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シナリオ詳細

トファラの聖騎士

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 白亜の都フォン・ルーベルグ郊外。
 純白に染まる大通りから一転し、区画整備を待つだけの一角が存在していた。

 雨の強い夜だ。
 その中の一軒。今にも朽ち果てそうな荒ら屋の前に、一人の男が立っている。
 手をかけた木戸にはいくつも穴が空いており、ぼろぼろだ。
 男は大きな身体をかがめるように中へ慎重そうに踏み入った。

「おかえりなさい、あなた」
「ああ……ただいま」
 妻の声は弾むように。男はまるで呻くように。
 もしも仮に最愛の人でも失えば。そしていくらかの歳月が流れればこんな表情になるのだろうか。
「今日もお疲れ様。ちょうどご飯が出来たところだから」
「いつもありがとう、頂くよ」

 轟々と鳴る春の嵐が、小さな家屋を軋ませている。
 刹那の雷鳴が戸口に立つ男を照らしあげる。鋭い眼差しに無骨で頑健な身体。いかにも生真面目そうな男だ。
 甲冑に剣。広い背には大きな盾。サーコートの刺繍には天義の紋章が描かれていた。まごう事なき聖騎士の偉容である。
「今日はどうだったの?」
 問いに答えず、男はフードを目深にかぶったまま、カンテラを食卓に乗せた。
 思い出したくもない、『あの日』の仕事など。
「大変だったのね……」
「……ああ」
 辺りは余りに暗い。今にも消え入りそうな炎は、朽ちた廃屋の中では余りに弱々しく――

 そんな灯りから逃げるように無数の黒い影のようなものが動いた。虫だろうか。
「干肉と。キャベツとバジルのスープかい?」
「バジルは品切れ。でも今日は特別製。トマトとオレガノが手に入ったから」
「オレガノか」
「バジルとオレガノ、あなたってばいつも間違えるんだから」
 かつて妻のいたずらっ気のある微笑みに一目惚れしたことを思い出す。
 美人というよりは愛らしい、笑顔が魅力の素朴な女性だ。
「ああ……」
「乾燥してても分かるわよ?」
 顔を手のひらで覆い、男はずぶぬれの顔を拭う。
「……むずかしいんだ」
 そして声を絞り出すように言った。
「美味しそうに食べてくれるからいいわ」
 昨日も一昨日も、その前も。妻はバジルではなくトマトにオレガノと言っていた。
「ね、ね。今出すから。早く座って」
 鼻歌交じりの妻に促されるまま、手前の椅子に手をかけて揺らした。
 どうにも木と木のつなぎ目が具合悪いようで、隣の椅子に同じ事を試してそちらに腰掛ける。

 木のスープ皿は空っぽで。男は匙を沈ませる真似をした。
 まるで飯事のように淡々と口へ運び――雷鳴が鳴り響く。
 鮮烈な光に浮かび上がる妻の顔はどこまでも朗らかで。男はもう一度、手のひらで己の顔を覆った。
 拭ったのはおそらく、朽ちた屋根から溢れる雨だけではなかったろう。

 ――これは儀式だ。幾度か試した中で最良のパターンだ。

「あのね……」
 そう言う妻の伏し目がちな瞳を眺める。
 カンテラは彼女の姿がよく見えるように置いたから。だからよく見える。
「授かることが出来たの」
 はにかんだ笑みで、彼女は下腹部のほんの微かな膨らみに手を当てる。

 男は嗚咽した。
 妻は微動だにしない。オルゴールが止むように、ただ止まっている。
 彼は声もなく。歯を食いしばったまましばらく泣き、ゆっくりと顔をあげる。男は決まって同じ所で同じミスをする己を悔いた。
 今日も、昨日も、一昨日も。
「あのね……」
 唐突に妻は繰り返した。一字一句。同じ言葉を同じ表情で。夫のしくじりをまるで無かったことにするように。
「授かることが出来たの」
 男は慎重に言葉を選ぶ。今度は間違えない。
「本当かい」
「ええ……お腹に感じるのよ。あなたとわたしのちっちゃな命」
 男の歩みに床が軋む。
「パパね」
 血走った目を見開いたまま、男は妻の手をとった。
「最高に……」
 途切れる声。男の慟哭にも似た微かな呻き。
「……うれしいよ」
 表情とも声音ともまるで裏腹に思える言葉に、それでも彼女は輝くような笑顔で答えた。
「わたしも」

 ――愛してる。


「一つだけ」
 人差し指を立てた老司祭が念を押す。
「ご理解頂きたいのは、そこに不正義など断じてありはしないということです」
 聖騎士ギデオン・エルセリオに間違いはあり得ない。
 二度目の説明にイレギュラーズは神妙な表情で頷いた。

「ちょっとまとめるね」
 そう言った『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)が続ける。
 司祭が言うには、近頃この天義首都フォン・ルーベルグでは『黄泉帰り』、つまり『死者が蘇生した』との噂が流れているらしい。
 それは親しい誰かが在りし日の姿のままで、自身の元に戻ってくるというものだ。
 心情的には否定し難い事であるが、天義的にこれは大いなる禁忌である。
 必然的に当事者はこれに口を噤み、聖騎士団等の事態調査は一向に進まない。
 死者が復活するなどという事例はたとえ神が望もうともあり得はしないのだ。それは信仰である以上に事実でもあるのだが、さておき。
 今回の件も依頼も、おそらく噂と無関係ではないのであろう。

 元々今回の事件を調査しているのはギデオン・エルセリオという壮年の聖騎士である。
 かつて駆け出しの神官戦士であった若きギデオンは、小さな町にはびこっていた異端事件を解決した。
 出身村を出てからはフォン・ルーベルグで妻と共に小さな家に住んでいたと言う。
 だが悲劇が起きた。数年前に異端の残党が身重の妻を殺害したのである。

 いつしか聖騎士となっていたギデオンは悲しみの中で、事件の最終的解決に奔走し、見事これを成し遂げた。
 全てを失いながらも正義に邁進した彼は、出身村の名から『トファラの聖騎士』と呼ばれるようになったようだ。
 殉教とされた亡き妻を聖女に列するという向きもあったようだが、これはギデオンが固辞した。もっともらしい理由は様々あったが、ヒーローであると同時に被害者でもあった彼の心境は十分に尊重され、妻は首都の小さな寺院でひっそり弔われたと言う。
 一方地元のほうではトファラ出身の聖人ゲオルギウスに続き、英雄的な聖騎士をも輩出したということで盛り上がったらしいが。まあこれらは枝葉か。

 本題に戻そう。
 それから数年が過ぎ去り今年。今回の事案が発生した。
 首都の中でも丁度、かつてギデオンが住んでいた地域での問題ということで、調査は彼が担当することになった。

『魔物の存在を確認。微かに魔種の気配あり。調査を継続する』

 最新の報告にはそう書かれていた。
 しかしなぜだか進捗はおろか具体的な報告もなかなか上がらぬ。
 上役はこれを難題と定め増員を決めた。ギデオンは実直に従った。
 そこで確認されたのが、件の事態だったのである。
 ギデオンは何かを邪悪と定め、今も調査を継続している。それは確かなのだが――

 老司祭は深々と頭を下げた。
「どうか『トファラの聖騎士』に……ご助力願いたいのです」
 邪悪を滅せよと司祭は続ける。
 話は理解した。
 仕事の内容は単純に、廃屋を取り巻くアンデッドとおぼしき敵を倒せと言うことだ。

 だが何かが引っかかる。
「もしかしてだが」
 イレギュラーズが問う。
「黄泉帰ったってのは、彼の亡き妻なんじゃないのか」
 あるいは彼の亡き妻を騙った何か邪悪な存在であるのか。
 司祭はイレギュラーズの言葉に頷いた。
「確証はないのですが皆様の仰られる通り、私共もそのように考えております」
 もちろん黄泉帰りが事実であるならば、亡き妻も討伐する必要がある。
 そしてギデオンは聖騎士としての職責を全う出来れば良い。
 天義首脳もお膝元での強権的な解決は望んでいない。
 そこでローレットの出番となったのであろう。宗教色が薄いのも良い。
 これは外部からの穿った見方かもしれないが。組織の確執もということは、つまるところ『悪の誘惑からギデオンの弱みにつけ込むといった不正義』も起こりようがない。

 まだ引っかかる。
 魔種の気配というのも、得体の知れない話だ。ギデオンは何を伝えようとしているのだろうか。
 彼は真実をありのままに報告せず、しかしその不自然さを隠そうともしていない。
 何かを『待っている』ように思えてならないのだ。
 ひょっとしたらそれは『討伐』なのではないか。
 ギデオンが望む討伐対象には、魔物の他に黄泉帰った『亡き妻』、それに自分自身も含まれているのではないか。
 そう思えてならないのである。

 それでも事件の調査から情報を得ているであろうギデオンを、何より謹厳実直で実力ある聖騎士たる彼を、こんなところで失うわけにはいかない。
 あと考えなければならないことは何だろう。
 イレギュラーズ達には事件解決の他に、慎重な振る舞いも求められていた。

GMコメント

 pipiです。
 天義。いわゆる戦闘+心情系+α。
 ただ粛々と書き切ろうと思います。

 このシナリオでのやることは単純ですが、背景等には不可解な点も多いです。

●目的
 キャラクターへの依頼自体は『ギデオンに助力し邪悪を滅する』といったものです。

 ゲームとしては下記の三点を達成して下さい。

・黄泉帰った妻を滅ぼす。
・現場に現れる悪霊を全て滅ぼす。
・『トファラの聖騎士』ギデオン・エルセリオを生還させる。

 目的について、半ばメタ情報ではあるのですが。
 まず『黄泉帰った妻』に戦闘能力はありません。やればやれます。
 次に事件解決後にギデオンが自害を試みることは確定事項としてプレイングに盛り込んで頂いて構いません。
 そして誰か一人でも『阻止する』というような旨を記載頂ければ、自害は阻止されます。

 つまり単純に攻略を目指すのであれば、考えることが必要なのは戦闘のみ。
 後は皆さんにとって、どのようなアプローチが望ましいのか、キャラクターは何を思い何を為すのか。
 皆さん次第ということです。

●ロケーション
 天義首都フォン・ルーベルグ郊外。
 区画整備を待つうらぶれた一角で、居住者は居ません。
 廃屋が建ち並び、取り壊しを待っています。
 その中の一軒、かつてギデオン自身が住んでいた廃墟に彼は居ます。
 場所は分かっています。

 皆さんが到着するのは夕刻です。
 今日も雨が降っていますが、フレーバーです。
 雰囲気としては屋内と屋外をまたにかけ、メインの戦闘は家の外になるかと思われますが、そのあたりもフレーバーです。
 今回は足場や光源等にデータ的、戦闘ルール的な問題は発生しません。

 皆さんがギデオン夫妻を発見すると、突如悪霊達が襲ってきます。
 戦闘です。

●敵
 けっこう手強いです。

『バンシー』×1体
 泣き女。
 強力なアンデッドです。つよい。

・ホールドミー(A):神至単、呪縛
・ティーチミー(A):神中単、不運
・テルミー(A):神遠範、苦鳴
・バンシースクリーム(A):神中扇:呪縛、不運、苦鳴、暗闇、呪殺、識別、溜1
・霊体(P):物理攻撃に対して防御技術+50
・不浄(P):治癒属性スキルでダメージを受ける。
・EXA35(P):EXA35%

『ウォーガスト』×4体
 剣を持つ幽霊。
 アンデッドです。HP高め。

・ゴーストソード(A):神中単、出血
・エナジードレイン(A):神遠単:HP吸収
・霊体(P):物理攻撃に対して防御技術+50
・不浄(P):治癒属性スキルでダメージを受ける。
・低空浮遊(P):30cmほど浮いています。

『ワイト』×4体
 恐ろしい顔の幽霊。
 アンデッドです。命中高め。

・エナジードレイン(A):神遠単:HP吸収
・カース(A):神遠単:呪殺、無
・幽体(P):反
・不浄(P):治癒属性スキルでダメージを受ける。
・低空浮遊(P):30cmほど浮いています。

『クライ』×4体
 泣き顔の幽霊。
 アンデッドです。APと特殊抵抗高め。

・エナジードレイン(A):神遠単:HP吸収
・スクリーム(A):神中扇:麻痺、不吉、窒息
・幽体(P):反
・不浄(P):治癒属性スキルでダメージを受ける。
・低空浮遊(P):30cmほど浮いています。

●『トファラの聖騎士』ギデオン・エルセリオ
 不器用で愛妻家のおじさんです。

 イレギュラーズへの抵抗などは一切しません。
 敵の攻撃からも身は守りません。

●ノーラ・エルセリオ
 黄泉帰ったギデオンの妻。
 イレギュラーズへの抵抗などは一切しません。
 敵から攻撃を受けません。
 戦闘では無害ですが、滅ぼすべき対象です。

●情報確度C
 不明点はいくつも存在します。
 事件の背景もよく分かりません。
 単に依頼達成のみに絞るのであれば、A相当とは思います。

●同行NPC
・『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)
 皆さんと同じぐらいの実力。
 両面型。格闘、魔力撃、マジックミサイル、ライトヒールを活性化しています。
 皆さんの仲間なので、皆さんに混ざって無難に行動します。
 具体的な指示を与えても構いません。
 絡んで頂いた程度にしか描写はされません。

  • トファラの聖騎士完了
  • GM名pipi
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年04月21日 22時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)
腐れ縁
メルナ(p3p002292)
太陽は墜ちた
シラス(p3p004421)
竜剣
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
銀(p3p005055)
ツェペシュ
ルチア・アフラニア(p3p006865)
高貴な責務

リプレイ


 無謬のフォン・ルーベルグ。その白一色の石畳を、晩春の雨が濡らしている。
 初夏の訪れを待つような俯き加減の薔薇のつぼみは、けれどこの日この場所では少し違った面持ちに見えたか。
(嫌な雨ね……)
 薔薇の葉から滴る雨粒を横目に、『斜陽』ルチア・アフラニア(p3p006865)は十字を握る。
 まるで――亡者が降らせているかのよう。

 ローレットのイレギュラーズ――ルチア達は天義からの依頼によって、首都の外れに訪れていた。
 大通りから幾本もの横道を抜けると、区画を繋ぐ石壁の間に門が見える。
 傍らで立ち入り禁止を主張する看板は、無論ルチア達への警告ではない。
 区画整備を待つ無人の一角、たたずむ数々の廃屋というものが単純に危険だからであった。

(……黄泉返りか)
 石門を抜けた『神無牡丹』サクラ(p3p005004)が頬に手を当てる。
 このところフォン・ルーベルグでは『死者が黄泉返る』という噂で持ちきりになっていた。
 理論としても信仰としても死者の黄泉返り等あるべくはずもなく、いくらかの事情が絡み合うことで彼女等はここに居る。
 一件の事案を調査する聖騎士に助力するというのが、この日のサクラ達に依頼された仕事だ。
 そして彼女等は『黄泉返ったとされるのは、聖騎士の妻である可能性が高い』との情報を得ていた。

 サクラは考える、仮に『黄泉返った』のが己が父であったらと。

 そうなった時に、己は戦えるのだろうか。
 果たして正義を貫くことが出来るのか――

 巡る想いを一先ず振り払い、彼女は正面を見据える。
 地理に明るいであろう彼女の示す方、人一人居ない通りの向こうに目的の廃屋があった。

 背を屈め、今にも朽ち果てそうな木戸から出てきた偉丈夫こそ、聖騎士ギデオンであろう。
 その表情は多分に緊張を孕んで見えた。
 イレギュラーズ達は彼のサポートを依頼された事を述べる。
「……ご助力、感謝する。ローレットの勇者達よ」
 彼は具足をぴたりと揃え直立不動の姿勢で一行を見据えると、僅かに躊躇した後でそう切り出した。
 いかにも意志の強そうな顔立ちだが、まるで徹夜明けのような疲労を隠せていない。

(もし僕の息子達が蘇ったら……)
 ギデオンを前に『髭の人』ムスティスラーフ・バイルシュタイン(p3p001619)は想う。
 きっとそれが偽物だと分かっていても縋らずにはいられないだろうと。
 それをもう一度失ってしまったら、きっと心は壊れてしまう。
 想定だけでも辛い事態だ。なんとしても助けたいと決意した。

「よろしくお願いします、ギデオン様」
 イレギュラーズの間を泳ぐギデオンの視線は、そう述べたサクラの前で停止し――
「サクラ・ロウライトと申します」
「これは光栄だ」
 ――観念した彼女は家名と共に名乗りを上げた。今やあえて隠す意味もないと考えてのことだろう。
 それに彼女等の名声は個々にも天義に広まりつつあるということか。

 ギデオンはそれ以上深追いせず、その場で振り返る。その視線が示す先、戸口に女が立っていた。
「あなた、いってらっしゃい」
 おそらくこれが『黄泉返った』とされる存在であろう。
 今の所、異常な様子はない。
 柔和な笑顔の奥に寂しげな瞳を隠したような、そんな素朴な女性に見えた。

 命はいつか終わるもの。
 肉体を離れた魂は天へ還り、そこで永遠の安寧を得る。
 また一部は地に還り――新たな命に宿る

 遠く幻想は王都メフ・メフィートの路地裏に佇む小さな教会では、そのように説いている。
 教義の細部には宗派といった区分もあろうが、その説教は極めて真っ当ではあろう。
 とは言え、そんな教会の修道女である『ほのあかり』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)自身は、死した後には魂ごと消滅したいと考えているが。

 さておき。
(死んだ筈の最愛の人を目の前にして、平然としていられる人は稀でしょう)
 眼前に佇むギデオンの気配は明らかに精細を欠いて見える
(ですからちゃんと終わらせましょう)

 突如、雨音を鞘走りが切り裂いた。


 獰猛な笑みを浮かべる『聖剣使い』ハロルド(p3p004465)は、その代名詞とも言える聖剣に一振りの刀を重ね構える。
 彼等はなにも、あの無害そうな女性を斬るためだけに、ここへ来た訳ではない。
 無論『“魔”の存在は皆殺しにする』というのが彼の生き方ではあるのだが――
 ギデオンの報告には、黄泉返った妻以外の存在が示唆されていたのだ。
「新しい武器の御披露目といこうじゃねぇか!」
 峻烈に輝く守護の光に包まれながらハロルドが切っ先を向けるのは、突如中空に姿を現した悪霊であった。
「邪を祓い悪しきを断つその力、俺に見せてみろ!」

 迫り来る亡霊の群れにイレギュラーズ達は次々に得物を抜き放ち、交戦が始まった。
 泣女が両腕を大きく広げ、我を忘れたようにハロルドを襲う。
 地を転げるひしゃげた金槌は、或いはとんでもないことなのかもしれないが、また彼らしい。
「ははは! 魔を討つ二刀流、ってなぁ!」
 叩き付けられた両腕の一撃を二刀で受け、衝撃に全身が軋みを上げる。
「居るんだか透けてんだか、はっきりしねぇ奴だ!」
 強烈な破壊力ではある。しかしこう来なくては面白くない。

「私達と共に攻撃手を」
「任せて」
 クラリーチェの言葉に、『冒険者』アルテナ・フォルテ(p3n000007)は彼女と同じ敵へと狙いを定める。
「行きましょう、彼等の安全を守るために」
 魔導書から放たれる瘴気の渦が悪霊達を蝕み、絶叫のただ中でアルテナの剣がその一体を貫く。

「あちらは俺がやろう」
 あたかも暗夜そのものの化身であるかのような男――『永久の罪人』銀(p3p005055)が闇色の外套を翻す。
 この依頼文を手にした時から思う所があった。
「任せるよ」
 サクラが腰を落とし佩刀に手を添える。一菱流を基礎とした我流剣技『桜花』の構え。その一つ。
 踏み込む者を逃しはしない。
「聖なるかな、主の威光に伏したまえ」
 小さな十字『Vera Crux』を抱くルチアの聖句は異界の物なれど、彼女が見据える敵を前にすれば、正に相応しく思える。
 次に紡ぐのはAuster meridiei――灼熱の砂嵐、吹き荒れる暴威が悪霊共を捉え、仮初の身体を引き裂いてゆく。

 術式の構築は滑らかに。
 澄んだ水の流れのように、速く正しく奇跡を紡ぐ。
 魔術書を掲げる『鳶指』シラス(p3p004421)は勝利の金鵄――《ミルバス》勝利を導く金鵄の羽を刻んだ結界を展開した。
「ムカつくぜ、その泣きっ面よォ……」
 少年はそのまま小さな身体に迫る障気の波動を掻い潜り、放たれた魔力は甲冑すら寸断する刃『甲冑千切り』となって悪霊を襲う。
「あの世でやりな」
 イレギュラーズ達が次々と猛攻を仕掛ける中。
(ギデオンは自害以前に敵にやられちまいそうだ)
 横目に見える聖騎士は、未だ微動だにしていない。
「分ってんだろォ!」
 戦いの中、しかしシラスは聖騎士を見据えて声を張る。
「思い出にアンタの居場所はない!」
 はっとしたように、ギデオンは腰の剣を引き抜いた。
「剣のお手入れ? ごめんなさい、お邪魔かしら」
 あまりに呑気で場違いな声に、ギデオンは一度だけ大きく息を吸い込み剣を構える。
 あの様子では上手くやってくれるとも思えないが――
 ここからはギデオンと敵の間を割るように歩む銀に託そう。
 シラスが己に課したのは、まず一刻も早く敵を駆逐することであった。

(……黄泉帰りなんて、有り得ない)
 泣き顔の亡霊と対峙する『青の十六夜』メルナ(p3p002292)は確信した。
(これは『常夜の呪い』と同じ。ただの夢なんだ)
 だから終わらせる。

 奇しくも時を同じくして天義を脅かす一連の事件と、比較するのは一種の喩えとも言えるが。
 そこにあるのは『亡き兄ならばどうするか』とする彼女の信念。
 死者が戻るなどあってはならないとする彼女の理念。
 そして一つの疑念に伴う気付きであった。
 彼女が剣を構える刹那、視界の端に飛び込んだ夫人の様子や声音は明らかに異常だったのだ。

 想いの最中でも、メルナの剣は曇らない。
 イレギュラーズ達は頭数で劣っている上、敵は亡霊である。明確な形ある存在と刃を交える事とは勝手が違うであろう。
(なら、私は……)
 そう読んだ彼女は刃にきらめく光を宿らせた。
 雨に濡れる可憐な少女が最上段から振り抜いた一閃は、まるで無垢を体現するかのような青白の斬光となり大地を駆けた。

 闇照らす陽光が如く――『イノセント・レイド』

 光の奔流を叩き付けられた悪霊の身体が滲み、光と闇の粒子が舞い踊る。
 悪霊の絶叫。手応えは確かなものだ。


 交戦開始から幾許かの時が流れていた。
 数で優位な敵は大方の予想通りイレギュラーズ達へ浸透してきた。
 状況は後衛にとって不利に働き、数名が可能性の箱をこじ開けるに至っている。
 しかし優位性、敵矛先のコントロール、またその能力をたびたび封じることが出来たこと。作戦全体を支える手厚い癒しが最悪の事態を着実に回避していた。

 剣光一閃。
 今まさにサクラへ迫る悪霊を、彼女は斬り捨てる。
「敵の呪詛が激しい……」
 特にあの叫び声が。シラスが友に教わった術(勝利の金鵄)が、今は本当に心強かった。
 悪霊が得手とする数々の技は、その悪しき力のほとんどが純粋な破壊の力としてしか発揮出来ておらず、故に行動を封じられるといった場面が、ほとんどなかったことになる。

 総じて、イレギュラーズの巧みな連携が、被害を非常に低い水準に留めていた。
 後は単純な火力のぶつけ合いとなり、戦況はイレギュラーズが優勢と言えた。

「――選べ」
 そうした中。銀は冷厳な声音で、しかし切々とした思いでギデオンに語り掛けていた。
「生きて孤独と戦い抜くか、死んで妻と共にばけものに身を堕とすか。どちらだ」
 悪霊の魔弾は時折、銀の背や腕を貫くが、その傷はやがて無かったかのように消えてゆく。
 聖騎士の瞳に映った現象だけを捉えるならば、悪しき異形ヴァンパイアの姿であったろう。
 だがギデオンは彼の左手の薬指から目が離せなかった。

 携えた剣は何のためにあるのか。
 ――不正義を断罪せんが為。

 なぜ幾度も武装した姿でこの地を訪れたのか。
 ――邪悪を打ち滅ぼすが為。

 仮に彼の剣が心中の為にあるなどと言えば、即刻圧し折る心算でもあったのだが――銀はギデオンの様子に違和感を禁じえなかった。
 苛烈とも聞こえる銀の問いは、しかしギデオンの信ずる正義そのものである。故にかギデオンの返答は常に明快ではあるのだ。
 それでも少なくとも今ギデオンは戦えない。何らかの理由で。

 少なくともこの状況で、ギデオンの生還は間違いなく必要だ。
 交渉を続けながらも戦場から夫妻を離し、守るという目的は達成しつつあるが。
 では次にどうするか。

 戦闘は尚も続いていた。
 血塗られた凄絶な笑みを浮かべるハロルドへ向けて、泣女は――呼吸出来よう筈もないのだが――大きく息を吸い込むそぶりを見せた。
「……させません」
 クラリーチェの放つ瞳封の術が泣女を貫いた。
 絶叫を封じられた敵はそのまま、その透き通った細い腕を横なぎに振った。ハロルドの剣から伝わる衝撃に腕が痺れ意識さえも震えるが。
「はッ!」
 笑い飛ばす。この程度の戦場などいくら渡ったか知れぬもの。
「支えるよ」
「主よ、憐れみたまえ」
 ムスティスラーフとルチアの癒しがハロルドの背を力強く支えている。

「サクラちゃん、アルテナちゃん」
 メルナの決断に二人が頷く。
 魔力を帯びたアルテナの斬撃に続き、サクラが一歩踏み込んだ。
 刹那の剣光。爆ぜる大気が光の花弁を散らす。精緻にして神速の居合『桜花閃』。
「……おしまい」
 メルナの剣が閃く。泣女の首から胸を一条の光が走り――


 戦場だった場所にはイレギュラーズと一人の聖騎士、そして柔和な笑みを浮かべる女性だけが残されていた。

「私達がここに来た理由、お分かりですよね」
 クラリーチェは静かに問う。
「無論」
 肯定したギデオンの妻を、もう一度彼から奪う為。
 だがそれだけではない。
「この地では類似案件が発生しています。黄泉還った体は土に。魂は天に還さねばなりません」
 彼女の言葉にギデオンは銀へ視線を送る。

「……時が経てば道を見失い帰るべき場所へ帰れなくなってしまうだろう……」
 君の妻も、それを見逃した君自身も、だ。
「……今ここで、君の手で送ってやれ。これは殺しではない。今度こそ君の手で救うんだ」
 ギデオンは妻ノーラへと剣を構える。
「道理だ」
 唇を戦慄かせ、一気に振りかぶり――

「聖騎士なんて素敵。ねえ、振って見せて」

 ――ァァァアアアアア!!

 どこまでも無邪気な声音をかき消す雄たけびと共に、振り下ろされる剣閃がノーラの身を通り抜け――黒く弾けた。
 斬られた彼女の身体は突如汚泥のように地を穢し、溶けるように消えてゆく。
 剣が大地に突き立ち、聖騎士は崩れるように膝をついた。

 ムスティスラーフは胸に滾る昏い炎を、しかし悟らせず。逞しい両手でギデオンの小手を優しく力強く包み込んだ。
 小手を赤が伝い、濡れた大地に一滴、また一滴と染み込んでゆく。
 ギデオンの眉が動き、唇が戦慄いた。

「俺が愛した女性は、俺の目の前で自ら命を絶った」
 ハロルドが言葉を紡ぐ。
「この聖剣を完成させるためにな」
 淡々と語られるのは彼の壮絶な思い出。
「俺の人生に残っているのは『戦い』だけだ。いずれ戦場でくたばるような無意味な人生だろう。それでも俺は最期まで生き足掻く。
 なぜなら、俺は常に彼女が遺したこの“想い”と共にあるからだ。
 アンタはどうだ? アンタが愛した女性は、アンタに何の“想い”も遺さなかったのか?」
 シラスが続ける。
「後を追おうなんて考えるなよ、そんな真似をしたら会えるものも会えなくなるぜきっと」
 死後の世界なんて知らない。
 でも迷いを持ったまま逝った先なんて、どうせろくなもんじゃないぜ。
「奥さんはただの可哀そうなだけの人か? アンタに残したものは何だ? それを生きて証明してくれよ」
 サクラが訴える。
「だってノーラ様の事が原因でギデオン様が死んだら、天におわすノーラ様がきっと悲しみますから」
 そんな結末、あまりに悲しい。

「……君は俺とは違う……俺のようなばけものにはなってくれるなよ……人の子よ」
 妻を失う痛みを、銀は痛いほど知っていた。
 あの時と同じ痛みが彼の胸を蝕んでいる。

 ――もし俺の目の前に、殺した妻があり得ない形で蘇ったとしたならば――俺なら――――

 静寂。雨はいつの間にか止んでいた。
 老人は両手を握ったままそっと引く。
 ギデオンはその顔をくしゃくしゃにゆがめ、赤く染まった手にはもう何も握られていなかった。

「すまなかった」
「責めるつもりは無いよ」
 ただ己より時間のある人に死んでほしくないという、老人のわがままなのだから。
「理屈とかそういうのさ、今だけ全部放り投げて泣いてみて、少しは楽になれると思うよ」
 ギデオンは拳握りしめ、天へ向かって幾度か叫ぶ。
 ムスティスラーフに向き直った顔は、傷つき疲れ果てていた。
「胸ならいくらでも貸すから……気がすむまで付き合うよ」
 ここに居る多くのイレギュラーズが、愛する家族を失っていた。
 その痛みは分かち合うことが出来る。

 あたりの雲が晴れたころ、ギデオンはようやく口を開いた。
「知ったことを、全て話そう……」
 そう言った男にメルナは、一つの見解を述べる。
「何かあったんじゃないかな?」
 妻だから殺せないというには、ギデオンの行動はあまりに回りくどい。
 妻を失った事件で後悔があったのではないか。
「私はあの日、あの日に限って。妻の食事を残したんだ」
 激務を終えた、疲労から食事が喉を通らなかった。
 翌日、心配した妻は滋養の付くものを買いに出かけ、そこで命を失ったらしい。

「私は黄泉帰った妻に異常な感情を抱いていた」
 それは信仰とも知識とも裏腹の物。
 後悔はあった。執着はあった。悲しみと喜びの混濁もあった。
 意思の弱さもあった。
 それだけでは説明できないもの。
「欲望への正統性を感じていたのだ」
 命じるような声が聞こえていたと言う。

 殺さねばならないことについても、妻だから強い抵抗を感じたのは事実である。
 だからそれがなかったとしても、最終的には剣を振るえなかったかもしれない。
 しかしそれだけではなかったと彼は述べた。

「原罪の呼び声……」
 サクラの呟きに戦慄が走る。
「貴殿等の言う通り、あれは妻であって妻ではないのだろう」
 ギデオンの声音は落ち着いている。
「確かに……体に魂が宿っているようには感じませんでした」
 祈りを捧げていたクラリーチェが立ち上がり、そう述べた。

 まるで何かが、生前の姿を模倣しているように。
 ならば。しかし一体どうやって。

「ノーラ様を穢した存在ですね」
 それがおそらく魔種だとサクラ。
「犯人を討ちませんか」
 ルチアの真っ直ぐな言葉にギデオンが頷く。
「無論。赦しはしない、決して」
「僕も手伝うよ」
「愛しい人を『二度喪う』という悲しい事件をこれ以上起こさないために」

「我が信仰に誓おう」
 夕暮れの中、聖騎士の瞳には力強さが『甦って』いた。
 この醜悪な事態の根源を、イレギュラーズと共に討ち果たすと。

成否

成功

MVP

銀(p3p005055)
ツェペシュ

状態異常

なし

あとがき

 依頼お疲れ様でした。
 お楽しみ頂ければ幸いです。

 今回は一人の聖騎士の今後に強い影響を与えたであろうお二人へ。
 それぞれMVPと記念品をお送りします。

 それでは皆様のまたのご参加を心待ちにしております。
 pipiでした。

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