シナリオ詳細
二十番目の魔物
オープニング
●ぼくのともだち
栗色の毛は焼きたてのパンのようにふわふわで、毛並みに沿って撫で上げると暖かくて、顔を埋めると仄かに太陽の匂いがする。
ぼくに似てピーマンが嫌いで、ぼくと違ってお肉を生で食べる。
かけっこがうんとはやくて、あまり早く走れないぼくを時々からかうように鳴く。
けど、本当はとても優しくて、ぼくがおとうさんに叱られた日にはそばに寄り添ってなぐさめてくれる。
あの日、大人たちに内緒でこっそり探検した森のなか。
そのなかで一等大きな木の洞に住み着いていたその生き物は、ぼくのいちばんのともだちになった。
昔飼ってた犬のような毛色の、見たこともない不思議な生き物。
ぼくはその生き物に『ペロ』と名付けた。
●境界図書館にて
「ぷくくく……、これはまぁ、面白い因果だねぃ」
イレギュラーズが図書館へ足を踏み入れると、赤く大きな水晶玉の埋め込まれた杖を持った人影の独り言が耳に入ってきた。
彼はイレギュラーズではない。図書館に在り、イレギュラーズを世界へと誘う『境界案内人』……名をトゥールと言った。
トゥールは貴方たちを視界に認めると、今まで手にしていた一冊の本を抱えたまま貴方たちに語りかけてきた。
「やーぁ、特異運命座標諸君。ボクの話を聞いてくれるかい?」
勿論と答える者も、答える隙を逃したものも居ただろうが、そんなことはお構い無しに彼は話し始める。
「ここに一冊の物語(ライブノベル)がある」
物語の舞台となるのは無辜なる混沌の、幻想(レガド・イルシオン)に似た世界。
他国とのいさかいもなく、ゆっくりと時が流れていく穏やかで平和な世界。
この物語はそんな世界で、一人の少年が不思議な生物を拾うところから始まる。
「結論から言ってしまうとねぃ、この生き物は魔物だったんだよ。ただ存在するだけで災厄を撒き散らす非常にタチの悪い、ね」
その魔物が招いた災厄のひとつ。『謎の疫病』は消して治る事のない不治の病だ。
そう、たった一つの方法を除いて。
「それが、その魔物を倒す……息の根を止めること」
シン、と図書館内が静まり返った。
「犬のように少年の後をついて回るその生き物を、彼は大層可愛がっていたようだけれど……、少年もその病に罹ってしまった」
少年は薄々気がついていたのだろう。その生き物が普通でないことを。
しかし少年に『ペロ』と名付けられた彼は知らない。自分が魔物であることも、自分のせいで少年が病に冒されていることも。
「この世界が幸せな世界で在り続けるためには魔物を倒さなくてはならない。けれどそれは少年にとっての不幸だ。少年も、魔物を倒そうとするなら病を押してキミたちをとめるだろう」
魔物を倒せば世界は救われる。魔物を倒さないなら世界に病が蔓延し、滅びる。
「どっちを選ぶか、特異運命座標のキミたちに任せるよぅ」
願わくば、その選択が悔いのないものでありますように。
これはそんな、大きな選択の物語。
- 二十番目の魔物完了
- NM名樹志岐
- 種別ライブノベル
- 難易度-
- 冒険終了日時2019年11月14日 22時30分
- 参加人数4/4人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 4 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(4人)
リプレイ
●古来よりの伝承
――曰く。
災厄を撒き散らし、弱き者に牙を剥く。そんな悪しき存在は伝承のなかで語り継がれていた。
それは絵空事と思われたが、空想ではないと彼らが知ったのはその現実を目の当たりにしたからであった。
古来より幾度となく姿を現してきたとされる災厄の化身。
彼らは此度の化身を後にこう呼んだ。
『無自覚の罪、無垢なる獣』――“二十番目の魔物”と。
●
「人の願いって言うのは時に奇跡を起こすほどの力になる……けども、だ」
こういった奇跡は遠慮願いたいものだと、長く深いため息を吐き出した『カースド妖精鎌』サイズ(p3p000319) はし街の様子をぐるりと眺めた。
簡素な街並み。平凡だが、幸せそうに暮らす人々。すれ違う人々の中に、顔色の悪そうな人も――片手で数えられる程度ではあるが、いるようだった。
「あれが病に冒された人、なのかな」
様子を見て首を傾げた 『蒼海守護』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)。彼女にはアレックスと呼ばれる少年の思惑がわからなかった。
それを倒せばたくさんの人が救われるのに、何故魔物をかばうのか。それはそんなに重要なことなのか。
わからない。わからないから、確かめたい。それは巡り巡って、自身の所以を知る手がかりになるかもしれないから。
一方、『付与の魔術師』回言 世界(p3p007315) には少年の思いがほんの少しだけわかっていた。
きっと『わかっていない』のだ。それを野放しにした結果、無くなってしまうのが『世界』だなんて、いまいちピンときていないのだと思う。
しかし今の自分達には一を救って全を見捨てる事に価値を見いだせない。だから一を倒す。これは満場一致で決まったことだ。
逃げ回ることはこちらもあちらもつらいから。せめて逃げられないよう、それを妨げるのが世界の役割であった。
逃げ回るモノを追いかけることを。他者に生まれを疎まれるモノを痛め付けることに快楽を覚えているのは『魅惑の魔剣』チェルシー・ミストルフィン(p3p007243) 。
魔剣であった彼女はその感情を『同族嫌悪』だと嗤っていた。
「さぁ、とにかく最初の仕事を始めるわよ」
一行の目の前にはレンガ造りの一軒家がある。ご丁寧に扉にはその家に住む住人の名前が書かれた表札があり、その一番下には【Aleksei】とある。
これから自分たちがする話は、聞き入れて貰えるだろうか。話をして、父親は。……少年自身はどんな反応をするだろう。
四人が叩いた戸は、とても軽い音がした。
●
からだが重い。息が苦しい。
でも、いかなきゃ。嫌な予感がする。さっき家を訪れた四人組は、きっと何かをする。
きっと、ペロをいじめに……殺しに来たに違いない。
街の外れの森のなか。その中心に静かにたたずむ大きな樹。
自然の作り出した洞を住み処にしている、ちょっと変わってるぼくのともだ――
「アレクセイ」
知らない声に呼び止められた。いや、その声をぼくは知っている。
誰にも教えていないのに。ずっとずっと、秘密にしていたのに。
目の前に現れた大小合わせて四人分の人影。そしてその横には、自分が一番よく知っている大切な家族(ひと)。
「……父さん、母さん」
あぁ、まぎれもなく目の前にいるのは両親で。それから、……それから。
『くぅぅん』
小さな、小さな鳴き声。あぁもう、ぼく以外の前では声を出さないようにとあれほど言ったのに。
なにかよくないことが起きる。ぼくにとって、ペロにとって。だから出てきちゃいけない。ペロ、ペロ……!
「出てきちゃダメだ、ペロ!」
叫ぶ。自分でもこんなに大きな声が出るのかと驚くほどの音量で。
本当は、今にも駆け出したい。ペロを抱き締めてやりたい。でもそれはぼくを押さえつけている父さんによって叶わない。
この人たちは君に何かするつもりだ。ペロ、ペロ。ぼくのペロ。
ぼくはキミを守ってあげられない。ならば、せめて。どうか。
「ぼくたちのために、その人たちを倒して!」
知っている。その生き物が、普通ではないことを。その人たちをなぎ倒せる可能性を秘めていることを。
だから思わず、そんな残酷な願いを叫んでしまった。
ぼくを、ぼくとペロの仲を引き裂く奴らを■して。
ぼくの願いを聞いたペロがどうなったのか、ぼくはよく思い出せない。
●
「うぅん、これは……」
世界は目の前のそれを見上げて乾いた笑いを零す。
栗色だった毛色は漆黒に染まり、ふわふわとしていた毛並みは硬く艶をなくして、その目は溶岩のように赤く熱を帯びていた。
歪に隆起した前脚。命を刈り取るように鋭く尖がった黒曜石のような爪。全てを容易に噛み砕いてしまうであろう牙。
それが、少年の言っていた『ペロ』であることなど、その変化を目の当たりにしていなければ到底分かり得ないだろう。
「うんうん、いいわね! それでこそ“魔物”よ」
その姿をみて一人、テンションが上がっているチェルシー。
災いは自身と共にあるべきだ。禍つもの、災いをもたらすモノ、ヒトとは相入れないモノ。
そう、自分も“魔”剣であるのだから。
そしてこの場にはもう一人“魔”のモノがある。
自身をその小さい製作者を操り扱わせる魔鎌。サイズはその様子をどこか自分のことのように、それでいて一切感知せぬ他人事のようにみていた。
「さ、さっさとやってしまおう」
多少の同情はするが、目の前のそれは明確に倒すべき相手である。ならば、倒さない道理はない。
サイズの言葉を聞き、チェルシーは一つ頷くと、魔物に向かって言葉を投げかける。
「残念だけど死んで貰うわ。あなたは災厄の疫病を生きているだけで撒き散らす」
その言葉を魔物がどう受け取ったかはわからない。ただ、魔物の咆哮の中に悲しみにも似た感情があるのは感じ取って、ただ不愉快そうな顔をした。
チェルシーが自身であった魔剣を射出し、魔物がそれをかわす。そうやって出来た隙をついてサイズが斬り込めば、今度は相打ちを狙ってか魔物がその爪を振るいあらゆるものを引き裂いていく。
一進一退の攻防は回復役のココロや魔物が逃走しないように阻害する世界がいる分、こちらがやや優勢に見えた。
(結局、アレクセイ君の考えてることはよくわからなかったな……)
ココロはひとり、考えながらヒールをかけていく。
それでも、ひとつだけ分かることがあった。
――きっと彼は、悪い夢を見ているのだ。
だからその悪夢から起こしてあげないといけない。彼の両親は戦うことができないから、それはわたしたちの仕事。
そのためにこの世界へと渡ったのだから。
『さいあく、とか、えきびょう、とか、むつかしい。ぼくはいきてちゃ、いけないの?』
声がした。四人の誰でもない声。幼い子供が、覚えたての言葉を発するような震えた声。それは紛れもなく、魔物自身の声であった。
「えぇ、そうよ」
ココロが答える。
『ぼくがいると、どうなるの?』
痛いのは嫌だ。ひとりぼっちも嫌だ。でも目の前の人間たちは、魔物(ぼく)をひとりぼっちにさせに来た。それがアレックス(ともだち)のためになるのだと言って。
「あなたが生きてるだけで、あなたの大切な友達が死ぬわ」
この真実は、きっと魔物の動きに決定的な隙を作る。その瞬間こそ、最後の一撃を叩き込むチャンスだ。
実際、その言葉を聞いた途端に魔物は一切攻撃を行ってくることがなくなった。
またいつ魔物が攻撃を仕掛けてくるかわからない。これ以上の好機はない。
「魔剣と魔鎌の一撃……! これで、眠れ!」
頭上から降り注ぐ魔力を纏わせた鎌の斬撃と、雨のように降り注ぐ魔剣を、魔物はただ、受け入れた。
●
「ひとつ聞いていいかな」
それがまだ息をしている内に。どうしても聞きたいことができたと、世界は魔物に尋ねた。
「どうして最後の攻撃を受け入れたんだ?」
幼いといえど、あの大きさの魔物である。もしかすると、こちらが負ける可能性も十分あったというのに。
その問いかけに、うっすらと目を開けて数回瞬きをしたあとに魔物はこう答えた。
『いたいのも、さみしいのも、いやだ。けど、アレックスがしんじゃうのはもっとやだ』
あぁ、でも。やくそくをやぶっちゃったからもう“ぜっこう”かなぁ……?
それが、魔物の――ペロの最期の言葉だった。
「互いが互いを想うがあまり、周りが見えなくなってしまったのかな」
燃やしている魔物の亡骸から立ち上る煙を見上げながらココロはそんな言葉を口にした。
少年が魔物を守ろうとした真意はわからなかったが、少年と魔物の間にあった強い結び付きは、そう思わせるには十分な要素に違いなかった。
●ページの外側
魔物が隠れ住んでいた、森の一番大きな樹の洞。
次の年から、毎年この時期になると栗色の産毛の生えた花が咲くようになった。
近くの街の住人は、そこに隠れ住んでいた魔物の愛称をその花につけた。
『ペロ』――花言葉は『互いを想う』
成否
成功
状態異常
なし
NMコメント
ごきげんよう、特異運命座標の皆様。ノベルマスターの樹志岐です。
一を救い全を犠牲にするか、全を救うために一を切り捨てるか。
物語の選択は皆様に委ねられました。
以下、補足です。
●世界
幻想によく似た世界の、小さな町が舞台です。
●登場人物
【少年】
名をアレクセイといいます。齢10歳。
親しい人たちは彼をアレックスと呼びます。
親たちに黙って一人でこっそりと立ち入った森の中で出会った不思議な生き物と心を通わせ、『親友』となります。
魔物の引き寄せた『災厄』により不治の病に罹っており、このままにしておくといずれ衰弱死してしまうでしょう。
魔物を倒す選択をした場合、彼は全力で貴方たちをとめにかかります。
【不思議な生き物】
少年が『ペロ』と名付けた、災厄を招く魔物(の幼体)です。
その姿は犬に似ていて、唯一違うところがあるとしたら額にやや突起(角)があることくらいでしょう。
不治の病の要因でもあり、これを倒すことで病は治ります。
現在は一つの集落を滅ぼしてしまう程度ですが、年月が経つにつれ成体となり、さらに災厄を撒き散らすようになります。
なお、ペロ自身は自分が魔物であることに気づいていないようです。
●最後に
皆様の選択次第で、後味の悪い結末になる可能性がございますことをご理解くださいませ。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
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