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シナリオ詳細

<Sandman>夢見るカメレオンの狂言

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 人間といういきものにはランクが決まっている。
 それは明示されている訳でもなければ群れの動物のように少なからず誰もが意識して誰もが認識する所だろう。
 例えば、だ。良き隣人で『あった』幻想種と呼ばれた永劫たる美、魔導をその身に宿す長寿の種が奴隷として売買するに素晴らしき商品であったとするなら?
 それは『そういう存在だ』と認識されたという事だ。
 種そのもののランクが変動し、搾取されるいきものとしてこの世界で生きていくしかないという事である。

 そう、幼きクリストフに父は語って聞かせた。
 だからだろうか、クリストフにとっては『父の言葉』こそが全てであり、せかいであったのだ。
 あの、紫苑に揺れる長髪に豊満な肢体。憂いを帯びた瞳の大魔導を求め縋り何時か自身の手中に収めたいとさえクリストフは考えていた――誰もがそれを否定した。そんな到底無理な話を夢に見るべきではないと。
 少年の淡い片恋だったが、世界が綻びを見せた時、神様が彼にチャンスを与えたのだと認識していた。
 彼はおとなになった。そして、理解した。
 片恋だと思っていたのは只の憧憬であり、それと似た長耳の女達は搾取されるべき存在であるのだと。
 そうして人間がランクを付けられたときに、クリストフは「やっとだ」と思ったのだ。

 やっと――やっと、『ボクの方が上』になったんだ!
 じゃあ、何をしたっていい。だって、『そういう存在』なんだから!


 ふうん、と紅の引かれた唇は笑みを浮かべながらそう言った。
 天女と呼ぶには余りにも過激な紅の羽衣はその美貌と共に揺れ動く。叢雲に隠されまいと男たちが彼女を呼ぶよりも疾く彼女はその姿を覗かせた。
「気に喰わない」とその色付く形良い唇が不機嫌を乗せる。
「気に喰わないね」と再度重ねたその言葉には苛立ちと焦燥、そして黙す事を否定するかのようなニュアンスが乗せられていた。


 ラサという国は商人と傭兵たちで出来ている。だからこそ、言葉を交わし合わねば理解し合えない事があるというのも天女――『緋狐』チー・フーリィの言だ。
「私ってのはね、全くもって気に喰わない事があった時に黙ってられないんだよ。
 特に、人身売買ってのが大の嫌いでね。どうしてって? そりゃあ――『嫌いだから』だよ」
 商売はあくまでクリーンで美しいものでないといけないと天女のかんばせで彼女は云った。
 だからだろうか。『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)の許に情報をすぐに寄越し特異運命座標の派遣を乞うたのは。チーの余りの勢いに圧倒された雪風が泣き言を漏らしていたのだが、そうしている時間の余裕はないようだ。
「えーと、ラサの合議会で意見がぱっくりとしたそうで。詳しくはチーさんが教えて呉れると思うんだけど」
「『ザントマン』っていう奴が焙りだされたんだ。それもね、『身内』から出たってなりゃ、こっちも一応『おはなし』をするってもんだろう?」
 曰く、ザントマンと呼ばれた男はその対話の場で深緑の同盟を破棄し大々的な新緑を開始すると宣言したのだそうだ。その場の商人や傭兵たちには莫大な利益をもたらすと付け加えて。
「……それって、ラサが深緑に攻め込んで奴隷乱獲ってエロゲみたいなことするってことっすか!? 引く」
「何が言いたいか分からないけどね、とにかく状況は胸糞悪い程にまずいよ。
 だから、アンタたちの力を借りたいんだ。奴隷の闇市が行われる場所にキャラバンを走らすからね――同乗して欲しい」
 キャラバンに乗り込み、そ知らぬふりをして闇市の中へと潜入。そして、奴隷となっている幻想種の奪取と奴隷市を開いている大元の商人の捕縛をチーは考えているらしい。
「なんか、厭な情報があってさ。『商品』がつけてる首輪が――その」
「『その』?」
「何かの魔的な力を持っていると思う」
 彼女らは意思に関係なくその身を動かされる可能性があると、雪風は渋い顔でそう言った。
 しかし、だからといって『チーさんいってらっしゃい』という訳にもならない。
「……俺だって、望んでない人がそういう目に合うのゲームでもちょっと地雷めな方だから、さ。救ってきて欲しい、というか――人が嫌がる事はやっちゃいけない!」
 雪風は慌てた様に言葉を紡いで、動か、救って欲しいとチーの言葉を借りる様に特異運命座標へと云った。

GMコメント

 日下部と申します。

●達成条件
 ・『カメレオン』の捕縛
 ・『商品』の保護

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●奴隷闇市
 ラサのネフェルスト市街にて無許可で行われる幻想種のマーケットです。
 主催者たる『カメレオン』は堂々と楽し気に商品を振り込んでいます。

●『カメレオン』
 それは通称。蔑称でもあったそうです。父の七光りであり、父の影に隠れているだけであった商家の二代目。
 非常にずんぐりむっくりとしたフォルムの男です。戦闘能力はまあまあですが、後述する『グリムルート』で商品を護衛にしています。

●商品『ごえい』*2
 ひらがなで『ごえい』という木札を首輪につけられた幻想種の女性です。
 眠りの粉(意識を失わせる)とグリムルートと呼ばれる首輪で自由はありません。
 カメレオンを護る様に立ち回ります。戦闘派。前衛タイプのようです。

●商品『うりもの』*5
 ひらがなで『うりもの』という木札を首輪につけられた幻想種の女性です。
 見目麗しいものばかりであり、意識はありますがその意思に反してからが動きます。
 意識に反し魔法攻撃を行う事で非常に自身の行いを悔いるような言葉を繰り返します。
 特異運命座標や敵対する傭兵商人には容赦なく攻撃するように体が動くようです。

●有象無象の商人たち
 わらわらとお買い物に来てる人たちですが戦闘能力はとても低いです。簡単に散ります。

●『グリムルート』
ザントマンより与えられたという首輪です。壊すことはできそうですがそれなりに固いようです。簡単には壊れません。
本人の意識が残った儘、思い通りに動かす事ができるのだそうです。

●『緋狐』チー・フーリィ
 友軍。キャラバン隊の一つ『緋狐』としてこの闇市に潜入します。
 皆さんの事はキャラバンのひとつに乗せて渦中迄運んでくれるそうです。
 元が商人ということもあり戦闘能力は控えめですが、その所有ギフト『幻惑の香煙』は人の心を安らげる効果があるそうです。

 どうぞ、よろしくお願いいたします。

  • <Sandman>夢見るカメレオンの狂言完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年10月10日 21時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エーリカ・メルカノワ(p3p000117)
夜のいろ
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
鬼桜 雪之丞(p3p002312)
白秘夜叉
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
グリムペイン・ダカタール(p3p002887)
わるいおおかみさん
湖宝 卵丸(p3p006737)
蒼蘭海賊団団長
ウィリアム・ウォーラム(p3p007502)
軍医

リプレイ


 腹が減った。腹が減ったと『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)は繰り返した。
「I’m hungry!! こんなに愚か者達なのに、こんなにお肉が転がっているのに、手が出せないなんて口惜しい!」
 あゝ、腹が減って堪らないとグリムペインは頭を抱えた。その言葉を耳にしながら『緋狐』チー・フーリィは「少し我慢しとくれよ」と囁いた。往くキャラバンに揺られながら、その片隅にじゃらりと転がる鎖をちらりと見遣って『夜鷹』エーリカ・マルトリッツ(p3p000117)は手首を擦る。
「さてさて、アンタたちが手伝ってくれるってんだから助かったよ」
「わざとらしい。チーに厄介ごとを押し付けられるのは何時ものことだろ。
 ……報酬はしっかりしてるんだから勿論働きますとも」
 肩を竦めた『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)にチーは蠱惑的な笑みをその唇に浮かべる。三日月の形に歪むそれを確認してルーキスは頬杖をついた儘、静かに溜息をつく。
 曰く――嫌いだからぶっ壊してほしい。それこそがチー・フーリィが此度訪れた理由なのだという。ブラックマーケットに向かうキャラバンに積荷として進む特異運命座標達は彼女に身を任せるしかないのだが、分かりやすい動機で動くチーの事は逆に信頼に値するとルーキスは美しいおんなのかんばせを眺めた。
「ふふ。奴隷のブラックマーケットですか。奴隷が居るという事はその使用者がいるということ。
 誰かの上に立つ。それはとても気持ちのいいことです。他人を踏み躙る事を好む者がいるのも私は理解できますよ」
 その幼いかんばせに張り付けた笑みには毒気すら感じさせない。背より覗いた腕をだらりと自身の前に足れ下げて『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)はくすくすと笑う。天使の翼が如く背より覗いた白骨の腕は四音を抱き締めては離さない。
「束縛というのは望まれなければ不幸を産む――なんてのは物語でもよくあることでしょう?」
「そう。だから、のぞまれぬ存在であることを鎖で、首輪で知らしめるなんてあってはいけないの」
 ひとがひと足らないと教え込むかのような。存在の否定。エーリカは外套を目深に被り唇を噛み締める。
 首輪。隷属のあかしは『守護天鬼』鬼桜 雪之丞(p3p002312)の目には不快なものとして移った。雪之丞は怜悧な瞳で実情を見られると感じていた――見れていた筈だったのだ、グリムルートを目にするまでは――というのに、転がる首輪を目にしてはっきりと自覚したのだ。
(――身体を支配し、束縛する首輪。魂の隷属とまでいかぬようですが、陰陽師の式神と似ているのですね)
 それこそが心底に嫌いなのだと胎の中に溜まった息を吐き出すように大きく深呼吸をした雪之丞のその吐息を耳にして『男なんだからな!?』湖宝 卵丸(p3p006737)は静かにキャラバンに揺られ続ける。卵丸にとっても深緑とラサを取り巻くこの問題には納得が出来なかった。
(女性を捕まえて奴隷にするなんて、卵丸、海(?)の男として絶対に許せないんだからなっ!!)
 ふと、卵丸が荷台より外を眺めて周囲を見回した。視線で追いかければブラックマーケットの中には堂々と男たちが往く姿が見えた。
「あれが『奴隷市』? ……普通のマーケットに見えるな?」
「そう見える様に細工してるんだろうよ。やれやれ、人身売買ね……
 儲け話は好きだが、んな事に加担する奴らの気が知れねェな。攫うテメェにも家族がいるだろうによ」
 防衛魔術を仕込んだ指輪をその指先飾って『軍医』ウィリアム・ウォーラム(p3p007502)は肩を竦めた。いのちを救う職務を全うし続けた軍医にとって、いのちを蔑ろにする行為はどうにも納得できなかった。
「家族ね――パパが言ったから『そう』だってなら、とんだ教育方針だ。
 自分の価値を決め付けられるからか。違う。可能性を奪われるからか。違う。己の意思を曲げられるからか。違う……それら全てが気に食わない」
『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858) は吐き捨てるようにそう言った。チーより感じる仄かなかおりに鼻先擽られながら、青年は只静かに「気に食わないもんだ」と毒吐くだけだった。


 夜鷹、と。そう村の人々は少女を詰った。エーリカ・マルトリッツという少女にとって自身はヒトに満たぬものであると認識していた。その白魚の指先を掴み上げ、そうじゃないとせかいを教えて呉れる人がいた。それが、救いで、それがはじまり。
 ――だから、『そう』なろうとしているひとたちに、手を差し伸べる事が出来る筈。
「ついた」とチーの声音がする。エーリカは意を決した様に美しい狐の女に「あの」と声をかけた。彼女が醸し出す麗しのかおり。それを精霊に乗せて運んでは貰えないかと恐る恐る、言葉を選んで。
「……上手くいく保証はないよ」
「構わない。精霊たちには俺達からも頼むから。やってみる価値、あるだろう?」
 エレメンタラーである行人がじっくりと確かめるようにそう言った。切れ長の瞳は細められ、『そこ』に存在(ある)べき存在に気付いたかのように会釈を一つ。
「精霊(みんな)、協力してくれる……かな」
「大丈夫だろ。――なあ、俺達は幻想種達を助けたい。精霊さん達、君達はどうだい?」
 精霊たちは気侭で気紛れで機嫌を損ねてはいけないものだと行人とエーリカは知っていた。くすくすと笑みを溢して「すこぉしよ」と風が吹く。その鼻先擽った穏やかな気配に慣れ親しんだかのようなルーキスが僅か、目を細めた。
 奴隷を買いに来た顧客として情報収集に当たりたいというウィリアムの意向にチーは「私と関係ないと言い張りな」と困ったように声を漏らした。気侭な商人であれどこれからこのブラックマーケットを壊すのだから、ある程度のリスクヘッジはしておきたいという事だろうか。
 雪之丞は彼女の思惑に気付いたかのように、その聡い頭をフル回転して「承知しました」と静かに返した。なだらかに光を帯びた影狼をその白磁の指先が辿る。黒檀の髪を揺らして、少女は只、静かに息を潜めた。
 ひとつ、ふたつ、みっつ――ブラックマーケットの中に存在する『売り物』達は皆、でっぷりと太った男の傍に存在しているではないか。
「あの、隠れることさえできてないような男が『カメレオン』?」
 ルーキスの言葉に「恐らくは」と雪之丞は囁いた。美しきおんなのかんばせが僅かに曇り「趣味が悪い」と差したのは首輪をその細い首筋に飾ったおんなたちは皆、ひらがなで子供の落書きが如く記された札を垂らしている所だろうか。
「女性の首から『ごえい』とか『うりもの』って下げさせて、悪趣味だと思うんだぞ……」
 ぼそりと呟く卵丸。誰の目から見てもそれは異質なものにとして移り込んでいたのだろう。
 鴉の濡れ羽のその瞳はどうにも困惑の色を映し込んでいる。四音はその視線に応える様にくすくすと笑みを返すだけだった。
「食べ頃だね。ところで、緋狐。ブラックマーケットでの作法を教えて呉れないか?
 奴隷たちを競り落とすときの支払いは? 後払い? それとも――」
「あゝ、普段なら後払いでも何とでも行けるだろうけれど、ここじゃ、そうもいかないだろうね」
 この場所は仮面舞踏会を思わせるような身分も何も関係はないブラックマーケット。対価を支払えるかどうかというのも『分かりやしない』という事か。
「成程ね。奴隷を先に手に入れて置いて――というのは、難しいか」
 呻いたグリムペインにチーは肩を竦めた。『奴隷商人』のふりをしてターゲットに近づくことはできるだろうとチーが視線で追いかける先には緩やかな足取りで歩むウィリアムが居た。
「さて、今日はどんなのが……上物が手に入りゃ良いんだが」
 ――『フリ』にしては上々だろうとウィリアムは考えていた。グリムペインをわざとらしく振り仰いだ軍医は両手を打ち「ああ!」とカメレオンの巨躯に向けてぐんぐんと進んでいく。
「失礼、皆さん。道を開けちゃくれねェか? ウチの旦那がもっと近くで見たいと仰せなんでね」
 最も近い位置へと近づいた――そう感じ取ったが早いかエーリカはこそりと武器を構えた。
「チーさん、一つお願いがあるのですけれど」
 囁くように、ささめきことを口にした四音。カメレオンを逃がさぬために、と用意周到に口にした其れはやはり幼い少女の言葉ではないかの如くチーには響いた。


 人間は欲が尽きぬ。金が欲しいか、人が欲しいか。欠けた谷の感情はその隙間を埋める事を望むのか。
「……いえ、悪くは有りませんよ。その感情はきっと良い物語の素になります」
 語り部が如く、乙女はくすくすと笑った。
 地を奔るその速度は疾く。雪之丞の視界にちらつくはじゃらりと音鳴らす束縛のあかし。
 霊気込めて打ち鳴らす柏手ひとつ。其れは紙芝居の芸者が如く麗しの声音を響かせて。
「――おいでませおいでませ。刃は此方へ。敵は此処に」
 カメレオンとその名を称するおとこが何だと声を荒げたそれに周囲の商人たちが霧散する。刹那、その場に飛び込むは『ごえい』の札をじゃらりと揺らしたおんなであったか。
「さて、報酬分くらいは気張るとしますかね」
 気負う事無くやれやれと肩を竦めるだけのウィリアムは自身すら癒せぬものは医者と名乗るも烏滸がましいとその身を先ずは強化した。
 癒しの気配を孕んだその視線の先、指先飾った狂気の気配をその身に纏い卵丸は「さっさとこの場を立ち去れ、じゃないとお前達も巻き沿いで捕まるぞ! 別に卵丸は、それでもいいけど」と声を張り上げる。
「な、なんだぁ!」
「なんだもかんだもなさそうだ。敵襲じゃあないか!」
『まるで自分もブラックマーケットに参加していた商人』の様に卵丸の補佐に回ったチーの声を聴きルーキスは頼りになる御仁だことと自身をいいように扱うおんなの背を見詰めた。
 魔力を込めた吐息でごえいとカメレオンの距離を離す様にしてグリムペインは息を吹きかける。
「ひい」と声を漏らした哀れな男のその声をさも愉快なものとして聞いていた四音はくすりと笑みを溢した。
「なんだか、不思議ですね。こんなことをしても『怯える』程に度胸がないだなんて」
「箪笥の角に小指をぶつける程度より痛い事も耐えられやしないだろうね。
 あゝ、尤も――その身体から肉を削いだ方がより健康的になるかもしれないか」
 グリムペインのジョークに怯えの声を張り上げて、カメレオンが逃げんと走る其れをルーキスが契約躱した勇敢なる牙放つ。
「潰せってオーダーだからさ……さあ! 隠れるしか能のない馬鹿が逃げるよ」
 莫迦だと謗れば、その体を絡めとる。いのちを奪うはオーダーの外ならば骨の一本や二本がお陀仏になっても許されるだろうと極彩色の魔女は笑みを溢す。
「莫迦の事まで構ってられないけれど――彼女達、完全無傷とはいかないけどね。
 必要以上の傷は加えないさ、起きた頃には全部終わってるよ」
 その視線を受け止めてエーリカは頷いた。きっと、『ごえい』も『うりもの』も怖いのだ。
 しあわせのない、わざわいしかないこの場所で意味も分からずその身に宿した魔力で他人を傷つけるその好意が。
「少しだけ、眠ってゆめをみるの。そうしたら、きっと、さいわいが訪れるはず」
 怖がらないでいいのと声を震わせて。その響きを精霊と共に聞きながら行人は傍らで呪いのルビーが煌めくのを確かに見た。
「悔いることも嘆くこともありません。
 しばし、拙の『稽古』に付き合っていただければ、直ぐに自由を取り戻せましょう」
 意志すら乗らぬなまくらなど届かぬと鞘で受け止めた魔法の軌跡。ひらりと舞うは麗しの袖。袖引くものさえおらぬのだと乙女の唇は弧を描く。
「あなたが上で、みんなが『そう』あればいいなんて。
 『そう』きめられたひとたちが、何もかもを犠牲にされてもいいだなんて……そんなの、だめ……!」
 あなたに、どうか、さちあれかし――と願い込めて煌めく一等星。エーリカの指先から零れ落ちたそのひかりが誰かのしるべになるようにと。
 それに背を押されるように雪之丞が距離詰める。刃に、只、乗せたのは一寸したジレンマと嫌悪感。
「救うために戦う者、意に沿わず戦う者、どちらの助けにもなりたいものですね。
 ……些少ですが傷を癒す力は備えているつもりです。安心して戦ってください」
 だから、『救いの手』を差し伸べるとその背より伸び上がったそれが幻想種達を確かめる。体に刻まれる傷はウィリアムの医療技術が確かにそれを癒し続けた。
「ッ――ど、どうか! 助けを! この子たちは、返すから!」
 縋る様に地面を転がり、手を伸ばす。それが行人の目にはまるで坂を転がり落ちるハンプティダンプティのように映り込んだ。憐れな男はパパが言っていたんだと何度も繰り返す。
「……赦してほしい、か。俺は許すよ。俺も売剣家業だ、褒められた仕事じゃあないからね。
 だが、彼女たちが君を許すかな? それを決めるのは俺でも、俺の仲間でもないだろう?」
 あゝ、その冴え冴えとした眼差しにカメレオンは――只の、親の威光を被っただけの哀れな男は涙をはらはらと溢すだけだった。


 からり、と落ちた首輪ひとつ。拾い上げて卵丸はほっと胸を撫で下ろす。切りそろえた髪が頬を擽る感覚を煩わしいとも思わずに「ああ」と吐息を僅かに漏らす。
「怖い思いさせてごめん、もう大丈夫だから」
「……だれ」と『うりもの』はそう言った。手枷に首輪、乙女の体に刻まれた痕は余りにも不似合いで。
「おはよう、大丈夫全部終わったよ」
 全部、という言葉に大きく意味は含まない。只、怯えを孕んだ儘の彼女たちの警戒心を解き解せればとルーキスはその痛んだ髪を柔らかに指先で辿った。砂に塗れ、知らぬ土地迄連れてこられたのであろう幻想種の乙女たち。エーリカは唇を噛み締める。
「もうだいじょうぶだよ。ぜんぶ、終わらせてみせるから――みんなで、かえろう」
「かえれる、の?」
「はい」と雪之丞は声を震わせた。厭う首輪を踏み付けて、幻想種の少女の頬の泥を拭う。
 行人は少女たちの名を聞いた。ごえいやうりものじゃない、只の一人のおんなとしての名前を。
 精霊たちの温かな風が頬を撫でた。夢見るカメレオンに怯えるままの少女たちは不安げに雪之丞に手を引かれ荷台へと誘われた。
「緋狐」とグリムペインはチーを呼んだ。長い髪を揺らして、振り仰いだ彼女の前へと金貨の入った袋を彼は投げて寄越す。
「……これは?」
「汚いだろうが金に罪はないもの。
 それに君の方が使い方を心得てそうだ、それに今後とも良い関係でありたいからね! クハハ!!
 要らないなら暖炉に入れて燃やすけれど、それじゃあ勿体なくないかい?」
 じつ、とそれを見下ろす彼女は「しっかり議場に持ち帰るよ」と呟いた。その汚い金の使い方を熟知していても触れることさえ躊躇うかのように乱雑に荷台へと放り投げる。
「さて――」
 そう、呟いたウィリアムの瞳は爛と光が宿される。カメレオン、変化を見せて狡猾にも姿を隠す臆病者。
 カメレオンはぺろりと長い舌を垂らして獲物を喰らう。不器用にものその姿を隠し続けて、来たる時が来るのをじっと待つ――おとこが父の威光に縋る様にして、育った彼にとっては『隠れる場所』として当たり前に存在していたのだ。
 父が言っていた筈なのだ。人は常に上に人を作るものだと――! 序列が上なのだと――!
 歯噛みし、おとこは「なんで!」と子供の様に地団駄を踏んだ。苛立ったように云うそのおとこの瞳を覗き込んで四音はくすりと笑みを溢す。
「ふふ。この状況、つまりは貴方の方が下ってことですよね? 素直に言う事を聞いて頂けますか?」
 乙女の愛らしい笑みの背後に存在するのは悪魔の微笑みであった。おとこは厭だと言う様に首を振り続ける。四音はそ、とその細い指先を唇へと添えて「けど、」と笑みを溢した。
「――『何とか』されてしまいそうですけれど」
 無邪気な笑みに飲まれるようにカメレオンは鳥に啄まれて地面に転がされる。漂うかほりは只、静かにその場に広がった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 この度はご参加誠にありがとうございました。
 素敵な案内人チーさんと共に。まだ、困惑は続くのでしょうが……。

 またご縁がありましたら。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。

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