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シナリオ詳細

峠の獣

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 遠吠えが聞こえた。
 男は耳をすます。
 犬……いや、狼だろう。そうに違いない。逃亡時に受けた傷で死ななかったにせよ、森で死ぬことになるのは確かだと覚悟する。流れる血のにおいが、山中の獣たちを引き寄せるからだ。
 横腹に銃傷を、肩に刀傷を受けた男は、じっと草の上に横たわり、木々の間に夜の闇がしのび降りてくるのを見つめていた。
 また遠吠えが聞こえた。
 一匹が吠えるとあちらこちらで吠えだした。唱和した狼の声は、肌えに苦しむ身体ばかり大きくて悲しい魔物の咆哮のように、不吉な波動を伴って空から降ってきた。
 風がでてきた。鉄さびににた血の臭いが霧の夜に溶けて広がっていく。薄くなる血の臭いと入れ替わるように、つよい獣臭が男の鼻をついた。
 ――ひっ。
 男は見た。
 霧の中に現れた、六つの黄色い目と三つの口を持つ巨大な獣の貌を。
 

「これで五件目だ」
 『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)はテーブルの上に千切れた銀の鎖を放った。
 鎖をところどころ黒くしているのは血だろうか。
「その通り。お前たちに頼みたいのは、峠の街道附近に出る魔物退治――と奴が襲った人間から奪った宝物の奪還だ。この鎖の先には、大粒のブルーダイヤがついていた。……肉と一緒に食っちまったんだな。依頼人はそれを取り戻したいと思っている」
 峠付近に出没する魔物は一体。
 六つの目と三つの口を持つ巨大な獣だ。
「木こりが霧に浮かぶ魔物の『影』を見ている。熊よりも大きかったらしいが、何せ見たのは影だ。詳細はわからん」
 ならばなぜ、魔物が六つの目と三つの口を持っているといえるのだろう。
「影と同時に複数の唸り声を、木こりは聞いている。あと、残された死体の噛み傷から、それが複数の口を持っていることが推測されている」
 地元の人々は魔物のことを、ある世界の神話に出てくる複頭の魔物にちなみ、『ケルベロス』と呼んでいるらしい。
「三つの口のどれがダイヤを飲み込んだのか分からんが、腹は一つだ。倒した後に掻っ捌いて調べてくれ。ああ、それから――」
 クルールは立ち上がった。
「山中には本当に、狼の群れが生息している。熊も。ゆっくりと魔物の腹を八捌いていると、飢えた獣たちを呼び寄せることになるから気をつけろよ。じゃ、頼んだぜ」

GMコメント

●依頼達成条件
 ・魔物『ケルベロス』退治
 ・ケルベロスが飲み込んだとされているブルーダイヤの確保

●日時と場所
 幻想にあるどこかの山。
 他国に通じる峠道付近で得物を見つけているようです。
 襲ったあとは、森の中に引きずり入れて、肉を喰らいます。
 夜。
 決まって霧の出る夜に出現します。

●魔物『ケルベロス』
 熊よりも大きな四足の獣。
 一つの体に頭を三つつけています。
 【暗視】、【聞き耳】、【忍び足】を持っています。
 【地獄の咢】……近/複・鋭く固い歯が並ぶ口で骨を砕きます。
 【地獄の爪】……近/単・太く大きな爪で、肉をえぐり取ります。
 【死の唸り】……遠/複・唸り声で得物を呪います。
 道を外れ、森の中でキャンプをしていた商隊が襲われたのが3件。
 夜中に一人で峠を越えようとしていた旅人が襲われたのが1件。
 追われて山奥に逃げ込んだ盗賊が襲われたのが1件。
 全部で五軒。
 ブルーダイヤは最新の襲撃事件で死んだ盗賊が、とある貴族から盗んだものです。
 
●その他
 魔物が出る山の中には昔から狼の群れと熊が生息しています。
 魔物が出る以前は、ちょくちょく旅人を襲うことがあったようです。 
●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

よろしければご参加ください。

  • 峠の獣完了
  • GM名そうすけ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年05月25日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

奥州 一悟(p3p000194)
彷徨う駿馬
レッド(p3p000395)
赤々靴
銀城 黒羽(p3p000505)
ジェイク・夜乃(p3p001103)
『幻狼』灰色狼
ニーニア・リーカー(p3p002058)
辻ポストガール
藤野 蛍(p3p003861)
比翼連理・護
桜咲 珠緒(p3p004426)
比翼連理・攻
リナリナ(p3p006258)

リプレイ


「にしても事件最初でなぜ依頼こなかったっす?」
 『特異運命座標』レッド・ミハリル・アストルフォーン(p3p000395)は、草をせっせと手で束ねては結んでいた。
「宝飾関わって5件目で漸くっす?」
 喋っている間も手は休めない。だが、罠を作り始めてからずっと下を向いたままなので、そろそろ首が痛くなってきた。頑張っているのは、この簡易だがうまく使えば非常に効果的なブービー・トラップを、陽が沈む前に作り終えてしまいたいからだ。
 腰を伸ばし、首と肩を回す。
「……商人怪しいっす」
「そうか?」
 レッドに背を向けて塹壕を掘っていた『『幻狼』灰色狼』ジェイク・太刀川(p3p001103)は、俯いたまま返事をした。シャベルですくった黒い土を、溝の脇へ盛るように置く。
 掘り進めていくうちに土はどんどん濡れてしっとりとしていった。川が近いせいだ。犠牲者の血が染み込んだせいで、こんなに黒々としているとは思いたくない。
「何か繋がりがあるなら情報屋が掘り返してくるさ。魔物を利用するような物騒な奴は、捨てておけないからな」
 利用しているのか、操っているのか。操っているのだとしたら、依頼主は魔種の可能性が高い。もしそうなら、そのうちローレットに討伐依頼が出るだろう。
「それもそうっすね。ボク、向こうに罠を作りにいくっす」
「おう」
 ジェイクは体重を足先にかけてシャベルを黒土に刺し立てた。まだ固めていない盛り土に両手をつき、腰の高さまで掘った溝から出た。上から自分が掘った溝をざっと検める。
 溝の中は地獄のように暗かった。掘り出されたばかりの土の匂いが、鼻から胸いっぱいに流れ込んでくる。魔物相手にどこまで通用するかわからないが、何もしないよりはずっといい。
「手を洗ってくるか」
 ついでに食料調達を手伝おう。ズボンの裾についた土を手で落とし、川に向かって歩きだした。
「あ、待って。ついでに水を汲んできて」
 『平原の穴掘り人』ニーニア・リーカー(p3p002058)は木のバケツを手渡した。ふもとの村で罠を作る道具を揃えたついでに、バケツも買ってきておいたのだ。
 水を汲み置きしておくと便利だ。焚き火の後始末はもちろんのこと、魔物を捌いた後に手や道具を洗うのにも使える。魔物の腹から取りだしたブルーダイヤやその他の宝石も洗ってきれいしよう。首尾よく見つかれば、の話だが。
「おっと、これは返しておくぜ」
 ニーニアは差し出した手のひらで鳴子を受け取った。からり、と音が鳴る。バケツの底に残っていたらしい。
 最後の一つを、木と木の間に低く渡したロープの一番端に取りつけた。ケルベロスと名付けられた、一つの体に三つの頭を持つ魔物の体がロープに触れれば、鳴子が音を立てて知らせてくれる。霧が深くなって伸ばした手の指すら見えなくなっても、魔物の位置がわかるのだ。
(「うん、ダイヤも大事だけど、商隊が通る峠に危険な魔物を放置は出来ないよね!」)
 草のブービー・トラップも、落とし穴めいた塹壕も、鳴子を下げたロープも、自分たちの身を守るためというよりは、確実に人々の命を奪ってきた魔物を倒すため作っていた。
 あたりにはすでに夕暮の気配が迫っていた。罠の設置はもう十分だろう。自分も夕食の手伝いをした方がいいかもしれない。
 キャンプに戻ると、『学級委員の方』藤野 蛍(p3p003861)が、組み上げた薪の横で火を起こしていた。生木を割って薪に使っているので、火がつきにくいようだ。
「僕も手伝おうか?」
「ありがとう。でも、ここは大丈夫。……ほら、ついたわ」
 蛍は火を起こす前にファットウッド、いわゆる樹脂を含む枯れた木を集めていた。ファットウッドをナイフで削って木くずを作り、そこに火花を散らして種火を作ったのだ。
 火を消さないようにそっと火種をナイフの刃に乗せて、薪と薪の隙間から中に差し入れた。小枝をさらに細くした木切れの上に落とす。火力が安定してきたところで、熾火を熱くするために上から木くずを乗せた。パッと火の粉が飛んで、オレンジ色の温かな光が蒼さを増していく土の上に広がる。
「じゃあ、串でも作ろうかな。あ、その前にフクロウを呼ぼうっと」
 小型のランプを持たせ、空の上から見張ってもらうのだという。ニーニアは馬車にランタンを取りに行った。
 火に勢いをつけるために太めの薪を入れる。ここまで大きくなれば大丈夫だ。
 蛍はかがり火作りに取りかかった。キャンプの周囲を満遍なく照らし出すようにかがり火を設置しながら、みんなが作った罠を見て回ろう。自分が予測した魔物の襲撃ルートと照らし合わせて、何か提案できることがあるかもしれない。
「お手伝いします」
 『要救護者』桜咲 珠緒(p3p004426)が、小さな南瓜ランタンを腕にたくさん抱えて駆けてきた。
 キャンプファイヤーから火種をとって、南瓜ランタンに灯りをつけていく。
「これを枝に吊るしていると、ハロウィンみたいなのです」
「オバケならぬ魔物が、お菓子をくれなきゃイタズラするぞ――だったら、事件にならなかったかもしれないわね」
「ええ。魔物が本当にケルベロスなら、お菓子で懐柔できるかもなのですが……」
 耳で聞いた自分の声が暗く沈んでいた。珠緒はあわてて手を打ち鳴らし、陰気の虫を追い払った。
「さあ、準備できました。これだけ明るければ、夜間戦闘もバッチリなのです。あとはお魚を待つばかりですね」
 夕食のメインは川魚だ。
 食べものは他に、味もそっけもない固いパンを一人一個ずつと塩を少し持って来ているだけだった。いつ魔物が現れるか予測できないにも関わらず、食料はたったこれだけしか用意してこなかった。
 それというのも誰かさんが、食料は現地で調達しようと言ったからだ。もっとも、ふもとの村で買える食べものも固パンしかなかったが。
(「何日も待つことにならなければいいけど」)
 珠緒はポケットを上からそっと叩いた。
 グラオ・クローネは甘くて美味しいけれど、食後のおやつにしかならない。

 『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)はクシャミをした。 とたん、枝で作った竿が大きく降れて、糸の先の仕掛けが外れた。
「うわぁ、晩飯が逃げた!」
 逃げた魚は背中側が緑褐色で、体の側面に白い斑点が散らばっていた。イワナだ。塩焼きや唐揚げにして食べると美味い。
「ちくしょう。いまのは結構デカかったぞ。誰だ、オレの噂をしているヤツは」
 先のなくなった糸をたぐって引きよせた。
 いいだしっぺなのに、まだ一匹も釣れていない。周りに食べられそうなキノコなど生えていないから、釣果がなければ今夜は固パンのみだ。みんなの白い目を想像すると体が震える。
 河原で大きめの石をひっくり返していた『原始力』リナリナ(p3p006258)が、ひょいと顔をあげた。
「おーい。むし、いるか? いっぱいいるぞ。ミミズとどっちがいい?」
 夕陽に陰る顔に、真っ白い歯が浮かんだ。左手にダンゴムシ、右手にミミズを持って立ちあがる。めちゃくちゃ楽しそうだ。年頃の女の子であれば虫に触るどころか見るのも嫌がりそうなものだが、そこは原始時代生まれか。
「どっちだ。エサ、えらべ」
「え~」
 一悟は助けを求め、大きな岩の上に座って地蔵のように釣り糸を垂れている、『暇人』銀城 黒羽(p3p000505)へ顔を向けた。
「どっちでも。好きにしろ。イワナは神経質で人影に敏感な反面、貪欲にエサを捕食する。意外に簡単に釣れる魚だしな」
 まるで例を示すかのように、黒羽が持つ枝竿がぐぐっとしなり、糸がぴんと張った。
「お?」
 リールなどという気の利いたものはないので、あたりに合わせて腕を大胆に振り上げる。銀に光る魚体が川面を割って上がり、空を飛んだ。
 リナリナが歓声をあげる。
 釣り上げられたイワナは全身を使ってぴちぴちと跳ね、岩を叩いた。
「これで三匹目。一悟、バケツをこっちにくれ」
 イワナを押さえる手の甲を、ぽつりと雨粒が打った。最初はぱらぱらと振っていた雨は、たちまちのうちに土砂降りとなった。はねかえりで地面が白く浮き立つ。
 気持ちよさそうに顔を天へ向ける野生児をその場に残し、男二人で頭を抱えて木の下へ逃げ込もうとした矢先、雨は唐突にやんだ。
「夕立ち、いや、通り雨だな。なんにせよ今夜、霧が出る条件が整った」
 そこへジェイクが空のバケツを持ってやって来た。これまでの釣果を聞いて眉を曇らせる。
「心配ない。マンモの肉を出す」
「いや、釣る。絶対、釣る! ギフトは使うな。見てろ、こっから爆釣りするぜ」
 黒羽は嘆息すると、予備の枝竿をジェイクへ差し出した。


 山の斜面を風が登っていく。気温が下がり、空に雲がでてきて星を隠した。
 イワナは八匹ちょうど釣れた。枝を削って作った串に刺し、火で焼いて食べた。マンモ――たぶんマンモスの肉は、明日に回された。食後のデザートにグラオ・クローネが振舞われ、キャンプファイヤーを囲んだお喋りも弾む。
「あははは。その話、面白いっすね。……と、一悟さん。そろそろ仮眠をとるっすか」
「そうだな。じゃ、お先に」
 一悟は手を上げて挨拶すると、レッドとともに馬車へ向かった。といっても一緒に中で寝るわけではない。女性は馬車の中で。男は馬車から張りだした麻布の庇の下で寝る。これから夜明けまで、二人ずつ、四交代で仮眠を取るのだ。次はリナリナと黒羽が仮眠を取ることになっていた。
「さて、ケルベロスはいつ出てくるかな」
 ジェイクは薪を火にくべた。
 ニーニアが遠い目をする。上空をカボチャのランタンを持って旋回するフクロウの目と、視界を共有しているのだ。
「ん~、少し霧が出てきたみたいだよ。北の方だけど」
「そういえば、ずいぶん寒くなってきました」
 蛍は二の腕をさすった。
 リナリナがはしゃいだ声をあげる。
「おー、けるべろす待つ! 今夜も『霧の夜』!  出現条件OK!!」
 だが、霧がここまで流れてくるまでまだ時間がありそうだ。暇つぶしをしようということになった。
「やるならハンカチ落としなのです。楽しいし、走ったりして体が温まるのです」
 珠緒がハンカチを出した。
 途中、何度か仮眠を取るメンバーを入れ替えて、キャンプの余興を楽しんだ。ハンカチ落としの他にはダンスを踊ったり、怪談話を順に聞かせたりした。
 あまりの楽しさに、イレギュラーズの誰もが本来の目的を見失いかけた頃、狼が丘で咆哮し、夜の深い森の中を霧が忍び寄ってきた。馬が棹立ちになり、上空を旋回していたフクロウが怯えた声をあげる。
 仮眠をとっていたニーニアと蛍が、馬車の荷台から飛び出してきた。
「魔物はどこ?」
 霧はますます濃くなっていく。キャンプファイヤーやランタンの火が霧に映え、あたかも煙渦巻く火災 現場にいるようだ。視界が遮られ、ほとんど回りが見えない。
 鳴子がからりと音を立てた。
「そこにいるぞ、気をつけろ」
 黒羽がささやくと、イレギュラーズたちは、とくに決めたわけでもないのに自然と攻撃のフォーメーションを組んだ。体力、防御力に自信のある者が前に立ち、息を凝らして待つ。
 焚火の明りの届くその先には、じっとしていられないほどの深い色が、もうこれ以上耐えられないように迫っていた。
 一つの体に頭が三つ。霧の中に巨大で歪な影が浮かび上がる。ケルベロスだ。レッドの目に影は、周りよりも更に赤く映った。
 また鳴子が音を立てた。
(「いいぞ。そのまま真っ直ぐ進んで来い」)
 低くした三つの頭から唸り声を発しつつ、魔物の影が一歩、また一歩と近づいてくる。これから食い物にする人間に、恐怖というスパイスをまぶしている気でいるのか。
 突然、魔物の影が地面の下へ沈んだ。土でくぐもった咆哮が、分厚い霧を震わせる。
「よし! いまだ」
 ジェイクが叫ぶ。
 魔物が体勢を立て直して塹壕から飛び出してくる前に、一斉に襲い掛かった。
 レッドが振るう蒼剣の刃が霧を細かく引き裂いて、もがく魔物の姿をイレギュラーズたちの前にあらわにした。
「頭が3つもある……でっかい狼さん。まんまケルベロスっすね!」
 溝の縁から鋭く大きな前足の爪が繰り出され、慌てて後ろへ下がった。
 前衛の盾に生じた隙間の間から、ジェイクが愛銃を魔物へ向ける。
「誇り高き銀狼から地獄の番犬へ熱い口づけを――。受け取るがいい、終わることなき悪夢を!!」
 アウローラの銃口が火を噴いた。黄金色の粉が舞い飛び、霧の中でハレーションが起こる。
 魔物の体がどうと音を立てて溝の中に崩れ落ちた。
「地獄の番犬なら、神さまの使い魔だよね。だったら君宛ての手紙があるよ」
 ニーニアはフォトン・メールを開いた。存在するとも知れぬ『神』に向けて綴られた文章を、冷たく尖った声で読み上げる。言葉の音と意味の綴じ目が緩んでニーニアの狂気が現れると同時に、人知を超えた存在に重い呪いが課せられた。
 魔物もまた呪いの三重奏を霧の夜に響かせて、イレギュラーズたちを苦しめる。
 蛍は即座に自分の回りを聖域化し、呪いを退けた。心配から隣の親友をちらりと横目で窺うと、珠緒もクローズドサンクチュアリを発動させていた。
(「珠緒さん、ここはボクが」)
 目で意思を伝えると、蛍は胸の前で手を組み合わせた。淡い白銀に輝く守護障壁の内側で歌いだす。甘く優しい歌声は、天使の羽根のように空から仲間たちの上に降りていき、死の唸りによって傷ついた魂を癒した。
その間に魔物が溝から這いあがって来た。
 一悟が一歩前に踏み込んで、真ん中の頭の鼻っ柱に右のトンファーを叩き込んだ。吹きだした炎が鼻面を覆う。
「おらっ! このまま焼潰してやるぜ」
 勢いに乗って左のトンファーを繰り出した。刹那、魔物の頭が右下へ流れる。避けられたトンファーは真ん中の頭の右耳を焼き払ったが、代わりにカウンターで右肩を食いちぎられてしまった。
 癒し手以外の全員で魔物を攻撃して、肩に食いつく口を開かせた。
 一悟はすぐに手で傷口を押さえたが、指の隙間を突いて血が高く吹きあげる。肉を大きく食いちぎられたようだ。
「一悟さん! 下がってなのです!」
 安全に下がれるように、再度魔物へ向けて攻撃が行われた。事前に打ち合わせていたので、一番ダメージを負っている真ん中の頭を集中してねらい、潰した。
 次は桜咲の番だ。
 珠緒の体からほとばしる深緑の、原生林を思わせるオーラの帯が、よろめきながら後退してくる一悟を取り巻いて再生の活力を与えた。それは固定した意味から逃れ、生の力をそのまま自身の中から汲みあげて与える癒しの芸術だった。
「『心は消え、魂は消え去り、全ては此処にあり』です」
「珠緒、かっこいいぞ! リナリナも負けない。いくぞ! おー、戦いの舞!!(てんてけてんてけ)」
 リナリナは手を叩いたり足を踏み鳴らしたりして踊り、魔物に原始の力を誇示した。
と、魔物がいきなりイレギュラーズたちに背を向けた。溝を駆け上がる。
「――ぬ! なぜ逃げる。敵前逃亡、よくない! きょういくてき指導!!」
 リナリナは一足で塹壕を跳び越えると、レッドが作った草輪に前足をひっかけて躓きかけた魔物の腰に飛びかかった。
「るら~! けるべろすアウト!」
 黒羽は魔物の前に回り込んだ。シャドウステップを踏んで二つ頭の牙から逃れつつ、全身から闘気を溢れださせた。
「どうしたワン公。いままでさんざん食い物にして来た人間から反撃を食らって驚いたか? あんまり人間舐めてんじゃねえ!」
 怒声とともに頭から魔物の胸倉にぶつかった。黒羽の鼻を濃い獣の臭いが襲う。死肉を喰らう獣特有の、刺すような臭いだ。
 噛みつかれないように呪いの唸り声をあげ続ける魔物の頭の間に肩を食い込ませつつ、がっちりと体に腕を回す。
 鋼のように尖る固い黒毛に覆われた魔物の前足が胸を捉えた。太い爪が月花の武者鎧を突き破り、肉をえぐった。唸り続けながら、なんども、なんども、掻きむしる。
「犬っころが、その程度じゃ俺は死んでやらねぇぞ」
 蛍と珠緒が声を揃えて癒しを歌う。
 黒羽は堪え続けた。
「殺生は嫌いだがてめぇは別だ。絶対、逃がさねえからな」
 リナリナが魔物の尻に噛みついた。
 魔物は後ろ脚を激しく跳ね上げて、リナリナを振り落とした。
 駆けつけて来たレッドが、尻尾の上がった股の間を蹴り上げて玉を潰す。
 ギャン、ギャン鳴いて魔物が地べたに腰を落とし、黒羽と体が離れた。
「アウローラ、名前倒れのこいつに本物の雄叫びをきかせてやれ」
 ジェイクがありったけの弾丸を打ち込んで残る二つの頭を半壊させた。
「うおぉぉおぉっ!!」
一悟がつきだした手のひらに全闘気を乗せて、頭を失った魔物の心臓にまっすぐ打ち込む。
 黒い毛に覆われた魔物の背が爆ぜた。


 霧が川面をゆっくりと流れていく。狼や熊が集まってこないようにするために死体を焼いた白い煙が、魔物に食われて死んだ人たちを弔うかのようにか細く空へ昇っていった。
 人を喰った狼や熊も放置できるものではないが、とりあえず頼まれた仕事はここまでだ。
 ブルーダイヤは魔物の腸の中にあった。他にも人とともに食われた宝石があるはずなのだが、とっくに排出されてしまったようだ。森の中を探せばどこかで見つかるかもしれない。
「ンコ臭いだろうけどな」
 朝焼けの森に明るい笑い声が響いた。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 みなさんのおかげで無事、ブルーダイヤを回収して商人に引き渡すことができました。
 峠にはまだ人肉の味を覚えた狼や熊がいますが、とりあえず『魔物』という大きな危険は排除されました。魔物を恐れて迂回していた旅人やキャラバンの往来も、徐々に回復しているようです。
 ご参加ありがとうございました。

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