PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Sandman>愛憎のロンド

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


(「ゴブリン?」)
 ラゴルディアは暗がりに身を潜めたまま、いや、と首をひとつ振った。肌は地下にある人工洞窟のうすら寒さと、ここに巣くう畜生どもへの圧倒的な嫌悪で粟立っている。
 耳をそぎ落とした幻想種の頭を使い、主らしき女の前で玉転がしに興じている畜生どもは、見てくれこそはゴブリンどもに酷似しているが、断じて違う。
 盗む、犯す、殺す……。
 ゴブリンどもはどれも日常茶飯でやらかすが、少なくても死体を玩具にして遊んだりはしない。少なくともあの『腐れゴブリン』はしない……はずだ。
「この世はふたつに分けられる。神聖なる神の血を引く我らエルフと、それ以外のその他諸々、なんだかよく分からん賑やかしだ」、は常に口にするセリフの一つだが、いまでは世界はそんなに単純にできていないと思っている。神聖なる神の血を引く我らエルフと、それ以外のゴブリンを含むその他諸々、そしてゴブリン以下の人もどきのカス、その三種類に分かれていると。
 ここにいるのはその人もどきのカスだ。
 角の向こうで、ブガフガ、ズズルズズルと、まるでひどい風邪をひいたブタのような鳴き音が一斉に響いた。どうやらどちらかのチームがゴールを決めたらしい。
 誰かがが女主の名前を呼びはしないかと耳を潜めて待っていたが、何事もなく胸糞の悪いゲームが再開された。
 畜生どもがあの哀れな幻想種の頭を蹴り転がすたびに、ぴちゃ、びちゃと、粘つく血が跳ね飛ぶ音がして、吐き気がこみ上げる。その度に苦労して飲み下していたが、そろそろ限界だ。鼻は洞窟に充満する腐った血と肉の臭いでとっくに馬鹿になっている。
 気配を殺したまま身を低くして、もう一度角から顔を出した。見つかる危険を承知でじっくりと観察する。
(「三、四……、ここにいるのは八体か」)
 畜生どもの正体はおぞましいことに、もともとは幻想種だったようだ。つぎはぎされた体が腐敗して縮み、くすんだ緑色に変わってしまっている。例外なく頭に残ったわずかな髪を立たせているので、腐れゴブリンのトサカ髪と見間違えたのだろう。
 どれもこれも、玉座に座る女主人、魔物に作られたもののようだ。
 他にも牢部屋への入口を二体のネクベトが守っている。
 追跡調査の途中で合流した『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)が、洞窟というか、この上の館の入口に二体、それに館内のオークション会場で四体のネクベトを確認していた。
 ため息をつく。
 我が『麗しのレディ』がここに捕らわれているは間違いない。今すぐ助けに行きたいが、魔種と魔物たちにたった一人で立ち向かうのは無茶もいいところだろう。殺されたらそれまでだが、また敵に捕まってしまったら……。
 腐れゴブリンのバカ笑いが耳に聞こえたような気がして、無性に腹が立ってきた。
 そっと角から首を引っ込めて、立ち上がった。
(「すまない。仲間を連れてすぐに戻ってくる。あと少し間の――」)
 牢部屋の入り口へ首を向けてぞっとした。いつの間にか通路の奥に灯りついている。入口にいるネクベトに動きはないが、奥から明かりを携えてやってくる巨大な影を認めるや、地上に通じる通路側へ飛び移った。
 巨大な影――三メートルを超す巨大な岩の魔物が、若い幻想種を鎖で引きながら、さっきまで身を寄せていた額のかかった壁の前を通った。
 引きたてられてきたのはレディではなかった。
 ほっとしたことに恥じて顔を伏せる。
 顔をあげ、残光に薄く浮かび上がった額の中を見た途端、ラゴルディアは今度こそ我慢できずに吐いてしまった。

 壁に飾られていたものは、幻想種の耳で作られた巨大な肌色の竜が幾つもの玉――幻想種からえぐり出された眼球を握って飛び立つ絵だった。


 魔種となってからこのかた、冷酷な殺意に満ちた心には、人としての温もりなど何処にもない。愛する者を殺されてからというもの、この心は他者への、それもとりわけ美しいものへの愛憎反する感情で軋みをあげている。
 とくに、あの大きくて美しい銀狼にこの身を深く傷つけられてからというものは、憎しみのどす黒い炎が体の内側で常に渦巻き、猛り狂っている。それをつかの間でも慰めてくれるのが自作の剥製人形たちだ。
 玉座のダークリザードは、大好きな剥製人形に引きたてられてきた幻想種の女を見下した。
 じっくりと時間をかけて検分する。
 壁際に下がっていた緑の剥製人形一体に命じて、無理やり女の口を開かせた。
 女の前歯は大きく、少し前に出っ張っていた。評価が一段階下がる。剥製人形にするには美が足りない。
「まあ、残念。でも安心して頂戴。個々のパーツは使えるから。耳とか皮膚とか、とくに貴女のその瞳の色……素敵ね。今作っている絵の真ん中に置かせてもらうわ。オークションで高値がつく絵になるわよ、絶対」
 売れ残ったとしても、『仮面倶楽部』の誰かがコレクションの一つに加えたがるかもしれない。その時はせいぜい勿体つけて高く売りつけてやろう。いや、親交を深めるためにプレゼントしてやってもいい。
 そう、『ザントマン』ことオラクル・ベルベーグルスの幻想種奴隷の売買に大いに魅力を感じ、協力をしてやってはいるが、本来自分が所属するのは『仮面倶楽部』なのだ。
 加えて最近、あのローレットがしゃしゃり出てきて、幾つもの取引を潰している。ついこの前のことだが、自分自身、一足違いでローレットから逃れてきた。あと少しアルージャ出発を遅らせていたら、さぞ不愉快なことになっていただろう。
 そろそろ身を引く頃合いか。
 幻想種の女がかすれた声で泣きながら慈悲を訴え始めた。ひと思いに殺して欲しいと泣く。
 おねがい、おねがい、くるしめないで……。
 ダークリザードは鷹揚に微笑んで、地下洞窟の広間を満たす囚人の甘美なさえずりを楽しんだ。
「――しても、よくってよ」
 泣き声が止む。
 ダークリザードは黒い仮面をつけた。そろそろ上の会場へ戻らなくてはならない。きょうは新作五点をオークションに出すのだ。
「もうばらしても、よくってよ」
 主の許しを得た緑の剥製人形たちが、歓喜の声をあげて幻想種の女に群がる。
 生きたまま体を切り刻まれる女の悲鳴を聞きながら、ダークリザードは玉座を後にした。
 

 ザントマン一党を一網打尽にする。大規模な依頼が舞い込んだ直後のローレットは、人身売買を行う者たちへの怒りに沸き立っていた。
 幾つもの卓がたち、情報屋たちがツバを飛ばしてイレギュラーズたちを集めている。
 ラサから急ぎ帰国したクルールも、他の卓に負けぬよう声を張り上げていた。
「次のオークションは二日後だ。捕らわれのハーモニアたちを助け出し、ザントマン一党に鉄槌を下すため、手を貸してくれ!」
 集まってきたイレギュラーズたちに、救出作戦の概要を説明する。
「オークションの主催はおそらく魔種。元はハーモニア。……いや、こいつはザントマンではない。ダークリザードと名乗っている。女だ」
 イレギュラーズの一角から呻き声が発せられた。
 クルールはそれを聞き流して話を続ける。
「地上の館部分で行われるオークションには、魔種ダークリザードとネクベトが六体。ネクベトは館の入り口に二体と会場に四体いる」
 合わせて七体。
「地下にはダークリザードが作ったと思われる魔物、便宜上『ツギハギ』と呼ばせてもらうが、そいつらが八体。『巨大なツギハギ』が一体。他にも牢部屋への入口に二体のネクベトがいてハーモニアたちが逃げ出さないように見張っている」
 こちらは合わせて十一体。
 地上と地下を合わせると、倒すべき敵の数は十八体となる。
「数が数だけに、一度に相手にするのは危険だ。幸いオークション当日、敵の配置は上と下とでバラバラになる。そこで、地上で行われるオークションに突入してオークションを潰し、魔種を地下へ追い込むチームと、地下の敵を減らしながら魔種を待ち受けるチームに分けることを提案する」
 クルールは拳にひとつ咳を落とし、イレギュラーズの注意をひいた。
「まあ、これはあくまで提案だ。ほかにいいアイデアがあれば、それを使って作戦をたててもらっていい。実際に行って戦うのはお前たちだしな」
 オークション会場には、いずれも素性の怪しい客が集まるという。ディルクたちに引き渡せば喜ばれるだろうが、構っている暇も余裕もない。
 小悪党どもは無視しろ、とクルールがいう。
 人身売買に関わるような連中だ。ろくでもないに決まっているが……しかたがない。イレギュラーズたちは嫌悪を隠さぬ顔で頷く。
「いや、オークションで売られるのはハーモニアじゃないんだ。そのほうがずっとよかった、なんてことをいうとアレだが……」
オークションで売られるのは、殺したハーモニアの人体パーツで作られた立体的な貼り絵だ。
 ごく一部、ダークリザードのお眼鏡にかなったハーモニアはやはり殺され、剥製人形にされる。それももとの綺麗な体ではなく、一旦バラバラにしてツギハギしたうえで。
 ツギハギ人形は売りには出されない。なぜなら、ダークリザードの忠実な友であり家臣であるからだ。
「ダークリザード作品は、遠目には美しいが、近くで見るととたんに胸糞が悪くなるものばかりだ。遺族もそんなものは受け取りたくないだろう。生きているハーモニアを助け出した後は、館ごと作品を燃やしてくれ」
 一つ注意をすることがあるとするなら、ダークリザードがオークションの客に紛れて逃げ出すかもしれないということか。
「ダークリザードは黒いドレスに黒いマスクを身につけた痩身の女だ。仮面を外せば耳が長いというだけで、気配を殺して客の中に紛れれば、やつの体臭を覚えていない限り見つけられないぞ」
 客に紛れての逃走ができないとなれば、地下に逃げ込むはずだ。
「なぜって、出口は館の正面入り口と、地下洞窟への入口、この二か所しかないからだ。館の図面は後で配布する」
 つづいて地下の説明に移る。
「地下だが、とにかく暗い。明かりまたは暗闇でも動き回れる能力が求められる。加えて腐臭が充満しているため……こちらは鼻の利く者は行かないほうがいいぞ。それと、オークションにもだされる胸糞悪い絵があちらこちらに飾られているので、グロテスクなものに耐性ないものもやめておけ」
 地下にはダークリザードが作ったツギハギたちしかいない。ラゴルディアは、ツギハギたちがナイフと弓矢で武装しているのを見ている。巨大ツギハギは素手だったが、三メートルを超える巨体だ。繰り出される足や拳そのものが凶器となる。
「チームの配分と細かい作戦はみんなに任せる。それと、いまも現地にとどまって館を監視するラゴルディアがチームに加わる。ラゴルディアへの指示は――現地で落ちあったときによく話し合ってくれ」

GMコメント

●依頼条件
 ・魔種ダークリザードの撃破、または撃退。
 ・魔物(ネクベト8体とツギハギの剥製人形9体)の全滅
 ・ハーモニアの救出
 
●魔種、『蠱惑の華』ダークリザード
『仮面倶楽部』という殺人鬼集団に所属する殺人狂ですが、『ザントマン』ことオラクル・ベルベーグルスの幻想種奴隷の売買に賛同して、彼の狂った計画に参加しています。
元はハーモニアで、恋人を殺した両親を激しく憎むあまり魔種へ転じました。
黒いドレスを身にまとい、顔を黒いマスクで隠しています。

彼女の能力は『原罪の叫び声』以外解っていませんが、魅了および呪殺系のスキルがあるのではないかと思われています。
どちらかというと後衛タイプです。
武器は常に携帯している鉄扇のようです。

ダークリザードは舞台の上にいて、椅子に座り、作品の解説を行っています。
騒ぎが起こってもすぐには逃げ出しませんが、形勢が不利とみるや客に紛れて逃げようとするでしょう。
また、地下へ降り、地下の出入り口から逃走するかもしれません。

●ツギハギ …… 8体
ダークリザードがハーモニアを殺して作った剥製人形です。
ツギハギの体は腐敗して緑色に変色、縮んでいます。
ですが顔は美形。
ナイフと弓で武装しているほか、腐った息を吐いて敵を怯ませます。
『暗視』あり。
地下洞窟の大広間にいます。
上が騒がしくなると、玉座横の階段から地上へ向かおうとします。
生きているハーモニアを激しく憎んでいます。

●巨大なツギハギ …… 1体
ダークリザードが複数のハーモニアを殺して作った剥製人形です。
まだ作られて間がないためか、肌色を保っています。
主が戻るまでの間、大広間にいます。
『玉座』を守るのが仕事だと思っているようです。
牢屋のマスターキーを持っています。
筋肉が増強されているばかりか、以下のスキルを使いこなします。
・格闘術式/神至単【窒息】
・呪術/神中単【呪殺】

●ネクベト …… 8体(地上に6体、地下に2体)
砂で出来た人型の怪物です。
目立った戦闘能力はありません。
地上のネクベトは舞台の前に2体、両壁に2体、入口である大きな扉の前に2体います。
地下のネクベトは牢部屋の入口にいます。騒ぎが起こっても持ち場を離れません。

●ダークリザードのラサ屋敷
夢の都ネフェレストの近郊に建っています。
地上一階、地下一階の屋敷です。
【地上】
 唯一ある部屋がオークション会場です。
 天井がやたら高く、50人まで収容することができます。
 会場奥に舞台があり、手前には木製の折り畳みイスが並べられています。
 出入り口は2か所。
 玄関を入ってすぐの大扉と、舞台横の小さな扉の2つです。
 舞台横の小さな扉をあけた先に地下へ至る階段があります。
【地下】
 屋敷の外の隠し階段から地下洞窟へ降りられます。
 階段下りて進んだ先、丁字路の左に大広間、右に牢部屋があります。
 大広間にはツギハギたちが待機しています。
 どこも暗くて、寒いです。しかも臭い。
 突入時、灯りは牢部屋の奥にひとつあるだけです。
※どこかに出入口以外の、脱出口があるかもしれません。
 
●味方NPC
・『小鬼狩り』ラゴルディア
ローレットに所属するイレギュラーズ。
炎上系、どじっ子エルフ。酒場『燃える石』の隠れ常連客。
家宝のナイフを某ゴブリンに盗まれて以降、不本意ながら腰にレイピアを下げるようになりました。
これまでにもローレットの依頼を数多く受けており、実力は一線級です。
『チェインライトニング』をもとにしたオリジナルスキルのほか、回復や攻撃系のスキルをバランスよく活性化しています。
一応、イレギュラーズの指示に従ってくれます。

●その他NPC
・オークション客
オークション会場には様々な人種の客、15人がいます。
それぞれがボディーガードを1人ずつ連れています。
ボディーガードは武器を所持していませんが、『拳闘』と『蹴戦』を持っています。
イレギュラーズの襲撃と同時に、雇い主を庇いつつ、会場の外へ逃げようとします。
中にはローレットに恨みを持ち、積極的にイレギュラーズを攻撃する者がいます。
指示がなくともある程度はクルールが排除してくれるでしょう。
・捕らわれのハーモニア
いずれも美形揃い。8人ほど捕らわれているようです。
どこかにラゴルディアの『麗しのレディ(男)』も捕らわれているはずです。
みな衰弱しており、恐怖で気が狂いかけています。
解放時に襲われてしまうかもしれません。
牢部屋にはそれぞれ鍵がかけられています。
牢部屋の奥にもまた部屋があるようです。

●その他
・『グリムルート』
かつて古代都市『砂の都』で流通していたとされる奴隷の首輪。
魔種ザントマンの支配力をアンテナする役割をもち、本人の意識は残したまま主人の命令通りに行動させる力を持つ。
ザントマンが倒されれば効果は消える。
装着された者は意識を失う(戦闘不能状態)か、首輪そのものが破壊されるまで命令に従い続ける。
ダークリザードはザントマンから1つだけ、『グリムルート』を譲り受けています。
自身がもっているのか、それとも他で使われているのかは判りません。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <Sandman>愛憎のロンド完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年10月12日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
巡離 リンネ(p3p000412)
魂の牧童
ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)
穢翼の死神
エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)
愛娘
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
オジョ・ウ・サン(p3p007227)
戒めを解く者

リプレイ


「あそこ、か。悪趣味極まるオークション会場、は」
 『夢終わらせる者』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)が怒ったような口調で言い放つ。
「死後の肉体は所詮残り物で、それをどう扱おうと廃材利用と言えばそれまでなのだけど……。問題はその過程で失われた命だよね、うん」
 『魂の牧童』巡離 リンネ(p3p000412)が手に持つワンド――輪廻転鐘が、砂漠の乾いた風に揺れて、低く暗い音を響かせる。
イレギュラーズたちは現地で落ちあった『小鬼狩り』ラゴルディアとともに作戦の詳細を詰めた。
「クソエルフ、テメーもこっちだ」
「あ?」
 ラゴルディアは濁点つきの疑問符を高いところからオレンジ色のモヒカンへ落とし、『緑色の隙間風』キドー(p3p000244)を睨みつけた。
「腐れゴブリンの分際で偉そうに。『時に燻されし祈』をここに置いて帰れ!」
「なんだと!」
 次の瞬間には殺し合いに発展してもおかしくない雰囲気になりかけたところへ、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)が柔らかく声が差し込し込む。
「そこまで。いま戦うべき相手が誰なのか、お二人とも努々お忘れなきよう。ラゴルディア様、ご案内願います」
 また後で。幻は『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103)とすれ違いざま、指先でさりげなくその大きな手をかすめた。
 『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)は、首から下げた十字架の鎖を指の先に絡ませた。封印されている魂に小声で語りかける。
「随分と胸糞悪い相手の様だね」
『オークションの参加者もロクでもない輩だぞ』
「そうね」
 『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)はティアを呼んだ。
 小さな稲妻を体にまとわせる利香の顔には、興奮の色が浮かんでいる。
「私たちもいくわよ。正面からど派手に乗り込みましょう」
 戦いはいつだって、体の芯を熱くする。せいぜい暴れてやろう。魔種を地下へ追いたてるタイミングは、地下班と行動を共にするコウモリが教えてくれる。
「やっと見つけた得物だ。俺としちゃあ、上で片をつけちまいたいがな」
 ジェイクが館に向かって歩きだす。
「一気に制圧するぞ」
「制圧! イイ言葉デスね!」
 白い背広の後をついていきながら、『RafflesianaJack』オジョ・ウ・サン(p3p007227)は水気をたっぷり含んだ声を弾ませる。
「それに今日はアマーミィにジェーーイクも一緒デス! 脆いオジョウサンは楽々チンノスケデス!!」
 みんなが調理、もとい弱らせた魔物をどれだけ食することができるのか。オジョは楽しみだった。


 ネクベト二体がのっそりと近づいてきて、手のひらを見せる。招待状を拝見、と言ったところだろうか。
「ちょっと待て、いま出す」
 ジェイクは背広の内ポケットに手を入れて、黒地にエメラルドグリーンの蝶が飛ぶ名刺を取りだした。何かのイベントで配るため、幻が作ったものだ。それを砂でざらつくベクネトの手に握らせる。
 魔物が違うと首を振った瞬間、ジェイクは太い手首をつかんで軽く引き、足を払った。
 利香がその場に膝をついた魔物のうなじに剣爪の刃をあてて首を落とす。
 ティアは不意打ちに驚いて固まっているネクベトの胸を掌底打ちすると、渦巻く風の刃を起こして砂岩の体を粉々に砕いた。
 ここまで僅か五秒。
「オゥ……。次からは寸止めで願いマス。殺すと鮮度が落ちるデス」
 心底残念そうなオジョの声に、三人の口から失笑が漏れた。
 ドアの前で息を殺したまま、中の様子をうかがう。小声で話し合う声。コーンという音が響いた。競りが成立したらしい。
 ジェイクがドアを蹴破る。
 数多の視線がレギュラーズたちに注がれた。
 ステージ上にはセリ落とされたばかりの絵がイーゼルに立てかけられている。モチーフはハーモニアの舌で作られた巨大な唇。
 黒いイスに腰をかけていたダークリザードが、優雅な手つきで開いていた扇子を閉じた。
「久しぶりだな、ダークリザード。約束通り、てめえを狩りに来たぜ」
「あら、招待状を差し上げていたかしら?」
「いらねぇだろ。水くさいことは言いっこなしだ」
 真ん中の通路をステージへ向かって歩きだす。
 利香は呆けた様子の客たちに愛想よく声をかけた。
「はぁい、通りすがりのサキュバスよ♪ 死にたくなければ逃げなさい?」
 客たちがいっせいに出ロへ向かう。ネクベトたちがイレギュラーズ目がけて逃げる客をつき飛ばしつつ、壁の左右から突進してくる。
 たちまち会場内は大混乱に陥った。
 客の中にはイレギュラーズに怨みでもあるのか、混乱に乗じて襲い掛かってくるものも少なからずいた。
「逃げる客はクルールに任せて、私たちはネクベトの相手を――」
『ティア!』
 ティアは掲げた杖で砂の拳を受け止めた。
「代わる?」
『いいや、いい』
 そう、といって足で魔物の腹を蹴り飛ばす。
「イタダキマス!」
 オジョは捕虫袋から伸びた赤い管で飛んできたネクベトを捕えた。管の先端で吸つき、魔物の体液を吸い上げる。
「不味いデス。砂でジャリジャリしているデス……」
 食えたもんじゃないとばかりに、管を大きく降るって干からびた魔物を投げ捨てた。
 利香がジェイクに群がる客やネクベトに向けて挑発的なウィンクを飛ばし、自分に引きつける。
「嗚呼、醜悪、偏屈、だっさい趣味……こんなものを作るそこの女もそうだけど、わたしからしたら買う方も買う方よ、あんなの」
 客には握った拳を鳩尾に叩き込み、ネクベトには容赦なく鉄爪を振るう。
 捌き切れない敵を出口に陣取ったティアとオジョが狙い撃つ。
「てめえの相手は俺だ!」
 もう少しでステージにたどり着く。
 ジェイクは二人の間に割り込んできたネクベトに舌打ちをくれると、ダークリザードもろともどっと降らせた鋼の雨で叩いた。
 鉄の扇を開いて顔を庇っていたダークリザードは、鋼の驟雨が止むや、オペラ歌手のごとく全身から魅力を振りまき、会場に向けて原罪の叫び声を放った。
「……てめえに惑わされる俺じゃねえ」
「誰かいい人が? 焼けるわね。でも、あの方は私の魅力にとろけて人生観が大きく変わったようよ」
 背に激しい殺意を感じたジェイクは、振り返りざま思いきり拳骨を飛ばした。目を血走らせた客の顔面に命中し、鼻を折って血を吹きださせる。
 イレギュラーズを襲っていた客の一人が、魔種化の一歩手前、狂人と化していた。会場内を椅子が飛び交い、揺れるシャンデリアの下でナイフの刃が煌めく。
「パーティーを楽しんでね、狼さん」
 楽しそうな声にジェイクが顔を戻すと、ダークリザードがステージの袖から奥のドアへ去っていくところだった。
「行って! ここはわたしたちが片づけます」
 サキュバスモードにチェンジした利香が、ネクベトを切り刻みながら叫ぶ。コウモリはまだその時を知らせてこない。
「すぐに私たちも追いかけますから!」
 ティアは穢れを纏った翼を広げて魔物たちの気力を奪う。
 うん、と頷いてステージに跳びあがったジェイクの足首を、鼻が潰れた男が掴んだ。強く引いて下へ引きずり降ろそうとする。
 次の瞬間、男の頭が横へ吹き飛んだ。
「ジャマはダメデスよ、ネェ……?」
 オジョが小さな手を振っていた。


 ラゴルディアは駄々もこねず、大広間まで仲間を導いた。いまは角で膝をつき、顔を半分出して大広間の様子を探っている。
(「ちゃんと分かってんじゃねぇか」)
 混沌で生きるうちに少しは丸くなったか、チームワークを学んだか。キドーはラゴルディアを見直した。ほんの少しだけ。
「玉座の横、階段を確認した。他、出口はないようだ。風の動きが少し気になるが」
 隠し通路の探査を終えて、エクスマリアは壁にかかる大きな絵を見上げた。
「悪趣味も極まれり、だな。死者を弄ぶのは、世で最も嫌悪されることの一つ、だろう」
「それに、このような死体の貼り絵を買って、鑑賞して楽しむ方がいることにも驚きますね」
 幻がうんざりした様子で首を振る。
 途中でみんなと別れ、隠し通路の存在を探し回っていたリンネがやって来た。
「見て回ったけど、ないねー。ネクベトがいる牢のほうは調べてないけどー」
 角から顔を引っ込めたラゴルディアが、敵の配置を小声で説明する。
 キドーは額のサイバーゴーグルを引きおろし、目に当てた。
「オレはデカブツをやる。クソエルフ、テメーは好きに動け。だが一人で突っ走んなよ! 相手は腐っても魔種が作った魔物なんだからよ」
「黙れ、腐れゴブリン。指図するな。巨大ツギハギは私が相手をする。チビの貴様には無理だ」
「誰がチビだ。人の話を聞け、クソエルフ。テメェーの耳は長いだけの飾りか? 最初に好きに動けっていっただろうが」
 鼻と鼻が触れ合うまで互いに顔を寄せ、暗闇の中で睨みあう。
 幻は小さくため息をつくと、キドーの肩とラゴルディアの背を叩いた。
「行きますよ。同士討ちは厳禁ですからね」
 二人は、はーい、と子供のように声を揃えて返事した。
 突入と同時にリンネが詩を口ずさむ。
 死をつかさどる遊詩人による叙事詩が、仲間を鼓舞し、戦意を高めた。
 壁際でうずくるツギハギたちが立ちあがり、怨嗟の声をあげながらラゴルディアと幻に群がっていく。キドーやリンネ、エクスマリアには一切構わない。
「なぜ私たちにだけ?!」、と幻。
 エクスマリアは杖の先から光を出して破壊のルーンを石の天井に描き、ツギハギたちの上から大量の雹を降らせた。
「彼らは生きているハーモニアに嫉妬して殺意を抱く、私はエルフだが――と、止まれ腐れゴブリン! 抜け駆けするな!」
「嫌だね。サッサと邪魔者倒してレディを助けに行ってやれよ」
 ひひひ、と笑ってキドーは玉座に向けて呪い玉を飛ばす。
 巨大ツギハギが咄嗟に玉座を庇う。石柱を震わせる大音声を発し、一歩大きく前に踏み出して、巨大な拳をキドーに打ちおろした。続いて反対側の巨大拳も。
 風が隙間を抜けていくように、キドーは腕の間から巨大ツギハギの懐へ入った。ナイフを持った両腕をクロスさせるように振って、胸に深くバツ印の傷をつける。
「キドー様、危ない!」
 落ちてくる巨大ツギハギの胸の下から、キドーは急いで脱出した。
 幻はシルクハットを手に取り、くるりと回した。中から一体の立派な角を持つエルクが飛び出し、右腕に咬みついたツギハギの目を引く。
 口を開けたまま痺れたように動かなくなったツギハギの頭に、奇術師のステッキを振り降ろした。
 ラゴルディアが恵まれた体格を生かして力任せに腕を薙ぎ、群がるツギハギを投げ散らかす。
「穢れ傷つきし魂に終息を」
 なおも幻に食らいつくツギハギを、リンネがソウルストライクで撃つ。
 ドタドタと足音を響かせて、ネクベトたちがやって来た。
 エクスマリアはリンネの背をネクベトから守るため、再び雹を降らせる。すぐさま素早く体を回し、太く編み上げた髪を振りぬき、後ろから飛びかかってきたツギハギを叩き落とした。
 キドーは玉座に駆け寄った。ひじ掛けに足をかける。
 ――と、微かに左へ動いて戻った。
「あん?」
 椅子であるなら動かせても不思議ではないが、動き方が気になった。溝を横滑りするような滑らかさを感じたのだ。何かある。
 キドーは足を降ろすと、両手で玉座を押し始めた。
「お?」
 怒声がして、巨大ツギハギの体が横倒れしながら真後ろを飛んでいった。壁にぶち当たって大広間を震わせ、腐臭のする埃をもうもうと立てる。
「戦場でボーっとするな。死にたいのか、腐れゴブリン!」
 片足を上げたラゴルディアが叫ぶ。
 また怒鳴りあいを始めた二人を横目に、幻は巨大ツギハギの前へ瞬間移動した。
「呪いの楔からいま、解き放って差し上げましょう」
 舞う花びらが、蝶が、光の刃となって魔糸を断ち切り、ツギハギされた体を解いていく。
「私の大事な作品になんてことを!!」
 ダークリザードがそこに立っていた。


 魔種がまなじりを上げて叫ぶ。喉の奥から聞く者の肌を粟立出せる、不快な声が迸った。
 ハーモニアの魂があげる恐怖と絶望の悲鳴が大きく渦を巻き、リンネは激しい吐き気に顔を歪ませた。両手で強く輪廻転鐘を握り、崩れる体を支える。
 死者の魂がイレギュラーズの体にまとわりつき、体の自由を奪った。
 ダークリザードは幻の腕をとって無理やり引き寄せた。キドーを足蹴りにして転がすと、玉座を動かして階段を完全に露出させる。
「お前には償いをしてもらうよ。さあ、一緒に来な」
「薄汚い手で俺の宝に触るんじゃねぇ!!」
 ジェイクは階段を駆けおりながら、槍を投げて魔種の腕の肘を壊した。次いでアウローラの引き金を引き、肘を完全に吹き飛ばす。
「ぎゃっ!」
 悪霊がジェイクの足に絡みつき、動きを鈍らせた。後から降りてきた利香とオジョ、ティアも捕まってしまった。
 リンネが一魂ずつ撃ち払うが、悪霊の数はあまりに多い。
「キドー、『時に燻されし祈』を私に返せ」
「どさくさまぎれに何言ってやがる」
 ラゴルディアはええい、と気を吐いて無理やり立ちあがると、キドーの腰を掴んで高く持ちあげた。
「何を!?」
「『時に燻されし祈』を掲げろ。早く!」
 キドーは『時に燻されし祈』を、石の天井に突き刺されとばかりに掲げた。
「聖樹よ! 神に愛されしエルフが一人、ラゴルディアが大地の民ゴブリンのキドーとともに祈り願う。荒ぶる魂を鎮め、御許へ導きたまえ」
 『時に燻されし祈』が内側から強く光り出し、光珠を広げた。緑色の光が雨のように降注いで悪霊たちを流し、葉擦れの音とともに爽やかな風が大広間を支配していた邪気を吹き飛ばす。
「ちっ!」
 ダークリザードの全身からどす黒い触手のような霧が滲み出てきて、キドーとラゴルディアを拘束した。ぎゅっと閉めつけてから、奥の壁目がけて投げ飛ばす。
 次に幻を捕獲、頭から大広間へ投げた。
「うぉぉぉ!!」
 ジェイクは迷わず大広間へスライディングし、頭から落ちてきた幻を受け止めた。
「待て!」
 逃げるダークリザードを、利香とティアが追う。
 オジョとエクスマリアがツギハギを攻撃し、後を追わせないようにした。
「クソエルフ、重いんだよ。さっさと起きて鍵を取ってこい!」
 キドーはラゴルディアの下から這い出ると、『軍用サイリウム』を折って床に転がした。まばゆい光が大広間全体を照らし出す。
「――お前、もしかして」
 大広間の入り口に、グリムルートをつけた全裸のハーモニアが立っていた。


 ダークリザードは万が一に備え、鍵をかけていない牢にグリムルートをつけた『レディ』を入れていた。
「どうか私を殺してください、ラゴルディアさん」
 『レディ』は皮剥ぎナイフを手にしていた。グリムルートに操られているにしては、嬉々とした様子でイレギュラーズたちに向かってくる。興奮しているらしく、『レディ』がナイフを振るうたびに、白い蛇のようなものが鎌首をもたげてゆらりゆらりと揺れた。
 女性陣が目をそむける。
「なぜだ。なぜあれが……彼女の股間にある?」
「なぜって、男の子だからだろ。リンも『お兄ちゃん』を助けてっていたぞ」
 またか、とラゴルディアが膝をがくりと落とす。
 利香とティアが戻ってきた。
「逃げられてしまいました」と、利香。
 ティアが、ひゃ、と悲鳴を上げて『レディ』から目をそらす。
「ヤツの臭いは覚えている。あとで追跡しよう」
「ジェイク、とりあえず何かで……」
「お、おう」
 ジェイクが背広を脱ぎ、前に突きだす。
 キドーはうなだれるラゴルディアの頭をはたくと、『レディ』の前に出た。
「なんで殺して欲しい? フツー、ここは助けてください、だろ」
 まさか、と間髪入れず後ろで声が上がる。ティアだ。
「『楽園の東側』?」
 はい、と『レディ』はにこやかに笑う。
「私とリンは教団の仲間とともに砂の都へ向かう途中でした。卑しい奴隷商人やその買い手によって殺されたのでは地獄に落ちます。……だから待っていました。救い手が、英雄が現れるのを」
「まさか、リンも……その狂った教義を受け入れているのか?」
 『レディ』は美しい顔を狂気に歪め、立ちあがったラゴルディアに尖った目を向けた。
「狂っているのはこの世の中です。リンはまだ幼すぎて理解していませんが……この狂った世の中に一人で残すわけにはいかないでしょ?」
「バカ野郎!」
 ジェイクが『レディ』に飛びかかり、背広を腰に巻きつけて押し倒す。オジョが赤い管を伸ばしてナイフを奪い取った。
「殺さないでくれ。リンが悲しむ」
「わかっています。ローレットが教団を倒せば、洗脳を解くことができるでしょう」
 幻はグリムルートに夢眩の隠し刃を当てた。一度、二度、と切りつけるが壊せない。
 利香も剣爪で引っ掻く。
「ダメ、固い」
 エクスマリアは髪を『レディ』の首とグリムルートの間に差し入れた。巻きつけて、左右に引っ張る。
「マリアのギフトでもダメ、だ」
「ジェイク、力を貸してください」
 よし、とジェイクの手が幻の手に重ねられる。
 今度は刃がグリムルートを切り裂いた。
 フラフラと立ちあがった『レディ』の腹に、ラゴルディアが拳を入れて気絶させ、そのまま肩に担ぎ上げる。
 キドーはバラバラになった巨大ツギハギを見た。
「牢の鍵は……あ、もう探すのめんどくせぇ。俺のギフトで全部あけてやらぁ!」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

成功です。

肘から先、右腕を撃ちおとされたダークリザードは、追撃を振り切って逃げました。
残された臭いを辿れば、どこへ逃げたか、ある程度わかるでしょう。
そう間を置かず、会えるはずです。
生きているハーモニアを全員地下から助けだしたあと、イレギュラーズたちは館に火を放ち、邪悪で醜悪なダークリザードの作品ごと燃やしました。
『レディ』――本名アスランは、洗脳が解けるまで妹のリンともどもローレット預かりになりになっています。
 ラゴルディアがなにか難しい顔をしていますが……。

ご参加ありがとうございました。

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