シナリオ詳細
アサグのタブレット
オープニング
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混沌肯定は絶対真理だ。この世界の文字は大半が誰にも理解出来る形で把握される。
ただし、文字を読めてもそこに書かれている内容が分かるとは限らない。
『未解決事件を追う者』クルール・ルネ・シモン(p3n000025)は前を向いたまま、無言で首を振った。
砂丘の峰を東から西へ、パカラクダを引くキャラバンの小さな影の連なりがゆっくり進んで行く。眺めていると、やがて見えなくなった。
「アンタのいう敵が誰なのか。知るはずもないし、知りたくもない」
本当は知っているが、それを隣に座る男に教えるつもりはなかった。依頼を引き受ける真の理由と同じく、伏せておく。
「運び屋はただ、『預かりもの』を届ける場所と相手が分かっていればいい。そうだろ?」
隣で男が頷く気配を感じた。
クルールは指の間に煙草を挟んだままカップを持ち上げると、ぬるい茶を口にした。甘味が舌に絡みつく。冷めれば少しはマシになると思っていたが……。
遺跡関連の闇市では巨額の金が動く。正式な手続きを経ずして盗掘された遺物に、大金を出す貴族や金持ちはどの国にも存在する。単なる歴史好きから、教養があるところを見せたいだけの似非文化人まで様々だ。中には隣に座る男のように、ちゃんとした研究者もいる。盗品に手を出した時点で、ちゃんとしたもクソもないが。
闇市の実態は把握されていないが、年間で相当の取引があるとみられていた。圧倒的な金銭の流動量があれば、様々な人間の欲望と思惑が絡み、人の命がやり取りされてもおかしくない。現に『預かりもの』の前所有者――司祭は、真の所有者を名乗る者たちから拷問を受け、苦しみながら死んでいる。
乾いた風が横から吹きつけ、隣に座る男の顔に煙草の煙がまとわりついた。男は鬱陶しそうに手を振って煙を払うと、「危険だぞ。それでも引き受けてくれるのか?」と言った。
「もちろん。引き受けるつもりでここに来た」
男は安堵の息を深々と吐いた。懐に手を入れる。
「『預かりもの』と報酬だ」
男はテーブルに長方形の包みと革袋を乗せると、片手でクルールのほうへそっと押しやった。
手のひら大の『預かりもの』は皮布に巻かれ、革ひもで梱包されていた。結び目が赤いロウで封印されている。当然、中身は見えない。練達人たちが持ち歩いている薄型の通信機と、形がよく似ている。
もう一つの革袋には金が入っているはずだ。イレギュラーズたちに支払うには少なすぎる金が。
クルールは無造作にその二つを掴み、立ち上がった。
下で小さく息を飲む音が聞こえた。厄介払いしたがっていた割に、雑な扱いが気になったらしい。
「扱いに気をつけてくれ」
「偽物だったんだろ? これに刻まれているのは何の意味も持たない、ただの文字列」
さっきまで虚ろだった男の目に、怒りの色が浮かぶ。
もしかして本物なのか? 七つ作られたという偽物のうちの一つではなくて?
それなら話が違う。この依頼は受けられない。
遺跡に封じられた『アサグ』という魔種が復活すれば、悪魔崇拝者たちを一網打尽、捕えるどころの話ではない。むざむざ魔種を復活させるぐらいなら、いますぐここで『預かりもの』を壊してやる。
しばらく睨みあっていると、男のほうから先に視線を外した。
「……とても古いものなんだ。贋作だろうとなんだろうと、考古学的に貴重なものであることにかわりはない」
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「場所は沙漠の東方にあるルガル・エ遺跡だ。そこで悪魔崇拝者たちがミサを行うことになっている。お前たちが運ぶこのタブレット――粘土板が、封印を解くカギの最後の欠片だと連中は本気で思っているらしい」
クルールは、ローレットを通じ、わざわざ幻想からイレギュラーズをラサに呼び寄せていた。マーケットの一角にある質素なカフェのテラスで、熱い風を受けながら依頼内容の説明を続ける。
「タブレットを渡して、連中が『アサグ』という悪魔……魔種だが、そいつを復活ざる儀式に集中しだしたところを一網打尽にして欲しい。ついでに、運んだタブレットと連中が持っているタブレットの回収も頼む。なんでも学術的に大変貴重な物なんだと。それらをしかるべきところに『寄付』して欲しい、というのが学者先生の依頼だ」
イレギュラーズたちが集うテーブルの上に、長方形の包みと大きな革袋が乗せられた。
「皮布が撒かれている長方形のものが件のタブレットだ。このまま悪魔崇拝者に引き渡してくれ。で、こっちの革袋に入っているのが『本当の依頼者』から預かってきた報酬だ。無事戻ってきたら平等に分配する」
クルールは大きな革袋を持ち上げると、ロバ……子ロリババアに括り付けられた籠の中に放り込んだ。いきなり重いものを投げ入れられて驚いたのか、子ロリババアは酷い鳴き声をあげて抗議した。
「ホリー、頼むから鳴くな。美人が台無しだ」
子ロリババアが嬉しそうに笑う。ロバでも美人と褒められれば嬉しいものらしい。
「悪魔崇拝者たちの数は10名程度と思われる。全員がカオスシードだ。正確な人数は『本当の依頼人』も把握していない。儀式が始まれば全員集まるだろうから、そこを襲ってくれ。連中は目的のためならためらいなく人を殺せるが、お前たちイレギュラーズの敵ではないだろう。回収するタブレットの数は7つ。きちんと数を確認してくれ」
ここでクルールは口をつぐんだ。テーブルの上に手を乗せて組み、顎を乗せる。
「いたずらに不安がらせるのもどうか悩んだが、黙っているのはフェアじゃない。だから、言っておく。もしかしたらお前たちが運ぶタブレットは『本物』かもしれない。悪魔崇拝者たちが持っているものも、だ。本物がすべてが揃うと『アサグ』と呼ばれる魔種が復活する。儀式を中断させても、不完全な形で出てくるだろう。もし、『アサグ』が復活したら……そいつも倒して欲しいと『本当の依頼主』は言っている」
ちなみに、イレギュラーズたちが回収したタブレットはすべて『本当の依頼人』、教会に引き渡されることになっている。悪魔崇拝者たちと一緒に。
「十分、気をつけてくれ」
- アサグのタブレット完了
- GM名そうすけ
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2019年04月18日 21時20分
- 参加人数9/9人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 9 人
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参加者一覧(9人)
リプレイ
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町からラクダに乗って三時間。遠くに乾いた緑と岩影が小さく見えたとき、これでお尻の痛さから開放されると、イレギュラーズたちはほっとした。
訪れる人もほとんどいないのか、彼方に見えるルガル・エ遺跡は、ひっそりと砂漠の中にたたずんでいた。
「あ、下にちょうどいい岩があるよ。あそこにラクダを置いて行こう。でも、あの岩、妙に四角いな……もしかしたらここも遺跡なのかもね」
『鳶指』シラス(p3p004421)はラクダから降りると、手綱をひいて砂丘を下った。あとに仲間たちが続く。
「やれやれ、ここから歩きか。遺跡までどのぐらいだ?」
『死を齎す黒刃』シュバルツ=リッケンハルト(p3p000837)が、町であつらえた砂用スカーフを片手で外しながら、誰ともなしに問うた。
「直線距離にしておよそ二キロだな。徒歩で大きく迂回したとしても、陽が暮れる前にはたどり着ける」
『『知識』の魔剣』シグ・ローデッド(p3p000483)がこともなげにいう。
日はまだ高い。悪魔崇拝者たちに見つからないよう進むのは大変だ。砂漠の乾いた熱さと戦いながら、倍、いや三倍は歩くことになるだろう。
「ったく、本当かどうかは知らねぇが、魔種を復活させるかもしれない鍵をわざわざ受け渡しに行くとは正気の沙汰とは思えねぇぞ」
「そういうな。魔種を滅ぼすチャンスだと思えばいい。こちらが先手を打てば、不完全な状態で出てくるんだからな」
ふう、と息を吹いたのは、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)だ。
「それはそうと、喉が渇きましたね」
イレギュラーズたちは揃いの砂漠用の迷彩マントを着込み、フードをかぶって紐を締めていた。女たちはもちろんのこと、男も顔の下半分を砂用スカーフで覆っている。息苦しい上に喉も乾く。
『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は、探索者便利セットの中からハーケンを取りだした。明らかに人工物と思われるものを避け、小ぶりだが天然の岩に、いかにも固そうで大きな拳を振るって打ち込んでいく。ここにラクダの手綱を繋いでおくのだ。
打ち込みの音は、空気中の水分と同様、砂が吸い込んで消してくれた。
「昔、この地方は豊かなオアシスで集落が栄えていたらしい。掘れば水が出てくるかもしれないぞ」
「掘っているあいだに干からびてしまうよ。僕がギフトで水を出す。帰りの分を取っておきたいから、一人一杯でいいかな」
『寝湯マイスター』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)のギフトで出せる水は、一日二十リットルまでの制限がある。砂漠において二十リットルの水は、多いようで少ない。
「ウィリアム、ホリーにも分けてやってくれよ」
『彷徨う駿馬』奥州 一悟(p3p000194)は手で水を受けた。借りてきた情報屋のロバ、ホリーの口に近づける。
幻は、おいしそうに水を飲むホリーのカゴから、布に包まれたものを取りだした。そっと布を解いて開き、粘土板――アサグのタブレットを記憶する。すぐに布に巻きなおして、カゴに戻した。
「じゃ、僕たちはそろそろ出発するっスよ」
『簒奪者』ヴェノム・カーネイジ(p3p000285)は、縮めた触腕を外套の下に隠した。ヴェノムと一悟、それに『圧倒的順応力』藤堂 夕(p3p006645)の三人でタブレットの運び屋をやる。
シグは魔剣化して同行することになっていた。
「それで、誰が私を運ぶのかな?」
「私が帯剣します」
夕は水で喉を潤すと、マントの下に帯剣用のベルトを取りつけた。
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ようやくたどり着いた遺跡のすぐ外側に立ったとき、ヴェノムたちは四方にはてしなく広がる砂漠に改めて圧倒された。この遺跡が再び砂の下に消えるまで、そう時間はかからないだろう。
(「ここはただの残り滓なのか。それとも……何か残っているならば『面白い』。ま、余興程度には悪く無い」)
しばらく待っていると、遺跡から黒装束を纏った男たちが姿を現した。悪魔崇拝者たちだ。
夕は拳の中に緊張を握り込んだ。現れたのはたったの三人。情報では少なくとも見張りに五人。残りの二人はどこに――。
いかにも用心深い砂漠の運び屋のように、素早く視線を左右に飛ばす。
「ご苦労。例のものを引き渡してもらおうか」
ざらついた声だ。一番背の高い男がずいっと前に進み出る。
その男の肩の上で、夕は岩の上にしゃがむ黒装束の男たちを見つけた。手にボウガンを持っている。男たちは別の方角に顔を向けていた。
横目で隣のヴェノムを窺うと、やはり彼女も気づいているようだった。
「あ、これ……」
一悟はホリーのカゴからタブレットを取りだして、背の高い男に渡した。
男は包みを検めることなく、受け取ったものを後ろへ回した。
「さっさと去れ。駄賃は受け取っているだろう。その金で肉でも買って食べろ。しっかり栄養を取るんだな」
黒い布の隙間から見える目が、企みの深い笑いをうかべて細まっていた。後ろに控える男たちも低く笑う。
遅かれ早かれ、お前たちは魔種の生贄になる――そう思っているのだろうか。
一悟はあきれて目をぐるぐる回しそうになった。
「そっちのロバにも新鮮な野菜を食わせてやれよ」
信じられないぐらい酷い声で、ホリーが鳴いた。
悪魔崇拝者がたじろいだ。岩の上の二人も聞こえたらしく、驚愕して腰を浮かしている。
結果的に、ホリーの鳴き声は見張りたちの注意を引きつけ、仲間が遺跡に近づく貴重な時間を稼いだのだ。
夕は男たちの動揺につけこんで、背負っていたシグをこっそり砂漠に落とした。
「さ、さっさと行け!」
三人はスカーフの下で笑いをかみ殺すと、男たちに背を向けて歩きだした。
シュバルツは楔形文字が刻まれた岩柱の影に隠れ、深く掘られた台形の穴の底を覗き込む。
穴と言ってもかなり広い。受け渡しから戻ってきた四人の悪魔崇拝者たちが、砂の中に半分埋もれる巨大な石灰岩の碑文を背に立っている。もう一人、背の高い男は碑文の裏へ回り込んだままだ。
「タブレットは……確認できねぇな」
「俺たちが持ってきたものとは別に、あと六枚あるはずだよ。全部、のっぽの男が持っていったのかな?」
確認のため、シラスはウィリアムとともに砂ネズミたちを送り出した。
「うーん、儀式ってんだから目立つ場所でやって欲しいよね。あの壁の裏がどうなっているのか分からないけど」
「見つけた。あの……白装束をまとっているのが神官だね。タブレットを持っている。同じくタブレットを持った黒装束六人を従えて、裏から出てくるところだ」
ネズミの目を通じて確認を終えると、ウィリアムたちはファミリアを解いた。
ゲオルグは襲撃に備え、動きやすいようにスカーフとマントを外した。几帳面に畳んで脇に置く。
「いよいよか。魔種が蘇るかもしれないとあらば、放置するわけにはいかないな」
「ああ。しかし、悪魔とは一体如何なる物か。興味はあるな。……私の世界には存在しなかった故に」
シグが変身を解きながらいう。魔剣のまま、スキルを駆使して誰よりも早くここにたどり着いていた。テレパスでみんなに場所を知らせたのもシグだ。
「悪魔を信じたいということは、悪魔と契約でもしたいのでしょうか。悪魔もこの混沌には沢山いらっしゃいますから、そちらの方でも信じればいいのに」
幻が暗い気持で呟く。
魔種が復活するたびに混沌世界は崩壊への傾きを大きくする。信仰の果てにもたらされるものが滅びだなんて、なんと夢のない話か。
「世界を滅ぼす魔種を蘇らせたいということは、人生の中でよっぽど嫌なことでもあったのでしょうか。お可哀想に……」
「しっ、ご登場だ」
ゲオルグの一声でイレギュラーズたちの間に緊張が走った。息を凝らして眼下の動きを追う。
碑文の前に立っていた四人の黒装束たちが、後ろへ下がって場を広げた。儀式場を回り、松明で篝火をつける。藍に沈みつつあった底が、ぱっと明るくなった。
碑文の裏から、布が解かれたタブレットをうやうやしく掲げ持つ一団が出てきた。先頭は白装束の老人だ。
「ふーん。あれがアルケミストの司祭か」
一悟たちだった。
砂丘をこえて悪魔崇拝者たちの前から姿を消した後、ヴェノムが記憶した彼らの臭いを辿ってここまでやって来た。おかげで、途中に作られた迷路も迷わずにすんだ。
「壁の前に司祭、その後ろにタブレットを持ったアサシンが六人。ちょっと離れてボウガンを持ったアサシンが四人っと」
「役者が揃いましたね。……精霊さん、お願いします」
夕は迷彩マントを肩から落とすと、風と闇の精霊を召喚した。残照を弾いて星官僚の鎧が赤く光る。
ヴェノムは縮めていた触腕を伸ばした。
「はっきり言ってビビりのアサシンたちは、私たちの敵じゃ無いっス。さっさとご退場願うッスよ」
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神官が碑文に向かって一礼したあと、黒装束の男たちがそれぞれ所定の位置に移動して円を作った。
神官の深く重い不気味な声が、重なる時の地層を打って太鼓のように響く。
イレギュラーズたちは、悪魔崇拝者たちが一種の神秘的な恍惚状態に陥った瞬間に儀式場へなだれ込んだ。
驚愕の表情で振り返ったアサシンたちを無視して、シグは円の中心へ赤黄色の球電を投げ込んだ。
球電が空中で割れて衝撃波を発した。タブレットを掲げ持ったアサシンたちが凍りつく。
同時に碑文全体が青く燃え始め、神官が掲げたタブレットと六枚のタブレットが空に浮かぶ。
「悪魔なんてよみがえらせてたまるか!」
一悟が蠍型爆弾を走らせて、ボウガンを構えたアサシンたちを吹き飛ばした。
「ロバの鳴き声にビビるヘタレが呼び出した悪魔なんて、高が知れているっスけどね」
ヴェノムの嘲りにカッとして、数名のアサシンが円陣を崩す。
「ほら、バカばっかり」
ヴェノムは爆撃で肢体を吹き飛ばされた死体を使って盾を作り、目を血走らせたアサシンの一撃を受け止めた。
「お願いします、精霊さん!」
夕の要請に応え、闇の精霊が咆哮をあげる。死の言霊は風の精霊の起こした突風に乗って飛び、死骸盾に短刀を食い込ませるアサシンの太ももを食いちぎった。
太ももをザックリと食いちぎられたアサシンは、地面を転げまわることしかできない。そこを、ウィリアムが雷撃でとどめを刺す。
「アサシンたちに構わず、アルケミストを倒さないと!」
「わかってはいるが――」
ゲオルグは敵の有無を確認した。狭い範囲に敵味方が入り乱れて密集している。舞いあがる砂埃によって篝火のいくつかが消えていた。薄闇に無数の頭が激しく動いているが、それが味方なのか敵なのか、判別がつかない。
分厚い砂の幕を三日月刀で切り裂いて、アサシンが飛び出してきた。
ゲオルグは半身を捻って寸で刃をかわすと、すれ違いざまに聖光を放って輝くマグダラの罪十字を黒装束の脇腹に突きたてて倒した。
神官は突然の襲撃に狼狽えていたが、詠唱をやめていない。七枚のタブレットも依然として空に浮かんだままになっている。
「タブレット、確保します」
幻は砂嵐の中でぼんやりと青白い光を放つタブレットの一つに手を伸ばした。
「させるか!」
アサシンふたりが黒い塊となって横から体当たりしてきた。
衝突の瞬間、幻の華奢な体は無数の光の蝶となって飛散した。地面に倒れ込んだアサシンたちを、乱舞する光の蝶の羽根が切り刻む。
「こんな美しい終わりは悪魔崇拝者たちにはもったいない……。ウィリアム様はどう思われますか?」
「僕もそう思うよ」
ウィリアムが手にする聖杯にマナが満ちる。
「かわりに自然の怒りに討たれて果てろ」
聖杯から一条の光が立ち上り、天に吸い込まれた。刹那、稲妻が落ちる。自然の怒りは光の蝶に囲まれて重なりあう黒装束を貫いた。
いきなり足元が大きく、突きあがった。地面に亀裂が走り、グスグズと崩れ出す。
「まずいぞ!」
シグはマジックロープで神官の前に立つアサシンを束縛した。
「俺が詠唱を止める! 行くぞ、シラス!」
シュバルツの振るう儀礼剣が漆黒の軌跡を描いて、神官の白装束を切り裂く。刃に込められた呪いは束縛の影となって、神官の喉を締めあげた。
「いまだ!」
開かれた魔道書の中で、『旧き蛇』が呪詛の言葉を紡ぐ。呪いは剥かれたリンゴの皮となって落ち、シラスの手に巻きついた。呪われた手のひらを白装束の胸に押し当て、蝕の刻印を叩き入れる。
「悪いな、続きはあの世でやってくれ」
黒い血がアルケミストの口から吹き出し、声もなく倒れ伏す。血がまたたく間に地面を染めた。
タブレットと碑文から光が消え、地鳴りが収まった。空を舞っていた砂粒が、パラパラとひび割れた地に落ちる。耳が痛くなるほどの静寂があたりを覆い、誰もが虚に捕らわれた。
――ドンッ!
地の奥底深くからの突きあげで、すさまじい衝撃が生じ、大地が波打った。闇に没していた碑文が、爆発したように根こそぎ大地から吹き飛ぶ。空にオーロラが踊り、魔種の狂気に満ちた咆哮が大地を裂く。
砂状に砕けた地面の下から、岩石兵が現れた。ついで、巨大な丸い岩―赤く光る目が幾つもついたアサグの頭部が、砂を滝のように流し落としながら持ちあがる。
「やべえ、みんな下がれ!」
一悟はタブレットを三つ拾い集めると、空へ飛びあがった。幻とウィリアムもタブレットを急いで集める。
「復活してんじゃねえか! 畜生、やってやるよ!」
耳から血を流しながらも、シラスは気丈にも剣を振るい、狂ったように体を揺らすアサシンの首を刎ねた。手首を捻って剣を返し、身を躍らせて更にもう一人にも切りかかる。
「そっちが岩石兵を出すなら、こっちも岩石兵を出します!」
アサグが呼び出した岩石兵は素手だが、夕が呼び出した岩石兵は巨大な岩のハンマーを手にしていた。ぶんと音をたててハンマーを一振りし、岩石兵を牽制。そのまま、上に振り上げて降ろし、シラスの刃から逃れたアサシンの頭を潰した。
ゲオルグはタブレットを抱えてうずくまるウィリアムの元へ走った。
「大丈夫か」
ウィリアムの顔から血の気が引いている。狂気の叫び声が自然の波長を狂わせ、繊細なハーモニアの神経を痛めつけたのだろう。もう一度アサグに叫ばれれば、反転しかねない。
ゲオルグの体からあふれ出た光が大地を照らし、祝福の花を咲かせた。すがすがしい香りが辺りに満ち、魔種がもたらした恐怖と不浄を打ち払った。
「ありがとうございます。もう大丈夫」
手を取られながらウィリアムは立ち上がった。襲い来る岩石兵の上半身をライトニングで吹き飛ばした。
幻はてのひらの上に小さな月を浮かべた。
「慈悲深き月の女神よ。傷つきし勇者に溢れる愛を示したまえ」
てのひらの月から光の帯がシラスへ伸び、頭部に巻きついた。耳から流がれていた血がぴたりと止まった。
地中からアサグの肩が抜け出た。大量の土砂がイレギュラーズたちに襲いかかる。
引き続き大地が揺れるなか、ヴェノムは死んだアサシンたちの体を集め、盾を大きくした。頭上に掲げて土砂の雨を防ぐ。
「そこのヘタレ。こっち、こっちっス。この盾、欲しくないッスか?」
まんまと誘いに乗って、最後の一人が駆けて来た。
触腕を伸ばし、頭から丸のみした。
「はい、おしまい――っとと!?」
アサグの三本の腕――うち二本が、巨大な上体を支えるため地に突かれた。大地が大揺れする。
「悪魔だろうが魔種だろうが関係ねぇ。お前が道を阻むなら斬り捨てるまでだ」
シュバルツは戦いがもたらす高揚に酔い、激しいステップを踏む。双竜の紋章を叩く砂の音をBGMに華やかに舞いながら、アサグの巨椀をくぐり抜けて胸元に剣を突きたてた。
複眼の下に黒い裂け目が走り、痛恨の叫びとともに毒が流れた。アサグは自由に動かせる腕を振った。
複眼を狙い空から爆弾を落としていた一悟が、拳に当たって叩き落とされる。地を這う腕が、上体を支える腕を切りつけていたシラスを払い飛ばす。
シグは二人を助けるためと駆けだし、後ろからゲオルクに腕を取られた。
「回復は私とウィリアムに任せろ」
「それよりアサグを。今でさえあの大きさだ、全部体が出てきたら――」
シグは頷くと、空に魔眼の紋を描きだした。
「私の理の外にいるお前を、私の理の内に招こう」
魔眼が不気味に光り、魔種を照らす。口を出た叫びに狂気は含まれていなかった。
幻と夕が魔種の十八番を奪い、岩石兵を召還する。
「地の底へお帰り願います」
「この世界から消えてください」
岩石兵たちが魔種の巨体を支える二本の腕を滅多殴りにして砕く。
轟音とともにアサグの体が崩れ落ち、砂嵐が吹きあがった。
「悪足掻きしてないで、さっさとくたばれ」
ヴェノムのパンドラを収めた殺人鬼のナイフが雷光を帯び、長く伸びる。雷なる一突きを繰り出して、アサグの額を貫いた。
雷音を合図に、イレギュラーズたちがアサグに総攻撃を仕掛ける。
「こいつでどうだァ!」
最後の土埃が噴き上がると、砂漠に静寂が戻った。
●
ウィリアムはギフトで作った水を飲みほした。
「全部回収できてよかった」
「割れちまったやつもあるけど、幻が上手くつなげ直してくれたしな」
「崇拝者たちの手に二度と渡らないよう、教会にしっかり管理してもらわないとね」
一悟は七枚のタブレットを丁重に布に包むと、ホリーのカゴの中にいれた。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
みなさんの活躍により、魔種復活は阻止されました。
タブレットもすべて回収され、教会の管理下に置かれています。
お疲れさまでした!
GMコメント
●依頼の目的
・悪魔崇拝者たちの捕獲。生死は問わず。
・タブレット7枚の回収。儀式が始まった後は、最悪割ってしまっても構いません。
・魔種『アサグ』の討伐?
●日時と場所
リプレイはルガル・エ遺跡の手前から始まります。
時刻は夕方、晴れています。
遺跡は砂漠、といっても大きな岩と僅かですが低木が茂る場所にあります。
遺跡から少し離れると、まわりは砂丘になります。隠れられる場所はありません。
タブレットを持って遺跡の中に入ると、武装した悪魔崇拝者たちが5人ほど出てきます。
他にも5人いますが、遺跡のどこかに隠れているのか姿が見当たりません。
儀式が始まれば全員揃うでしょう。
ですが、悪魔崇拝者たちはタブレットを受け取ると、イレギュラーズたちを追い払おうとします。
※儀式場は松明がぐるりと囲って明るくなっています。
●悪魔崇拝者たち
10人います。全員がカオスシード。
儀式をつかさどる神官が一名、アルケミストです。
残りはアサシンです。
●魔種『アサグ』
ルガル・エ遺跡に封じられているという悪魔です。
タブレットが本物であれば、儀式開始から数分後に地中から現れます。
巨大で丸く、三つの足と三つの腕で首がない怪物で、体全体に数個の目がついています。
硬い肌は岩のような質感をしていて、簡単には傷つけることができません。
吐く息は毒を含んでいます。
『原罪の叫び声(クリミナル・オファー)』をあげて周囲に狂気を伝播、同時に1~2体の『岩石の兵』を召還します。
※純種が『原罪の呼び声』を受けた場合、反転現象(魔種化)を起こす可能性があります。
●タブレット
粘土板でできています。楔形文字が刻まれています。
混沌証明によって文字を読むことはできますが、刻まれた文章は暗号のようで意味不明です。
イレギュラーズが運んできた『預かりもの』のほか、悪魔崇拝者たちが6枚所持しています。
偽物だという前提で託されましたが……。
偽物でも遺物には変わりなく、貴重な物なので持ち返ってきて欲しいそうです。
●MSより。
よろしければご参加ください。お待ちしております。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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