PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ラゴルディア氏の受難

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 鬱蒼とした暗い森の一本道を、乗合馬車は走っていた。木々のトンネルをくぐり抜けながら、丘を上り、傾斜の大きい坂を下っていく。道が水平になったところで、事件は起った。
「――!」
 ラゴルディアは革張りの黒い天井を睨んだ。無意識のうちに腰につるしたレイピアの柄を握る。
 ついさっき、重い砂袋が地面へ投げ落とされた音が聞こえたような……いや、気のせいではない。落ちたのは砂袋ではなく御者だ。道の途中に罠が仕掛けていたのだろう。
 確信を裏付けるように、乗合馬車の揺れがひどくなった。荒道を行くがごとく、ごっ、ごっと馬車全体が突きあがる。そのたび、尻が木製ベンチの固い座面に打ちつけられて痛む。
「さっきのは……何の音だったのでしょう?」
 先ほどまでラゴルディアがニヤケ顔を向けていた美しきレディが、魅力あるハスキーボイスを震わせなから問い掛けてきた。
 顎を引いて戻す。
 レディは顔を紙のように白くして、幼い妹の肩をぎゅっと抱き寄せていた。妹――リンといったか、怯えた目をラゴルディアへ向けてくる。 
 馬車に乗り合わせていた他のハーモニアたちも異変を察したようで、お喋りをやめ、たまたま乗り合わせた見知らぬ者同士で身を寄せ合っていた。
 笑って、何でもないと彼女たちに言えたならどんなによかったか。
(「くそ。思惑どうり、奴隷商人たちに襲われたのはいいが……」)
 ラゴルディアはレイビアの柄を握ったまま、下唇を噛んだ。
 『深緑に住まう幻想種』の拉致事件が最近に至って確認されていた。ローレットが調査に乗り出し、深緑の隣国ラサに『奴隷』として流されている事まではわかっている。
 深緑はもともと他国とあまり関わらない閉鎖的な国家であるが、隣国のラサとは例外的に緩やかな同盟を結んでいる。これをご破算にするような行いをラサがする……とは思えないが、奴隷として流れているのもまた事実だ。このままでは両国の関係にひびが入ってしまいかねない。
 なによりもハーモニアという高貴な民のピンチである。
 混沌に召喚されて以来、彼らに親近感を抱いていたエルフのラゴルディアは、事件の黒幕が誰であるかを探るため、単独でおとり捜査に乗り出していた。
 この馬車に乗り合わせたのは偶然ではない。長いリサーチの末、次に襲われる可能性が一番高い馬車を選んだのだ。
 ただその馬車に運命の人が乗っているとは夢にも思っていなかった。
(「運命の女神は意地が悪い。ただ美男と美女が出会って恋に落ちるだけでは、物語として足りぬといわれるか」)
 しかし、まずは奴隷市場の場所と運営者を突きとめなくてはならない。ここは大人しく彼女たちとともに捕まろう。英雄的活躍をして、彼女のハートを射止めるのはそのあとのことだ。
 悲鳴のようないななきが聞えたと同時に、乗合馬車ががくんと止まった。
 後の両開きドアが開かれ、目から下をスカーフで覆い隠した男たちが光る得物を手に残りんできた。悲鳴や怒声が飛び交い、馬車の中が騒然となる。
「ぎゃあぎゃあウルセェ! 黙れ、長耳ども! この場で殺されたくなければ、さっさと降りて服を脱げ。陽があるうちに身を検めておきてぇからな」
 ハーモニアたちはすっかり怯えきっていた。自衛の為に携えていたナイフや剣を一度も振るうことなく、奴隷商人たちによって次々と馬車の中からひきずり降ろされていく。
 襲撃は驚異的な早業だった。
 場所の選び方、手口、迅速な動き方から、奴隷商人たちがこの辺りの地形を熟知し、襲撃を繰り返しているのがわかる。
 ガシャ、ガシャ、と外から聞こえてくる金属音は、ハーモニアたちから取り上げた武器を積み上げる音のだろうか。賊たちは実に手際がいい。
 ラゴルディアが妙なことに感心していると、太い声が飛んできた。
「おい、そこの三人! 何をしている。出ろと言ったのが聞えてなかったのか!」
 手の甲に毛をはやした男が、ラゴルディアの対面に座るレディへ手を伸ばした。細い腕を掴んで無理やり立たせる。
「い、いや!」
 レディにしがみつくリンが、火がついたように泣き叫ぶ。
「無礼者め! ゴブリン以下の汚い手でレディに触れるな」
 かっとなったラゴルディアは、レイピアを抜いて男の腕を刺した。
「テメェ、何しやがる!」
 別の男に肩を掴まれて体を回した途端、顔に青い砂を浴びせられた。

● 
 気がつくと、ラゴルディアは幌のない馬車の荷台にたった一人で乗せられていた。炎天下の中、上半身を裸にむかれて後ろ手に縛られている。
 体中が痛かった。特に頭のうしろがズキズキと痛む。肩で乾いた血にたかる、ハエの羽音が鬱陶しい。
(「いったい……私は……どこにいるのだ?」)
 ラゴルディアは、腫れあがった目蓋をなんとか少しだけ持ち上げた。
 まばらに草が生える砂地が見えた。太陽に炙られて乾いた砂が、風に飛ばされて流れていく。遠くに浮かぶ蜃気楼が黄色く霞んでいた。
 いつの間にか深緑を出て、隣国のラサに入っていたらしい。
 何時間、いや、何日気を失っていたのだろう。馬車を走らせる男の背に声をかけようとしても、腫れた舌が口蓋に張りついていて声が出ない。唾を飲みこもうとすると、喉に痛みが走った。ひどく喉が渇いている。
(「み、水……いや、それよりレディたちはどこだ?」)
 痛みを堪えて首を回した。
 後ろからもう一台、大きな荷馬車がついてきていた。あれに捕まったハーモニアたちが乗っているのだろうか。
 じっと見ていると、馬にムチを振るうヒゲの男と目が合った。男が馬鹿にしたよう唇を捲りあげ、汚い歯を見せて笑う。
(「ゴ、ゴブリン以下のクズの分際で生意気な! この高貴な私に向かってなんという態度! いずれ思い知らせてやるぞ」)
 せいぜいヒゲの男を睨みつけたところで体力を使い果たし、ラゴルディアはまたも気絶した。
 しばらくして、奴隷商人たちは国境近くの村に到着した。沿道沿いに食堂や小さな売店が並び、前に大きな荷馬車が何台も止まっている。豪華なものもあれば、いまにも壊れそうなみすぼらしい馬車まで様々だ。人相の悪い男たちでごった返している。
 奴隷商人たちの馬車は、沿道の最果てにある、村には不釣り合いな、ひときわ大きな建物へ向かった。到着とともに大きな建物に併設された円形闘技場から歓声と怒号があがり、黄色く濁る空を震わせた。
 闘技場のピリピリとした雰囲気に刺激され、ラゴルディアは荷馬車の床の上で意識を取り戻した。
 いつの間にか、縄が解かれていたようだ。まぶたを開くと、傷だらけになった自分の腕が見えた。はらはらと空から腕の上に落ちてくる白いものは、無駄になった賭け券だろうか。どれも腹立ちまぎれに破かれて、片方の端がギザギザになっている。
 ふいに荷馬車の近くをとぼとぼと歩く人たちの気配を察し、うめき声をあげた。レディたちかもしれないと思い、確かめようとしたが体を起こせなかった。
 耳が奴隷商人たちの会話を拾う。
 村の名前らしき単語と、オークション、それに見世物の日――売り物にならないクズを猛獣に食わせて始末する、という言葉か聞こえた。
「生憎、ライオンどもはさっき飯を食ったばかりで、いますぐってわけにはいかないがな」
 ラゴルディアは横たわったまま腕にできたかさぶたを剥した。爪の先を傷口に浸す。捨てられた賭け券の裏に己の血で助けを呼ぶ手紙をしたためると、召喚したハトに託した。


 『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)がマントの肩を手で払うと、『燃える石』の床にラサの砂が落ちた。
 店主が露骨に顔ををしかめる。
「おい――」
「すぐに声をかけて人を集めてくれ。奴隷商人に捕まったラゴルディアを助けに行く」
 クルールはラサの他の街で、頻発する魔物の調査を行っていた。そこへ、ラゴルディアの手紙をくわえたハトが飛んできたのだという。
 手紙を読んだクルールは、ロリババアのホリーを飛ばして幻想に戻った。『燃える石』にたどり着いたのは、ついさっきだ。
「これがその手紙だ」
 カウンターの向こうの店主に手紙を一枚、投げて渡す。

 ――至急、助けを求む。

 手紙にはアルージャという村の名前と、奴隷オークションの日、そして闘技試合という名の処刑日が書かれていた。
「ラゴルディアの処刑は明後日の昼だ。いますぐ向わなくては間に合わない。悠長にローレットで張り紙を出して人を集めている場合じゃないんだ。だからまっすぐここに来た。ヤツの知り合いに声をかけた方が早いと思ってな」
 わかったと重々しくうなずいた店主は、クルールがもう一枚、同じような紙を持っていることに気づいた。指で示して、それはと問う。
「ああ、これは――」
 見せるか、見せまいか。悩んでいると、酒場の扉が開いた。
 常連らしき客数名と一緒に入って来た夜風が、クルールの手から紙を奪ってカウンターへ運ぶ。
 紙に書かれた血文字を読んで、店主が重い息を吐いた。

 ――ただし、ゴブリンはくるな。

GMコメント

●依頼目的
 ・ラゴルディアの救出。
 ・できる限り捕らわれたハーモニアを救出する

●日時
 ・国境付近の村、アルージャ
  ラゴルディアは村の闘技場にいます。  
 ・昼

●オークション会場と闘技場
円形で屋根がありません。
すり鉢状に客席か設けられており、闘技場は砂場になっています。
当日は売人やオークションに奴隷を買いに来た商人たちが、闘技試合という名の残酷な処刑ショーを楽しんでいます。
チケットを購入すれば、誰でも闘技試合を見られます。
警備はゆるく、客席から柵を乗り越えて闘技場に入っても怒られません。
すぐ横にオークション会場が建っています。
闘技場と通路でつながっており、直接入ることができます。
ただし、この通路には警備兵が常駐しており、招待券を持っている客しか通しません。
闘技試合はオークションの準備中、客人たちを退屈させないために行われているようです。

アルージャのオークションで競り落とされた奴隷は、別の場所で開かれる特別なオークションでまた売りに出されるようです。
特別なオークションの主催者は、元ハーモニアの魔種だという噂があります。
値がつかなかった者や、年寄り、病んでいる者は、闘技場に送られます。
試合に出る者たちの控え室(檻)は闘技場の地下にあります。

●闘技試合
ラゴルディアは素手で飢えたライオン二頭と戦わされています。
ちなみに第二試合です。
普通ならイレギュラーズがライオンに倒されることはありませんが、ラゴルディアはすでに重症状態にあり、しかも二体の『ネクベト』が時々謎の青い砂をかけて力を削ぐため、大変なピンチに陥っています。

●闘技場側にいる敵
 ・飢えた雄ライオン、二頭。
 ・ネクベト、二体。
  砂で出来たようなひとがたの怪物です。
  目立った戦闘能力はありません。
 ・闘技場の警備兵×4人
  全員カオスシードです。槍と盾を装備しています。
  クラスはファランクスです。
  ネクベトかライオンが2頭倒された時点で闘技場内に出できます。

●闘技場地下にいる敵
 カオスシードの警備兵が二人いるだけですが、謎の青い砂が入った小瓶を持っています。
 武器はロングソードと盾。クラスはファランクスです。
 
●敵?
観客たちはイレギュラーズの介入を演出の一つだと思い、自分たちに危害が及ばない限り喜んで見続けるでしょう。
全員、大なり小なり脛に傷をもつ悪党ではありますが、とくに理由なく彼らを刺激したり傷つけたりしない方が得策です。
ちなみにこの日の観客は百人ほどです。
オークションに参加する『客』はいかにも金を持っていそうな服装をしており、護衛のものを連れているのですぐに判ります。

●オークション会場側にいる敵?
各地から集まった奴隷商人がいます。
カオスシードが大半ですが、中にはブルーブラッドもいます。
正確な人数はわかりません。
闘技場の騒ぎが会場に伝わると、まだ売りに出される前の奴隷を連れて逃げだします。
こちらから攻撃を仕掛けない限り、襲ってきません。

●謎の青い砂
強力な睡眠効果を持つ青い砂。小瓶に入っている。
対象に振るう事によって「意識をぼんやりとさせる」~「気絶させる」事が可能。
※イレギュラーズにも効力を発揮しますが、対処することはできます。

●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • ラゴルディア氏の受難完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年09月04日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
エマ(p3p000257)
こそどろ
日向 葵(p3p000366)
紅眼のエースストライカー
銀城 黒羽(p3p000505)
ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)
救いの翼
風巻・威降(p3p004719)
気は心、優しさは風
鞍馬 征斗(p3p006903)
天京の志士
鹿ノ子(p3p007279)
琥珀のとなり

リプレイ


 軋みをあげて開きつつある南ゲートの奥に、背の高い男の姿が立っていた。
 成金女に扮した『こそどろ』エマ(p3p000257)は、『盗賊ゴブリン』キドー(p3p000244)を振り返り、ひひひ、と笑いかけた。
「キドーさん。ラゴルディアさんですよ」
「見りゃわかる。それより話しかけるな。ばれちまうだろ」
「これから始まる残酷ショーに夢中で、誰もこっちのことなんて気にしませんよ。ひひ……」
 すり鉢状の闘技場は、三つのリングが連なる構造になっている。エマとキドーがいるのは第一環の二階、奴隷を買いに来た大金持ちの観客席だ。ちなみに第二環は中産階級、最上部第三環の立見席は貧しい庶民の席になっている。
 招待券のスリ取りをエマに任せ、キドーは第二環の客席を見上げた。
 救出担当の『紅眼のエースストライカー』日向 葵(p3p000366)が、第二環の下段、階段際の席にいた。『花紅柳緑』鹿ノ子(p3p007279)と『ド根性ヒューマン』銀城 黒羽(p3p000505)の姿も葵のすぐ近くにいる。三人ともベンチに浅く腰掛けており、いつでも闘技場へ駆けおりられるようにしていた。
「ひひひ、出てきましたよ」
 闘技場へ顔を戻す。
 影の中から伸びた手に背中を押され、ラゴルディアが闘技場の真ん中へ進み出てきた。
 とたん、観客の興奮が熱気となって天に昇り、どよめきに観客席が揺れる。
(「ちっ、鼻で笑ってやろうと思っていたのによ」)
 太陽がラゴルディアを照らし、全身を黄金色に光らせる。深い砂の上で踏ん張り胸を反らせる偉丈夫は、全身に覚悟を積もらせて、死の舞台で存在感を放っていた。キザなしぐさで額にかかった髪をかきあげ、不敵に微笑む。
 ――あら、この剣闘士かっこいいじゃない。ちょっと応援しちゃおうかしら。
(「はぁ? あのクソエルフがカッコイイ?」)
 観客席であがる黄色い声にイラついて、キドーは強く奥歯をかみしめる。
 それを耳聡く聞きつけたエマは、スリ盗った招待券三枚を顔の横でヒラヒラさせつつ、横からキドーの顔を覗き込んだ。
「えっひゃっひゃ! どうやら『ゴブリンの助け』はいらなさそうですね。ちょっとがっかりしているんじゃないですか、キドーさん?」
「助けに来たんじゃね。オレは間抜けを笑いに来たんだよッ!」
 キドーはエマの手からチケットをもぎ取った。
 空からすっと影が落ちてきて、二人の後ろに着地した。
 ハーモニアたちの位置を探っていた『応報の翼』ミニュイ・ラ・シュエット(p3p002537)だ。
「地下は東側、死体を運び出す門の近くで助けを感知した。会場の方だけど、ちょっと厄介だよ。
 客の荷馬車かなにかに乗った複数の小グループと、檻にいて次のオークションに出される大グループに分かれている。小グループと大グループは、たぶんステージを挟んで広い会場の反対位置だ」
「ひひ……葵さんたちがどれだけ時間稼ぎをしてくれるかにもよりますが、いまの話じゃ、全員を助けるのは無理そうですね」
 キドーはフンと鼻を鳴らすと、闘技場に巣くうネズミを一匹呼び出した。連絡用に黒羽たちの元へ走らせる。
「できる限り助けろってオーダーだ。やれるだけやる」
 観客たちの注意が北ゲートに向けられた隙に、キドーはラゴルディアを嫌々回復してやった。
 当の本人は急激な回復をアドレナリンのせいと思ったらしく、調子に乗って『エルフ』の優秀さを観客にアピールしだした。この手に『時に燻されし祈』はなくとも、研ぎ澄まされた己自身の技で華麗なる勝利を云々。
「アホか。まあ精々、時間を稼ぎ――っ!?」
 オークション会場の連絡通路へ向かおうと体を回した矢先、キドーは羽毛に包まれたミニュイの腕に鼻から埋もれた。
「おい?」
 ミニュイもエマも、首を北へ向けて闘技場を注視していた。キドーも首を回す。
 開かれたゲートから出てくるものを見て、キドーは口をあんぐりさせた。


 『悲劇を断つ冴え』風巻・威降(p3p004719)と『天京の志士』鞍馬 征斗(p3p006903)は、先刻までラゴルディアが鎖に繋がれていた場所で立ち止まった。
 唸るような響きが石積みを板で補強した天井を揺らし、パラパラと砂を落とす。
「始まったようですね」
「うん……急いでハーモニアたちを助けにいこう」
 二人は闘技場の地下にいて、ハーモニアたちが閉じ込められている牢屋を目指していた。
「……とはいえ、どこを探せばよいものか」
 征斗の使い魔たちは闘技場の外で脱出口を探している。威降のネズミは闘技場にいる。どちらも捕らわれのハーモニアを探していない。
「地下の詳細が分からないのが痛いですね」
 調べている時間はなかった。『燃える石』で依頼を受けてから準備もソコソコに出発し、ほぼノンストップで馬車を走らせてこの国境の街までやって来たのだ。
「一匹、地下に潜らせよう。少し待ってくれ」
 歩き進むうちに闘技場の騒音は刻々と遠ざかり、やがてあたりは墓穴のようにしんと静まった。湿った徽のような、ほのかに甘い腐臭のような臭いが鼻をつく。
「凄く……嫌な空気だな……こういう場所はあまり好きじゃない……」
「気が滅入りますね」
 壁に掛けられたランタンがまばたきするように細かく点滅をする。
 威降はため息をつき、倦んだ気持ちを心の奥へ押し込んだ。
 横の征斗が短く息を吸った。
「わかったぞ。あっちだ」
 二人はネズミを通じて得た情報と己の勘に従って、迷路のような地下通路を走った。
「その角を曲がった先だ。脱出路も確定……した。東の門から逃がそう」
 征斗は角際で立ち止まり、壁に背を押しあてた。布を取り出し、口と鼻を覆う。威降も顔に布を巻いた。青い砂対策だ。
 看守たちの笑い声が聞こえてきた。
「座って……酒を飲みながらサイコロで遊んでいる。砂袋は腰に……槍は壁に立てかけている」
「速攻で片づけられそうですね。オレが先に出ます」
 威降は腰の得物を抜くと、角を飛び出した。看守たちが立ちあがる前に、ぐっと間合いを詰める。
「なんだ、てめえら!」
 看守の一人が腰の袋へ手を伸ばす。
「遅い」
 威降は酒臭い息を嗅ぎながら、薄い胸に静かに光を放つ刃を突き入れた。
 看守は口から泡まじりの血をこぼしながら、袋の紐を解いて青い砂をぶちまけた。後ろでもう一人、別の看守が壁の槍に手をかける。
 征斗は手のひらにねじれた冷気のリボンを集め、氷の華を作った。
「下がって!」
 牢のハーモニアたちに警告を発し、ダイヤモンドのようにきらめく華を投げつける。
 氷華は指の隙間から噴き出る熱い血に触れたとたん、甲高い音をたてて割れ、無数の小さな雷を呼んだ。
 雷光が地下通路の床や天井を白く焼き、胸を刺された男が痙攣しながら床に倒れた。
「ひぃぃ」
 逃げ出した影を追って、威降はリミットヴァーチュを鋭く振りぬく。
 ごとりと音をたてて、看守の頭が床に落ちた。
 征斗は整った顔を歪めると、血まみれの死体から牢の鍵を取った。扉を開け、助けに来たよ、とうずくまる老人へ手を差し伸べる。
「お、おお……ありがとう『お嬢さん』」
 またか。好んで女装していることを棚に上げ、征斗は内心うんざりした。老人のカサカサに乾いた指を手に取りながら、笑顔で口を開く。
「こう見えても自分は――」
「誤解を解くのはあとにしましょう。いまは一刻も早い脱出を」
 そう言った威降の目が笑っていた。


「ちょっと話が違うな。ライオンか、あれ」
「見た目はそうっスけど、やたらでかいっスね」
 北ゲートの奥から立派なタテガミをもつ巨獣が二頭、それぞれ砂の魔物を従えて現れた。
 全長は四メートル以上。体高は大人の――ネクベトの肩を優に超えている。胸板が厚く、背中や腹にまで達する長いタテガミは房になって垂れ下がっていた。
 某世界では絶滅したと思われていた幻のライオン、アトラスライオンである。
 イレギュラーズたるもの、たとえ重傷を負っていたとしてもライオンごときに後れを取ることはない。二頭同時に相手にするとしても、だ。ラゴルディアがライオンを倒し、砂の魔物を相手にし始めた時点で介入しても十分間に合う。
「――はずだったんだがな。魔物じゃないが、あれは……」
「無理っぽそうっスね」と、葵。
 みればさっきまで威勢が良かったラゴルディアの腰が引けていた。笑みは凍りつき、観客席からでも膝から下の震えが分かる。
「あちゃー。完全に飲まれているッスね。最初から割り込んでいくッスよ。あ、待ってキドーさん。下は僕たちに任せてくださいッス!」
 鹿ノ子に呼び止められて、キドーは足を止めた。
 腰に下げた大振りのストーンナイフの柄を強く握りしめ、ひと息吹きあげてから、一度は抜きかけたものを鞘に沈める。
 へらり、と笑い、エマとミニュイに「行くぜ」と声をかけた。
 階段を降りてきた鹿ノ子たちとすれ違いで、キドーたちはオークション会場へ向かった。
「まず回復ッス!」
 鹿ノ子は下まで一気に駆けおりると、鉄柵越しに回復ポーションを投げた。
 ポーションは空中で崩れるようにして割れ、ラゴルディアの体に回復薬がふりかかる。
 ライオンたちが飢えに耐えかねて、綱を握っていたネクベトを引きずりながら走り出した。
「その試合待つッス!」
 鹿ノ子たちは柵をよじ登った。
 スカーフで顔の半分を隠した乱入者たちに、客席は興奮した。大きな野次と声援が乱れ飛ぶ。
 黒羽は客席に向き直ると、優雅に腰を折った。
「お客様方、一つ余興ご用意致しました。内容は私達と魔獣どちらが勝利するかというシンプルなもの。さぁ、ベットをベットを!」
 どよめきに闘技場全体が揺れた。
 賭け屋が客席を回り金貨を集める。オッズ・ボードは信じられないケタになっていた。が、依然としてライオンと魔物チームのオッズが低い。数だけを見れば四対四だが、興業者も客も、どうせ最後は魔物の餌食と思っているのだろう。
 それが鹿ノ子は気に食わない。
「軽やかな僕の武闘をお見せするッス! 賭けに負けたくなかったら僕たちにじゃんじゃん張るッスよ!」
 鹿ノ子は客たちを煽るだけ煽ってからラゴルディアの守りに加わった。
 葵は、パニックを起こして固まる長い耳に口を寄せた。
「アンタか? ハトを飛ばして助けを求めたのは」
「そ、そうだが……」
「大丈夫だ、オレらは敵じゃねぇっスよ……ローレットの依頼を受けて、アンタと他のハーモニアを助けに来た」
 ラゴルディアが希望を取り戻した目で、きょろきょろと観客席を見まわす。
「三人……だけ?」
「そうっスよ」
 そうか、とエルフは湿った声を足の先に落し、耳をシュンと垂らした。
 『ゴブリンは来るな』とわざわざ血文字で書いたくせに、なんと解りやすい拗ね方をすることか。ああ、本当は助けに来てほしかったんだな。なんといってもキドーとは同郷。因縁あって幾度となく拳をかわしたが、異世界で最後に頼るのは――。
(「子どもか」)
 葵と黒羽はあやうく吹きだしそうになった。
 鹿ノ子はあからさまにニヤついている。
「アンタを助けるのはね。他に五人、ちゃんとキドーさんも来てるっスよ」
 えっ、と顔を上げたラゴルディアには構わず、葵はサッカーボールを向かって左側のライオンへ蹴り出した。
 ライオンは砂の上を転がって来たものを太い前脚で押さえつけ、鼻を下へ向けた。爪を少し出し、そろり、そろりとボールを左右に転がす。
「図体はデカくてもネコ、いやライオンっスね」
 葵は砂を蹴り飛ばして接近すると、ごわごわとしたタテガミの下に足を入れて思いっきり蹴り上げた。取り返したボールを、こんどは大きく開いた口へ蹴り込む。
 げっ、げっ、とボールを吐きだそうとするライオンのしぐさに、どっと観客席が湧きかえる。
 右のライオンは鹿ノ子が情熱的なステップを砂に刻んで引きつけた。獲物のラゴルディアから目を離した瞬間、黄金の闘気を放つ黒羽が横から首に腕を回して組み伏せる。
 布越しに、ぷん、と血と腐った肉の匂いが入り混じる獣臭が鼻を突いた。
「俺がモフモフしている間に分析頼むぜ、橘さん」
 メイドロボットがどこからともなく現れ、黒羽に冷たい機械音声と指で攻略ポイントを告げる。
「生命二危険ガナク、血ガ多ク出ルポイントハソコダ。サッサトヤレ」
 相変わらず口が悪い。黒羽は苦笑いしながらライオンの耳を手で引きちぎった。
 観客たちの興奮が流血でさらに高まる。
 ネクベトたちは少し離れたところにいて様子見していた。
 鹿ノ子は踊りながら柵の向こうにいる警備員たちを見た。この試合に賭けているのか、観客たちと一緒になって一喜一憂している。当分の間、介入してくることはないだろう。
「――て、ラゴさん駄目ッス!」
 ラゴルディアの回りで風が砂を撒きあげながら渦巻き、その中でエメラルドの光が稲妻のようにジグザグに走っていた。
 元いた異世界で使っていた技なのか、それともこちらへ召されてから編み出した独自の技なのか。なんだか凄そうな感じのその技を、ここでいま使わせるわけにはいかない。
 鹿ノ子は渦の中に水から飛び込むと、ラゴルディアに体当たりをかまし、技を中断させた。
 仲間割れと勘違いした観客が、やんや、やんやと囃し立てる。イレギュラーズたちにかけている一部の観客は腹をたてて、どんどん足を踏み鳴らしながら座布団を闘技場へ投げ込んだ。
「何をする?! この技が決まればまとめて倒せたものを。私は麗しきレディを助けに行かねばならんのだ!」
「それはキドーさんたちに任せるッスよ。僕たちの役目はできるだけ奴隷商人たちの注意をここに引きつけておくこと。すぐに倒しちゃ駄目ッス」
 その時、柵の隙間からネズミが一匹、闘技場にかけ込んできた。地下脱出を知らせにきた威降の使いだった。


  闇の中を青白い火を引きながら、不知火の刃が音もなく車輪軸に切り込む。刃が完全に抜けると、車体がわずかに沈んだ。
(「これでよし」)
 ミニュイは檻を乗せた荷馬車の下から出た。じゃらり、鍵を繰る音が耳にはいる。わずかな明かりを頼りに目を向けると、エマが別の荷馬車の檻を開けていた。
 オークション会場は静まり返っていた。
 一回目のセリを終え、商人たちは金勘定に忙しい。招待客たちは全員、闘技場でショーを見ている。オークション会場には警備兵と『商品』、それにミニュイたちしかいない。
 だが――。
 売却済みの『商品』だけを助けることにした。
 二回目に出品される予定の『商品』は、警備の目が厳しく、たった三人で助けだすのは不可能だ。騒ぎを起こせば自分たちの持ち物を心配して、素性の悪い客たちがどっと戻ってくる。闘技場にの他にもネクベトがいるかもしれない。それに加えて武装した警備兵かいる。自分たちの身は自分たちで守れるが、ハーモニアたちには無理だろう。戦いに巻き込まれ、何人か命を落とすはずだ。
 幸い、警備兵たちは客の馬車には注意を払っていない。売却済みの『商品』が逃げ出しても、それは客側の落ち度であって、彼らの知ったことではないのだろう。おかげで仕事がやりやすかった。
(「青い砂の回収とか、「特別なオークション」の情報収集とか、やっておきたい事はほかにも有るけど……」)
 ちなみに、ショーの途中で会場に戻ろうとした三人を怪しみ、誰何した警備兵たちは会場の入口にだらしのない格好で転がっている。手を下したのはエマとミニュイだ。
 隣の馬車の車輪に細工を施していたキドーが、いつの間にか立ち上がり、舞台の向こうを睨んでいた。
 カンテラの灯りが集まって、むさ苦しい男たちの顔を闇の中に浮かび上がらせている。こちらの動きに感づいたのだろうか。
 助け出したハーモニアの少女を連れて、エマがやってきた。
「この子たちで最後です。ひひ……闘技場のほうがまだ持つなら、一か八か、あっちもやりますか?」
 エマの親指がステージ向こうの檻を指示す。
 キドーは両のこめかみに指を当てて目を閉じた。
「いや、もう限界だ。ラゴルディアのバカ野郎、魔物が投げた青い砂をモロ顔に浴びて倒れやがった。警備兵が中に入る」
 ハーモニアの少女がキドーの上着を掴んで引いた。
 暗がりの中でもそれと分かるほど、キドーは優しく目じりを下がらせた。 
「どうした美しいお嬢さん? お出口はあちらだよ」、と言って薄く開いた搬入口を指し示す。立派な錠がつけられていたがキドーにかかれば玩具以下、解錠に瞬きひとつの間も必要なかった。
 外にはキドーたちが用意した馬車が、すでに助け出したハーモニアたちを乗せて待機している。
「ラゴルディア……さん?」
「クソエルフを知っているのか。お前、名前は」
 少女はリンと名乗ると、関を切ったように喋り出した。
「お願い、ラゴルディアさんに『お兄ちゃん』を助けてってお願いして。ちょっと前に黒い蜥蜴の紋章がついた馬車で出ていったの。『お兄ちゃん』を買った女の人……同じハーモニアなのに……綺麗な人だったけど目がね、目が怖かった」
 リンはしゃくりあげ、涙をどんどんこぼす。
 ミニュイが低い声で警告を発した。
「気づかれた。警備兵たちがステージを回ってやってくる」
「くそ!」
 ミニュイは泣きじゃくるリンを抱え上げた。
「この子は私が連れて飛んで行く! 走れ!」
 是非もない。
 キドーは闘技場に残したネズミを通じ、直ちに脱出せよ、と仲間たちに知らせた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

感動の再開時、血の雨がぱらっと降りましたが、まあ、じゃれあいの範囲。
イレギュラーズの活躍で半数のハーモニアが解放されました。ラゴルディアくんももちろん無事です。
ありがとう、イレギュラーズ!
残されたハーモニアたちも一部を除き、その後、別の手によって助け出されていますのでご安心ください。

ラゴルディアくんはリンの願いを受け、『麗しのレディ』を助けるための情報収集に旅立ちました。
『麗しのレディ』が『お兄ちゃん』であることを知らずに……。
誰かが口止めしたのかもしれません。
リンは『お兄ちゃん』が助けでされるまでの間、ローレットで保護されます。
それでは、また。

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