シナリオ詳細
<クレール・ドゥ・リュヌ>猛き願い
オープニング
●聖者は二度死ぬ
天義、首都。フォン・ルーベルグ――。
厳粛なりし聖都市、その夜の静寂を切り裂くように、怒号と、建築物の破砕音が鳴り響いた。
下手人は、貧民街に住まう幾名かの男たちであった。男たちは夜陰に乗じ、天義教会に所属する、一人の司教の邸宅を襲撃。屋敷にいた司教の家族、使用人、ペットに至るまでのすべてを殺しつくし、そのまま屋敷を占拠。そして夜が明けるに至る――。
「という事で、突入前に、皆さんのお仕事と現在の状況についておさらいしましょう!」
その屋敷の門前にて。『小さな守銭奴』ファーリナ(p3n000013)は、作戦に参加するイレギュラーズたちの間をふよふよと飛び交いながら口を開いた。
まずは、現在の、全体の状況を説明しよう。現在、天義の首都、『フォン・ルーベルグ』を中心に、狂気に侵された人による事件が多発し始めている。
「レオンさんがざんげさんに確認したことには、なんでも、この事件に関連しての<滅びのアーク>の急激な高まりは、以前の『嘘つきサーカス』の件を思い起こさせるほどだとか」
そして、今回の事件における『狂気の源泉』とでもいうべき存在――そう推察されたのが、ここ最近の天義を騒がせている『黄泉がえり』した人間だ。
死者がよみがえる――それもアンデッドではなく、在りし日の姿そのままで帰ってくるという、有り得ぬ奇跡。ある意味で信仰の冒涜であるその現象は、しかし敬けんに生きてきたフォン・ルーベルグ市民ですら完全に否定しきることができぬほどに、魅力的な奇跡であったのだ。
邪教の奇跡を否定するネメシス指導部ではあったが、如何に強き信仰の言葉とて、人の心を濡らす、甘い蜜を、完全に拭い去ることはできない。そして、それが人の心に少しずつ、浸透していくことも。
その様を愚かとは言えまい。人は弱い。故に信仰を胸にするのだから。ましてや、目の前では確たる証拠が笑いかける。それを否定し、捨てることなどは、容易い事ではない。
そしてそれを利用しているのであれば――なんと下卑た行いか。
「ここ最近の蘇り事件に関しては、皆さんも多くの事件を解決なさっています。それだけ潜在的な爆弾の解除に成功したっていうわけです。もし皆さんが事件に取り組んでいなかったら、もっと大規模な事件になっていたはずです」
むむ、と唸りつつ、ファーリナ。実際イレギュラーズたちの働きがなければ、惨劇はさらに拡大していただろう。
「以上が、現在の天義の状況。そしてここからが、今回皆さんが解決する事件についてになります」
前述したとおり、貧民街の住民による暴動が発生し、天義の司教邸宅が襲われている。司教以下、家族から関係者まで皆殺しにされ、下手人である暴徒たちは、未だに邸宅にて籠城を続けている。
「その中心人物であるのは、被害者同様、天義の司教であった『モーリッツ・ランゲンバッハ』なる人物です。被害者とは、思想的な問題で度々対立していたようで……と言うのもこの方、天義の司教内でありながら、貧民たちなどの、いわゆる『天儀式にみて不道徳な民』たちの救済に心血を注いでいた人物なわけですね。ですが。彼は先月、病死しています」
その死に不審な点はあれど、少なくとも死亡したことは間違いない。遺体は適切に埋葬された。
だが――つい先日、彼は突如として貧民街へと、ふらりと現れたのだという。そして、貧民たち自らの、正しき地位を勝ち取るために戦う事を説いた――。
「間違いありません。彼は黄泉がえり――狂気の感染源でしょう。彼は賛同した住民たちと共に、被害者宅を襲撃しました。そして同時に――彼が、私たちへ仕事を依頼した張本人でもあるわけです」
彼らが邸宅を襲撃するほぼ同日、ローレットに一通の封書が届いた。
差出人は、モーリッツ・ランゲンバッハ。内容をかいつまんでみれば、こうだ。
――おそらく自分は、人々を扇動し、何か悍ましいことをしでかそうとしている。
だが、それを止めようとも、諫めようとも思えない。そう考えるという発想が思い浮かばず、かろうじてそこに思考をたどり着かせることができたとしても、砂漠の蜃気楼のように想いは消え失せ、気づけば住民たちに暴力の言葉を投げかけているのだ。
こうして手紙を書くそれ自体が、今の自分には耐えがたき苦痛である。獄卒に鞭うたれるかのごとき痛みが身体を這いまわる。今はかろうじて正気を保てているが、それももはや時間の問題だろう。
依頼は二つ。自分――モーリッツ・ランゲンバッハを殺害すること。
そして、自分についてきてしまった哀れな人々を、可能な限りでよいから、命を奪うことなく止めてほしい事である――。
「封書にはいくつもの傷と、書き損じ、そして血が染みついてました。恐らく想像を絶する苦痛の中、私たちへの手紙をしたためたのでしょう。……さて、状況はお分かりですね?」
ファーリナの言葉に、イレギュラーズ達は頷いた。
これより屋敷に突入し、貧民たちを無力化。
そして、モーリッツ・ランゲンバッハを見つけ出し、止める。
――イレギュラーズ達は意を決し、屋敷を臨むのであった。
- <クレール・ドゥ・リュヌ>猛き願い完了
- GM名洗井落雲
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年05月29日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●突入・前
「……だれか、カーテンを開けたか?」
とある、天義司教の屋敷。その一室。
中に潜んでいた暴徒――この屋敷の住民を殺害し、占拠した――その一人が、中にいる男に、声をかけた。
「いや……風じゃないのか? 確かさっき、何か……風がふわっと流れた気がする……」
もう一人の男が、首をかしげながら、カーテンを閉じる。部屋の中には、二人の男。そして中央の椅子に深く腰掛ける、老人が一人。
「なんにしても、気をつけろよ。外から狙われたらたまったもんじゃない……」
そう会話する二人を視界の端にとらえながら、老人……モーリッツ・ランゲンバッハは、静かに呟いた。
「来てくれたか……」
血を吐くような、助けを乞うような、小さな呟き。だがそれとは裏腹に、モーリッツの眼に宿る光は、やがて暴力性を感じるものへと変わっていった。
「ざっと、だけれどね。カーテンが開きっぱなしの部屋に、賊は居ない。少なくとも、重要人物はいないだろうね」
屋敷の前にて。『静謐なる射手』ラダ・ジグリ(p3p000271)のコネクションにより入手した屋敷の建築図を見つつ、『わるいおおかみさん』グリムペイン・ダカタール(p3p002887)が、仲間たちへと告げる。
ダカタールは精霊に呼びかけ、室内のカーテンを動かさせたのだ。もし、相手が襲撃を警戒しているのであれば、外から室内の様子が丸見えとなるのを、そのままとしないだろう。少なくとも、自分たちの首魁がいる場所は、隠したいのが人情というものだ。
「あとの探索は、突入しながら、と言う形になるな」
ラダが言うのへ、仲間達は頷いた。さらに慎重に……と言う手もあるが、それはこちらが調査を行っていることを、相手に気づかせてしまうリスクとのトレードオフだ。調べたところで突入中に相手に場所を移動されてしまうのも問題だし、屋敷中の敵が一か所に集まってしまうのも、それはそれで問題である。程々で切り上げるのが上策だろう。
「そうね……黒猫さんにも、帰ってもらうのね」
自身のファミリアーに命じながら、『緋焔纏う幼狐』焔宮 鳴(p3p000246)は言う。
「どれくらい、廊下に皆が配置されてるのか……って言うのは、全部ではないけれど分かったのよ。黒猫さんのおかげなの」
「助かる。室内に関しちゃ博打を打つしかないが、運試しをするまでの状況は整ったってわけだ」
『義に篤く』亘理 義弘(p3p000398)が、頷いて言った。
「じゃ、情報を頭に叩き込んで、っと……一応の確認だけどー、私達で貧民を引き付けて、その隙に本命がモーリッツを討伐……おっけーだねー?」
『魂の牧童』巡離 リンネ(p3p000412)が、仲間たちへと確認した。
今回の作戦、イレギュラーズ達は2班での突入を選択した。一班が可能な限り敵を引き付け、もう一班は室内の確認――標的であるモーリッツの討伐を目指す。
「それとそれと……可能な限り、でいいのだけれど」
『お節介焼き』華蓮・ナーサリー・瑞稀(p3p004864)はおずおずと、声をあげた。
その様子に、仲間たちは分っている、と頷いて見せる。
華蓮が願ったのは、敵対する貧民たちの命の保証である。彼らは確かに罪を犯したが、それは、狂気と言う熱病に浮かされての事でもあるし、可能な限り助けてほしいとは、依頼主の意向だ。
「大丈夫だ。後手に回る戦いは、故郷でも経験している」
『かくて我、此処に在り』マカライト・ヴェンデッタ・カロメロス(p3p002007)が静かに頷き、
「依頼は確実に遂行する……それが、オレたちのハイ・ルールだ」
『緋色の鉄槌』マグナ=レッドシザーズ(p3p000240)もまた、笑って見せた。
だが、同時に、『可能な限り』と言う前提がつくことを、この場にいる誰もがきちんと理解していた。目の前の命を救うため、自分たちが全滅してしまっては元も子もないし、重要なのは、原罪の呼び声の原因となってしまっているモーリッツの討伐であるのだ。
「さて……では、そろそろ行こうか?」
ダカタールが告げるのへ、仲間達は頷いた。
そしてイレギュラーズ達は、屋敷の扉を臨む――。
●突入・索敵
玄関の大きな扉をぶち破り、屋敷内にイレギュラーズ達は突入した。まず見えたのが、巨大な玄関ホールである。3階まで吹き抜けとなっているそのホールの中央には、三名――鈍器を手にした二名の男と、クロスボウを手にした一名の男――の賊の姿があった。状況を飲み込むのに時間を要する、そんな表情を浮かべている。
一方、イレギュラーズ達の判断は早い。すぐさま4名ずつの2班へと別れるや、片方は賊たちをすり抜け、奥へと走り出した。
ようやく状況を理解した賊たちは、慌てて武器を構え、声をあげる
「させ――」
「させないのは、こっちなのだわ!」
叫び、華蓮が放つ雷。それは、『この雷で撃てば、相手の命は救われる』と言う、優しくも分不相応な祈りを込められた一撃。雷は、その願いをかなえるだろう。だが、その代償は、華蓮の身体に、鋭い痛みとなって返ってくる。
「一階にはいないのよっ! 二階も、すぐ近くには……! お願い……お願いよ!」
駆け抜けていく仲間たちの後ろ姿に、華蓮は叫んだ。可能な限り、命を助けたい。そうわがままを言ったのは、自分だ。だから、自分はこれから、傷を受ける。それが願いの対価なのだ。
「来い。俺も少しは、身を削らなければな」
そう言ってマカライトは『ウェボロス』を解き放った。鎖の塊により形作られた身体に、一つ目を持った形状の、マカライトの眷属である。放たれたウェボロスは、華蓮の一撃により浮足立つ賊、そのクロスボウを持った男へと、宙を滑るように飛来。その身体で以って、男を拘束して見せる。
「な、なんだこいつ!?」
悲鳴のような声をあげる男を、ウェボロスの一つ目がぎょろりと見つめた。
「衝動のままに暴れる者とそれを起こす者……ねー。果たしてその祈りはどこへ行くのかなー」
リンネが謳い上げる『魔神黙示録』が、仲間たちの力を奮い起こさせる。
「いずれにしても、今の君たちがやってることは、ただの犯罪なんだよねー」
リンネの言葉に、男が怒りの声をあげた。
「何を……貴様らに、我々の何がわかる!?」
「分かる……とは言わないさ」
ラダが放つ銃弾が、男の右腕に直撃した激痛を受けてなお、男は右手の獲物を落とさない。ある程度話せるとはいえ、やはり狂気に犯されているのは事実なのだろう。
「だが……クライアントには、お前たちを止めろと言われている。私はそれを遂行するまでだ」
「クライアント……天義の教会か!?」
尋ねる男に、ラダは目を細める。
「それを言っても……今のお前たちは、信じないだろうよ」
ラダが懐から取り出したのは、『轟々雷々』……巨大な音を立てる火薬である。ラダは躊躇なく火をつけると、それを放り投げた。途端、すさまじい爆音があたりに鳴り響く。これでは、音を聞きつけた貧民たちも、こちらへ駆けつけてくるかもしれない……。
「ここからが正念場、って奴だねー」
そう言って、リンネが不敵に笑う。響く足音と迫る気配が、イレギュラーズ達を刻一刻と追い詰めていくことは、疑いようのない事実だろう。
「私は……私は、中途半端なのだわ。命を奪う覚悟もできない。でも、自分の命を差し出すことも、見捨てることもできなかった……!」
吐き出すように、華蓮が言った。言葉にせねば、潰れそうだった。
「だからせめて……今、傷つける覚悟は……傷つく覚悟は、して見せるっ!」
「月並みな言葉だが……あまり背負い込むな」
マカライトは勇気づけるように、笑んで見せた。
「今は、チームだ。華蓮殿だけが傷つく覚悟をする必要はないだろう」
「死ぬのはごめんだけれど……可能な限り、ねー」
リンネもまた、笑って見せる。
「そう言う事だ。さぁ、一仕事始めようか」
ラダの言葉に、皆が頷く。
かくて、一つ目の戦いは、ここに幕を開けた。
一階に目標は居ない。残る仲間からの言葉を信じ、イレギュラーズ達は一気に二階へと駆けあがる。
「近くでもない……端から見てくぞ!」
マグナが叫び、手近にあった扉を開ける。そこは、事前の調査で「カーテンのしまった」場所である。果たして中には、鈍器を持った男と、クロスボウを持った女が居た。ハズレだ。
「なんだ、お前ら……!?」
だが、このまま放置していくわけにもいかない。
「悪いが……悠長に構ってはやれないんでな!」
マグナが放つ、槍の穂先にも似た、赤い魔力の刃。『スティンガー』と名付けられたそれは、男の腕を貫き、鮮血をほとばしらせた。
「な……なぁっ!?」
悲鳴を上げる男、その身体を、続いて炎が包み込んだ。だが、それは肉体を焼くものではない。精神――魂を焼き、食らう、『魂喰イ』の呪術……鳴の使役するものだ。精神を焼かれた男は、気絶するようにその意識を手放す。
「一人……止めたの!」
応じるように放たれたクロスボウが、鳴の腕をかすめた。服を裂いて、裂傷とわずかな血が、鳴の腕より溢れる。
「下がれ、焔宮!」
入れ替わるように突撃してきた義弘が、ショットガンの銃弾の如き威力を持つ拳を、手加減なしにぶち込んだ。相手の殺意は明確であり、同時にタフネスも尋常ではないことは分っている。手など抜けば、そこから瓦解しかねないのだ。
現に、一般人の女性ならばしばらくは動けなくなるであろうその拳を受けて、その女性は立ち上がった。口の端に血がにじむのは、口内を切ったか、あるいは内蔵へのダメージか。いずれにせよ尋常ではない痛みを気にせず、女はクロスボウを構える。だが、その矢は再度発射されることは無く、突如として吹き抜けた突風により、女は弾き飛ばされた。強かに壁に打ち付けられた女は昏倒。
「運が良かった。左足で踏み出していた」
突風の主――魔力を込めた、暴風の吐息だった――ダカタールが言う。運がいいというのは、命を奪うほどではなかった、という事だろう。
「無事を確認……と言いたい所だが、余裕はない。こいつらは置いておいて、先に行くぞ」
義弘の言葉に、イレギュラーズ達は頷き、弾かれたように部屋から飛び出し、駆けだした。もたもたしていては、こちらが敵に見つかることはもちろん、階下で囮を買って出ている仲間たちが全滅しかねない。
再び扉を開き、中を改める。しかし、中にいたのは、モーリッツではない。一気に無力化して、再び次へ――何度かのこの工程を、イレギュラーズ達は繰り返した。
(「しかし……正直、罠を疑っていたが。どうやら司教殿は本物のようだね」)
移動の最中、胸中でダカタールは呟く。少なくとも相手に、こちらを罠にはめてやろうという気配は感じられなかった。敵の首魁からの、殺してくれと言う依頼……確かに怪しいものではあったが、これはどうも、本当の事らしい。
(「酔狂……いや、それに付き合う私も私だね。さて――」)
一同は、新たな扉の前に到着する。一瞬、目くばせをしつつ一気に扉を開く。
果たして、そこにいたのは、三名の人間である。二人は、しっかりとした体格の、中年の男。そして、部屋の中央、椅子に座りこちらを見やる、一人の老人である。
「モーリッツ・ランゲンバッハ……アンタが……」
「如何にも」
呟くように言う義弘に、モーリッツは鷹揚に頷いた。
「手短に言う。速やかに……私を殺せ。いや、お前たちが死ね。早く、私が正気を、失せろ、我々の気高き革命のため、お前たちは死ね!」
支離滅裂な言葉に、イレギュラーズ達は息を呑んだかもしれない。
それは、自らを蝕む狂気のプログラムと、本来あるべきモーリッツの魂のせめぎ合いの光景である。モーリッツはぎり、と唇をかみちぎる勢いで、かみしめた。口の端から血がしたたり落ちる。
「殺せ!」
それは、どちらに対しての言葉だったのか。いずれにしても、イレギュラーズ達は構えたし、そばに侍る男たちも武器を構えたのだ。
「司教様を守れ!」
「奴らを殺せ!」
鈍器を携えて、二人の男が突撃してくる。
「くそ、死にたくなけりゃ失せろ! 死んだら、何にもなんねえだろうが!」
叫び、マグナが放つ真紅の弾丸が、男たちへ突き刺さる。業火を呼ぶ殺意の弾丸を受けて、なお男たちはイレギュラーズ達の前に立ちはだかった。
「どいて! 貴方たちのことだって、助けたいと思っているの!」
悲痛な鳴の言葉も、狂気に侵された男たちには届かない。
「下がれ! 悪ぃが……まとめて吹き飛ばす!」
義弘が拳を振るうと、自身を中心に巻き起こる旋風。瞬間的に巻き起こったそれは暴風と化し、男たちを弾き飛ばし、そのつむじ風で肉体を切り裂く。
「そうだ……おのれ、我らの悲願の邪魔をする……!」
モーリッツが叫ぶ。途端、噴き出す何かが、イレギュラーズ達の心をかき乱した。沸き起こるそれは、強欲の感覚。目の前の何かをつかみ取りたいという衝動は、作戦の遂行を邪魔する存在への怒りへと変換されていく。
「呼び声か……だが! このような出来の悪い演説(こえ)に騙されてはいけない!」
ダカタールが、大号令の声をあげる。それだけで、イレギュラーズ達が正気を取り戻すには充分である。
「オレ達は、あんたの本当の言葉を知っている……だから!」
マグナが妨害を潜り抜け、殺意の銃弾を撃ち放つ。モーリッツに突き刺さったそれは、その身体を強く焼き払う。
「貴方と、貴方が救おうとした民の為に……貴方を黄泉に返すの!」
鳴の叫びとともに放たれた、精神の銃弾。それが、モーリッツの身体を。
「ありがとう――」
その呟きは、おそらくは誰にも届くことは無く。
モーリッツの身体は精神の銃弾によって打ち抜かれ、その身体は泥のような物体と溶けて消える――。
●祈りの果てに
その身体は傷つき、手は血に染まり。
幾多の命を救い/奪い。だが、しかし心は折れない。
可能な限り救いたかった。可能な限り助けたかった。
すべてを救う事はできない。それでも、願いを、祈りを、受け取ったのならば。
この命に代えても、などと格好いい事は言えない。
私たちは皆、中途半端だ。
完璧完全なヒーローには、きっとなれない。
だけど。
それでも、生きているのならば。
手を伸ばさずにはいられないのは、きっと。
幾度かの人の波を超えて、華蓮は/マカライトは/リンネは/ラダは、未だ、立っている。
その身体には、いくつもの傷を作り。
足元に倒れる者たちの中には、その命の灯火を消してしまったものもいる。
だが、多くは……かろうじて、その生命をとどめていた。
「あはは……さすがにちょっと……」
リンネが苦笑した。流石に、敵をひきつけ過ぎたかなー、などと軽口一つ。
「……向こうのチームは、無事だろうか」
マカライトが静かに、言った。別れてから、しばらくたつ。果たして作戦は、成功したのか……。
「信じて待つしかないだろう」
ラダが呟き、『Schadenfreude』を構えた。銃弾は、まだ残っているか……?
「付き合わせちゃって、ごめんなさい」
華蓮が言う。積極的に前に出ていた華蓮の身体は、相応のダメージを受けていた。恐らくは、立っているのもやっとと言った所だろうか。
「気にするな。意見を採択したのは俺たちだ」
「いちれんたくしょー、って奴だよー」
マカライトが、リンネが言う。
「それに……これから死ぬ、みたいに言わないでくれ。私たちは、全員で生還する」
ラダは言う。そうだ、限界は見えていたが、諦めてはいけない。一分、一秒でも、長く生き残るために、歩みを止めるわけにはいかない。
イレギュラーズ達を包囲するように、貧民たちがにじり寄る。相手も、その総数は確実に少なくなっていたが、果たして今のイレギュラーズ達に、迎撃するだけの力は残されているだろうか。だが、気力を奮い立たせ、イレギュラーズ達は武器を構える――と。
貧民たち、その背後より、赤い弾丸と、魔力の槍が迫り、貧民たちへと着弾したのは、その瞬間であった。
「おい、無事か!?」
マグナが、叫んだ。
「こちらは……目標を達成したのです!」
鳴が、叫んだ。
「お前らはいったん引け! こっちは俺たちが片付ける……グリムペイン、お前さんはあいつらの治療を頼む!」
「もちろん、それが私の仕事だとも」
ダカタールは頷き、治療術式を唱え、治療能力のある召喚物を呼び寄せた。それを用い、囮チームの治療を開始する。
「大丈夫かな? 亘理の言う通り、少し休んでいた方がいいだろうね」
ダカタールの言葉に、しかし囮チームのメンバーは頭を振った。
「いや、やるなら最後まで、付き合おう」
マカライトが言う。
「ここまで来たら、少し休んだくらいじゃねー」
リンネが笑った。
「制圧が完了した方が、心おきなく休めるというものだ」
ラダは最後の弾倉を銃に装てんして、告げる。
「最後まで……依頼は遂行するのよ」
華蓮の言葉に、ダカタールは笑った。
「酔狂だね……まぁ、私も似たようなものか」
かくて、イレギュラーズ達の決死の攻撃が始まる。
そしてそれは瞬く間に、残る貧民たちを、無力化していった。
やがて程なくして、館に静寂が訪れた。
それは、イレギュラーズ達を労うような――。
祈りにも似た、静かな、静かな静寂であった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
皆様のご活躍により、ターゲットは無事に討伐。
貧民たちも、そのほとんどが、何とか命はつなぐことができたようです。
GMコメント
お世話になっております。洗井落雲です。
狂気に犯された人々を突破し、その源泉を討伐してください。
●成功条件
全ての敵を無力化(生死は問わない)し、『モーリッツ・ランゲンバッハ』を殺害する。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
●状況
貧民たちが占拠した、天義司教の屋敷が舞台です。
木造建築の三階建て。部屋数は大小合わせて15。結構広いです。
一階に七つ、二階に五つ、三階に三つの部屋があります。すべての部屋に窓はありますが、すべてカーテンで仕切られており、中の確認は難しいでしょう。
貧民たちは、各階に分散し、2~3名ほどの小隊を組んで行動しています。
標的であるモーリッツ・ランゲンバッハは、二名の護衛と共に、どこかの部屋に潜んでいます。
●エネミーデータ
貧民 ×20
特徴
暴徒と化した貧民たちです。基本能力値はイレギュラーズには及びませんが、狂気に当てられているせいか、EXFが高く、倒れにくくなっています。
スキルは、鈍器を利用した近接物理攻撃と、クロスボウを利用した中~遠距離物理攻撃を使用。
基本的に2~3名セットで行動しています。必ず、近距離スキル使用者1~2名と、遠距離スキル使用者1名の組み合わせで活動します。
彼らの生死は問いません。また、今シナリオに限り、不殺の意思を示していれば、【必殺】属性の攻撃を行わない限りは、戦闘不能=気絶という判定処理を行います。
護衛貧民 ×2
特徴
モーリッツ・ランゲンバッハを護衛する貧民です。
特徴自体は、上記貧民ととくに変わりはありません。基本能力値は低く、EXFのみ高くなっています。
使用スキルは、どちらも近接物理攻撃を使用。また、ブロックも積極的に行います。
『猛き願いの』モーリッツ・ランゲンバッハ ×1
特徴
上記護衛貧民と共に、どこかの部屋に潜んでいます。見つけ出し、確実に排除してください。
高いEXFを持ちますが、それ以外のパラメーターは平凡なもので、反応は特に低いです。
使用スキルは、
近距離~中距離をカバーする神秘属性単体攻撃。
近距離~中距離をカバーする回復スキル。
を使用します。
また、以下の特殊スキルを持ちます。
『原罪の呼び声:衝動』
モーリッツ・ランゲンバッハの行動開始時に自動発動する。
モーリッツ・ランゲンバッハからみて中~遠距離に位置するすべてのイレギュラーズを対象とし、『ダメージなし、BS抵抗値補正=+30』の特殊抵抗判定を行う。
判定に失敗した対象に『怒り』を付与する。
以上となります。
それでは、皆様のご参加お待ちしております。
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