拳を握った。体からあふれでる闘気を炎に変えて拳にまとわせる。
「そういえばコイツ、攫われた幻想種たちから作られたんだったね。……なんてひどい」
 奥歯を噛みしめて、ウスバカゲロウに燃える拳を叩き入れる。
 魂を喰らう死神の刃が、断末魔にあえぐ魔物の胴を寸断した。
 クロバは剣を鞘に納めると、地響きを立てて落ちた魔物の半身に魔手化した左腕をついた。殺された幻想種たちの記憶や感情が、心にどっと流れ込む。
「――分かった。君たちの想いは俺が受け取るよ」
 恨み辛みを死神に預け、呪いから解き放たれた霊魂が天へ上っていく。
 ジェイクはまだ息を残すウスバカゲロウに近づいた。体の横に膝をつき、開いた腹の中に手を差し入れる。
 引き戻した手には、銀のロケットペンダントが握られていた。ダークリザードがいつも身につけていたものに違いない。
 開いてみると、中に幻想種の美少年が描かれていた。知的な光を宿す目に微笑みを湛えた口元。そして銀の髪……。
「彼女の墓を作り、これを埋め、花を手向けるのは俺の役目だ」
 ダークリザード。おめえはいまどこにいる?
 ペンダントを閉じ、銃を構える。
 狼の遠吠えに似た銃声が響き、銃弾の雨がウスバカゲロウを消し流した。


「では■ー■■■ー■さま、のちほど」
 銀髪の美しい少年がツギハギだらけの体を折り、閉まる扉の向こうに消えた。
 気がつけば私は何者かの中にいて、薄暗い部屋の中に座っていた。
 自我を保ってはいるものの、いま目にしている景色や、耳に聞こえる音のすべてが、私自身が得たものではない。
 卵殻膜のように薄く、だけど非常に強い膜に、目も口も耳も、体中がぴったりと覆われているような感じ――といえば解ってもらえるだろうか。
 そう、私は私として、別に存在している。
 その証拠に、この女にはちゃんと顔と腕があるのだ。私には……はて、私はいつ、どこで、顔と腕を失くしたのだろう。
 私の名前は……何も思いだせない。
 唐突に。
 少年の名が女の頭の中に浮かぶ。
 ジェイク。
 そうだ、思い出した。
 パパに殺され……バラバラにされた私の恋人。
 そして――。
 ああ、狼の遠吠えが聞こえる。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

ジェイク・夜乃(p3p001103)[重傷]
『幻狼』灰色狼

あとがき

巨大ウスバカゲロウが倒され、魔物の体に捕らわれていた魂が解放されました。
みなさんの手によって、ウスバカゲロウに襲われて殺された人々のお墓が、巨木の前に作られています。
ダークリザードの生死は不明です。
いつの日か、再び――。

お疲れさまでした。

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