シナリオ詳細
アムネシアの女
オープニング
●エンヴィー
屋敷は、風変わりな色と形を成す。蜂の巣を模したドアノッカーを叩くと、痩躯な男が姿を現す。
「やぁ、フィーネ! ようこそ! さぁさぁ、入っておくれ。君のためにボクは、素晴らしいものを準備したんだ」
財産家のフィーネ・ルカーノ (p3n000079)はシモン・ビスホップ男爵を見た。
「あら、そう。それはとても楽しみね」
「ふふ。今度こそ、ボクの勝ちだぞ!」
「素敵ね。期待してしまうわ」
「いいね、存分にしてくれよ」
ビスケットの柔らかな髪は綺麗に撫で付けられ、端正な容貌。少年のような瞳がキラキラと輝く。フィーネは笑う。
「で、貴方は何を?」
「これだよ、これ! 肉色のタマゴだ。とても珍しいものだよ!」
「へぇ」
フィーネは目を細め、タマゴに触れる。美しい肉色、手のひらのタマゴはほんのり熱い。
「素晴らしいだろう?」
「ええ、想像以上」
蠢くタマゴ。何が込められているのだろうか。
「で、君は何を?」
シモンは首をかしげた。
「あたくしもそうね、タマゴよ」
フィーネはにやりとする。
「へぇ! なんの?」
「双頭の羊のタマゴらしいわ」
フィーネは、拳より大きなタマゴを見せつける。タマゴは木製の箱に納められている。覗きこむ、シモン。タマゴは青白い。
「ほぉ、羊……面白いじゃないか!」
「ふふ。なら、交換してみない?」
「いいね! なら、今日は引き分けだな。あ、でも、ボクのタマゴは何が産まれるか解らないんだけどね。それでもいいかな?」
「ええ、いいわ」
フィーネはシモンのタマゴを受け取った。月に照らされ、フィーネは気分よく歩いている。
(売るのは惜しい……ならば、そう……ッ!?)
気がつけば、脇腹を裂かれていた。右方向から現れた凶賊がナイフを向ける。ナイフは血をまとい美しく煌めく。フィーネは口笛を鳴らす。
「……ねぇ、あたくしを殺してどうするの……ああ、教えてくれる?」
フィーネは笑い、銃を構えた。とろとろと血が滴る。凶賊の顔は隠され、見えない。
ただ──
「知ってる? 貴女、ローズの香りがするわ……」
凶賊の身体がぴくりと動いた。フィーネは息を吐く。
(確か、あの時、イネスと言っていたような……)
酒場で出会った美しい人。もう、会うことのない人。
「ああ……イネス、困ったものね……」
フィーネは笑う。すると、凶賊は瞬く間に走り去る。
「……」
●イノセント
『ふらり、ふらりと』青馬 鶇(p3n000043)はローレットで、依頼人のフィーネを眺めた。
「要するに、殺されそうになったってことだろう」
「ええ、そう。あたくし、永遠に貴女に会えなくなるところだった……」
「……で?」
鶇は鼻を鳴らし、フィーネを睨み付ける。
「ふふ、本当に貴女はせっかちなのね。いいわ、言いましょう。あたくしを襲ったイネス・サキュラーに罪を認めさせてちょうだい」
フィーネは笑う。
「……それだけかい?」
鶇は驚く。フィーネはくすくすと笑う。
「ええ、そう。それだけよ。あたくしはとても優しい女なの」
フィーネは鶇の手に触れ、「でも、そうね……彼女にもあたくしの痛みを教えあげなくちゃいけない……だから、精神的に虐げて欲しいの。ねぇ、どうかしら?」
フィーネは口元を歪ませ、目を輝かせる。
(ああ、どうなるのかしら。ふふ、待ち遠しい。そして、全てが終わったら……そうね、あのタマゴを食べてしまいましょう)
- アムネシアの女完了
- GM名青砥文佳
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2019年01月22日 21時45分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●愛及屋鳥
イネス・サキュラーはフィーネ・ルカーノに溺れている。渇望と惑溺が触手のようにイネスをコロシテいく。愛、愛、愛、あい、アイ、I……
「ああ、甘くてどうしようもない」
揺り椅子に座るイネスの右手には黒ずんだナイフ。
「フィーネ……私は貴女の為に悪になるの」
ナイフに接吻するように顔を。甘美な赤を肺に満たしていく。彼女の体液が粒子となり部屋を舞う。
「全てが狂おしい」
僅かに歪んだ顔は冷たい宝石のよう。イネスは指先を震わせ、ナイフをそっと抱き締める。
R倶楽部のドアノッカーを叩くのは、『月影の舞姫』津久見・弥恵(p3p005208)。
(フィーネ様……なにをしてるのですかね。安静にしているといいのですが)
事前準備と情報共有の為に療養中のフィーネを皆で訪ねたのだ。
「あらあら」
眼鏡をかけたフィーネが綺麗な花達。そして、仮面と吸血鬼を愛おしそうに眺める。
「ちょうど、本を読み終えたところだったの。さぁ、入ってちょうだい?」
フィーネは客人を華やかに招く。
「ありがとう、お見舞いに来てくれたのでしょう?」
フィーネは弥恵の頬に口づける。
(刺される理由はそういうところだと思うのだが……私からは何も言うまい)
『異端審問官』ジョセフ・ハイマン(p3p002258) はフィーネの立ち振る舞いを眺め思う。
「さっ、此処を真っ直ぐよ」
「……」
『永久の罪人』銀(p3p005055)は歩みの遅いフィーネを見つめる。
「嗚呼、なんとおいし……」
銀は咳き込み、微笑する。銀の言葉にフィーネが振り返り、立ち止まる。
「銀? 何かしら?」
「なんとお労しい姿か。我が友よ……」
銀は切れ長の瞳を細め、フィーネを見下ろす。鼻孔に、染み付いた血の香りが触れる。
「今後、出歩く際はボディガードでもつけたら如何かね? 君の弾避けになりたがる奴なんて幾らでもいるだろうからな……」
「ふふ、そうね。考えてみるわ」
(でも、誰にも縛られたくないの)
フィーネはふっと笑い、重厚な扉を引く。
「フィーネ殿、早速だが訊きたいことがあるでござる」
『黒耀の鴉』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)がポニーテールを揺らす。他の者達は温かな紅茶を飲みながらフィーネと咲耶を見つめる。
「何かしら」
「イネス殿の住処と酒場からのルートを確認したいでござるよ」
「住処……」
「どうでござる? 思い出せそうでござるか? たとえば、目印など」
「そうねぇ……」
「ねぇ、フィーネ、怪我の具合はどうかな? 痛まない?」
考え込むフィーネに『穢翼の回復術師』ティア・マヤ・ラグレン(p3p000593)が声をかける。
「そうね、かなり痛むわ。それにまだ腫れも酷いの」
「そうなんだ。それは辛いね。でも、フィーネが悪いんでしょ?」
「そうね、あたくしが全て悪いの」
『複数人、恋人や愛人がいるのであれば人間関係で問題にもなるだろう。解りきっていることだ』
ティアを操る神様が言う。フィーネは気分を害した様子もなく微笑む。『性的倒錯者で快楽主義者』ニエル・ラピュリゼル(p3p002443)がフィーネに近づく。
「あぁ、それは私の出番ねぇ? ねぇ、そう思わなぃ?」
手の甲に唇を落とす。フィーネはくすくすと笑い、「そうねぇ、医師である貴女にお願いしようかしら」と甘い声で囁き、ニエルを自らの膝に。
「でも、その前にそうね……イネスの住まいのことだけど彼女と出会った思い出の場所から数分だったはず。そうね、後で地図を書いてあげる。すぐに分かるわ」
フィーネは紅茶を飲み、無意識に誘惑するような視線を向ける『雨宿りの』雨宮 利香(p3p001254) を見た。
(ああ、青肌が美しい。それに……)
フィーネは頭部より大きいであろう胸元に惹きつけられる。
「フィーネ、まだ、痛む、する。かわいそう……イネス、どーして、こんな、事、した、なだろ……フィーネ、あの、イネス、前会うした、時、どんなお話、する、したか、聞いても、いーい?」
『星頌花』シュテルン(p3p006791)が寛ぐニエルとフィーネを見つめる。
『それは私からも訊ねたい。イネスの性格や好きな事、嫌いな事などを教えて欲しい』
ティアを操る神様が口を開く。
「そうねぇ。あたくしの情報は少ないのだけど」
フィーネはそんな前置きをし語り始める。
●其れ其れに散る
ソファで四肢が絡み合う。
「フィーネ……」
ニエルがフィーネを見上げている。遠くではシュテルンが壁の絵を見つめている。治療を終えたフィーネは虚ろげな瞳で、ニエルの右肩に噛み付く。その瞬間、ニエルがフィーネの背に爪を立てる。
夜、イネスは酒場へと向かう。薄暗い酒場は賑わいをみせる。カウンターに座りビールとカルパスを。それから──
ジョセフは一人、平屋で唸る。
「ナイフは何処だ」
捜索にかなりの時間を費やしている。ジョセフの肩には銀が召喚した鼠。鼠は跳躍し甲高い鳴き声を上げながら駆け出す。
(女性なら化粧品やら装身具あたりだと思っていたのだが、違うのだろうか?)
コスメボックスにも、ジュエリーボックスにもナイフは無い。鳴き声がする。振り返るジョセフ、鼠が血の付いたタオルを咥えている。ジョセフの足元にはイネスが所有する姿見や櫛、鋏。
(タオルか、なかなか見つからないものだな)
銀はイネスから離れたテーブルで、ティアとヴァージン・マリーを飲む。
「ねぇ、ビールを。え?」
賑やかさを増す。振り返り、眉をひそめた。長い四肢と髪を持った女が華やかに踊る。弥恵だ。正体を失くした者達は騒ぎ、弥恵に惹きつけられる。
(上手いけど私は別に)
イネスはつまらなそうにカルパスを摘まむ。カウンターにビールが二つ──
「え? ちょっと何?」
「ふふ、それは私の分ね」
利香が妖艶に笑う。店主はぼんやりと遠くを見つめ動かない。イネスは警戒し腰を浮かせた途端、がくりと座り込んだ。
「ああ、貴女……」
瞳は濡れ、利香を求め始めている。くすりと笑う利香。
(うふふ、弥恵ちゃんが皆を惹きつけてくれたお蔭で近づきやすくなったわ)
「ああ、美しい貴女、可愛そうな瞳をしているわ、何か手に入れられないものを渇望する目」
利香はイネスの大事な髪に触れる。バラの香り。
「あっ……」
イネスが目を伏せる。
(上手くいきそうでござるな。まだ、分からぬが。ただ、街で縄とカンテラを買ったでござる。だから、何があっても)
咲耶は少し離れた席で会話を聞きながら骨付きジャンボスペアリブを一口。
(むっ! う、美味いでござるよ!)
咲耶は肉を堪能し、はっとする。利香に引き寄せられるように近づく痩躯の男。
(くっ、利華殿!)
咲耶は躍り出る。
「ん、ん、おっとっ!?」
飲みかけのプッシー・キャットを男に。男は目を見開き、千鳥足の咲耶を見て溜息。
「なんだよ、つめてーな」
酔いが覚めたのか、とぼとぼと男は店を出て行く。
(うっ。し、下着と服ばかりだ……タオルは見つけたが)
ジョセフは洗濯カゴを漁っている。
「ど、何処だ!! 何処なんだ!!」
ジョセフは発狂しかけながら部屋を駆け出す。まだ、見つからない。
小気味よいベル、ニエルとシュテルンが店内に──
「あそこのテーブル空いてるわぁ」
(ふふ、誘惑してるわねぇ)
目を細めるニエル。そして、肉色のタマゴを思う。
(中身を解析してみたのだけど分からなかったのよねぇ)
「うん。シュテ、空いてる、行く」
(あ! 弥恵、来る、来た、マスターに)
シュテルンは弥恵を見つめる。
「喉が渇きましたので何か爽やかなものをいただきたいです」
弥恵は戸惑う。マスターは反応しない。
(催眠にかかったような雰囲気で)
強い視線。見れば、マスターがこちらをしっかりと見つめている。
(も、元に戻った?)
「あの、何か爽やかなものをお願いできますか?」
弥恵の言葉にマスターはノンアルコール・モスコミュールを。
「ありがとうございます。そういえば、イネス様は最近、沈んでいるように見えますが何かあったのでしょうか?」
マスターは頷き弥恵に囁く。弥恵は驚くふりをしながらマスターにこれまでのイネスについて訊ねる。シュテルンは思い出している。イネスが嫌いなものは猫、フィーネは彼女をマグマのようだと言ったこと。
「ねぇ、何処かで飲みなおさない? そう、貴女の家とか……貴女と二人になりたい」
利香がイネスの手に触れる。状況が動き、イレギュラーズ達は注視する。
「ええ、なんだか貴女になら──」
イネスははっとする。
「ごきげんよう、イネスさん? 貴女は愛する人の一部を所有したいタイプかしらぁ? それとも、永遠に消えない傷跡を刻んで欲しい人ぉ?」
ニエルは笑う。イネスは利香の存在を忘れ、ニエルを睨む。
「誰? 何の用?」
不快そうな視線を向け、息を呑む。
「あ、あ、あれは……」
イネスは震える。ニエルの肩口には出来たばかりの歯型。
「んー? どうしたのかしらぁ?」
ニエルは笑う。イネスは立ち上がり、ニエルを弾き飛ばした。そのまま、凄まじい形相で逃げていく。
「止まるでござる!」
咲耶がイネスの背を蹴り飛ばし、ティアに縄を投げる。
「ティア殿! 縛るでござるよ」
「うん、分かった。縛ってしまうね」
ティアは意識を失ったイネスの手首を強く縛る。
「あんたら、なんだ!? 人さらいか!!」
唾を飛ばし騒ぐ男、それを止めるのは銀。
「少し黙ってくれないかね。邪魔だろう?」
銀は男を見つめ、黙らせる。男は口を閉ざし椅子に座る。瞬時に店を出るイレギュラーズ達。咲耶はイネスに猿轡を嵌め、艶やかな鬣を持つ、漆黒の駿馬にまたがる。
「よし、迂回するでござる!」
叫び、駆け出す。豪快なリズムとカンテラが闇を払っていく。
●眼前暗黒感
昼、イネスは目を覚ます。
「本当は応援してあげたかったけれど……ちょっとおいたが過ぎたのよ、貴女」
利香が椅子に縛り付けられたイネスを見下ろす。イネスは目の前の姿見を知り、「どうして?」と呟く。抑揚のない声。
「どうしてだと……あの女は俺の獲物だ。勝手に血まで持ち出すとは……さあて、どうしてやろうか……? そうだ。丁度、ナイフもあることだし、全身の肉をスライスしていくのは? ほら、尻なんて肉厚で桃のようで……」
銀は薄く笑い、血の付いたナイフをイネスの頬へ。その瞬間、イネスの表情が強張る。見つめるのはナイフ、震える唇。
「どうして、ナイフが」
「ん? 聞こえないな。そうだ。このナイフを綺麗にしよう。血塗れではよく切れない」
銀はナイフを舌先で舐め、シュテルンに手渡す。
「さぁ、拭いておくれ」
「シュテ、お手伝い、いっぱい、いっぱい、きた、する」
手には白い布。
「止めて!」
青ざめるイネス。
「おやおや、顔色が悪い。寒いのだろうか。ああ、四肢でも燃やしてしまおうか」
銀はくつくつと笑う。イネスはティアに助けを求めるがティアは首を左右に振る。
「この、血、なら、シュテ、する、出来る」
シュテルンの手には綺麗に拭われたナイフ。イネスは目を剥き、過呼吸のような息遣いを。
「こちらは済んだ。さあ、あとはお好きにどうぞ?」
銀はジョセフの肩に触れる。
「ふふ。さぁて、お待ちかねの尋問だ。イネス殿、フィーネ殿が襲われた夜、何をしていた?」
ジョセフはイネスの髪を櫛で梳いていく。もう片方には鋏。残酷なショーを思わせるジョセフの立ち振舞いと声音。
「どうなのだ? 答えよ!」
黙るイネス、ジョセフは髪に触れ、鋏を──
「これがイネス殿の答えだ」
重たい音、艶髪がはらりと肩を跳ね、地に落ちる。ぎょっとするイネス、大切な髪が──
「あ、あっ……私の髪、髪がああぁっ!」
「イネス様、ジョセフ様の問いに答えてください。そうしないと髪が……それに、この小瓶を中身を捨ててしまいますよ?」
(マスターに聞いた話を元に小瓶を見つけましたけど、中身がフィーネ様の髪の毛って)
弥恵は顔をしかめた。イネスは小瓶にどきりとしながら黙り込む。
(まだ、口を割らぬでござる)
咲耶が息を吐く。鴉の使い魔達は外を眺めている。不審なものが近づく気配はない。
「なら、そうねぇ? 貴女も傷物になってもらいましょう? 私にこの傷を刻んだフィーネのようにぃ」
ニエルが現れる。
「汚い手で触れるな!」
イネスが唾を飛ばす。
「ふふ、動けないくせにぃ、威勢がいいのねぇ? ああ、嫌いじゃないわぁ。フィーネ以上の悦びを与えてあげましょう?」
そうすれば
もう 執着すら 忘れて
快楽だけを 享受し
「そろそろ、やめた方が良いでござろう」
声。イネスはにやにやと笑うニエルを見た。
「そうねぇ。弥恵にもやんわり止められたしぃ、止めるわぁ。ああ、でも、くちづけだけはしなかったわねぇ。残念だわぁ?」
ニエルの傍には、咲耶。
「ざ、残念なのですね」
弥恵は苦笑する。
「ああ」
イネスは呻く。姿見に映る姿はぞっとするほどに汚れ──
「哀れ」
イネスは左目から涙を流し、不意に笑いだす。次第に大きくなる声、冷えていく空間。
「ねぇ、フィーネって優しいよね。殺されそうになってもイネスの事思ってるんだよ? そんな人を傷付けて楽しかったかな?」
「優しい?」
消滅する笑い声。イネスはティアを認識する。冷たい眼差しがぬらりと光る。
『少し離れていろ、この女は危険だ』
ティアを操る神様が警告する。数歩下がるティア。
「あの女のどこが優しい? 私だけじゃなかった! 私だけじゃない! あの女は私の気持ちを弄んだ! あーあ……あの時、殺すことが出来たら良かったのに」
イネスは楽しそうに目を細めた。
「フィーネ様に嫌われることよりも、存在を鮮明に認識させることに重きを置いているようですね。ならば、これは捨ててしまいましょう」
弥恵は小瓶を逆さにし、中身を捨ててしまう。
「ああああっ!」
イネスは混ざっていく髪に悲鳴を上げる。それでもすぐに──
「ああ、最期に映るのは私……私だけが網膜に映る……素敵。助けを乞うことはあの人はしない! きっと、呻き声すら上げずに美しく血溜まりに沈むの。ああ、白い服だったらいい。あの人の最期は蜻蛉のように儚い方がいいのだから……」
イネスは息を吐く。銀は眉を寄せ、ティアは口をつぐんだ。
(愛の方向が最初から違うんだね。1番になるとかそういうことじゃないんだ……でも、フィーネを襲ったことは認めたね。あと少しかな)
髪が切られる。大胆な音──
「あっ、私の髪が……」
イネスが震え上がる。短くなった髪をジョセフが淡々と梳く。奇妙な光景、イレギュラーズ達は観客のように黙り込んだ。
「私を忘れてもらっては困るのだ。きちんと問おう。フィーネ殿を襲ったのはイネス殿で間違いないのだろう?」
甘い声は全てを許すようで──
イネスは化け物を見るかのようにジョセフを見つめた。心拍数が上がっていく。
「どうなのだ? ん? ん? 私達に教えて欲しいのだよ」
顔を覗き込むジョセフ。その手には鋏、櫛を持つ手は休まず髪を梳く。汗が零れた。鋏の音が聞こえるような気がする。痙攣。彼女を殺そうとしたことは間違いでは──
鋏の音、跳ね上がる心臓。舞う髪。
「認めれば全て済む。だが、次はない」
言葉に反しジョセフの口調は柔らかい。
(罪? ああ、これは罪? 何故? どうして?)
眩暈がする。喉が渇き震える。短くなった髪、鋏、櫛、並ぶ顔達──
刷り込まれ、刻みつけられる。笑うフィーネ。甘い言葉と接吻。鋏と櫛、櫛、櫛、鋏。音、散らばる髪。浮かぶ沢山の目玉と汗。
「……私がやりました……」
イネスは項垂れ静かになる。それでも、心はフィーネのモノ。
「ふふ、素直な人ね」
「え?」
イネスは麗しき夢魔の甘い瘴気を知る。イレギュラーズ達は目を細める。
「正直騙すのも気が引けたわ? だって貴女、美しいもの……ああ、本当に美しいわ。このまま、食べてしまいたいくらいにね?」
利香がイネスの顎先を上げる。途端にイネスが怯え震える。
「な、何をする気!」
笑い声。
「ねーえ? どうして、ナイフを寝室のベッドの下に隠したの? 探すのに苦労したわ」
利香はくすくすと笑う。イネスが顔を背け、頬を染める。
(嫉妬に狂う程一途な彼女にとって、唇を奪われるのは相当屈辱)
「きっと、それほどに良かったのでしょう? 少しでも思い出せるように、ああ、嫌。どうしてあの人ばかり……ああ、愛おしい、欲しい……私だけの物にしたい――」
強い口調と眼差し、揺れる視線。
「んあっ……やっ!」
無理やり重ねられた唇がしっとりと濡れる。縛り付けられたイネスは、利香の甘い玩具。イネスの身体から力が抜けていく。
「記憶の奥底まで刻み込みなさい、これが貴女の罪よ」
利香はふっと笑う。イネスはぼんやりと利香を眺めた。与えたのは屈辱と新たなアイ。
●来訪
イレギュラーズ達はイネスとともにR倶楽部を訪ねる。
だが、フィーネはいない。シモン・ビスホップの屋敷でタマゴを割るようなのだ。イレギュラーズ達は自由で傲慢な女を思った。ふと、シュテルンが皆を見つめる。
「シュテ、皆のお手伝い、いっぱい、いっぱい、だた。でも、シュテ、シイタゲル……とても、難しい……だた……だけど、これから先も、きっと、ある……お仕事くれた、人、為にも、ちゃんと、出来る、しなきゃ、だよ、ね?」
その言葉に仲間達がそっと頷く。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
ああ、良かった。終わったようね。でも、危なかったのではなくて?
MVPはあらゆる可能性を思案した貴女に贈りましょう──
GMコメント
ご閲覧いただきましてありがとうございます。
今回の依頼はイネス・サキュラーを精神的に虐げながら、罪を認めさせることです。
●目的
依頼人を襲った女性を精神的に虐げ、罪を認めさせる。
●時刻
イネスと接触するのは、襲撃から一週間後。
夜であるなら、酒場。朝から夕方までなら家にひとり。
●依頼人
フィーネ・ルカーノ (p3n000079)
財産家であちこちに恋人がおり、残酷で美しい物が好き。一晩の遊び相手のイネスに脇腹を深く切られており、お遊びを控えている(触られると痛いために)
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●イネス・サキュラー
酒好きの美しい女性。特にビールが好き。ローズの香水を好む。
27歳で、酒場で出会ったフィーネに惑わされ、恋をしてしまった純粋な人。フィーネに沢山の恋人がいることを知り、嫉妬に狂い、フィーネを殺そうとする。思い込みが激しく、よく、詩のようなフレーズを口ずさむ。知らない人に対して、強い警戒心を抱く。愛する人が手に入らないのなら、自らの手で殺したいと思う過激なタイプ。平屋に一人で住んでいてナイフは血が付いたまま、家の中の一番、大切な場所に隠されている。
●酒場
薄暗い酒場。ただ、かなり賑わっている。おすすめは、骨付きジャンボスペアリブ。ちなみにイネスは常連で、店主には心を許している。酒場の近くには小さな池がある。
●男爵
シモン・ビスホップ 男性 35歳 痩躯な男爵。
ビスケットの柔らかな髪は綺麗に撫で付けられ、端正な容貌。少年のような瞳(ライトブルー)をしている。好奇心旺盛で礼儀正しいが変態。フィーネを呼び寄せ、よく競っている(どちらがより珍しいものを持っているか、など)
●肉色のタマゴ(にくいろのたまご)
小さなタマゴ。中身は分からない。襲撃されたが無事。フィーネはこのタマゴを割り、鉄板で焼こうと思っている。
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