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シナリオ詳細

青き海のその向こう

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●いざ行かん、その海の果て
「海の向こうに行ってみようよ!」
 ネオ・フロンティア海洋王国。中でもひときわ小さな島の、デジェ村の端にこっそり作られた秘密基地。
 入ってくるなり少女がそんな声を上げ、中にいた少年二人を驚かせた。
「海……って、そもそも今、海に行っちゃダメなんだよ、リャーリャ」
 古びた本を読んでいた、おとなしそうな少年がリャーリャをたしなめる。
 寝転がってお菓子を食べていた少年は愉快そうに笑った。
「それに、海の向こうってどこだよ。ぜつぼーのあおか?」
「そう! 行こう!」
 満面の笑みでリャーリャは古いクッションに座る。
 二人の少年は顔を見あわせ、片方は本を閉じ、もう片方は体を起こした。差し出されたクッキーの袋に手を入れ、一枚食べてからリャーリャは声を潜める。
「おとなが海にいない、今がチャンスだと思わない?」
「まー、ぜつぼーのあおに挑む! って言ったら、絶対にとめられるよな」
「近くにあるのに、とっても危険だから誰も近づけない、だから誰も知らない場所、だもんね」
「そんなとこ、子どもだけで行かせてくれるわけないでしょ?」
 だから、とリャーリャは二枚目のクッキーを掲げる。
「こっそり行くの!」
「船は?」
「そうだよ。船がないといけないよ?」
「あたしのパパが作ってくれたやつがあるもん」
「あれで行くのかぁ?」
 心底から疑わしそうな顔をした少年に、リャーリャは薄い胸を堂々と張って見せた。
「行けるもん」
「どう思う? チルフ」
「ちょっと厳しいかな……」
 本当はちょっとじゃなくてかなり厳しい、ということは分かっていたが、この中で最年長のチルフは気の小ささとリャーリャの夢を壊したくないという気持ちから、とても優しい評価をつけた。
「ほらー。チルフが言うなら無理だって。リャーリャの百倍は頭いいだろ?」
「あたしだってばかじゃないもん! ラゼのほうがばかだもん!」
「はぁ!?」
「ケンカはやめようね」
 睨みあったラゼとリャーリャの間にチルフが割って入る。この立ち位置にもすっかり慣れたものだ。
「とにかく行くの! 行けるの! だいたいなんでこの時期って船は海に出ちゃダメなの?」
「フナクイとバージが出るからなんだけど……」
「ふぅん?」
 きょとんとしたリャーリャは、直後に満面の笑みを浮かべる。
「じゃ、見つからないようにしたらいいよね」
「えぇ……」
「チルフもラゼも見たくないの? ぜつぼーのあおの、その向こう!」
 少年たちは瞬く。
 好奇心より恐怖心が勝るチルフは困った顔で笑った。
 恐怖心より好奇心が勝ったラゼは、立ち上がる。
「行くか!」
「ちょっとラゼ!?」
「やったー! ほらチルフも用意して!」
 きゃあきゃあと歓声を上げながらリャーリャが秘密基地から出て行く。「三十分後に港、こっそりな」と言い残してラゼも姿を消した。
 あっという間にひとりになってしまったチルフはあちらこちらを見回して、大きくため息を吐く。
「待って、僕も行く!」

 子どもたちが人気のない港からこっそり旅立って、五分後。
「ねぇ、リャーリャ見なかった?」
「うちのラゼもいなくて」
「おい! チルフの部屋にこんな書置きが!」
「……三人で絶望の青に行ってくる!?」
「そんな秘密基地に行くみたいなノリで行けると思ってるのか!?」
「助けに行くぞ!」
「待って、フナクイとバージが出るんだよ!?」
「う……。助けに行ったら俺たちも餌になるか……」
「ローレットに連絡しよう。彼らならきっと三人を助けてくれる」
 青ざめた顔で、三人の子どもたちの両親が港に目をやった。

●子どもには早すぎる
「海洋からの依頼なのです。子どもたちが絶望の青に向かってしまったのです!」
 テーブルに赤い線と丸印が書きこまれた地図を広げ、『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は口早に言う。
 その様子から緊急事態だと即座に察したイレギュラーズが、テーブルに集まった。
「お父さんが作った船で旅立ってしまったのです」
「え? そんな日曜大工の船で?」
「そうなのです。もちろんそれで行けるほど甘くないのです。なにより大変なのは、この時期、村の近海にフナクイとバージという怖いお魚が出ることなのです」
 フナクイはその名の通り船を食う。海中でも陸上でも生きていける、イモリに似た生物だ。
 バージは海中にのみ生息する肉食の魚で、フナクイに船を食われて海に投げ出された人々を食べる。
「つまり……」
 頬を引きつらせたイレギュラーズのひとりにユリーカは頷く。
「このままだと、船も子どもたちも……」
 その先は言わなかった。代わりに、ペンの先で赤丸の位置を示す。
「今、子どもたちはこのあたりにいると思われるのです。依頼元であるこの村……デジェ村というのですが、ここで大型の船を一艘、用意してもらえるのです」
「それに乗って救助に向かえばいいんだな?」
「はいなのです」
 時間をかけるほど、子どもたちの生存確率は下がっていく。
 無謀な少年少女を救うため、イレギュラーズは大急ぎで用意を始めた。

GMコメント

 はじめまして、あるいはお久しぶりです。あいきとうかと申します。
 絶望の青のその果てを夢見て。

●目標
 3人の子どもたちの救出。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 皆さまが村に到着するのは昼頃です。

 必要なものがあれば村人たちが迅速に用意します。
 出港して約10分で子どもたちが乗る船を発見できます。
 海の上、船での戦闘が主になります。

●敵
『フナクイ』×20
 船を食べるためそう呼ばれる。
 デジェ村では冬の終わりごろの3日前後だけ、近海で目撃される。
 この期間中は漁を始めとするあらゆる船の使用、および遊泳が村全体で禁止される。
 体長は1メートル50センチほど。形はイモリに似ており、海中でも陸上でも活動できる。移動速度も変わらない。
 ぬるりとした皮膚は臨戦態勢に入ると毒液を分泌する。素手で触れると痺れる。
 個々はそれほど強くないが、群れで行動するという点が厄介。連携もそれなりにとってくる。

・皮膚毒:素手や素足などで直接触れた場合【痺れ】
・絶叫:自身から2レンジ以内【怒り】
・舌を振る:物近単
・噛みつく:物至単
・突進:物遠単

『バージ』×4
 フナクイと同時期に現れる、肉食の魚。
 フナクイが船を食い、海に落とされた者たちをバージが食べる。
 体長3メートルほど。全体的にサメに似ているが、顔は牙を持つカエルに見える。
 動きが素早く獰猛。一方で諦めが早く、獲物にありつけないと判断すると迅速に退散する。
 海中にのみ生息し、陸上に上がってくることはない。また性質上、船そのものを破壊することはないため、海に落ちなければ遭遇しない。

・食らいつく:物近単【失血】
・丸呑み:物至単【窒息】
・渦潮:物遠範【混乱】

●子供用小型船『シェリー号』
 リャーリャの父親が幼馴染3人組の遊び道具として作った日曜大工の作品。
 イカダにも使用される丈夫な木で作った。マストも小さな船室もひとり用の見張り台もついている、ちょっと本格的で、でもあくまで子供用の小さな船。
 速度を出したいときは動力室でひたすらペダルを漕がなくてはならない。あとは帆を張って風に流されるだけ。

 皆さまが現場に到着したとき、シェリー号は10体のフナクイにたかられています。
 子どもたちは釣り竿で近づいてくるフナクイたちを牽制していますが、すでに船は食われているため、沈没寸前です。
 海に落ちた子どもはバージのお昼ごはんになります。

 戦闘開始から3ターン目で船が崩壊します。

『シェリー号の船員』
 絶望の青を目指して船出した、ディープシーの3人の子どもたち。幼馴染。
 全員、泳ぐことと魚を釣ることが得意で、小型船やボートの操船もできる。

・リャーリャ:クラゲのディープシー。12歳の女の子。気が強くてかなり無謀。楽天的ともいえる。
・チルフ:クマノミのディープシー。14歳の男の子。臆病だが、いざというときは他の二人を守るために行動する。今がそのとき。
・ラゼ:ヒトデのディープシー。12歳の男の子。やんちゃ盛りでおちゃらけているが、緊急事態に陥ればしっかりと指示を聞く。

●救助船
 皆さまに貸し出された船です。一艘だけです。
 大型であるため、甲板で問題なく全員による戦闘を行えます。
 ただし船である以上、フナクイが寄ってきます。
 甲板まで這いあがったフナクイは敵対勢力である皆さまを排除するため、食事を中断して戦闘に入ります。
 一度に複数体のフナクイが四方八方から襲ってくると思われますので、ご注意ください。
 操船は村一番の漁師が担当、他数名の村人が操舵室にいます。

・救命ボート×3
 救助船の装備のひとつである救命用の小型ボート。おとな1人と子ども3人くらいならぎゅうぎゅうに乗せられる。
 簡単に操作でき、小回りが利き、速度も出るが、誰かひとりがペダルを漕ぎながら舵をとらなくてはならない。
 フナクイはこれも船として認識する。

●他
 シェリーや救命ボートは沈めてしまっても構いません。命の方が大切です。
 フナクイはすべて討伐しなかった場合、港までついてきます。バージはついてきません。

 皆さまのご参加をお待ちしています!

  • 青き海のその向こう完了
  • GM名あいきとうか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2019年03月06日 21時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍
河津 下呂左衛門(p3p001569)
武者ガエル
ニーニア・リーカー(p3p002058)
辻ポストガール
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
マリナ(p3p003552)
マリンエクスプローラー
カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
海淵の呼び声
ヴィマラ(p3p005079)
ラスト・スカベンジャー
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹

リプレイ

●船食らうイモリたち
 三艇のボートが、今にも沈没しそうな小型船に急接近する。
 フナクイを釣り竿で牽制する子どもたちは、救助にきた大型船と救命ボートに気づいていた。
 焦りで額に汗を浮かべていた少年の顔に希望が灯り、半泣きだった少年は歓声を上げ、フナクイを釣り竿の先で殴った少女は目を輝かせる。
「あんまり刺激するなよ」
 面倒なことになる、とボートで肩を竦めた『水底の冷笑』十夜 縁(p3p000099)が片手を緩く振る。生じた青い衝撃波が、子供用小型船シェリー号に群がっていたフナクイを一体、吹き飛ばした。
 ばちゃんと巨大なイモリに似た魔物が海に落ちる。
 危機感と熱意が感じられない十夜の飄々とした様子に、二人の少年はぽかんとした。少女だけは初めて見る衝撃の青の威力に興奮する。
「すっごい! どうやったの!?」
「魚の餌になりたくねぇなら、落ち着いて俺の言う通りにしな」
「は、はい!」
 少女を押さえた年長らしき少年が頷く。
 その間に、事前に潤滑油をさして整備した救命ボートで、『雪だるま交渉人』ニーニア・リーカー(p3p002058)が所定の位置についた。
「……よし!」
 大きく息を吸い、港で借りたホイッスルを力いっぱい吹く。
 ピイイイイ、と甲高い音が響き渡り、十夜の登場に警戒を見せていたフナクイたちが一斉に反応した。中には救命ボートすら船だと判断し、食いにくるフナクイもいる。
「おいでおいで」
 フナクイを迎えるようにニーニアはシェリー号に救命ボートをさらに近づけ、頃合いを見て梟の翼を広げた。
 ロープを片手にニーニアは青く晴れた空に飛ぶ。無人の船に五体のフナクイが群がった。
「助けにきましたよー。ローレットって分かります?」
 少女に復讐しようとしていたフナクイに凍てつく魔弾を直撃させて凍らせ、『マリンエクスプローラー』マリナ(p3p003552)は眠そうな目を細くする。
 耐えきれなくなったように少女が跳ねた。
「ローレット! すごい、知ってる!」
「や、やめ、落ちる、落ちる!」
「落ち着いてくだせー」
 救助体制が整ったことを確認し、十夜はやれやれと言うように小さく息をついてから、それぞれを指さしつつ指示を出した。
「クマノミの坊主、お前さんはあの船。ヒトデの坊主はあっち。そんでクラゲの嬢ちゃん、お前さんはこっちに飛び移れ」
「沈没したらまずいそうで……。ほら急いでー」
 邪魔になりそうなフナクイを、十夜の衝撃の青が飛ばし、マリナの魔導銃から放たれた弾丸が氷結させる。子どもたちのすぐ側に、ニーニアが降り立った。
「よく頑張ったね。あとは僕たちに任せて!」
 ぐっと息をつまらせた年長の少年が、他二人の肩を押す。
「言う通りにして!」
「お、おう! ねーちゃん、頼んだ!」
「頼まれました。この船はあたりですよー。なんたって滅多に沈まないんですからね」
「なにそれすっご」
 目を見開いた少年に、マリナはかすかに口の端を上げた。
「ところで操船、変わってもらっていいですかね……。できるだけ身を低くしてくだせー。私はフナクイを払うんで」
「よっしゃ任せてくれ!」
 目の端に残っていた涙を袖で拭い、少年は元気いっぱいにマリナと位置を変える。
「やっほーい!」
「揺らすな揺らすな」
 文字通り少女が飛び移ったことで、救命ボートが揺れた。
「嬢ちゃん、ボート操れるか? これ代わってくれたら、おじさん、助かるなぁ」
「できる!」
「じゃあ、船までおじさんをよろしく」
 ついてこようとしたフナクイを弾き飛ばし、十夜は少女に舵とペダルを任せる。
「よろしくお願いします」
「しっかり掴まっててね」
 涙と恐怖を堪えている年長の少年を安心させるよう、力強い笑みを浮かべて、ニーニアは素早くロープで自身と彼の体を括って固定した。
 フナクイが牙をむくより早く、翼を大きく動かして飛び立つ。
 
 なみの ひかる ふゆのうみ
 でもね はるは すぐそこに
 しきを わたる このふねは
 だれも たべちゃ いけないよ

 フナクイに群がられ始めた大型船に、軽やかな歌声が響く。
 美しく――しかし、決して聞いてはいけないものを聞いてしまったような気になる、おぞましい歌声が。
「よかった、救助できたみたいだ」
 一節を歌い上げた『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)が目元を和ませる。
 這い上がってきたフナクイたちが叫ぶより早く、ギターを鳴らして発生させた霧で魔物たちを包んだ『ラスト・スカベンジャー』ヴィマラ(p3p005079)が口笛を吹いた。
「やったぜー!」
 船縁で救助の援護を行っていた『寝湯マイスター』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)も、安堵の息を微かに吐き出す。
「とはいえ、まだ油断は禁物のようだね」
 十夜の船にはウィリアムの使い魔が乗っていた。好奇心旺盛の少女は仕事を任されたのが嬉しいのか、使い魔に意識を向けていない。
 青い衝撃波に吹き飛ばされたフナクイに、タイミングを見てウィリアムが一条の雷撃を放つ。魔物は海中に沈んだ。
「一番の危機は脱したかな」
 救助の邪魔になるフナクイを喚び出した爪牙で引き裂いたり、紅玉の薔薇を咲かせて精気を吸い上げたりしていた『蒼ノ翼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)は、悠然と笑んで、魔銃の口をニーニアが乗っていた囮用のボートに向けた。
「さて、邪魔をする子たちは――まとめて凍らせてあげようか」
 サファイアを媒介として宝石魔術が発動。囮船の真ん中を起点として、氷の花が舞い散る。
 複数の呪詛を含んだ壮麗な魔術が、フナクイたちを蝕んだ。
「どんどん増えてきてるでござるなぁ」
 何気ないような軽い一歩を、『武者ガエル』河津 下呂左衛門(p3p001569)が踏み出す。直後、足元から吹き上がった闘気がその小柄な体を刹那だけ包んだ。
 鎧武者姿に変わった下呂左衛門が雫丸をすらりと抜き、間髪を容れずに水気を払うように振るう。虚空を走った斬撃がフナクイの一体を海に返した。
「僕たちを食べたいのかな」
「船以外も食べようってか! 腹ペコだな!」
 甲板の中央に立つカタラァナが首を傾け、ヴィマラが額に片手をあてて仰け反る。思ったより太陽が眩しかったので、すぐに体勢を戻した。
「フナクイは船しか食べないんじゃなかった?」
「邪魔者から消そう、っていう本能的な反応かな」
 船の影に入りかけている救命ボートを最後まで援護しながら、ルーキスがゆるりと瞬き、ウィリアムは船縁から離れる。
「ギイイイ!」
 海水と分泌液で濡れた体を甲板に上げたフナクイたちが、一斉に絶叫する。耳障りな大音声に、甲板にいたイレギュラーズは表情をゆがめた。

 視界が狭まる。目の前のフナクイに、意識が向く。
「く……!」
 左手からの攻撃をかわし、右手から迫ってきた牙を水滴る太刀で防ぐ。
 怯んだフナクイを、手首を返して斬りながら、下呂左衛門はざっと仲間たちの姿を確認した。
 ウィリアムがヴィマラに賦活術を施し、ルーキスが紅玉の薔薇を咲かせた。カタラァナが歌い、頭を振ったヴィマラが気をとりなおして地獄めいた音を奏でる。
「数が多いでござるなぁ!」
 一メートル半のフナクイは現在、十体ほど甲板を這っていた。なかなか不気味な光景だ。吹き飛ばそうとも彼らはバージの餌にならないらしく、懲りずに上ってくる。
「河津さん、左に三歩ずれてくだせー」
 返答はせず、代わりに行動した。
 滑るように指示に従った下呂左衛門にウィリアムがメガ・ヒールをかける。ほとんど同時に、下呂左衛門の気を引いていたフナクイの眉間に弾丸が直撃した。
「やってるかい?」
「待たせたね!」
 子どもの救助にあたっていたマリナ、十夜、ニーニアの姿に、甲板で応戦していたイレギュラーズは少し肩の力を抜いた。
「援護、ご苦労さん。おかげで助かった」
「子どもたちは?」
 近づいてきたフナクイを盾で無造作に殴り、体勢を崩させた十夜にルーキスが特に案じる風もなく問う。
「みんな無事に届けてきたよ」
「あとは帰るだけ、だね」
 目を細めたカタラァナが歌った。決して理解してはならないその音と言葉の連なりは、本能で動くフナクイたちの精神さえ揺さぶる。
「ギイイ!」
「おじさん、子守でもう疲れてるんだが」
「もうひと頑張り、しないといけないみたいだね」
 嘆いた十夜にウィリアムはのんびりと返す。緩い空気を醸し出す一方で、十夜はひらりとフナクイの舌を避け、ウィリアムは戦場と化した甲板全体に気を配っていた。
「ここまできたら私の独壇場でごぜーますよ」
 大口を開けて襲いかかってきたフナクイの口腔に銃弾を食わせて凍らせ、マリナは救命ボートから見た、この船にわずかに刻まれた齧り跡を想う。
 だが、その程度なら問題ない。
「なにせ、ちょっと穴が開くぐらいじゃあ沈みませんからね」
 それがマリナの力だ。これが船の形を保っていて、マリナが乗っている限り、絶対に沈まない。
「いっくよー!」
「おっとと」
 少し離れた位置からの掛け声にマリナは一歩引く。後ろに迫るフナクイとぶつかるか齧られるかもしれないと、行動してから思い至った。
 杞憂に終わったのは、そうするつもりだったフナクイが、ルーキスが召喚した意思持つ黒き爪牙に引き裂かれ、倒れたからだ。
 マリナが礼を言うより早く、ニーニアが毒霧を発生させる。範囲内にいたフナクイたちが悶え苦しんだ。
「よし! って、うわっ!?」
「出番だぜ、アクターズ!」
「とどめでござる」
 拳を握ったニーニアに急接近していたフナクイに、ジェル状の塊が絡みつく。動きが鈍くなったそれを下呂左衛門の斬撃が真っ二つにした。
「ヒュー! 粘液出すのはイモリだけじゃねーぜ! まぁこれ、厳密に言うと粘液でもねーけど!」
「うみで つくった はんとうめい きらきら ぬらぬら きれいだね」
「海水が原料でもねーけどな!」
 即席で歌を作るカタラァナにヴィマラは笑いながら返し、伴奏をつけるように楽器を掻き鳴らす。
 透き通るような、それでいて恐怖心を芽生えさせるような声に、賑やかな演奏が不思議とあっていた。
「おじさん、疲れてきたな」
 大きく息をついた十夜の頭上に、ルーキスが召喚した天球儀が現れる。
「多少はマシになるでしょう?」
 零れ落ちた光が、十夜の傷を癒していった。
「少しずつだけど、フナクイの量が減り始めたね」
 回復の手が空いたウィリアムが電撃を放って、フナクイをある程度まとめて痺れさせる。肉体や精神に異常をきたしたフナクイに、カタラァナの歌はひときわ効いた。
「はー。諦めてくれねぇモンかね」
「和解するつもりが相手にないからね」
 交渉は最初から決裂していると、ルーキスが喉の奥で笑う。

「あと、三体……!」
「何体落としました?」
「囮のボートで落とした分も含めて、十七かな」
 シェリー号だった船と囮用だった救命ボートは、すでに海上にない。戦闘の間に隙を見たフナクイたちに貪られたのだ。
 死者が出ていないのだから、問題はない。
 とはいえ、それなりに大きくしつこいイモリたちと戦い続け、イレギュラーズも疲労していた。
 ニーニアの額には薄く汗が浮かび、マリナも肩で息をしている。鴉に死角の見張りを任せていたルーキスは、見た目こそ余裕綽々だったが、疲れていることは否めない。
 それでも、あと三体だ。
「っしゃー! ラストソングだ! 餌の時間じゃなかったってこと、思い知っていけ!」
「さいごの うたを きかせるよ はくしゅの よういを しておいて」
「早く終わらせて、子どもたちを港に届けるでござる」
 ギュイイン、とヴィマラのエレキギターが吼え、カタラァナが歌う。下呂左衛門が下段に構えていた雫丸で空を斬った。
「ギイイ!」
 間合いをはかるように甲板をゆっくりと移動していたフナクイたちが、受けた攻撃を皮切りに絶叫する。十夜の足がふらついた。
「大丈夫だ。深呼吸をして」
 即座にウィリアムがアウェイニングをかける。潮の匂いがする空気を吸い、吐き出した十夜はこめかみに指を添えた。
「か弱いおっさんをいじめるのはやめてほしいね」
「そういう割は殴り倒してるじゃねーですか……」
「仕事なんでね」
「ははぁ……」
 掴みどころがない十夜にマリナは首を傾ける。そうしつつも銃口から放たれた魔弾は、ニーニアに噛みつこうとしていたフナクイの脇腹に命中した。
「離れてね?」
 ルーキスの声で下呂左衛門が後方に飛び、十夜も軽い身のこなしで後ろに下がる。
 宝石魔術が発動した。舞い散る氷の花がフナクイたちを苦痛の花宴に招待する。
「これでどうだ!」
「外さないよ」
 さらにニーニアが猛毒のガスを発生させる。立ち位置を調節したウィリアムの雷撃が、一条の光となって敵を貫いた。
「ギイイイイ!」
 焼け焦げたフナクイたちが断末魔の声を上げ、力なく倒れ伏す。
「終わったね」
 ルーキスは腕にとめた鴉をひと撫でし、ウィリアムは子どもたちが押しこまれているあたりに目を向ける。
 凝りを解すように十夜が肩を回して、下呂左衛門が雫丸を鞘に納めた。マリナは甲板中に転がったフナクイの死骸を見回す。ヴィマラとカタラァナが手を打ちあわせる、小気味よい音が響く。
「はぁぁ」
 無事に終われたとニーニアは座りこみかけて、フナクイに気づき慌てて腰を上げた。
「あ」
 静かになったからか、甲板に出てきてしまった子どもたちとニーニアの目があう。
 この惨状を見せていいものか、迷っているうちに子どもたちの方からやってきた。少年たちは恐々と。少女は意気揚々と。
「うわ」
「ちょーっと掃除するからな、待ってろよー」
「んーん、こういうの、大きなお魚のカイタイで、見慣れてる」
「化物の死体に動じなくて、絶望の青の向こうを目指してるとはなぁ。海賊連中が聞いたら喜びそうなくらい、将来有望な奴らだ」
「でも、ちょっとは懲りたかな?」
「……そうね。ちょっとだけど!」
 少女が唇を尖らせる。ルーキスが口の端を上げた。
「冒険心が強いのはいいことだけど、だめだと言われることには理由があるものさ。それでも行くなら、なにが起きても大丈夫なように、準備と強さが必要だよ」
「うんうん。冒険にはしっかりとした、予習と前準備をしないとね」
「はい」
 年長の少年が真剣な表情で、ウィリアムとニーニアの忠告に頷く。
「いい勉強になったね」
 柔和な微笑とともにつけ足されたウィリアムの一言に、シェリー号で年下の子どもたちを必死になだめていた彼は、反省した様子で首を縦に振った。
「おねーさんも冒険したこと、あるのか?」
「似たような経験ならね。ここまで危険じゃなかったけど」
 活発そうな少年の素朴な疑問に、ニーニアはあのときのことを思い出し、眉尻を下げる。
「今回は、みんな食べられるかもしれなかったからね」
「そうだぞ。死体も残らねー死に方になりかけてたのはよくねーよね。ロックな行動力は評価したいけど!」
「う……。ほんとごめんなさい……」
「ごめんなさい」
 誰も犠牲にならなかったとはいえ、海中には肉を食う巨大魚もいたのだ。シェリー号でその影を見ていた子どもたちが、カタラァナとヴィマラの言葉に萎む。
「まーでも、君たちもすげー頑張ったよね! 失敗を教訓として、慎重にロックに無茶してほしいなって思うよ! 今日のところは笑っとけ!」
「あのね、わたし今日すっごく、どきどきした!」
「おっと嬢ちゃん、反省してないな?」
 少年二人が心から申し訳なさそうに頭を抱えた。
「船が動き出したでござる。フナクイをうっかり踏まないよう、気をつけるでござるよ」
「次はそうだな……、ローレットに依頼でもするといい」
 下呂左衛門が子どもたちの足元を気遣い、ルーキスは吹いた潮風に流れかけた髪を片手で押さえる。
 そのときはきっと、暇な人間が手伝ってくれるだろう。

●小さく大きな冒険の終わりに
 港に到着し、船から下りた子どもたちは気を揉んでいたそれぞれの両親をすぐに見つけ、飛びこむように駆け寄った。
 我が子を受けとめた父母は、安堵のあまり泣き出しそうな顔をしてから、怒りで目尻を吊り上げる。彼らが怒声を上げるより一瞬早く、マリナがお願いをした。
「お父さん方……、あまり怒らないでやってくだせー……。若気の至りです……」
 控えめな申し立てに、両親は毒気を抜かれたように目蓋を上下させる。周囲にいた村人たちも瞬いた。
 目に涙を浮かべた子どもたちも、きょとんとマリナを見る。
「その冒険心、きっといい男になれます……」
「わたし女の子!」
「ええ。いい海の女になりますよー」
「ほんと!?」
「ほんとほんと」
 希望に双眸を輝かせる子どもたちを、十夜が眩しそうに眺めた。ルーキスが小さく笑んで頷き、もちろん、とニーニアも肯定する。ウィリアムが微笑み、下呂左衛門がしっかりと首を縦に振った。
「命あっての物種だって、忘れなきゃいつかな!」
「とおい あおの そのさきに てがとどく ひはくるよ」
 ヴィマラが奏でてカタラァナが歌う。
「伸ばさねー手は、ずっとどこにも届きませんから。……そうだ、もう少し大きくなったら、私と一緒に航海しましょー」
「いいの!?」
 真っ先に食いついてきた少女が駆けてくる。マリナは目線をあわせて、首を縦に振った。
「それまでは、海についてもっとたくさん勉強しておくように……。約束ですよ?」
「分かった!」
「りょーかい!」
「分かりました」
 はしゃぐ子どもたちを、怒り損ねた大人たちが呆れと微笑ましさをないまぜにした表情で見守る。
「眩しいねぇ」
「本当に」
「次は安全な日に、海に出てほしいね」
 十夜が目をつむり、ニーニアは子どもたちの姿に嬉しそうに笑った。ウィリアムは首を縮める。ヴィマラとカタラァナがうんうんと同意していた。
「一件落着でござるな」
 帰還中、船上で子どもたちの注目を集めていた鎧武者姿から、いつもの格好に戻った下呂左衛門がほくほくと頬を緩める。
「私たちも帰ろうか」
 ルーキスは何事もなかったように穏やかな、青い海の彼方に視線を投じた。
 少年少女はこの後しっかり叱られて、それでも海を、絶望の青のその先を、目指すのだろう。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。

少年少女は無事に救助され、誰も肉食魚のお昼ごはんにならずにすみました。
子どもたちはこの海辺で生活し、その青の果てにこれからも想いを寄せます。
未踏の地に、いつか自分たちの旗を立てることを夢見て。

ご参加ありがとうござました!

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