PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<クレール・ドゥ・リュヌ>罪罰コッペリア

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●例外事象
「恩に着る、と言えばいいか」
 目前で自嘲を帯びた苦笑を浮かべた初老の男には苦悩の色が積み重なっていた。
 状況に酷く疲れ果て、五十代半ばという年齢以上に老け込んで見える彼に、騎士――シリウス・アークライトは小さく首を振ってみせた。
「いえ、当然の事です」
 理知的にして篤実たるシリウスの口調はこの天義(ネメシス)で理想的な俊英の一人と謳われた当時のものと変わらない。将来を大いに嘱望され、末は聖騎士団の重鎮かと期待された彼が任務の最中で行方を消したのはかれこれ数年前の出来事である。
 国民が、峻厳の白獅子が、フェネスト六世すら大いに惜しんだ彼の失踪はフォン・ルーベルグで話題を集めた『悲劇』だった。彼の残した子、『死力の聖剣』 リゲル=アークライト (p3p000442)が天義上層に否が応無い期待を受けるのは、その血筋も完全に影響がないとは言えないだろう。
 さて、そのシリウス・アークライトがこの場に居る。
 大いなる苦悩を抱えた一人の男と共に。
「大恩あるコンフィズリー卿の為と思わば、この程度。
 むしろ、我が身、我が手、我が剣が――今一度貴方のお役に立てた事、これ以上の僥倖はありません。それは我が悲願であり、我が贖罪でもあるのですから――」
 その一言が動乱のフォン・ルーベルグに訪れた例外事象――強欲の冠位が『クレール・ドゥ・リュヌ』と称する大舞台に存在する新たにして重大なキャストの正体を告げていた。
「すまない」と頭を垂れた彼の名をイェルハルド・フェレス・コンフィズリーという。
 言わずと知れた近世天義の汚点、『コンフィズリーの不正義』の主役であり、没落したコンフィズリー家の前当主、あのリンツァトルテ・コンフィズリーの実父であった。
 ネメシス王宮という伏魔殿より『帰らなかった』彼がこの場に居る意味は、シリウスのそれとは大いに異なる。あくまで『行方不明』とされているシリウスと異なり、王宮の中の事情通はイェルハルドが処された事を知っている。つまり彼は今フォン・ルーベルグを騒がせる黄泉帰りの一端であるという事だ。
「……しかし、本当に良いのか、シリウス。
 卿も今は――うむ、今は『色々と』立場もあるのだろう?
 卿の仲間こそ、今この国を揺るがす根源に当たる、のだろう?」
「そしてわしが今この場に居る理由でもあるのだろう」とイェルハルド。
「御気に為されますな」とシリウスは慮るイェルハルドを一蹴した。
「我が身、冥府魔道に堕ちようとも、何を為すべきか決めるのは我が信念のみ。
 元より、貴方に生かされたこの命――生かされた以上は、このネメシスでは叶えようのない真の大願(せいぎ)を遂行せんと誓った想いは一つも曇っておりません。
 ……この国に正義が無いならば、劇薬を以って制するのも良いでしょう。
 さりとて、私は貴方に道化の真似事をさせる心算は無い。
 返しきれぬ恩を受け、リンツァトルテから父を奪った私が――どうしてそんな事を出来ましょうや」
「うむ……」と重く唸ったイェルハルドが大きく息を吐き出した。
『月光人形(クレール・ドゥ・リュヌ)』なる罪業を背負わされた者共は今、まさに聖都を動乱の渦に落としている事だろう。自我はある。記憶も曖昧ながら存在する。そんな自分も本来ならば愛する息子の元へ赴いて、彼を『呼ばねば』ならなかった事だろう。
 されど、そうならなかった理由がこのシリウスだった。
 七罪なる女の『舞台』をサポートする魔種達の一人にシリウスが居た事がイェルハルド最大の幸運だった。黒衣の女に「私にお任せを」と進み出た彼はイェルハルドを手元に残し、リンツァトルテとの接触を『禁止』したのだ。イェルハルドが比較的状況を正しく理解しているのも無論、シリウスの説明によるものだった。
「聖都には奥方も居た筈だ。彼女(ルビア)については」
「我ながらの偽善――感傷、他人を侵そうとするのに愛する者だけは守りたい等と。騎士の風上にも置けぬ卑怯に違いありますまいが、彼女の身に類が及ばぬよう手を回しております。故に、卿はせめて、この動乱が静まるまで――心安らかに」
 全ての説明を終えたシリウスにイェルハルドは重く深く頷いた。
 我が手を汚さなかったとしても何かが変わる筈も無い。
 目の当たりにした訳ではないが己の行動から『不正義』の烙印を押されたコンフィズリーが、リンツァトルテが歩んだ道のりを考えるだけで目頭が熱くなるのも事実。
 だが、愛しい息子を抱きしめる事は叶わない。
 シリウスがルビアを抱きしめる事が出来ないのと同じように。
 それは約束された不幸を呼ぶ事しかないのだから――
 何事もなかったのならばこれは物語の幕間に過ぎまい。
 されど、不都合ばかりのこの世界はそんな優しさを認めまい。
 むしろ不具合ばかりを『都合良く』。この時、既に不穏の影を認めたという通報を持ちて、二人の元にもネメシスとローレットの戦力が接近しようとしていた。

 ――余りに濃密な運命を、因縁をその手に携えて。

GMコメント

 YAMIDEITEIっす。
 EXですが、重要な同行NPCが二人居る為、参加人数は八人です。
 以下詳細。

●任務達成条件
・『月光人形』の破壊

●状況
 フォン・ルーベルグで同時多発的に生じた狂気伝播事件。
 これをローレットのレオンは魔種の仕業であると考え、多発していた『黄泉帰り』が狂気を伝播させるアンテナの役目を果たしていると読みました。
 ネメシス指導部と共同作戦をとったローレットはフォン・ルーベルグ及び近郊、黄泉帰りの関与が疑われる暴動等の鎮圧に動き始めましたが、その内の一件、市民の通報によって連合部隊が派遣されたのが本件です。

●同行者
『峻厳たる白の大壁』レオパル・ド・ティゲール 及び『不正義の騎士』リンツァトルテ・コンフィズリーが同行します。
 レオパルはとても強く特に耐久性が高く回復やBS解除の支援もこなします。
 リンツァトルテはそれなりの腕前で足手まといにはならない程度です。

●シリウス・アークライト
 行方不明になった元天義騎士。
 メタ的に言うなら彼は現在魔種となっており、黄泉帰り事件の首謀に連なる者です。
 PCは現場で遭遇するまでは彼が相手である事は知りません。相談等は知っている前提で打ち合わせをしてくれて大丈夫です。
 シリウス・アークライトは将来を嘱望された俊英で、レオパルの『先輩』です。レオパルは彼を慕っていました。(年齢的にシリウスの方が幾つか上です)
 能力は不明ですが、騎士としての剣の腕前は相当のもので魔種と化した今となってはとんでもない強敵になっていると言えるでしょう。

●イェルハルド・フェレス・コンフィズリー
 コンフィズリー家の前当主。リンツァトルテの実父。
『コンフィズリーの不正義』で帰らなかった人。彼を倒す事が依頼の達成条件となりますが、リンツァトルテがどういう反応をするかは読めない所です。

●髑髏騎士
 全部で十二体。甲冑を纏った骨の騎士。シリウスに貸し与えられた兵力。
 近接攻撃を中心にしますが、遠距離攻撃もこなします。
 毒、出血系の殺傷力の高いBSを備え、攻撃に呪いと呪殺属性を帯びます。
 又、全ての個体が自己再生能力を持っています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

 失敗も十分有り得ます。
 又、展開次第で今後のストーリーに影響を与える可能性があります。
 以上、宜しければ御参加下さいませ。

  • <クレール・ドゥ・リュヌ>罪罰コッペリアLv:12以上完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年05月29日 22時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種
ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)
黒武護
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
コロナ(p3p006487)
ホワイトウィドウ
アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)
<不正義>を知る者

リプレイ

●月光劇場I
「まさか」
 まさに呆然と――『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が漏らした呟きは殆ど虚脱の色を帯びていた。
 背後から頭を殴りつけられたかのような衝撃、こめかみの奥をジリジリと焦がす熱、胸の奥から競り上がってくる形にならない感情。
 歓喜にも吐き気にも似たその感情の正体を彼が理解するよりも早く。
(……リゲル……)
 そんな彼の手を『優心の恩寵』ポテト チップ(p3p000294)はギュッと握っていた。
 動乱のフォン・ルーベルグ――揺れる聖都を彼等が訪れた理由は明白である。先の黄泉帰りから続くと見られる一連の事件――月光劇場に対応すべくネメシス上層とタッグを組んだローレット、彼等を含むイレギュラーズ達は、まさに現在進行形で死力を尽くして事態の収拾に当たっている筈である。
「まさか――」
 心配そうに自身の横顔を見上げたポテトに応じる余裕も無く、リゲルは詮無くもう一言を吐き出した。
 彼の青い双眸が見つめる先には有象無象の髑髏の他、一人の中年の男と白き甲冑に身を纏う騎士が居た。
「レオパル様、リンツ様と共に戦線に立てるとは光栄です、と思いましたら。しかし、どうにも――『役者が揃いすぎている』状況のようで」
『ホワイトウィドウ』コロナ(p3p006487)の言葉は全く状況を正しく示していた。
 精霊に先を訪ねたポテトにより、行く手に問題が――敵が居るのは分かっていた。しかし、その『敵』はいざ目の当たりにすれば余りにも強い衝撃を孕む、特にこのリゲルともう一人、一言も発しないリンツァトルテ・コンフィズリーにとっては、到底尋常なる心持ではいられない程に大きな意味を持った存在であった。
 シリウス・アークライトとリゲル・アークライト。
 そしてイェルハルド・フォン・コンフィズリーとリンツァトルテ・コンフィズリー。
 聖都動乱の中、出来過ぎた『偶然』は離れ離れだった運命の糸を縺れさせるように二組の父子(おやこ)をここに集めたという事だ。
 よりによって聖騎士団長レオパル・ド・ティゲールと騎士リンツァトルテ・コンフィズリーを伴った一行がこの場に出会ったのは偶然と言えるのかどうか――
「因縁絡む戦場ですね。まるでレオパル様とリンツ様しか動けないことを知った上で通報されたかのようです」
「成る程、『彼女』はそう甘くは無いという事か――」
 コロナの言葉は夜に密やかに潜む悪意を見透かしているようであり、応じたシリウスは彼女を睥睨して独白めいた苦笑を浮かべていた。
「久しいな、リゲル。壮健なようで何よりだ」
「父上――」
 敵味方にしては余りにもそぐわないその一言にリゲルは漸くその一言を吐き出した。
「父上、父上は一体何をっ――!」
「まさか、魔種に」というその一言を辛うじて呑みこみ、それをそう信じたくなかったリゲルは前に出かかった。
「待ちたまえ」
 そんな彼を庇うように手で制し、一歩前に出たのはレオパルだ。
 まだ何かを言おうとするリゲルに代わり彼は真っ直ぐに『敵』を見る。
「――シリウス殿、まさかこんな現場で貴殿に出会うとは。その有様、その位置、『そういう事』で宜しいか」
「其方はレオパルか。君も随分と歳を食ったな――」
「最悪の再会と言えましょうな、残念ですが」
「君らしい。だが、感謝しよう。『今のやり取り』で君の実直さはかつてのものと何一つ変わらない事はあい分かった」
 旧知の二人に語り掛けるシリウスの語調に棘は無く、但しこの再会を懐かしむようでもあり、悲しむようでもあった。
 だが、そのやり取りはリゲルの頭を過ぎった『可能性』を確実に肯定するものである。
「父上は――『黄泉返った』のですね?」
 リンツァトルテの確認に「うむ」と頷いたイェルハルドの表情には苦悩が浮いていた。
「おうおう、盛り上げる心算たっぷりじゃねぇか、雑魚共が」
 一方で『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が半眼で見据えた髑髏の騎士達は、そんな『本丸』を守るように蠢いていた。久方振りに見た愛息の姿、出会ってしまった彼に諦念を見せるイェルハルド、シリウスとは相反するようにざわざわとした敵意を隠していなかった。
「だが、最強のおれさまが居るんだ。安心していいぜ」
 歯をむき出しにするようにしたグドルフはあくまで不敵に笑っていた。
 高等な知性を見せる魔種と月光人形とは一線を画す『兵隊』は本能で現れた一団が相容れぬものである事を理解しているようでもある。
「あの、人形は、だめ……魂のない人形なのに、前に見たものより、精巧になってる。
 騎士様方、あの懐かしき人々に、魂は入ってない、のです。
 あくまでなぞってるだけの、泥の人形です。真実を語れるのは、生者だけ、なのです――」
「改めてそう言われれば、こんなに複雑な事は無いな」
『黒鴉の花姫』アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)が月光人形――イェルハルドの在り様を看破すれば、リンツァトルテは苦笑するしか無い。
「改めて言うまでもありませんが、語られるその言葉が全て真実でも、此度の事件の黒幕にどう歪められているか……お気を付けて」
「皆まで言われるまでもない。だが、ありがとう」
 コロナの声にリンツァトルテが頷いた。
 ここに来るまでの道のりで黄泉返りと月光人形についてイレギュラーズより説明を受けていたネメシスの二人だったが、いざ肉親を目の当たりにすればその衝撃は小さく無かろう。
 当然と言うべきか彼等がどう考えるか、どう動くかは今夜のイレギュラーズにとっての最大の関心事の一つであった。
 今の所、レオパルもリンツァトルテも冷静に見えたが、彼等が裏返るような事があれば最悪の展開だ。間違いなくそんな事の無いように――誰もが注意を払っていた。
「まったく、蘇った人もかわいそうだよね。自分の手で大切な人を堕とす手伝いをさせられるなんて」
 まるでそんなイェルハルドに同情するかのように『ムスティおじーちゃん』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)が呟いた。
「誰がどんな正義を信じようと知ったことではないが、正義を語る奴のせいで犠牲になるのはいつだって『名も無き人々』なんだよ。
 彼らが望むのは『当たり前の明日』だ。お呼びじゃねぇんだよ、魔種共が――
 ああ、事情はあるんだろうよ。そうしたくなる理由はな。
 だが、天義がどういう国だろうが魔種となる理由にはならん。何をするにしても魔種である必要性はない。
 特にこの国の人間なら、それが行き止まりなのは分かっていた筈じゃあ無いのか」
 一方で厳しい口調で――吐き捨てるようにそう言った『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)の語調は厳しい。
 同情的なムスティスラーフの言葉も、厳しいハロルドの言葉も等しくイレギュラーズの本音であろう。
 人の痛みを理解しない彼等ではないし、如何なる理由、如何なる事情があれどこの場には元より何の是非も無い。
 陣営を違えた二組の父子は否が応無く互いを否定し合う他は無い明確過ぎる『敵』である。
 数奇にして皮肉な遭遇は程無く始まる戦いを予感させるもの――それをどうにも否定しない現実に過ぎまいが。
『一体、誰がそんな事を望んでいたのか』と考えれば、どの言葉も全く正鵠を射抜いていると言えるだろう。その証拠に二人の顔は厳めしく苦々しい。
「問うまでも無く、退く心算はあるまいな」
 嘆息めいたシリウスの言葉はまるで「叶うなら退け」と望んでいるかのようでもある。
 されど、それは彼がそうと知る通り、当然叶わない願いである。
「リゲル、リンツ――これから、うん。これから二人は辛い思いをするかも知れない。
 だけど二人とも一人ではない。傍に居て支えてくれる人たちが居る。
 その人たちを信じて悔いのないよう進んでくれ――背中は私達が支えるから」
 シリウスの言葉に応えるではなく、答えを返したのはポテトの強い言葉。
「二人の夢は何ですか? 私は皆が笑顔で溢れる世界にする事が夢です。
 笑顔になることは、大変かもしれない。笑顔でいることも、大変かもしれない。
 けど……その夢の為の未練は、もうたくさん。
 二人には後悔してほしくない。全て、何時だって――悔いのない、選択を!」
『愛の吸血鬼』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)の心よりの呼びかけだった。
「――ああ」
 頷いたリゲルの、リンツァトルテの瞳には何かの意志が燃えていた。
 目前に立ちはだかるのは誰より敬愛した父であり、今阻止せねばならない敵だった。
「月光人形は魔種の物……その討伐は必須。だが、リンツ様にせよ、俺にせよ。聞かせて貰う話はある」
 死力の聖剣は、不正義の騎士は銀の刃を抜き放つ。
 曇りの無い煌めきは月光を跳ね返し――それが開演のベルになる。

●幕間I
 清廉と潔白の聖教国に激震が走ったのはまさに青天の霹靂だった。
 遠き建国の昔より多くの貢献を積み重ねてきたネメシスきっての名門たる『コンフィズリー』による不正義は宮中、民間を問わず口の端に上ったスキャンダルとなったのである。
 コンフィズリー程の名家が実に内々に処断を受ける事となった事実はそれ位に異常な出来事だった。
 ネメシス絶対の正義の司る大裁判所の裁きを経る事も無く、あくまで宮中で完結したその出来事に陰謀を口にする者もあった。
 翻って「コンフィズリーはそれ程の大罪を犯したのだ」と中央を擁護する者も居た。
 多くの者が興味本位、或いは真剣な動機をもってこの内実を探らんとしたが――結果は芳しいものでは無かった。
 幾度かの事件や関連した人間の逮捕を経て、事態はやがて風化していく。
 何一つの解決を見なくても、都合の悪いものをつまびらかにしなかったとしても。
 朝はやって来るし、山積する大小様々な問題は待ってはくれない。
 国家上層もこれについては多くを語らず、唯その事件は公正と正義を標榜するこの国の『恥部』とだけ扱われる事となる。
 誰もが釈然としないままに、『コンフィズリーの不正義』は過去のものと成り下がり、その意味を失っていったのだ。
 唯一人残された嫡男、リンツァトルテ・コンフィズリーにとってを除いては。

●月光劇場II
 毒を盛られれば人は死ぬ。
 火で焼かれたら人は死ぬ。
 氷で凍てつけば人は死ぬ。
 血を流しきると人は死ぬ。
 運が悪かったら人は死ぬ。

 それが人であろうと、人為らざる何かであろうとも――
 墓守(アイリス)の見た五死は、その再演は格好の現場を逃さない。
「最低でも、足を引っ張らないようにしないと……だからね」
 言葉程の謙虚は無く、敵陣を――死そのものであるかのような髑髏騎士達の間を『追いかける死』が舞った。
 パーティの作戦は極力早く敵の波を切り開き、目的達成(イェルハルド)への最短距離を狙う事である。
「凍てつき眠りなさい、死者よ」
 静謐を帯びたコロナの声が力あるルーンを呼び起こす。
 破壊の呼び声に応えた無数の雹が敵陣を叩き、無差別に暴れ、襲い掛かる。
「おら、かかってこいよ! この聖剣の光が怖ぇのか!?」
 夜を斬り裂くように『光明』が声を張り上げた。
 髑髏騎士達を引きつけるように動いたのはこのハロルドと、
「ウジャウジャとうざってえ! 親子の対面だ、野暮な邪魔すんじゃねえよ!」
 豪放磊落に言い放ち、抜群の存在感を発揮したグドルフだった。
「うらぁッ――!」
 裂帛の気合を帯びて放たれたグドルフの無骨な一撃が手近な骨騎士達を薙ぎ払う。
 パーティの狙いは言うまでも無く月光人形――つまりイェルハルドの破壊である。
 自身等に勝る敵の数、ジョーカーであるシリウスの存在を鑑みればこの仕事が簡単な筈も無く。
 まず派手に暴れ始めた彼等は自身等に敵の注意を引き付け、更には道を切り開かんとする決意と覚悟を帯びている。
 敵の態勢を崩したならば、次の出番は『主砲』である。
「レオパルさん、防御は任せた!」
「うむ、勇者らしく――存分に力を振るわれよ」
 ムスティスラーフの前に立ちはだかるのは峻厳たる白の大壁。
 ハロルドと同様に多くの敵に狙われる彼だが、流石の堅牢さで脆い彼へ攻撃を通す事は無い。
 最強の盾を備えたのが最優の矛ならば話は早い。
「この攻撃に僕の全てを注ぎ込む――勝利への道、切り開いてみせる!」
 ムスティスラーフという男が持ち得る鬼札、威力と射程距離、貫通力を併せ持つ緑の閃光(むっちほう)はまさに敵の黒き波を焼き払う。
「ほう……」
 イェルハルドまでもを狙い、後方に突き抜けた一撃にかのシリウスすらもが感嘆の声を上げていた。
 否、彼が少なからず驚いたのはむっち砲の威力のみならず、実に堅実に戦いを進めんとするイレギュラーズ達の『総力』にであったのかも知れない。
「リンツさん!」
「――ああ」
 一方でユーリエはイェルハルドに接近を試みるリンツァトルテを援護する構えを見せていた。
 少女より放たれた黒霧は受けたダメージにもすぐに再生を試みる髑髏騎士を狙う吸血鬼の蝕みであった。
『侵食』にカタカタと音を立てた髑髏騎士を正眼にリンツァトルテの白刃が叩き割る。
「はじめは関係のない国だったけど、今は私にとっても大切な国だ――私はこの天義を守りたい。その為に全力を尽くす!」
「ありがとう!」
 一方で後方、イェルハルドの横に陣取る最大の障害――即ちシリウスを目指すのは言わずと知れたリゲルであった。
 自身の傍らに立ち、その背中を守るポテトと共に彼は近くて遠い父の影を目指していた。
(問いたい事は山とある。この先どうなるかは俺にも分からない――けれど!)
 今夜はリゲルの望んだ戦場である。
 どんな形にあろうとも故国を守り、刃を振るう――その気持ちに偽りはない筈だった。
 髑髏騎士の刃を白刃で跳ね上げ、一撃をお見舞いする。
 少なからず反撃を受け、その柳眉が歪もうとも――彼の傷はポテトが癒す。
「おうおう、見せつけてくれるじゃねぇか!」
「ゲハハ」と特徴的な野太い笑いを見せたグドルフが「負けてらねぇな?」と水を向ければ「当然だぜ」と応じたハロルドが一層に気を吐く。
「そんな温い攻めじゃ聖剣リーゼロットが折れないぜ。
 おっと、こっちは気にせず――シュトラール、そいつを月光人形の所に連れて行け!」
 成る程、多数の敵を相手に大立ち回りを演じるハロルドは言葉の通りに壮健である。
 口元に獰猛な笑みを浮かべた彼は大凡勇者らしくは無く、誰よりも勇者らしい風格を見せている。
 当初より乱戦めいた戦いは実に無軌道に進んでいた。
 受けに優れるハロルドやグドルフも多勢を相手取れば傷付く事は否めず、しかしこれをコロナやユーリエの援護が照らす。
 個の力では幾らか髑髏騎士に勝ろうイレギュラーズ達は彼等を良く受け止めていたが、如何せんしぶとさと厄介さに振り切った敵は簡単に減じるものではない。
 それでも、一進一退の攻防の中でムスティスラーフの火力を頼りにポテトの援護を受けたリゲルが目指すシリウスに肉薄せしめんとしたのは――ある種の執念の為せる業だったのかも知れない。
「――父上!」
 全身の膂力をまさに爆発させ、炎星-炎舞による火陣を放ったリゲルにシリウスは目を細めていた。
 続け様に放たれるのは凍星-絶対零度――即ち、星凍つる剣の舞をシリウスの魔剣が受け止めた。
「前にも教えた筈だぞ、リゲル」

 ――踏み込みは、斬撃の命だと。


「だが、随分と強くなった」
 銀の剣を弾き返した黒い魔剣の切っ先が揺らめく。
 息を呑んだリゲルは咄嗟に身を翻しかけるが、そんな彼の腹に突き刺さったのはシリウスの長い脚だった。
「――ッ!?」
「敵の手が常に一つだとは思わない事だ。それに、『抑える』為の戦いでは――私は決して止まらんぞ」
 父の言葉は在りし日を思わせるものであり、厳しくも温かいその調子は何一つ変わっていない。
 立ち位置を決定的に違えても、だ。リゲルは、父が反撃を魔剣で放たなかった事実を彼の情だと自惚れたくもなる。
「肝に銘じます!」
 だが、頭を振ったリゲルはあくまで彼に追いすがる。
 この戦場で最強のジョーカーたるのはまず間違いなく魔種であろうシリウスである。もし彼をまともに受け止められる存在が居るとするならばレオパル位なものだろうが、多数の敵を引き付け主砲たるムスティスラーフを守る彼が早晩シリウスに相対するのは難しい。
 そも、リゲルが肉薄するに道を切り開く事が必要だったならば、やはりこの役目は彼に拠るしかないのである。
「父上にもお考えがあってのことでしょう。
 ですが、何があったのか――今何を目的としているのか……母上の為にもお聞かせ願います!」
 運命も、動機もこれに勝るものは無い。
「私も同感です」
 呼吸を弾ませるリンツァトルテもまたイェルハルドへ問いを向けるしかない。
「あの日、あの時、一体何が起きたのか。『何故、当家は不正義とされなければならなかったのか』」
 何かの確信を帯びたかのようなその言葉にレオパルの眉が動いた。
 イレギュラーズにも疑問はあったのだ。『コンフィズリーの不正義』なる天義の汚点はまったくもって不具合に満ちていた。
 公明正大と正義を最上とするこの国で起きた不可解な処断も、レオパルのような潔癖な男がそれを看過してきた事実も。
「――何があったか、か」
 自身を十重に守る髑髏騎士も些か押され気味ではある。
 故にか、何も語らずに滅びる事を確かに厭うたからか――虚無めいた笑みを浮かべたイェルハルドは口の端を歪めていた。
「わしはそれを語る事を望まない。だが、リンツァ、そしてリゲル――お前達は知る事を望むのだな?」
 月光人形として望まぬ世に引き戻されたイェルハルドの望みは――残した息子を罪業のコッペリアに引き込まぬ事に他ならない。
 自身で滅びる事も許されぬ彼が、シリウスという庇護者を得て望んだのは――破滅の時間の引き延ばしに過ぎなかった。
 ベアトリーチェ・ラ・レーテが望む月光劇場を『拒絶』する事のみが、消極的な願いに他ならなかった。
 しかしながら、それも最早意味が無い。
 こうして相対し、感情を揺さぶり、原罪を『望まれた』ならば――下手な隠し立てはより深刻な猜疑を煽り、破滅を燻らせるばかり。
 故に、イェルハルド・フォン・コンフィズリーは真実を語る他は無い。
 非情にして悪辣なる『演出家(つうほうしゃ)』が今夜望んだその通りに――最早操り人形に成り下がる他、選択肢さえ持ち得なかったのである――

●幕間II
 シリウス・アークライトは天義において将来を嘱望された理想的な騎士である。
 優しく義に厚く、心には熱い炎と確かな剣を持っていた。正義に理想を燃やし、決して妥協をしない人間でもあった。
 そんなシリウスが天義王宮に蔓延る不正と不実、国家、王家、民への深刻な裏切りに気付いたのは――実に偶然の出来事だった。
 些細な出来事から疑念を得たシリウスはすぐに秘密裏の調査を開始した。やがて、その不正義の根源が王宮執政官たるエルベルト・アブレウをはじめとする一派によるものと突き止めた彼は、知己の貴族であり、誰よりも信頼していたイェルハルド・フォン・コンフィズリーにこの事件を相談するに到る。

 ――かの者が専横と不正を繰り返し、国富と政治を我が物にしている事は余りに明白です。

 潔癖と正義の国で行われ続ける蛇蝎の如き行為を、余りにも誠実過ぎたシリウスは到底看過する事は出来なかったのである。
 一方のイェルハルドはそのシリウスと同様に概ねの事態を『知っていた』。

 ――だが、問題は余りにも根深い。やがてこの国が超えねばならぬ『問題』だが、それには大きな力が必要だ。
   今のわしにはそれを成し遂げる程の力はあるまい。わしは、わしの後代――リンツァトルテとお前が共にそれを成し遂げる事を望んでいる。

 言葉は現実的なものだったが、若きシリウスはイェルハルドの『弱腰』に反発した事は否めない。
 最も信頼する大貴族の彼がそういった姿勢では自浄は到底望めまい、とブレーキをかけたイェルハルドの思惑とは裏腹により強硬に情報を集め、不正義を正す方向へとその舵を切ったのだ。
 そして、シリウスは知略勇気共に優れた騎士に違いなかったが、腹芸と謀略では王宮なる伏魔殿に巣食った魔物の方が一枚上手だったという事だろう。
 彼のそういった動きはやがてアブレウ派に知れる事となり、やがて破滅の時はやって来る――

●月光劇場III
「――そこから先は私が話しましょう」
 イェルハルドの苦悩が強まったタイミングでシリウスが重く口を開いた。
 彼を抑えつけんと刃を振るリゲルはポテトの援護を受けながらも肩で息をしている状態だ。
 一方のシリウスはと言えば、己が攻め手はあしらう程度に過ぎないに関わらず、まるで傷んでいない。
 稽古をつけているかのようなやり取りの上で、彼は『真実』を語り出す。
「私の『無謀な勇気』は王宮の魔物の危機感を煽るに到った。私はあの任務の日――『密やかに暗殺される筈だった』」
 誰かが息を呑んだ音がした。
 幻想に拠点を置くローレットなれば、政治というものがそういう側面を抱いている事は良く分かっていた。
 しかし、正義を標榜し、少なからず遂行する天義が――まるで幻想の如き腐敗を見せていたとするならば、それはある種の衝撃である。
「偽の任務に誘き出され、部下と共に『敵』に囲まれた私を救出したのはコンフィズリー卿の兵だった。
 彼は私に言ったのだ。『兎に角、この場を逃れ、国を離れよ。後の事はわしが全て上手くやる』と。
 実際に事態は最早のっぴきならぬ状況にまで煮詰まっていた。コンフィズリー卿の言葉は半分は本当で、半分は嘘だった。
 ……卿が『不正義』で処されたと知ったのはそれから暫く後の事だったよ。同時に私が任務より帰らなかったとだけされ、その名誉が――ルビアやリゲルが守られた事も。
 卿は私とアークライトを守り、『事件の首謀者』となったのだ。アブレウ派には少なくとも倒すべき敵が必要で、卿は十分な格を持っていた。
 私は余りに青過ぎた。正しい事が、正されるべき道理が全てに勝ると夢を見ていた。
 私が卿の忠告を守りさえしたならば、リンツァトルテは、リゲルは父を失う事は無かったのに」
 どれ位の失意があったのか。
 どれ位の後悔があったのか――その胸の内に燃えた屈辱を、痛打を余人が知る事は出来まい。
 唯、結論として――
「――そう考えた時、どうしなければならないかが分かったのだ。正義を為すには何より力が必要だと。
 この国に巣食う病巣を取り除くには、まず邪悪に敗れざる力を得るしか無い、と。それがどれ程の劇薬であろうとも。
 この悪趣味な劇作さえ、私は肯定してみせよう。恩人を貶めるあの女の策略とて、現状を変える為ならば」

 ――私は必ず正しきを遂行すると――

「……っ……」
 言葉と共にリゲルの目の前がぐらりと揺れた。
『父上にもお考えがあってのことでしょう』。
 そんな事は分かっていた。愛しい人、尊敬すべき人、大切な故国。
 この手には守る者がある。この胸には譲れない矜持があった。父に無い筈は無い。
『何があったのか――今何を目的としているのか……どうかお聞かせ願えないでしょうか』。
 そう、最初から問いは余りにも詮無かった。
「お前が為したいのは何だ」。そう問われたならば彼は「正義です」と答える他は無い。
 だが、父が『こう』した理由が『ネメシスに正義が無い』からなのだとしたら。
 懐かしい父の顔が、声が語る『真実』はまったく悪魔的な誘惑を帯びていた。
 頭の中をちりちりと焦がすノイズはその瞬間から増大し、訳も分からぬ内にそれはリゲルに選択を迫る。

 ――正義を為せ、正義を為せと。どれ程の悪徳に染まろうと強欲に追い求めよと。
   理想の果てを、叶わない宿願を、有り得ない地平さえ、その手に収めるのが正義なのだと。

 その価値観を激しく揺るがす『呼び声』は父が望まないままに放った呪いに他ならない。
「……っ……」
 リゲルは頭を振ったがそれは既に遅かった。
 黒き呼び声は彼を蝕む。彼がそれに抗い得るかどうかは全て、一に本人が何を『信じる』か。
「リゲル――ッ!」
 髑髏騎士を食い止めるポテトが強く彼の名を呼んだ。
「……っ……」
 リゲルが仰ぎ見たポテトの大きな瞳が僅かな不安に潤んでいた。
「どんなに、何があったって、リゲルには私が――私が居るから」
 その存在がどれ程の力になるか言うまでもない。
 彼女の在り様がどれ程の勇気か等と、語る意味も無いだろう。
「一番強ェ奴ってのは、諦めの悪い奴なんだ。奇跡を! 未来を! こいつは最後まで諦めねえぞ!」
 力の限りに叫んだのは既にボロボロになりつつあるグドルフだった。
「お前はそんなもんに負けるような奴じゃねぇ!」
「天義騎士として正しくあるにはどうするべきか――それがどれ程に難しくとも」
 ユーリエの言葉はリゲルと、同様に言葉さえ失ったリンツァトルテの両方へ向いていた。
「ここにいる十人に、護るべきものが、あるから。譲れないものが、あるから。想いの力はどんな力にも勝つ!」
「勝てるんです!」とユーリエは二回想いを繰り返す。
「貴方は貴方の信じた正義を為して! たとえそれが不正義だったとしても貴方に救われた人はいっぱいいるはずだ!」
 ムスティスラーフの言葉は厳めしい顔を一層険しくしたレオパルへ向いていた。
 年齢からして彼が謀略に加わっていたとは思えない。先輩であるシリウスを敬愛していたという彼がその暗殺計画に加担する筈は無い。
 故に彼も『対象』である筈だった。解き放たれた原罪は開かれたパンドラの箱の如く――無差別に絶望を撒き散らすのだ。
 だが、こればかりはムスティスラーフの杞憂だったのかも知れない。
「私は、迷わない」
 峻厳たる白の大壁は揺らがない。崩れない。
 如何に誤ろうと、その誤りを見過ごそうと、彼は常により良い先を目指す正義のみを見据えている。
「弄される言葉に惑う時は、貴方方を慕う後輩たちに、恥じることのない選択を。
 正義は私たち個人の心にこそある。天義はローレットを頼った。もし、過去に何かを掛け違えていたとしても――この変化はいずれ、この国を変える。
 どれ程遠い道のりでも、緩やかにでも。継続すれば先はあります。未来に託す事も考えて」
「ああ」
『不正義』の内実を半ばまでは予測していたコロナはあくまで過去よりも現在、そして未来を見据えていた。
 彼女の言葉に頷いたレオパルが咆哮する。
「――言った筈だぞ、リゲル・アークライト!」

 ――卿は私の背中を見ていれば良い――

 雪がちらつくシャイネン・ナハト。
 リゲルの脳裏に何時かの夜に語られた白獅子(いまのネメシス)の言葉が蘇る。
 彼の言葉は語られた真実を確かめ、立ち向かうという宣言に他ならない。
 少なからぬ傷を負いながら、己を信じろと叫ぶその声は獅子の、まさしく聖騎士の矜持に他ならない!
 仲間の声に、恋人の声に、先を行く騎士の声に――澱が、砕けた。
「グドルフさん! ポテト! 俺は――負けない!」
 父に甘いと叱られたリゲルの踏み込みが、その打ち込みが初めて彼の体を掠めた。
「驚かせやがって――だが、それでこそだ!」
「不気味に思われる、かもしれないけど。不正義と思われる、かもしれないけど。
 死んだ人が、帰って来てるわけではない、んです。だから、この、先を見るべきなんです――」
 目前の髑髏騎士を打ち倒したハロルドが笑い、アイリスの呪花が大輪の花を咲かせていた。
「最後まで諦めないよ。勝負はこれからだ――」
 ムスティスラーフが何度目か知れない渾身の砲撃を放ち、
「これ以上前にも後にも引かせない!」
 気を吐いたユーリエが身を挺してその一線を譲らじと防御する。
 パーティの戦いはあくまで死力を尽くすもの。
 諦念の想いを前に諦めず、時に無力を理解しながらも敗れざる。
 その刃がイェルハルドに届くまでには到らずとも、戦いはまさに見事なものとなる。
 粘り強く攻めながらも押し切るまでは難しかったイレギュラーズの後退を峻厳たる白の大盾が守り立てた。
『シリウスやイェルハルドの意図に関わらず』追撃の構えを見せた髑髏騎士達の勢いを、パーティの援護を受けつつも、文字通りその巨体で堰き止めた彼は、撤退戦の完遂と共に一言だけ、こう言った。

 ――『不正義』が何処にあったかを、明らかにするのは私の使命だ。

 と。
「――ありがとうございます。俺は、そうですね。俺のすべきをする」
 厳めしい顔をしたレオパルに、度重なるフォローを重ねたイレギュラーズ達にそんな言葉を残したリンツァトルテがコンフィズリー家に伝わる聖剣と共に姿を消したのは、此度の聖都動乱が一旦の収束を見せた後の事だった。
 既に賽は投げられた。
 レーテの川の水嵩は増し、終わらない月光劇場の次なる幕を想像するに十分。
 未来に穿たれた小さな穴はこれより運命を激動させるものになるのだろう――

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

ポテト=アークライト(p3p000294)[重傷]
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)[重傷]
白獅子剛剣
グドルフ・ボイデル(p3p000694)[重傷]
ユーリエ・シュトラール(p3p001160)[重傷]
優愛の吸血種
ハロルド(p3p004465)[重傷]
ウィツィロの守護者
アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)[重傷]
<不正義>を知る者

あとがき

 YAMIDEITEIっす。

 本作は非常にヒロイックかつウェットなシナリオでありますので、書き口は大いにそちらに寄せています。従いまして本作はロジカル方面の判定的事由をこれこれこうなったからこうなんだよ、と本編で述べるより、それより重要な部分に重きを置いています。恐らく本件はリプレイを読んでも判定事由が分からないと思うので簡単に説明します。

・良かった点

 とても熱量のあるプレイングでした。
 また事件の中心当事者であるPC、NPCへの優しさと愛を感じました。
 大変ドラマティックです。すばらしい。

・まずかった点

 本作の達成目標は『イェルハルドの撃破』です。
 単純にそれを達成するだけで難易度『Hard』です。
 リンツァトルテやレオパル、リゲルさんに対してのフォローは当然ながら想定されるべき所ですが、プレイングのウェイトが本丸の達成条件に対して緩すぎ、全体的にまとまりを欠いていましたのでこういう判定になりました。
 本題に対して『成功させるぞ』というより『成功する前提』という希望的観測が否めない感じです。

 成否という意味ではイェルハルドを撃破出来る決め手が無く、達成条件を満たす事は難しいと判断した為、失敗としていますが事態に対しての一定の効果は与えています。
 リンツァトルテは失踪しましたが、レオパルは健在です。
 そして彼はこの事件から『コンフィズリーの不正義』の正体を理解しています。
 また、内容柄とても悪名がつくような結果ではないので、今回は悪名を付与しません。

 シナリオ、お疲れ様でした。


※余談ですがリゲルさんに対しての呼び声はこちらです。

●クリミナル・オファー
 その声が、震えなかった自信は無かった。
「父上にもお考えがあってのことでしょう」
 愛しい人、尊敬すべき人、大切な故国
 その手には守る者がある。その胸には譲れない矜持があった。
「何があったのか――今何を目的としているのか……どうかお聞かせ願えないでしょうか」
 しかし、リゲル・アークライトが絞り出した一言が平静を保てていたかどうかは主観的に定かではない。
 そうであろうと努める事と、それが叶う事は全く別物だ。
 恋人(ポテト)の大きな瞳が潤んで揺れているように見えた。
 その背を見ろと語ったレオパルは、自身の顔をどう見ているだろうか――リゲルにはそんな自信も無い。
「敢えて問うのか、リゲル」
 懐かしい声が自身の名を呼んだ時、リゲルの背を瘧のような悪寒が舐め上げた。
 声色は穏やかでそこに強い悪意や殺意は感じない。だが、それが何よりも恐ろしい。
「お前が為したいのは何だ」
「……正義です」
「私がこうある事に理由があるとするならば、今のネメシスに正義は無い、という事だ」
 懐かしい父の顔が、声が語る余りに断定的なその一言は悪魔的な誘惑を帯びていた。
 頭の中をちりちりと焦がすノイズはその瞬間から増大し、訳も分からぬ内にそれはリゲルに選択を迫る。

 ――正義を為せ、正義を為せと。どれ程の悪徳に染まろうと強欲に追い求めよと。
   理想の果てを、叶わない宿願を、有り得ない地平さえ、その手に収めるのが正義なのだと。

「……っ……」
 リゲルは頭を振ったがそれは既に遅かった。
 黒き呼び声は彼を蝕む。彼がそれに抗い得るかどうかは全て。
 一に本人が何を『信じる』か。
「リゲル――ッ!」
「背中は私達が支えるから」戦いの前にそう言ったポテトの切ない呼び声と。

 ――卿は私の背中を見ていれば良い――

 何時かの夜に彼に語った白獅子(いまのネメシス)の言葉を信じられるかによるのだろうか――

PAGETOPPAGEBOTTOM