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シナリオ詳細

別離の果て、二度目の誓い

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●雨の日の再会
 ガロン・ライアートと言う男がいた。
 天義の田舎町メートに住まうこの男は、実に優秀な聖職者として若い時分より期待されていた。
 彼には幼馴染みで、恋人であるリュミアと言う女性がいた。二人は仲睦まじく、共に育ち、成長し、愛し合っていた。
「リュミア。君のことは何があっても守ってみせる。この手を離しはしない」
 順風満帆。
 明るい未来へと手を取り合って進む――そのはずだった。
 事の起こりはガロンが聖職者の試験を終え、中央よりメートに帰って着た時のことだ。
 聖職者として歩み始める。それ決まったその日、メートの町は大規模な盗賊団の手により全てを簒奪されていた。
 変わり果てた生まれ育った町を前に、呆然とするガロン。四肢に力が入らないまま、フラフラと歩みを進め――そして見つけてしまった。
 大切な人――リュミアの変わり果てた姿を。
 慟哭が、滅びた町に響き渡った。
 三日三晩、嘆き、苦しみ、神を呪った。
 そうして四日目の朝。
 死者を弔ったガロンは十字架(クロス)を捨て、武器を手に取った。
 この事態を引き起こした全ての者に死を。
 復讐が始まった。
 ガロンはその勤勉さから、あらゆる戦いを身につけ――時に傭兵に身を置いて殺すための技術を学んだ。
 そうしてあの日から二十年。特段の力を手にしたガロンは遂に町を襲った盗賊団を見つけることとなる。
 復讐は、誰に止められる事なく果たされた。
 圧倒的な力――一介の盗賊では刃が立たない程の力を持つガロンは、その大規模な盗賊団を一夜かけて殲滅した。
 容赦や慈悲などなく。例え事件後にその盗賊団に身を置いたものであっても、関係なく。
 一方的な虐殺は二十年の恨みを全て叩きつけるようだった。
 そうして、復讐を果たしたガロンは空っぽとなった。
 滅びた町メート。
 そこに小屋を築き、一人世捨て人となって暮らし始めた。
 いつも考えることは、幸せだったあの頃の情景。
 愛すべきリュミアの笑顔を夢想しながら、ただただ屍のように日々を過ごしていた。
 無気力な日々は精神を腐らせる。
 自死すらも考えていた――そんな時、彼は出会った。
「……リュミア……!!」
 朧気に笑う目の前の女性。それは在りし日の彼女(リュミア)に他ならなかった。他人の空似なんかではない。リュミア本人としか思えなかった。
 リュミアを連れ現れたのは黒いフードを被った何かだった。
 その異常な気配から、人間ではないと思った。悪魔が取引に来たのだと感じた。
 黒いフードが奇怪な音を立てながら言葉を発する。
「オマエ、ガ、愛スル者、ハ、帰ッテ、キタ。
 心配スルコト、ハ、ナイ。自由ニ、暮ラス、ガ、イイ……キチキチキチ」
 それは悪魔の囁きだ。
 だが、それを否定する精神など、今のガロンは持ち合わせてなかった。
 いつかの時のように、抱き寄せ、抱き留める。朧気に微笑むリュミアがぼんやりと言った。
「ガロン、あの日の約束今度は守ってね?」
「ああ、今度こそ――君の手を離しはしない……絶対だ」
 二度目の誓いは確固たる意思によって紡がれる。
 愛し合う二人の様子を見た黒フードが「キチキチキチ」と薄暗い笑みを零した。


 天義首都フォン・ルーベルグで”黄泉帰り”、死者蘇生の噂が流れているという。
 依頼書を手にする『黒耀の夢』リリィ=クロハネ(p3n000023)が今回の依頼もその噂の黄泉帰りに関わるものだと言った。
「親しい誰かが在りし日の姿のままで、戻ってくる。
 心情的に否定し難い事だけれど、天義としては禁忌に類するものね。
 そしてそれは混沌的にも肯定できないものよ。所謂、”死者は絶対に生き返らない”って奴ね」
 混沌の絶対ルールは、どのような例外も認めない。世界の仕組みとして黄泉帰りなどというものは起きようがないと言うわけだ。
「とは言え、今回の依頼でも黄泉帰りと思われる目撃情報があるわ。
 場所は昔盗賊団によって滅ぼされた町メート。
 その町の生存者がある日思い立って町へと戻ってみたら、事件に巻き込まれなかった聖職者の男と、殺されたはずの恋人が仲睦まじく暮らしているのを見たそうよ。
 事件は二十年も前になるというのに、恋人はその当時の姿のままというのだから……噂通りの状況のようね」
 男の雰囲気は大分変わっていたようだが、恋人は当時と寸分変わらなかったという。怪しむ生存者だったが、男と恋人は多くは語らなかったという。
「天義中央もお膝元での強権的な解決は望んでいないようね。だからこそ、ローレットの出番というわけね」
 上手く立ち回る必要はあるだろうが、秘密裏に事態を収拾させることも可能になるはずだ。
「ただ注意してほしいのは、黄泉帰りしたと思われる人物を生存させて置く事はできないわ。これは天義としては容認できないことだからね。
 つまり、オーダーは黄泉帰り対象の処分。手段、方法は問わないわ。
 暗殺でもいいし、共に暮らす男を説得してもいい。どうするかは、お任せになるわね」
 引き裂かれた男と恋人が、二十年の歳月を経て、死を超越した再会を果たした。
 説得は一筋縄ではいかないだろうが……できれば納得してもらいたいものだ。
「――一つ気になるのは、男と恋人の側に黒いフードを被った人が連れ添っていたそうよ。
 メートの町の住人でもなくどこか危険な雰囲気を纏っていた見たいね。
 嫌な予感がするわね。黒フードにも十分注意をしてほしいわ」
 そういってリリィは依頼書を手渡した。
 イレギュラーズは、どのような手段をもってこの依頼を解決するか。思案を始めるのだった。

GMコメント

 こんにちは。澤見夜行(さわみ・やこう)です。
 別離の果ての再会。
 黄泉帰りの調査、解決を行いましょう。

●依頼達成条件
 黄泉帰り人リュミアを殺害する。
 
●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

●注意事項
 この依頼に参加する純種は『原罪の呼び声』の影響を受け、反転する危険性があります。
 また、この依頼では”パンドラの残量に拠らない死亡判定”があり得ます。予めご了承の上、ご参加ください。

●ガロンについて
 元聖職者にして元傭兵。
 復讐鬼と成り果てた男だったが、復讐の果てに武器を捨て世捨て人となった。
 リュミアとの再会を経ても神への信仰心は回復しない。逆に悪魔へと魂を売るのも良しと思っている。
 それ程までにリュミアを愛して止まない男。今はただ交わした二度目の誓いを守ることに命を懸けるつもりでいる。

 この人物を説得するのはかなり難易度が高いでしょう。ただ言葉を掛けるだけでは到底納得することはなく、リュミアを守ろうと動くはずです。
 戦闘となれば、捨てた武器を手にとって鬼神の如き戦いを見せるでしょう。
 ステータスは全体的に高水準。特に物理範囲の攻撃力が高く、またEXAが特段に優れています。
 ショック・体勢不利をバラ撒きながら、氷結、混乱、恍惚をともなうアクティブスキルを使います。
 イレギュラーズの力を合わせれば普通に倒せる相手ですが、油断すれば甚大な被害を受ける事でしょう。

●リュミアについて
 黄泉帰りと思われる女性。
 長い金髪を緩く纏めあげ、佇む姿は生前の其れと何一つ変わらず。
 天真爛漫で明るい女性だったが、今現在はどこかぼんやりした様子。
 ガロンは彼女に違和感を感じるも、偽物とは思っていないようです。 

●黒フードについて
 正体不明。目的不明。
 片言の言葉遣いはムシを思わせるそれで、相対する者は皆この相手が人間でないと感じる程に、強烈な気配を漂わせています。
 リュミアを連れてきた本人であり、それ以後ガロンとリュミアを守るように周囲に存在しています。
 リュミアを手に掛けようと思うなら、真っ先に障害となるのはこの黒フードでしょう。

■以下、相対したときのメタ情報。
 相対してすぐに気づく。こいつが『魔種』であると。
 虫を思わせる無数の節足を伸ばし、戦場を蹂躙する。
 回避、機動力が超越しており、ブロックするには三人以上の手が必要でしょう。
 垂れ流される狂気は近距離レンジを支配し、レンジ内のものに狂気を齎します。
 また身体中より無数の蟲を発生させ魔凶、呪縛、停滞をバラ撒きます。
 
 どうも本気で戦っていないようだ。
 保護すべき相手がいなくなれば――或いは自身の被害が大きくなれば――撤退するように感じる。

●想定戦闘地域
 滅びた町メートでの戦闘になります。
 廃墟の町で、視界は良好。戦闘は問題なく行えます。崩れかけた壁などを障害物として利用できそうです。

 そのほか、有用そうなスキルには色々なボーナスがつきます。

 皆様の素晴らしいプレイングをお待ちしています。
 宜しくお願いいたします。

  • 別離の果て、二度目の誓いLv:10以上完了
  • GM名澤見夜行
  • 種別EX
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2019年04月25日 22時25分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

アクア・サンシャイン(p3p000041)
トキシック・スパイクス
クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
華蓮の大好きな人
デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)
共にあれ
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)
我が為に
フィーゼ・クロイツ(p3p004320)
穿天の魔槍姫
ライハ・ネーゼス(p3p004933)
トルバドール
コロナ(p3p006487)
ホワイトウィドウ

リプレイ

●寄り添う二人と虚ろな影
 滅びた町メート。
 静謐に支配されたこの地を観察する者達がいた。イレギュラーズだ。
 黄泉返りによって戻ってきた女と暮らす元聖職者の男。そして二人の周囲を窺うように連れ添い歩く黒フード。
 これらを相手取る前に、念を入れた地形把握と、罠を仕込む方針だ。
 黄泉返りの女リュミアと、それを守る聖職者ガロンを相手するのはそう難しい話ではないだろう。
 だが、今回は怪しげな黒フードの存在がある。どのような存在であるか――想像の中には警戒すべき魔種の可能性も含まれて――はともかく、警戒に越したことはないだろう。
 特に警戒心を抱いていたのは『カオスシーカー』ラルフ・ザン・ネセサリー(p3p004095)だろう。
 ガロンと黒フードが綿密な取ってくるとすれば、厄介であることは想像に難くない。無策で挑むのは愚かと言う物だ。
(取れる方策はいくつかあるが……全てを行う時間はないか。ならば出来うる策を講じるまでだ)
 事前に入手したメートの町の地図を開く。古い”生きていた”時代のものだが、現地の様子と重ね合わせても、そう変化はない。
「”記憶”の方は順調かね?」
「ああ、問題ない。側の高台からの俯瞰風景に、細かな部分も大体記憶出来たさ」
 ラルフの問いかけにそう頷く『闇夜の双刃』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)。瞬間記憶を用いた地形の把握は、”最後の詰め”に重要な要素だ。クロバの能力を疑う訳ではないが、確認し共有するのは非常に重要である。
「しばらく町の様子を伺っておるが、小屋に引きこもってでてこないのぅ。
 このままずっと引きこもられたらどうするつもりなのじゃ?」
 『大いなる者』デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)の疑問は、この場に集まったイレギュラーズの懸念事項でもあるだろう。
 いくつかの罠を設置し接触後の展開は予想しているものの、最初の接触をどのように行うか、この点有効と思われる方策は浮かんでなかった。
「HAHAHA、まあ出てこなければハウスごと壊しちまえば良いのさ」
 笑いながら言う『リローテッド・マグナム』郷田 貴道(p3p000401)の単純明快な案はそう悪いものでもないようにも思える。が、
「黄泉返りのリュミア――人ではない厄介な力を持っている可能性もある。
 縦んば力を持っていなかったとして、小屋ごとに潰されては死亡の確認が難しいところだろうな。それに――」
 『トルバドール』ライハ・ネーゼス(p3p004933)は悪い想像を浮かべる。
 もし、一連の黄泉返りに魔種が関わりを持っていて、黒フードがその魔種の一味だとしたら……リュミアの死――二度目の――をきっかけにガロンの精神、否、存在そのものが変化することも十分に考えられる事態である。
 そうなれば、最悪の事態は魔種二体を相手にすることとなる。魔種の力を知るライハにしてみれば、考えたくない事態だ。
「――黒フードの存在が確認できませんが、少なくとも二人で生活しているのです。
 食料や水、生活の中で必要となる動きもありましょう。
 ラルフ様の罠を有効に活用するためにも、今は準備をして待つのがよいでしょう」
「罠を使う事態にならないことが一番だがね――そうもいくまい」
 『ホワイトウィドウ』コロナ(p3p006487)の言葉に苦笑しながら返すラルフは、この先に起こるであろう事態を予想して、準備を続けるべく開いた地図に目を落とした。

 盗賊団に愛する者を殺された元聖職者ガロン。
 二十年にも及ぶ復讐の月日。その果てに黄泉帰った愛する者。
 話だけ聞けば、神話や伝承の尊き話にも思えるが、その実態は暗き魔導書に記される悪魔の囁きに他ならない。
 復讐に生き続けた日々はガロンの精神を鑢で研ぐように鋭く磨り減らしていった。当てのない傭兵生活。元より聖職者として正しく生きていた男だ。生死が混濁する日々に心は摩耗し、ただ喘ぐように失した者を求め続けた。
 ガロンにとって復讐は、信仰を続けた自身を裏切った神への仕返しであり、同時に死に場所を失った自身を死地へと追い込む自傷行為でもあった。
 愛するリュミアが受けた痛みを自身にも――そして相手にも与える行為。それを繰り返し続けて、ついにガロンはその盗賊団へと辿り着き、狂気のままに盗賊団を殲滅した。
 その時点で、ガロンは正しく狂っていたし、或いは『原罪の呼び声』に恭順していてもおかしくはなかったが、愛するリュミアが好きと言ったその身体を売り渡す真似はしなかった。
 最後の盗賊を殺した時、復讐は終わった。
 奪ってきた命の重さを数えながら帰路につくガロンに、何かを成し遂げた感動はなかった。
 磨り減った心は粒もなく。ただ空虚な穴が底に残った。
 武器を捨て、酒にも溺れず、遊ぶこともなく。
 自意識の消失を感じながら屍のように生きる生活の中で――ガロンは出会ってしまった。
「ガロン……」
 その声はあの日以来幻聴のように響き続けた声であり、聞き間違えることのない声で――
 その身体はあの日横たわっていた力のない身体ではなく、見間違えることのない身体で――
「あ、……あぁ……」
 こんなことが起こるのか、とガロンは自分に問いかける。
 神の奇跡ではないことはわかっていた。天義(この国)において黄泉返りなど禁忌であり、起こるべく無い事態だ。
 なら、この目の前のリュミアは何か。
「リュミア……なのか?」
「……ええ、そうよ」
 どこか朧気。けれどハッキリと答える。
「どうやって……お前は確かに俺がこの手で墓に――」
 そう彼女は墓に埋めたのだ。痛々しい遺体を綺麗にし、自らの手で、地中へ埋めた。
 疑問に、リュミアは答えない。ただ、困ったように微笑みを浮かべるだけだった。
 リュミアを連れてきた黒フードが前に出てガロンに言った。
「オマエ、ガ、愛スル者、ハ、帰ッテ、キタ。
 心配スルコト、ハ、ナイ。自由ニ、暮ラス、ガ、イイ……キチキチキチ」
 疑わしいのは分かっていた。
 何よりこの訳知り顔で話す黒フードに感じる悪寒は、以前にも感じた覚えのあるものだ。
 これは悪魔の囁きだ。
 この手を取り、抱きしめれば――きっと堕ちる所まで堕ちるに違いない。
 でも――それを否定する力と心を、もうガロンは持っていなかった。
 長い復讐の果ての、神ではなく悪魔からの囁き。
(ああ、間違いない、リュミアだ)
 遺体は墓の下にあるかもしれない。このリュミアは偽物かもしれない。
 けれど。
 あの日の約束を語らい、思い出を語らうこのリュミアを、どうして偽りだと断じることが出来ようか。
 そう、今度こそこの手を離さない。二度目の約束を果たすチャンスが回ってきたのだ。
「ガロン、あの日の約束今度は守ってね?」
「ああ、今度こそ――君の手を離しはしない……絶対だ」

 静かに、ガロンが目を開く。幾許か前――リュミアと再開した時――を想起していた。
「ガロン……?」
 リュミアの声に目を細め、隣に腰掛けるリュミアの頬をさすった。
「水がなくなる頃合いだ。取りに行ってくる」
「近くの川よね? 私もいくわ。少し汚れ物があるの」
「ああ、じゃあ一緒に行こう」
 そうして二人はまるでそれが当たり前のように、小屋をでて川へと向かった。
「――動いたわ!」
 小屋を観察していた『トキシック・スパイクス』アクア・サンシャイン(p3p000041)が鋭く声を上げる。
 咄嗟にイレギュラーズ達が、身を潜め小屋の様子を伺った。
「タンクに洗濯物……。水の調達でしょうか?」
 『くっころして!』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)がそう言うと、『蒼海守護』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)が地図を見ながら返す。
「近くに川がありますから、恐らくそうだと思います」
「なら、戻ってきたところを狙うのが良さそうね。川で戦って逃げられたら目も当てられないもの」
 『黒曜魔弓の魔人』フィーゼ・クロイツ(p3p004320)の意見は尤もだ。綿密に準備して地形的有利が取れている町の中に誘い込んだ方が得策であることは間違いがなかった。
「ならば、この地点で待ち伏せといこう。
 警戒は十分に。まだ黒フードが姿を見せていないのだからね」
 ラルフの指し示した地点――町の入口と小屋の中間――は十分に罠を仕掛けた場所へと誘導できるポイントだ。
「此方も長期戦ができる構成ではないからな。ガロンの出方によるが、早期に決着を付けたいところだ」
 ライハの懸念も尤もだろう。構成的に回復をメインに行う者がいない以上、長引けばそれだけ不利になることはわかりきっていた。
 やるべきことは、ガロンを抑えつつリュミアを素早く殺害することにある。言うは易し行うは難しだがやるしかない。
 イレギュラーズは準備を整えると、待ち伏せポイントへと向かい身を隠した。
「なんじゃ、なんとなく妾達盗賊や追い剥ぎのようであるの」
「そうね……からっぽになってしまったあの人を私は、私たちはまたからっぽにしようとしてる。
 そこに救いはない――」
 デイジーに頷いて、アクアが悲しそうに目を伏せる。
「情に絆される必要はない。
 死んだ奴は”帰って”こない。
 二度目の約束が果たせる道理なんて存在しない。
 ……あるとすれば――クソみたいな悪夢だけだ」
 まるで自分の事のように吐き捨てるクロバ。過去について多くを語らない彼もまた復讐に生きる者であり、復讐を果たしたガロンに思うところは多くある。
 武器を握り込んだ拳を強く握りしめ、邂逅の時を待った。
 そしてしばらくの後、何も知らない彼等がイレギュラーズの待つその場所へと現れた。

●奪う者、奪われる者
 水を汲み、川での用を足した二人を取り囲むようにイレギュラーズが姿を見せた。
 ガロンは悉に思考し観察する。その風貌、盗賊達とはかけ離れているが全員武器を所持しているように見える。上等な胴衣を纏う新手の追いはぎか? 否、このような廃墟に狙いを付ける追いはぎなどいようはずがない。
 何物だ――そう誰何を行おうと口を開こうとしたとき――!
 遥か上空より羽音を響かせ飛来し、ガロンとリュミアを守るようにイレギュラーズの前に立ちはだかるは黒フード。
 その登場はイレギュラーズ達も察知出来ぬほどの高速だった。まるでイレギュラーズの待ち伏せを知っていたかのように――事実、”知って”いたのだろう――現れたのだ。
「……”ギールグ”。お前の既知か?」
 ガロンが黒フードをそう呼ぶと、ギールグが「キチキチキ」と奇怪に音を立てて答えた。
「……知ラヌ。ガ、ドウヤラ、オマエ、カラ、奪イニ来タ、ヨウダゾ」
 何をとは言わないが、それがリュミアを指しているのは察しが付く。
 ギールグがローブの下から無骨な剣を取り出しガロンへと放った。それはガロンがこの町に帰ってきて捨て置いていた剣に他ならない。
「上等ナ相手ダ。
 オマエ、モ、失イ、タク、ナイ、ノ、ナラ、戦ウ、コト、ダナ」
 ギールグを信用しているわけではない。だが、もし言うように目の前の相手(イレギュラーズ)がリュミアを狙うと言うのならば――
 ガロンは鋭い――それは修羅場を潜り抜けたイレギュラーズなら感じて分かる程の気迫と殺意を纏った――瞳で、イレギュラーズを射貫くと、剣に手を掛け問うた。
「お前達が何物かは知らん――だが、俺とリュミアの安息を邪魔するというのならば……」
 鞘から剣を抜き取り刃を見せるガロン。それは断固としてリュミアを渡すつもりはないのだと、イレギュラーズに突きつけるようでもあった。
「……いけません。それではダメなんです」
 一歩前に出たシフォリィが武器を構える。
「私は貴方の想いを否定できません。大事な人が戻ってきてくれるなら、それほど嬉しいことはないでしょう」
 シフォリィにとっても会えるのならばもう一度会いたい人物がいる。だが、それは望んではならない。禁忌なのだ。
「私は黄泉返りを許せません。貴方達のした事は、偽物の生で、残された人の心をかき乱し、それを嘲笑う……亡くなった方の想いすら踏みにじる冒涜なのだから!」
 それはギールグが向けられた言葉でもあり、ガロンにも通じる言葉でもあった。故人が最後に何を思っていたかはわからない。けれど、もし殺されたリュミアの立場であるのならば、最愛の人の無事を喜び、変わらずに生きて欲しいと願うのではないだろうか。
 それを踏みにじるような黄泉返りを、シフォリィは断じて許すわけにはいかなかった。
「……此方の事情に通じているか。ならば聖都からの手の者か。
 なるほど、ならば合点いく。
 許されざる禁忌の噂が出れば、力尽くで封じるつもりだろう? 神の使徒たる”この国”ならばそうするだろうな」
 元聖職者故、天義の国家としての有り様を熟知するガロンは吐き捨てるように言葉を零す。そして歯噛みし、怒りを露わにした。
「――そんなことが許されるものか……!!
 あの時の盗賊達と同じように――今度は自らの信徒を持って俺から奪うつもりか――ッ!!」
 その激昂は神へと向けられたもの。
 あの日奪われたリュミア。そして今また奪われようとするリュミア。どちらのリュミアも、この場にいるガロンに取ってみればリュミアそのものに違いないのだ。
「キチキチキチ……明確、ナ、敵、ダ。言葉、ナド、無用。殺セ」
 焚きつけるように言うギールグが狂気を放出する。邪悪強大な瘴気に包まれるような錯覚を覚えた。
 この時、イレギュラーズの中には既知の感覚を覚えるものもいた。
 それは出会ったことのある者だけがわかる感覚。『原罪の呼び声』を齎す破滅の狂気。
 影響外の旅人であってもその感覚は気分が悪いものだ。それを察知すれば、自ずとこの黒フード(ギールグ)が魔種であると言うことは自明となる。
 ギールグが身に纏うフードの背から、無数の節足を生み出して大地を穿つ。その姿を見たガロンは――一瞬の驚きと逡巡を経て――まるで心強い仲間がいるようだと、顔を歪めた。
「来るぞ――納得させられるかどうかは考えなくて良い。
 ただ、引き留める、その一声を。……ダメなら、もう終わりにしてやろう」
 武器を構えたライハが覚悟を促せば、イレギュラーズは一つ頷き武器を構えた。
 避けられぬ戦いが始まった。

 ギールグが、超常の機動力を持ってイレギュラーズに襲いかかる。
「――ッ!!」
 シフォリィの振るった武器の一撃が空を切ると同時、背後を強襲され背中を強い衝撃が遅う。受け流すように受け身を取りながら転がる。
「お主何者じゃ? 何が目的でこのようなことをしておる」
 フォローに回ったデイジーが訝しむようにギールグへと言葉を走らせる。だが、ギールグが、まるで感知しないように口を開くことはない。
「答えたくないのであれば、それで良いがの。
 ……黄泉返り、あれも気になるのじゃが、同じくらいお主のその姿も気になるの」
 虫を思わせる無数の節足動かし、夥しい量の虫を使役するその姿。だが決してフードを脱ごうとはしなかった。
「まるでムシじゃ。ヒトでは無いのじゃろうが、魔種だとしても随分と奇異な姿をしておるの」
 放つ衝撃波が高速で移動するギールグを捕らえ強かに叩きつける。だがまるで効いていないかのように、ギールグはその動きを変えることなく走り続ける。
「Hey、虫野郎!
 殺虫剤はここにはないが、代わりにミーがお仕置きしてやるぜ、HAHAHA!」
 笑いながら構える巨躯。貴道の拳が高速に何発も放たれる。拳の生み出した拳圧は、遥か遠方にいるギールグを狙い――まるで銃弾のように――衝撃波となって襲いかかる。
 廃墟となった瓦礫を走るギールグの後ろを、徐々に精度を高めた貴道の拳圧が襲い壁を破砕していく。
 逃れられぬと悟ったギールグが中空へと身を躍らせるが、それは貴道の狙い通り。
「HAHAHA! 空じゃスウェーもできないだろう!!」
 アウトボクシングを徹底する貴道の狙い澄ました一撃。槍を思わせる拳圧が鋭くその身を抉る――はずだった。
「オイオイ、そりゃインセクトならそう言うのもアリだろうが……後出しはフェアーじゃないだろう?」
 空を切り裂く貴道の拳圧を避けきれないと悟ったギールグは背中から禍々しい羽根を生み出すとその場で身を捻り拳圧を避けきる。そのままホバリングを混ぜた奇怪な動きで、上空からフィーゼへと襲いかかった。
「そっちから来てくれるなら願ったり叶ったりよ――!」
 意気を持ってギールグに挑むフィーゼが、防御を固めてブロックに集中する。
 接近してわかる。黒フードの闇の中で光る赤黒い瞳に。
 光彩が流れるように横へと流れる。
「くっ――一人じゃ厳しいか――!」
 ブロックの効果を無視して走り去るギールグの背を視線で追う。速い――!
「これなら――!」
 月と翼の刻印が刻まれた大弓型魔具を構え、魔力を槍として錬成する。黒雷を纏った赤紫の大槍を狙いを付けて放つ。
 黒い稲光とともに大槍がギールグの身体を穿つ。先ほどと同じようにまるで効果がなかったように立ち振る舞うが――その赤黒い瞳の光彩が苛立たしげにフィーゼを貫いた。
(嗚呼、このおぞましい感じ――)
 フィーゼは嘗ての世界でこれに似た感覚を感じた覚えがある。上位存在との相対。それを思い出すと同時に、彼我の力量差を弁えずに挑む狂気にも似た熱を感じていた。
 初めて目の当たりにする魔種は、人の殻を脱ぎ捨てたかのような異形であり――その存在に確かな危険性を覚えた。
「――でもだからこそ歓喜に震えているわ。
 だから少しばかり遊んでくれないかしら? 横槍を入れるのは些か無粋でしょ?」
 ちらりと横目に見れば、仲間がガロンと相対しながら声を上げていた。
「キチキチキチキチ……人間ガ、調子、ニ、乗ラナイ、コト、ダ」
 夥しい量の狂気をバラ撒きながら、ギールグが不気味に蠢く。
「……注意は引けたようですね」
 シフォリィが今一度油断なく武器を構える。横目で見た道の先にはラルフの仕掛けた罠がある。多くはガロンとギールグの連携を妨害するワイヤートラップだ。
(空を飛ぶ以上、何処まで効果があるかは分かりませんが――)
 足止めとしてやれるだけのことをやるだけだ。
「ギチギチギチ……!!」
 耳障りな羽音を響かせ中空に浮かぶギールグが、その身から大量の虫をバラ撒くのを注視しながら、シフォリィ、デイジー、そして貴道とフィーゼの四人は魔種へと集中を高めていった。

●誓い
 四人の活躍もあり、ギールグの注意がガロン達から逸れたことを残る六人は感じていた。
 リュミアを物陰に隠し、油断なく剣を構えるガロン。
 相対し、剣を合わせて分かるが、かなりの手練れであることは間違いなかった。リュミアを護るというハンデを背負いながら、しかし六人相手に引けを取らず立ち回るこの男は、まさに歴戦の強者という所だろう。
 それほどの力を持ちながら、なぜ――と思うかもしれないが、真実この男が極限の力を発揮するのはリュミアに関わる時だけなのだ。
 二十年死地で戦い続けたのもそう、盗賊を一夜で滅ぼした時もそう。そして今、リュミアを守る為に力を振るうのもそうなのだ。
 悲しい、とコロナは思う。
 仮にリュミアという女性が生きていたとして、それを守るための力ならば理解もできる。死んだリュミアへ届ける為の復讐も許容できよう。だが、偽物の女を宛がわれて発揮する力ならば、それでは死んだリュミアが浮かばれないと言う物だ。
「ガロン様、貴方の愛は、これでいいのですか?」
 冷たい呪いの歌声を響かせながら、コロナは想いをぶつける。
 空虚に染まって曇った瞳でも、すり切れ穴の空いた心であっても、感じているはずなのだ。彼女(リュミア)は似ていても違うのだと。
「二十年の歳月で忘れたと誤魔化し、なりすましを許容するつもりですか?
 それが貴方たちの愛でいいのですか!?」
「事情に精通しているようだが――お前達にはわからないだろうな。俺達にしか分からないことが多くある。
 例え偽りの肉体であっても、今ここにある意思や魂は本物であると俺は信じる。否、仮に全てが紛い物であっても……俺には愛した女と同じ姿をした女性を守らず明け渡すなどできるものか!!」
 偽りを許容するガロンにコロナは力なく頭を振るう。
「愛しい故人を、想い続けた果てが貴方なら、いずれ、私もそうなるのですか……?」
 そんな果ての結末は、納得できるはずがない。考えたくはない。
 偽りに染まる愛は、ここで終わらせねばならない――!
「暖かかったか、懐かしかったか?
 手に感じたのは熱か。それとも確かな思い出か?」
 鋭く言葉を走らせるライハ。ガロンの振るう多くの技に対応し、仲間の状態異常を治しながらガロンへと言葉を突きつける。
 そう、熱だけならば、悪魔でも持つ、と。
「抱きしめたのは確認か、それとも――」
 見据えたように睨み付け、ハッキリと言ってやった。
「別にこれがリュミアでも良いと――妥協したかね」
「黙れ――ッッ!!」
 激昂と共にガロンの手にする剣が振るわれる。一度ではない。何度も何度も、まるでそんな事実を消し去ろうとでも言うように。
「お前達はあの日の盗賊達と同じだ! 一度ならず二度までも、俺からリュミアを奪い去ろうというのかッ!! もう十分だろう!? 俺達はただ静かに暮らしたいだけなんだ!! そっとして置いてくれ……」
 精神薄弱な故か、最後は消え入るように泣きそうな声で懇願するガロン。
 だが、それを許すわけにはいかないのだ。
 ココロが聖なる光を放ち、仲間の状態異常を回復しながら、都合良く考えリュミアを庇護するガロンへ問い詰める。
「リュミアさんの事はわたしたちは知らないけれど、あなたはよく知ってる。
 あなたは時間と共に変わったのに、リュミアさんだけ変わらないなんておかしく思いませんか、時間は人に対して平等なのに」
 ココロの言葉に、ガロンが横目に隠れているリュミアを見るのがわかった。視線に気づいたリュミアが力なく首を横に振るう。
 それはリュミア本人にはどうしてあの日の姿のままなのか、わからないということだ。
「失われた時間がそのまま戻ってくるなんて都合よすぎると思いませんか。
 あなたは自分の記憶に、嘘をついてませんか。
 教えて、あなたの心を。本当に同じ人だと心からの確信をもって言いきれますか?」
 ココロの瞳がガロンを射貫く。咄嗟に視線を逸らしたガロンは己の行動に悔しさがこみ上げ歯噛みした。頭を振るう。ガロンの手が止まった。
 アクアが、言葉を投げかける。
「薄々分かっているでしょう。
 亡くなった人が帰ってくるわけないって。
 お願い、リュミアさんの姿をしたものを、私達に倒させて」
 黄泉返り人は近しい者の記憶から作り出されたと推察するアクア。それが正しいか明確な答えは今はでないが、リュミアの朧気な雰囲気、態度は薄らいだガロンの記憶が原因と考えていた。
 アクアの言葉にガロンは「いや、だめだ、だめだ!」と首を振り剣を構える。心なしかその剣先が振るえているようにも見えた。
「亡くなってしまったリュミアさんが可哀そうよ。
 ガロンさんに寄り添ってほしかったはずなのに、あなたは今、失ったリュミアさんを通して別の誰かに寄り添っている。
 愛した人への気持ちの続きが、こういう事じゃいけないはずよ……ちゃんと、リュミアさんの事を偲んであげて」
「違う! リュミアはここにいる!! 偽物なんかじゃ……偽物であってたまるか――ッ!!」
 偽物だとしたら――なんて仕打ちを行うのだ、とガロンは苦悶の表情を浮かべた。
 神に裏切られ、悪魔にも裏切られたら……もう、縋るものはなく、殺した者達の呪いを受けながら死ぬ以外に道はない。
 そんな理不尽があってたまるか。そんな仕打ちはあんまりだ……。ガロンは世界全てを呪うように、そして最後の希望に縋るようにリュミアを見る。
 リュミアは変わらず怯えた表情で――それは守るべき相手であることを証明するようで――ガロンの精神の均衡を保たせるのだった。
 しかし、イレギュラーズも引くことはできない。力強くクロバが言葉を走らせた。
「――なに夢見せられて満足してるんだよ。
 嬉しかったか? もう手放したくないか? わかる、わかるさ」
 首を振り歯噛みするクロバは、過去の出来事を想起する。忘れてはならない遠い約束(のろい)の出来事を。
「”俺”も失くした。奪われた、だから復讐の為に生きている。許されたいとか褒められたいとか、じゃない。
 それは己の為だ、”大切な者の死”を嘘にしない為だ!!」
 遠い約束(のろい)の為に生きている。その為に復讐すると誓った。
 故に、黄泉返りなどという巫山戯た事象は許さない。それに甘えることすら許しはしない。
 目を伏せるクロバは、内にわだかまる悲愴たる孤独感を握りしめる。この気持ちがわかるからこそ、クロバにガロンを見捨てることなどできなかった。
「答えろガロン。お前が”本当に守るべきもの”は何だ?」
「俺の……俺の守るべきは――」
 逡巡と沈黙の果てに、ガロンは答えを出した。
「……誓いを守る。
 本物だろうが偽物だろうが関係ない。俺が誓った約束だ。破るわけにはいかない」
 それは復讐の果てにガロンが叶えたかった本当の望みであるのかもしれない。
 最初の誓いは、不測の事態によって破られた。否、もしその場に居合わせていたとして、ガロンにリュミアを、村の人々を守る力はなかっただろう。
 そして、二度目の誓い。
 黄泉返ったリュミアと思われる女性に立てた誓い。
 たとえ、それが悪魔によって作られた女性であったとしても――その果てに裏切られたとしても――怯え悲しむこの女性を……愛した女と同じ姿の女性を捨て置くことはできなかった。
「……相手が誰であれ、約束を破ったなどと知られれば、あの世でリュミアに叱られてしまうからな……」
「――……バカが」
 悔しそうに、クロバが吐き捨てる。
 答えを聞いて、押し黙っていたラルフが口を開いた。
「復讐を遂げた君には解るだろう? 奴がどういう存在なのか」
 視線の先、イレギュラーズ四人をあしらうように立ち回るギールグの姿。ガロンは一つ頷くと感じている悪寒を吐露した。
「悪魔に魂を売るのは否定しない。
 然し君の復讐の果てとリュミアの生死はそんな連中に利用される為にあったのか?
 我々は君の敵だが今一度考え欲しい。
 その上で全力で相対するならそれで良い、それが君の決めた事ならば」
 ラルフの言葉は強い力をもって相手の精神に影響する。理解を深く促す巧みな言葉に、ガロンは今一度逡巡を深めるが――答えは変わらなかった。
 今のガロンにとって、魔種の奸計も、この国の異常事態も興味はなかった。自らが立てた誓いを果たすという壮大に自分勝手な都合でのみ動く。別離の果ての、二度目の誓い。それこそがガロンの今生きる理由に他ならないのだ。
「そうか……。
 ならば全力でその誓いを果たすと良い。我々は潔く簒奪者として振る舞わせてもらう」
 装備するアルケミックアーツの具合を確かめ、ラルフが鋭く”敵”を睨み付けた。
「来い――ッ!
 そう容易く俺から奪えると思うな――ッッ!!」
 ガロンの瞳に輝きが戻る。それは復讐に生きていた時のギラつきではなく、空虚に押し潰されていたがらんどの曇った輝きではなく――真に生きる意味を見つけた者の瞳に他ならない。
 爆発的な気迫とプレッシャーがイレギュラーズを襲う。魔種のそれではない、真に強き者の発する純然たる猛りだ。
「想定していたことより厄介な事態だけれど――黄泉帰りなんて歪んだ事象、全部叩き潰すわ。
 死んだ人に心を引きずられるって、魔種に踊らされるって事じゃないもの」
 アクアに頷き返すライハ。
「同感だ。
 動機はともかく敵対が決定した以上、あらゆる手を使って『もどき』にはご退場願おう。
 ――願わくばこれ以上の事態にならないでもらいたいものだな」
 そんな彼等の様子を確かめるように、ギールグの不快な音を立てる笑いが微かに響いた。

●慟哭
 ガロンの説得が失敗に終わり、再度の戦いが始まる頃、魔種ギールグとの戦いもまた佳境を迎えていた。
 戦闘が長引く程に不利になる戦況。デイジーが必死に治療を行うも限度がある。追い詰められながらも必死の抵抗を見せていた。
 如何にギールグが回避力に優れているとはいえ、ラルフの罠と合わせて避けられない攻撃もある。今まさに貴道が接近されたカウンターに放った”光速”とも言える拳がそれだ。強大な威力を誇るその一撃が身を捻ったギールグの腹部に直撃する。鋼鉄を殴り飛ばした感覚に貴道が吐き捨てる。
「SHIT! ユーそのローブの下にまだ何か隠しているな?」
「キチキチキチ。人間ニ、シテ、ハ、ヤルヨウ、ダガ。所詮、人間、ノ、殻ヲ、捨テラレ、ナイ、モノカ」
「それじゃアナタは人間をやめたっていうのかしら――!」
 駆けながら矢として放つフィーゼの魔槍がギールグを貫く。ダメージは確かに与えているにもかかわらず、「キチキチキチ」と余裕の笑い声を上げるギールグ。
「魔種ですからね、とっくに人間は止めてるんでしょうけど……元が何だったのか知りたいところですね――!!」
 舞うように、身体を横に回転させながら、荒れ狂う竜巻を生み出すシフォリィ。連続で放たれる剣閃が、ギールグの黒ローブを切り裂いていく。
「ギチギチギチ……! 小癪ナ、真似ヲ」
 羽根を生やして上空へと退避するギールグ。この滞空がイレギュラーズの攻め手を薄くしていたのは間違いが無い。
 通常飛行による戦闘は様々な制約が課せられるものだが、この魔種にはそれがないように思われた。まさに縦横無尽に飛び回る害虫とも呼べる存在である。
 そして、都度上空へ退避しては、ガロン達の様子を眺めていた。だが決して助けに行こうとはしない。イレギュラーズにもそれが不審な様であることはすぐにわかった。
「お主手を抜いておるな?
 助けに行かんでよいのか? お主が助けるんじゃろ?」
 デイジーの言葉にギールグが肩を揺らして笑った。
「ギチギチギチ……!! オレ、ガ、助ケル? アイツ、ヲ? ギチギチギチ、愉快ナ、コト、ヲ、言ウ」
 心底面白いものことを聞いたかのように笑うギールグを訝しげに見る四人。ギールグは地上へ降り立つと、その薄闇に包まれたフードの置くで赤黒い目を光らせた。
「オレ、ハ、助ケル、ナド、ト、言ッタ、覚エ、ナイ、ガ。
 ――シカシ、アノ、状況、ハ、想定、ガイ、ダ。少シ、手ヲ、ダシテ、ミルカ」
 ガロン達へと足を向けようとするギールグ。
「行かせるものですか――!」
 そうはさせまいと、咄嗟にシフォリィが飛びかかる。背中から襲い来る節足を切り落とし、ギールグに肉薄するままに頭部へと手を伸ばして――
「――っ!? この感触……耳?」
「ギギギッッッ!!!」
 爆発的な狂気の渦に吹き飛ばされるシフォリィ。精神耐性はあるものの、吐き気がこみ上げる。
「今の感触、間違いなく耳だった……あんな位置にある”長い耳”なんて」
「もしや、お主……ハーモニアか?」
「ギギギギギギ――ッ!! オマエ、タチ、ガ、知ル、必要、ノ、ナイ、コトダ!!」
 ローブの下から有象無象の虫が溢れ出る。地面のみならず中空すらも染め上げて、奇怪な虫の世界を生み出していた。
「気色の悪い虫ね――!」
「HAHAHA! ようやっと本気を見せるつもりか、虫野郎!」
 余裕を見せて笑ったつもりの貴道だが、状況の悪さを感じて冷や汗流れ落ちていた。

 ギールグがその力の一端を見せた時、ガロンとの戦いは決着の時を迎えようとしていた。
 コロナの魔力放出がガロンを襲い、その一撃にガロンの身体が揺れ落ちる。
 好機とみたライハのソウルストライクは確かにガロンを打ち付けたかのように見えた。しかしガロンはこれに抵抗を見せ、倒れる身体で受け身をとり体勢を立て直す。
 裂帛の気合いと共に突撃を見せたガロンを、ココロの放つ見えない糸が縛り上げる。
「くっ……動かないで――!」
 ガロンは藻掻けば藻掻くほどに肌に食い込む糸を力任せに引きちぎり、全身全霊の横薙ぎを振るう。一閃は凍てつく刃となってイレギュラーズを襲った。
 その渾身の一撃を、ラルフとクロバは読んでいた。
 バックステップで交わしたラルフが手にした銃を構える。弾丸には『蠍姫』のもたらした極まりし蠱毒錬成されている。乾いた音と共に放たれた弾丸が二発。一発は死毒の銃弾、そして二発目は呪いを内包した呪殺の凶弾だ。
 肩と腹部に直撃した弾丸が耐えようのない毒素炎血を撒き散らす。衝撃にガロンの身体が再度傾いた。
「オォォ――ッ!!」
 同時、上空に飛んでいたクロバが二刀を手にガロンへ飛びかかる。振り下ろされる一閃。揺らぐ身体で受け止めようと剣を真一文字に構えたガロンだったが、クロバの剣技がその上を行く。
 クロバの振るった黒刀がガロンの剣を砕き斬り、続く紫紺の刃がガロンを袈裟に斬りつけた。血が噴き上がり、ガロンの身体がゆっくりと崩れ落ちていく。
「ガロン――ッ!」
 その場に咄嗟に駆け寄ったのは――他でもないリュミアその人だった。
「あぁ……血がこんなに……」
 ガロンの傷を見て、涙を浮かべるリュミア。
 この行動を、イレギュラーズは意外に感じたかもしれない。作られたものであれば――護り手がやられたのならば――逃げ出すと考えていたからだ。
「……リュミア……すまない。俺は、また君を守ることが出来なかった……」
「ううん、いいの。貴方さえ生きていてくれたのなら、私はそれで――」
 このやりとりを、イレギュラーズは冷静に観察する。まるで本物のような対応だが、どこか違和感がある。そう、どこか”決められた動作”のようにも見えたのだ。
「終わりだ、ガロン」
 イレギュラーズの終止符の言葉に、ガロンは無念そうに目を閉じた。
 力が及ばなかった。今度こそ本当に、自らの力不足故に、誓いを果たすことが出来ないのだと――
「ソレ、デ、オマエ、ハ、満足、ナノ、カ?」
 そこに、ギールグがやってくる。
 ギールグを抑えていた四人は……地面に倒れているのが見えた。
「イイ、ノカ? オマエ、ハ、ソレ、デ。モット、チカラ、ガ、アレ、バ、ソウ、ハ、思ワ、ナイ、ノ、カ?」
「やめろ、ガロン! 耳を貸すな!!」
 それは、真に悪魔の囁きという奴だ。それに耳を貸せば、今度こそ本当に取り返しの付かない事態になってしまう。
「………………力が欲しい。欲しかった」
「ナラ、バ、ワカル、ダロウ? 身、ヲ、委ネ――」
「だが――心まで悪魔に明け渡す心算など、今は毛頭無い……!」
 ガロンは誘惑を振り切った。今度こそ、悪魔の囁きに耳を貸さなかったのだ。
 これに驚いたのはギールグだ。なぜ上手くいかなかったのか、思考し、破綻し、首を傾げ、一頻り唸ると、落胆したように肩を落とした。
「オマエ、ニ、ハ、期待、シテ、イタガ、残念、ダ」
 それだけ言い残すと、引き留める間もなくギールグは羽根を広げ飛び立った。
 結局奴の目的はなんだったのか。疑念を残した魔種ギールグの姿は消えていった。

 戦い終わり、魔種も去れば、後に残るのはリュミアだけだ。
「覚悟はいいな?」
「……はい」
 リュミアは逃げようとはしなかった。まるでガロンの側こそが安住の地であると言うように、倒れたガロンの側を離れようとはしなかった。
「エンピリアルアーマー……念のためね」
 ココロが浄化の鎧をクロバに付与すると、クロバは武器を高く掲げた。
「……すまないリュミア……本当に……すまない」
「いいの、ガロン。あんな約束で縛ってしまった私がいけなかった。
 ねぇ、お願い。今度は――今度こそは生きて。生きて幸せになって……」
「………………ああ、わかった」
 三度目の誓い。それは互いを束縛するものではなく、幸せを願うもの。
 無念に瞳を閉じたガロン。祈るように瞳を閉じたリュミア。
 二人の気持ちを確認しながら、奥歯を噛みしめたクロバが刃を落とした。
 心臓を貫かれたリュミアの身体が、不定形に揺れ動き、やがてその身体は黒い泥となって弾けて地面に還っていく。
 やはり、何物かに作られた物か。その不気味な異様にイレギュラーズは息を飲んだ。
 気配が消えたことを察したガロンが静かに慟哭するのは、すぐ後のことだった。

 全てが終わり、イレギュラーズはメートの町の墓地――ガロンが一人で作った場所――へと赴いた。
 ガロンも来ようとしていたが、傷が深く安静にする必要があった。ただ、その憑き物がとれたような表情をみれば、もうおかしなことにはならないと、そう思えた。
 墓標だけがならぶ質素な墓。リュミアのそれを見つけて、シフォリィとコロナが花を添え冥福を祈った。
「黄泉返り……一体なんなのでしょう?」
 ココロの朧気な問いかけに答えるものはいない。ことこの依頼に参加したもの全員にとって、黄泉返りが何を意味しているのか、理解が及び付かないところであった。
「何にしても碌でもない企みがあるのは間違いなさそうね」
 フィーゼの言葉にライハが頷く。
「それにあの魔種もだ。目的が今ひとつ見えてこなかったが――」
 呼び声に恭順しそうな者を探しているとでも言うのだろうか? その虫のような風貌も含め謎の多い相手ではあった。
「事件はまだ終わりではない、か。
 さて、天義(この国)と我等ローレットはどう動くことになるかな――」
 ラルフの呟きが、空へと昇り消えて行く。
 一つの事件が解決し、そして新たな事件が始まることだろう。
 黄泉返り。
 天義を揺るがすこの事態の収束には、今しばらくの時が必要だと思われるのだった――

成否

成功

MVP

デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)
共にあれ

状態異常

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)[重傷]
白銀の戦乙女
デイジー・リトルリトル・クラーク(p3p000370)[重傷]
共にあれ
フィーゼ・クロイツ(p3p004320)[重傷]
穿天の魔槍姫

あとがき

 澤見夜行です。

 皆さんの説得もありガロンは生きる道を見つけ、もう一度掴めたようです。
 警戒からかリュミアへの殺意が高かったですが、状況はリプレイ通りです。
 まだまだこれからなシナリオですが、次なる展開をお待ち頂ければと思います。

 MVPは黒フード側で攻撃に回復とがんばったデイジーさんに贈ります。実際僅かでも回復がいなかったらやばかったです。

 依頼お疲れ様でした! 素敵なプレイングをありがとうございました!

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