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シナリオ詳細

<冥刻のエクリプス>Hateful things/loving things.

完了

参加者 : 10 人

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オープニング

●狼煙は上がる
 『黄泉帰り』、『月光人形』、『クレール・ドゥ・リュヌ』。
 まるでそれは。何も知らぬ者聖都フォン・ルーベルグの民達からすれば、秩序と正義に生きて来た自らに贈られた奇跡を思わせる演出だった。
 観劇は成功だ、民心と政情、平穏をこの上なく破壊できたのだから。
「──月光人形は多少無機質でありながらも、死んだ当時の姿で現れる事によって人を揺さぶる。
 それが怒りにせよ、悲哀にせよ、恋慕にせよ……尊き存在の帰還に天義の民の多くは歓喜していました」
 光の無い暗闇。
 そこが一体どこなのか、判断する術は無い。
 ただ、闇の中で佇む神父服に身を包む男が話す度にその空間は蒼く光を瞬かせる。
「……本質は問わず。例えその中身が泥で形作られた人形だろうと、この正義と秩序に構築されし都は愛したのです。
 かのギルド・ローレットの活躍によって、ある種の転換期を脱されてしまったものの。答えが出たのは間違いない。
 私が見ても聖女とさえ思っていた”彼女”ですら──魔種となったのだから」
 彼は眼鏡を、神父服を脱ぎ捨てた。
 垣間見える狂気の瞳が紅く輝くように。殻を脱ぎ捨てた蝶の様に赤い衣を纏い、息を吐いて。
「嗚呼────時は来たのです。
 私は見た! ベアトリーチェ様の劇場に誘われながら、強欲にも『不正義』を発露させ天義を我が物とすべく、彼の王宮執政官が! 枢機卿が! 聖職者どもが汚い手を壇上へ伸ばすのを!
 奴等にとって『貴女達』天義の弱き民など意に介さぬ蟲ケラも同然!
 私を見なさい! かの魔種となった特異運命座標を思い出しなさい! 魔種とはこの世界の人間が辿り着くべき新人類なのです!!
 この国を手中に収めんとする彼奴等は聖都を戦場に変えた! ベアトリーチェ様が私より受け賜りしオーダーは聖都を陥落させる事!
 ならば────答えは一つだ!!」
 男の叫びに励起するかのように震える空間。
 黒一色だった世界が一瞬にして蒼く光を放ち、照らされた下に並ぶ赤い修道服を纏い並ぶ修道女たちが露わとなる。
「我等が何もかも、その一切合切を飲み込み! 全てを取り込み魔種へと変えてしまえばいい!!
 真なる聖蝶は完成した! これを用い全ての民が『声』に身を委ねる様になれば、天義そして人類はあらゆる束縛から解放される!!
 私達! ──否、貴女達がこの世界を救うのです!!」
 閉ざされた礼拝堂に数十人の修道女達の歓声が轟く。
 一人の例外なく狂気に染まった声、そして一部の少女の身から羽ばたく蒼き蝶はそれぞれが『苗床』となっている事を明らかにしていた。
 彼女達は神への信仰を棄て、ブロイラー神父を名乗っていた男の囁きに酔い痴れる虜となった者達。
 狂乱が渦巻く最中。
 自らを讃える声に包まれ高らかに男は告げる、目に映る物全てを蹂躙せよと。
 

 ──暗い牢獄の奥で掠れた声が木霊する。
「……もう聞いてるだろう。君達イレギュラーズの誰かが天義で渦巻いている陰謀の一端を暴いた事を」
 滴り落ちる水音を聞きながら『あなた』は鉄格子の中で鎖に繋がれた女性を見るだろう。
 カテジナ・クルシャール、魔種ブロイラーに与して聖騎士の仲間を売った事で裁かれている罪人だった。
 あなたか、或いは別の誰かが頷く。探偵サントノーレと共に特異運命座標が調査し、一連の事件が魔種ベアトリーチェが黒幕である事を知っていた。
 ベアトリーチェ率いる無数の軍団が迫っている。そして聖都内外で蠢く別勢力が彼女の狙いを後押ししている。
「……この国はもうだめかもしれない。私は少なくとも、そう思っていたんだ。
 はは……妹に命を救われ、私は多くの人の命を悪魔に叩き売ってしまった。そんな私だから、分かるんだ……抗う事なんてできない、とね。
 だけどね……だけどね、君達は、すごい。
 ヘンリーが度々ここへやって来て教えてくれるんだ、ローレットの活躍であの恐ろしい魔種達の扇動を抑えたと。惑わされて来た民衆の中で希望を持ち始めていると」
 鎖が揺れる。
 揺れる度に、水音が鳴り、鉄の臭いがあなたの表情を曇らせる。
 暗闇の向こうに拘束されているカテジナがどんな姿なのか、あなたは静かに察した。
「さすがに笑ってしまったがね……少数であの『天義聖銃士』を半壊させたんだって? まるでおとぎ話の、世界だ……く、くく。
 さて…………話の本題に入ろうか」

 場の空気が変わったのを感じて、そこに集まっていたイレギュラーズは意識を集中させる。
 そう、あなたが名も知らぬ教会の地下牢獄を訪れたのはある魔種の話を聞く為だった。
 聖騎士ヘンリー・ブイディンの要請に参上し、応えるべく。
「ブロイラー神父──そう名乗っているが、奴に名なんてものはないし聖職者でもない。
 『名無し(ネームレス)』だよ……彼はこの天義で名も知らぬ誰かが産み落とした、聖都にいる ”清廉潔白な秩序善の神に信仰する心優しい人間” が、
 名前も付けず、ただ労働と正義と呼べぬ何かを焼却する為だけに生かした、無欲な少年……とても迷惑な話だ。
 ……ふ、ふふ。何故そんな話を知っているのか、という顔だ。彼が昔話の様に普通に語っていたよ。
 シスター・ランバーとかいう女が居たのを知ってるかね……彼女があの『繭』を飲んだ次は私の番だったんだ。私は奴の、大事な被検体だったのさ……」
 カテジナは嗤っていた。
 全身を蝕む呪具による終わり無き責め苦に晒されながら、既に狂気に慣れ切っていた彼女は魔種ブロイラーの話を続けた。
「……妖蝶ギルドースを改良した魔蝶、それが奴の切り札だ。
 魔種といっても実力差にばらつきがあるが……ブロイラーは魔蝶を取り込み、並みの魔種と比べ力を増しているのは間違いない。
 何より厄介なのは、強力な魔物に匹敵する魔蝶の能力を……奴以外の人間に埋め込んで運用する事が可能な点だ。
 狂乱を誘う毒の鱗粉を散布させる能力を揮うブロイラーの手駒は、不穏な事件が立て続けだった民衆にとって致命的過ぎる。
 ……所詮毒だが……毒牙にかかった者がブロイラーと対峙するだけで『原罪の呼び声』に一瞬で屈してしまうかもしれないからね……」

 イレギュラーズ達はその話を聞いて顔を見合わせる。
 それはつまり、呼び声の効果を増幅させる仕組みをブロイラーが作り上げたという事だろうか。
 だとすれば特異運命座標でも相当に危険な相手だ。毒や呼び声に耐性のあるといっても、併用されればどうなるか想像もつかない。
 過去に、そんな相手がいたなら別だろうが──
「……奴は自らが長年かけて作り上げた魔蝶部隊と共に、近々争乱の渦となる聖都で行動に移す筈だ。
 複数の魔蝶、そして魔種。それが街を蹂躙するなど……どれだけの被害が出るだろうね」
 水音を滴らせてカテジナは笑う。
「そこで君達だ……ローレットは天義が魔種の手に落ちて『滅びのアーク』とやらが激増する事態を避けたいんだろう?
 あれを放置すればきっと後々厄介なことになるが、どうだね……これまでにウンザリしてるんじゃないかい、この国に。天義にさ?
 本当に天義聖騎士団と連携して、人々を救う気があるかい? もしもウンザリしているなら、酷な相手だよあれは」
 赤い瞳がチラと闇の中で光る。
 あなたはカテジナの言葉の真意を理解したか、してないか。それはそれとして考えるだろう。

「────」
 あなたの答えを聞いて、掠れた笑い声が響き渡る。
「く、くく。はははは!
 ……魔蝶の毒は強力だよ、全身を蝕む痛みに加えて正気を失わせる。
 もしもブロイラーと対峙した際にこの毒を受けたなら……忘れるんじゃあないよ、君の大切にしている事を」

●その時は来た──
 争乱の時。ついに聖都で多くの戦いが巻き起こる。
 イレギュラーズの一人であるあなたは、その最中を駆けるのだ。
「……よく来てくれた、貴公等には本当に感謝し足りないな。
 状況を説明しよう。伝令の通り、聖都周辺が戦場となっているこの機に乗じて奴等が姿を現した。
 魔種ブロイラー、それに魅了された者ども。市街地を蹂躙している連中をその厄介な霊装から『鮮血魔蝶』と呼称した。
 今現在は騎士団や有志の者達で住民を避難させどうにか包囲戦に持ち込んだが、それもいつまで保つか……」
 白銀の鎧に大剣を背にする壮年の騎士、ヘンリー・ブイディンはそう言った。
 彼はその表情に緊張を滲ませて続ける。
「君達イレギュラーズが捕らえたランバーから聞き出した情報通りだ……魔蝶を操る赤服の修道女達は恐ろしく手強い。
 銃火器を手にしている位ならばどうにでもなるが、千を越えた数の魔蝶が襲って来ている。
 妙な光線を浴びせて来る上に、こちらの魔術の効きが悪い……正直君達イレギュラーズ無しでは絶望的だ」
 街のあちこちから轟音や戦闘音が聞こえて来る。
 ヘンリーが向かう先でも激しい戦いが始まっているのだろう。同時に、魔種ブロイラーが本格的に出てくれば激化どころではすまない。
 だがあなたはこの時気付いたはずだ。ヘンリーはさっき、鮮血魔蝶を包囲していると言ったのだ。
 赤い染みが所々に散らされた聖都の路地、ヘンリーは分かれ道を前に立ち止まる。
 左の路地へ向かえば、鮮血魔蝶達と騎士団が戦う市街地に抜けるようだ。そして右が……
「……ああ、そうだ。私の知己”だった”者達がいま、魔種ブロイラーを別所で押さえている。
 ここから君達が向かえば修道女達に邪魔されずに万全の状態で奴に挑めるだろう。
 だが待って欲しい、君達に渡したい物がある────」

 大柄な体躯の彼が懐から取り出したのは、呪文が小さく刻まれた注射器のような道具だ。
 彼はあなた達イレギュラーズにそれを託して言った。
「我々が君達に用意できた切り札だ。
 ──使い方は任せよう……ギルド・ローレット、イレギュラーズ。君達へのオーダーはこの戦いに勝利をもたらす事だ!」

GMコメント

 聖都に舞う蝶を潰す、それがあなたが受けたオーダーです。

 以下情報。

●市街地戦
 戦場となるのは聖都内部の市街地です。
 皆様には作戦開始時に魔種ブロイラーのいる大通りか、そこから400m離れた区画で繰り広げられている乱戦のフィールドに向かう選択肢が与えられます。

●依頼成功条件
 魔種ブロイラーの討伐(抹殺)
 鮮血魔蝶の無力化(特殊……魔蝶の能力完全喪失で条件達成)

●【生まれるべきではなかった者】
──『カテジナ卿、今の私は……欲しい物がたくさんあるんだ』
 生まれ落ちた時からずっと空虚だったと、強欲にその身を連ねる魔種は語ったという。
 金髪の好青年にも見える長身の男。魔種・ブロイラー神父。
 近接格闘の心得に加えて魔種の能力、更に改造妖蝶を最大限利用したオールレンジ戦闘能力。
 単騎の戦力で考えれば強敵ではあるが倒せないことは無い筈だ。
 ……単騎ならば。
 (以下、天義異端審問会並びカテジナ卿からの情報提供に基づく能力)

・眷属喰蝶(非戦/半径500m圏内の隠蔽されていないファミリアーまたはそれに準ずる存在を探知して破壊する)
・妖蝶の苗床(パッシヴ/超抵抗値上昇/毎ターンHP回復/通常攻撃【猛毒】【狂気】付与)
・魔蝶の手向け(物遠貫/【猛毒】【ショック】【崩れ】【混乱】【狂気】【恍惚】)
・魔蝶の祝福(物中範/【連】【崩れ】【不運】)
・近接格闘(物近単/【飛】【移】【乱れ】)
・魔蝶結界(物特レ/6ターンの間、半径50m圏内を魔蝶で埋め尽くして襲う。発動後6ターン中宿主は能動行動不可)
・魔蝶ブロイラー(HP残3割時に変身/『魔蝶の手向け』『魔蝶の祝福』を喪失後、『魔蝶結界』を発動。変身中能動行動が可能となる/【飛行】取得)
・???……(不明)

●魔種直属部隊『鮮血魔蝶』
 天義国内外から集めた魔種ブロイラーに呼応した修道女達、その数35名。
 水面下で集結した彼女達はいずれも『鮮血霊装』と呼ぶ特殊な装備で身を包み、聖都に生きる者全てを襲う。
 武装は主に銃火器、その身に宿した魔蝶を用いる。
 彼女達の中には魔蝶を操れる者や、魔蝶そのものに変身する事が可能な者も少数いるらしく。その総合的な脅威は計り知れない。
 魔蝶を引き連れている為に、彼女達と長期戦になれば猛毒と狂気に倒れる事になる。
 赤き乙女達を早期に止める鍵は──全ての魔蝶の母体であるブロイラーを倒す事である。
 (以下解っている情報)

・鮮血霊装(鎧/毎ターンHP減/神秘攻撃を受けた際、相手神秘攻撃力の20%を軽減する)
・魔蝶の苗床(パッシヴ/抵抗値上昇/毎ターンHP回復/通常攻撃【狂気】付与)
・銃撃(物近~中単/【連】)
・魔蝶の祝福(物至域/【連】【乱れ】【不吉】)
・魔蝶操作(物遠域/【毒】【痺れ】【乱れ】【混乱】)
・魔蝶母体(HP全損時に変身/『魔蝶の苗床』『魔蝶操作』『魔蝶の祝福』を喪失後、『妖蝶の苗床』【飛行】を取得して復活する)

●天義騎士団&『ヘンリー隊』
 本件における友軍。ヘンリー・ブイディン含めその数40名。
 救世主にして打倒魔種の希望である特異運命座標と共に戦おうと集まった民衆や狂気にある程度抗える騎士達です。
 彼等は『鮮血魔蝶』と交戦して皆様へ修道女達が向かうのを阻止する作戦の様です。
 そこそこ戦えますが、魔蝶に変身した者達が現れれば長期戦となり大きく傾いてしまう事は避けられません。
 しかし──或いは彼等と共に戦い、導く者がいれば変わるかもしれません。

●シナリオ【<クレール・ドゥ・リュヌ>汚泥の蝶】で得た物
 (参考 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/1680)
 『鮮血魔蝶』が誇る厄介な魔蝶の機能を一斉に停止させるには、つまり母体である魔種ブロイラーを殺害する事が求められる。
 だがそうではない事が判明した。
 【汚泥の蝶】にてイレギュラーズが奪取する事に成功した『天昇の繭』を解析した結果が出たのである。
 ”アンテナ” は確かにブロイラーであるが、その ”信号を出力している” のは彼の中に宿した妖蝶なのだ。
 そこで天義騎士団が誇る魔導師達は聖都に保管されていた古い文献資料と『繭』を解析して、なんとこの妖蝶ギルドースを滅する奇跡を造る事に成功したのだ。
 液体型魔術式を注射器一本分。その量を魔種ブロイラーの体内に注げば妖蝶を滅し、全ての魔蝶を死滅させる事が出来る。
 だがしかし、作られているのは注射器三本のみ。
 これを使うならば心して挑まねばならない。魔種の懐に潜るという事は、その囁きを最も近くで聞くという事だ。

●情報精度C
 不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

 以上。
 ちくわブレードです、よろしくお願いします。
 今回のOP冒頭でのブロイラー側の描写は近い形でイレギュラーズに伝わっている物として扱って下さい。
 皆様のご参加をお待ちしております。

  • <冥刻のエクリプス>Hateful things/loving things.Lv:14以上完了
  • GM名ちくわブレード(休止中)
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年07月10日 23時15分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

巡離 リンネ(p3p000412)
魂の牧童
七鳥・天十里(p3p001668)
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
メルナ(p3p002292)
太陽は墜ちた
ニル=エルサリス(p3p002400)
リジア(p3p002864)
祈り
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
藤堂 夕(p3p006645)
小さな太陽

リプレイ

●God Bless you
 夥しい数の蝶が数人の騎士に群がる傍で、割れた兜から怨嗟の瞳を覗かせる女騎士が苦悶に呻く。
 対するは蒼き魔蝶を従える魔種・ブロイラー。
「──なるほど。もしやそちらの方々も兜の下は私が知ってる顔でしたか。
 一連の騒動で『お手を拝借した』、不正義の名目に連ねられて晒され、罰せられた筈の皆様。私の首を獲れば全ての罪を許されるとでも言われましたか? カテジナ卿」
「冗句のつもりかい……? 動けなくなるまでここで戦い、死ぬ。それが罰だ。
 反転する前に自死を選ぶように契約の呪いまで結ばされ『赦されなかった』のが私達だよ、ネームレス(名無し)」
 自嘲気味に笑うカテジナ・クルシャールは自分とは反対に赦されただろう、かつて知己だった男の事を思い出す。
 魔蝶を指先で愛でるブロイラーはその表情を見て微笑を浮かべた。
「この国は本当に救いようが無いですねぇ、どこまでも」
「……フ、フ……そうでもないが、ね」

───『確かに……この国は、歪で嫌な物が沢山ある国かもしれない
   ……此処にいるのが "お兄ちゃん" だとしても、きっとそう思ってしまうくらいに……
   だけど、全てが全て澱んではいないはずだから。
   お兄ちゃんでも、きっと。救うために戦う筈だから……だから、私も!』

(目の前の男は知らないのだ。この国を救う為に戦うと言ってくれた者の、あの強い言葉を、奴は知る事も出来ない)
 哀れな男だと彼女は嗤った。
 全身に穿たれた空洞から流れ落ちていく血液がそのまま彼女に残された時間を示す。しかし臆した様子は微塵も無い。
「……貴女は反転しないでしょうね、この期に及んで私にそんな顔を見せてくれる貴女だ。ここで葬る事が救いになるでしょう」
「否定できないのが悔しいが……事実、妹に合わせる顔も無い身だ。元より……死ぬ為に貴様に会いに来た」
 青い、碧い、蒼い。蝶の群れがブロイラーの身から放たれる。
 魔蝶は次第にその数と共に群を膨らませ、羽音を波の音のように打ち鳴らすその姿は醜悪な害虫そのもの。
 女騎士は全てを受け入れるように跪き、真っ直ぐにブロイラーを見据えた。

「──ッ!」
 刹那。カテジナの視界を火線が横切る。
 次いで羽音が掻き消される炸裂音。ブロイラーが大きく後退して行く。
「僕がカバーする、やるなら急いでね!」
「私も合わせます──イノセント・レイド!!」
 建物の屋上から一気に駆け下りて跳躍する『ガンスリンガー』七鳥・天十里(p3p001668)が更なる火線を降らせ、『青の十六夜』メルナ(p3p002292)によって放たれた巨大な光刃が蝶の群体を薙ぎ払う。
「クルシャールさん、こっちへ!」
「イレギュラーズ……っ!」
 その隙にカテジナの鎧を掴んで近くの民家に飛び込む『小さな太陽』藤堂 夕(p3p006645)。
「魔蝶、ね」
 リン、と静かに鳴る鐘の音。
 破壊を肯定せんとする旋律に導かれ魔性の気が満ちたのと同時、また別角度から光弾や『Esc-key』リジア(p3p002864)が放った一条の閃光が奔る。
「随分と長くこの国に巣食っていたようだけれども、全てのモノが明るみになっているこのタイミングで全部まとめて刈り取ってしまおうね。この先の為にもね」
「思えばあの村から始まった奇妙な縁でござったな。しかして貴殿の命運もここまででござる──
 ブロイラー殿、覚悟召されよ!」
 『魂の牧童』巡離 リンネ(p3p000412)が鐘を鳴らして、湧き上がって来た熱をそのままに『影の強奪者』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)がブロイラーを追う。
 他にも複数の気配が民家の前を駆けて行くのを聴き取りながら、カテジナは首を振った。
「……妙なタイミングで鉢合わせてしまったものだね」
「ヘンリー卿からお聞きした次第では急げば間に合うかと思いまして。足止めしていた戦力が敵の戦力になる事を防ぎたかったのですが──」
 夕の元へ駆け付けた『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は大通りに広がる惨状から目を逸らす。
 既に元騎士達は息絶え、たった今救出したカテジナですら瀕死。見れば、彼女の背を支えていた夕の手が赤く染まっていた。
「本当に……反吐が出るほど貴様等の思い通りに事が進んでいたという事実は、流石に私でも気分を害するぞ……魔種」
 騎士達の亡骸を見下ろすリジアが、次いでブロイラーを睨む。
 彼女の背後から聴こえて来る夕の声がリジアだけではない者達に怒りを覚えさせた。
「しっかり、クルシャールさん! 傷を塞げばきっと……!」
「今にも息絶えようとする奴なんかに気を取られてる場合じゃないよ──……我々が捨て石となる事は決まっていた事だからね……ふ、ふふ……ヘンリーの奴め……余計な事を言ってくれた」
 手を伸ばしてきた夕に、元騎士は微笑む。
 震える指先が宙を滑る──描き出されるのは名も無き魔法を宿した円陣。
「こんな時に、気に掛けてくれた礼だ……どう、か。勝ってくれ、イレギュラー…………」
「っ……!」
「……あの牢では妙な事を言ってすまなかった……」

 程なくして騎士の身体から命の灯火が消えたのと入れ替わりに、イレギュラーズの脚を淡い光が包み熱を与える。
 その魔術は、カテジナが『神足』を謳い愛用していた術式だった。
「……私に言えるのは、一つだけです。これまでに流された血を、払われた犠牲を、失われたものを、無駄には、しません。
 ──絶対に、絶対にです!!!」
 契約精霊達が夕の想いによって励起した魔力を糧に強い光を放つ。
 妖蝶操りし魔種、ブロイラーを滅却すべく彼等は対峙する。

●Call of Songs
 イレギュラーズが駆け付けるまでの間、魔種ブロイラーの足止めと並行し展開していた『鮮血魔蝶』との包囲戦は拮抗状態となっていた。
 市街地を駆け巡る天義騎士と、彼等に追随する勇気ある市民達は辺り一帯に舞う"魔蝶"を斬り払い、迎撃に力を注いでいた。
「蹂躙しなさい!! 一片も残さずッ、腐った肉どもに魂の救済を!!」
「ギャァアアアアアアアッッッハァァァァイィ!!!!」
 苛烈。強烈にして激烈。
 この戦場にあっては天義騎士達ですら狂乱に踊る赤い修道女達を前にして畏怖する。
 敵の数は僅か35名、だが数が少ないのは騎士団側も同じく。ヘンリー・ブイディンが率いる民兵が合流していなければ、早々にこの市街地には蝶に喰われる骸が散乱していただろう。
 元より、聖騎士の多くは別所での決戦に挑んでいる。両陣営にとってこの戦力比は想定されていたものだった。
「何としてもこの先には通してはならない! 我々が天義に捧げ、己が掲げる正義の為にも! 魔種を討ち滅ぼす為にも!」
「ヘンリー! 大通りでイレギュラーズとの戦闘が始まった様だ!」
「……使命を果たしたか、カテジナ」
 数ブロック離れているというのに、地響きが彼等の戦場に伝わって来る。
 戦う騎士達、民兵に緊張が走ったその時。

──「こむぎを もろてで かきあつめ──
  ……──ろうとで のんで おなかがいっぱい
     まるまる ふとろう つみのあじ──……
     ────さばいて わければ ばつのあじ──」

 銃撃と剣戟が交わる戦場の狭間に、一筋の歌が流れる。
 全身を蝕む痛みに喘ぎながら狂乱の姿を見せていた鮮血魔蝶の修道女達がその歌に耳を傾ける。それがどんな意味を持つ詞なのかと想像を巡らせて。
 童が口ずさむかのような音色。
 この戦いの中で、誰が、この歌を、この声を、この、呼ビ声ヲ──
「う、あ、ァァァアアア……!」
「っ!? シスター何を、ぎゃぁッ!!」
 歌に魅了されたか。或いは別の何かに侵されたか、数人の騎士達を相手取っていた修道女が仲間である筈の少女に向けて引き金を引く。
 彼女達だけではなく別所においても同様の小さな混乱が生まれている。
 歌声に耳を貸さずとも、聴こえし音色は防ぎようが無い。或る者は崩れ落ち、また或る者は頭を抑えて苦悶の声を挙げていた。
 包囲網を破らんとしていた鮮血魔蝶の動きが微かに鈍ったのを見たヘンリー達は呼吸を整えながら顔を見合わせた。
「これは……この歌が……?」
「うん。僕の歌に、少しだけ。騎士さん達が巻き込まれない程度に『詞』を混ぜたんだ」
 その疑問に答えるように、澄んだ声音が彼等の背中を撫でる。
「カタラァナ殿!? てっきり貴公も魔種ブロイラーの方へ向かった物とばかり……」
「そのつもりだったけどね? あんまり良くない声がこっちからも聴こえたから、騎士さん達の援護に来たんだ」
 戦場の風を受けながら尚、深海に佇むかの様な静けさと重さを見せつける少女。『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)。
 たった一人の援軍。しかし、この集団戦闘において能力ばかりの敵の相手をするならば彼女ほど適した能力の持ち主はいないだろう。
 紡がれゆく音色に続いて連鎖する狂気にも似た魅了、それはまるで『原罪の呼び声』に近い囁きを秘めているが故に──
「あまり僕の歌を聴こうとしちゃだめだよ。騎士さん。僕はこのままシスターさん達に歌うつもりなんだけど……念の為誰か近くに居てくれるとうれしいかなって」
「なれば私めが!」
「いや……私が彼女にたかる蝶を掃おう」
 名乗り出た盾役の騎士を退かせ、ヘンリーが前に出る。
「イレギュラーズには劣るだろうがそれは敵も同じ事。止められぬ事もあるまい」
「それなら良かった、演奏中はあまり前に出て戦えるタイプじゃないからね僕は」
「……演奏? ───ッ!」
 鎧兜のバイザーを下ろしたヘンリーが訝し気に声を潜めた刹那に振るわれる大剣。
 火花を散らし弾かれる凶弾。鮮血魔蝶の一隊がカタラァナに気付いたのだろう、怒気を剥き出しに銃口をこちらへ向けていた。
「それじゃ、僕は僕のやることをしようかな」
 水面を行くかのように滑らかに踏み出し、手を伸ばす。
 少女の囁く歌声に呼応し顕現する鍵盤楽器は十二色の輝きを伴い、彼女の手に自ら寄り添う。
 騎士達は目にするだろう。楽器を掻き鳴らして歌を紡ぐカタラァナに付き従う楽器の幻影、歌に招き寄せられた小さな光を。

●─妖蝶の心臓─
 魔種を相手に、短期決戦を挑んだ例が果たしてどれだけあるのだろうか。
「僕の光を、『夕暮れ』を、その目に焼き付けろ」
 蒼き魔蝶が飛び交う最中で宙へ身を躍らせた天十里から放たれた、閃光纏う銃弾が幾重にも連なってブロイラーの身を叩く。
 飛び散るのは血液ではなく鱗粉。
「特異運命座標、『月光劇場』は如何でしたか。
 お楽しみ頂けたでしょう! 或いは怒りに震えたか、それとも悲哀に酔い痴れましたか!」
 ──魔種の瞳が妖しく瞬く。
 "それ"が召喚物か否かはともかく、意思に応じて全身を引き裂き、内から爆ぜる様に魔蝶の群れが飛び立った。
「ええ、そうですね──およそ拝聴に耐え得る物ではなかったとだけ」
 奇声を上げて殺到する魔蝶を、後退するブロイラーに追随する『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は特殊繊維で編まれた長傘で叩き落とし、軌道を逸らして。正面に銃撃を交えて駆け抜ける。
「ちょこまかと逃げてんのが面倒になってきたんだぬ……!」
 魔蝶の壁を切り裂く蒼き焔剣。ブロイラーの足元へ落とされるパワースタンプ。
「今回は長期戦になるとじりぷあーになりそうだし……どぎついのをありったけおみまいしてやるお!」
 轟音と共に捲れ上がる石畳が跳ね上げてイレギュラーズとブロイラーの身を宙へ投げ出した瞬間。飛翔したニル=エルサリス(p3p002400)渾身の拳が衝撃波を伴って地面へ魔種を叩き落とす。
「っ、はァア……以前よりも、もう力を増しているのか? やはりあなた方は、イレギュラーズとは神に選ばれし存在だ……」
「……そして自分達『魔種』も同じだと考えている。そう聞きましたよ」
「ええ、その通り!!」
 粉塵を貫いて突撃して来たリースリットとブロイラーが衝突する。
 瞬く間に交わされる剣戟、緋色の軌跡に乗せられた瞬間的なマナの奔流を受け切れずにブロイラーの腕から黒刃が折れ飛ぶ。
 すかさず。微笑を浮かべるブロイラーが両手に掴んだ魔蝶から二振りの蒼い光線サーベルを顕現させて襲い掛かった。
「やぁ──!!」
 瓦礫が降り注ぐ中、石畳に紛れていたメルナが魔蝶を切り裂いて側面から太刀打ちする。
 激しい火花が飛び散って刃が互いを弾いた所に寛治とニルが割り込み、蒼き鱗粉が舞う中で幾つもの打撃と剣戟が打ち合い、死角を衝いた銃撃が敵を射抜いて弾く。
「イレギュラーズ。嗚呼! ……何故、魔種を敵だと言うのです? 人を殺すのも謀るのも我々に限った事ではないでしょうに!」
「だからこそ貴方を敵として打倒すべきとするのは自然では。敵対に至る論理的思考に基づく過程として、害有る者を排除する解に疑を見出すのはナンセンスだ」
 ステッキ傘が解放され視界が塞がっても意に介さずサーベルと拳、鉛玉がそれぞれ交差する。
 突き破り、突き刺さり、錐揉み回転して吹き飛ぶブロイラー。
 鮮血が前衛のいずれかから散ったのと同時、周囲の魔蝶がメルナに殺到して行く。
 地を滑るブロイラーに投擲されるステッキ傘。魔種の肩口に突き立った傘を更に深々と突き刺して降り立った寛治が傘の内で引き金を連続で引く。
「グハァッ!? ……『私の子』達を見ましたかッ、彼女達は私の教えによって自ら魔種となるべく魔蝶の苗床となる事を選んだのですよ!
 彼女達の多くは、この国の孕む不正義によって生まれた哀れな者達だ!
 あなた方はそれを否定するのですか? 彼女達の想いを踏み躙る権利が、何処にあるというのです……!!」
「魔種を選ぶという自由意志、私は尊重しても良いと思っています。けれどね……扇動で選ばせる、というのはいただけない。
 ──それは自由を奪う行為だ」
 再度至近距離で撃ち抜き、互いに激しい打ち合いをしながら転がる。魔蝶の群れに包囲される前に巴投げの要領で寛治がブロイラーを投げ飛ばした。
 中空で反転する敵を捉えた咲耶が瓦礫裏から飛び出す。忍刀で袈裟斬りにしながら身を捻り、空手をのばして背から抜いた小太刀を回転の勢いを乗せブロイラーに兜割りを浴びせる。
 衝撃波によって粉塵が吹き飛ぶ。
「ッ、ク、はハハぁァ……ッ」
「何と……!?」
 頭蓋を割って突き立てられた小太刀を伝う違和感。咲耶が即座に引き抜き飛び退いて、幻影手裏剣を投擲する。
 瞬間、割れた頭部の内から湧き出た魔蝶の群れが手裏剣を包んだ勢いそのままに、リースリットと咲耶の頭上を円を描くように飛び回る。
「あれで生存できるとは……完全に人である事を棄てているようですね」
「焦げた臭い──先の光線が来るでござるリースリット殿!」
 蒼く、蒼く、光り輝き閃いた魔蝶の群れから降り注ぐ光線の雨が周囲を粉砕して、新たに立ち昇る白煙の中心で蒼き鱗粉が飛沫を上げる。
「──自由を奪う? この天義を見たでしょう!?
 はははは! 御覧なさい、あなた方イレギュラーズの『大規模召喚』より始まったこの闘争の連鎖を!
 魔種に対抗しうるのは誰です、戦場に駆り出さねば終焉を迎えていたかもしれない国が幾つ現れ、そして控えていると思いますか!
 あなた方は混沌に射し込んだ光であり、影を作った闇でもある。活性化して行く特異運命座標に対し魔種もまた同様……! 我々は、新人類なのですよ!!」
 祝福の光。そう呟いたブロイラーは自身が操る魔蝶達が再び体内へ戻って行くのを一瞥して高らかに笑い声を挙げた。
「いまならば私があなた方を歓迎しましょう! 哀れで愚かな人間を救うべく、家畜の様に導き、育み、そして共に迎え入れましょう!
 あなた方のパンドラを私に捧げるのです! 全ての人々を魔種に変える事で『正義』などというまやかしで彩られた抑圧から解き放ち、
 【月光劇場】という演目であなた方が見た、救いある人の性を取り戻そうじゃありませんか──ッグ!!?」
 熱い、燃える様な熱がブロイラーの舌を千切り飛ばす。
 反射的に伸びる魔蝶の群れは一瞬だけ見えた軌跡を辿り、駆ける天十里を捕えようと殺到して行く。
「もういい……その口を閉じなよ」
 瞬時にリボルバーの再装填を終え、三次元機動を描いて周囲を飛び跳ねる彼の瞳に静かな闘志が燃え上がる。
 空気の渦が幾重にも吹き荒び、魔蝶ごとブロイラーの体躯を穿ち射抜いた一筋の閃光。数瞬遅れ、辺りに轟いた炸裂音に次いで心火の銃弾が眉間を撃ち抜く。
 不可視の衝撃が白煙と鱗粉を吹き散らし、二対の青白い光翼が小さく羽ばたいた。
「……貴様の話はどれも芝居がかっていて。常に話の軸が外れたまま、此方の神経を逆撫でしてくれる」
 怒気を滲ませたリジアの囁きが次なる破壊の旋律を誘う。
「個々がどのような在り方であろうが、私の知ったことでは無いが……その"個"の在り方すら意図的にねじ曲げる行為など、許されていいはずがない。
 故に、破壊する……これが、此度の戦いの私の答えだ───!」
 空間に走る亀裂に一打を投じる光翼の振動。直後に反響する破砕音が衝撃を以て魔種の身を縛る。
 ブロイラーの目が確かに笑う。妖蝶のバックアップによって得た莫大な生命力と強靭さがそのまま魔種の強みになっているのだ。
 だが、しかし。刹那に放たれた閃光が射抜いた【位置】によってそれまでの余裕が崩れ去る事となる。
「……っ、ぐ、ぁぁ……ッ!! 何ッ!?」
 驚愕に眼を剥いて仰け反り胸元を抑えるブロイラー。絶叫が、魔蝶の群れを荒々しく奮い立たせる。
 貫かれた胸部から漏れ出るのは蒼い鱗粉だけではなく──金色の光が溢れ出していた。

 負傷者の傷を癒すべく福音を鳴らしていたリンネと咲耶には、今見た光景に心当たりがある。
 いつかの依頼でブロイラー達が作った村に現れた『妖蝶ギルドース』が出していた輝きだった。
 焼け焦げた帯をかなぐり捨てた咲耶が頷く。
「──あれが妖蝶の心臓部でござるか」
「魔種の胸部、右寄り一寸の位置に"綻び"が集中している。あれが弱点だというなら……破壊するまでだ」

●─Surround enemies─
 一人、また一人と倒れ行く少女と騎士達。
 しかし、包囲戦の体をギリギリ保つ事に成功しながら、天義騎士側が微かに押し始めていた。
「あっちの女の子、周りと違う音色を出してるね? ……うん、多分そういう事なんじゃないかな。
 これで5人目だけど。隠れ潜んでたり包囲に穴が無いなら、これであの蝶々を操れる子は全部だね」
「承知した……! 伝令、各小隊にテレパスを! 【魔蝶の精密操作が可能な要注意人物を全て特定した】!
 ──向こうは積極的に変身して来ないのだ、つまり何らかのトリガーがあるのは明白。くれぐれも扱いに気をつけよ!!」
 鍵盤を忙しなく掻き鳴らし、時に"誰にも聴こえぬ歌"を交えて戦場を駆けるカタラァナ。
 彼女が音響を探り特定に至ったのは半ば偶然ともいえるが、逆に言えばこの状況下で得難い筈の幸運を、賽の目を、少女は強かに掴み取っていた。
 魔蝶の操作に用いられている出力とアンテナの関係性がどのようなものかは不明だが、カタラァナは音色の異なる者がそうなのではと見極めたのである。
 統率には及ばないにしても、連携の要として敵の優先順位を得られる事は有り難い。
「はぁッ、はぁッ……ぐ、っぬゥゥ!」
 幾度もカタラァナへの襲撃を防いで来た騎士ヘンリーはボロボロの鎧を脱ぎ捨てる。いよいよ、彼の限界が近付いて来たらしい。
 その隙を、敵が狙わない筈は無い。
「死、ねェ──!!」
「ぐぅッ……!?」
 魔蝶の群れと共に駆け抜け距離を詰めて来た修道女の突き出して来た銃剣と鍔迫り合いになる。
 カタラァナを狙って来たその動きに、ヘンリーは彼女に後退を促す。
「レーザーが来るっ、下がりたまえ……ッ」
「~~ッ!! 邪魔ばかり! どうして、邪魔をするのです騎士様!?
 見て下さい、私達を! こんなにも華奢で、貧弱な私達が騎士とも互角以上に戦えている姿を!
 私達は魔種ではありません……今は、まだ。けどもしも魔種となればこの国の全ての人々が『新人類』となる事が出来れば、きっとみんなが幸福になれるはずです!!
 嗚呼……どうしてわからないのよ!!
 どうして、何が正義ですか、なにが秩序なんですかぁ! 素晴らしい存在に変われるのに、どうして理解せず拒んで──ぎゃあ!?」
 渦巻く魔蝶が光線を降らせようと収束した瞬間、莫大な音圧が側面から衝突して修道女を吹き飛ばした。
 砲弾の様に瓦礫に突っ込んで行く少女を見送ったヘンリーは驚きながら振り返る。

「あはは、おかしい。新人類だって。
 速成に耐えられなくて自分で自分を傷付けて、血を流して、それから――?」
 それまで戦場の中に在っても見せなかった表情。
 カタラァナは見つめていた。魔蝶の苗床となり、呪われた霊装を纏って常に痛みに耐えながら、こんな所で銃を振り回して何かを叫んでいる哀れな者達。
 彼女達の言っている言葉は何もかもが絵空事ばかり。結局は人間ばかりで、魔種の事を本当に理解している者なんていない。
「あのね。あなたたちが思ってるよりも、"あの人達"は沢山いろんなことを抱えてるんだよ。
 そんな事も共感できないのに、理解だなんて」
 憐みと共に浮かべる笑みの下で、カタラァナはこれまでに出会った魔種達を思い浮かべる。
 あれが終着点の筈はないと。そう呟いて。


「流石ですよイレギュラーズ……ですが、それにしてもらしくない。随分と急いている様に見えますが──何を企んでいる?」
 押し寄せる凶蝶。蒼き鱗粉は発狂を誘発するだけでなく、猛毒によって獲物を大きく疲弊させる。
 蒼い渦が迫る最中に飛び込んだ夕が精霊達に働きかけ、背から噴出させた光翼で魔蝶の壁を吹き散らす。
 ダメージを逃がしきれずに膝を着く夕はそれでも動く脚を奮い立たせてその場からリンネと共に飛び退る。
(動ける……! カテジナさんの魔法が効いてる今なら、適正の距離で狙われなければある程度は捌ける!)
 後衛を狙う攻撃は次第に苛烈さを増すものの、そもそも予見していた展開でもある。それに加え、一時的に付与された魔術が後衛の夕達を生かしていた。
「っとと、ありがとう。それにしても──どうやって操ってるんだろうね、この蝶達」
 夕によって召喚されたCTスキャナを担ぎ振り回す白衣の天使による癒しの権能が揮われるのを横目に、新たに癒しの光が籠る福音の鐘が負傷した味方を包む。その最中でリンネは、ブロイラーの周囲で渦を巻く魔蝶をじっと見つめていた。
 彼女達は支援に徹する役目がある故に前衛との距離は近い。
 身を躍らせて光線を躱しながら銃撃する天十里が魔種の胸元を射抜く横で、リジアの翼が振動を始める。
 ピシリと空間に不可視の衝撃が走るその刹那、蒼炎と月光が対を為して地を這う様に駆け抜ける。
「ッ――!」
「呼び声の拡散が何を引き起こすか、それを私達は先のサーカスの一件で嫌という程見ました」
 再び接敵するリースリットが剣戟と共に声を挙げて。
 それまで月と太陽の如く輝いていた二人の剣が、緋炎から月光へと変化したリースリットの剣と交互に繰り出される事によって鮮やかな剣閃と煌めきの中にブロイラーを閉じ込める。

「魔種と化した者が、その果てにどうなるかの一例を、あの団長に見ました。あれが新人類などと……よくも言った。
 貴方が『現在』を否定するのは好きにすればいい。
 けれど、貴方達は――間違いなく『現在に守るものが在る者』の敵だ……!」
 完全に無防備な瞬間を射抜く、リジアが放つ破壊の閃光。
 月の光が刀身を染め、リースリットが瞳に宿す焔を映した斬撃が幾重にも放たれて蒼き鱗粉を掻き消して吹き散らした。
 ――過去、彼女の瞳には魔種との戦いの光景が刻まれていた。そこには『シルク・ド・マントゥール』との決戦も在るのだ。
 忘れはしないだろう、初めて目の当たりにした狂気の果てにサーカス団長が"成り果てた"モノの姿を。
 あれを肯定し、さも自身が正しいのだと思い上がった魔種ブロイラーをリースリットは決して認めないと断言してみせる。
 揺れるブロイラーはそんな彼女を見て首を振った。
「"憤怒"の感応……なるほど、相性が悪い……
 いいでしょう、ならば余計な言葉はこれより不要。我が欲望の糧に、魔種が作る新世界の礎となるがいい……ッ!!」

「僕も結構欲張りだけど。ブロイラー神父、その欲望はここで終わらせるよ――悪者に容赦はしない、今度は逃がさない」
「どんな言葉も、行動も、何もかも薄っぺら……そんなあなたに! この国の人達の正義を、否定する資格なんて無い!」
 リンネが強かに奏でる福音の鐘が木霊する。
 直後、死角からブロイラーの胸を射抜く心火の銃弾に次いでメルナの蒼炎が切り裂く。
 ブロイラーは揺れるその眼にこれまでの感情を宿した人の物ではなく、狂気に満ちた色を濃く覗かせていた。
 すぐ後ろから戦況を俯瞰していたリンネが横合いで待機していた寛治達にフードの下から目配せする。
「――前衛、魔種の動きに変化。やるなら……今だよ」
 赤き旋律の鐘が周囲を鼓舞するも、同時に緊張が走る。
 大規模な魔蝶の操作。明らかに切り札の類をブロイラーは場に出そうとしている。
 ブロイラーに悟られぬ様に潜めて、各々の行動と意思が目配せ等で伝達される。
 そのタイミングで、一切の迷いなく魔種の懐まで咲耶が踏み込んだ。
「カテジナ殿から聞いたでござる、貴殿は元々欲が無かったそうでござるな。魔種となった今、貴殿が求めている物は何なのでござるか」
 全方位に撒かれる怪光線。魔蝶が咲耶の肩や身体の至る所に咬みつき、微かに散った鮮血がブロイラーの頬を濡らした。
 咲耶の全身に纏わりつくような『原罪の呼び声』が頭に鈍痛めいた囁きを繰り返す。
 しかし、直ぐにその囁きは失われ――
「……忌まわしくも此の身は、強欲のベアトリーチェ様に誓いを捧げた魔種に他なりません。
 ええ、あなた方の仰る通りですよ。私に言わせれば国も人もどうだっていい。
 反転しても燃え盛る欲望なんて湧かなかった……けれど私が欲していたのは――『あなた』だ」
「――――なに……?」
 咲耶をブロイラーが指差した瞬間。
 寛治が咲耶の小柄な背丈を飛び越してその手を振り被る。
(右手に握り締めた金属針は暗器とは程遠い、これは……!!)
(――助太刀致す!)
 咄嗟に魔蝶を体内から噴き出して防ごうとしたブロイラーを見た咲耶が、反射的に魔種の体躯を真下から蹴り上げ、宙に打ち上げた。
「ッ――!?」
 ブロイラーの胸元に叩き付けられる一撃。
 一瞬の空白。

「――歌劇(オペラ)の様には行かないものですよ、イレギュラーズ……!」

「――!!」
 突き立てられた注射器から蒼い鱗粉が散った直後。寛治がパンドラの輝きを散らして10m吹き飛ぶ。
 鞠の如く地に何度か叩き付けられ転がった彼を、咲耶は背筋に冷たい物を感じて叫ぶ。
「寛治殿!!」
 窮地を脱したと魔種はその姿を見て思った事だろう。謎の注射器がなんであれ敗北は無くとも、他ならぬイレギュラーズであるがゆえに油断は赦されない。
 そこまで分かっていたのにこのブロイラーという男はここに来て明確にその油断をしてしまった。
 それを証明するように、微塵も躊躇せず徹底的にリースリット達は仕掛けて来たのだ。
「くッ! 無駄な、事をォ!!」
「無駄かどうか……今から確かめてみるといい、魔種」
 味方の剣戟の合間に飛来するリジアの閃光。
 距離を取ろうにも、リンネの鐘の所為か或いは別の要因か。瞬く間に距離を詰めて全方位から攻撃を加えて来るニル、リースリット、メルナ達前衛の連携にブロイラーはその場で応戦せざるをえない。
 否。その勢いは次第に急所への攻撃を徐々に許す様になっていく。
(このままでは……こうなれば一時的に魔蝶の多くを失ってでも一瞬でカタをつけ……!?)
 ――そして。遂にブロイラーが膝を着く時がやって来る。
 飛び込んで来た天十里がブロイラーの頭上に影を差したその時、それまでに無かった恐るべき数の魔蝶が噴き出した。
 数瞬後。空白を越え、複数の粘り気のある水音が重なる。

●―――
 母体として覚醒した三体の魔蝶を前にしてカタラァナが最後の魔力を歌に乗せようとした時。街の何処からか吹き込んで来た突風に続いて、一斉に少女達の悲鳴が響き渡った。
 魔蝶の母体となった修道女達は爆散し、蒼白の粘液を撒き散らして地面の染みと化す。
 市街地の上空を埋めていた魔蝶は悉くが地に墜ちて。周辺一帯を覆っていた鱗粉毒が輝きを失う。
 血潮と硝煙の臭いを除いて何もかもが消えて行く。
 息も絶え絶えとなった騎士達、民兵達は何が起きたのか分からずに。倒れ伏せてから叫び痛みに喘ぐ少女達を見下ろしていた。
 誰かが言った「終わったのか?」という声が、さざ波のように広がって行く。
 次第に彼等は悟る。自分達は勝ったのだと。

 沸き上がる歓声は小さく、安堵と疲労に潰れる者が大半だったが。それでも天義に現れた危機の一つに打ち勝った事に皆が歓喜していた。
「やってくれたのだな…………」
「うん、これでこっちは落ち着いたんじゃないかな」
 カタラァナの傍らで仰向けに倒れている騎士ヘンリーは目を閉じたまま、安堵に息を吐いた。
 少女は踵を返す。
 瓦礫が散らばる地面に散った蒼い染みを一瞥するカタラァナは、そっと指先で楽器を鳴らしてから。小さく手を振った。
「……さようなら。かわいそうなひとたち。
 自分でゆっくり変われたのなら、よかったのにね」
 彼女は風が吹いて来た方へ歩を進める。
 傷付いた少女、息絶えた騎士、生還を喜び合う勇気ある民衆の合間を彼女は歌を交えて通り抜ける。
 辿り着いた路地の手前。暗闇に紛れようとしたカタラァナを、名も無き騎士が引き止めた。
「お待ちをローレットの御方、往かれるのですね。魔種と戦っている他の皆様の元へ……
 ――我々は聖なる加護により毒の類には耐性あれど、真なる狂気には抗えぬ身。歌姫の御方に付き従う事は出来ませぬが」
 騎士は震える手をどうにか揮って、魔法陣を宙に描き出す。
 そうして、彼女の脚を光が包んだのを確かめた彼は深々と膝を着いて頭を下げると静かに告げた。
「我が師の秘技が貴女を僅かながら後押しするでしょう……どうか、お気をつけて」
 今度こそ、カタラァナは路地の奥へと消え、後に残った騎士は祈る様に目を閉じる。
 風は暫くの間、残り香の様に澄んだ歌を運んでいた。

 ──
 ───
 ─────
 大通りの中心で立ち尽くす魔種ブロイラーの姿。
 沈黙したまま胸元を見下ろす彼は、足元へ伝い落ちて行く金の雫を茫然と見つめていた。
「この数年の成果、得た力……全てが、水泡に帰したわけですか」
 それは【妖蝶ギルドース】の本体であり、全ての魔蝶を操る力の源。
 液体型魔術式を打ち込む作戦は成功したのだ。

「即効性があるのかは不明でしたが、二本同時はさぞかし効いた事でしょう」
「でも……まだ終わってない」
 役目を終えた金属円筒を握り締めている天十里。そんな彼の隣で片目を押さえているのは、同じく注射器を打ち込んだ寛治だった。
 寛治の戦闘不能になったと見せかけた行動は、ブロイラーが悪足掻きに放とうとした【魔蝶結界】の生成を二本目の注射器の使用によって完全に防いだのである。
 地面に崩れ落ちていった魔蝶の灰を踏み締める男はその襤褸になった赤い霊装を脱ぎ捨てる。
「……古い。古い文献です。妖蝶の存在が載っていたのは。
 その昔、この聖都にはその手の学者貴族が居たんでね。私は彼の下で働いていたから、偶然知る事が出来た」
 語りかけるようにイレギュラーズを一瞥して。肉が裂ける音が響き渡る。
「カテジナに聞いたなら知っているでしょう、私は名を貰えなかった孤児でしてね。スラム程ではないにせよ聖都の郊外にある酷い町で育ったものです。
 そんな私を物好きにも、その学者貴族が拾い上げたから私はこの聖都で暮らしていた。とはいえ──聖騎士に彼と……彼の家族が斬られるまでは、の話でしたが」
 石膏像の様な裸体を見せつけて近付いて来るブロイラーに天十里が無言で発砲する。
 飛散する鮮血は彼が妖蝶の加護を失った事を示していたが、しかし。
「私に欲しい物は無かった。名前も、食べ物も、生すらも。
 感情はあるのに、欲しいと思った事が無かったんです。だけど……いつも私の中にはもう一人の自分の声が聴こえていた。
 もしも! 何か可能性があるなら、もしも自分に奇跡を成す力があったなら! "機"を掴む事が出来るならば! そんな声、囁きが、僕には聴こえていた!!
 ええ、ええ! 他の誰かなんて知った事か。僕が欲しいのは初めからお前達だ……
 特異運命座標(イレギュラーズ)の持つ奇跡の蒐集物、パンドラを寄越せ――!!」
 ブロイラーの叫びと共に、その身体が変貌を遂げる。
 見上げる程の巨躯が翼の如く顕現し漆黒の蜘蛛の魔物と化したブロイラーは、最早人としての意思疎通能力すら捨て去り雄叫びを挙げる。
 仮に魔蝶が葬られても今この場で満身創痍のイレギュラーズを潰せば良いのだと、高らかに宣言するかのように。
 だが、今更それが何だというのか。

 無言のままに放たれた眩い陽光が如き銃弾が示す。
「僕は言った筈だよ、"今度は逃がさない"って。姿が変わってもやる事は変わらない、だって――
「――これは歌劇ではなく、決まった事だから……!」
 天十里が跳躍したと同時に繰り出された【魔種化】したブロイラーの獰猛な爪。巨躯に似合わぬ俊敏な動きは彼を捉える。
 それを両断する純白の翼。心火の銃弾を放った天十里の前に温かな光が溢れる。
「あなたにあげる物なんて、何もありません! あなたは、この天義で沢山の大切な物を奪った! 私はそれを絶対に許さない!」
 二色の精霊と共に魔力を励起させ前に出る夕が指を差す。
 もう既にその脚に掛けられていた魔術は消失している。だが彼女は自分の足で踏み締め、魔種の眼前に立つ事で"代行者"たる事を証明していた。
 そこへ並ぶ者達。
「あの時はいきなりで逃がしちゃっただけに、もう何発か殴ってやらないと気が済まないお……!」
「変な話。私も縁があるみたいだしねー。それにあの村の祭壇に漂ってた魂が安心できないでしょ、ブロイラーが元気にしてたらさ」
 大蜘蛛……魔種ブロイラーは気付かない。
 強欲故に。己が求めて紡いでしまった縁が今まさに彼の首を絞めつけ、滅しようとしている事に。
「動きが迅い……けど、何か様子が? 逃げないのはもしかして……リジアさん!」
「ああ、魔種の巨体。背中に視える――恐らく急所だ」
「シンプルに素早く、強く、見た所あの甲殻は相応に硬い様ですね。尤も、勝算は十二分にあるようだ」
 仕切り直し。だが早くも分析を終えた寛治を筆頭に、それぞれが大蜘蛛の正体を暴いていく。
 強い。だが魔種にしては中身は無く、余りにもシンプルだ。
 パンドラを消耗している寛治に癒しの光と音色が届く最中、遂に本格的な戦闘に入る。

 猛然と周囲の建物を切り崩しながら襲い掛かるブロイラーを前に、再び二対の炎剣が阻む。
 躍る蒼炎。メルナの剣閃に合わせ月の光を纏った一撃を放つリースリットがその炎を広げるように突き立てられる巨大な脚爪を弾き、巨躯に斬りつける。
「その欲望に従うがままに貴方が張り巡らせた糸は、貴方が存在する限り人を脅かす。ここで、必ず倒します……!」
「みんなで倒す……! ここで、お兄ちゃんなら……ううん。お兄ちゃんだけじゃない、私達にしか出来ない事だから!」
 派手に打ち上げられる瓦礫。振り下ろされ、横薙ぎに揮われる巨躯の猛撃に正面から立ち向かうメルナ達。
 巨躯を相手に飛翔し鋭い飛び蹴りを放ったニル。しかし直後に彼女達の頭上から叩き付けられた脚に吹き飛ばされる。
 散るパンドラの輝き。そこへ、歌声が響く。
「カタラァナさん……!」
「らららぁ~♪ ……うん、お待たせ。ちょっと道に迷っちゃった」
 路地から現れたカタラァナとリンネの癒しの音色が合唱曲の如く奏でられる。
 左右から崩れた壁面を駆け上がった天十里と咲耶がブロイラーの背部に──身を護る殻が砕かれた──青年の上半身が露見する。
 見紛う筈も無く。それはブロイラーの本体。
「テッド村からのギルドースの件、クルシャール姉妹を弄び、ヘンリー殿達天義の貴族を貶めたその悪行の数々を拙者は赦さないでござる。だが……!」
 空中で舞う咲耶達を狙い大蜘蛛から吐き出される猛毒の糸。空を蹴りつけステップした天十里と腕を組み振り回して軌道を変える事で回避する。
 ズン、と大気を揺るがす衝撃を轟かせて地上の前衛が粉塵に飲まれた刹那。クレーターに突き立った脚を駆け上がる寛治とリジアが咲耶達と合流する。
「────ッッ!!!」
 物言わぬ怪物、ブロイラーが紅い瞳を輝かせる。
 ガバリと開かれた口腔から光線が放たれるも咲耶がその身を無数の鴉羽と化して回避する。ひしゃげたステッキ傘がブロイラーの口腔に突き刺さる。
 肉薄して小太刀を抜いた咲耶が、因縁を断ち切る様にその刃を振り下ろした。
「先の『囁き』……これだけは、貴殿に応えねばならない。
 ──拙者の忍道に余計な欲は無用! 拙者の足りぬ力はきっと仲間が埋めてくれる、故に魔種に堕ちてまで求めるものなど拙者には無い!!」
 受け止める二本の黒刃。暴走する大蜘蛛の上という足場の悪さの中、瞬く間に火花が連続で散る。
 自らを自傷する事も厭わずに猛毒の糸が大蜘蛛から吐き出されて足場全体を襲う。

 刹那、糸を潜り抜けた寛治がブロイラーの胴体を背後から締め抱える。
「───……っ! ァ…………ッッ!!?」
「──これは歌劇ではないですが、悪は最後に滅びる。とびっきりの歌と鐘を背景にね」
 ガラスが割れる様な破砕音。
 声にならぬ声を叫びながら引き摺り出されたブロイラーの本体がバックドロップで仕留めた瞬間。大蜘蛛が悲鳴を上げて崩れ落ちたのだった。

 後に残ったのは、灰だけ。
 風に流れて逝くその灰を撫でるように手を伸ばしたカタラァナは、静かに歌をうたう。

成否

成功

MVP

リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者

状態異常

リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)[重傷]
紅炎の勇者
メルナ(p3p002292)[重傷]
太陽は墜ちた
ニル=エルサリス(p3p002400)[重傷]
リジア(p3p002864)[重傷]
祈り
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)[重傷]
海淵の呼び声
新田 寛治(p3p005073)[重傷]
ファンドマネージャ
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)[重傷]
夜砕き

あとがき

魔種は滅び、幾つもの因縁に終止符が打たれました。

お疲れ様でした。
皆様の素敵なプレイングが重なり、一部危うい場面も無事乗り切り、成功を納めました。
騎士達の生存を助けた貴女に呼び声の称号を。
そして各場面で協力して徹底的に攻め続けた貴女にMVPを。

お疲れ様でした。どうか休息を……

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