PandoraPartyProject

シナリオ詳細

≪パラノイア≫の領域

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●薔薇色のメッセージ
 ―――幻想三大貴族。
 華やかなその椅子に腰かける、見目麗しいMademoiselle―――”暗殺令嬢”、『リーゼロッテ』。
 彼女の”聊か不穏な二つ名”、そして”薔薇と十字の家紋”。
 ”暗殺令嬢”の派閥は、その本質を決して違わない。
 違わずに、今日も……。
 ……今日も昨日も、そして明日も。
 ≪己が絢爛鳴る椅子≫(貴族の資格)を充足させるために、
 余りに多忙なる≪暗殺と恫喝≫(義務)を果たす―――。


 ”統治”は何時だってその質を、距離に依存する。
 その事実を捻じ曲げる事は不可能だ。
 だが、”希釈する”事自体は不可能では無い。
 従って、その場所―――≪幻想≫(レガド・イルシオン)の郊外に立つ、一見寂れた、しかし広大なその屋敷。
 ここに至っては、統治の質を下げるだけの十分な距離を有していた、と云わざるを得ないだろう。
「君達に依頼がある。≪特異運命座標≫(イレギュラーズ)諸君」
 寂れて見えた外装も、よくよくと覗き込んでみれば、その世話の行き届き方が十二分に理解出来てしまう。
 一級品の美術品、什器。
 足音もたたぬ程のふくよかな絨毯が敷き詰められた一室。
 荘厳に、しかし、気怠げに……依頼を口にしたのは、家主の男。
 彼は名を”オドラデク”と名乗ったものの、どうやらそれは偽名に過ぎないらしい。
 しかし、何も詮索するべき事柄ではない。
 そもそも……怪しげな仮面を被った彼の素顔ですら、イレギュラーズは知り得ぬのだから。
 そんな一抹の疑心を当たり前のように感じとったのか。オドラデクは口の端を歪めながら、頬を擦った。
「いや、気を悪くしないでくれたまえ。
 私も≪優雅な生活≫(貴族)を満喫できているのは、他でもない、
 ≪もっと優雅な生活≫(三大貴族)を享受する者への忠誠であれば……、特に”令嬢”への忠誠であれば、
 その建前は理解して頂けるだろう?」
 婉曲な言い回しがどうも鼻につく。
 イレギュラーズは無言で先を促した。
「安心したまえ。私も長話をする心算はない。諸君が此処にいる時間が増せば増す程、
 私は大きなリスクを抱える事になる。諸君は、リスクを抱える条件をご存知かな?
 リスクの構成要素は二つ。”不確実性”、”賭け金”だ。
 良いかね、諸君。不確実性が高いなら、賭け金は下げねばならない。それが第一条件だ。
 不確実性の高さに、賭け金を上げるというのは、全くの無策……、実際はその逆。
 掛け金を跳ね上げてもいいのは、”不確実性が下がった時だけ”だ」
 オドラデクは不意に、紅茶のカップを持たぬ左手で、ピストルの形を作った。
「ここに拳銃がある。回転式の弾倉には一発の銃弾が込められている。
 賭け相手が弾倉を回した後、諸君は拳銃を受け取り、それを自身の蟀谷に当て、引き金を引くという”賭け”をしよう。
 空砲なら諸君の勝ち。おまけに諸君らは、前日に、賭博で大きな、とても大きな負債を抱えているとでもしようか。
 諸君は、金貨千枚でこの賭けを受けるかね?
 ―――いや、受けまいな。死を掛けるには不確実過ぎる。
 では、蟀谷ではなく、空に向かって引き金を引いても良い、とする。
 諸君は、銅貨一枚でこの賭けを受けるかね?
 ―――いや、やはり受けまいな。もはや賭けになっていない。
 私ならどうするか……。
 金貨百枚を賭け相手に譲渡する代わりに、弾倉の位置をこっそりと見せて貰う。
 良いかね。”不確実性を下げれば、賭け金は下げずに済む”」
「……だとすると、貴方は今も刻一刻と、”不確実性”は高めている訳だが」
 呆れた様にイレギュラーズの一人が言うと、
 「……これは失敬!」とオドラデクは咳払いをした。


「諸君にお願いしたいのは、なに、簡単なことだ。
 薔薇園を営んでいる、『ラウリン』という男を殺してほしい」
 穏やかに口元だけを綻ばせながら、オドラデクは続ける。
「その理由を諸君に明かす義務は私には無いが、
 長話に付きあわせてしまったお詫びに少しだけ話そう。
 端的に言って、ラウリンは、”反貴族派”として知られている男だ。
 我々貴族の在り方を認めていない―――特に、”私の様な悪徳の貴族”はね。
 そんな彼だから、民からの信頼も篤い。最近はその団結がますます強くなってきている。徒党を組んで我々に刃向い始めるのも、時間の問題だろう。
 まあ、少々の遠吠えであれば無視して構わないのだが……、
 ―――そろそろ”令嬢”の耳に入るやもしれぬ」
 相変わらず柔和な口元だが。
 やはり相変わらず、仮面に覆われたオドラデクの感情は、見て取れなかった。
「さて以上だ。私兵に調査させた詳しい情報はまた別途送らせて頂く。
 これでお開きとなるが、ふむ、誰も紅茶に手をつけないのかね? お気に召さなかったかな?
 私はこう見えてもお喋りが好きでね。ああ、そう言えば―――。

 ―――『シルク・ド・マントゥール』。

 世界を巡る、かの”嘘吐きサーカス”が、この≪幻想≫(レガド・イルシオン)にもやってくるそうだね。
 その人気はイレギュラーズ諸君も知る所であろう?
 まあ、しかし……、その公演には”事件が付き纏う”という噂……。
 ああ、あれは恐らく……」
 そこまで言い掛けたオドラデクは、急に口を噤んだ。
「また長話になってしまったね。そちらから質問が無ければここらで切り上げよう。
 まあ、正確に答えられるどうかは、内容次第だがね」
「じゃあ一つだけ」
 イレギュラーズの一人が手を挙げた。「どうぞ」とオドラデクは促す。
「貴方のバックには”薔薇”がついているのだろうが……。
 ”薔薇園”を潰すのはオーケー?」
「なんだ、そんなことかね」
 再び声を上げて笑いだしたオドラデクは、そのままの口元を作りながら、
「全く構わないよ。何せ、私はね。
 ―――花の中で、”薔薇”がもっとも嫌いなのだよ」

GMコメント

●依頼達成条件
・『ラウリン』の暗殺


●情報確度
・Bです。OP、GMコメントに記載されている内容は全て事実でありますが、
 ここに記されていない追加情報もありそうです。
 ただしそれは”物語的な”追加情報であり、
 難易度へ影響を及ぼす類のものではありません。


●現場状況
・薔薇園、深夜。
・ラウリンは反貴族行動の観点から私兵を雇っており、常時警戒させています。
・一部の薔薇はモンスターの擬態であり、会敵した際は敵対的な行動を取ります。

■薔薇園
・程々に広大な土地です。薔薇園は円形に形作られ、その中心にラウリンの住居があります。
・薔薇園では観覧用の薔薇も多々栽培しており、アーチ状に薔薇で覆われた箇所、薔薇を壁一面に敷き詰めた箇所等が有り、
 射線・動線へ影響を及ぼす可能性があります。

■時刻
・夜です。特に対策が無い場合は、相応のデメリットが想定されます(命中率ダウン等)。
・ラウリンは就寝中ですが、酷く臆病な性格でもあり、異変が在るとすぐに目を覚まします。
 私兵、薔薇のモンスター、従業員の存在を考慮すると、
 そのまま殺害するのは聊か困難であるかもしれません。


●敵状況
■ラウリン
・見た目は中年の男性。
・起床した場合は下記私兵と同様に武装し対応を始めますが、
 戦闘の経験は皆無に等しく、話になりません。
・従って彼は、すぐに逃走を始めます。取り逃がした場合は依頼失敗になります。
・逃走手段は主に薔薇園内で飼育している馬になります。
 馬が居ない場合は走って逃走します。

■ラウリンの私兵
・人数は5名。多くはライフル等の銃火器を装備しています。錬度は低めです。
・ライフルのほかに短刀等の刃物も持ち合わせており、近接戦闘も可能です。
・不審者に気が付くと、すぐにラウリンへと知らせます。
・また、異常音を発する事で、最大で5名まで、追加の私兵を呼び寄せる事ができます。
 追加私兵の装備は上記同様です。

■薔薇園の従業員
・人数は4名。
・住み込みで働いており、ラウリンと同じ住居で就寝中です。
・ラウリンと同様に、起床した場合は上記私兵と同様に武装し対応を始めますが、
 戦闘の経験は皆無に等しく、話になりません。
 また、すぐに逃走を始めるでしょう。
・異常音を発する事で、最大で5名まで、追加の私兵を呼び寄せる事ができます。
 追加私兵の装備は上記同様です。
 ※追加は私兵と従業員合わせて5名までであり、
  私兵が初期人員を含めて10名を超える事はありません。

■薔薇のモンスター
・2種が複数紛れ込んでいます。一体一体は極めて低ステータスです。
・下記攻撃の可能性があります。
 1.捕縛(物近範、出血)
 2.棘(物至単、出血)
★ジェミニ/淡い桃色の品種擬態。
★ヘルツアス/鮮やかな赤色の品種擬態。


●味方状況
・オドラデクの私兵がラウリンの薔薇園まで先導してくれますが、
 その先からは一切介入は無く、味方の存在はありません。


●備考。
・OPの通り、本暗殺は、基本的に”無実の人間を利害の為に除外するもの”であります。


皆様のご参加心よりお待ちしております。

  • ≪パラノイア≫の領域完了
  • GM名いかるが
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年03月04日 20時50分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
ドラマ・ゲツク(p3p000172)
蒼剣の弟子
御幣島 戦神 奏(p3p000216)
黒陣白刃
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
同一奇譚
世界樹(p3p000634)
 
祈祷 琴音(p3p001363)
特異運命座標
ブローディア(p3p004657)
静寂望む蒼の牙

リプレイ


(何とも裏のキナ臭い御仕事のようですね。
 私は人間相手の殺し合いは初めてなのですが―――)
 そんな感情は露と見せず、『自称・旅人』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)の視線が闇夜を泳ぐ。
 寒い夜だった。
 渇いた周囲にはザァザァと叫喚が響き渡っている。
 ハァ―――、とヘイゼルから少し距離を取って、『夢見る幻想』ドラマ・ゲツク(p3p000172)の息がほんのり白く宙を揺蕩った。直後、何か異変を感じ取っているのか、隣で馬が嘶く。
(……あなたも、気が付いているのですか?)
 ―――自分の、そして主人の行く末が。
 そんな彼を鎮めるように、ドラマは馬の首筋を撫ぜた。
(綺麗な薔薇には棘がある。
 棘を取ってからじゃねぇと痛い目に合うが……さて。
 薔薇の棘が刺さったのは誰の指だろうなァ?)
 傍らの薔薇を摘みながら『死を呼ぶドクター』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)が独白した。

 ヘイゼル、ドラマ、レイチェルの三名は正しく殺手であった。
 ―――やがて、哀れな薔薇園の主人が、此処へやってくるだろう。
 身を顰めて、標的が来るのをじいと待つ。

 善悪は無い。
 善悪も無い。

 言うなればレイチェルの云うが如く”薔薇の棘”―――決して痛くは無いけれど、やけに気になる、そんな患部。
 だから今日は、此の上無く素敵な夜と成るに違いなかった。


 やっていることは立派だが、警備に雇われた彼等にとって其処に大義は無かった。
 欠伸を隠しもせず、壁にもたれ掛かっていたラウリンの私兵……警備兵の一人は息を吐いた。反貴族の志は大層立派だが、だからといって自分への報酬が増える訳でもない。
 結局のところ、革命が起きた所で”立場”の委譲が行われるだけであって、何時だって下々の人間には程遠い話題なのだ―――政治とは、何時の時代でも。
「おい……、あれは何だ?」
 近くで同じように暇を潰していたもう一人の警備兵が、突然奇妙な声を上げた。彼は、闇夜の虚空を指差し、眉を顰めている。
「暇過ぎて気が触れたか? そんなところに何も……」
 そう鼻で笑って馬鹿にしようとした男は、ふと言いようの無いその違和感を覚えて、眼前の彼と同じように動きを止めた。
 其処に浮いていたのは―――、”赤い月”だった。
「暗殺の業。我等『物語』には含まれず、淡々と晒す敵対者の首。
 されど我等『物語』には魔術が綴られた。
 陰湿かつ邪悪な術は邪魔な阿呆を蝕み屠る。
 ―――故に我等『物語』は、暗殺『物語』も終幕させる」
 赤い月が歪み、突如火が灯る。
 『芸術家』オラボナ=ヒールド=テゴス(p3p000569)の手に握られた松明に、ふと火が泳いだ。闇夜に隠蔽されていた彼の極黑の体躯が、そして露わになった。
 その異様な光景を警備らが見咎めるよりも速く、仲間を鼓舞する甘いバラードがオラボナの口から紡がれた。
「オラボナくん何だか難しい言葉つかうねー……。
 あれ? 私なにするんだったっけ?」
 「囮となり私兵を誘き寄せるのだよ」とオラボナが耳打ちすると「そうだった!」と『戦神』御幣島 戦神 奏(p3p000216)が手を打った。
「んーでもなんかもうかんがえるのめんどくさいから、もうなんでもいいや!
 騒ぎを起こせばいいんだよね!」
「左様」
「よーし、じゃあ正面からいっくぞー!」
 まるでオラボナと対照的に可憐な奏がそのまま警備兵に突っ込んでいく。
「……襲撃者だ! 警戒態勢を取れ!」
 容姿に似合わず機敏な奏の動きに驚愕の表情を作りながら、警備の一人が声高に叫び銃を構えた。もう一人の警備の男は、すぐさま傍に在った警鐘を響かせる。
 ―――次の瞬間、辺り一面を炎が舞った。
「これで少しは視界もマシになるじゃろ」
 『散歩する樹』世界樹(p3p000634)がカンテラ用の油を地面に撒き、其処に火をくべていた。瞬間、周囲の視界が大きく開ける。そして、大々的に襲撃が明るみとなった。
 警備兵の顔が大きく歪む。その顔には焦燥と憎悪が浮かび上がっていた。
「貴様ら、何者だ!」
「残念ながら、、名乗る名を持ち合わせておらぬのでな」
「何だと……」
 世界樹の声に、警備兵は唇を噛み、
「悪いがこういう依頼なのだ。反貴族派には同情するがね」
「……!」
 ふと背後から声――― 『静寂望む蒼の牙』ブローディア(p3p004657)の姿に驚いたかのように、警備兵は一歩後ずさった。
(それじゃあ、私は先に行くわぁ)
 既にメンバー間で決めていたハンドサイン。世界樹の撒いた火種が今は微かに『とにかく酒が飲みたい』祈祷 琴音(p3p001363)の姿を映し、そして彼女はブローディアが首肯したのを確認して再度闇に姿を消した。琴音は云わば静の囮手―――。
(貴族って金だけあっても飲めない酒とか知ってそうよねぇ?
 善悪とかそういうのには興味ないわぁ。良い酒にありつけられれば、私はそれで満足よ)
 ……酒豪然としたそんな琴音の深奥は誰にも覗かれないまま、彼女が先に薔薇園中心部へと向かって消えると、銃声が突如耳を劈く。
 迫りくる奏へと警備兵の一人が撃ったものだ。

 警鐘、銃声、そして燃え盛る油の匂い―――。
 ―――帯同するこの月夜に、暗殺の開幕が厳かに告げられていた。


 眼を開けた。直感的に”良くないこと”が起きている事を理解した。
「ラウリンさん! 起きてください!
 何者かが我々を襲撃している様です……!」
「”何者か”、だって?」
 怒号と銃声。死にもの狂いで駆け込んできた住み込みの従業員の一人の言葉に、ラウリンは眉を顰めた。
「警備兵を相手取って、金目の物の当てもないしがない薔薇園に誰が押し入ろうというんだ?」
「それは……」
 ラウリンは立ち上がり、壁に掛けてあった銃を手に取る。
「詰まりは目的は金銭ではない。すると≪私≫(反貴族主義者)か。
 分かり易い構図だ」
「え? それでは……」
「君も銃を持ちなさい」
 ラウリンは足早に出入り口へと歩を進めた。不安げな従業員たち。彼等にも拳銃が与えられた。だがそれは、迫りくる恐怖を前にして、余りに非力に見えた。
「貴族主義の手先共め―――やはり強硬手段に出たか」


 ドラマは、植物の声を聞く事が出来る。
 彼女のその異能は、今回の事例に関して極めて有効なものだった。
 奏、オラボナ、世界樹、琴音そしてブローディアの大々的な囮作戦は初期段階において上手く機能していた。それ故に、ヘイゼル、ドラマ、レイチェルは極めて迅速に薔薇園内部へと潜入する事に成功していた。
 だが、囮側でも対処しきれない課題がある。
 それが、”薔薇に擬態した怪物”の存在だ。
 ドラマは、耳を澄ませた。
「……この先少し進んだ所に、声が聞こえます。
 少なくとも二体以上、モンスターが居る様ですね」
 その情報に、ヘイゼルがちらと視線を移す。
「この道は迂回できます。
 ……まあこの薔薇を相手取ったところで大きな支障には成り得ないでしょうけれど、
 強行して無暗にリスクを背負うのも賢明ではありません」
「ヘイゼルのお嬢ちゃんに賛成だ。さっさと前進しよう」
「分かりました。ではこちらへ」
 レイチェルとヘイゼルの言にドラマが頷くと、迂回する道へと先導を始めた。


「おーあーいむすかーりー。そーあーいむすかーりー。
 オラボナくんみたいに難しい言葉はわかんない!
 肉体言語だよ、肉体げーんご!」
 警備兵がトリガーを引くが、奏はそれ以上の身のこなしで敵の焦点を合させない。
 出来るのは格闘のみ。しかし戦神として、それで十分であろう。
 可憐な容姿とは裏腹に。瞳が殴打せよと蠢く。
「当たらない……!」
 一発、二発、……どうしてあの女は避けられる……っ!?
 気が付けばその間合いは奏のもの。互いの距離、凡そ四歩分。
 警備兵は至近距離での発砲を諦め、腰に携えた短剣を左手から横一線に薙ぐ。
「あはは、そうこなくっちゃね!」
 其処に”楽しみ”という以外の一切の感情を置き忘れたかのに、奏が笑う。迫りくる刃をものともせず、そのまま右腕で彼の短剣を下から弾くと、男の体躯は必然、正面をがら空きにさせた。
「まずい―――」
「まずは一発殴らせて!」
短剣を弾いた左手はそのまま。奏は反動で後方に引いた左腕を、抉るように男の腹部へと突き出した。
 どす、と鈍い衝撃。
 ……目は見開いたまま。そのまま膝が折れるように、地面へと崩れた。
「えー、もう終わり? 詰まんないよ!
 もっともっと……殴らせて! 暴れさせて!」
 けたたましく不満を述べる奏の姿にブローディアでこそ苦笑で済むが、敵からすればたまったものではない。
「ほれ、よそ見しておる暇はありゃせんぞ」
「―――あ?」
 続々と応援の警備兵がやってくる中、この状況に聊かの混乱を覚えていた彼は、世界樹のそんな言葉にまさに虚を突かれた。
「わたいは貴族社会の事は知らんし興味も無いが。
 この手の暗殺が『弱肉強食の延長線の淘汰』で善悪も浄も不浄も無関係なことくらいは弁えておるのじゃ」
「―――は?」
「……おめぇさんは語彙力に乏しいのかねぇ」
 まあ、仕方ないか。ぷすりと己の体躯を貫通したレイピアの存在に漸く気が付いた警備兵は、一瞬空白を生んだ後、痛覚を取り戻したようだった。
「我等『物語』は此処だ。正々堂々殺害を予告する」
 影がそのまま蠢くかのように、オラボナも前進する。既に二名の警備兵の排除に成功しているが、残り全ての姿を確認している訳ではない。今回ばかりは”ラウリンの逃亡阻止”が任務であれば、余計な憂いは断つに越したことはない。
「散逸せず固まって対応にあたれ!」
 前方から警備兵たちの声が響く。早々と二名を失った動揺はどうやら大きいらしい。
「ほぅ。臨機応変、結構なことじゃな。
 全くの能無しという訳でもなさそうじゃ」
 世界樹の呟きにオラボナが反応する。
「しかし、我等『物語』の脚本、筋書通りの流れに過ぎず。
 恐怖も少々在る筈だ。未知なる恐怖とは別だがな。
 ……結局は半端物。娯楽化に至った殺戮の脅威」
「よくわっかんないけど、もっとぶっとばしていいってことだよね?!」
 薔薇園外円から徐々にその内部へと詰め寄るイレギュラーズたち。
 奏と世界樹の切り拓いたその前線を往くのは、オラボナの支援を最大限に受ける琴音とブローディアであった。


(サラよ、本当に良いのか?
 本心ではラウリンとやらの殺害に加担するのは……)
 ブローディアは声を喪った宿主へと問い掛ける。
(……いや、何も言うまい。両親を失ったお前が妹御を養うのは並大抵のことではない。
 決意が固いのなら、私は只お前に力を貸そう)
 目の前に突如現れた薔薇の怪物を、拳闘のもとに塵へと帰しながら、ブローディアは薔薇園中心部へと向かっていた。
 当然其処はラウリンの邸宅へと近づく事になる。だがラウリンは態々面と向かって此方へ出向いてくることはないであろう。
 詰まりは玉突きの様に、ラウリンらは囮手達の侵入箇所から真反対の方角へ逃走する事になる。其処には馬小屋があり、そして、手薄になった警備に乗じて、
「上手く位置取りできているのかしらぁ」
 ……琴音が言う様に、殺手達が待ち構えるように位置している筈。
 だが囮手側へと向かっている警備の数は、どうやら二名掛けること三部隊。従って撃破して二名を合せても、あと二名足りない。従って、その二人はこちら……ラウリン側へと動いている筈だった。
「……居たな」
 ブローディアが小さく呟くと、琴音も動きを止めた。
 二名の警備が予想通り移動中だ。ラウリンの逃走を手伝いに向かっているのだろう。 琴音の眼が温度感覚を研ぎ澄ませる。
「周囲にはもうラウリンは居ない様ねぇ」
「了解した。それでは……」
 二人が視線を合わせ頷くと、同時に動く。
「……っ! 誰だ!」
 その物音に、警備も異常に気が付いた。すぐさま銃口を音源へと向けるが、
「こんばんわぁ。ねぇ、其処の貴方。一杯お酒を恵んで下さらないかしら?」
 惹きつけるように琴音が声を掛ける。
「……?」
 警備が怪訝な顔で足を止める。
「残念な事だが……我が宿主もワケありでね。
 繰り返すが、君達に同情はするがね。だが其処までだ」
「何をほざいてやがる! 撃て!」
 警備らが標準を定め、トリガーを引く。渇いた発砲音が繰り返され、琴音とブローディアへと向かうが、ブローディアがそれを盾で防ぐ。
「くそっ!」
 琴音が躍り出る。豊満な身体が肉薄し―――。
「葡萄酒の一本くらい用意しておいて欲しいわぁ」
「くっ……!」
 ―――至近距離からの打撃。片方の男が後方へと吹き飛ばされ、
「残念だったな。
 怨むのなら自分の不運を恨んでくれ給え」
「……ま、待ってくれ!」
 残る片方の男。彼の制止を気にも留めず、ブローディアは瞬息の拳を突きだした。


「ぬおっ……!」
「ラ、ラウリンさん!」
 もうすぐ馬小屋だ。そんな希望がラウリンとそして従業員を包み込もうとした、そんな時だった。
 急に声を上げて蹲るラウリン。従業員の一人が彼の様子を窺うと、足を負傷していた。「―――悪いが、これも仕事でなァ」
 ラウリンらが勢いよく顔を向ける。其処には、レイチェルの姿があった。次の瞬間。馬も大きく嘶いた。その絶命を告げる悲しげな断末魔。
 ヘイゼルがラウリンの逃走手段を断った瞬間でもあった。
「うっ……」
 ラウリンの横で、従業員たちも一人、二人と倒れていく。少し離れて位置取ったドラマの遠術。それが的確に彼等を撃っていった。
 瞬く間に逃走手段を奪われ、そして三名のイレギュラーズに囲まれたラウリン。
 その相貌には焦燥もあるし、諦観もあるように見受けられた。
「お前ら、貴族の手先だな……?」
「その問いに答える義務は、私達にはありません」」
 そう静かに返したドラマの言に、ラウリンは「無念だ」と呟いた。
「一部の者達が、出生のみで莫大な利益を享受する今のシステムを、
 君達も肯定するのかね?」
「肯定も否定もしません。けれど……。
 私達は何時だって、配られたカードで勝負するしかないのですよ。
 人生って、そういうものなのでしょう?」
 そして命も同じ。
「世に死んではならない命など始めから存在しないのですよ。
 その重みも常に不平等なのですから……」
 それじゃあ、サヨナラと行こうか。
 レイチェルが言うと、彼女はその手をラウリンへと掛けて―――。


 燃え盛る薔薇園を、遠くから見つめる一行。
「≪病的心配性≫(パラノイア)のような依頼主でしたが、
 私達も人の事は言えませんね―――」
 ドラマが表情のよく読み取れない相貌でぽつりと呟くと、ブローディアも頷く。
「まあ完璧にオーダーはこなしたのだから、禍根を残すこともあるまい」
「あーもっと一杯暴れたかったなー」
 不満そうな奏にドラマとブローディアが苦笑した。

 ラウリンの邸宅よりかっぱらってきた葡萄酒を瓶ごと呷る琴音は、胡乱な瞳でそのいっそ綺麗な炎を見つめていた。
「仕事後の一杯は堪らないわぁ」
「……あまり良い趣味とは思えんがな。
 まぁ、他人様の趣向にどうこうは謂わんでおこうかの」
 世界樹は少し呆れた様に言って、視線を薔薇園へと向ける。
「ラウリンという人物は無実かもしれんが……同時に誰かにとっては、
 何かにとっては、有害なんじゃろうな」
「儘ならんね。
 ―――全く、化け物よりも恐ろしいのは人の心かもしれんなァ」
 世界樹の隣で煙管を燻らせて天を仰ぎ見、薄く笑みを浮かべたレイチェルが口の端を歪めた。
「しかし、何故、”薔薇”が嫌いなのか……追求はしねぇさ。
 もう全部終わった後だからなァ」

 彼等はそうして、薔薇園を後にする。やがて村人たちが駆けつけてくるだろう。
 姿を見られても面倒だ。
 最後までその様子を見届けたのはオラボナ。
 その貼り付いた赤い月―――見せ掛けの微笑が、ゆっくりと動く。
「物語は最終頁を迎えた。
 魂は最悪を辿り、夜鷹の哄笑に攫われる」
 薔薇園に広がる、その朱に歓び蠢く。
 甲高い嘲笑い声を響かせながら―――。

「さあ、終幕だ」

 ―――彼も闇夜に同化した。


「そうか。依頼はきちんと成功させてくれたかね」
「は。その上、ラウリンの薔薇園を、それごと焼き払ったとのこと」
「……焼き払った?」
 意外そうに振り向いたオドラデクは、すぐにくつくつと笑い始めた。
「素晴らしい。実に素晴らしい。彼等は私の嗜好を良く理解してくれているね。
 ―――下がってよい。『シルク・ド・マントゥール』の公演チケットでも取っておいてあげなさい」
 オドラデクが言うと、従者は恭しく頭を下げ、彼の居室を足早に出て行った。
 口元に微笑みを貼り付けたままのオドラデクは、ゆっくりと豪奢な椅子へと腰かける。次の仕事内容を考え始めようとして、彼は、
「―――うん?
 アナタは、何時そこへ……」
 蝶が止まったように、シンと。オドラデクが不意に気が付いた様に振り向いたその瞬間。
 すらりと伸びた腕。その先には、拳銃。
 銃口は、振り向いたオドラデクの丁度、蟀谷に。
 
 酷く乾いた銃声一つ。
 
 倒れ込んだオドラデクの顔から、仮面が取れる。
 長く伸びる血液の同心円。気が付けば、部屋には死体がたった一つ。

 ―――胸には”薔薇の紋章”を携えて。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

皆様の貴重なお時間を頂き、当シナリオへご参加してくださいまして、ありがとうございました。

作戦は敢えて騒ぎを起こすことで暗殺を遂行するという隠れ蓑タイプのもので、
予想外でした。とても合理的だったと思います。
どのプレイングも不整合なく、素晴らしかったです。

ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『≪パラノイア≫の領域』へのご参加有難うございました。

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