シナリオ詳細
<Sandman>獅子身中の虫
オープニング
●……。
奴隷商売の元締めザントマン。
イレギュラーズの尽力により、その正体はラサの古参商人である『オラクル・ベルベーグルス』である事が判明した。
幻想種を奴隷として大規模に売買する事は、国家間の同盟を揺るがしかねない行為である。傭兵連合のトップである赤犬ディルクはこのような行いを当然見過ごす事は出来ない。
ゆえにディルクは大商人パレスト家協力のもと、ラサの有力者達が集う全体合議の場でオラクルを糾弾し、彼らに組みする者のあぶり出しを行う手筈であった。
しかしオラクル派も有力者達に全く根回しを行っていなかったわけではない。
全体会議直前、ラサ四傭兵団の一つである『柄久多屋』にて。
「ふざけやがってッッッ!!!!」
傭兵団柄久多屋の頭領ジョニー・マルドゥは嫌味ったらしいほど小綺麗な便箋をビリビリと破り捨てていた。
「一体旦那はどうしたんだ」
騒ぎを聞きつけて様子を見に来たブルーブラッドの傭兵が、その場にいた治療師のロアンに尋ねた。
「リーダーがザントマンに味方するなら、今以上の報酬と地位を約束するってー」
ロアンの話とジョニーの怒り心頭っぷりから、ザントマンと奴隷商売に加担せよという旨の手紙が届けられたに違いない。
「はは、まぁ旦那だからね。他の傭兵にゃ騒ぎを気にしないようにいっとくよ」
様子を見に来た傭兵は苦笑しながら部屋を去って行く。
床に破り捨てられている手紙は匿名からのもので、誰がいつ届けたのかは知れたものではない。しかし、その内容からザントマンという元締めがどのような立場にあるか、ジョニーはなんとなしに感じ取っていた。
「ディルクとイレギュラーズの事だ。きっとこいつの正体掴んでるぞ」
その言葉を聞いたロアンにやたら微笑ましい顔をされ、ジョニーは咄嗟に「野生の勘だ」と付け加えた。ロアンは少しからかうような仕草で後ろ手を回す。
「野生の勘があるなら、プレゼントも悩まないですねー」
凄まじく苦い顔をするジョニー。ふん、鼻を鳴らして体ごと顔を背けた。
「……ったく。お前こそ、その似合わねぇ首輪は何処のオンナにもらったんだ?」
「あぁ~これはー……」
ロアンは話の最中、ジョニーの背中へと静かに歩み寄る。そして彼の腰部へと押し込むように手を添えた。
一拍置いて、床に赤い液体が滴る。嫌味ったらしいほど小綺麗で、真っ白な便箋はその液体を貪欲に吸い上げて真っ赤に染まっていく。
――――――?
何が起きたのか分からない、という顔をするジョニー。腰部が発する過剰な痛み。しかし背後にいるのは自分の信頼する部下。息子であるジョゼのダチコー。
「…………ロ、アン……?」
背中越しに問いかけるが、ロアンの言葉は返ってこない。
背に刺された刃物は真横へ滑らせるように引き抜かれ、ジョニーに大量の失血を生じさせた。
血まみれのナイフを両手で握りしめながら、よろよろと後退りするロアン。
そして再び様子を見に来た先ほどの傭兵が、現場の状況を目撃して驚愕の表情を浮かべる。彼女は外にも響くような金切り声でこう叫んだ。
「ロアンが旦那を刺しやがった!! ヤツは裏切り者だッ!!」
●うらぎりもの
「……やられた」
四傭兵団柄久多屋頭領、ジョニー・マルドゥ重傷の報せはローレットギルドの一員をも震撼させた。普段は冷静な『狗刃』エディ・ワイルダー(p3n000008)さえも、その報告に動揺を隠せずにいる。
下手人は柄久多屋のチームであるロアン・クオン。背後からジョニーをナイフで刺突し、そのまま柄久多屋駐屯所の付近に控えていたオラクル派の傭兵と共に逃走。現在はオラクル派に属した『ランツクネヒト』という傭兵団に匿われていると思われる。
(そのライツクネヒトという傭兵団も頭領がやられたのに加え、奴隷商売に反対する傭兵も処刑されて傭兵団が丸ごとオラクル派に属したそうだ)
結論として、柄久多屋は頭領不在で動けない状況にある。……いや、正確には「動けぬ」のだ。他に裏切り者がいるかもしれぬ。オラクル派との戦いの最中、仲間に預けた背中を斬りかかられるかもしれぬ。
「俺はロアンというヤツに会った事はない。だから私情で擁護するような事は言わん。……しかし、どういう事情かは察しがつく。これを見てくれ」
エディはイレギュラーズ達に他の依頼書を提示した。囚われたはずの幻想種(ハーモニア)がオラクル派に与するように戦っているという。中には「助けてくれ!」と叫びながら、刃物を振り回している言動と行動が不一致な者もいるそうな。
そして皆、揃いも揃って『首輪』を身につけていたという。状況から考えるに、これはおそらく奴隷商人側の支配装置か何かだ。ロアン・クオンも、これまでの情報からして確実にその類で支配されている。
この手の魔具はそれを破壊すれば解除されると相場が決まっている。しかしロアンはブルーブラッド(純種)だ。別の依頼で確認されているいずれかの魔種と共に居続ければ、いずれ原罪の呼び声に支配されきってどうにもならなくなってしまうだろう。
そうなれば、彼に首輪をつけた“裏切り者”の正体も分からなくなる。
「文字通り、獅子身中の虫をくだせるのは彼だけだ。なんとしても助け出すぞ」
- <Sandman>獅子身中の虫Lv:5以上完了
- GM名稗田 ケロ子
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年10月14日 22時00分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
反吐が出る。
ライツクネヒトの息子、カスパールは誰にも聞こえないように呟いた。彼は奴隷商売なぞ薄汚い商売だと思っている。なれば何故彼らを護衛しているのか。
高給である事に尽きる。傭兵にとって自分達の価値は値段に等しい。他の傭兵よりも安いのはカスパールにとって屈辱だった。
『困っている者達の味方をするのが我らの務めだ』
端金で何度も雇われていた父は、誇らしげにそう語っていた。
「……クソが」
一方、イレギュラーズは奴隷市場が見渡せる高台近くに潜み、そこを制圧する機を窺っている。
警備する者達にとっても要所の為か、ここは明らかに警戒が強い。銃兵、弓兵に加えて護衛の槍が四人か。市場に気付かれないまま制圧するのは絶望的だ。
「なんつーか、情報処理量多すぎてかえって笑える」
吐き捨てるように小さく呟く柄久多屋の御曹司、『ノベルギャザラー』ジョゼ・マルドゥ(p3p000624)。その表情は明らかに笑っていない。
ぶつくさと呟いていく彼に、宥め始める『守護する獣』ウェール=ナイトボート(p3p000561)。
「ジュノーさんとロアンさんの事が心配か?」
「親父はロアンにぶっ刺されたぐれーじゃくたばんねーよ。ロアンだってどーせ『かわいい首飾りだねー』とか言って無警戒に貰ったんだろ」
ウェールには無理矢理落ち着こうとしているように見えて仕方がない。以前に犠牲者が出た時に彼と父親がえらく落ち込んでいたのを思い出した。
たとえロアンが死んだとしても同じ言い草であるかもしれない。だが、マルドゥ親子がどういう表情を取るかは想像がつく。
警戒が一瞬薄れて、イレギュラーズ達の踏み込む瞬間が出来た。
有利なタイミングとはいえないが、これ以上は望めそうにない。
「俺は、仲間もロアンさんも無事に帰れるよう全力で支援する」
ウェールは、覚悟を決めて仲間達と共に高台へと踏み込んだ。
●
その場で一番に仕掛けたのは、『銀の腕』一条 佐里(p3p007118)。
相手が避けようと身を翻すのを読んで、その先に剣を一閃に走らせた。
「っぁ!」
慌てて反撃をしようとしていた銃兵の武器が暴発した。相手の行動を一つ潰せたのは非常に大きい。
「敵襲! 何処の傭兵だ! それともローレットか?!」
しかしライツクネヒト達が大声を張り上げながら一斉に佐里へ槍を向ける。
一挙に集中されると危うい。だが、捌き切れば一気に優位に立てる。
いくらか回避に自信のある佐里は、相手の攻撃を促すように言ってみせた。
「イレギュラーズ、一条佐里。貴方達のやり方はあまりに趣味が悪い。どうしてそんな人道を外れたことが出来る」
「ほざけッ!!」
ライツクネヒトは一斉に槍を突き出した。一つ目は剣でどうにか逸らし、槍は中空を切り裂いた。二つ目は佐里の胴体を捉え、骨ごと難なく抉り取った。そうして、間髪入れずに再起不能にするべく三本目や四本目の槍が佐里に迫る。
「死ね!!」
――瞬間、ばっと何者かが合間に飛びかかって槍の穂先を叩き落とすように蹴りを入れた。
「連携が得意なのはそちらだけではない」
狗刃のエディ。予め指示していた通り、仲間の護衛に割って入ってくれた。
しかし、安心したのもつかの間。彼の脚が大きく切り裂かれ、流血しているサマが目に入る。
「やはりローレットか。ならば我らの相手に不足無し!」
咄嗟に矛先を変えて脚を最悪な形で切り裂いたらしい。ライツクネヒトは、何処か嬉々とした様子で再び槍を構えた。
市場がザワリと騒ぎ始めた。客や奴隷商人達が高台の騒ぎに気付いたらしい。
自分が捕らえられてはならないと、客や商人は大慌てでこの場からの逃げ出し始める。「商品を運ぶのを手伝え!」と奴隷商人もライツクネヒトを罵倒した。
「自分でやれ」
カスパールは一笑に付す。そのまま傍にいる仲間へ何か指示を出した。
高台では間合い不利と見た弓兵、銃兵が距離を取ろうとした、それを食い止めるべく恋屍・愛無(p3p007296)が飛びかかる。
「いかにも強者といった振る舞いだが、所詮外道だろう」
不愉快そうにいいながら、抜き手で相手の体を貫く。瞬間、何か得たいのしれないものが銃兵の体に流し込まれた。
横で逃げだそうとする弓兵にもウェールがそれに接近し、爪でそれを切り裂いた。
傷が浅く、軽傷の弓兵。だがどうした事か。その獣の爪に切り裂かれた瞬間、取り乱したかのようにウェールに攻撃を仕掛けた。混乱の類か。
未だ弓の苦手な間合い。ウェールはそれを軽々回避する。一番まずいやり方で弓が潰され、槍兵は苦い顔をする。だが諦めた様子は無い。
佐里の治療を行いながら、威嚇するように睨み付ける『青混じる白狼』グレイル・テンペスタ(p3p001964)。
彼らは他人を操って、裏切らせて、ヒトの名誉を踏みにじった。命のやり取りに消極的なグレイルでさえも、今回ばかりは生かして彼らを一人も帰すつもりはない。
「その感情は当然だろうさ」
冷淡に言う『彼方の銀狼』天狼 カナタ(p3p007224)。
彼の顔も笑っていない。ウェールにまた攻撃しようとしていた弓兵へと一気に間合いを詰めて、その首筋を切り裂いた。
「当然、こういう結末も覚悟の上だろう」
名も知れぬ弓兵はそこで死ぬ。
瀕死の銃兵は、高台から逃げ降りようとした。
「あ、てめぇ!!」
魔力撃で逃げ去る相手をかち割ろうとするジョゼ。であるが、銃兵が細いゴムに引っかかったかと思うと、大量の散弾が銃兵めがけて一斉に弾けた。
「っと!?」
「あぁ、まぁ。心配しなくとも死ぬ事はないだろう。もっとも、死ぬほど痛いがね」
『イルミナティ』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)が罠の類を仕掛けていたらしい。銃兵は無事に討ち取れた。
残り槍が四体。それらは瞬時に相手の中から討ち取れそうなものを選び抜いた。
「――っ」
彼らは執拗にも佐里を狙った。佐里はパンドラの力を使って抗おうとするも、ライツクネヒトは寄ってたかって立ち上がろうとする佐里の体を串刺しにせしめる。
庇ったエディは気絶寸前に追い込まれ、佐里はそこで意識を失うのである。
まずは一つ!
ライツクネヒトは肩を揺らしながら、そう言い放った。
●
「状況に応じて立ち回るのは、賢い選択といえる。しかし、今回の裏切りは、愚かな選択だな」
仲間が倒れたのを見て、『夢終わらせる者』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は憎々しげに言った。
「お前達も悪事に手を染めると聞く。それでも我らは愚かか?」
……エクスマリアはその手の依頼に身に覚えがないわけではない。しかし。
「金の為に、それをやっているわけではない。それに望まぬ者を操り、仲間を傷つけさせるのは、心底、不愉快だ」
エクスマリアの髪が、炎のように揺らめいた。破壊のルーンを詠唱し、巨大な雹が纏まって動いていた彼ら目掛けて飛来する。
――避けれん! そう判断した槍兵達は防御を取る。それごと押し潰す様にして、雹は彼らに重々しくのし掛かった。
ひしゃげる。潰れる。二人がその重みに耐えきれず、圧死した。どうにかしてしてそれをくぐり抜けた残りの槍兵であるが、脱出した瞬間に顔面をぶった切られる。
「……柄久多屋……貴様……」
顔を砕かれたライツクネヒトは、ジョゼの顔を残った瞳で捉えながら事切れる。
「……まぁ、お互い顔は知ってるわな」
憐憫の情は全く湧いてこなかった。槍は残り二人。
彼らは味方と合流する事より、戦力を着実に削る事を選択した。
「その首もらうぞ!!」
「……ッ」
ライツクネヒトが槍を突き出そうとするのと、エディが斬り返すのはどちらが速かっただろうか。
どちらにせよ。カナタがそれよりも先にライツクネヒトの間合いに入り、片方の首を刈り取り、エディの短剣がもう片方の胸を貫いた。
「まったく、こういう動きを連続でやらされると疲れて適わん」
カナタは血濡れた手をばっと振り払って、エディの無事を確認して軽く笑う。
「あ……ぐ」
銃兵がまだ生きている事に気付いた。
「どうするかね?」
ラルフが肩を竦めた。死に体の敵に構っている時間が惜しい。皆は走り出そうとする。
かしゃん。
何かが飛んできて軽い音を立てて割れた。透明な液体の入った瓶。一体何処から。
!!
その正体がなんであるか気付いた者は息を止めた。間に合わなかった者は咳き込み、血泡を吐いた。
「……毒……!!」
グレイルが青ざめた。彼自体は装備の加護があって、この攻撃は大した事ではない。しかしライツクネヒトや危険域の仲間はどうだ。
「あ、が」
銃兵のライツクネヒトは血を吐き出して、死ぬ。気絶している佐里でさえその惨い追い打ちを掛けられて重体だ。そして――
「エディさん!!!!!!!」
イレギュラーズを護衛する任を担ったはずの狗刃は、これまでの手負い傷もあって飛来物に反応出来ない。
エディは背中を易々と射貫かれ、そのまま崖下へと転がり落ちていった。
「二つ。お前の手柄だ」
「あ……う、あ……」
カスパールは、ぐしゃぐしゃな顔で嗚咽を漏らしているロアンへ挑発する様に言った。
●
狗刃が転がり落ちたのを見て、動きを見せるライツクネヒト。
「弓と銃は散開し、容易く逃げられるようなら他の傭兵に救援を求めろ。範囲攻撃には幻想種を盾に取れ」
自分達の得意分野ではないが、高台の二の舞では埒があかない。その指示通りに弓銃は散開。残りの槍兵はロアンやカスパールと共に、周囲の遮蔽物に身を隠しながら密集する形で待ち構えた。
グレイルは崖を滑り降りる合間、酷い形相で弓兵と銃兵を睨んでいた。
「狙いがバレる」
「……構わない……!」
散兵の処理を狙う班、グレイル、愛無。それに同行するカナタはグレイルの怒りに静かに同調する。
「オレもあのやり方は気に食わないな」
「……」
仕方がない。それが人間というものだろう。ロアンをあの様に使われれば。
散兵はイレギュラーズの襲来は予想しており、即座に構える。護衛はいない。
「死兵か。哀れな」
完全に至近に入られる前に、散兵は愛無達に抗おうとするる。彼らの武器がグレイルに集中して向けられる。
護衛のエディ不在がここで響いた。
「あ――」
タイミングが悪かったか。矢継ぎ早に放たれた弾丸を五月雨のように食らい、グレイルの胸や腹からボロボロと血の塊が噴き出した。
「三つ!」
散兵が大声を上げる。幾度と獲物を仕留めた経験のある彼らは確信した。
だがイレギュラーズが驚異的な部分は巨大生物とは別にある。
「……っー!!」
グレイルは倒れる様子が無く、戦闘を続けた。
「その傷でまだ死なぬかッ!」
パンドラの力に驚嘆の感情を抱くと共に、再び彼へ狙いを付ける。
しかし、間合いを詰められたのは致命であった。銃カナタの斬撃で銃兵はズタズタに切り裂かれ、よろめいた所に愛無が胸を刺突し、心臓を抜き取った。
救援を呼ぶか弓兵が一瞬逡巡した隙を突いて、グレイルは大声をあげて投影魔術を喚び出す。
「――ハティ!!」
獣式ハティ。その黒狼は弓兵に飛びつくや手に牙を食い込ませ、そして手弓が引けないくらいに腕をズタズタにせしめた。
痛みに悶え、その場に昏倒する弓兵。憤怒のあまり即座にトドメを刺そうとするグレイルだが、愛無がそれを制止した。
「こいつはラサに裁いてもらう。金の重みが命の重みだ。金貨袋より重いといいな?」
死に体に構っている時間は無い。彼らはすぐに仲間の救援へ向かおうとした。
●
ライツクネヒトに対して牙を剥き出す様にして対峙しているジョゼと、その顔を見てボロボロと泣き出しているロアン。
「……はぁー。今のオイラさ、めっちゃヤバイ顔してんだろ? ケッ」
内心、ロアンを安心させてやりたいが。裏切り者を始末しにきたという振る舞いでなければカスパールに利用されるのがオチだろう。
ジョゼの内心など知らず、カスパールは不敵に笑いながら名乗り上げようとする。
「我が名はライツクネヒトの息子、カスパ――」
超遠距離から赤い弾丸が飛来してカスパールを押し黙らせた。彼の頬から血の一線が滴る。
「父を裏切っておいて息子を名乗るとは、畜生にも劣るな」
見下すようにそう言い放つラルフ。カスパールは思わず睨み返し、わなわなと震えた。
「フン……この程度で激昂するお前は何処かで後ろめたさを感じていたのではないか? 父への劣等感か? 若さ故だろうが、所詮ここが限界さ」
「貴様ァッ!!」
カスパールは、火中の栗が弾けたような速さでラルフに向かって突撃した。異常な速さで間合いを詰め、ラルフの横腹をえぐる強烈な一撃を加える。しかしライツクネヒト達は一斉に青ざめた。
「カスパール! 下がれ!!」
直後、曼殊沙華の花のように三色の炎が伸びてカスパールに絡みつく。物の見事、その炎がカスパールの防御を酷く崩した。
絡みついた炎を消そうと悶えている隙にエクスマリアは距離を詰める。
「突出しなければ、お前の勝ち目もあっただろうに」
急所を捉えたのだろう。あるいはカスパールの方が最悪の形で受け止めたのかもしれぬ。エクスマリアの純粋極まる『力』そのものをマトモに食らい、その勢いで地面を転げ回った。
「ま、まだ死ナ……」
「いや、お前は全力でぶっ殺す」
カスパールは治癒が使えるロアンの元へ戻ろうとする。しかしジョゼが間合いに踏み入っている。
カスパールは首に小剣を叩きつけられ、彼の首は呆気なく宙を舞った。その身体は、ぴくりとも動かなくなる。
「……やはり、愚かだったな」
●
残ったライツクネヒトは隊長を失って動揺していた。どれが仕留めやすいかなどと考える暇もない。なれば、傭兵としての私情に走る。
「あ、お……おとなりさ……」
彼らに指示を受けたロアンは死霊術を詠唱するが、性質を知っているジョゼはそれを容易く避けた。
「柄久多屋の息子、その首貰う」
その避けた隙をライツクネヒトは一斉に狙い、迷いなく槍を突き出した。連続で来る刺突をまともに食らい、次々に槍が体を貫かれるジョゼ。
「四つ!」
「う、あ……ジょゼ……」
胃を貫かれたジョゼは噴き出すように吐血した。戦闘不能だ。しかし泣いているロアンと目を見合わせて、「もう安心しろ」と口を動かす。
槍が引き抜かれる前に、ラルフとエクスマリアが動いた。
「私達を相手に密集するとは、良い的だな」
人質を盾に取る様子が無いのを見て、エクスマリアが範囲攻撃を詠唱する。
降ってきた巨大な雹に傭兵はまた圧倒され、潰されまいと脱出したところにラルフの術中にハマリ、四方八方から銃弾を浴びる。
「……まだ、だ」
その攻撃を食らっても、ライツクネヒトは二人生き残る。彼らは意識朦朧のまま、負傷しているラルフへ槍を向ける。
……愚かな指揮官のもとにつかなければ大成しただろうに。ラルフは無言で哀れんだ。
動き出そうとする彼らに飛びかかる黒狼。誰の攻撃だと確認する前に、彼らは一斉に腕を食い破られる
「……全力で潰す……一切容赦はしない……!」
「見、事……」
倒れ伏した二人のライツクネヒトは、イレギュラーズに敬意を向けて倒れ伏した。
残ったロアンは「じょぜ、じょぜ」と弱々しく言葉を繰り返していた。
「……惨い事をする」
ウェールは悲痛な顔をした。
ロアンの行った戦術は、非常に効果的であった。だが操られている彼の精神を著しく摩耗する。これを魔種の元に連れて行かれたならば、すぐ堕ちた事だろう。
安堵する暇もない。首輪に操られた為か、自分も巻き込む形で地面に毒薬瓶を叩きつけようとしていた。
「――守るんだ。仲間を死なせるものか」
自分はそう誓ったのだ。ロアンの腕目掛け、不殺の炎術曼珠沙華を撃ち放つ。
ロアンの体は反射的に悶え、手を滑らせた。瓶は割れる事なく地面に転がる。
「あ――」
拾い上げようとする。だがカナタがロアンの体を押さえ込んだ。彼は未だ、瓶に手を伸ばそうとする。
「戦略的? それとも自殺志願者か? ――それならば俺は許さんぞ、そういう『人間』は殴ってでも止めてやるからな!!」
叱りつけるような咆哮を浴びせ、そのまま爪がボロボロになるのも構わず何度も首輪を引っ掻いた。
「ごめん、ごめんよ、じょぜ……リーダー……」
やがて鈍い音を立てて、砂の首輪が引き千切られる。
ロアンはえぐえぐと泣きながらも、死を求める手を止めた。
●
暗殺未遂の現場に居合わせた柄久多屋の女傭兵は、夜更けに奴隷商人とロアン捕縛の報を聞いて現地へ向かう用意をしていた。
ガタリと扉が開く音を聞いて、咄嗟に彼女はナイフを構える。
「何処に行くつもりだ?」
一足先に柄久多屋へ帰還したジョゼ・マルドゥ。
「あぁ、坊ちゃん! 心配だったから、救援に向かおうかと思ってたんだ!」
暖かい言葉に迎えられるジョゼ。しかしジョゼは冷ややかな視線を返す。
「ロアンから聞いた。お前、『首輪』プレゼントしたんだってな」
空気が凍り付いたように止まった。彼女も、構えたナイフは降ろしていない。
「……もう一度聞くぜ。お前、何処に行くつもりだ?」
彼女は答えを返す前に、重傷のジョゼに躊躇いなく斬りかかった。
扉の傍に潜んでいた仲間達が、彼女の肩口を切り払う。
無言のまま絶命する柄久多屋の女傭兵。ジョゼは苦々しく顔を歪めた。
「…………馬鹿野郎……」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
――裏切り者達は無事に処理されたようです。
イレギュラーズ達の弁護や、物品や状況証拠もあってロアンの疑いは晴れたのでありました。
GMコメント
稗田 ケロ子です。
ラサ四傭兵の一つ、柄久多屋が危機的状況に陥っているようですが……。
●この依頼は『ノベルギャザラー』ジョゼ・マルドゥ(p3p000624)様の関係者依頼となります。
●依頼目標
・ロアン・クオンを【不殺】が付いた攻撃で倒す。
・ライツクネヒトを全滅させる。
●環境情報:
ラサの首都にあたる夢の都ネフェレストで、秘密裏に開催されている屋外の奴隷市。時間帯は夕方頃。
傭兵団ライツクネヒトがその警護にあたっており、堅固な警戒網が敷かれている。
数としてはイレギュラーズと対抗しうるクラスが、ロアンとライツクネヒトのリーダー含めて十二人ほど。
それ以外は奴隷商人や客、奴隷のハーモニアが合計十数人ほど。
周囲には奴隷を閉じ込めておく為の檻や、隣接地域に奴隷市全体を見渡せる高い丘、商人が休む為の簡易的なテントの乱立など遮蔽物や戦術的立地多し。
傭兵団の配置情報については得られていない。
●エネミー情報
ライツクネヒトの傭兵:
槍による連携攻撃を主体とした傭兵団。彼らが得意とする【単体への集中的な刺突】という戦術は、相手にするものにとっては非常に恐ろしいものである。
強靭な体力を有する大型生物でさえも、彼らが槍を構えればほんの一瞬でただのハリネズミと化す事で有名だ。
弓兵や銃兵も確認されている為、槍のレンジ外にいても油断は禁物。
……しかし噂よりも傭兵団の人数は減っている。やはりこの騒動で真っ当な者は処罰されたのであろうか。
『治療師』ロアン・クオン:
ジョゼのダチコー。当人の思考が残っているのか、目撃情報からは罪悪感から精神的に憔悴しきっているらしい。
しかし彼の首輪を解くまで、イレギュラーズに味方してくれるなどというのは期待しない方がいいだろう。
性能は薬品による回復スキル。毒薬散布による範囲的な【猛毒】の付与。死霊術によるバッドステータス(【呪い】・【不運】)。
そして低体力・低防御。傭兵達はロアンの回復能力を有効的に使う為、奇しくも護衛する形で彼の傍にいると思われる。
※以下に要注意※
・【不殺】がついていない攻撃で倒すと死亡する。依頼失敗。
(ダメージを食らうバッドステータス(【毒】・【出血】など)が付与されたまま【不殺】しても死亡となるので注意)
『ライツクネヒトの息子』カスパール:
純粋に高いステータスを持つ傭兵。槍によるレンジ中距離の高威力の攻撃が主体。相手の防御を崩す攻撃(【防無】)を得意としている。それ以外の絡め手は無し。「そんな姑息な手段は必要無い」とは本人の談。
彼が生存している限り、ライツクネヒトとロアンは非常に“戦術的”に動く。イレギュラーズ側の誰かが瀕死の状態ならそれを集中的に狙い、範囲攻撃を使えば戦いに関係ない客や奴隷の幻想種を平気で盾にするだろう。
ただし彼は個人的なプライドが非常に高い。(※名乗り口上など【怒】付与に耐性なし)
彼は首輪を付けている様子は見られない。
つまりは彼は金銭の為に自分の意思で傭兵団と頭領の父を裏切った。
皮肉にも、彼の称号とライツクネヒト達が有していた公明正大な名声は地に落ちたのである。
●NPC情報
『狗刃』エディ・ワイルダー:
ローレットギルドの傭兵。前衛的なステータスで不殺の攻撃技術持ち。イレギュラーズ達の指示は全面的に受け入れてくれる。
ただしレンジが至・近の攻撃しか持っていないので注意。
イレギュラーズ達が誰も【不殺】を持っておらず彼が倒されると必然的に詰む。
以上です。非常に厳しい依頼ですが、宜しくお願いします。
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