PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<DyadiC>飢渇の咆哮

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 黄昏色に染まる高原を、一人の男が歩いていた。
 所々欠けたぼろの鎧を身に纏い、生気のない目を見れば幽鬼のようだと誰かが言った。
 そしていま男の前には、唸りを上げ牙を剥く獣種の群れが立ち塞がる。
「どうして」
 地を這うような声が、問いかける。眼前の獣など歯牙にも掛けず、嘆く声は何度も同じ問いを繰り返す。
「どうして」
 どうして、その名は失われてしまったのか。
 男が唯一領主として頂く存在は、イオニアス・フォン・オランジュベネただ一人。
「この地は正しき血、正しき領主によって治められなければならない」
 オランジュベネは存在しなければならぬ。
 オランジュベネが統治しなければならぬ。
 それが正しき道、正しき未来である。
「新たなる領主など要らぬ、必要なのはイオニアス様ただ一人! これ以上の敗北など、あってなるものか!」
 忌々しい! 震える声で吐き捨てた男の目は見開かれ、忙しなく揺れる光彩が夕日を弾き返す。
 その光が狼たちへと向けられると、まるで男の念が伝播したかのように同調し声を上げ始めたではないか!
 そうだ、彼らだ。彼らの力があれば、必ず役に立つ。忌々しい小娘やギルドの連中を一掃するために力が必要だと、そうイオニアス様も仰っていたではないか!
 その為に彼が待つ『血の古城』へと赴かなければ。
「お待ち下さい。必ずや彼らを連れ、御前へと馳せ参じましょう!」
 ――オオォォォオン!
 血の滲むような声に釣られて、獣種たちが咆哮する。
 その先にある城を目指し、男は群れを引き連れ行軍を再開した。


「集まってくれてありがとう。早速で悪いけど……オランジュベネに動きがあった」
 駆けつけたイレギュラーズ達を見て、『黒猫の』ショウ(p3n000005)は情報の詳細を語り始める。
 幻想南部、旧オランジュベネ領。今は統治者を失い空白地帯となった彼の地で、王都を狙う不穏な影あり。
「その人物の名は、イオニアス・フォン・オランジュベネ。彼がとうとう王都へと進軍を始めるようだ」
 厳しいショウの表情に、自然と場に緊張感が漂い始める。
「イオニアスは自身の麾下に命じて、オランジュベネ各地で手勢を集めていたようだね。それら小規模の軍隊となり『血の古城』と呼ばれる場所に向かって進撃を開始したんだ」
 彼らはイオニアスの本隊と合流した後、全軍を以て行軍を開始。ブラウベルク領を皮切りに、王都目がけて北上を始めるようだ。
「そうなれば、後はわかるよね」
 民衆の住まう地は、戦場へと変わる。
 加えてイオニアスは魔種だ。彼に勢力圏を築かれることがあれば、『滅びのアーク』が大きく増加することは想像に難くない。加えて今なら合流を目指す軍隊を各個撃破し、本隊の勢力を落とすことが出来る。
「今回任せたいのは兵士長の男と、彼の率いる狼に似た獣種の一軍だ。兵士長の狂気に、獣種たちが影響を受けてしまったようだね。けどイオニアスの力が弱まったせいか、統率自体に乱れが生じているみたいだ。ああでも、油断はしないでね。――理性を削がれ、追い込まれた獣は何をするかわからないよ?」
 過ぎた心配かも知れないけど、気をつけて。ショウの言葉に、頷き返すイレギュラーズ達。
「皆なら大丈夫だって信じているよ」
 そしてショウは、頼もしき仲間を彼の地へと送り出すのだった。

GMコメント

 初めまして、水平彼方です。
 イオニアス・フォン・オランジュベネが企てた王都進軍を阻止すべく、小規模軍隊の討伐をお願いします。
 

●目標
 兵士長および獣種達の討伐。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 夕方の高原地帯、敵一行が森を抜けた先になります。
 森からは離れており、敵も固まって行動しています。伏兵はありません。

 視界・足場ともに良好です。戦闘に支障はありません。
 

●敵
 イオニアス麾下の兵士長と狼の獣種で構成された一団です。
 兵士長の指揮のもと統率がとれていましたが、綻びが生じ始めています。
 兵士長以外の戦力は強くありませんが、数が厄介です。
 
『兵士長』×1体
 長剣で武装した兵士です。
 剣を振るう以外にも獣種達に指揮を飛ばしています。
 しかし狂気に犯された思考は「眼前の敵を倒せ」のみ繰り返し、ほとんど意味を成していません。
 戦闘方法は以下の通り。
・「邪魔をするな!」:なぎ払い攻撃。物至列にダメージ
・「そこを退け!」:渾身の突き攻撃。物至単に大ダメージ、出血

『狼兵士(剣)』×8体
 剣を装備した獣種の兵士です。
 剣以外にも強靱な顎で噛みついてきます。
 兵士長の狂気に影響され、思考能力が低下しています。
 戦闘方法は以下の通り。
・剣で斬る:物至単にダメージ
・噛みつき:物至単に大ダメージ、乱れ

『狼兵士(弓)」×4体
 弓を装備した獣種の兵士です。
 遠距離を維持して戦おうとします。
 兵士長の狂気に影響され、思考能力が低下しています。
 戦闘方法は以下の通り。
・射撃:物遠単にダメージ

  • <DyadiC>飢渇の咆哮完了
  • GM名水平彼方
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年09月29日 23時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ロザリエル・インヘルト(p3p000015)
至高の薔薇
ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)
穢翼の死神
アト・サイン(p3p001394)
観光客
ニーニア・リーカー(p3p002058)
辻ポストガール
グリムペイン・ダカタール(p3p002887)
わるいおおかみさん
城火 綾花(p3p007140)
Joker
天狼 カナタ(p3p007224)
夜砂の彼方に
メルトリリス(p3p007295)
神殺しの聖女

リプレイ

●薄暮
 空はいよいよ青さを失いつつあった。
 鳥が森へと飛び去っていくのを、『穢翼の死神』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)はゆっくりと見送った。
「今度は幻想が魔種に狙われてるんだね」
 もうすぐ、ここは戦場になる。魔種――イオニアス・フォン・オランジュベネの狂気を空白地帯へとまき散らすべく、先駆けとなる者たちとイレギュラーズ達によって。
 その荒々しい軍靴に踏み潰されるのは、いつだって無辜の民だった。
「イオニアス卿も、落ちたものですね……」
「僕個人としては無関係な人達を戦いに巻き込みたくないからね。そのためにも、ここで戦力を削がないとね!」
 『太陽の弟子』メルトリリス(p3p007295)が俯き加減で呟くと、『平原の穴掘り人』ニーニア・リーカー(p3p002058)が明るい声で励ました。
『忙しい事だな』
「天義での事もあるし迅速に対処しないとね」
 冷徹な神の声に、使いたる少女がこたえる。
 天義、そして魔種。その記憶も、傷もまだ癒えきっていない。
 メルトリリスは傷口を無遠慮になで回される不快感を、口に出さず押しとどめる。その姿を見たティアが声をかけた。
「メルトリリス、アマリリスの妹さんなんだね……」
「あ、ああ、ティアさまはアマリリスと……お姉さまと接点があった方なのですね? それはとてもお世話になりました、きっと姉も楽しかったかと思います」
 その花の名を持つ少女は多くの人に愛されていた。彼女の全てが過去形で現される事に、メルトリリスに流れる血と面影が思い出させる度に改めて実感する。感傷に浸りそうになるなか、ニーニアの視界に影がひとつ、ふたつ……。
「来たよ!」
 ニーニアの声に、イレギュラーズ達の間に緊張が走る。
「守ってみせるよ、絶対に」
 駆け抜けるティアに答えを返すまもなく、彼女は真っ先に飛び出していった。
 その背後から開戦を告げる遠吠えが、薄暮の高原に響き渡った。
 
●飢渇
 ――オオォォオン!
 行軍を遮る様に躍り出たイレギュラーズ達。そこに『彼方の銀狼』天狼 カナタ(p3p007224)の遠吠えによって、敵の注意と敵意は一気にイレギュラーズへと向けられた。
「奴らを殺せえぇ!」
 尾を引く声を食うように、兵士長の怒声が飛ぶ。声に従い次々と押し寄せる狼兵士達がまず目にしたのは、一対の白い翼。
「戦況なら任せて!」
 ニーニアは空へと飛び上がると、剣劇の届かない場所へとみるみる間に高度を上げていく。釣られるように矢の先が上空へと向き、釘付けになった。
 味方に降り注ぐ矢が厄介なら、ニーニアが敵意ごと奪ってしまえば良い。
「横に広がってるから、先頭を取り囲むつもりみたい。すぐに敵と交戦するよ。兵士長は……剣兵のやや後ろ」
 飛来する矢を躱し、その身に受けながらもニーニアは飛ぶ。囮になる以上、負傷は覚悟の上だ。
 ハイテレパスで仲間へと実況を開始すると同時に、場に合わせて思考から体の動きに至るまでを調整する。その眼下でティアが手のひらの上に光を集め、解き放つ。
「邪魔だよ」
『失せよ』
 その魔法がどれほど力あるものか、ティアは見なくともわかる。今まで奪った命など数えることはなく、ただ眼前の敵に降りかかった数々の呪いこそが重要だった。
「巻き込むわよ、離れてて」
 痛み血を流し苦悶の声を上げる狼兵士達の前に、躍り出た『至高の薔薇』ロザリエル・インヘルト(p3p000015)の肢体が鞭のように撓る。
「死んだり滅びたり、そんなの理由なんて一つでしょ。弱かったのが悪いのよ。弱肉強食、これ真理だわね」
 ティアとは反対側に飛び出すと、嵐の目となり数体の兵士を巻き込んだ。それを見て牙のない獣め! とわめき立てるロザリエルの癇癪を『観光客』アト・サイン(p3p001394)は笑顔のまま受け流し、傾いだ体へ不惜身命の一撃を放つ。
「僕にやらせちゃうか、それを! まったくもって無謀だね!」
 仕事だからと割り切っているが、観光客の本分は戦闘ではない。しかし敵目がけて走る身のこなしは、正しく手練れの筋だった。
「ギャウッ!」
 悲鳴と共にざっくりと切り裂かれた体が、音を立てて地に倒れる。意思を失いただ命令のまま攻撃をするだけとなった獣種を見て、『Joker』城火 綾花(p3p007140)はやりきれない感情をため息で押し流した。
「すっかり向こうは狂ってしまって、何というか、ただただ哀れだね……」
「主人を見誤り、誇りを失った狼――いや、ただのケダモノか」
「だからと言って情けをかけるほど優しくする気は無いんだよ?」
 手足となった獣種達に意思はないとカナタが案じるも、解決のためイレギュラーズ達に残された時間はあまりにも短すぎた。最早戦う以外に道はない。頭ではわかっていたつもりでも、やりきれない感情がカナタの胸中を巡る。襲い来る狼兵達の攻勢も一筋縄ではいかず、イレギュラーズ達も無傷というわけではない。
 これ以上犠牲が増える前に、やらなければ。
 味方の間合いを避け、得物を回転させた勢いで敵を薙ぎ払うカナタ。その後方から趨勢を窺う綾花が、自身の獲物に視線を定めた。
「さぁさぁそれでは賭けを始めましょう! 女神が微笑むか死神が嘲笑うか!」
 勝負師が爪弾く一枚のコイン、沈む太陽の光を受けやがて示したのは――。
「女神はあたしに微笑んだようだね」
 弓兵の耳元で悪魔が不吉な言葉を囁き、狙いの先を鈍らせる。放たれた矢が見当違いの方向へと飛んでいき、綾花はにたりと笑った。
「よくも……奴らはイオニアス様の御旗の元で戦い、名誉の内に死ぬはずだったものを!」
「彼らの命は使われるものでは無い!」
 カナタが叫ぶも、兵士長はイオニアスへしか眼中にない。
「其処まで行きたいなら訃報という形で送ってやるとも、きっと再開や合流を喜んでくれるのではないかな?」
『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)が狼の合間を抜け、兵士長の元へと一気に距離を詰める。
「貴様あああぁあっ!」
「そこを退け!」
 渾身の突きを受け止めた大鎌が悲鳴を上げた。
「グリムペインさん、一人じゃ……」
「なら早く狼を片付けるんだ」
「そうするわ。後ろでチクチクやってる鬱陶しいのも纏めてさっさと片付けるわよ」
 ニーニアの心配を跳ね飛ばすように、グリムペインの一撃が兵士長の身を炎上させる。まだ戦線は崩れていない、次の攻撃のために敵の群れへと視線を移した。その時だった。
「あっ!」
 あわやという所を、矢が掠め飛んでいく。
「ニーニアさん!」
 仲間と友に敵を攻撃していたメルトリリスが気づき、崩れた体制を整えるニーニア。
「ありがとう、大丈夫だよ」
 心配しないでと笑顔で返すと、かけ声と共に宛先不明の郵便物を振りまいた。
「ほらほら、僕をどうにかしないと一方的に攻撃しちゃうよ!」
 あくまで敵の注意を引きつける役を全うする彼女を、メルトリリスは心配そうに、だが信頼を込めた眼差しで見守った。
「お気をつけください」
 仲間を温かな心で気遣いながらも、メルトリリスは冷たい瞳で地上から敵の位置を捕捉する。
 目の前の敵を倒す、その力となるために今ここにいるのだから。
「奇遇ですね、我々も目の前の敵を倒せと依頼を受けております。どちらが先に潰されるかの勝負ですね」
 紡いだ力が弾け、傷を負った狼兵士が僅かに怯む。
「倒せ、殺せ、進め! 道を塞ぐもの全てが障害物である!」
 兵士長の号令に、狼兵が眼前の敵へと剣を振るい牙を剥く。
「観光客っていうのはね、暗闇に紛れて、複雑な道に隠れて、小細工を駆使しながら戦うものでね!
 こんな真正面からやりあえって言われると、うん、実は結構困っちゃうんだなあ!」
「しかしあれだね、狼じゃなく野良犬の間違いでは?」
 ただ群れるだけの狼など、誇りも何もあったものではない。同じと見られては『おおかみ』としての沽券に関わる。
 剣をいなしたグリムペインは眼前の敵を大地の拳で殴り、アトは弓兵へ向かって弾丸を指で弾く。物質を複製し続ける魔法は、着弾と共に爆発し火花をあげ、複製することによって更なる爆風を呼ぶ。
「……ふふっ、楽しいねぇ! 攻撃も防御も全て賭け! 常に死と隣り合わせの手に汗握る大一番!」
 僅かに躱しきれなかった傷を見て綾花は笑う、これだから賭けは面白い。
「あ、ごめんね? 急に笑い出して。でも、こんなの心躍って笑わずにいられないんだよね!」
 命を賭けたやり取りすら楽しむその声が、不吉をもたらす囁きとなって相手を襲う。
 数を減らした剣兵を見て、兵士長の手が怒りに震える。
「なぜ奪う、奪われなければならぬ!」
 彼の御方はただ願われた、昔日の栄光を取り戻すのだと。
「それを、お前達が邪魔をする!」
「ぐ、おっ!」
 悲鳴に似た声に合わせて繰り出された剣が、鎌を押しのけてグリムペインへと斬りかかる。
「今行くわ!」
 数を減らしたことにより開けた合間を縫って、ロザリエルは駆けつけた。強い意志が狂気に染まった兵士の横っ面を叩く。
 その問いが、彼を狂気へと染め上げたのか。
 同じくするからこそ、主と共に落ちたのか。
 伝播した狂気から解放すべく、カナタが吼える。
「悲しいかな、彼等の牙は飢えでしかない」
 いずれにせよ、彼は望みそして応えたのだ。メルトリリスは杖を握りしめ、癒やしの力を紡ぎ上げる。
 私は、メルトリリスは彼女とは違うと示すように、声を上げる。
「私は姉のように魔になったり、敵にガバーっと倒されたりも、しませんし、しないつもり、なので」
 その声を聞いたティアは、メルトリリスを襲わんとした狼兵を剣魔双撃でたたき伏せる。
『無理はするなよ?』
「無理はしないよ、無茶はするけど。
 私を友達としてくれたアマリリスの為にも死なせてたまるものですか」
 メルトリリスは彼女の代わりではない。ティアを友と呼んだのは、背後の少女ではない。
 しかしメルトリリスが傷ついたら、もしもが重なってしまったら。そんなの悲しむに決まっている。
「悲しむってわかっていることを、出来るはずがないでしょう」
 「天使」の少女は守るために、敵の命を刈り取っていく。
 息絶えた狼がまたひとり、流れ出る血で大地を染めていった。
 
●落日
 寄せ集めの軍隊は、緩やかに崩壊の一途を辿っていった。
 一方イレギュラーズ達も、メルトリリスが回復を施すが少なからず傷を負っていた。
「剣兵の方は大分崩れてきたよ、あと一押し。弓兵はまだ数も体力も十分、兵士長はグリムペインさんとロザリエルさんが対応中だよ」
 ニーニアが放った冷却用の術式が季節外れの寒さを呼び、弓兵を凍えさせた。動きが鈍った彼らを見て、すかさずアトは再び弾丸を乱射する。
「ふぅー、やはり、呪いの刃は使うのが難しいな!」
 力にはそれ相応の代償が必要だ。アトの場合、呪いの刃は絶大な力をもたらす代わりに、振るう度に体から力を奪われていく。
 それは長期戦になるほど、消耗していくことを現していた。
「一撃の重さは呪い無しよりかは遥かに高いとはいえ辛いものはあるんだよねえ!」
 横に薙いだの一閃を躱しながら、アトはそれでも楽しそうだった。大きな戦果を得るためにはそれ相応の危険が付き物だと語るように。求めてやまないものがある限り、手を伸ばし続けるのだ。
 ティアは魔法と格闘を折り合わせ強襲し、更に一体を仕留める。綾花は弓兵に囁きかけると、魂を吸い上げられるように崩れ落ちた。
「お爺さんの家に向かう前に花を摘みにいってはどうかな?」
「飾りなど不要! 主が欲するのは正しき治世、正しき統治者。それだけだ!」
 グリムペインが挑発すれば、兵士長は容易く吼えて返した。
 主の為と身命を捧げるのなら、彼は忠義者と讃えられたかも知れない。
 それが幻想にとって、ローレットにとって。イレギュラーズ達にとって倒すべき敵であると同時に、彼はどうしようもなく悪であった。
「魔種に絡まれてあっさり狂った連中はねぇなんていうか、貧弱な人間の数少ない取り柄の意志力とか覚悟? そういうの感じられないわ。もう存在がダメ! 全然可愛くないもん!」
 グリムペインの攻撃に合わせてロザリエルが更に畳みかける。
「ぐ、おおっ!」
 気圧された兵士長の体勢が傾いだものの、跳ね返すように勢いよく剣を横に振り抜いた。
 そして、剣を持った狼がカナタへと牙を剥く。
「オオオオッ!」
 これ以上の戦いは無用だと、叫び声を上げる。たった一人、最後に剣を振り上げた狼はその声を聞いて意識を手放した。
 
「残るは兵士長と弓兵だよ!」
 ニーニアは仲間達を励ますように、ハイテレパスの声をできるだけ張り上げた。
 何本目かの矢を躱したニーニアの冷気が、綾花の囁きが弓兵を襲う。
「お前が狂うのはどうでもいいが、そいつらは開放させてもらうぞ?」
 兵士長へと迫るカナタが、瞬間正気をかなぐり捨て牙で食らいつく。カナタと狼兵、どちらが獣なのだろう。変わらないな、と口の中に溜まった血を吐き捨てた。
「あまり旨くないな、終わったら口直しでもしておきたいところだ」
「だがもう終わりだ」
 カナタに続いてグリムペイン、ロザリエルが再び兵士長を強襲する。
「人間未満! 獣以下! 野性なければ理性もない動く物!」
「ああいや失敬! 先の言葉を訂正しよう。君の事なぞ覚えてもいなければ当てにもしていないか!」
 襤褸の鎧と剣は砕け散り、瞳に浮かぶ狂気の色が揺らぐ。
「イオニアスさま……」
 昔日の栄光をその目にすることは叶わず、一人の兵士は落日に手を伸ばす。緩やかに何かを掴む様に指を丸めると、やがて力なく地面に落ちた。
「さあ、残るは弓兵だけ! 油断しないで」
 ニーニアの実況を聞きながら、油断などしないとメルトリリスは杖を握りしめた。護られるのは嬉しい。その身はまだ非力なれど力になれるように、集めた力で敵を攻撃する。
「みんなを護れるように。お互いに譲れない者同士、最後まで本気で戦います」
 囮として飛び続けたニーニアから、押し寄せるイレギュラーズ達へと徐々に狙いが移り始める。
『撃たせるな』
「その矢が傷つける前に、倒す」
 目が眩むような白夜の光が覆い尽くし、夕闇を焼いた。最後に立った弓兵がふらつきながらも矢を番える。
「我が身、我が命、剣に載せて撃とする。此処に僕の全てを投げ込もう!」 
 その矢を躱し喉元まで迫る。アトは自身の生命力を全て込め正しく全身全霊の一刀で斬りかかる。
 ギャウッ、と悲鳴を上げたあと、よろめき後退する狼兵。やがて天を仰ぐように倒れた彼は、空気を求めるように一度大きく口を開け、そのまま息を止めた。
 開いたままの目に映る落日が地平線の向こうへと姿を消す、その瞬間のことだった。
 
●薄明
 小規模軍隊の討伐が終わると、カナタは真っ先に息のある狼兵を探した。
 たった一人。それでも生き残った命だと、応急手当を施していく。
「貴様らは群れ――仲間や領民を守るものだろうが。それとも、そのイオニアスというやつを守るためだけに兵士になったのか?」
 彼がタダの飼い犬となるか、誇りある狼になるのかはカナタが関与することではない。彼の心に任せる事にした。
「……はあ、疲れた。甘いもの食べたい」
 乾きささくれてしまった心を癒やすものが欲しい、カナタはそう呟いてぎゅっと包帯を結んだ。
「被害状況の確認が終わったよ。物損とかはないし、このままでも大丈夫そう」
 周囲を回って被害状況を確認していたティアが報告すると、綾花は足下の遺体を見て唸り声を上げた。
「兵士長は狂ってしまってるし、きっと何も有益な情報は得られそうにないよね……、参ったなぁ……」
「他のイレギュラーズが上手くやっている、それを信じよう」
『それしかあるまい』
 この空白地帯で繰り広げられている戦いは、ここだけではない。仲間の善戦を信じて、全員がこの場をあとにすることになった。
 狂気の行軍はここに、イレギュラーズ達の活躍によって阻止されたのだった。

成否

成功

MVP

ニーニア・リーカー(p3p002058)
辻ポストガール

状態異常

ニーニア・リーカー(p3p002058)[重傷]
辻ポストガール

あとがき

お疲れ様でした。
飛行による上空からの戦況報告は「なるほど」と膝を打ちました。
兵士長、狼兵士たちへそれぞれの心境もいただきました。熱い思いは狂気に打ち勝つ原動力になったと思います。
MVPは最初から最後まで戦況を伝えてくださったニーニア・リーカーさんへ贈ります。

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