PandoraPartyProject

シナリオ詳細

正直者の絞首台

完了

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●王宮執政官エルベルト・アブレウ
 神を、神を愛せよ。
 愛していないかと問われれば――間違いなく私はそれを否定する。
 神は愛すべきものだ。神は尊ぶものである。
 偉大なる聖教国に神は居る。完璧なる正義の遂行にこそ神は宿る。
 唯、一つだけ。最も重要な条件を付け加えるならば。

「――信仰も、正義もより必要なものに。
 それを正しく扱えるものにこそ、委ねられるべきとは思わないかね?」
 遠隔通話を可能にする水晶玉を介して――画面の向こうの女にそう語り掛けたのは、小柄に小太りな金髪の男だった。身なり正しく貴族の正装を纏った彼はともすれば威厳を欠かないとも言い切れないそのプロポーションとは裏腹に、眼鏡の向こうに鋭い知性の光を宿していた。
「つまる所、正義とは。正義という何とも頼り難い、気まぐれな概念とは。
 この世界を正しく、より効率的に運営する為の手段に他ならない。なればこそ、この私の全ての行為は『より正しき』を求むる信仰の産物であり、その動機が大いなる神への愛に根差しているというならば、全て祝福されるべき事実しか残らないではないか」
 落ち着いた語り口で『詭弁』を弄する彼は、怪物。
 エルベルト・アブレウ王宮執政官は、その圧倒的政治的手腕を以って、今、ネメシスの政治を牛耳る一人であった。武力のレオパル・ド・ティゲールと並んで――こちらは政治が余り上手くない――実力者として君臨する大政治家。演説一つで、その政治的立ち回りだけで王宮という伏魔殿を掌握するネメシスで最も深き闇の一画であった。
「そうは思わないか、アストリア枢機卿」
「都合の良い信仰論もあったものじゃな。相変わらず、その性、最悪と見える」
 改めてその名を呼ばれた通信相手――年若く見える法衣の女は、そのあどけないとも言える美貌にとびきり厭な笑みを浮かべてエルベルトの言葉を失笑した。
「性格の話をするならお互い様と思うがね。
 私も長らく天義の政治に携わってはいるが――
 歴代の誰を見ても君程『ひどい』聖職者なんて見た事は無い」
 似たような調子で言ったエルベルトにアストリアは肩を竦める。
 皆まで言われるまでも無い。二人の悪罵は奇妙な事に――『友人同士』の挨拶であり、恒例のやり取りに過ぎなかった。全く馬鹿げた話ではあるが、互い曰くの『性格最悪』同士は不思議な位に馬が合い、余人には理解の出来ない『友情』らしきものを育んでいるのは事実なのだった。
 無論、それはこの天義にとって幸福な事実ではない。政のエルベルト、教のアストリアがタッグを組む事でより重篤な問題が生じ続けているのは言うまでも無いのだが――
「して、今日は何用じゃ、エルベルト。
 まさか、妾を相手に茶飲み話に興じたい訳でもあるまい」
「如何にも。まぁ、正直を言えばそう猶予のある話でもない。本題を急ぐ事としよう。
 とは言え、君にももう心当たりはあるのではないかな?」
「まぁ、の。『月光事件』でおぬしの立場が微妙なものになっているのは理解しておる」
 エルベルト・アブレウは政治の天才である。
 より厳密に言えば彼の政治の手腕は己が我欲の為にしか発揮されない。
 それが不正蓄財であろうとも、ライバルの粛清であろうとも、政治の専横であろうとも同じ事。彼は今まで幾度も訪れた自身の危機をその卓越した手腕で乗り切ってきたのだが――
「『月光事件』は君にとっては福音だったのかも知れないが。
 私にとっては余り良い話にはなっていないのだよ。どうも――先の事件であの、イェルハルド・フォン・コンフィズリーとシリウス・アークライトが現れたらしくてね」
「それはそれは」
 アストリアはそれを知っていたが驚いた体をして意地悪く笑う。
「イェルハルドが『黄泉返り』であるのは他ならぬこの私が保証するし、シリウスは魔種(デモニア)化したという話じゃないか。故に陛下からの詰問は一先ず『禁忌の黄泉返りや魔種の姦計に心踊らされますな。これは私を貶め、天義を割る内乱にございます』と。かわすにはかわしたが、問題は件の現場に聖騎士団長殿が同行していた点だ」
 天義国王シェアキム・ロッド・フォン・フェネスト六世の信認が一番厚いのがよりにもよってあの政治下手(レオパル)である事はエルベルトの承知の内だ。
 相手があの猪武者であれば、平時であれば手玉に取るのも難しくは無いが、逆を言えばこうなってしまえば彼には総ゆる手管は通じない。賄賂を使おうと、女を宛がおうと、何をどうしても彼を懐柔する事等不可能だ。竜種を討伐する方がまだ目がある位に。
「……と、なればあちらはおぬしを逮捕する為の手段を進めておろうなあ?」
「いきなり逮捕されぬにしても、身柄を拘束し、尋問しにくる事は間違いない。
 普通の相手ならば『尋問を受ければいい』だけだが、レオパルの天眼は上手くない。
 故に私も陛下の償還命令を一先ずかわし、こうして屋敷に籠っている訳だが。
 ……ああ、確認なのだがね。そろそろ『状況』は変わる筈だろう?」
「うむ。じゃが、おぬしの逮捕回避には間に合うまいなあ」
 アストリアはニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて『親友』の苦境を嗤う。
 されど、エルベルトの方も『コンフィズリーの不正義』の顛末をレオパルに掴まれ、追い詰められた状況の割に余裕の色を崩していない。
「間もなくこの国の状況が劇的に変わるのであれば、そこまで何とかすれば私の苦境も『無かった事』になるだろう? 第一、魔種共は国の統治に興味等あるまい?
 君はこの国で法王となり、私は宰相となる。アストリア、君には私が必要で、私には君が必要だ。それが我々の友情の意味となる」
「分かっておるとも」
 意外な事にアストリアはこの言葉を肯定した。
「『状況』が変わる前におぬしが逮捕されるのは有り難くないのでな。
 おぬしが求めておるのは援軍じゃろう? その口振りからして、屋敷の外には聖騎士団でも張り付いておるのであろう。おぬしは陛下が『決めかねている内に』聖都の外に脱出する必要があるが――状況のスピードに準備が追いついていない。違うかえ?」
「うむ、賢い女性が話が早くて助かるな」
「まさか脱出してそれだけという事はあるまいな?
 おぬしが妾を失望させないだけの『準備』を済ませておる前提じゃぞ」
「誰にモノを言っているのか理解したまえよ、アストリア。
 私とて、フォン・ルーベルグの外に既に戦力を用意している。だが、これを動かし難いのは『君と魔種の準備が整っていない』と見受けているからだ。
 私が我が身可愛さにこれを動かせば全ての予定が台無しではないのかね」
「うむ。それでこそ、エルベルトじゃ」
 満足そうに頷いたアストリアは続けた。
「では、妾の天義聖銃士隊(セイクリッド・マスケティア)を動かそう。
 聖騎士団と『小競り合い』が起きるから、おぬしはその間にこの聖都を脱出せい」
「恩に着るよ、アストリア」
「じゃが、一つだけ」
「……?」
「妾の掴んだ情報に拠れば、そろそろまたあの余計者(ローレット)が首を突っ込むぞ。
 何、それはおぬしの所だけではない。妾にしても同じなのじゃがな。
 ククッ、共に精々上手くやろうではないか――」

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
『コンフィズリーの不正義』を正す時がやって来たのです。
 以下詳細。

●依頼達成条件
・王宮執政官エルベルト・アブレウの逮捕或いは殺害
 ないしはフォン・ルーベルグ内に存在する不穏な計画の存在を把握する事

※逮捕殺害を達成すれば大成功、或いは完全成功ですが、達成難易度はVHです。

●シチュエーション
 アブレウ邸周辺で聖騎士団員と天義聖銃士隊の小競り合いが起き、大きな混乱が広がっている現場にパーティは到着します。その隙を見て聖都脱出を図るエルベルト・アブレウを補足し、フォン・ルーベルグを覆う闇の正体を探して下さい!(メタ情報からPCやレオパル、フェネスト六世が把握する確実な情報に変える事が求められています)

●エルベルト・アブレウ
 王宮執政官。位は宰相に次ぐ存在。陰の実力者。
 小太りに眼鏡をかけた小柄な男で、一見しただけでは然したるカリスマはありませんが、その一挙手一投足で政治を自在に操る怪物です。
『コンフィズリーの不正義』でイェルハルドを陥れた張本人。
 アストリア枢機卿とは長年の盟友であり、お互いの邪魔者を消したり、便宜を図ったり、実に迷惑な仲良し同士です。
 彼とアストリアは何かを企んでいるようです。(メタ情報ですが)

●アブレウ邸
 フォン・ルーベルグ中心地に位置するエルベルトの邸宅。
 内部情報は不明ですが、少なくともエルベルトは二十名程度の私兵を有しています。
 周囲をレオパル配下の聖騎士団員が張っていますが、世情が乱れている折、名声と多数の政治家、貴族派の支持を受けるエルベルトに対して目立った動きを起こす事はかなりのリスクを生じる為、現時点では密やかに逮捕計画が進められています。

●聖騎士団員
 手練れ中心。十数名が邸宅を監視している状態です。

●天義聖銃士隊(セイクリッド・マスケティア)
 アストリア枢機卿の親衛隊。個人武力。
 盟友の危機を救う為に派遣され、聖騎士団員との小競り合い=混乱が起きます。

●フェネスト六世とレオパル
※レオパルは同行します※

 フェネスト六世はレオパル・ド・ティゲールからのド直球な告発を受け、エルベルト・アブレウを王宮に緊急償還する命令を発しました。しかし、非常に勘が良く危機管理に優れたエルベルトは一先ず体調不良と弁明でその要請をかわし、邸宅内に避難している状態です。フェネスト六世はレオパルの報告を嘘と考えていませんが、同時に潔白の天義で高官を務めるエルベルトの『邪悪』を100パーセント信じ切れてもいません。
 イェルハルドとシリウスに報いる為に必死の行動を起こしたレオパルにやや押されてはいますが、本依頼でアブレウ逮捕に踏み切らんとしているのは『レオパルの独断』です。
 エルベルトの立ち回り、依頼の結果、状況如何によっては『レオパルや参加PCが逮捕等の苦境に陥る可能性もあります』のでご注意下さい。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

●重要:同時参加不可
 当シナリオは『燃える聖典アイコン』のシナリオとの同時参加が不可となります。
 『正直者の絞首台』『The dead of justice』『Detective eyes』『Prelude to Oblivion』にはどれか一つしか参加できません。ご注意ください。

 ぶっちゃけエルベルトの絵を用意しときゃ良かったです。
 まぁ難易度程度には優しい所もありますが、上述通り完全成功にはVH以上です。
 以上、宜しくご参加下さいませませ。

  • 正直者の絞首台Lv:15以上完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年06月21日 21時40分
  • 参加人数9/9人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(9人)

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
セララ(p3p000273)
魔法騎士
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
無限円舞
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)
氷雪の歌姫

リプレイ

●パレット
 こんな時でさえ、純白の聖都には混じり気が無く『見える』。
 決してそんな事は無いと言うのに、見渡す世界には確かに異色が潜んでいるのに。
 端的な事実に対しての一つの答えを(そうと気付かれにくい)冷笑癖のある『優等生』が呟いた。
「色は混ぜると黒くなりますが、光は混ぜると白くなるのですよね」
 穏和だが冷淡なその口調から彼女の――『自称・旅人』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)の内心を読み取る事は叶わない。
「まったく、どんな色の自称・光が混じっているのでせうね――この天義と云う国には」
 全ての局面でそうであるのと同じように、天義という大国の趨勢を左右しかねないこの大きな局面においてもヘイゼルはヘイゼルの侭だった。
 自身を包んで覆い隠すという意味においてこの上ない才能を発揮する彼女はその在り様においても、能力においても。
(私はレオパルさん視点では特級不審人物なのですよね、ギフト的に考えて――)
 世界からの贈り物さえも徹底して同じ方向を向いていた。
 さて、そんな彼女曰くの所「いよいよ、家宅侵入も板についてきた」というのは偶然では無いだろう。
 そんな仕事ばかり寄ってくるのは運だが、そんな仕事を選んでいないと言えば嘘にはなるか。
「悪いことを黙って見過ごすことは出来ません。
 それがどんな正義でも。どんな世界でも――必ず私たちで、有益な証拠を手に入れましょう!」
『愛の吸血鬼』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)の言葉に一同は頷いた。
 九人のイレギュラーズと聖騎士団長レオパル・ド・ティゲールが今日赴くその仕事は王宮執政官エルベルトに対する強行である。
 普段の家宅侵入がコソ泥ならば、今日の家宅侵入が白昼堂々の押し込みである事は言うに及ぶまい。
「……この類の仕事には、あまり慣れたくは、ございませんわねー」
 苦笑いを交えた『氷雪の歌姫』ユゥリアリア=アミザラッド=メリルナート(p3p006108)の脳裏に過ったのはかつて自身が『告発』した婚約者の顔である。
 先の月光事件(クレール・ドゥ・リュヌ)において明らかになった『コンフィズリーの不正義』の真相は、エルベルトという悪の名を教えていた。証言者が魔種と成り下がった天義騎士シリウス・アークライト、月光人形と化したイェルハルド・フェレス・コンフィズリーである以上、これを盲信するのは確かに危険な話とは言えるのだが――
「天義を腐敗させ、シリウスさんを追い詰め、イェルハルドに不正義の烙印を押し、リゲルとリンツから父親を奪った相手だ! この機会に、必ずその尻尾を掴んで見せる!」
「ああ、レオパル様の御心! この行動を! 俺は決して無駄にはしない!」
 義憤と私憤、その両方に燃える『優心の恩寵』ポテト チップ(p3p000294)や『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)にそれを言うのは余りに酷というものであろう。
 証言者は公の敵(パブリックエネミー)だが、ポテトやリゲルの敵では有り得ない。また、その言葉に嘘があるか否かはレオパルが保証出来るのが幸いした。
 リゲル等はシリウスの言葉に嘘は無いと信じたく、レオパルはそれを保証した。ならば、事態は至極単純な局面となるのは必然だったと言えるだろう。
 証拠が無いならば挙げればいい。少なくとも一分一秒を惜しむこの局面で、伏魔殿の狸に時間を与える事は危険以外の何者でもないのだから。
「ただ、私たちがターゲットとしている例のアブレウ。
 高い名声を持ち、多数の政治家、貴族派の支持を受けていると聞きます。ならば、一歩間違えば、悪とされるのは私達にもなるでしょう」
 ユーリエの言葉にレオパルが「うむ」と頷いた。
「私は本件を陛下に告発し、即時の対処を申し出たが――その実、陛下からの最終的な了承は受けていない。
 つまり、今回の仕事は――動き出した聖騎士団も含め、私の独断、越権行為となる。
 相手がエルベルト・アブレウでなければ多少の咎で済みもしようが、今回敗れれば私とて無事には済むまい。
 だが、諸君も含めたこの正義の遂行が実らず終わるとは考えておらん。必ずや結果を挙げ、エルベルトの悪計を阻止せねばならぬ」
「ええ、信仰を理由に私腹を肥やし、己の欲望を満たすなど許されません!
 正しき裁きを下すために、彼の者の悪事、暴いて見せます――!」
『朝を呼ぶ剱』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)の声は凛と張っていて、まるで夜を切り裂く剣の如しであった。
 だが、今日の仕事は政治的な問題を捨て置いたとしても、決して簡単なものにはならないだろう。
 パーティが目指す目的地――聖都の中心部においても一際目立つ邸宅は、王宮におけるエルベルト・アブレウの権威と実力を誇示しているかのようだった。
 そして、それが佇む閑静な高級住宅街は平素の姿を残してはいない。
「天義聖銃士隊! 執政官と枢機卿が手を組んでるなんて!」
「……どうやら、衝突には間に合わなかったようだな」
『自由騎士』サクラ(p3p005004)とレオパルの言葉が示す通り、その命でエルベルト邸周辺を張っていた聖騎士達と天義聖銃士隊の小競り合いはパーティの到着を待つ事無く既に始められていた。
 アストリア枢機卿の一派である天義聖銃士隊がエルベルトの救援に動く事は想定されていた事態であり、同時にそれは両者の結託を意味する状況証拠に違いない。
「この調子じゃ、急がないと逃げられてしまうかも――」
「――うん、兎に角! 急いで乗り込まないと!」
『魔法騎士』セララ(p3p000273)は頷き、パーティは一気に動き出す。
 ヘイゼルや『黒陽炎』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)――イレギュラーズの要請を受けたレオパルの采配により、聖騎士団は主に天義聖銃士隊の抑えに回る手筈となっていた。
 市街地の混乱は否めないが、少なくともパーティが『乗り込む』邪魔になるのは上手くないという判断である。
 悲鳴と怒号の交錯する区画を一気に駆け抜け、アブレウ邸へ直進する。
 パーティの算段はエルベルト・アブレウの悪心の証拠を掴む事と、シフォリィ曰くの「本人という最大の物証」を抑える目的の追跡逮捕の両面である。パーティは事前の打ち合わせで、証拠の確保に動くのはヘイゼル、シフォリィ、ユーリエ、アンナ、ユゥリアリアの五人に、逃走を図るであろうエルベルトを追跡するのはレオパル、セララ、ポテト、リゲル、サクラにと決めている。
 間近に迫ったアブレウ邸に緊張感が高まった。
 一瞬のアイコンタクトを受け、パーティは打ち合わせの全てを正しく是認する。
(身勝手な正義。神の名の利用。
 唾棄すべき紛い物、『神を不在にした神の名の下に』――)
 内心で呟いたアンナの口元が皮肉に歪んだ。
(私が嫌悪するものが……家族を殺したものを体現する一人が、あそこにはいるのか)
 それが嫌悪の対象ならば、挫きたくならぬ筈も無く。
 アンナの心は何処か虚無めいていて――同時に沸き立つようでもあった。

 ――この上、誰が。『そんなもの』認められようか?
 
●邸宅侵入
「聖剣騎士団団長、魔法騎士セララ参上!」
 朗々とした名乗り口上は、何時だって彼女が温める決め台詞中の決め台詞――
「ここだけは腕の披露をする暇も無かったのです」
 一方でその指先だけで見事なピッキング――超能力の類なのだが――を見せるヘイゼルが肩を竦めている。
『一丸となっての侵入』には景気づけも必要だ。重厚な樫の扉を蹴破り、邸内へ雪崩を打ったパーティは明確な敵としてアブレウ邸へ侵入した。
「お行儀が悪くてすまないな。だが――」
「アブレウ執政官は何処か! 謀反の容疑で逮捕する!」
「――アブレウ執政官の執務室の場所を答えろ!」
 ふ、と笑ったポテトに続き、酷く強い語調でサクラが、ユーリエが私兵に詰問する。
 当然敵側は答える筈も無いが、彼が何かを言うよりも先に「上です」とユーリエは断定した。
 強い声で想起を誘い、リーディングで情報を掠め取る――この場は奏功した実に上手いやり方だった。
「……この狼藉、その言葉、ここがエルベルト・アブレウの邸宅と知っての事なのだな!?」
 ポテトの言葉にやり返す完全武装の私兵が目を見開き、声を張った。
 彼が見据えるのは『救世主』として名高いイレギュラーズ達であり、何より彼等と同道する聖騎士団長レオパルであった。
「当たり前だ」
 彼に応じたのはそのレオパルでは無く、リゲルの方だった。
「『ここがエルベルト・アブレウの邸宅で無かったなら、こんな事をするものか』」
 あの夜、父から聞かされた言葉を――真実を思えば故国(ネメシス)に巣食う諸悪の根源に向けられる感情も自ずと強いものになろう。
 白銀の刃を抜き放ったリゲルは構えを取り、兵を強くねめつける。
「邪魔をしないで貰おうか」
「……っ……!」
 十人のパーティに対して応戦の構えを見せた敵側の人数も同じく十であった。
 戦力の逐次投入をする程、敵側も愚かではあるまい。ならば、その事実が示す意味は――
「――先刻承知の案の定。アブレウはもうこの家を脱出したみたいだね」
 先の言葉の時の気配と、やけに少ない私兵の数を考えればサクラの推測は当然の結果となる。
 元より天義聖銃士隊を動かしたのはこの邸宅を脱出する為と推測されれば、この動きは予想通りである。但し、エルベルト側に十分な準備の時間があったかは難しい所である。また、小競り合いの有無に関わらず聖騎士団に補足されぬよう逃れんとしているならば、逃げ足はそう早いものにもなるまい。
「執務室は上ですか――では、ご本人の方はお任せします」
「時間は余り無さそうですねー。まぁ、これも予定通りという事で」
 シフォリィに相槌を打ったユゥリアリアの観察眼は邸内の様子を丹念に探っていた。
 証拠班の仕事はエルベルトに纏わる悪事の証明、断罪する為の材料を見つけ出す事だが、どうもこちらもそれより先に『荒事』である。
(執務室、寝室、応接室……探す場所は山とありますが、まぁ、そうはさせてはくれないでしょうからねー。
 暖炉は……あそこ、灰の量からして紙束が燃やされたという事はまだ無い、でしょうか)
 現状なれば十対十の同数だが、当然ながら追跡班はこの場に留まる訳にはいかない。
 ユゥリアリア等、イレギュラーズとてそれなりの経験を積み、私兵如きにそう遅れを取る心算は無いのだが、二倍は中々骨も折れよう。
 言外に『この後』を打ち合わせたパーティはそれぞれに動き出す。
「行きますッ!」
 鋭い声と共に放たれたユーリエの黒霧――ダーク・リバース・ヴァンパイア――は対抗する構えを見せた私兵の機先を制するものとなっていた。
 牽制と呼ぶには闇深き黒霧は少女の体力を、敵の生命力を同時に呑み喰らう邪法の一である。
「……っ!?」
「貴方も今日は運が悪いと言いますか――人間は大抵何時も運が悪いと言うべきでせうか」
 思わず怯んだ私兵の間合いをヘイゼルが奪っていた。
 彼女が傾ける四悪趣の酒は、瞬間の内――魔術的に生成された毒であり、灼熱であり、致命的悪意である。
 元の世界では対装甲目標に愛用されたその術は、当然ながら人間を相手にするには過分な代物に違いない。
「ここはお任せ下さいッ!」
「あちらもこちらも二人分――でも、正直」
 保護結界を展開したシフォリィは『想定される最も簡単な証拠隠滅』を許さない。
 シフォリィと同じくハイ・ウォールとなり敵の二人を阻んだアンナは儚煌の水晶剣を構え、イモータルクロスをひらめかせた。
「正直、二人じゃ『足りない』けどね」
 倒せるものなら倒してみろ、と言わんばかりの彼女は圧倒的な堅牢を以って敵を封じ込める――守り手に特化している。
 何処かの怪物ならばいざ知らず、こんな相手二人じゃ足りない――挑発めいた彼女に仕掛けた私兵が、成る程、至極簡単にあしらわれている。
「同感ですね」
 同じく受けにも優れ、同時に攻撃手としても高いレベルで機能するシフォリィはアンナの言葉にくすりと笑った。
「私達が『四人』受け持てば、数の差も大分縮まる――丁度いい数というものです、と、失礼!」
 S・エンラージュは流麗なる騎士には不似合いな――無骨な裏拳の一撃だ。手甲に痛打された私兵がくぐもった声を上げていた。
 見事な仕掛け、緒戦の勢いに怯んだ敵に対し、他方追跡班は入ってきたドアの方に後退を済ませていた。
 証拠班の為すべきは邸宅の制圧、即ち目前の敵の撃破であり、追跡班の為すべきは邸外へ逃れたエルベルトの補足という寸法だ。
「頼むわよ」
 敵を見据えたまま、振り返らずにアンナは言う。
 彼女の脳裏に過ぎるのは『正義』に断罪された家族の思い出。
 正義が何処から来て、何処へ行くのか――未だ答えは無く、如何な理由があったとて彼女がそれを『赦す』事は無いだろうけれど。
(『正義』ならぬ『悪』が人を陥れるなんて――ネメシスの冗談にもならないわ)
 悪い冗談のような『正義』がまかり通る国であったとて、それが正義ならば幾ばくかの救いはある。
 だが、エルベルトは――彼が造り出した『コンフィズリーの不正義』、彼がこの後も造るであろう多くの『事件』は決して看過し難きものだ。
 それは何の正義も帯びていない。この国の正義がどれ程に無慈悲で釈然としないものであったとて、それとはまるで次元の異なる悪に違いないのだから。
「これでどうでしょう?」
 ユゥリアリアの声に応え、床を割り、生え出た土塊の腕がその怪力で私兵の一人を叩きのめす。
「……あら、あらあら」
「怯むな、数は我等の方が多い! 一時耐えれば潮目も変わる。守りを固めて――押し潰せ!」
「やっぱり、まだまだ足りませんかー」
 邸内、ホールでの乱戦に敵兵が怒鳴り声を上げていた。
 事実、敵はイレギュラーズ程ではないが、決して弱兵では無い。
 ユーリエから続いたシフォリィの一撃に沈んでいないのがその証明。
 アンナやヘイゼルを捕まえるには至っていないとはいえ、戦意旺盛なのがその証明だ。
 正義が何処に所在しているにせよ、アブレウ派の兵達は彼が頼るだけではあり、高い忠誠心と遂行意識を持ち合わせているのだろう。
「……まぁ、簡単にはいきませんよね」
 構え直したシフォリィが誰に言うともなく言った。
「でも、この『証拠班』――結構どころか、かなり……強いですよ?」
 保護結界に解読、瞬間記憶、ステルス、ワイズキー、直感にリーディング、エコーロケーションにハイテレパス、ファミリア―、看破に捜索、極めつけはユーリエの『ミニアイテムポーチ』。これでもかと言わんばかりに捜索探索調査に振りに振った五人だが、シフォリィの言葉は事実である。
「ええ――ええ!」
 右手首の鎖は気付けば黒色に染まっていた。妖しくオーラを纏うユーリエの瞳が紅く染まっていた。
 証拠班が敗れ退くような事があればパーティの望むものが手に入らないのは必然だし、追跡班が『たかが倍の敵』に怯めば不正義は見過ごされよう。
 有り得ない。そんな事は有ってはいけない。
 彼等の覚悟は、彼等の仕事は『たかが倍』の障害に手間取っている暇は無いのだから!

●エルベルト・アブレウ
 拙速が巧緻に勝るシーンは決して少なくは無い。
 この仕事に掛けるイレギュラーズの強い決意が好判断を引き出したと言えるだろうか。
 エルベルトの不在を早い段階で看破した追跡班は、果たして聖都外への脱出を図るエルベルト一行をギリギリの所で補足する事に成功していた。
 天義聖銃士隊との小競り合いに巻き込まれたとは言え、レオパルの命を受けた聖騎士団が彼等の速やかな逃走の邪魔になったのは言うまでもない。また、その天義聖銃士隊をエルベルト達に近付けないようにと要請したイレギュラーズの考えも正解だったと言えるだろう。
「アブレウ!」
 張り上げられた声が裏路地に響いた。
 ざわめきと共に一行が振り返ったその先には――息の上がったポテトが居た。
「お前だけは黙って逃がす訳にはいかないんだ……!」
 天義という国の為にも、愛しい恋人の為にも――改めて語るまでも無くこの仕事が彼女にとってどれだけの意味を持つかは知れていた。
「こそこそと路地裏を逃げ回る等――貴方はそれでもこの国の高官か」
 誇り高く、正義を掲げる故国は『如何なる問題があったとしても』リゲルにとっては今尚、自身を形作る矜持の一つである。
 敬愛する父が、騎士団長が愛した『正義』は失われてはいけないものだと考えている。それがどんな呪いかを理解しながらも。
「ああ、だからか――貴方の『臭い』は嫌という程、鼻につく。この逃走劇を邪魔出来る程にはね」
「そうそう! 悪いヤツって言うのは分かり易いんだよね。本当に不思議だけど! 悪! って感じになるんだよね」
 小さく鼻を鳴らしたリゲルは、うんうんと大きく頷いたセララは文字通り雑踏に紛れる『匂い』を辿ってここへパーティを導いた。
 高級なオーデコロンの香りは如何にも庶民的ではなく、猟犬の如き嗅覚でエルベルトを追うならば十分な役に立っていた。
 特にセララは自身のファミリア―を証拠班に預け、語感の共有を行う事で『エルベルトの匂い』を確実に特定し、探索に移るという周到さであった。同時にそれはアンナがポテトに託した使い魔――そしてそれを介在したハイテレパスと併せて二班の状況をつぶさに共有する重要な方策として機能していた。
 追跡方法が匂いならば、人気と人通りを避けて動いたエルベルト側の慎重さもこの時ばかりは裏目。この手段に与したと言ってもいい。
「流儀じゃないな」
 全く、自身で自覚してその通り。
 先の言葉は、どちらかと言えば真っ直ぐな気質――直情径行と言ってもいい――リゲルにしては皮肉の利いた台詞だったが……
「魔種アストリアとの繋がりは解っている。貴様が月光人形であるということも!
 本当に自覚は無いのか? ――慢心とは哀れなものだな!」
 ……その先に続いた断定的な言葉は圧倒的に彼らしく『真っ直ぐ』だった。
「成る程、中々冒険心溢れる連中だ」
 苦笑したエルベルトは、一見しただけではまるで怪物には見えない。
 小柄で贅肉のついた体躯、手足は多少不恰好に短く、顔だちは美しいと呼べる程でもない凡庸なもの。
「流石に、レオパル殿が頼むだけはある。音に聞こえた勇者の行動としては些か無鉄砲に過ぎるかとも思うがね!」
 そんな彼は遂に自身等に追いついた追跡班を嘲りの混ざった苦笑で出迎えていた。
「だが、騎士君。後学の為にも覚えておきたまえ。
 この国では証拠も無く誰かを罪人呼ばわりする事は、罪深い事なのだ。
 増してやそれが功績高きアストリア枢機卿への侮辱ともなれば――神への挑戦にも等しき暴挙だ。
 ……レオパル殿、貴方も、もう少し後進をきちんと躾けるべきですな」
「言葉遊びを弄するな、エルベルト・アブレウ。私は貴様を逮捕する為にこの場所へ来た。
 貴様の言葉を借りるなら、彼等への侮辱は辞めて貰おうか。それを私は正義への挑戦と判断する」
「聞きしに勝る猪武者。第一、この件はタイミングからして陛下の了承も無き話でしょうに。
 これだから――そう、私は貴方にだけは関わらなかったというのにね」
 政治の怪物であるエルベルトの読みは絶対に状況を外さない。
 フェネスト六世は暗君では無いが慎重派である。その彼が『決断』に到るのはもう暫くの事と読み切り――果たしてそれは正解だった。
 但しエルベルトは同時にレオパルの独断先行をも決して有り難くない負の計算に入れていたのは事実である。
「貴様が潔白なら、私は伏して詫びた上、腹でも何でも切ってやろう。
 万に一つも有り得ないとは思うがな。貴様は我が天眼にその身を晒し、潔白を誓う事が出来るのか?」
 エルベルトは肩を竦めて嘆息した。
 我が心、君は知らずや――エルベルトからすれば不都合なる人物の『排除』にすら動かなかったのは一目も二目も置いていた『評価』そのものなのだが、当然それはレオパルに通じる話では無い。彼の辞書には不正義への不干渉等載っていないし、自身の立場を安寧に保つ事を優先するような人間でも無い。
「殆ど、答えに近いよね。その態度」
「一体、何を――何処までを企んでいるのかは知らないけど」とサクラ。
(追いつきはしたけど――簡単な話にはならない、ね)
 目を細めた彼女は聖刀の柄に手を掛け、状況を油断なく見据えていた。
 此方五人に対して、エルベルト側は本人も含めて十三人。
 私兵は凡そ二十名前後という話であったから、これで全てかという推測は立つが、成る程簡単な状況では無い。
(倒し切るのもそうだけど――何より、相手側はエルベルトを逃がす方に動くだろうから――)
 後の禍根を考えれば倒すか、逮捕して無力化するのが至上なのは言うまでもないが、その狙いは当然ながら敵側と真っ向から相反する。
 一瞬即発の状況は確かだが、会話が成り立っている以上、どう動いていいものか――パーティも敵側も間合いを測っている状態である。
「折角だから、もう少しお喋りしておこうか?」
 幾らか挑発めいたサクラにエルベルトは「どうぞ」とばかりに顎をしゃくる。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰って――ああ、答えるかどうかは任せるけど。
 そもそもこの状況は、先の月光事件でコンフィズリー、アークライト親子、レオパル様が出会った事により生み出された。
『市民の通報』による作為的な状況だって聞いたけど――これってちょっと不自然じゃない?」
 都合の良い善意の市民の通報が『これだけ極度に限定された偶然』を生むと考えるのは冗談が過ぎている。
 黙ったままのエルベルトにサクラは言葉を続けた。
「そう考えた時、例えばそう――こんな推論はどう?
『イェルハルド様を黄泉帰らせた魔種は敢えて真実を私達に知らせた』。
 貴方の不都合を知りながら、貴方を政治的に追い込む手を打った――
 ――つまり、貴方は自身がどう考えていたとしても、魔種アストリア達にとって欠かせざる存在じゃないのよ」
「仮定の話に仮定の返答をぶつけるのは、至極馬鹿馬鹿しい気もいたしますがね、お嬢さん」
 銀縁の眼鏡の奥で輝く知性の瞳がせせら笑う。
「第一に、私は『月光人形』の仕掛け人と知己では無い。
 当然ですが、この国の誠実なる忠僕である私はかような恐るべき騒乱に関わっていない。
『貴方達が如何なる真実を吹き込まれたかは存じかねますが、恐るべき魔種の姦計、離間の計略に踊らされる現状は心さえ痛む位だ』。
 事実無根を基に、邪悪共が姦計を持ち出す事等、多々ありましょう。当然ながらそれ等は私の都合等気にはしない。
 それにね、もう一つ。月光劇場の魔種は兎も角、アストリアと私は長年の付き合いだ。
 彼女にとって私が必要かどうか、また私にとって彼女が必要かどうか。
 そんなものは断片的な情報しか持ち得ない余人の決める事ではない。アレの人格を称賛こそしないが……
 諸君がどれだけ彼女を悪く言おうとどう考えていようとも、友人を信じるのはこの国も推奨する美徳だと思うが、如何かね?」
 文字通り一分の隙も無い『予定通りの反論』にサクラは「成る程ね」と苦笑した。
 レオパルはお世辞にも政治が上手いタイプではないが、彼が強行したのも頷ける。この怪物を理で仕留めるのは困難だ。
「逃走後の君の計画なんて全部お見通しだよ。言い当ててあげる」
「ほう」
 後詰めに言ったのはセララである。
 彼女の仕掛けは『そう呼び水を向け、エルベルトがそれを考えた時に思考を盗む』ものであるが……
「その計画とは!」
「どうぞ?」
「……卑怯者って、だから卑怯者だと思うんだよね!」
 他ならぬ彼は少なくとも自身の思考を盗ませるような事はしない。
 手段があるならば当然対策も存在し、その点抜かりの無い男なのである。
「えーと、このまま聖都を脱出してすっごく悪い事するでしょ!」
「例えば、そうですね。あくまで例えですが……
『聖都外へ脱出して、用意した戦力と合流、聖都のアストリアと共謀して魔種の企みに乗じたクーデターを引き起こす』とか?
 そうとでも言えば、貴方達は納得するのだろうね?」
「――――」
 臆面なく言ったエルベルトに流石のセララも絶句した。
 彼がレオパルをも目の前にこんなお喋りに興じる理由は分からない。
 しかし、唯一つハッキリしたのは。
「うーん、ボクも今ので何となく分かったかな。『キミと問答しても無駄だ』って事は」
「それは重畳」とエルベルトは微笑む。
 戯言のやり取りがここまでならば、次は言わずと知れた荒事である。
 イレギュラーズはエルベルトを逮捕する為に、エルベルトはこの聖都から逃れる為に――大立ち回りが始まった。
「行くぞッ!」
 或る意味で万感を背負ったリゲルが『凍星』を携えて飛び込んだ。
(うん、こっちの方が得意かな――『不正義』なのかも知れないけど)
 さる剣客ならば拍手を以って肯定しよう『暴力的解決』はその実、このサクラにとっても抑圧してきた得手である。
「リゲルの背中は私が守る!
 だから――だから、シリウスさん達の分もアブレウの不正義を糺してくれ!」
「ああ、ありがとう!」
 声を張ったポテトにリゲルは背中で応え白刃を一閃する。
 相対した父はこんな甘い相手では無かった。目指す大壁はこんな苦難をものともしまい!
「さあ、もっと来い!」
 果たして、倍する数を有する敵をレオパルの巨体が受け止めた。
 パーティを守るその影から飛び出したのは、
「ボクの技の冴え、見せてあげる!」
 自他共に認めるローレット有数の使い手、セララによる剣劇であった。
 ラグナロクとライトブリンガー、二振りの『聖剣』の織り成すセララスペシャルに一人の私兵が斬り倒されていた。
「どう、そろそろ降参したくなってきた?」
「……ま、逃げを打たせて頂くのは予定通りですがね」
 エルベルトの温い笑みにはこれまで程の余裕――軽侮は存在していなかった。
 猛烈に攻め始めたイレギュラーズを前に徹底した応戦と足止めを命じた彼は少数の護衛に守られながら距離を引き離していく。
 実際の所、これを止めるのは困難だった。一人一人の戦力は兎も角、状況上物理的な抑えは利かず、逃げを打つ彼を止めるのはこの数では不可能に近い。
 とは言え、証拠班をこちらに回していれば隠滅の恐れは確実で――尚且つ敵側に挟撃された恐れさえある。やはり厄介は、脱出に講じるエルベルトの采配だった。
「お喋りに付き合った理由を教えましょう」
 やや焦りを見せたイレギュラーズにエルベルトが言葉を投げた。
「言い換えれば、諸君に私のキャラクターを良く理解して頂きたかった。
 実を言えば、私は仕掛けを済ませているのだ。
 場所は王宮、そして私の邸宅。陛下やお仲間の御身に何事も無ければ良いのだが」
「そっちに何か罠があるかも知れない――気をつけろ!」
 ポテトが鋭く叫ぶ。それは邸宅に居るアンナ――証拠班に向けた警告だ。
「――!?」
 同様にレオパルの表情がまともに歪んでいた。纏わりつく私兵は戦力的に彼の敵ではないが、身動きを封じる邪魔者だった。
 そして彼はパーティのように王宮に直接情報を届けるホットラインを持ち合わせてはいなかった。
「私は諸君に言わせればきっと嘘吐きだからね。これも単なる戯言に過ぎないかも知れない。
 邸宅の仲間にも、王宮の陛下にも何事も起きないかも知れない。しかしね」

 ――結局、諸君はその可能性を無視出来ない。
   ましてや、殆ど目の無い私の逮捕と天秤にかけてそちらに重きは取れないでしょう? 少なくとも、ねぇ。レオパル殿は。

 レオパルの天眼が青く輝き、彼は小さく呻きを上げる。
 彼のギフトはその言葉が『嘘であるかどうか』を瞬時に見抜く。
 このギフトを防ぎ得るのは例えばヘイゼルの『Complex Ω』のような対抗になるギフトだけであり、エルベルトも持ち合わせてはいない。
 故に彼は不明瞭な言葉で不完全な真実を語る。
 そして、『嘘であるか無いかだけで言えば、エルベルトの言葉は真実だった』。
 多少の苦戦こそあったものの証拠班の活躍によりアブレウ邸は制圧された。
「証拠はこれで十分でしょうかー」
 巧妙に隠されてはいたものの、形がある以上、ユゥリアリアの看破から逃れ切るものではない。
「しかし、出るわ出るわ……良くもこれだけ溜め込んでいましたわねー」
 エルベルトの悪事の数は、ユゥリアリアに呆れさせる位の代物だった。
 ありとあらゆる探索の手段を有した彼等は首尾良くエルベルトのクーデター計画、アストリアとの繋がり――それをも含めた悪事の証拠を発見するに到る。
 エルベルト・アブレウ王宮執政官とアストリア枢機卿はかくて天義の『敵』と認定される事となる。
 だが、或いはその露呈は最早彼等にとって必ず隠し遂せねばならない最優先では無かったのだろう。
 恐らくは『優先順位の問題』に過ぎなかった。
 時同じくして、聖都に幽冥の刻が来る。七罪の呼び声は強欲を望み、地獄の釜の蓋は開こうとしていた。
「……しかし、いい性格をしているのです」
 ヘイゼルが指で弾いた道化人形が笑っていた。
「何だか、俄然やる気にさせてくれる人みたいですね」
「本当に。『嫌な予感の塊』です」
 シフォリィが言い、苦笑めいたユーリエが頷いた。
「仕掛けよね、確かに仕掛けてはいたわよね――」
 直接相対しなかった敵だが、やはりアンナにとっても忌み嫌うべき相手だと納得出来たとも言える。
 確かに彼は『玩具のびっくり箱を仕掛けていた』。
 レオパルを逆手に取り、嘲り笑い。
 ともあれ、どんな結末を望もうともその時は来たと言えるのだろう。

 ――冥刻の蝕みは絶望の形を描いて、嗚呼。戦いの時はやって来たのだから。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 YAMIDEITEIっす。
 かくて、エルベルト悪心の証明は為されました。
 レオパルやイレギュラーズは罪に問われる事は無く、事態は次のフェーズへ。

 つまり、怒涛の決戦なのです。
 シナリオ、お疲れ様でした。

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