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シナリオ詳細

<クレール・ドゥ・リュヌ>歎きの君はゆるやかな毒に似て

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●遥か過去
 ぎしり、と病室のベッドを軋ませる。
「もうすぐですよ」
 膨らむ腹を撫でながらエイル・ヴァークライトはにんまりと笑みを浮かべる。
「ああ。エイル、辛くはないですか?」
「誰だと思って居るんです? これ位! 辺境でモンスターの卵を奪取したときよりもへっちゃらですよ。……はやく、逢いたいですね」
 とん、とん、と腹を蹴る衝動は時折痛みを伴うものではあったが、エイルはそれさえも心地よく感じていた。
「名前を決めたんです」
「名前?」
「ええ、名前――。この産まれてくるこの子の、名前は――」


 聖ジルベール孤児院。
 聖都にその拠点を置く神の徒たちが、父母を失った幼い子を養育し、正しき信仰へ導く場所である。
 古くから聖都に拠点を置いていたこともあってか、建物は老朽化し都市部より幾許か郊外へ移されたのだが――その元孤児院に最近、子供達が出入りしているのだという。
「サントノーレ、それで?」
「頼ってくるなんて意外だったぜ、イルちゃん」
 冗談を言うな、と声を潜めながらも苛立ちを見せるイル・フロッタ。周辺の住民に怪しまれぬようにか大人しい白のワンピースを着て町娘を演じている。
 それに合わせるように落ち着いた聖職者然とした格好の探偵サントノーレ・パンデピスはポケットに手を突っ込んだまま湿気た煙草に小さく舌打ちした。
「……こりゃ黒だな」
「ふむ」
 イルが顔を上げる。彼が言う黒――それは世間を騒がせる『黄泉還り』事件の話しか。
 出入りしている子供達がそうであるのか、それとも……。
「ところで、イルちゃん。ヴァークライト家って知ってるか?」
「ヴァー……そういえば、ローレットに居ただろう? スティアという幻想種の……」
 共に仕事をしたり祭りで遊んだ相手なのだとイルは何処か思い出したようにへらりと笑う。「ががーん」と驚く様子は可愛らしかったのだとイルは胸を張った。
「その家、当主の『アシュレイ・ヴァークライト』の不正義で断罪されてるっしょ」
「……ふむ?」
「そのスティアちゃんはヴァークライト家の生き残り。騎士の叔母さんがスティアちゃんだけを護って一族を断罪したとかなんとか――まあ、そういうワケさ」
 ゴシップなら聞いていないと唇を尖らせるイル。サントノーレは「こんな時にゴシップ話すと思うかい?」と表情を曇らせる。
「ここまでの話は『この国ならよくある』事だ。そうじゃないのは――」
 僅かに開いた孤児院の隙間からきょろりと周囲を見回す子供は『まるでそれを言いつけられている』かのようだ。
「……リスティ・メイロッド。あの子、死んでるよ」
「――ッ」
 イルが顔を上げる。他の子供は生者なのだろうか、覇気がありリスティの手を引いて走り出した。
「騎士様」と呼ぶ子供の声がする。扉の向こうから顔を出した男の姿にサントノーレは手にしていたファイルをイルへと投げた。
「わ、いきなり何を――……!?」
「アシュレイ・ヴァークライト。面影はあるだろ、ありゃ、その人で――」
 彼が気遣う様に人気ない孤児院から外へと連れ出したのは美しい――スティアの面影を感じさせる――女であった。
「あれがエイル・ヴァークライト。そのスティアちゃんを『産んだ時に死んだお母様』だ」

●歎きの君
 誰もが羨む様な夫婦であったと、アシュレイ・ヴァークライトは自負している。
 美しくそれでいて物怖じすることのない――やんちゃが過ぎる所はあるが――妻は貴族としての在り方をよくよく理解してくれていた。
 エイルと呼べば綻ぶ笑みに、魔術に長け知識も豊富であった彼女の話は何時だって楽しいものであった。
「日常生活にはスパイスが必要よ」と笑う彼女の胎に新たな命が宿った時に、三人で共に歩んでいくことを夢に見た。
 しかし――しかし、彼女は運が悪いことにそれからの運命(みち)を違えてしまった。
 忘れ形見となった娘へと愛情を注ぎ、彼女を大切に、大切にと育てて来た。
 ならば、その『愛しい忘れ形見』にも似た少女を断罪することができるだろうか?
 泣き続ける幼い少女をその刃で骸に還る事など、できなかった。騎士としての道を違えたのは、娘を護ろうと妻に誓った身として間違いではなかった。
 私の正義は妻と娘のためにあった。

「どうしましたか?」
 ならば、今、目の前に或る『人形(つま)』を護るのも彼女の騎士の役目だ。
 娘と同じ年頃の月光人形たちが不正義として断罪されぬようにこの場所で共に匿おう。
 エイルもかわいいスティアの事を聞けば、そうすべきだと納得してくれた。
「スティアも8歳になっていたんですね」
「ああ、私が『死んだことになった時に』だから……もう、大人びているかもしれない」
「あら、じゃあ、今は幾つでしょうか? ええと――16歳?」
 素敵ですね、と笑う。娘をその腕で抱く事のできなかった彼女の慈愛は確かな強欲の気配を孕みながら、ゆるやかな毒の様に周囲に広がっていた。


「つまりフォン・ルーベルグにも幻想で起こった魔種の一件に似た状況が起きてる、と」
 サントノーレが表情を曇らせた。狂気に侵された人達の増加は確かな所で目に見えている。
 神託の少女『ざんげ』が<滅びのアーク>の増加を宣言し、魔種による狂気『原罪の呼び声(クリミナル・オファー)』が生じているのだそうだ。
 その発信源は、突然起こった黄泉還り事件で『還ってきた人々』ではなかろうか。
「黄泉還りの人間が――?
 それは、その……ッ、『黄泉還り』は生前の記憶を無機質になぞっていたし、確かにそこに有った。最後は、泥人形になったけれど、本当に『そこに居た』ようだった――のに」
 それこそが発信源で、操り人形であったならば、とイルが唇を噛み締める。自身の母の事を思えばこそ、イルは胸が締め付けられるかのような気持ちであった。
「ローレットが対応してなきゃ、もっとひどいことになったかもしれないぜ、イルちゃん。
 少しでもその芽を摘めてるなら上々だろ。とりあえず情報は貰ってきたから……ほら」
『原罪の呼び声』は、この聖都には無関係化と思われた魔種の手によるものだった。
 七罪『ベアトリーチェ』の月光人形(クレール・ドゥ・リュヌ)。以前のものよりもより非情な存在となって居る。生前の記憶を朧気に持ちながら、生前と同じ振る舞いをするというものだ。
「サントノーレ、その人形は『分かって』いるのか?」
「分かってるわけないだろ。分かってやってんなら『ひどすぎる』」
 その言葉に、イルはぐ、と噛み締めた。眺める孤児院より見える月光人形達を眺めた。
「――で、どうすれば、いいんだ」
「きっとアシュレイ・ヴァークライトとは衝突することになるだろうけどさ、
 エイル・ヴァークライトに手を出さなければ『ここでは難所』じゃないだろうね。
 問題は数の多い月光人形たち。それの対応をしてほしいってユリーカちゃんが」
 イルは小さく頷く。もう直ぐローレットの冒険者達が此処に辿り着くはずだ。
 幼い、まだ10にも満たない少年少女。生きている者も死んでる者もいる彼ら。
 生きて居てはいけないものを殺すのは――どうして心が、痛むのだろう。

GMコメント

 夏あかねです。

●成功条件
・月光人形数体の撃破
・アシュレイ・ヴァークライトの撃退(生存・死亡は問わず)
 また、エイル・ヴァークライトに関しては今回は成功条件に含まない事とする。

●元聖ジルベール孤児院
 聖都にある孤児院。老朽化により移転されましたが、移転前の建物はそのまま残っています。
 其処に出入りする10歳以下の少年少女たちの姿こそが『月光人形』でしょう。
 今まで、街を闊歩していた『月光人形たち』が一同に介し、身を潜めながら生前の様に普通に過ごし、狂気を伝播しています。

●アシュレイ・ヴァークライト
 魔種。亡き妻の忘れ形見であるスティアを溺愛しており、スティアと似た境遇の少女を護るために不正義とし断罪された過去を持つ。
 彼自身の戦闘能力は天義の騎士として強敵に分類される。また、最愛の妻を護る為ならばその刃を振るう事を辞さない。娘に関しては幼き頃の面影を強く抱いており、現在については識る所にない。
 呼び声を発する。その呼び声は愛情と混ざり合った怠惰。そこに幸せがあると思い込んだ罪と罰。彼の呼び声は心情的に寄り添えば寄り添う程に伝播する確率が上がる。

●エイル・ヴァークライト
 若くして亡くなったアシュレイ・ヴァークライトの妻。娘を出産した際に死亡している。
 明るく、穏やかな美人であり、魔術に長けそれなりに名のある冒険者であった過去がある。おてんばさはなりを潜めているが、慈愛に満ち、気高さを失わない。
 呼び声は狂気として広がり続け、慈愛、そして『強欲』。母への愛や、心情的に寄り添う事で呼び声に伝播する可能性が高まる。

●月光人形の子供達×10
 危険時に戦闘能力を有することとなる月光人形たち。孤児や幼くして亡くなった子供達が生前と同じ様に身を寄せ合い、街にその狂気を伝播している。
 ある孤児は『里親』を狂気に陥れた後に、ローレットの噂を聞き身をよせ、
 ある孤児は聖職者の許に身をよせ狂気に陥れた後に、ローレットの噂を聞き身を寄せました。
 エイル(月光人形)とアシュレイ(魔種)の庇護下にありますが、彼らを護るのは生者の少年たちです。

●生者の少年少女×10
 孤児じゃ事情のある者たち。狂気に触れ、狂気に堕ち掛けています。
 自身らと同じ境遇の月光人形たちを兄妹として接しており戦闘能力は低いですが彼らを護るためなら身を挺します。
 ※彼らの生死に関しては成功条件で問いません。

●呼び声
 魔種、月光人形それぞれから発されるため純種の皆さんはお気を付けください。
 慈愛に満ち、愛情に満ち、ただ、当たり前の幸せがそこにはあるのです。

●イル・フロッタ
 天義貴族の母と旅人の父を持つ騎士見習い。
 良くも悪くも『普通の少女』です。それゆえに『正義の遂行』に忌避感を覚えています。それは自身が未熟故に『正義の遂行』が出来て居ないと考えています。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

よろしくおねがいします。

  • <クレール・ドゥ・リュヌ>歎きの君はゆるやかな毒に似てLv:7以上完了
  • GM名夏あかね
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年05月27日 21時20分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

グレイシア=オルトバーン(p3p000111)
勇者と生きる魔王
ルアナ・テルフォード(p3p000291)
魔王と生きる勇者
シャルレィス・スクァリオ(p3p000332)
蒼銀一閃
Lumilia=Sherwood(p3p000381)
渡鈴鳥
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
リジア(p3p002864)
祈り
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
エリーナ(p3p005250)
フェアリィフレンド
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
鏡花の癒し

リプレイ


 ある朝、女は云ったのです。
 もしも、もしもよ――? もしも、私が死んだなら。


 人気ない孤児院に身を寄せ合う子供達。
 誰もが、生きる上で何らかの事情を抱え、不安を胸に渦巻かせるものだが、幼い子供達は皆、決して幸福な日々を過ごして来た訳ではないのだろう。
 遠目から見ればひっそりと身を寄せ合う子供たちは皆、『幸福そう』だ。在り得なかった当たり前を謳歌し、日常を過ごしているのが見て取れた。
「けど――死んでるんだよね」
 急拵えでと差し出されたファイルに挟まれた写真。明るい笑みを浮かべる少女の写真の隣には『リスティ・メイロッド』と書かれていた。
『揺ぎ無い正義』シャルレィス・スクァリオ(p3p000332)の瞳はリスティのプロフィールを追い掛ける。生誕日から、そして、逝去と書かれた日付までの非常に短いプロフィール。
「……ああやって、動いて、笑って、『普通の子供』みたいなのに、死んでる」
「ああ。残酷な事だが、人間は余りに儚い。夢幻の如き存在であり、そもそも甦りそのものが霞だ」
『叡智のエヴァーグレイ』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)にとって命は舞台装置に他ならない。彼は魔王として己を征伐するべき勇者を育て上げる事こそが物語の必須である――それ故に悪人とも善人ともとれぬ立ち位置ではあるが、彼の真髄は人と違えるところにあるのだろう。
 対する、普通の人。誰かを愛し、誰かを憎み、そして、命を大切にと願って已まぬ小さな勇者。『命の重さを知る小さき勇者』ルアナ・テルフォード(p3p000291)の掌が僅かに震える。
「皆、死んでるの……?」
 手を開いて、閉じる。
「おじさま。ルアナね。以前黄泉還った子供を殺したんだ。……その子は消えちゃった」
 泥のように、霞の様に。まるで、何事もなかったかのように。
 ひとごろし。その言葉を口にするだけでどれ程、子供に重く圧し掛かる言葉であろうか。
「黄泉返りは、泥人形に記憶等を植え付けたものに過ぎん……故に、余り考えむ事はない」
「……うん」
 うん、ともう一度ルアナは繰り返した。グレイシアを見る事無く目を伏せて、ルアナはふるりと首を振る。
「うん……だいじょうぶ。ルアナは泣かない。
 黄泉還りの原因を断たなきゃ、同じ事が繰り返される。『二度死ぬ』人が出ないように……戦うよ」
 一度目は、知らない。けれど、二度目を与えるのは慈悲であり、正義であり――そして、この『世界』の為だ。
「主よ、人形とはいえ年端もいかぬ子供を手に掛ける罪をお赦し下さい」
 祈る。『斜陽』ルチア・アフラニア(p3p006865)は赤毛を揺らし、祈る。
 幼い子供達。罪のない、当たり前の存在。ルチアが髪に祈る様に、この信心深い都に生まれた子供たちは皆、神に祈った事だろう――それは、魔種、『アシュレイ・ヴァークライト』とて同じだ。
「魔種というものは厄介ね。
 アシュレイさんの悲嘆が分からないわけではないし、彼のなしたことが真実悪行かと問われれば、それもまた違うように思える」
 その言葉に『神無牡丹』サクラ(p3p005004)が顔を上げる。唇が、震える。
 サクラの視線は傍らに立つ『本当に守りたいものを説く少女』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)へと向けられていた。
 アシュレイ・ヴァークライト。ヴァークライト。スティアのファミリーネームと同じ響き。サクラは脳内で何度も繰り返す――祖父の、『ゲツガ・ロウライト』が仲間であった騎士に下した判断と、その結果。
 神様。ルチアは目を伏せ、サクラは唇を噛み締める。どうして、と唇を戦慄かせて。
「それでも……魔種になってしまった以上、私たちには倒すしか選択肢はないのだから……」
 ルチアの言葉に、サクラはそうだ、と声高には言えなかった。
 どうして、神というものは何時だって残酷なのか。神様、どうしてこの場に自身を遣わせたのか。
 正義の遂行が為に、剣を振るわねばならないこの場所に――サクラは傍らのスティアを見遣る。
「変な……感じだね?」
 サクラに視線を送り、スティアは小さくはにかんだ。その笑顔が、大切な友人であることをサクラに思い知らせる。
 どうして。
 どうして――『スティアちゃんのお父さんが魔種』なのか。
 どうして――『不正義とされたスティアちゃんのお父さんを断罪したのがお祖父様』なのか。
 辛い、苦しい。ああ、けれど、刃を曇らせてはならない。正義は曇る訳にはいかないのだ。
「サクラちゃん。私ね、不思議な感じなの」
 スティアは、はにかんでいた。守りの加護を与える指輪としてヴァークライトの女性に受け継がれるという指輪を、リインカーネーション――輪廻を感じながら。
「死んだはずのお父様とお母様。私は、それを知らないの。
 サクラちゃんが教えてくれて、ああ、多分――お父様とお母様なんだなって思う。
 記憶がないことって、喜ぶべきなのかな? 悲しむべきなのかな? ……それでも二人を止めるのは娘である私の役目だよね?」
 ――神様、なんて、なんて、残酷なのですか。


 魔種とは不俱戴天の仇だ。他者を巻き込み、私利私欲のためならば被害を及ぼしていく。
 それは、デモニアと呼ばれる種であり、心に巣食う魔物であり、そして、災害だ。
「……事情はあるのでしょう。けれど、こうなってしまった以上最優先は討伐です。お覚悟を」
 凛とした声音で、『白綾の音色』Lumilia=Sherwood(p3p000381)はそう言った。
 眼前の子供達を見れば見る程に、『Esc-key』リジア(p3p002864)の胸中には『気持ち悪い』という言葉が込みあがった。
「なんだ、これは……。生者も死者も入り混じる……不可解にも程がある光景。
 お前達は、なんだ……理解が、出来ない。その押し付けがましい狂気が愛と言うのか……そうだと言うのならば、私は不要だ」
「ああ、確かに不可解だ。けどな、愛情ってのは狂気と隣り合わせなのかもしれないぜ」
 死者と生者。それは、生者を巻き込み被害をもたらすものとしてLumiliaには見られたが、リジアには共存せんとするそれが不可解なものに見えた。
『幸運と勇気』プラック・クラケーン(p3p006804)は頬を掻く。愛される――それは父母であり、そして、隣人であり、この国ならば『神』か――それは尊いものであることをプラックは識っている。
「まあ、幸せを求める事も何かを護りたいって気持ちも悪くねぇ。やり方も間違ってる訳じゃねぇし、至極真っ当だ……」
「――これが、真っ当か」
「ああ、けどさ、『命』てのが絡んだ途端に見方は変わるんだ」
 プラックにリジアは小さく瞬く。『フェアリィフレンド』エリーナ(p3p005250)は彼が言わんとしていることに気づき、唇を噛み締めた。
「そうですね。誰かを護りたいと願うのは、守護の気持ちとしてよくわかります。
 けれど、味方を変えれば狂気を伝播させていく――悲劇に他ならないのです」
 エリーナは刹那気に眉を寄せる。妖精の祝福を受けた指輪をそっとなぞり、声音を震わせた。
「……これ以上の悲劇を引き起こさない為にも、原罪の呼び声の発生源であるアシュレイと月光人形達を倒さなくてはなりませんね」
 そう、不俱戴天の仇。
 そして、呼声の主。――目の前に居るのが『誰の家族』であろうとも。

 楽し気に笑う子供の声がする。孤児院というのは身寄りなくその体を寄せ合う子供達の唯一の安寧の場か。
「魔種というものは本当に厄介だわ」
 呟くルチアは周囲に保護結界を展開する。小さく頷き、最初に前線に飛び込むはシャルレィス。
 蒼嵐を鞘から引き抜く事もなく彼女は風のように駆け抜ける。出来る限りの生死の判別はサントノーレの調べで分かってはいるが『全てを把握できている訳』ではない。
 人助けセンサーを使用して、ヘルプと呼ぶ声を判別しようとしようとも幼い子供達は皆、恐怖心を露わにしているのか助けて、怖い、と繰り返し続けるだけだ。
(――ッ、こんなの『虐殺』みたいなものだよ……!)
 全てを助けるという事は誰にもできない。けれど、と手を伸ばしたい気持ちを堪え、シャルレィスが顔を上げる。
「あら、どなたかしら。お客様……?」
 朗らかな声音が一転し、何をしているの、と冷ややかに突き刺さる。淡いドレスを揺らしていたエイル・ヴァークライトの肩を抱いたアシュレイ・ヴァークライトは得体のしれないものを見るかのように特異運命座標を見遣った。
「罪なき子を殺すというのですか」
「罪がない――そうね、きっと、そうだと思うわ」
 聖刀【禍斬・華】を構え、サクラは震えるように声を発する。隣には月光人形からアシュレイに視線を向けたばかりのスティアが立っている。
「天義の騎士見習い、サクラ・ロウライト。貴方を断罪した、ゲツガ・ロウライトの孫娘よ」
「……ロウライトの」
 確かめるように。その名を唇を震わせて。アシュレイの様子にエイルが心配そうに「あなた」と寄り添った。その様子は何事もない仲睦まじい夫婦だ。
「……御機嫌よう。私はスティア・エイル・ヴァークライト。二人の、娘だよ。お父様、お母様」
 サクラの傍ら、淑女の礼を持ち、貴族らしく二人に相対したスティア。その視線が注がれている中で、プラックが子供達を誘う様に手招いた。
(今の内だ――! アシュレイ・ヴァークライトが『こちらを敵視しないうちに』)
 僅かな焦りがプラックの胸中に浮かぶ。夏に吹く南風の如き熱風を周囲に展開させながらルチアはプラックの浮かべた焦りを感じ取っていた。
 そうか、とルチアは悟る。スティアを前にしてもアシュレイが何所か腑に落ちぬ表情をしたのは彼の中での娘が幼い儘であるからだ。
(いやね、簡単な話じゃない。月光人形を数体だけ倒すというオーダーをイルさんとサントノーレさんが持ってきたのは『アシュレイ・ヴァークライトの介入』が避けられないから――!)
 ゲツガ・ロウライトがアシュレイ・ヴァークライトを断罪した理由。
 断罪すべき幼い子供を『保護したい』と刃を神に向けたそれ。彼の性質を考えればエイル・ヴァークライトに手出しせずとも子供に手出しした時点で戦闘行為が発生するではないか。
「おじさま……!」
「ああ、アシュレイは二人に任せこちらは月光人形を相手取ろう」
 ルアナの言葉にゆるく頷いたグレイシア。その手に凍て付く気配を纏わりつかせ、威嚇を用いて子供達と相対し続ける。
 識別できる月光人形に向け、ルアナは小さな手に大剣を握りしめ月光人形へと走り寄る。
「ルアナは月光人形達に対応するよ……ごめんね。ちょっと痛いけど……許してとは言えないけれど」
 二度殺す。その意味を考えるようにルアナが唇を震わせる。
「待って!」
 エイル・ヴァークライトの悲痛なる叫びにルアナが顔を上げた。スティアとそして特異運命座標を見遣ったエイルは「どうしてこんなひどい」と切なげに眉寄せる。
「罪のなき子を何故――!」
「こちらも、お前達も……大概に感情的で、甘いが……だからこそ、私は……創造する破壊を産む側につくのだ。『破壊すべき』を尊重する……それの何が『悪い』」
 淡々と告げるリジア。浮かぶ青白い翼を揺らし、彼女は仲間達の方針『生者には手を出さない』を再認識するように唇を噛み締めた。
 生かす事は間違いではない。しかし、『生者を生かすという事は識別と、生者の動きにとっては不利になる』事をリジアはよく理解していた。
 Lumiliaはその時、アシュレイの動きを確かに感知していた。大人びたスティアの事を娘かどうかと判別を付けることのできないアシュレイにとってサクラという『ゲツガ・ロウライトの孫娘』はあの日をフラッシュバックさせるもので。
 大切な娘を『あろう事か戦場に連れ出したロウライト』としてアシュレイの目には映る。
「サクラ、と行ったかい」
 Lumiliaはサクラを通り越し、子供を狙う動きを見せたシャルレィスにその攻撃の標的が向いていることに気づき、手を伸ばす。
「え、」
 介入の早さ――彼は『戦場に居て』『スティアの面影を感じる子供達を守ろうとして』『特異運命座標は無為なる殺戮をしている正義の遂行者に他ならない』と判断しているのか。
「……回復します」
「う、うん……」
 シャルレィスとLumiliaはゲツガの動きを見遣る。頭を揺さぶるような気配。それが狂気だと気づき、Lumiliaの指先が僅かに震えた。
(亡き師が旅を続けたかったのは、平和なこの世界。弟子の私自らが狂気に落とすわけにはいかないのですから……!)
 アシュレイの目には『あの日』、幼い少女を断罪せよと命じられたその日に、確かに救いたかった娘の幻影が今も重なって見える。
 正義という鎧をその身に纏い、気丈にも挑まんとする少女。
 それが『断罪すべき』と認定した幼い子供を殺すのだ。そうして、それを守護しようとした自分までも――
 ああ。
 ああ、なんと愚かか。
「それが貴女の正義だというのですか」
 アシュレイは静かに、問い掛ける。
「何が、言いたいの」
 サクラの声音は震えていた。スティアを護る様に立ち、サクラは剣を構える。
 アシュレイは言葉はサクラへ、そして攻撃の手はプラックやシャルレィスへ向けて。
 生者の子供達が月光人形を護ろうとする。それは生死が理解できぬ子供達にとっては『ひとごろし』から仲間を護るための者なのだろう。
 ルアナの手が震えるのをグレイシアは見逃さない。「大丈夫だ」と少女に声かけて――グレイシアはその声を待つ。
「そうして国が決めた『正義』の上に胡坐をかいて、視野を狭め、断罪の刃を振るうというのですか」
「それは、違う。私は命じられたからここに来たんじゃない」
 サクラの手がかたり、と震える。アシュレイと交えた剣。
 月光人形たちがやめて、殺さないで、と叫ぶ声が響き渡る。
「正義、と口にするのでしょう。――それは、怠惰だ。
 正義という都合のいい大義名分を被せて自信を正当化する。只の諦めだ。
 共に大切なスティアを、そして、幼き子供を護りましょう。
 もう『あの日』を繰り返さぬよう――二度とは『正義という大義名分』の上に胡坐をかかぬよう」
 スティア、と呼ぶ妻の声を聴きながら、アシュレイはサクラへとゆるりと笑みを向けた。
「天義の正義をすべて信じてる訳じゃない。その正義がいつも正しいと思ってる訳じゃない……今だって、もしかしたら間違っているかも知れない」
 サクラちゃんとスティアが呼ぶ。彼女の視線はスティア、と呼ぶエイルに向けられている。
 リジアはぬるま湯の様な愛情と狂気を感じ、ぞわりと肌を伝う気配に首を振る。
「それでもこれは私が選んだ私の道だ!
 もしも天義が正義を違えるなら天義を討つ。ローレットが道を違えたならローレットを討つ」
 サクラは、この言葉を言う事がどれ程に重いのかを知っている。

 神様。

 ――神様。

「神が……神が正義を違えたなら神さえも討つ……!
 全部、私が考えて私が選んだ私の道! だから今は! 道を踏み外した貴方を討つ!」
 残念だ、とアシュレイが呟く声音は、只、シャルレィスを狙っていた。
 攻撃を受け止め乍ら、シャルレィスは分かっていた。アシュレイとエイル――スティアとサクラにとっては受け止めなければならない人々。
 二人のしたい様に――二人が止めるというならばその手伝いがしたいとシャルレィスも考えていた。自身に攻撃が注がれる理由だって分かっている。
 彼は魔種で、それでも『命懸けで護りたいものがある』だけなのだ。
(そんなの、否定できない――むしろ尊敬さえするよ)
 攻撃を受けたから逃げる、なんてことは考えられなかった。ならば全力で戦うしかない。
 サクラが飛び込むアシュレイの懐に。そして、それを支援するスティア。ならば戦線を支えるのはLumiliaとエリーナの仕事だという様に回復が周囲に広がっていく。
「こっちだ、アシュレイ・ヴァークライト!」
 あの日の様に、サクラが踏み出した。その切っ先がきん、と音立てぶつかり合う。
「やだあ! やめて!」
 その声を聴きプラックが息を飲む。

 ヒーロー。
 助けて、助けて――ヒーロー!

 子どもたちは皆、突然現れた特異運命座標達に訳もなく殺されているようにしか思えないのか。
 説明しろと言われて何と言えばいい――? 『悪者なのだ』と言えというのか。
「俺達がヴィランだってか……?」
 プラックはイルに気を失った生者を解放して欲しいと頼んだ。イルは不安げに「私達は、説明すればよかったのだろうか」と呟いた。
 生者を生かすと決めた以上、その識別に時間がかかるのは確かだ。リスト――それもサントノーレが調べれた範囲だけだ。孤児はもとよりデータがない――を頼りに狙い定めた子供を護る様に生者が立ちはだかれば不殺(ころさず)とし、その手がずれていく。
「スティア!」
 エイルの声がする。プラックの背後から一体ずつと狙い定めるルチアが顔を上げる。
 サクラが踏み込む一歩が、軋む様に後退した。
「こっちへ――!」
 エイルが呼ぶ。
 スティアちゃん、とサクラが重なる様にその名を呼んだ。
「私には本当の正義なんてわからない。
 後で罰が下るなら受ける! 責任も取る! それでも今は!
 今は私が信じる正義の為に! 戦うんだぁぁあああ!!」

 ――神様。

「サクラちゃん!
 どうして……どうしてこんな事をするの?
 黄泉還った子達を保護したいという事はまだわかる。ならどうして生きてる子達も巻き込もうとするの? それがお父様達の正義なの?」
「スティア。聞いて。身よりなき子供達も、この黄泉還りの子供達も等しく『今は生き物』なのです。
 ……巻き込もうとしているのは貴女よ、スティア、どうして――どうして、こんなひどい事をするの?」
 エイルの悲痛な声にスティアは首を振る。
 サクラは信ずる道を行くという。ならば、スティアは――『私は』私の正義は力無き者を守るためにある。
 アシュレイとサクラ。一騎打ちになれば魔種と対等に渡り合うのは難しい。魔種とは特異運命座標達が力を合わせて渡り合うべき強敵だ。
 膝をつく。その胎に突き刺さった刃が引き抜かれる。癒しを、癒しを、癒しを――聖域でセラフィムに願う。制限など、いらないから、サクラを護りたいから。
「私は、サクラちゃんと生きるから――!」
 スティアが膝をついたサクラを護る様に立つ。
 想いを糧に力を得る。願わくば無垢なる想いで溢れんことを――天使の唄を響かせて。
「ッ」
 凪ぐ様にスティアを通り過ぎるアシュレイが次に狙いを定めるのはシャルレィス。
 癒し手のスティアを傷つけたくないというのは父の心か。気を失ったサクラを抱きしめるスティア達の前へとプラックが飛び込む。
「こっちだぜ……!」
 ぐるりと振り返ったアシュレイは、只、困った様にスティアを呼んだだけだった。


 子供達は生きている。
 大切な、スティアも。
 ――皆、誰かに愛されて生れて来た。スティアだってそう。
 私達の大切な愛しい子。

 どうして、殺すのですか。
 どうして、――。


 生者の子供達の反撃と、そして『判別』に時間を取られ、リジアは『生者は生かす』という方針が仇になって居ることは確かに感じ取っていた。
 そうだ、全てを構わず焼き払えば全員でアシュレイに対して攻撃を仕掛けるタイミングが早まった。
 10人と10人。20人のうちの誰が生者で誰が死者か。そして、死者を狙えば生者が介入し身を挺してでも護らんとする。その不殺での対応がアシュレイと相対するまでの時間を引き延ばしていることをリジアは肌で感じ取っていた。
 特殊な戦闘術で一体、一体と破壊を狙うリジア。呼び声に反応する孤児たちは同じ境遇である筈の月光人形を殺さないでくれと懇願してくる。
「わかってる、わかってるの……。
 ……ごめんね。例え人形でも、彼らにとっては今を共に生きる仲間で、それを目の前で奪うような事、本当だったらしたくないけれど……このまま共に暮らしても、やっぱり悲劇しか待っていないから」
 シャルレィスの声音が震えている。そうだ、その通りなのだとリジアは只、目を閉じた。
 月光人形の傍で倒れている生者の子供達をイルへと依頼してグレイシアはイル、と呼ぶ。
「少しでも影響を感じたら、余計な事を考えぬように」
「あ、ああ……」
 呼び声が自身に干渉する可能性。グレイシアが顔を上げる。サクラが倒れ、スティアとプラックがアシュレイを相手取る。
(月光人形――……!)
 グレイシアの前から走るルアナが大剣を振るい上げた。
 ルアナは世界の為に。皆と、この世界を護りたい――アシュレイは愛する人の為に。
 否定なんて、出来ない。
 けれど、戦わなければならないとルアナの足が動く。
 此の儘では一人一人と倒されて終わってしまう。
「貴方という存在を否定したくない。だけど、このままじゃ普通の人が狂気に汚染されちゃう!」
 怯む事無く勇者はアシュレイを狙う。プラックを相手取ったアシュレイの頬に赤一筋走る。
「……成程」
 幼い少女――その姿にアシュレイが眉を顰める。傷つけたくない、少女の姿。
「イルさん! 辛いなら戦わなくていい、後ろで――生きていてくれればいい!」
「ッ――わたしは! ……私は、騎士だ。プラック。私も、戦う」
 震える手が、細剣を握りしめている。プラックは剣脚でアシュレイへと相手取る。その視線を釘付けにする名乗り口上は確かな影響を持って居る。
「伝えたい事、話がある人も居る、子供の心に寄り添っちまう優しい人も居る
 きっと色々あるけどよ、皆、無事で帰ろうな!」
「寄り添うのならば、何故――!」
 エイルの、悲痛なる声音が響く。
「何故、殺すというのですか……!」
「分かってる! アンタらは真っ当だ。けどよ、死人を利用してるやつが悪いんだ……!」
 プラックの頬を切る赤。オーラの縄で絡め取りながらルチアはそうね、と静かに囁いた。
「悪いわね、貴方のやっている事に共感できなくもないけれど、
 それが世界にとって悪である以上倒さざるを得ないの。貴方も、その人形たちもね」
「悪だと言えば、断罪する。まるでこの国の在り方ではないか」
 アシュレイの、その声音にルアナは息を飲んだ。
 勇者は悪と言われた魔王討伐の旅に出る。それは決められた道で。確かな、進むべき場所で。
 ルアナの手が震える。グレイシアは正しいというだろう――罪悪感にその心が曇る事も、不安に押しつぶされそうになることも、それが『生きる者』だとして。
「おじさま。ルアナね、『怖くない』よ。
 だって、ここで勇者が諦めちゃ、世界は救われないんだよ……!」
 その決断は『勇者らしい』。勇者を育てるべき魔王にとっては僥倖だ。
 グレイシアはルアナの小さな背を追い掛ける。月光人形の半数を減らすことも骨が折れる作業だが――あと少し、あと少しで目標へと届く!
 グレイシアやルアナを支えるようにしてLumiliaが歌い、エリーナが癒しを乞う。無慈悲な痛みを与える事なきように目を伏せたリジアが子供の声を聴き僅かな戸惑いを見せた。
 サクラに変わるプラックの消耗具合では自身がアシュレイを相手取る事となる。エリーナが「いけません」と発する声を聴きながら戦線は思わしくない方向に進んでいることを確かに感じていた。
 不必要な破壊も過剰な暴力もリジアは得意ではない。寧ろ、苦手だと言えるだろう――こうして叫ぶ子供達を『殺さない』という事も不必要な破壊の回避になるのだろうが、それでいても、不利になって居るのではという最悪のイメージが彼女の頭からは離れない。
 破壊すべきポイントを見定めて、月光人形に突き刺した一打。崩れる其れの向こうでエイルの悲し気な視線が突き刺さる。
「リジアさん!」
 呼んだシャルレィス。ミリアドハーモニクスにて調和を願うLumiliaもリソースの枯渇が脳裏に過り始める。
(いいえ、ここで終わらせるわけにはいきません――!)
 幸福をと説くエイルの言葉にエリーナが首を振る。
「生前の記憶を持ち、同じような振る舞いをしたとしても月光人形は魔種の操り人形でしかなく、家族にはなりえません。そこには幸せなどありません」
 万全な癒しを持って、リジアを支えるエリーナも自身に向けて兇刃を振るう子供達に気づく。
 アシュレイに気を取られれば『あたり魔に傍に居た子供を殺された』という子供達が襲い、子供達に視線を向ければ判別とそして不殺の徹底がオーダーされる。
 ここまで経って居られたのも紛れもないヒーラー二人の熱い支援のおかげだ。
 Lumiliaとエリーナ。ネリーが不安げにエリーナを呼んだのを感じながらエリーナは分かっていると唇で囁いた。
(そうですね……もう持たない)
 ルチアの夏の嵐が吹き荒れた。生者の子供が「だめえ」と叫ぶ。
 名前を呼ばれたその子は、もう確かに死んでいて――魂はそこにないというのに。
 十字を切る。
 神よ。

 神よ――どうか、お許しください。

「私は、それでも」
 全てを護るなど、戯言だとルチアは只、目を伏せた。
 生まれたときから知っていた――生きるにはレールが定められている。
 そんなの、そんなの……『どうにだってなるでしょう』?



「――スティア。私達の可愛い、可愛い、スティア。優しい貴女なら分かるでしょう?
 幼い子を護らんとした父の正義。全てを断罪することは正義なのでしょうか。……全てを護らんとする事は罪なのでしょうか?」
 エイルが誘う様に愛しい娘を呼んだ。その姿を知らずとも、スティア・エイル・ヴァークライトと名乗った彼女が娘であると――自身から受け継がれたもので確かにエイルは確信している。
「お母様……」
「私はそうは思いません。幸せは当たり前にあるものではないでしょう。守らなくてはならないのです、全て、全て。
 大切なスティア。……貴女を、ただ、護りたかったのです。
 父の事を、母の事を、識ってください。そして、貴女の事を教えて」
 誘う、柔らかな声音が、何処までも深淵に。
 スティアさんとLumiliaの声がする。母の愛を見詰めながらエリーナが唇を噛む。
「貴女が『私の娘のスティア』なのならば。
 神が私を幽世へ攫ったとしてもこうして出会えたのもまた運命。
 ねえ、スティア。愛しい我が子――おいで、抱き締めさせて?
 ねえ、スティア。愛しい我が子――母を『お母様』と呼んでくれませんか」
「お母様……」
 ゆっくりと、スティアが立ち上がる。その背にルアナは不安げなまなざしを向けた。
 ああ、でも、大丈夫だ。スティア・エイル・ヴァークライトは――
「ごめんなさい。私は一緒には歩めない。だってお母様の時は止まっているから……」
 ゆっくりと、スティアが身構える。アシュレイの刃がプラックを退け、そしてリジアへと。
 すぐ様に体制を切り替え破壊をに向けて攻撃行動をとるリジアの足元で砂埃が舞う。
 おじさんをいじめないでと叫ぶ子供の声など、もう、聞こえないようにして。
「同じような境遇の人はきっといっぱいいる。
 なのに私だけ無かった事にするわけにはいかないよ。
 それに大切なお友達を残してはいけない――あの夜、私の正義はサクラちゃんと共にあると決めたのだから!」
「スティア……」
 悲し気な、エイルの声音にアシュレイが重なる。
 剣が降りる。
「……どうした」
 リジアはゆっくりと肩で息をした。相手も人間だ、ヒーラーたるエリーナやLumiliaにも多少のダメージ蓄積を感じられる。
「死にたいわけでは、ないのでしょう」
 アシュレイがリジアを見る。
「……どういう意味だ」
「私は、無碍に殺したいわけでもない。そんな『正義』は怠惰に他ならないでしょう。
 護るが為、誰が為に正義と言うべきか。私はそれを知っている」
 アシュレイがエイルの肩を抱く。泣く孤児たちを抱きしめるようにしてLumiliaは魔種の様子を伺った。
「それでは」とマントを翻したアシュレイより飛び込む一打。
「お父様、お母様……!」
 スティア、とイルが呼ぶ。母を亡くした一人の少女――イルはスティアの手を握る。
 アシュレイが刹那気に眉寄せ、スティアを狙った。
 その意味を、咄嗟にエリーナは理解する。エイルも死んでいる――スティアもそうなれば家族は揃う。嗚呼、そんな『そんな歪んだ愛情なんて』。
「スティアさん!」
 目を見開く。
 リィンカーネーションが揺らぐ。ふわり、と。その守護が煌めいて。
「――イル、ちゃん」
「今、回復します!」
 エリーナが慌て声をかける。スティアをぎゅ、と抱き締めるようにしていたイルは曖昧に、小さく笑った。
「私は、スティアに生きて欲しいよ。
 サクラが、言っていたじゃないか。正義って――私は、こうするのが正しいと思うんだ」
 ぽたり、と落ちた赤がスティアの頬に落ちた。


 気づけばアシュレイとエイルは消えていて。
 残されたのは小さな子供達の泣き声と、堕ちた泥だけだった。


 ある夜、男は云ったのです。
 神よ。
 ああ、神よ。

 なんて――なんて、残酷なのでしょう。

成否

失敗

MVP

シャルレィス・スクァリオ(p3p000332)
蒼銀一閃

状態異常

サクラ(p3p005004)[重傷]
聖奠聖騎士
プラック・クラケーン(p3p006804)[重傷]
昔日の青年

あとがき

 お疲れさまでした。特異運命座標の皆さん。
 アシュレイ・ヴァークライトにとっての護るべきは『娘の面影を感じさせる子供』と『愛すべき妻』でした。
 情報精度Cとは、不測の事態に備えるということ。非常に難しいことですね……。
 MVPは不殺というパーティー目標に最もマッチした立ち振る舞いだった貴女へ。
 尚、本依頼では呼び声が2件でておりました。結果はご覧の通り、です。

 また、お会い致しましょう。

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