PandoraPartyProject

シナリオ詳細

悪人の一頁

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 霜付く夜。
 日中、雨が降っていたのだろう。幻想首都メフ・メフィートの一画に漂う冷気には未だ水気が帯びていた。
 街灯に照らされた黒い石畳。そんな湿った地面に寝かされる感触は不快に違いなかった。
「うっ……ぐゥゥゥ……!!」
 男の呻き声が石畳へ吹き付けられる。
 直ぐ傍。這いつくばるその姿を、無様と嗤う者がいた。
「しつこい人だ。何度そうやって拳と刃物を振り回した所で、何が出来ると言うのか」
「ふぉふぉふぉ……若いウチは元気が取り柄じゃよ先生」
「でもねぇ、人様のお命を頂戴する気概で馬車を襲って来たのだしやっぱりケジメは必要じゃないかしらお爺さん」
 血の臭いがするというのに、眉一つ動かさない貴族然とする男。その両隣で如何にも人の良さそうな老夫婦らしき男女が腰と背を曲げ、地に伏せる男を指差していた。

「この半年の間にこれで四度目、一体どこで私の動きを掴んで来ているのやら。
 ──ああ、訊きたいわけじゃない。哀れな男が自らの生んだ幻を現実の物として認識している……それだけで殺すほど私は無慈悲な人間じゃないんだ」
 貴族の男は外套を翻して馬車へと戻って行く。
 地に伏せ、全身をズタズタにされた男は折れたナイフを振り回して叫んだ。
「ボルケーン卿……! ゼェ、ハァ……ッ、いつまでもお前の悪行が野放しにされると思うなよ! いつか必ずあの娘を救ってみせる!」
「嫌ですねぇお爺さん、逆恨みですよこの人」
「婆さんもう放っといてええじゃろ。旦那様も放置しろ言うとるしのぉ」
 侮蔑とも思える視線と物言いに返す言葉は無い。
 馬車へ乗り込んでいった老夫婦を最後に、間もなく馬車は何処かへと去って行った。
「……ッうぐ、絶対……絶対に許さないぞ…………」
 自身の血に塗れ、派手にズタズタにされた襤褸を纏う男は唇を震わせた。悪を許さない心が怒りを糧に燃えていたのだ。
「必ず、あの娘を奴の手から救い出す……どんな事をしてでもッ」
 闇夜に消える男。
 致命傷ではないにせよ、少なくない血液が示す軌跡は彼の行く道を彩っている様だった。


 良く晴れた昼時の街頭にて、黄衣を纏った妖しげな人物と情報屋は密会していた。
 背中合わせに顔を見合わせる事無く、情報屋は雑踏を俯瞰しながら小声で問いかける。
「振り向かずにお答え下さい。昨夜『当家』に文を出した者ですね?」
 若い女の声に黄衣の人物は「そうだ」と短く肯定した。若い男、である。
「私はさる御方の従者を務める者です、今回はあくまでお話を聞くだけ……正式に依頼となるかは内容次第ですのであしからず」
「それで充分だ……」
 黄衣の男が静かに雑踏の中へ踏み出すのを見て、情報屋の女もそれに追随して往く。
「イライジャ・ボルケーン男爵、これの一人娘を救いたい」
 黄衣の男はそう告げた。

 ボルケーン卿は自身の娘を屋敷に閉じ込め、日々自らの欲望を満たす為に痛めつけている。
 それは身体だけではない、心すら痛めつけられた少女は憂いの瞳で窓から外の世界を見つめるだけの時を過ごしているのだという。
 黄衣の男は静かに、しかし明らかに滾る何かを抑える素振りで声を震わせた。
 ある時、窓から救いを求められた『その男』が助け出そうと屋敷へ乗り込んだ時を境に、悪党ボルケーンは卑怯にも元犯罪者の二人組を雇い入れて用心棒としているのだと。
 それ以外にも屋敷を守る兵が存在する事から、『その男』は正面から行くのを諦めて夜道を狙う様にしていたが──いずれも失敗に終わったのだと。
「その男、とは。貴方の事ではないのですか?」
「信条ゆえ……悪いが答えられない、我が身の様には想うが」
 情報屋の女は暫しの思考を終え。
「今のお話。貴方は少女を救いたいと言っていましたが、随分暴力に頼っていたようですね? ……何故、卿は憲兵に相談していないと?」

 それとなく探りを入れた女に、黄衣の男は「ウム」と唸った。
 件の男爵に慈悲があるにせよ話を聞くに襲撃或いは侵入を試みたのは一度や二度ではないらしい、それがどうして騒ぎにならないのか。
 しかし同時にそれは『男』もまた同様。何の不正義も無いならば出る所へ出れば何らかの手が回る筈である。
「……”それ”を調べるのが仕事で、調べた結果如何とするかを判断するのがローレットだろう……」
「それはつまり……っ」
 不意に黄衣の男が視界から消えた。情報屋の女は直ぐに雑踏の最中を見渡したが、完全に見失ってしまった。

● " 共犯 "
 卓に着いた『完璧なオペレーター』ミリタリア・シュトラーセ(p3n000037)は繰り返した。
「今回の依頼を受けるかはお任せします。既に説明した通り、怪しい点が多く見られます。
 ボルケーン卿は私も何度か交流がありますが、病に伏せりがちな御息女を想って医療技術に精通している人物達を訪ねるような人物です。
 依頼者が怪しいのは事実です。が、調べた所『彼等』は海洋で活動している小規模の独自信仰を掲げる集団、その一員の様です」
 ミリタリアは首を振る。
「……それも、これといって怪しい点は無いのが現状。慈善事業すら行う彼等の評価は白です。
 男爵本人へ直接お話を聞こうとしましたが、それも『急な案件』によって幾度も拒絶されています、ので」
 卓上に並んだ二枚の手紙へその場の視線が集中する。
 それはつい先日、ギルドに送られて来た正式な依頼状だった。
「イレギュラーズの皆様には平時と変わらず、此度の依頼を遂行して頂きます。
 ───依頼内容はボルケーン卿や用心棒の排除、そして傭兵達の抹殺。別行動を取る依頼人が件の少女を救出します」
「……排除?」
 どういう意味なのか、その問いに彼女は悩まし気に目を伏せた。

「少女の希望は残すべきという、依頼人の配慮に基づく方針です」
 それがエゴの塊である事は彼女自身よく理解していた。

GMコメント

 本件は悪性につき、ご注意を。
 ちくブレですよろしくお願いします。

 以下情報。

●情報精度C
 依頼において不鮮明な情報が多く、不測の事態が起きる可能性があります。

●依頼成功条件
 ボルケーン卿・用心棒の無力化
 傭兵達の抹殺

●襲撃
 時刻は深夜、定期的に行う集会に自邸を指定したという情報に基づき、人払いが済まされたボルケーン邸を襲撃します。
 周辺地域住民に関しては、皆様の通常戦闘音なら気付かない環境です。
 イレギュラーズへのオーダーとして『目標の撃破さえ出来ればどのように行動、戦闘しても構わない』とありますので
 陽動だけでなく大凡の自由度があります。

 ボルケーン邸に残っている戦力は以下の通り。

 【傭兵】×8
 無名ながらもそれなりの手練れが雇われているらしく、無名ゆえに恩義ある男爵への忠義は高めです。
 詳細は不明ですが集団戦闘に慣れているようです。

 【謎の老夫婦】
 出自はおろか名前すら不明の齢七十過ぎに見える老夫婦。
 『鋸の様な武器』を用いた目にも止まらない連続攻撃をしてくるとは依頼人の言です。
 身辺護衛に雇われているだけあって、油断ならない相手です。

 【ボルケーン卿】
 『神に信仰せぬ悪魔の使徒。少女を檻に閉じ込める異常者』と依頼人は何度も強調しています。
 その実はともあれ。情報屋の知る限り彼は武闘派として知られる武人でもあるため、状況次第で戦闘に参加して来る可能性があります。
 特徴的な武技等はありませんが、攻守共に低くないでしょう。

 以上。
 繰り返し、本件は『悪属性依頼』となっております。
 成功した場合『幻想』における名声がマイナスされ、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

 皆様のご参加をお待ちしております。

  • 悪人の一頁完了
  • GM名ちくわブレード(休止中)
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年05月19日 21時45分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

メリンダ・ビーチャム(p3p001496)
瞑目する修道女
極楽院 ことほぎ(p3p002087)
悪しき魔女
黎明院・ゼフィラ(p3p002101)
夜明け前の風
イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)
黒撃
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
黒星 一晃(p3p004679)
黒一閃
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
音呂木の蛇巫女

リプレイ


 陽が傾き始めた頃。
 王都メフ・メフィートから離れた港町に並ぶ教会を『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)は訪れた。
 同じ海洋人だという事もあり、信仰に興味がある体で訪れた彼女を信徒達は手厚く歓迎した。
「これはこれは。ローレットの、そして彼の辺境伯の……この様な急造の教会へ何用か」
 しかしそこでカタラァナは偶然──依頼人である黄衣の男に遭遇してしまう。
 他の信徒達を下がらせた彼はその素顔を一切露わにする事なく、両の手を広げた。
「”我々”に興を見出して戴いたならば至極恐悦の限り。幾らでも語ろう。
 何々……ふむ、我等が信条にご興味がおありとは。それを聞いてどうなさるかは問いますまい」
 カタラァナは教会へ訪れた真意は言わなかった。
 だが。
「──クリミナル・オファー、原罪の呼び声とは異なる……『呼び声』を貴女はご存知かな」
 気を付けなくてはいけない。
 歌の聞き手は音色ばかりに耳を澄ませている訳ではないのだから。


 寒さもすっかり薄れた夜、幻想王都の一画にある酒場では賑わいを見せていた。
 寒気から解放され、冷えた酒に手を伸ばす人々の傍ら。こういった場も様々な意味で効果的であると『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は思う。
「貴女が迷惑を被る事は起きない。私が知りたいのは事の真偽であり、それを知るのは貴女なのです」
 カラン、と寛治は氷を鳴らしてカウンター席の隣で縮こまっている少女にグラスを差し出す。
 幼い顔立ちだが、彼女が成人済みである事は調べてある。少女は慣れぬ高級品を前にして迷う様に寛治を改めて見上げるのだった。
「でも、お屋敷の中での出来事は全て他言を禁じられていますっ……お嬢様の事は特に……」
 赤いカクテルに浮かぶ氷塊を覗き込む少女は、次に手元の一枚の名刺へ視線を移す。
 『PPP,ltd. ファンドマネージャ 新田寛治』と記されたそれは、ある程度の情報通である貴族の下にいる者ならば名前くらいは聞いた事があった。
 だが、だからこそ今一つ状況が飲み込めないでいるのが正直な所だった。
 そんな時である。酒場の一画が騒然としたのは。
「ぶべらぁ!?」
 店外へ転がった大柄な男が汚い悲鳴を挙げた。
 何事かと店内の視線が集中する先で、更に数人の男達が口々に怒声を挙げ始める。
「オレのユウジンの前で荒っぽいコトはしたくないんだけどね、店のメイワクにもなるしさ」
 精悍でしなやか、一切の隙無く武器と化したその身を構えて『無影拳』イグナート・エゴロヴィチ・レスキン(p3p002377)は首を鳴らした。
 彼の背後で友人と呼ばれた小太りな男はその姿を興味深そうに静観している。
 激昂しナイフまで取り出す男達。それまで湧いていた客達はいかにもな悪漢を前に、どうする事も出来ずに見守るしかなかった。
 飛び掛かる男達。
 続く怒号。
 悲鳴。
「邪魔だ……折角の酔いが冷める」
 高鳴る鍔の音。
 目にも止まらぬ抜刀、その時目を凝らしていなければ彼が瞬く間に数人の男達を薙ぎ払ったとは誰も気付けないだろう。
 呆気に取られる男達はナイフを収めるのを忘れてしまう。
 その後は有無を言わさず、次ターンで最初に狩られた仲間と同じ末路を辿るのは必然だった。

 ──暫くして、酒場に元の喧噪が戻る。
 酔った悪漢達による騒ぎを収めるに至ったイグナートと『墨染鴉』黒星 一晃(p3p004679)は、片や友人と、片や独りで飲み直していた。
 だが一晃の方は、どうやら彼に気付いた他の客達がこぞって椅子と酒を手に集まり始める様子を見せていた。
「……君が彼のギルドの『無影拳』である事は間違いないらしいな、聞かせて貰おう」
「アンタつえーなあ。なんでこんなトコで一人、酒なんか飲んでんだぁ? 俺達、ラサで仕事してるんだけどよぉ。傭兵とかさ、興味あるゥ?」
「あの方は確か……ローレットのイグナート様。もう一方も噂になっている剣士の方ですよね? 新田様、皆様は何らかのご依頼を受けているのですか……?」
 それぞれの視線が交差する。
 グラスを微かに揺らして、寛治は上手く『相手』と卓に着いた手腕に賛辞の視線を仲間に送った。
 店に人材を集めてくれた酒場の店主や、柄の悪そうな輩を呼び込んでくれた知人にも同じく。
「では、ビジネスの話をしましょうか」
 少女は寛治の声と、喧噪の中から聴こえて来た複数の声が重なったような気がした。


 白昼の往来を行き交う者達は時折視界にチラつく光景に首を傾げる。
「この辺りで城館東側の外観が見える筈だが、どうだい」
「ええ見えるわ」
 壁沿いにぴったりと張り付いて『瞑目する修道女』メリンダ・ビーチャム(p3p001496)は壁を透視する事で敷地内の様子を伺う。
 その背後で図面を引いている『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)の姿が更に怪しさを醸し出すが、視線を感じる度に懐から出したロザリオを共に掲げて何やら祈りを捧げる演技でやり過ごしていた。
 混沌、それも幻想に住まう者達にとって多少変わった教会関係者は見慣れたものだった。
「敷地内の警備は日中なら20人前後、兵の質が良い」
 ゼフィラは続けて。
「しかし遠目に見た所あの屋敷に仕掛けの類は無さそうだったな。
 男爵といったか? 先代は伯爵だったそうだが、今や城館は整備不良で些か脆くなっているようだ」
「随分立派なお屋敷なのに家柄が落ち目にあるのは哀しいことね」
 ふむ、とロザリオを弄びながら瞼を閉ざしたままメリンダが振り返る。
「そろそろ一周したわ。警備の人間も大体把握できたし、偵察も潮時じゃないかしら」
「ああ、今日は遠方へ出ていたカタラァナが戻って来る頃合いでもある。こっちで当てが外れた以上は例の教団について話を聞きたいものだ」
 一建造物として学術的価値が低かった事に溜息を吐く。
 しかしこれで最低限の目的は達せられた。
 金の糸が風に揺れ交差するように、二人はその場を後にするのだった。

●CHECK.
 夜闇に落ちる血の色を気にする者など、果たしているのだろうか。
「うたう くじらの ばーらえな──……
 ──およぐ すがたの とうとしと
 だいじに くるんで おこうとも──……」
 深い夜。静寂に包まれていた世界に歌と共に一つ首が落ちる。
 芝生の香りに混ざる鉄の臭気が風に乗るより速く。もう一方の屈強な戦士が歌に気付く前、完全に不意を打つ形で緋色が襲い掛かった。
「歌……? っ……ン!?」
「おやすみなさい、っと」
 『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)が男の背中に足を掛け、刃を引き抜く。
「ニッタのおじさん、正面側の傭兵はこっちには気付いてないよ」
「トントン拍子ねー。結局傭兵の人数に変わりはないみたいだし」
 速やかに索敵を済ませたカタラァナと秋奈の報告に、手振りで応じた寛治は続く一同に変わり無い事をアイコンタクトで確認する。
 暫しの間を置いて、ゼフィラが屋敷傍の植え込みを探りに行くと一本の鍵を見つけ出した。
 その姿に感心しながらイグナートは前夜の事を思い出す。

──『では皆様が収集した情報を纏めましょう』

『彼の貴族に依頼人の言う不義は無く、しかし依頼人の所属する教団に怪しい点は無かった。そうですね?』
『うん、カルトチックだとは思ったけれど、あの人達は海に還りたがってるだけだよ。
 掲げる信条は【海底におわす主の為に身を捧げる事】、【母なる海から生まれし者達は皆家族である】、おかしな嘘をついてまで女の子を誘拐したがるとは思えないかな』
『私もその筋に聴取しましたが、カタラァナ様に近い意見のようで。カルト的ですが。
 彼等は海の底と隣人を愛する性質です。件の令嬢を救出するのもあくまで信徒の為とするなら、表裏の無い物言いと性質は信用に足り得るでしょう』
『……ボルケーン卿、特にその娘に関しては俺が聞いた通りだったか』
『一晃様とイグナート様のお二人が接触した傭兵団員、キノコノサトー商会の御方々は確かな身元です。
 上手く接触出来た事でより情報精度を高める事が出来たと言えるでしょう。
 ボルケーン卿には確かに御息女が存在し、社交界に顔を出した事もあったようですね。夫人がお亡くなりになった際が最初で最後、だそうですが』

 昼間は古めかしくも絢爛に見えていた屋敷の正面からは想像もつかない。
 ゼフィラとカタラァナに従い進む最中、イグナートはエントランスへ続く回廊に飾られた品々を見て目を細めた。
 どれも子供が描いたと思しき絵ばかりだったのだ。
 美術品はおろか調度品も疎らに見える。
「何がマコトで何がイツワリなのか、ここまで来たらハッキリさせたいね」
「あー……金目のモンは無さそーだな」
 ゼフィラに手招きされ前へ出る『瓦礫の魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)はエントランスへと向かい、白けた様に言った。
 最低限の灯りのみとなったエントランスの中央。階段脇に腰掛けた男の背中が見える。
 ことほぎが足元を爪先で小突いて、地を這う瘴気が男を一瞬で包んだ直後。鯉口が一度鳴る間に一晃が首を飛ばす。
 駆ける足音。
「おい、どうした───!?」
「こんばんは、傭兵さん……そしておやすみなさい」
 超聴覚の保有者。
 稀有な才能有する傭兵の銃士は迂闊にもエントランスの中を覗き込み。眼前に黒血の双眸が広がった刹那を境に意識が途絶える。
 扉ごと破壊された索敵の要たる男は仲間の前で鞠の様に跳ね飛んで行った。
「ピュィィィッ!!」
 唯一の誤算としては突然の急襲にも怯まずに警笛を鳴らせる者だった事だろう。しかし裏を返せば誤算はそれだけ。
 入念に、埋めきられた穴へ砂を被せる事は容易い。
「でーあーふたーでー……
 ……しーんぐあーろーりのー」
 メリンダが放った鉄球が鎖を辿って跳ね返って来るのを魔力纏う刀身で軽く弾き、秋奈が疾走する。
 敷地内、屋敷西側回廊から誰何の声が挙がったのと、奪命の突きで人体が千切れ飛んだのは同時だった。
「中を通って二人、外を迂回して来るのが二人かな」
「一晃様とカタラァナ様は正面を。私達は内から迎え撃ちましょう」
「ふむ……ツーマンセルで来るという事は、西側の盾持ちが一人ずつだろうな。私が合図を出して隙を作ろう」
 夜闇に姿を暗ませ回廊を駆けて来る二人組に向け、ことほぎが再び【怠惰なる祝宴】を流し込む。
 不可視の攻撃を察知した男が仲間を庇う。
 微かに呻き声が鳴る。が、入れ替わりに躍り出た戦士が大戦斧を振り被って迫る。
 そこでカッ、と。橙の照明が回廊を満たした。
「……っ!」
 日中、ましてや夜間の警護を目的に行動して来た傭兵は屋敷の照明装置に疎い。突然の目眩ましに怯んでしまう。
 投げ込まれるアタッシュケース。
 鼻面に的中し、仰け反る彼を前に懐へ滑り込んだ寛治がケースを取って、膝関節を蹴り砕くと同時に身を捻ってのフルスイングで脊髄を打ち抜いた。
「カンジ、正面の敵は片付いたみたいだ」
「警笛が鳴って男爵に我々の存在は知られているでしょう、カタラァナ様達と合流しつつ警戒を」
 魔術式の盾を展開して迫って来た傭兵にゼフィラとことほぎが牽制射撃で止めた所、寛治が瞬く間に急所へ打ち込み再度仕留める。
 スーツの乱れを払う彼は暫し頭上を見上げ、それから頷いた。
「此処から先はナンノブマイビジネス。ですから、好きにやらせていただきます」
 
 エントランスに戻ったイグナートの目に映ったのは、血に染まる二振りの魔刀を構える秋奈の姿だった。
「怖い怖い……物騒な歌をうたいなさる。どこへ走り去って行ったのやら」
「ふぉふぉふぉ……他の傭兵さん達はどうしたのかしら、ねぇお爺さん」
 階段上に並ぶ二つの影。
 事前に知らされていた護衛、老夫婦であろう彼等は一見すれば人の良さそうな年寄りにしか見えなかった。
 だが、そこへゼフィラが回廊の照明を落として現れる。
「見かけに騙されるな、質の悪い演技に加えて暗器を隠し持っているぞ」
「おや、まあ。勘の良い」
 膠着状態にあった所に投じられる、看破の声。
 老夫婦は「うふふ」と笑い合ってから階下のイレギュラーズに向き直った。
「──ひい、ふう、みい。
 些か数が足りんな、こりゃこっちの動きを読まれちまったか? しかも『無影拳』に『瓦礫の魔女』、記憶が確かならあっちの嬢ちゃんは戦神だったか。
 ……ああ、だが間違ってるぜ姉ちゃん。俺達のは暗器じゃないんだ」
 口調も、体格も、小柄な老人から一転。
「あァら、アタシは楽しいケドねェ……活きの良い獲物は好きさ。あのいけすかない貴族様には感謝だよ、
 ほら何してんだいひよっこ共。かかって来な、このババアがねんねさせてやるよ」
 背骨が軋む音を立てて露わになる、巨躯の大男と羅刹女が如き怪人達。
 一体どこに隠し持っていたのか。壮絶な駆動音を立てて凶悪な音色を鳴らす鋸(チェーンソー)を二本、彼等は目の前で交差させて構えた。
「元気なご老体だこと。そろろそろ棺桶の用意が必要ではなくて?」
 メリンダがモーニングスターを振り動かした瞬間。エントランスを複数の火花が照らした。
 チェーンソーで全方位を切り刻みながら文字通り飛び込んで来た二つの巨躯へ、秋奈とメリンダの一撃が叩き込まれる。
 怪腕が大振りの軌道を描く。
「墨染鴉、黒星一晃、一筋の光と成りて、一撃にて断つ!」
「へェ、アンタが……!」
「神様へのお祈りは済ませたかい嬢ちゃん」
 凄まじい火花を上げ、衝突した妖刀魔刀と駆動鋸達の間で紅蓮が噴き出した。
 返す刃。チェーンが床板を弾いて跳ね上がって生じる変則的な切り上げが一晃の胸元を裂くも、同時にイグナートが老父の一撃を受け止める。
 老婆への牽制射撃に続いて鉄球が踊り狂う。
 横薙ぎの一撃、弾き、庇い、血と火花が交互に飛散する。
 だが、それらの攻防は突然の収束を迎えた。
「ッ……!!」
「そうそう……神などいないわ。いるのは私を殺してくれる死神だけよ!」
 刹那に滑り込まされた桜花の一閃。
 正面から穿った蒼き彗星の如き強撃が、老夫婦達を薙ぎ倒したのだった。

●An odd Madness.
 肩で寝息を立てる齢12の娘。
 庭園を走るボルケーンはその足を止めた事を後悔した。
「は、ははは! 遂に追い詰めたぞボルケーン卿ぉ!! 大人しくその娘を離せば命は奪わない、さあどうするぅ!!」
「声を落とせ。騒ぎにしたくないと言ったのは君だぞ」
 半狂乱で絶叫している青年を諫める黄衣の男。夜間にも関わらずその輪郭が淡く光を放っているのは魔術によるものだろうか。
いずれにせよ、カタラァナが音響を読んだ通り挟撃に成功したのだ。
 ボルケーン卿は禍々しい槍を片手に後方の寛治達を睨む。
「ただの……雇われではないな。なるほど、私が臆病な事を利用した賢いやり方だ」
「返答は無しかボルケーン? 良いだろう、ははは! やってしまえイレギュラーズ!!」
「いいえ、その前にやる事があります」
 血の臭いが何処からか漂って来る様な状況。一触即発という場で、寛治は鋭く青年の命令を跳ね除けた。
 向かう視線は──『依頼人』。
「貴方は依頼者、海底信仰『クズリュウ』の代表ウルゴ様と存じます」
「……如何にもそうだが」
「此度の依頼において我々は少々お聞きしなければならない、
 そちらの彼……ジェイコブ様がどういった理由からボルケーン卿の御息女を救出しようと思ったのかを。
 ご存知でしたか、彼がジェイコブ・ダイアーという現在幻想西部で手配されている誘拐犯だと」
 その時、息を呑む音が確かに聞こえた。
 誰の物でも無い。それは黄衣の男ウルゴが背後に連れている青年の物だ。
 素顔を隠すフードが微かに揺れる。
「……貴様。それで私に依頼の代理を……」
「う、ウルゴさん……? 何を、なにを……言ってるんです?」
 全てを察した様に、寛治から青年へ視線が移り。同時に異様な空気が辺りに漏れだして行く。
 寛治は自身の頭の中を覗かれた違和感に眉を潜めながら告げた。

「ボルケーン卿の御息女は重度の病を患っています。
 恐らくは心臓病の類でしょうが、生来の虚弱である彼女に耐えられる治療法を探す為。そして御体に負を強いぬ様に大変気を遣われた事でしょう。
 深夜に対立している派閥の貴族と密会しては医師を探し、時には愛する我が子を部屋に軟禁しなくてはならない時もあったでしょうね」
 気が付けば、いつの間にかウルゴは青年から距離を取っていた。
 それは恐れから下がっているのではなく、庇護者の対象から外れたが故の行動だった。
「き、貴様ぁ……!! アンタ達も悪党だ、そんな奴の味方なんてして、俺を馬鹿にして……」
「カーティス」
 低い、ウルゴの声が響いた。
「なん……っ!?」
「やはり真実か。流石はローレットの情報精度と言った所か」
「ク、このっ! ッ!? ぅあああァアアッ!?」
 抜き放ったナイフを振り被るカーティス。
 だがその瞬間、黄衣の男へ襲い掛かった青年が糸の切れた人形のように吹き飛び、何度も地面に叩き付けられて転がって行った。
 全身を一瞬で切り刻まれた青年は朦朧としながら見上げる。
「ねえ」
 そこに立っていたのは如何にも強そうなことほぎでもなければ、寛治でもない。
「自分勝手なことは、やめてね」
 カタラァナの静かな声音が全てを物語っていた。

成否

大成功

MVP

なし

状態異常

黒星 一晃(p3p004679)[重傷]
黒一閃

あとがき

 ……その後、依頼完遂として認めた黄衣の男ウルゴはイレギュラーズに謝罪した。
「どうか赦して欲しい。この様な形で尊い命が失われた事は、本意ではなかった。
 もしも機会があるなら……その時は償いをさせて貰いたい」
 そう語った彼は「それまではまだ、海に還る事はしない」と付け加えた。

 だが一方で、悲劇だけでは終わらなかったのも確かである。

──大成功。
ただ、依頼を完遂するだけでなく。それぞれが一切の妥協なく突き詰めた結果です。
本件では様々な要素や皆様の行動で結末も変わるかもしれないとは思っていましたが、
今回の依頼を通して皆様の悪属性の名声にも『悪』に偏ったものではない、一味違ったエピソードが加味されたと思います。
素晴らしいプレイングをありがとうございました。

改めてお疲れ様でしたイレギュラーズの皆様。またのご参加をお待ちしております。

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