シナリオ詳細
赫き悪魔の境界線上
オープニング
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赤と赫。
その、境界線。
●
鋭い刃物に皮膚を削がれるような、今夜はそんな寒い夜だった。
……まず、一人の少女の死体が目に飛び込んでくる。
首吊り死体。木から下げられた輪状のロープ。そこに、哀れな少女の、慄然とするほどの白く美しい喉元が、喰い込んでいる。既に、息は無い。
……次に目に入るのは、四人の人々。
ベレニケ、ラズィーヤ、アンスバッハ、バイロイト。
何れもがお決まりの様に身に着けた黒いフード付きのマントは、
”何か”への畏敬を、
”何か”への恐怖を、
”何か”への慟哭を内包し、彼等が正しく術者であることを示唆していた。
……更に次に目に入るのは、その術式。
換言するなら、儀式の爪痕。
大地に白線で描かれた円環、直径にすること三メートル。
円環を縁取るように置かれた蝋燭、数えること六本。
術者らの手に持たれた”教義”、重さにして千五百グラム。
大きく焚かれた炎は一つ。
無数の星々が煌めく深い夜。
―――だからそれは。
紛れも無く、そう一片の疑いも無く、”悪魔の召喚”に違いなかった。
●
「……せ」
ひゅ、と息を飲む音。誰の物かは定かでは無い。もしかしたら、皆が一様にそうしたのかもしれない。実際は、ベレニケのものであったが。
「”成功”―――したのかね?」
ぽとりと、と汗の滴る音。ベレニケが少ししゃがれ、上ずった声で。
……もっというと、親の機嫌を気にする子供の様な声色で、ただただ、同意だけを求める様な問いかけだった。
(成功、したのだろうか?
自分達の悪魔の契約は、成功したのだろうか?
成功しているに違いない、だって……、だって、眼前に)
ラズィーヤ、アンスバッハ、バイロイトは返答をしない。否、出来ない。
皆が凝視する。暗闇の中の一点。凝視している。
即ち、そこに在ったのは。
―――人型。
腐敗し、肘から先が落ちている左腕。
朱色に燃える右腕。
背は凡そ二メートル。
特徴的に長い、漆黒の髪。墨色に染め上げられ、闇夜に同化する様な髪。
瞳の色は、薔薇の様に美しい赤、赫―――≪同系色の虹彩異色≫(オッドアイ)。
ラズィーヤがへたりと地面へ座り込んだ。その悪魔の造形―――、”不完全な完全”は、現実として眼前に立ち上がっている。彼女はその美しさに、戦慄さえしていた。
「そうだ、成功だ……!」
そんなラズィーヤの様子など全く意にも介せず、漸くアンスバッハに瞳に歓喜が宿る。ひどく興奮した様子の彼は、心拍を跳ねあがらせて、拳を握り振りかぶった。
「”教義”など糞喰らえだ!
ああやっぱり、出来るのだ、我々に、出来るのだ……”悪魔”の顕現が!!
「まさに! まさにその通り!
真に信ずるは実体! 実体を有した”悪魔”こそ―――”我が神”!!」
アンスバッハに呼応する様に、バイロイトも興奮気味に声を張り上げた。両者の視線は、あつく”悪魔”へと注がれていた。
「―――ああ、我が神よ、貴方はこの世界に何をお与えになられるのですか?」
続けて問いかけ。
しかし、次の瞬間。
「っ!」
ふ……、と。
蝶が花にとまる様に、儀式の開始から今まで大きく焚かれ続けていた”炎”が、消えた。
消えない様に、決して消えない様に、大切に一晩灯し続けてきた”炎”だった。
そして、吹き消してしまったのは、他でもない……”悪魔”本人であった。
怪訝そうなアンスバッハとバイロイト。
しかし、ベレニケはその瞬間、理解した。
『故に問おう。汝、何を求める?』
顕現した悪魔が発声した。
少年なのか青年なのか分からない、そんな不思議な声色で。
『汝、何を求める?』
ひたり、と悪魔は一歩進んだ。
「……”故”、とは、”何故”―――?」
ベレニケが絶望的な声色で問う。悪魔の口が、歪んだ。
『非力な己への”憐憫”か?
欲望塗れの大人への”復讐”か?
それとも理不尽なこの世界への”≪終末≫(さよなら)”か?』
ひたり、ひたり、ひたり、と悪魔は前進する。
アンスバッハ、バイロイトの身体が硬直した。
が、そんな二人を意にも介せず、そのまま間を通り抜け、
悪魔は、傍らで相変わらず腰を抜かしているラズィーヤにはやはり目もくれず、
そして、最後にはベレニケの眼前に立ち止まり、……否。
……”そのロープに吊り下がった少女の前に立ち”。
『―――承知した、≪哀れな少女≫(我が主)。
そう、我が右腕で。
この”欲望塗れの大人たち”を―――』
残響する絶叫。
死んだはずの少女、プシュケが自力でロープから降り、地面に横たわっていた。
炎が消えたら交渉決裂。
それが契約のルール。
そしてその後に抱える代償は、一つしかあり得ない。
『―――破滅させてみせよう』
●
「フェルギュス卿、あの声は……」
暗き道を往く軍馬。馬の慄きと共に、一名の騎士が呟いた。
「―――ふん。
やっぱり、≪良くない噂≫(ベレニケ等の悪魔召喚)は本当だったか」
フェルギュスと呼ばれたまだ幼さを残す面持ちの騎士―――こう見えて辺境都市『プロコロナウィス』の騎士団副長までを務める彼は、不機嫌そうな感情を隠しもしなかった。「”悪魔祓い”は性分では無いが……、民に害成す存在を見過ごすわけにもいかない。
さっさとケリをつけよう」
「……しかし、この人数で果たして事足りるのでしょうか」
不安げな騎士の問いかけに、フェルギュスは眉を顰めた。
「何に恐れている?
高々数名の”異教徒”如きが呼び出した不純など、恐れるに足らず!」
その勇猛さ故に、フェルギュスは齢弱冠十八にしてこの高位へと就いたのだ。しかし、部下の一人は、今回の事件への大きな不安を隠せていなかった。
(『ローレット』へ根回ししたことがばれれば、また大叱りかな……)
その不安に忠実に、彼は騎士団以外のルートを通じて、援軍を要請していたのだった。
……そして、彼の判断が極めて正しかったことを、後に騎士団は知る。
⚫
ローレットへと一人の騎士から依頼があった。
彼はこれから悪魔祓いへと向かうことになったのだが、上司である騎士団の副団長がいささか前のめりぎみにその対応を決めているようである。すなわち、敵の能力を過小評価して部隊の編成を進めているようだ。
依頼人は今回の事件に上司よりも強い危機感を抱いている。そして彼は、万が一の場合を想定して、イレギュラーズの派遣を要求している。
この依頼を受けるものは辺境都市プロコロナウィスへと急行し、悪魔祓いの現場へと向かい、騎士団の作戦に合流してほしい。
- 赫き悪魔の境界線上完了
- GM名いかるが
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年03月29日 21時15分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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今回のケースであれば、初期の課題は明確だ。問題を解くときの初手は、問題を理解すること。
もっとも、最適解を導出するには、変数が多すぎる。
しかし、確実なのは、その全てを抑止することである。
此度のイレギュラーズは、実際、そうした。
プシュケの対応を『揺蕩う青菫』アイオーラ・イオン・アイオランシェ(p3p004916) と『PSIchoparty』狩金・玖累(p3p001743)が。
赫き悪魔の対応を『太陽の勇者様』アラン・アークライト(p3p000365) 、『大空緋翔』カイト・シャルラハ(p3p000684)、『魔王勇者』ルーニカ・サタナエル(p3p004713) 、『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887) 、『シーナ』7号 C型(p3p004475)が。
そして騎士団の対応を『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)が。
其々の初期の位置取りは不整合なく、滞りない。
故に彼らは、この難解な局面を、ほぼ理想的、と云ってよいほどの好条件な初期値を得た上で、開始する事が出来た。
●
「異形の不信仰が実体と化したか。不愉快極まりない」
鼻で笑いながら息を吐いたフェルギュス。
馬上から不遜な瞳で見遣る先には、意図しない契約により束の間の生を再生した少女プシュケと、左腕を腐り落とした赫き悪魔が一体。
フェルギュスに呼応するかのように、赫き悪魔も口角を上げた。
「シュヴァリエ……何時の時代も傲慢に溺れる愚かな存在か。
問おう、我が主。
汝、何を求める?」
赤と赫の両眼が愉しげにプシュケを捉えた。
「……ぁ……かはっ……」
そして対照的に、プシュケは満足に返事も出来ぬ程に苦しげな表情を露わにしていた。
「プロコロナウィスに悪魔の居場所は無い。覚悟したまえ」
フェルギュスが白銀の剣を構える。彼に従う十名の兵士も同様に構えた。
両者が激突する。誰もがこれからの血戦を覚悟したその時。
「む……!」
咄嗟に反応したのは赫き悪魔。彼が察知したのは、主であるプシェケに対する、明らかな敵意であれば。
「冥土に行った女の子の数奇な後日談に首を突っ込めるなんて、奇怪な機会に巡り合えるとはね。
―――騙り部冥利に尽きるぜ」
玖累から放たれる偶像の縄縛。
プシュケのすぐ傍をその攻撃が穿つと、赫き悪魔の意識は遂にそちらへと向き、
「ぼやぼやしていると、大事な宿主が傷つけられてしまうわよ?」
プシュケを斬りつける天使の羽根のようにも見える短剣―――アイオーラの振るう切先が僅かにプシュケを掠めると、その表情は一変した。
「貴様ら……」
しかし、アイオーラはすぐ離脱する。何故ならプシュケの周辺には、近接を拒む瘴気がたち込めていたからだ。
赫き悪魔だけでなく、フェルギュスも突然の事態に眉間に皺を寄せ目を凝らした。そんな彼に近づく一人の影。
「騎士様。どうか御身にお知らせしたき事柄がございます」
「その者共の一味か? 悪いが、時間は無い」
否定しかけたフェルギュスを遮るように、一人の兵士が彼の眼前へと進み出た。
「副団長殿、彼等もこの道で生きる者共です。少しだけ聞いてはいかがでしょうか」
彼がちらりとデイジーと視線を交差させる。彼が、ローレットへ根回した張本人なのであろう。
フェルギュスは一瞬眉を顰めたが、兵士の雰囲気に感じるものがあったのか、「……聞こう」と呟いた。
しかし、その瞬間にも赫き悪魔の行動は始まっている。その絶妙なタイミングで、グリムペインが間に割って入った。
「やあやあ! 其処居る悪魔君、月夜に火遊びかい?
フハッ、あまり関心しないなあ」
「……」
感情の読み取れぬ目で、赫き悪魔がアイオーラらから視線をグリムペインへと移す。
「憐れな少女の為にマッチか何かを買ったのだろうけれど、ちゃんと何を買うのか話したのかい?」
「何が言いたいのか、分からぬな」
「では質問を変えよう。その少女、見た所喋られる様子にないけれど。
本当に、彼女がそうしてくれと言ったのかい?」
「その通りだ」
「人間の心は一枚岩じゃないんだよ。憎悪の底で大切に思う事だってあると知らないかい?
……もう一度聞くけれど、本当に”彼女が言った”のかい?」
「我が主の総ては今になっては憎悪だ。残念ながら。
無為に一度殺害された我が主は、望んでいる。プロコロナウィスの破滅を」
そんなグリムペインと赫き悪魔の問答を傍に、デイジーとフェルギュスの交渉も始まっている。
「私達は悪魔祓いを生業とする巡礼者の一団です。
近頃この辺りに良くない噂があると聞き立ち寄りました」
「……ほう。それで?」
「騎士様方の手を不浄な者の血で汚すのは忍びありません。不浄を祓うのは私達の役目。ですが、私達は非力な身。此度の悪魔の力は騎士様方には劣るでしょう。
どうか不浄の降りかからぬよう、私達が不浄の祓いをとげるまで、お力添えを賜れませんでしょうか?」
巡礼者の格好をしたデイジーが滑らかに口上を述べる。その雰囲気、内容、全てがお嬢様然としており、様になっていた。フェルギュスはデイジーの後ろに備えるC型7号もといシーナらを見遣りながら、数秒の後、頷いた。
「殊勝な心掛けだな、巡礼の者よ。
よかろう。貴君らの敬虔な信仰を、俺は理解した。
我らの手を無用に穢す必要はない。好きにしたまえ」
「―――ありがとうございます」
その言質を取った瞬間、「うおおおおおお!」と裂帛の気迫が赫き悪魔へ切迫する。
「僕を止めないと、この剣であの少女の命がまた散るかもよ」
シーナが遠距離射程からバリスタで正確に赫き悪魔を撃ち抜き、その援護射撃の合間を縫って、ルーニカが一瞬で距離を詰める。ルーニカが身に携える魔王勇者の剣が振り下ろされた時、その刀身は、赫き悪魔の右手に止められていた。
(悪魔、ねぇ。僕にとっては人間と何も変わりはしない。
―――きっと何かがあったのだろう)
性別不詳。全てに平等に、全てに理解し合おうとするルーニカは、感情を隠した。
「お前という炎が消えたら、少女を開放しろよ!」
そして、立て続けにカイトが赫き悪魔へと斬りつける。彼は、赫き悪魔の左腕の方から迫っていた。
「……愚かな」
「……っ!」
静かに炎を吐き出した赫き悪魔に弾かれたルーニカ、体を入れかえるようにして赫き悪魔の躰から炎が噴き出すと、カイトの接敵を拒む。「あっつい! ”焼き鳥”になっちまう!!」と彼は瞬時に避けた。
(熱いけど……でも、≪アイツ≫(プシュケ)の苦しみに比べたら!)
そんな中、不遜な表情を携えたアランが大剣を構えて赫き悪魔へと斬りかかった。
「よう、未完成のボロ人形さんよ。燃やせるもんなら燃やしてみろや」
カイトの時と同様にその右腕から炎を吹き出した赫き悪魔は、けれど、アランの違和感に気が付く。
―――彼はその炎をもろともせず、赫き悪魔へと距離を詰めたのだ。
それは、
「ああ、序でにいっておくが……、俺に炎は効かねぇぜ!」
「ほう……!」
迫りくるグレートソードの刃を素早い身のこなしで躱した赫き悪魔は、其処でアランと若干の距離を取った。
静かな膠着の時間が生じる。その一連の攻撃を見ていたフェルギュスは、怪訝な顔で傍らののデイジーとシーナに問い掛ける。
「……”悪魔祓いを生業とする巡礼者”というのは、真だろうな?」
「もちろんです」そう言って頷いたシーナに、「ならば、構わぬが……」と依然納得いかない表情のフェルギュス。デイジーは蔭でシーナへとウィンクを投げた。
「皆の者、巡礼者共が前へと出る。
後方支援の準備をせよ!」
フェルギュスの号令に兵士たちの位置取りが大きく変わる。
「……なんだ。案外聞き分けのいいおぼっちゃんか。
まあ、話の通じない莫迦よりも幾分有り難いや」
そんな玖累の呟きは、彼が後衛の位置取りを、しかもプシェカ側でしていたことから、誰にも届かなかったのが幸いだった。
赫き悪魔を囲む、イレギュラーズと騎士団の包囲網。
形勢は極めて明解。
……だなんて、アイオーラにはどうしても思えなかった。
(嫌な無騒ぎね)
彼女の眼には、暗闇に一人浮かび上がる、美青年。
そんな彼はこの窮地とも云える状況で微笑んでいたのだ。
●
「何がそんなに可笑しいのかねぇ」
グリムペインが、しかしこちらも微笑を貼り付けながら問うと、赫き悪魔はプシュケを見遣り、そして口を開いた。
「我が主、この状況をどう受け止めるかね」
「―――」
「我が主の絶望は、よく理解している。従って、その帰結は合理的だ」
「―――」
「故に問おう。汝、何を求める?」
「―――」
「宜しい。ならば、闘争だ」
少女と悪魔の問答。
呻き声だけを生み出すプシュケと。
只管にくつくつと愉快する赫き悪魔。
グリムペインはその心底に、詐称を見た。見たが、それは証明では無い。
ここに、契約は成った。
少女は願った。
悪魔は誓った。
……それが全てだから、其処からは早かった。
まず、赫き悪魔は深く息を吸う。
そして、ぼう、とその炎を吐き出しながら、
「―――Aequat omnes cinis―――」
それは何処かの世界の言葉。
共通する解釈は―――、”灰に還れば全て同じ”。
「……あちっ! だーかーら焼き鳥になっちまうって!」
「っ!」
瞬間、カイトらイレギュラーズを焼き払う業火が吹き荒ぶ。ルーニカはその相貌から笑みを絶やさないが、その額に汗が流れた。「……私だったら、”焼きクラゲ”かしら」と真面目に呟いたアイオーラに、「妾なら”焼きタコ”じゃの」とデイジーが可笑しそうに返す。
「……チっ!」
やはりアランだけはその業火が和らぐが、それ自体の威力が軽減されるわけでは無い。彼の顔にも、苛立ちが浮かび上がる。
前線に居たイレギュラーズ、特にカイト、ルーニカ、アランがその被弾が顕著で、時点でアイオーラもダメージを受けた。
「この変わり様は……」
後衛に位置していたシーナが、赫き悪魔の変容に気が付く。
「……俺達を契約の対象と見做したか」
恐らくそのシーナの仮説は正しい、と玖累も内心で同意する。
そしてグリムペインは、咄嗟に体勢の立て直しを図る。
「来たれ火の鳥死出の灰。
―――今再びの再燃を!」
召喚された不死の象徴がイレギュラーズ達を癒す。
「フン。そろそろ狸寝入りも終わりじゃろうて」
イレギュラーズ達は陣形を変える。プシュケは赫き悪魔から幾許か距離がある。詰まり、赫き悪魔にブロックに入っても、瘴気の影響は受けない。
傷ついた前衛陣と、今まで後衛に位置していた者が入れ替わる。アイオーラ、玖累、デイジーが赫き悪魔の眼前へと立ちはだかった。
(後衛の皆が心置きなく攻撃と回復に専念できるように……)
アイオーラはうすばねを構える。赫き悪魔は、迎え撃つように右腕を振り上げた。
「―――Alea jacta est―――」
神と悪魔は紙一重。
強大な力を持つ悪魔は、あるいは神と祀られ得よう。
赫き悪魔の右腕がアイオーラのうすばねを弾く。アイオーラはその後に通り過ぎる拳をなんとか遣り過ごす。入れ替わる様に、デイジーが疑似神性を付与した大壺蛸天で赫き悪魔の左上半身を斬り抜いた。炎がほとばしる。アイオーラとデイジーの連携の妙であった。だが、その傷の深度は決して深くは無い。
「さてさて。
やっぱり、何かを滅茶苦茶にする時は例え苦しくても、辛くっても、寂しくっても虚しくっても、ニタニタ笑ってないといけないよね」
バトルストリングを張らせた玖累の近接格闘。赫き悪魔は軽快にステップを踏み後退すると、その鋼線を回避する。
「ふーん、やるじゃん」
貼り付けた嘲笑を忘れずに玖累が感嘆する。玖累は深い追いせず、むしろ赫き悪魔と距離を取る。彼は後衛領域からの攻撃も可能だ。
(生死は問わんが、代償からは解放されて欲しいな。あの少女)
シーナがその玖累の動きを支援する様に、射撃で赫き悪魔を穿つ。そしてそのままそれを前進の支援に転じ、ルーニカが再度前へ出た。
「やっぱり、一筋縄ではいかないか。
でも、やることは変わらない。……拳で語れるかな?」
「よっし。んじゃ、挟み撃ちといきますか!」
「うん。いっくよー」
グリムペインの療術を背に受けながらルーニカとカイトが疾り、赫き悪魔を挟撃する。 剣と剣。赫き悪魔の、凶悪なまでに美しい相貌、そして、≪同系色の虹彩異色≫(オッドアイ)がじろり、と彼らを見つめる。
赫き悪魔の躰から炎が溢れる。その熱量に気圧されながらも、二人は退かない。
「……っ!」
赫き悪魔にその切先が滑らかに抉り込む。その刃先を右腕で掴み込むと、そのままルーニカを突き飛ばす。そして、そのままカイトへ強烈な蹴りを繰りだすと、彼はそれを直撃で喰らう。
尻餅をついたルーニカは、ここに至っても穏やかな表情を崩さない。
(僕はいつだって、大丈夫。
それに……僕達はまだ、事情を何も知っちゃいないんだ)
ぽん、とそのルーニカの肩を、アランが乱暴に叩く。
「……あんま無理すんじゃねぇぞ」
「もしそんな風に映っていたら、僕もまだまだだね」
「いや、そんな気がしただけだ。他意はねぇ。
おい、グリムペイン、追加でこっち回復頼むぜ」
「ハハッ、お安い御用さねぇ。
―――縁を繋いで枝へと撒かれる。枯木に花咲く緑の灰!」
「チッ、認めたくはねぇが、このクソ悪魔はマジで強そうだ。
一丁、気ィ引き締めて―――悪魔殺しといくか」
「狩金と支援する。動線を確保するから、走ってくれ、アークライト」
「はーあ。
試行錯誤の末に呼び出したモノが自分たちの願いをかなえてくれるなんて思考錯誤を起こした≪バカな奴等≫(愛しい愚か者)の後始末だけど、とりまがんばろーか」
シーナと玖累の言葉に、アランは「はいよ」と無愛想に頷いて、駆けた。シーナの斉射が、狩金の偶像縄が、アランの接敵を容易にする。
前線ではデイジーが焔式を放つ。しかし、どうやらこの攻撃は赫き悪魔とは相性があまり良くなさそうだ、と彼女自身は分析していた。
アイオーラも凄絶な斬撃を繰り返していた。彼女は、迫るアランの姿をきちんと確認していた。そして、彼の大剣が赫き悪魔を射程に捉える。
「貴方、余裕ぶっているけれど、私には分かっているわよ」
アイオーラが妖艶な声で赫き悪魔を詰る。
「ほう。何を分かっているのかね」
「不完全な術式故の、不完全。貴方、躰を酷使する度に、滅びに近づいているわね?」
赫き悪魔は、彼女の言葉に沈黙を返した。事実であったからだ。
「……だから素人は困るのだよ。それなりの償いは受けて貰ったがね」
「ごちゃごちゃうるせーよ、ボロ人形!」
アランが大剣を振り被る。アイオーラとデイジーも武器を構えた。
―――金で魔王を殺すのなら。悪魔を殺せぬ道理は、彼には無い。
後衛陣による弾幕とも云える厚い攻撃支援、そして療術。
前衛陣の連携の取れた近接ブロック。
それは出来損ないの悪魔を断罪する、唯一無二の刃。
一刀の元に斬り伏せる渾身の刃。
アランが息を吐く。
「宿主がどうなろうが構わねぇが……テメェは葬るぜ!」
斬、と。
美しい縦一線の残存が、美しい体躯を撫ぜた。
●
軽やかに赫き悪魔がよろめいた。
正にその姿は、炎そのもの。
風に揺らぐ玲瓏な美青年の姿は、吹かれただけで揺らぐ蝋燭の火の様に、今ではいっそ儚く、デイジーの瞳に映った。
「成る程、素人仕事の代償を抱えていたとは云え、ここまでの相手が居るとは予想していなかった」
赫き悪魔が苦る。その表情に憮然さは感じ取られない。むしろ、何処か清々しい。
「今回の召喚は、こんなものだな。よろしい、認めよう、我の敗北だ。
誇るが良い、貴様ら全員、―――立派な”悪魔殺し”とな!」
消えゆくその体躯。
全てが炎となり、それが真実消えていくかのような錯覚をする。
「待ちな! その少女、如何する心算だい?
まさか、王子様の接吻で目覚めるってもんでもないんだろ?」
グリムペインが問う。
消滅しかけた赫き悪魔は、嗤った。
「我が主の痛みは、我の罪だ。我が背負ってやってもよい。
だが我が主の苦痛が癒えても、”殺された”というトラウマは一生彼女を苛むであろう。
―――我が消える前に、選び給え。それくらいの権利は貴様らに与えよう」
●エピローグ
シーナは内心で安堵した。己のギフト……涅槃寂滅を使わずに済んだからだ。
「それじゃあ、元気でね」
ルーニカがフェルギュス以下騎士団員に笑顔で手を振る。ルーニカは全ての団員の顔を覚えたし……その姿勢が、彼らを友好的にさせた。
「……騎士様ってなんとなく苦手なのよね。仕事柄かしら?」
去りゆく彼らを、ディープシーの姿に戻ったアイオーラが眺める。
「……で、そのガキどうするよ」
「この土地には嫌な思い出もあるだろうから、ローレットで一旦引き取ってはどうだろうねぇ」
アランにグリムペインが返す。「まさかこんな結果になるなんて思ってもなかったからなー」とカイトが頭を掻いた。
「……魂の女神の名前を持ちながら、なんて皮肉なのかしら」
「結果的には生き延びた訳わけじゃし、何とかなる気もするがの」
アイオーラの指摘に、デイジーが返した。
苦痛は無くなった。多分、それは真実だ。眼前の少女はもう、魘されてはいない。
けれど本当に、今後上手くやっていけるだろうか。シーナにもそこは分からない。
……やがて、魂の少女が、目を覚ます。
「そーいや、まだ名乗って無かっ たね。
改めまして―――、はじめまして。僕の名前は狩金玖累」
―――君の願いをズタズタにしに来たよ
張り付いた笑みで玖累がそこまで言ったか言わなかったかは、また別の話。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
皆様の貴重なお時間を頂き、当シナリオへご参加してくださいまして、ありがとうございました。
姿に趣向を凝らす、火炎の耐BSがある、布陣も合理的で、素晴らしいプレイングばかりだったと思います。
結果として騎士団を極めて有意に利用し、悪魔を退場させただけでなく、少女をも救う結果になったのは、そのことを明示しています。
ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『赫き悪魔の境界線上』へのご参加有難うございました。
GMコメント
●依頼達成条件
・『赫き悪魔』の撃退
※撃退なので、撃破しなくても成功になり得ます。
●情報確度
・Bです。OP、GMコメントに記載されている内容は全て事実でありますが、
ここに記されていない追加情報もありそうです。
ただしそれは”物語的な”追加情報であり、
難易度へ影響を及ぼす類のものではありません。
●現場状況
・≪幻想≫郊外の森。
■時刻
・夜です。特に対策が無い場合は、相応のデメリットが想定されます(命中率ダウン等)。
●敵状況
■『赫き悪魔』
・曰く、気まぐれの赫き悪魔。無名。
・人を惑わす美しい容姿に、絹の羅衣を纏ったような声。
・召喚儀式の生贄となった、哀れな少女『プシュケ』を主として定めた様です。
従って、彼は迎撃対象への攻撃と同時に、『プシュケ』の守護を行うでしょう。
・不完全な術式により不完全に召喚されたため、左腕は腐り落ちている上、
攻撃の度に自身を苛んでいきます。
一方、右腕は業火を帯びた微完全体で、繰り出される攻撃は強力でしょう。
・下記攻撃の可能性があります。
1.アエクォト・オムネス・キニス(A神特レ域、火炎、反動)
2.アレア・ヤクタ・エスト(A物近単、火炎、封印、反動)
3.アニムム・レゲ(A物近単、火炎、ブレイク、反動)
■『プシュケ』
・召喚儀式の生贄となった少女。白い髪に灰色の瞳の美しい容姿。
・ロープに首を掛けられ死亡しましたが、『赫き悪魔』との契約により、
息を吹き返しました。
・苦悶の表情を浮かべながらのたうちまわっています。
彼女の周囲には不可思議な瘴気が浮遊し、近接を強く拒みます。
・彼女自体は、一連の戦闘に加わりませんし反撃もしませんが、上記瘴気がプレイヤーに悪影響を及ぼすでしょう。
また、仮に攻撃を受けても、通常の人間よりも遥かに死に辛くなっています。
・下記の能力の可能性があります。
1.契約と代償
(プシュケを中心とした半径一メートル内に居る場合、毎T麻痺・封印を50%で付与)
●味方状況
■辺境都市『プロコロナウィス』の騎士団
・ベレニケ等の危うい動向を敏感に察知した騎士団は、
最悪に結果を危惧して小規模な騎士部隊を派遣しています。
ただし、『プロコロナウィス』の騎士団も、『赫き悪魔』の能力を
聊か過小評価している様です。数も錬度も十分とはいえません。
騎士団副長『フェルギュス』以下、十名の部隊です。
・プレイング次第で共闘も出来ますし、別行動も可能ですが、
上手く使う事を推奨します。
■『フェルギュス』
・若くして辺境都市『プロコロナウィス』の騎士団副長に昇格した、実力者。
・金髪碧眼の彼は、馬上からの巧みな槍術で攻撃を繰り出しますし、一部の攻撃魔術をも使役します。
即ち、味方としては非常に頼もしいのですが、若さ故の危うさも孕んでいるでしょう。
■『フェルギュス』の部下
・攻撃隊九名に療術者一名の内訳。
・攻撃隊九名は更に、物理攻撃隊五名と魔術攻撃隊四名に分かれています。
・いずれも戦闘にはある程度慣れてはいますが、錬度が十分とは言えません。
●備考。
・『赫き悪魔』に名前はありません。オープニングでは「『赫き悪魔』」「『悪魔』」等適宜それと分かるように記載して頂ければ十分です。将又、「自らで名を与える」のも、(その可否は別にして)一興でしょう。
・ベレニケ、ラズィーヤ、アンスバッハ、バイロイトは、イレギュラーズ到着時に、既に全員が『赫き悪魔』により惨殺されています。『赫き悪魔』は、『フェルギュス』の部隊を壊滅させれば、『プシュケ』の命に従い、そのまま周囲の村々を焼き払い、いずれは『プロコロナウィス』へと攻め入るでしょう。必然、被害は甚大になります。
・『赫き悪魔』撃退後に『プシュケ』がどうなるかは、『赫き悪魔』次第です。換言すれば、プレイヤーのプレイング次第です。
・本シナリオに登場する『悪魔』は便宜上設定された呼称です。『悪魔』は謂わばプロコロナウィス地方に伝わる伝統的な降霊術により顕現した召喚獣のようなものであり、『魔種』とは異なる存在です。また他シナリオに登場する『悪魔と呼称されるもの』とは異なる独自の概念であります。
皆様のご参加心よりお待ちしております。
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