PandoraPartyProject

シナリオ詳細

多世の縁

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●あの日の記憶
 ――甘い香りが喉を通った気がした。

「ん、あッ」

 瞬間、意識が急速に戻る。目に見えるは木々の葉から零れる微かな日光。
 ここは深緑。背には木の感触。遠くでは鳥の鳴き声も微かに聞こえている――実に穏やかな場、だが。
「……ッ、まずいです、ね……もっと離れないと……!」
 少しの間『気絶』していた事に気付いた『彼女』は焦りを見せる。
 不覚を取った、としか言いようがない。ローレットの情報屋見習いとして動く『彼女』は、深緑の一角で起こっている人攫い事件の情報を追っていた。緑溢れるかの地。己が好みに合うその風土に……些か、気が緩んでしまった感があったのは否めない。気付けば、追っていた筈の者に襲撃されて――
「づ、ぅッ!」
 立ち上がろうとしたその時、己が足に激痛が走った。
 ――傷だ。太ももに、大きな『爪痕』が残っている。動けない、と言う程ではないが走るには難しく、歩くのも順調とは言い難い。この傷は……そうだ。追手をなんとか振り切って木の陰で応急処置をして……止血までした所で意識が途絶えてしまったのだった。
 包帯に滲み上がって来る血痕。蘇って来る痛みが熱を伴って。
「…………兄、さま」
 思い浮かべるはたった一人。紅のマフラーを常に身に着けた、あの背中。
 されどそれも一瞬。口を噤み、前を見て。痛みを奥歯で噛み殺し――
「ッ! 走馬灯なんて、思い浮かべてる場合ではない、ですよね……!」
 立ち上がる。何はともあれ生きてはいるのだ、まだ希望はある。
 生きてさえいればやり直せる。生きてさえいれば兄さまの料理も食べられる。
 そうだ、焼いてくれた洋菓子。ああもう一度食べたい。苦手な野菜をこっそり仕込む所業はどうかと思うが、それでも。遠い記憶。あの日食べた洋菓子は――絶品だったから。
 記憶の底から浮かぶ情景。甘い、どこからか運ばれて来る花の香りがどことなく似ていて。

 甘い香りが喉を通った気がした。

●深緑にて
「ハリーバード・クロック。深緑の中で活動している犯罪者だ。罪状は希少動物の捕獲・乱獲・人攫い――並びに人道を明らかに無視した実験の数々。マッドサイエンティストだね」
 走る馬車。その中で情報屋は語り続ける。
「最近この悪事が明らかになってね。でも、捕縛寸前に逃亡し森のどこかに逃げ込んで……ローレットに情報調査、可能ならば討伐の依頼が来た訳なんだ」
「なぜローレットに? そこまで行ったんだったら後は深緑の治安組織で……」
「ところがそう出来なくてね。奴の実験、いや研究はね。キメラの大量製造だったんだ」
 キメラ。合成獣。或いはキマイラともいう――複数の命を繋ぎ合わせた一個体。
 情報屋が言うにはハリーバードは逃亡寸前に、キマイラを大量に解き放ったらしい。それらの大部分は討伐されたとの事だが、生じた混乱の収拾や残存のキマイラがいないかを現地の治安組織は調査中。それ故に身動きが取れず。
「御鉢はローレットに。でも、ちょっと予想外の事態に陥った……依頼を受けてハリーバードの所在を調べていた子との――連絡が取れなくなったんだ。情報を受け取るために落ちあう筈だった場所には、血痕しかなかった」
「まさか」
 襲撃された、と言う事だろう。追っていた側に存在を察知されたか。
 それもハリーバードに迫れたが故にこそ……死体が見つかっていないので無事だとは思うが。
「ただこの事実は別の意味での危険も含んでいる。『彼女』はウォーカーでね、一言で言うと人造人間……という様な体の構造をしているんだが……」
 人造人間。半人半魔。合成構築のある身体構造。
 ――合成獣の研究をしていたハリーバードにとっては興味深い『サンプル』の様に見える訳である。
「『殺されなかった』のではなく『捕獲されなかった』が正しい表現、だとでも!?」
「可能性がある、と言う話だけどね。ともかく君達にはハリーバードの討伐と『彼女』の救出を同時に進行してほしい。チームを分けるも、どちらか片方に専念してから行うか……その辺りは任せるけど」
 時間に余裕がないのはきっと確かだ。
 馬車が止まる。荒々しく。血の跡から、恐らくこちらの方に逃げられたのだろうと――予測した森の前。
 風が吹く。深緑の風が。尊き自然が葉を巻き上げて……

 紅のマフラーを揺らしていた。

●『神』
「――逃げられた? 小娘だぞ、たった一人だぞ。何をしている愚図共が!」
 深緑。深い、森の中で男が一人苛立っていた。
 件のハリーバードだ。周囲に控えるは無数のキマイラ。十、いや二十はいるか。全てが従順そうに、ハリーバードに首を垂れていて。
「チッ! まぁいいさっさと追え! あの傷ではそう遠くには逃げれまい……生きてさえいれば腕の一本や二本は食いちぎっても構わんし、最悪――」
 手を振り上げる。されば即座に、獣達は走り出す姿勢を整えて。
「死んでいても構わん」
 振り下ろすと同時、獣達は森の中を突き走る。
 ああ逃す物か逃す物か。あんなにも興味深い体が解剖せねば気が済まない。どのようにして身体を維持しているのだ? 拒否反応は? 知りたい。知りたいぞ。剥いて抉って瓶に詰めて隅から隅まで眺めてやる。
「ハハハ、ハハハハハ――」
 ガタガタ震えろ。
「今日ここに」
 お前を救うような。
「――『神』はいない!!」

GMコメント

■依頼達成条件
「冬月 雪雫」の救出。
「ハリーバード・クロック」の討伐。

 両方の達成。

■戦場
 深緑のとある森の中。
 時刻は昼。薄暗い地点はあるが、基本的に視界に問題はない。
 むしろ木々が障害物となって邪魔。

 飛行すれば移動に問題は無さそうだが、敵にも見つかりやすいかもしれない。

■キメラ×20
 いわゆる合成獣。非常に高いHP・攻撃力を持ち、動きも俊敏である。
 反面、防御能力は低く持久力もない。詳細は後述するが『激しい動きを行うと死ぬ』個体達であり短命・脆弱な生命力しかない。使い捨て。実験個体。使えぬ『出来損ない』とハリーバードは吐き捨てている。
 ハリーバードの指示には忠実だが、非常に細かい内容までは理解できないらしい。

・細胞活性(A)
 副行動で使用可。次のターンまで自身の機動・回避・CTの値を二倍にする。
 ただし脆弱生命の発動ターンが2ターン早くなる。

・脆弱生命(P)
 キメラは一度攻撃を行ったターンから数えて5ターン経過した時、死亡する。
 一度でも攻撃判定を行えばカウントダウンがスタートする。

■ハリーバード・クロック
 深緑に住まう幻想種の男。多くの人物・動物を拉致し非道な実験を行う犯罪者でもある。
 目標とするは『強い個体』の創造。あらゆる種族を組み合わせ、最適な雑種強勢を調査。
 キメラ――嵌合体の創造に日々を勤しんでいる。

 自身を追う雪雫の身体構造に非常に興味をそそられ、拉致しようとするが寸での所で失敗。未だ諦めてはいない様子だがローレットの援軍を来たことを知るとどう動くかは不明。手元には5体のキメラを置いて他を雪雫探索に回している。
 能力としては神秘遠距離型、だが。キメラの操作や指示の方に長けた能力をしているので個人の技量だけで言うとそう高くはない。

・的確指示(P)
 R2以内のキメラ達の反応・命中・EXAの値を向上させる。
 また、キメラ達の『脆弱生命』の死亡効果が発動した時、1ターンその判定を延長させる特殊判定を行う事が出来る。この効果は失敗しない限りは何度でも発動するが、発動する度に成功確率は下がっていく。

■冬月 雪雫
 クロバ=ザ=ホロウメアの義妹――ただし、平行世界のであるが。
 運よく追手は振り切れたものの、足を負傷しておりとても走れない状況。
 森のどこかにいるが具体的な位置は不明。

  • 多世の縁完了
  • GM名茶零四
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年05月20日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
リカ・サキュバス(p3p001254)
瘴気の王
ルーミニス・アルトリウス(p3p002760)
烈破の紫閃
神埼 衣(p3p004263)
狼少女
エリーナ(p3p005250)
フェアリィフレンド

リプレイ


 ――亀裂の入った音がした。

「全く。生命を自由に扱おうだなんて――『神』にでもなったおつもりでしょうか」
 かような傲慢は奇術のネタにもなりはしない。『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)の呟きは虚空へと。ハリーバード・クロック。なんたる不遜な男なのだろうか。
「ま、その方の事は今はともあれ……急がなければなりませんね」
 心の奥底に敵意の感情は潜めながら、森を駆け抜けながら幻は森の精霊に触れる。
 目に見えぬ存在、本来触れ難き微かな存在だろうと――彼女の能力は『ソレ』を可能にする。意志の疎通を。意志の交わしを。己が才知にてより深く潜りながら。
「死神、クロバの妹……とにかく助けなきゃ」
「ええ――急ぎましょう。なんとしてもクロック達よりも先に」
 同時。『狼少女』神埼 衣(p3p004263)と『フェアリィフレンド』エリーナ(p3p005250)も雪雫探索の為に森を駆ける。狼に等しき能を持つ衣は鼻を用いて。人の血の匂いが捉えられないかと。
 一方でエリーナが辿るのは血ではなく自然そのものである。
 自然会話。植物と意志を交わすその技にて、雪雫や或いはキメラの有無を確認せんとするのだ。流石に断片的な情報しか得られない故あまり詳細な情報は難しいが。知るか、知らぬか。見たか見ていないか――それだけでも分かれば方向の手がかりにはなる。
 とにかく優先すべきは雪雫を見つける事。一刻も早くそれを成さねば――
「ううーん、なんかこう……感覚があるんですよね。いい予感か悪い予感かは知りませんが、なんかこう、むず痒いような。こういうのは当たるんですよね」
 何かが起こると『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254)は空へ呟く。
 戦力を二つに。分散してでも捜索の力を上げたのは『そういう』予感もあったが故だ。道中キメラに会っても交戦の被害を最小限にすべく殿側に位置しながら彼女は天を仰ぐ。もう一方の方は順調だろうか、と。
「さてこういう動きに関しちゃ苦手分野なんだが――そうも言ってられないな!」
 言うは『リローテッド・マグナム』郷田 貴道(p3p000401)だ。彼は良くも悪くも生粋のボクサーである。人を探す事に関しては己が技能の方向性からすると決して得手とは言えない。
 しかし、だ。友人の家族の危機を前に力を振るわぬ道理は存在せず。
「HAHAHA当然だぜ! なぁクロバ!!」
「……ああ」
 自身が隣。クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)へと声を掛ける。
 されどクロバの様子がいつもと些か異なる。まぁクロバには想う所があるのあろう。
 なにせ今回の対象たる雪雫は――彼の義理の妹だ。
 作り出されるドリームシアター。奥底に眠っていた雪雫の記憶を元にしたそれは実に精密。己らの幾分か前を走る様子を創り出して、いざとなればキメラらへの囮とする、が。
「――」
 まるで糸を手繰り寄せる様な想いだ。一分。経って幻影が消え、再度生成する度に――思い起こす。
 かの日々を。誰にでも優しい気丈なフリをする子だった。幾度と笑顔を見た事か。幾度と温かさを感じた事か。記憶の糸を掴んで手繰る度に“おれ”が“■”へとなる様で――だからこそ。

 奪った。あの日の冷たさも引き摺り起こされて。

「え――い! ここまで来て何おどおどしてんのよ、しっかりしなさいッ相棒!!」
 直後。そんなクロバの背を『烈破の紫閃』ルーミニス・アルトリウス(p3p002760)が思いっきり叩きつけた。彼の内にある再会と言う名の『期待』と『恐怖』の混ざり合いを察したのか言葉を続けて。
「アタシとよりも先にした『約束』があるんでしょ? ならまずはそれに集中しないとね!」
「ああ全くだ――世界が異なると言ってもクロバの妹を放ってはおけない。早急に助け出そう」
 次いで『優心の恩寵』ポテト チップ(p3p000294)も言葉を続ける。
 雪雫ではあるが雪雫ではない。時間軸の違う世より召喚された限りなく本人ではあるが『あの結末』を辿っていない――或いは『まだ』だったのかもしれないが、ともあれ認識においてクロバの義妹である事に相違はない。
 見つけ出そう。ポテトは自然の中に潜む精霊に声を掛け探索を。ルーミニスは己がギフトを活用して白銀の犬を召喚する。雪雫の匂い……の用意は難しかったが、微かでも血の匂いを感じる事が出来れば一気に捜索も進む。どこかに落ちていないかと知覚を用いて。

 ――と、その瞬間。

「ガ、ァアアア!」
 眼前。雪雫の幻影にキメラが一匹襲い掛かった。
 しかし当然としてすり抜ける。巨大な爪が通らぬ。幻影に惑わされるキメラ。あまり細かい判断が出来ぬ故もあるが……何より作成者が身内だ。精巧であるが故にこそ見破るのにも時間がかかり。
「……まだこっちには気付いていないな。あれは無視して探索を続行しよう」
 戦闘よりも探索を。ポテトは、キメラに気取られぬ様にと口元に人差し指を当てて、皆と共に静かに迂回せんとする。ドリームシアターは一分の継続。その内に本物を探しに行くとしよう。
 天を仰ぐ。向こうの班の探索は順調だろうか? 距離が離れている対策として、こちらにはエリーナの召喚したファミリアーの鳥が。向こうにはルーミニスのギフトの白き犬が一体、付いている。片方でも見つける事が出来ればこれらを通じて連絡を取り合う事になっているが。
「……幻影が消えたみたいだ。もう一度……」
 紡ぐクロバ。思い起こす記憶。暖かな日々。閃光の如く脳裏に瞬く雪雫の姿。

 亀裂の入る音がする。何かが壊れる――音がする。


「はぁ、は……ぁッ」
 雪雫は蹲っていた。歩いて再び傷が開いたようだ……激しい熱が足に宿る。
 同時。己が眼前に現れるキメラ。息の荒い様子が見える。まずい、ここからでは逃げ切れない。せめて足が万全ならまだ抗いようもあったが。キメラが吠えながら飛び掛かって――

 瞬間。横から雪雫を掻っ攫う人影があった。

「ぉ、ぉおお! 間に合い、ましたかねッ!」
 利香だ。雪雫を庇い、キメラの攻撃には晒せまいと盾になれば。
「そら。これは如何ですか――貴方達の求めしモノですよ」
 幻が続く。己がギフトで『雪雫の血』が付着した『らしき』レプリカ――包帯を造り出してそれを投げるのだ。臭いまで再現できているか、些か不明な点はあるがそれに一瞬でも気取られれば。
「ん――邪魔」
 衣が往く。見えた死角。閃光の如く跳躍し、振るうは不知火。軽きに趣を置いた裁爪。
 接近し抉り込ませる。キメラが激痛に気付いた時にはもう遅い。抉り込ませた切っ先を横に振るい、傷口を広げて鮮血を舞わせるのだ。浴びる血が衣に生命力を宿し、捕喰者たらんとする意味をその身刻んで。
「えっ――あ、貴方達は……!」
「雪雫さん、ですね。もう大丈夫ですよ――私達は、ローレットです」
 救援に来たのだとエリーナが紡ぐ。負傷している足に視線を。
 調和の力を賦活へと変換し、紡ぎ上げるは癒しの力である。流石に深い傷だ。急ぐこの場で完全に治癒、とはいかないが痛みはやわらいで。
「『向こう』には連絡しました。すぐにこちらの方に向かうと」
「ありがとうございますエリーナ様。ええなんとか――急いでほしい所ですね」
 エリーナはファミリアー越しに向こうに発見の報を辿ってきた方角と共に伝える。
 問題があるとすればただ一つ。幻の目に映っている――キメラの数。
 気配を感じる限りで四体はいる。いやそれだけではない。先程、雪雫を襲う際に吠えた声は恐らく敵側としての発見の報なのだろう。これから更に増える筈だ。
「いざとなれば雪雫さんだけ逃がした方が良いかとも思いましたが……ここから更に集う可能性を考えるとやはり危険ですね。それに安全なルートを検討している暇も、迷っている暇もなさそうです……!」
 邪魔者を排除せんと殺意を強めているキメラ。利香は雪雫を背後に、視線を左へ右へと。
 どの方角から来ても庇い続けてみせる気概だ。彼女の防御技術ならば早々に突破される事はない。が、相手が圧倒的多数で押し寄せて来れば一瞬でも隙が生まれないとは限らない。なるべく早く『向こう』側と合流出来ればいいのだが。
「――来る」
 短く呟いた衣。飛び掛かって来るキメラ達。
 集中せし眼力が死角を見る――腹だ。地を這うように低く跳び、潜り込む『下』
 二刀を構えて更に跳躍。捻りを付け、独楽の様に体を回せば、同時に刃も回転刃の如く。硬牙と裁爪が順にキメラの身体に抉り込み一閃する。着地。されば遠くより援軍に訪れる更なるキメラ。それを神秘なる『本能』とリミッターを外した幻の目が捉えて。
 走らせるは電流の如き一撃。夢幻泡影。観客の数だけ無限にある夢幻の一つが、キメラの思考を埋め尽くすのだ。たった一瞬。泡の如く弾けて、影の如く不確かな奇術――
「さぁ、ご覧あれ」
 指を鳴らすと共に炸裂した。
 刹那の如き奇術だが同様にキメラ達の一生も短い。こうしている間にも彼らの寿命は刻一刻と迫る。心臓が、文字通り張り裂ける鼓動をして『敵』を捉えるのだ。
「――!」
 人に理解できぬ咆哮が木々を揺らす。ここにいるぞと天へ告げる。
 遠くから迫る敵を幻が。近くの者を衣が。それを凌いでくるキメラを利香が弾いて。
「少し、数が多くなってきましたね……!」
 そしてエリーナの治癒が支える。凄まじい充填の力が連続した治癒魔術を可能としているが、このままではまずそうだ。キメラ達は自己を省みない戦い方を仕掛けてきており、探索中は極力避けていた為に残存している個体達も多く。
 数が多くなれば回避に優れる衣も流石に捌けなくなってきて――
「――んんっ? なんだお前達は……予想外の存在とは煩わしいな」
 と、その時だった。森の奥から知らぬ男の声が聞こえてきて。
「ッ、ハリーバード・クロック……!」
 視界に捉えた雪雫が真っ先に呟いた。そう――キメラ達の主だ。
 雪雫で見つかった報で出て来たのか。救援がいるとは予想外だったようだ、が。
「フン。まぁ潰せば問題あるまい四人程度増えた所で誤差の内」
 指示を飛ばす。護衛に回していたキメラも前進を。数で潰して雪雫を回収しようと。
 すれ、ば。

「HAHAHA、なんだその頭の悪い言葉遣いは? ユーよりも鉄帝人の方がいくらか利口に見えるぜ!」

 キメラが一体、ぶん殴られた。
 あまりの衝撃に木に叩きつけられる。あの特徴的な笑い声は――貴道だ。つまり。
「……全く」
 早く早くと望んでいたが。
「遅いよ――クロバ」
 衣の呟きと共に見る方角。そこにいたのは――


 その名前を聞いた時、何かを失った。
 足取りは重く。泥沼に沈んだようで。ああ、きっと、あの時既に。
 死神クロバの仮面は、壊れていたんだ。
「――」
 どこかで。かつての世でよく見た顔が何か呟いているが上手く聞き取れない。
 それは、何故だ? 脳が拒絶しているからか、或いは恐怖しているからか――
「クロバ。キメラが集まっている、今はとにかく前へ出よう」
 ポテトの言に我に返る。そうだ今優先すべきは『再会』ではない。
 ここまでエネミーサーチの活用によってもキメラ達との接敵を避けてきた。だからこそクロックは『増援』が来ている事に気付かずここまで出てきたのだ。敵の数は多い。だがあらゆることを一挙に成すチャンスであり。
「行くわよ――妹さんにね、格好悪い所なんて見せられないわ!!」
 往くはルーミニス。全身に込めた力を解き放つ一撃は、衝撃波となってキメラ達の集合点を穿つ。地を粉砕せんとする程に踏みしめて。力の反動が身に沁み込むが――この程度彼女は頓着しない。それに。
「援護する。雪雫の所まで、まずは駆け抜けよう」
 ポテトの癒しの力が交われば多少の反動など些細なものだ。
 彼女もまたエリーナ同様に充填に優れており、治癒魔術を幾度と振るう事が出来る。彼女と交互にすればそれはもう膨大な時間をサイクルする事が出来る程に。
 無論それはクロック側も察する事である。数に優れようと治癒方法のないキメラでは長期戦は当然不利。なれば一点突破で押し潰す。そういう策に出る――が。
「HAHAHA、こんな脆い生き物しか作れないのかい? 逆立ちしたってボクサーには成れないな!」
 貴道の拳がキメラの点を打つ。
 鍛え上げた拳は鉄をも穿ち。弱点を的確に射抜くそれは正しく殺意の塊。
「拳が音を追い越したらどうなるか、知ってるかい――稲妻になるのさ」
 こんな風にな、と。握りしめた拳。速度に絞った一閃は音を置き去りにする。
 衝突。の、後に衝突音。雷光の瞬きに、その拳は到達して。
 次第に先んじて到着した四人と、後の班も合流する。周囲から一斉にキメラ達も襲い掛かってきているが――四人が八人になった時点でその負担はかなり軽減されている。抑えを抜けたとしても利香のガードは中々鉄壁だ。
「通しませんよ――絶対にね! こっちの方は任せてください皆さん!」
「傷の深い人は無理をせずに。癒しの力を回します」
 その利香の言は頼もしく。更にエリーナの治癒術も厚く、倒し切るに至らず。
「ガ、が――」
 そうしていれば当然、キメラ達の『寿命』がやって来る。
 身体の細胞を活性化させた者から特に。命を犠牲に、イレギュラーズに傷を与えるもやがて数は少なくなる。凌げた時点でイレギュラーズ側は有利になるのだ。
「おいおい、流石に脆いな! もっとマシな奴を……おっと、これがユーの精一杯か、ソーリーソーリー! 謝るよ! 努力の結果だもんな、笑っちゃ失礼か!!」
 一番重要な閃きは無いようだが。と挑発の段階に入る貴道。
 クロックを逃がす訳にはいかない。今少し、今少しまだ奴には居てもらわねば。
「ぬぅぅぅほざきおって……むっ!?」
 クロックが後方より魔術を放つ――が。それと同時。今ぞ攻め時と感じたか。
 奴までの道を切り開かんとする攻撃が放たれた。衣と幻だ。
「クロバ、行って。むかつくなら、許せないなら。クロバが、殺せばいい」
「傲慢な上に乙女に手を出すなど許しがたい方ですからね。存分に」
 特に衣は感じていた。クロバから、ピリピリした気配を。
 家族は大切なもの。彼にとっての大切な人が、そこにいる。ならば手助けを。サポートなど幾らでもしよう。キメラから受ける傷など関係ない。成す為に。成させる為に。実験などおこなうクソ野郎をぶちのめせ。危険な気配に、クロックは撤退を考えるが。
「撤退? 悪いけどね……『神』は居なくても、アンタをぶっ殺してくれる『死神』なら――」
 ここにいるわよ! と言葉を紡ぐ。視線はそう、クロバの方へと。
 既にクロバは動いていた。見える道を前に、動いていた。
 幻影などではない『彼女』がそこにいる。
 紛い物として生まれた空っぽの人形だった筈の――”■”が人間になれた、彼女が。
「――!」
 声が聞こえる。違う。違うんだ。ここにいる子は“おれ”の妹ではない。
 血も。遺伝子も。何もかもが同じだったとしても。違うんだ。
「――様!」
 それでも。ああ。”クロバ”という男がする事は決して変わらない。
 譬え、俺が神でなくとも。その姿を前にすれば。
「――兄様!」
 ”雪雫”との約束を守る為に、動くのみ。
 背中を押してくれた存在にもこれ以上カッコ悪い姿など見せられないから――ッ!
「くッ――お、お前は誰だ!?」
 跳躍する。クロックに近付けさせまいと妨げる様に動いてくるキメラ。それを一閃し。
「”俺”は死神」
 ――”冬月 黒葉”
 否。
 クロバ=ザ=ホロウメア。
「ギルド・ローレットの――イレギュラーズだ!!」
 立てる刃。解放せしは左腕。かつて雪雫を、そのトドメを刺したこの腕で。
 今度は守る。今度こそは失わせない。二度目は無いのだ『あの日』はもう二度と。
「ぉぉおおおおお!!」
 もしもあの日々を忘れる事が出来たなら、もっと楽に生きる事が出来たのかもしれない。
 あの日を忘れる事が出来たなら、仮面などいらなかったのかもしれない。
 不都合な事など無かった事に。都合よく器用に生きられたのなら。

 それでも。彼女の笑顔も。
 愛しさも。

 瞼にこびりついて拭えなかったんだ。

 多くのキメラは倒れ、逃走せんとしたクロックの背。異形変化した魔爪は敵を逃がさない。
 立ち向かってくるキメラを粉砕し、クロックの魔術に怯まず。ただ前だけを見据えて。
 放たれし無数の刃を――その心の臓に突き立てた。


「よし、傷はなんとかなりそうだ。また何かあったら遠慮なく呼んでくれ。
 ――クロバが飛んでいくから」
 全ては終わった。ポテトが雪雫へと声を掛ける。間もなく迎えの馬車が来るらしく。
 それまでの一刻。雪雫を守る為に無茶をした――クロバは、雪雫に膝枕されていた。足を怪我している筈なのだが、どうしてもやりたかったらしい。この兄妹はどっちも無茶をする。
 さてどうしようか。言いたい事ある気もするが、言葉が出て来ず――だから。
「……雪雫。腹、減ってないか。食べたいもの、あるか?」
 つい、昔の様に言ってしまった。
 頬に沿える左の手。かつて、彼女の命を奪ったその手には、失われた体温だけが残っていて。ただ、今は。
「……兄様の料理なら、なんでも」
 確かな温もりがあった。もう二度と触れられない、どこかへ無くした大事なもの。

 大海に落ちた探し物は、きっとここにあったんだ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者

あとがき

 幾つもの世が、交わるからこその。

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