シナリオ詳細
ウィンドホールに雪は吹くなり
オープニング
●冷酷な首長
「首長ドルドラに跪け、旅行者よ。貴様に自由は与えていない」
魔力の籠もった槍の先端が、後ろ手に拘束された獣種男性の額へ突きつけられた。
強制的に膝をつけられ、後ろから後頭部を押さえられた男にどんな抵抗ができたろうか。
それでも床に顎をつけることなく上向き、石の座に腰掛けた男を見上げる。
「やめさせてくれ首長ドルドラ。私はこの町を通り過ぎたいだけだ。こんなやり方間違ってる」
「間違っているかどうかを決めるのは、俺だ」
肘置きに頬杖をつき、雪魔豹の毛皮を纏った鉄騎種の男――首長『ドルドラ』は低く冷酷な声で言った。
「我が部族は流れた血によってつながっている。戦い、勝った者こそが正義だ。そして敗者はただ奪われる。
勝った者が奪い、負けた者が奪われる。それこそが『正しさ』じゃあないか?」
途端、獣種男性の拘束が解かれた。
槍やライフルを装備した兵士たちは引き下がり、ドルドラが毛皮を脱いで立ち上がる。
首をこきりと一度鳴らすと、獣種男性を指で招いた。
「かかってこい。俺に勝ったらお前は自由だ。ただし負ければ――」
獣のように吠え、猛スピードで殴りかかる獣種男性。
しかし、拳はドルドラの手によって止められた。
まるで鋼のような……いや、鋼そのものの手は、たとえ獣種男性が刀や銃で攻撃したとで同じように止められるように思えた。
「負ければ、お前から全てを奪う」
獣種男性の拳が握力によって握りつぶされ、次の瞬間顔面に繰り出された拳が鼻を粉砕した。
ゼシュテル鉄帝国。通称『鉄帝』。
大陸北部に広がる領土を有するこの国家は極度の寒冷地をはじめ気候が悪く経済的に脆弱であり、過酷な環境に耐性を持つ鉄騎種(オールドワン)がそうした悪環境に定住することも自然ななりゆきと言えた。
それゆえか、鉄帝民は個人武力を尊び、王すら決闘によって選ぶ性質をもつ。
谷と雪と凍った海に閉ざされた鉄帝北部の町ウィンドホールは……そんな鉄帝の過酷さを縮図にしたような町であった。
●違法な救出
夏も近いというのに白く吹雪く鉄帝北部の宿酒場。
北のウィンドホールと南のアルデリカを繋ぐ道駅めいたこの場所に、あなたは馬車で訪れていた。
分厚い木製のドアを軋ませるように開くと、さび付いたようなウェルカムベルがごろごろと鳴った。
せめて寒さを忘れるためか、店内は濃いオレンジ色のライトに照らされ、壁際にはウォッカやらなにやら度数の高い酒と黒いゼシュテルビールの瓶が並んでいる。
そんな中でひとりジンジャーエールを傾けるカルネ(p3n000010)は、少しばかり浮いていた。
カルネは振り返り、あなたに気づいてグラスを掲げた。
「やあ、来てくれてうれしいよ。依頼を受ける気になった……ってことでいいのかな?」
あなたが注文を終えた所で、カルネは改めて話を始めた。
「依頼書で知ってると思うけど、今回の仕事は要人の救出……もとい『誘拐』だよ。
救出と誘拐じゃあ随分聞こえが違うけど、政治的にはそういうことにしなくちゃいけないんだ。少なくともここではね」
対象者はウィンドホールの首長ドルドラによって奴隷化された旅行者の獣種男性キール。
依頼者は反鉄帝宗教組織だがあくまで彼らは仲介役であり、実質的にはキールの家族からの依頼である。
「鉄帝が個人武力を愛好するのは有名だけど、ウィンドホールは特に顕著でね。
一番強い人間がその町のルールを作るんだ。勿論町全体の発言力を持つから、国に対しても政治的発言力が高い。外部が文句をつけられないくらい正式に、キールさんはドルドラの所有物って扱いになってるんだ」
だからこその『誘拐』である。
「正式な手続きを踏んで身柄を取り返すこともできるらしいけど、限界まで引き延ばされるだろうし、十中八九キールさんは殺されることになる。
僕たちの仕事は『不正に』キールさんを助け出し、『違法に』ウィンドホールから脱出させることなんだ」
●ウィンドホールより
さて、前置きも済んだところで実際的な話に移ろう。
イレギュラーズたちはまず二つか三つのグループにわかれ町に潜入することになる。
まず第一グループはあからさまな旅行者として、キール氏と同様のルートをたどる。
具体的には町に入った段階で兵士たちに身柄を拘束され首長の前に突き出される筈なので、そこで行なわれる一対一の戦いで『わざと敗北』してキール氏と同じ監獄へと移送されるのだ。
この間、他グループの誰かがファミリアーなどを用いて第一グループの行方を追跡できているととても良い。
他グループは町の兵士に見つからないように町へ潜入し、監獄の見張りを制圧。第一グループとキール氏を救出する。むろん潜入に適した技能や実際的な工夫も必要になるだろう。兵に見つかってしまえばこの計画は破綻してしまう。
このとき別グループが町へ潜入して下級市民に身分をあかし、クーデターを扇動するという手もあるが、これに関しては技能や才能、独特のセンスや振る舞いが必要になるため人を選ぶオプションタスクだと言えるだろう。
最後に、キール氏を守りながら町を脱出。できればこの依頼は達成される。
その間にどのような成果を出したかで後の影響は大きく変わるかもしれないが、それはこの依頼を受けたイレギュラーズたちの判断に任されていた。
「とてもやることの多い依頼だけど、皆で力を合わせて頑張ってね。僕はここで帰りの足を確保しておくから」
- ウィンドホールに雪は吹くなり完了
- GM名黒筆墨汁
- 種別EX
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年07月16日 21時55分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●吹雪をゆけ
酒場を出ると、ベルの音がすぐに遠く小さく埋もれた。
分厚い扉で遮られていた吹雪の音が耳を遮るからだ。
一説によると雪の精霊は音や太陽を食べるといわれ、遠い声や暖かさが届かないという。
雪の物理的構造が音を吸収しやすいという説も勿論あるが。
「ウィンドホールの首長ドルドラ……か」
写真のない資料を見ながら、『ガンスリンガー』七鳥・天十里(p3p001668)はロングコートの襟を立てた。
「街を支配して旅人も襲って、自分の力を誇示して……これだけ好き勝手にやれば相応の報いが与えられるものだよ」
雪に足跡をつけて歩いて行く。
両の腰に剣をさげた『優心の恩寵』ポテト チップ(p3p000294)が、降る雪を手のひらに握った。
「自ら挑戦する人は良いが、ただの通り過ぎたいだけの旅行者にまで町独自のルールを強制するのは駄目だ。今後この町を通る人達の為にも、ここでドルドラを倒そう」
ギルド・ローレットの特徴として、全体主義に反発しやすいというものがある。
誰からどんな立場からの依頼でも構わず受け付けるため教会を燃やしたり守ったりと立場がころころ変わりはするものの、所属するイレギュラーズの思想にも構わないためしばしば行動方針が個人主義に寄るのである。
あえて難しい言い方をしたが、要はみんな自分を持っているのだ。
そんな彼らが組織として団結するのは、(イレギュラーズであるという不思議な前提を覗けば)ギルド条約の影響に他ならない。
「国で偉い人がルールを作るのはわかるよ。でもそれでみんなが幸せになればいいけど、誰かが不幸になるのなら放置できないかな」
ぱちぱちと青白いスパークが走り、アウローラは閉じていた目を開いた。
「悪いことするなら成敗しないとね!」
彼らの考えによって、首長ドルドラは悪人と判断されたのだった。
「力こそパワー、とはいえ。ウィンドホールの在り方は、ボクには恐ろしいデス――おっと」
アルテミアの剣、ウィリアムの弓、秋奈の刀一式をどさどさと両腕に積み上げられる『無敵鉄板暴牛』リュカシス・ドーグドーグ・サリーシュガー(p3p000371)。
「私の愛刀、託すわ!」
「いつもの武器がないと不安じゃありませんか?」
「まあね。こっちの世界に居たときから持ってたものだし」
『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)は手ぶらになり、か弱い町娘になりきるために武装の一切をリュカシスたちに預けることにした。
「それにしても力でねじ伏せようってお国柄。私は嫌いじゃ無いわね」
正しさを決めるのは強い者。つまりは勝った者。
イレギュラーズにはなぜかあまり通用しない感覚だが、道徳や倫理もいつも勝者が決めている。鉄帝のこの気質も、幻想の貴族主義も、天義の宗教も、深緑の排他性も、ラサの資本主義も、それぞれの土地で勝利した者が決めたルールだ。
そういう意味で言うならば、ウィンドホールを支配するほどに勝利したドルドラの定めたルールが正しいという見方もできた。
「オーッホッホッホ! いくらルールを定めようと、依頼を受けたからにはキールさんをこの――」
フィンガースナップをうとうとして、『きらめけ!ぼくらの』御天道・タント(p3p006204)はぴたりと動きを止めた。
止めたというか、隣に立っていた『寝湯マイスター』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)に手を掴んでキャンセルされたのである。
割とめずらしいきらめけキャンセルシーンである。
「もうしばらくは無力な一般人のフリをしないとね?」
「そうでしたわ。えっとお……」
『目立たないこと』がとても向いていらっしゃらないタント様である。頭にずきんを被ってきらめきを隠し、なるべく気弱なふりをしてみた。
「それにしてもノービス装備なんて久しぶりだな」
木で出来た小さな弓を手に取るウィリアム。
「式符・黒鴉だけ使って戦えば弱く見えるかな」
「それはそれでノービスなスキルじゃない気がするなあ……」
リュカシスの荷物をいくつか肩代わりしつつ、『空歌う笛の音』アクセル・ソート・エクシル(p3p000649)がリュックサックを背負いなおした。
「その弓で通常攻撃だけしていればそれっぽく見えるんじゃない?」
「なるほど……ありがとう。戦いの手を抜くなんてろくにやったことがなくてね」
肩をすくめるウィリアムに、アクセルが謙遜するように手を振った。
一方で、ノービスソードを構えたままカンペを読む『青き戦士』アルテミア・フィルティス(p3p001981)。
「『くっ、私は貴方達に屈したりはしない……!』」
「なんだろうその台詞すごく似合う」
「失敬な。演技ですよ、演技」
そう言いながらひゅんひゅんと剣を振ってみせるが、初心者特有の剣振りをわざと交えていた。
急に細かい話をするが、アルテミアのバランスよく華麗に舞うような戦闘スタイルは剣や鎧の重さを自らの身体のごとく利用しているからこそできるもので、これを『銃数キロの重りをつけてバタバタしてる人』みたいに動くと途端に弱そうに見えるのである。
「準備は万端、といった様子ですわね」
『祈る暴走特急』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)は聖句の刻まれたメイスを握り、祈りの言葉を唱えた。
「嘆かわしいことです。あれだけの力があれば、多くの人を救えたはずなのに。
力によってしかその間違いを正すことが出来ないのならば、私は剣を取りましょう。
……全ては、主の御心のままに」
この依頼をもちかけた反鉄帝宗教組織というのも明かされてこそいないが、もしかしたら同じ考えでいたのかもしれない。
白くかすむ吹雪の中に、十人の姿が消えていく。
●首長ドルドラの御前
「スタップ。この土地に近づく者は必ず拘束されるという決まりだ。反抗すれば始末する。大人しくついてこい」
顔をすっぽりと覆う円柱状のヘルメットを被った兵隊たちが槍を立てて威嚇する。
「無礼ですよ! 私たちはただここを通り過ぎたいだけです!」
おびえるタントや秋奈たちを守るようにして立つアルテミア。
彼女が剣に手をかけたが、ウィリアムがそれを手で制した。
「ここでやりあっても大事になるだけだ。大人しくついて行こう」
「ほ、ほんとうに大丈夫なんですの?」
「私たち殺されたりしない?」
ウィリアムの後ろに隠れるようにして兵士を覗き込むタントと秋奈。
そのように見せかけて、後ろ手に回したウィリアムの袖から秋奈の袖のなかへと、ファミリアーによって仲間に使役された鼠を滑り込ませた。
「手に縄をかけさせてもらう。抵抗するなよ。無駄に死体を増やしたくない」
縄を持って近づいてくる兵士に、タントはあえて弱々しく両手を差し出して見せた。
と、そんな場面から暫く経って。
「ひゃあっ!」
ドルドラに殴り飛ばされたタントが床を転がった。
「何をするの! この子は民間人よ!」
タントを抱え起こし、アルテミアがドルドラをにらみ付ける。
反抗的な姿勢を察知した周囲の兵士たちが剣を抜き一斉に構えたが、ドルドラとそのそばに控えていた側近の兵士たちは平然としていた。
「後で文句をつけられても面倒だ。俺が勝ったことをハッキリしておかなくてはな」
側近から差し出された布で手をぬぐい、ウィリアムと秋奈へと視線を向ける。
「で、次は誰だ? 後に回しても同じように殴り飛ばすだけだぞ」
「…………」
秋奈はウィリアムの前に立ち、指先で『手本を見てて』というサインをこっそりと出した。
「わ、わたしがやります……は、はやく終わらせてください……」
弱々しい様子で兵士に縄を解かせ、ドルドラに殴りかかる秋奈。
殴るといってもきわめて軟弱な、まるで争いを知らない少女が仕方なく腕を振ったかのような鈍重な動きだった。
ぺちんとドルドラの胸に当たった拳を見て、ドルドラは訝かしげに目を細めたが……。
「フン、いいだろう。やる気が無いならそれまでだ」
秋奈を乱暴に振り払い、タントと一緒に床に転がした。
「次はお前かな?」
「僕が戦えるようにみえる?」
ウィリアムが細腕を見せるが、ドルドラはまるで応じる様子はなかった。
枯れ木のように細い人間が悪夢のように強いことなど、この世界ではザラである。弱いフリをするにはそれ相応の技術と要領がいるものだ。
「仕方ないな……」
ウィリアムは弓をとり、ドルドラへ向けて発射した。
が、しかし。ドルドラは飛来した矢を素手で掴み取り、握力だけでへし折ってしまう。
「期待外れだな。こんなものか……」
「もういいでしょう。私が相手になるわ!」
アルテミアが立ち上がり、ドルドラをにらみ付けた。
「少しはまともな奴が出てきたか。いいだろう」
一度とりあげた武器をアルテミアの前に放り出し、ドルドラが『斬りかかってこい』とジェスチャーした。
「――っ!」
鋭く繰り出した剣はドルドラにそれなりのダメージを与えた。
が、胸に刺さったはずの剣は途中で止まり、刀身は素手で掴み上げられた。
アルテミアの感じた手応えからして、自分よりずっと格上というわけではないがイレギュラーズの中に入れてもトップクラスには強そう、という印象があった。
ドルドラの拳が叩き込まれ、派手に吹き飛ぶアルテミア。
「終わりだな。思ったよりもつまらん」
「くっ、私は貴方達に屈したりはしない……!」
未だ抵抗を見せるアルテミアを縛り上げ、兵士たちが牢獄へと連れて行く。
「今度こそはと、思ったがな……」
●吹雪に消ゆる
ウィンドホールは人が暮らすには過酷すぎる土地だ。
それゆえ旅行者は皆無であり、定住者も少ない。過酷耐性をもつオールドワンが九割以上を占め、そうでないものも過酷耐性かそれに準じた能力によってこの土地に適応していた。
兵士たちは獣の毛皮を被り、防寒ヘルメットで頭を覆い、夏であろうと頻繁に吹雪く土地を黙ってのしのしと歩く。
視界が狭く、雪の影響もあって音も伝わりづらい。冷気もあって臭いも広がりにくい。隠れて進むには都合のいい環境といえた。
「そうとう無心で働いてるみたいだね。ここの兵士たち、どういうつもりで暮らしてるんだろう」
ポテトは木の陰に身を潜めたまま、遠くの兵士を観察していた。
コンビを組んだリュカシスが足音を殺しながら進み、耳に手を当てるようにして使役した鼠から音を拾っている。
「ウィリアムサンたちが投獄されたみたいデス。場所も把握できました」
「みんなに共有できる?」
「なんとか……」
リュカシスは他のペアに伝達を済ませると、ポテトをつれて遠回りなルートを選択した。
一方こちらはヴァレーリヤとアウローラのコンビ。
古い木造の建物に張り付くようにして身を潜めていた。
「おい、誰かそこにいるのか」
ランタンシールドを翳した兵士がゆっくりと近づいてくるからだ。
ちらりと振り返るアウローラ。ヴァレーリヤは自らの気配をぷっつりと消したまま、アウローラに特殊なハンドサインを出した。
すると……。
建物の影から小さな白狐が飛び出し、兵士を怖がるようにして逃げていった。
「なんだ、狐か」
驚かすな。そう言ってきびすを返す兵士。
走る狐は途中でノイズがはしったようにぶれた末に消えてしまった。
ほっと息をつくアウローラ。
「道は?」
「案内しますわ。後ろに気をつけて」
ヴァレーリヤは足音を殺しながら、ゆっくりと建物の影を進んでいく。
牢獄のある建物付近に達したところで、天十里はぴたりと動きを止めた。
「ふせて、鳥が飛んでる」
雪みのを纏ってアクセルと共に身を伏せる。
事前情報が無かったら屋根の上を進んでいたかもしれないと思うとぞっとする時間である。
鳥が通り過ぎたのを確認して、天十里は雪から顔をあげた。
「人通りが少ない場所とか分からない?」
「どうかな……ずっと観察してれば分かると思うけど、そういう時間はないんでしょ?」
「ないわけじゃないけど……リスクは高まるよね」
遭遇覚悟で進むしか無いか。と気持ちを改め、アクセルと共に静かに雪の上を進んでいく。
そんな時である。
「おい見ろ、不自然な足跡がある。誰かがここで倒れたのか?」
兵士の声。二人組だ。
すぐに気付かれはしないだろうが……。
天十里とアクセルは顔を見合わせた。
逃げるか、戦うか。
選択せねばならない。
結果として、誰にも一切見つからずに六人全員が牢獄までたどり着くことはできなかった。
しかしキール氏と仲間たちを助け出せなかったかといえばそうではない。
「『主よ、慈悲深き天の王よ。彼の者を破滅の毒より救い給え。毒の名は激情。毒の名は狂乱。どうか彼の者に一時の安息を』――」
通路の先から聞こえる聖句を、牢屋番の兵士は聞いたことがあった。
「誰だ!」
振り返る兵士に、赤い光を纏ったヴァレーリヤが突撃する。
「『永き眠りのその前に』――!」
ランタンシールドを翳す兵士にヴァレーリヤのメイスが叩き込まれる。受けたはずの盾を光りがすり抜け、衝撃となって兵士を突き飛ばした。
鉄格子にぶつかり、地面に倒れそうになったその瞬間。
石の地面から拳が生み出され、兵士の顔面を強かに殴りつける。
「みんな! 助けに来たよ!」
地面に手を突いたアウローラが、鉄格子の先へと笑いかける。
素早く牢屋番から鍵を奪い取ると、キールをいち早く牢から出した。そして仲間たちへと鍵束を投げる。
「さんきゅー」
鍵束をキャッチして牢から抜け出す秋奈たち。
「外はどんな感じ? 静かに移動したほうがいいかな?」
「それが……」
アウローラは苦笑して、外を指さした。
「旅行者を助けに来たか。今更だな。お前たちも同じ運命をたどれ!」
ランタンシールドに接続されたブレードを繰り出している兵士。
ポテトは攻撃を盾で弾くように受けると、その後ろを通るリュカシスを守った。
「今のうちに、皆に武器を!」
「了解デス!」
剣や刀や弓を背負い、牢獄を目指そうとするリュカシス。
それを阻害しようと展開する兵士たち。
兵士は時と共に増え、リュカシスたちを拘束しようと武器を構えていた。
恐らくドルドラから『侵入者はまずとらえよ』と命令されているのだろう。
こうした貧しい土地においては、奴隷を増やすことが生活基盤になるともいう。彼らにとって、敵ですら立派な資源なのだ。
「皆さん!」
呼びかけるリュカシスに応えるように、牢獄の建物から秋奈とアルテミアが書けだしてきた。
「へいぱすへいぱーす!」
両手を掲げる秋奈に刀を、アルテミアには剣をそれぞれ投げてやると、二人はそれらをキャッチして兵士たちへと襲いかかった。
「形勢逆転デス!」
リュカシスはきびすを返し、ポテトとぶつかっていた兵士めがけて戦槌を振り上げた。
炎が燃え上がり、大地を叩き付ける動作ひとつで熱と衝撃が波のように走った。
大きくよろめく兵士。
「皆が逃げる隙を作るよ!」
「大丈夫、まかせてっ」
見つかってしまえば遠慮はいらないとばかりに建物の屋根に飛び乗ったアクセルが、兵士めがけてライフルを発砲。
素早いレバー操作でリロードすると、牢獄の出入り口に陣取ろうとする兵士たちへと牽制射撃をしかけた。
靴に搭載された浮遊装置を起動し、二段ジャンプで宙返りをかける天十里。
兵士たちの頭上を飛び越えると、牢獄の出入り口に着地。二丁拳銃をそれぞれ抜いて、腕を左右で交差させるように構えた。
「そこをどいて。友達が通るから――!」
薙ぎ払うような連射。
兵士たちは一様にランタンシールドで防御しながら飛び退いた。
一方、獣種男性のキールはタントとウィリアムに身体を支えられるようにして牢獄を脱出しようとしていた。
「たのむ、俺たちも助けてくれ!」
「逃がしてくれたら金やる!」
目をぎらつかせた他の囚人たちが鉄格子の隙間から手を伸ばす。
タントが鍵束に手をやろうとした所で、ウィリアムはその手を掴んでとめた。
「今回は辞めた方がいいね。彼らが敵側につかないとも限らないし、それを保証するための時間がないんだ」
「…………っ」
議論をする余裕もない。今まさに牢獄の屋外では戦闘が繰り広げられ、激しい銃声とそれを盾がはじく音が響いている。
キールは苦しげに呻いた。
「すまない。あんたらは俺を助けるように依頼された人たちだろう? 『いいこと』をする余裕があればよかったんだろうが……」
「仕方ありませんわ。今はキール様だけでも助け出します。他の方はきっといずれ……!」
タントとウィリアムはそれぞれ牢獄の扉を蹴り開き、吹雪く屋外へと飛び出した。
そして、タントは指を鳴らす。
●ウィンドホールからの脱出
吹雪の町にフィンガースナップが響く。
「オーッホッホッホ! キール氏の『不正脱出』作戦はこの――」
\きらめけ!/
\ぼくらの!/
\\\タント様!///
「――が達成して見せますわー!」
ファンの皆さんお待たせのポーズで名乗り上げると、タントはずきんを脱ぎ捨てておでこをきらっきらに光らせた。
「キール様、わたくしの後ろに!」
左右から迫る兵士たち。
キール自体は要人というほどではないが、囚人をみすみす奪われたとあっては兵士たちの首が物理的に危ない。必死の形相で棍棒を振り込んでくるが、タントはその攻撃を鶴のポーズと虎のポーズで受け止めた。
冗談みたいに聞こえるが本当に受け止めた。鎌首をもたげさせた手首で棍棒を止めた。
手首に青あざが出来るも、一度タントがきらんと光るとあざが消え元通りの玉子肌に戻っていく。
「キール様には指一本触れさせませんわよ!」
「無理はしないでね、エネルギーも限りがあるんだからっ」
兵士と打ち合っていたポテトが飛び退くようにキールとタントのもとへと寄り添い、地面に盾を突き立てた。
ポテトの周囲に精霊の力が広がり、雪を割って草が生え伸びていく。
急速に花を開き実をつけた植物が更に身をはじけさせ、治癒の光を辺りに散らしていく。
「兵士を全員相手にしてる余裕はないから……リュカシス、お願い!」
「了解! デス!」
リュカシスはハンマーと自らの腕を合体。
両腕から炎をほとばしらせると、眼前の兵士たちめがけて激しい火炎放射で焼き払い始めた。
盾を構えて引き下がる兵士たち。
結構な数の兵士がいるが、一定水準より強い兵士がいない……ようにリュカシスには思えた。
人材不足というわりには兵士の数が多い。どういうことだろう……? と考えた所でライフルによる一斉砲撃が叩き込まれた。
炸裂する魔術弾を鋼の両腕で防御するリュカシス。
「走って、時間を稼ぐよ!」
アクセルは後ろ向きに低空飛行しながらライフルで兵士たちに牽制射撃を浴びせていった。
リロードのたびに空薬莢が回転しながら飛び、雪を溶かして刺さる。
追いかけながら打ち込まれるライフル弾がアクセルの翼を破壊し、飛行のバランスが著しく崩れたが……。
「羽根を撃ったくらいで……!」
通常走行に移行し、建物の曲がり角から頭を出して射撃を続けた。
「数が多くなってきた。どうする?」
「任せて」
天十里は曲がり角で身を隠さず、あえて道の中央で反転した。
リボルバー拳銃をホルスターに落とし、胸を張り肩をおとした独特の姿勢をとった。
兵士たちの発砲が天十里の頬や膝や肩を数センチはずれて雪道へ刺さっていく。
一度閉じた目を強く見開き、天十里はにやりと笑った。
ホルスターから銃を引き抜く。引き金をひき発砲する。撃鉄を操作し弾倉を回転させる。この動作をきわめて素早く六連発させた。
全ての弾丸が追ってきた兵士たちのヘルメットに一発ずつ直撃。
全員が一斉に転倒する。
「やるね」
「でしょ」
天十里とアクセルは顔を見合わせ、そして更に増える追っ手から逃れるべく走り出した。
町の出口へ近づくにつれ、兵士たちの狙いが明確に変わり始めた。
キールをはじめ全員を捕らえようという意図から、全員を抹殺してしまおうという趣旨の攻撃が増え始めたのだ。
刃のように鋭くなった氷が次々と飛来するのを、ウィリアムとアウローラは左右に飛び退くように回避した。
雪の上を転がり、両手を突き出すアウローラ。
ブツブツというノイズが空気中に走り、激しい電撃が眼前へと発射された。
紫色の電流が暴れる蛇の群れの如く兵士たちを包み込む。
そこへ重ねるようにウィリアムが弓矢を放った。
矢が兵士の一人に突き刺さり、込められた雷の魔術が爆発する。
周囲の兵士たちも思わず吹き飛ばされたが、道の左右にある屋根の上から発射される氷塊魔術がウィリアムやアウローラの腕へと突き刺さる。
「結構散らばってるね。訓練されてるのかな?」
「もうっ、まとまっててくれれば倒しやすいのに!」
アウローラは『あっちいって』と叫びながらデジタライズした死霊弓を投擲した。
「これは、そろそろ回復に集中しないとまずいかな」
腕に刺さった氷の槍を引き抜き、自分に治癒の魔法をかけるウィリアム。
「兵士を倒しきる必要はありませんわ。町から逃げ切ればこっちの勝ちですわよ!」
ウィンドホールの中であれば首長ドルドラのルールが通るが、別の町に入った途端その町のルールが適用される。
勿論相手が無茶をしてくる可能性がないではないが、キール一人のためにそこまでのリスクは犯さないだろうという判断である。(逆に、そのくらい軽率なミスをおかす首長であれば弱肉強食の鉄帝でとっくに滅亡していそうなものである)
「『主よ、天の王よ。この炎をもて彼らの罪を許し、その魂に安息を。どうか我らを』」
助走をつけ、跳躍するヴァレーリヤ。
足跡が炎のように雪を溶かし、飛び上がったヴァレーリヤのメイスが太陽のように輝いた。
「――『憐れみ給え』!」
咄嗟に兵士が大盾で防御したが、炎の本流が兵士を吹き飛ばしその後方で魔術を放っていた兵士たちを巻き込んで雪道を派手に転がっていった。
集団を蹴散らす際に思ったより敵を巻き込めなくて使いづらい超貫ではあるが、こういう敵陣をピンポイントで突破したい時にやたら優秀な攻撃範囲をもっていた。
穿たれた敵陣の穴に滑り込むアルテミア。
飛び退こうとした兵士よりも早いスピードで至近距離まで詰め寄り、ヘルメット側頭部に剣による強烈な打撃を打ち込んだ。
地球の話ではあるが、鎧が重圧になり刃物の攻撃力が信頼されなくなってきた時代、剣術はもっぱら打撃の威力で鎧の内側にある物体をもろとも倒す方向に進化した。斧やハンマーやハルバートが台頭した時代でもある。
そうした時代において、剣と鎧の重量を利用して勢いをつけ強烈な打撃を打ち込む剣術は舞うように美しいとされ……。
「ぐっ……!?」
あまりの速さと一発の威力の大きさゆえに、攻撃された側は何をされたのかわからないまま気を失うのである。
「手になじむ武器は違いますね」
剣をくるりと回し、さらなる勢いをつけにかかるアルテミア。
「同意!」
跳躍から刀を抜く秋奈。
交差した衝撃が兵士に叩き込まれ、波のように広がった衝撃が周囲の兵士たちをまとめて吹き飛ばしていく。
悲鳴を上げ転がる兵士。はずれたヘルメットが転がっていった先に……。
「おい。これはどういう状況だ」
首長ドルドラが、ヘルメットを足でぐしゃりと踏みつぶした。
「期待外れの弱者だと思った連中が、おもしろいくらいよく戦うじゃないか。ええ?」
アルテミシア、ウィリアム、タント、秋奈。四人をそれぞれ指さして数え、残る六人に顔をしかめる。
「でもって、こんなに侵入者を許したと」
ドルドラは兵士の一人を掴み上げると、顔面を思い切り殴りつけた。
殴るという表現はおかしいかもしれない。なぜなら、兵士の首がスイカを割ったかのようにはじけ飛んだからだ。
「次はないと思え。さあ、後始末だ」
ドルドラのそばに控えていた兵士たちがばらばらに前へ出る。
それぞれ顔に深い傷跡を残した男女。ドルドラの側近であり、これまでの兵士のようには行かない連中だと……秋奈たちは肌で察知した。
熊のローブを被った大男が、氷の魔術を身体に纏ってショルダータックルを仕掛けてくる。
ウィリアムは直撃を受けて吹き飛ぶも、空中で軽やかに身を翻して着地。
「強さこそ至上っていうのは分かりやすくて良いけどね……」
ウィリアムは『破城天鎚(偽)』を発動。
命を代償にして発射された攻城魔術がさらなるタックルを仕掛けようと突進する大男へと直撃。相手を吹き飛ばし民家の壁を破壊し、更に破壊して民家の向こう側へと放り出していく。
大きな穴の空いた民家の中では秋奈と顔に斜めの傷がはいった女剣士が斬り合っていた。
剣の間合いを保ち的確に切り込んでくる女剣士。秋奈の腕や足、頬がさくさくと切り裂かれ、彼女自身の再生能力ではとても追いつかないほどのダメージが重なっていく。
「どうしました。踏み込まなければ勝てませんよ」
「むしろなんで踏み込まないと思う?」
「……?」
小さく小首を傾げる女剣士――に、秋奈はたった一歩で至近距離まで詰め寄った。それも顎がくっつくほどの距離である。とてもではないが刀の距離では無い。入ってしまえばそこは死地。腰や首に回されたラップショットが互いを切り裂くという位置である。
「でーあーふたーでー……」
鼻歌交じりに笑い、秋奈は強引に飛び退いた。
自らの腕が切り裂かれ、女剣士の腕もまた切り裂かれて飛んでいった。
吹き上がる血が雪にかかって赤く広がり、その上をアルテミアは転がった。
銀のマスケット銃を『連射』する魔法銃士の攻撃を回避するためである。
「動きに隙がない。首長ドルドラの前で見せた動きは演技か……」
「もっと早く気づければ良かったわね!」
起き上がり、銃士めがけて走るアルテミア。
さらなる連射によって氷の弾丸がショットガンのようにはじけるが、アルテミアは剣に青い炎を纏わせて散った弾を丸ごと溶解しながら突き進んだ。
回転によって弾幕を溶かし、もう一回転を乗せることで銃士へと攻撃を叩き込む。
絶妙なバランス感覚。オールラウンダーのスペック。一対多であっても、一対一であっても、そしてたとえ格上相手であっても隙無く戦えるバランスを彼女はもっていた。
「お前を首長ドルドラと戦わせるわけにはいかんな」
銃士はアルテミアをマークし、別の仲間たちから分断をはかりはじめた。
「アルテミアサン!」
追いかけて加勢しようとするリュカシス。が、それを阻むように毛皮の鎧を纏った戦士が立ちはだかった。
「お前の相手は、俺だ」
獣の骨と頑丈な木でできたハンマーを振り上げ、ぐるぐると回してみせる戦士。
リュカシスは大地を粉砕するかのような打撃から炎の噴射で飛び退き、闘気を炎に変えて拳から打ち出した。
連続で発射した炎の弾を、戦士はハンマーで次々に撃ち返していく。まるで野球のピッチャー返しである。
リュカシスはそれを鋼の腕で防御すると、その裏からぎらりと目を光らせた。
「一筋縄じゃいかない相手……デスね」
「軟弱であってはつとまらん」
行くぞ。
猛牛のように突進し、さらなるハンマーアタックを仕掛ける戦士。リュカシスは飛び退くのをやめ、打ち下ろされるハンマーを拳で打ち上げて対抗した。
はじけた炎が花火のように散っていく。
アウローラははじけた炎をデジタライズした障壁で防御しつつ、背後にキールを庇っていた。
「その男をこっちに渡しなさい。命くらいは助けてあげてもいいわ」
氷の指輪をはめた女魔術師が手を翳し、アウローラへ狙いをつけた。
「渡さないよ。たくさん悪いことしたんだから、成敗してあげる!」
「できるものなら」
氷の弾幕と電流の弾幕が交差し、お互いの場をかき乱した。
火力ではアウローラ。命中精度では魔術師が勝っていた。ほぼ互角の勝負……かに思えたが。
「させませんわ!」
魔術師をびしりと指さす大胆なポーズで割り込んだタントが自らの治癒と防御を同時に開始。
魔術師の放つ弾幕を、タントのきらきらが一つ一つ迎撃しては小さな花火のように散っていく。
「リアクティブアーマー……!?」
「えっなんですのそれ」
「すきあり!」
タントの裏から顔を出したアウローラがデジタライズした矢を投擲。
魔術師の腕に矢が突き刺さった。
幹部たちがぶつかり合うなか、首長ドルドラは首をごきりと慣らして周りを見ていた。
死角から飛来した弾丸を、素手でキャッチして振り返る。
天十里のものだ。二丁拳銃をつきつけ、ドルドラを威嚇している。
「まさか、武器を取り上げた相手としか戦えない腰抜けじゃないだろ?」
「俺と一騎打ちでもしたいのか? だったら今すぐお前の兵を下げろ」
「そんなことするわけないでしょ」
「天十里、一人でいってもいいけど……負けそうになったら割り込んでそいつを倒すからね」
にらみ合う天十里とドルドラを遮るように、ポテトとアクセルがそれぞれの武器を構えた。
「話にならんな。ママに抱っこしてもらわないと決闘のステージにも立てないか?」
「挑発したって無駄だよ」
天十里はドルドラの額めがけて引き金を引いた。
不思議なほどの素早さで弾丸をキャッチするドルドラ。
が、一発の銃撃にみせかけて放たれていた二発目の銃弾がドルドラの腹へと刺さっている。
「出来なくても倒すだけだ。さあ僕を、夕暮れを、その目に焼き付けろ。悪者に容赦はしない」
「フン……いいだろう」
肉体の能力だけで弾丸をはじき出し、ドルドラは飛び込んできた。
「首長ドルドラ!」
「加勢します!」
一騎打ちでないと見るや、近くの兵士が剣や銃を抜いて戦いに参加してきた。
「それなら――」
ヴァレーリヤが横から飛びかかる。
参戦した剣士めがけてメイスを振り上げると、猛烈な勢いで叩き付けた。
盾を翳す――も、あまりのパワーに体勢を無理矢理下げられる剣士。
ヴァレーリヤは目にこうこうと炎を燃やすと、再びの打撃を剣士の盾めがけて打ち込んだ。
パワーが防御を打ち破る光景というのはヘビーファイトでたびたび見ることが出来る。
今現在ヴァレーリヤが見せているメイスさばきが、まさにそれであった。
祈りの言葉を唱え、振り上げ、全身どころか大地の力まで使ってメイスを叩き込む。
ついには盾がひしゃげ、剣士は地面にたたき伏せられた。
その一方で、拳銃を装備したドルドラの兵士が天十里たちの額めがけて一発ずつ銃弾を撃ち込んできた。
攻撃に集中していて回避の遅れたヴァレーリヤ。彼女を庇うために割り込んだポテトが、盾を斜めに構えて銃弾を弾いた。
一方で無防備だったアクセルは銃撃を受けて吹き飛ばされるが、その姿勢のままライフルを発射。相手の腹へと銃弾を命中させる。
そこから始まる連射の交差。
銃弾が大量に行き交うなかを、天十里とドルドラは真っ向からぶつかりにいった。
顔面に突きつけた天十里の銃口が炎のように赤く燃え、銃口を手で押さえるようにして握り込んだドルドラの手を打ち抜いた。
が、握り込んだ力は衰えず、至近距離から左ストレートが走った。
顔面に拳を食らった天十里。ギリギリで回避しにかかったはずだが、回避よりも早い速度で拳が天十里の鼻をとらえていた。
思わず銃を手放し、飛び退く天十里。
「この感じ……」
血の流れる顔をぬぐい、唇の端だけで笑う。
ローレットの中でも特に鎬を削り合うトップランカーとも呼べる集団があり、戦闘レベルがトップであることは言うに及ばず、限界までカスタマイズされた装備と極限まで磨き抜かれた身体能力のバランスによって戦う者たちである。そんな中で天十里はおそらくトップ争いができる程度の実力はあった筈だが、そんな彼女(彼)が互角に戦うような存在が何人かある。そんな彼らと似た雰囲気がドルドラからは感じられた。
「くだらないね。強い相手と戦って強くなるなんて……皆と遊びながらだってできるのに、こんな場所まで作って」
「否定するなら勝ってからにしろ」
「するよ……!」
二丁目の銃を水平に構え、高速で三連射。
一発の巨大な弾頭のように飛び込んでくるドルドラの攻撃をあえてかわすことなく、命中することにだけ全エネルギーを注ぎ込んだ。
狙うは、目である。
「――ッ!」
交差。
右半身がはじけ飛んだのではないかというような痛みと衝撃に回転しながら、天十里は雪の上をバウンドした。
一方でドルドラは右目を押さえ、低くなっている。
手の裏からはぼたぼたと血が落ちていた。
「貴様、俺の目を……」
そうしている間に多くの兵士たちが駆けつけてくる。
ドルドラたちと戦いながらこの数の兵士を相手にするのは恐らく無理だろう。
「皆、行くよ」
ウィリアムは怪我した仲間を支えながらチェインライトニングを発射。
暴れる電撃を牽制にして、キールを連れて町のゲートへと走った。
●吹雪は止まず
ゲートを抜けてからはぱったりと追っ手がかからなかった。
ドルドラが兵士に受けた損害を重く見たのか、町の外でまで暴れることの政治的隙を作ることを嫌がったか……とにかく奴隷一人手放すだけで済むなら安いものだと考えたのだろう。
「おかえり。ひどい怪我だね。まずは休んで。食事を用意してるから」
宿で迎えの者に案内され、イレギュラーズたちはやっと身体を休めることができた。
窓の外ではまだ雪が吹いていて、屋根からすべりおちた雪が大きな音をたてていた。
あの町に、まだドルドラはいる。
そしていつかきっと……。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
――mission complete
要人キール氏の救出に成功しました
依頼人であるキール氏の家族からは報酬が支払われ、依頼は終了しました
次に町に接する機会があるかは、わかりません
GMコメント
■オーダー
・成功条件:キール氏が生存したままウィンドホールを出る
・オプションA:下級市民を扇動しクーデターを起こす(難易度アップ)
・オプションB:首長ドルドラを殺害する(難易度アップ)
・オプションC:首長ドルドラを一騎打ちにて殺害する(難易度大アップ)
ではパートごとに解説していきましょう。
■第一グループ:拘束から投獄まで
弱い旅行者のふりをしてウィンドホールへ立ち寄ることで、即座に入り口の兵に身柄を拘束されることでしょう。
OP冒頭のように首長ドルドラと対面し、一対一での戦いを強制されます。
このとき『わざと負ける』ことであえて奴隷化し、キール氏と同じ監獄へとたどり着くことができます。
首長ドルドラは町を支配できる程度には高い個人武力を有しているため、意図的に手を抜かなくても普通に負けてしまうかもしれません。ですがここで『わざと弱点を演出する』といった行動をとっておくことで戦力を誤解させ、後の戦闘で(一時的ながら)初見殺しを行なえる可能性が出てきます。
また投獄される際武器は没収されるので、今回特別に支給されるノービス系武器をテキトーに装備しておきましょう。
このあと第二グループが助けに来ますので、期を見てのろしをたいたり目印を飛ばしたりファミリアーで鼠を放ったりしましょう。
■第二グループ:潜入から救出まで
投獄された第一グループによって監獄の位置が分かりますので、その場所を目指して町の中を移動します。
移動の際兵士に見つかってはいけないので、スニーク系スキルをどしどし使っていきましょう。
リスク分散のためにバラバラに移動するのがお勧めです。
プレイングの冗長化を防ぐため、地理情報の把握はできたものとして扱います。
(ウィンドホールドは首長に支配されているため、聞き込みをしていればすぐ捕まりますし、何かを探し回ってそうな鳥はファミリアーを警戒して撃ち殺されます)
監獄は石造家屋の地下に作られていて、見張りは家屋の中と地下通路にそれぞれ1~3人ほど配置されています。
彼らは囚人奴隷を逃がさないためにいる人員なので、外からの襲撃には弱い筈です。
彼らを倒して鍵を奪い、仲間とキール氏を救出しましょう。
ちなみに隠しオプションとして『他の囚人を解放する』がありますが、こうすることで何が起こるか分かりません。悪いことではなさそうですが、いいことばかりでもなさそうです。
第一グループとキール氏を救出できたら預かっていた武装を渡し、町からの脱出を開始します。
ここまで武装を運搬するに当たってのデメリットは判定上あえて無視するものとします(ただしバグ技みたいな持ち込みプレイは不可とします。馬車とか船とか)。
※第三グループを作って町に侵入し、下級市民の扇動とクーデターを起こすというオプションがあります。
勿論このオプションは無視してもいいですし、達成には適切な技能とプレイング力(またはセンス)を要します。
特に見込みがない場合はスルーすることをお勧めします。逆に見込みがあると仲間に説明できるならもはや解説は不要でしょう。
■町からの脱出
監獄の解放は十中八九すぐにバレます。
当然町の兵士たちは総出で皆さんを捕まえにかかりますし、町の外に近づくにつれて『拘束』から『殺害』に目的がシフトする筈です。
全員殺害モードになったくらいの段階で恐らく首長ドルドラも現われますが、町幹部の強力な兵士たちもそばについているので倒すのは難しい筈です。
※最終段階にて『ドルドラと一騎打ちをして勝利する』というオプションもありますが、これってつまりウィンドホールを支配できるくらい強いってことなのでよほど数字とスキルとプレイングで周りを納得させるレベルでないと難しいでしょう。(ちなみに無理とまでは思っていません)
また、その段階へ至るために周りの強力な幹部たちも倒さないといけなくなるので、まわりのPCたちのプレイングも充分以上に整っている必要があります。
■■■アドリブ度(やや高め)■■■
ロールプレイをよりお楽しみいただくため、リプレイにはキャラクターのアドリブ描写を用いることがございます。
またシナリオの性質上標準でアドリブレベルは高めに設定されています。
プレイングやステータスシートに『アドリブ歓迎』『アドリブなし』といった形でお書きくだされば、度合いに応じて対応いたします。ぜひぜひご利用ください。
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